ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
初勤務から10日ほど経って流は思った。
まずいぞここ数日学園から外に出ていない、ジム管理人兼フィジカルトレーナーという立場で特定の担当を持たない専門職のトレーナーということで特例としてトレーナー寮に部屋も貰っている。
しかし、一切使わずジムの管理人室の仮眠ベッドがあったのでそのまま泊まり込んでいた。
管理人室は電気ガス水道風呂トイレ付きで洗濯室も乾燥室もあり住居としての機能が十分すぎた。
そのうえ大抵の必要な物は購買で買うことが出来るので便利すぎて学園の敷地から出る必要がないのだ。
焙煎豆はカフェテリアで買えるし、生豆は実家から定期的に送られてくる。
朝起きれば、すぐ職場って素晴らしい。
今度ジムは自身の不在時、動体センサーを導入して入場チェックするように理事長に交渉しよう。
そうしないと俺が外出できないと思ってしまった。
そういったシステムを導入しないと多分外出できないと思ってしまったので入退室の効率化を考えるとその方がいい。
運動出来る格好に着替えて、日の登らない薄暗いうちに外に出た。
軽くジョギングをしながら誰もいない2400Mの芝のコースへたどり着くと、スマートフォンのHIIT向けのタイマーを3分、1分を交互に9回分セット。
3分ダッシュの1分インターバルの1R3分の試合を想定したスタミナトレーニングだ。
ムエタイや一部の肘ありキックのメインは5Rが主流だが無尽蔵のスタミナが欲しかったのもあり、一周2400ならどうせなら3周=3分9Rぐらいはやろうとおもった
長距離をしっかり走るのも良いのだがせっかくお誂え向きのコースが有るのだ。
使えるなら使うにかぎる、ただこのトレーニングは大嫌いだ、つまり効果がある。
薄暗いターフの中を思いっきり駆けぬける、芝なのに思ったより地面が硬い上に芝の上を滑るような感覚に陥るというか駆ける為のグリップと足首の力が足りないせいか芝に足を取られそうなる、成る程こりゃあウマ娘がシューズに蹄鉄をつけるわけだ。
先ずは800を終える、ここまでは軽いウォームアップだ続いて1600もまだまだだが2400まで行くと体幹に負担がかかるのか何時もより体力の消耗があることにきづいた、芝の滑りが思ったより体幹に負担をかけているのがわかった。
3200、4000は感覚を掴めてきたのかスタミナ以外は問題はなかったが、4800を超えると足というよりは上半身に力がが入りにくくなった。
5600Mは倒れかかるも耐えた。
6400Mに到達したときは、全身が重く、最後の一回の7200に到達する頃には力が殆ど入らなくなりゴールすると同時にぶっ倒れた。
本当にきつかったので普段は2400のインターバルに押さえて、週に一回か二回7200Mのインターバル走を行えばいいだろうと思った。
それとも芝じゃなくてダートで走るか。
しかしながら、芝2400のコースをインターバルありとしても3周も全力疾走する奴などそう居るものでもない。
指導要領として、踏ん張りや重心のコントロールを想定した体幹トレーニングメニューを作ってみるか。
後、思ったのはターフが思ったよりも硬かったせいか、足の裏もそうだが、特に爪先から足の指にかけて痛かった。
爪の薄い奴なら割れかねないレベルの負荷で、爪をしっかり切って手入れしていなかったら、剥がれていた。
ヒトでさえこれなのだ、ウマ娘たちにとっては死活問題だろう、自身がターフの走り方を知らないのもあるかもしれないが。
あと全力疾走したのかそれとも後遺症の影響か腰と股関節が痛んだ。
轢かれた影響さえなければ、もう少し楽に走ることもできたかもしれない。
クールダウンとシャツの着替えを兼ねてジムへジョグで戻っていく、一時間もすれば生徒達の起床時間だ。
自主練習に来る生徒もいるかもしれないのでジムを開けに行かなくては、学生証もIC仕込んであるし、その辺の連動をしっかりすればいいのにとおもうのだが。
元々ジムの開け閉めは定年退職前の人たちの仕事場だ。
つまりそういう事である。
ジムに戻ると流はすぐにジムを開けてシャワーで汗を流した。
自主練で早朝に体を動かすウマ娘は結構多いのだ。
流も神経系のウェイトトレーニングを行うので来ているトレーナーやウマ娘に補助を頼む事もある。
ギャルっぽいウマ娘に『ジムトレ、こんな重量を必死になってあげちゃってて可愛い』みたいに言われてダメージを受けたこともあった。
身長174の60kgでベンチプレス130kg挙げられるならヒトなら凄えもんなんだが165位で200キロ以上上げる筋肉マニアのトレーナーも居るのを知っている。
何処ぞの名家の筋トレ好きのウマ娘を担当してたのを覚えている、たしかメジロ家だったか。
シャワーから出たらすぐにいた。
「遅えんだよ、蒼真ぁ!せっかく目覚めたライアンの筋肉がよぉ!待ちくたびれて、お眠になっちまったらどうすんだぁ!コラ?」
金髪でツーブロックの165程の身長に不釣り合いな程の横にデカイハンマー投げの選手のような筋肉の塊がこちらに圧をかけてくる。
「トレーナーさん、あたしは大丈夫ですから!というかまだジムが開く時間じゃないですよ。」
こちらに因縁をつけてきたトレーナーを大慌てで静止しているベリショートのウマ娘がメジロライアン。
「良いんだよ、ライアン!俺達が筋トレを始める時間が管理人がジムを開ける時間だ!」
メジロライアンはコチラに両手を合わせてごめんなさいのジェスチャーを向けてくる。
「メジロのお嬢様はともかく、あなたは出禁にしましょうか?先輩。」
この圧の強い先輩と呼ばれた男は目黒雷紋(めぐろ らいもん)、流の中学の先輩で重度の筋トレマニアで地元ではその規格外の筋力と瞬発力で相手を殴り倒すワンパンの雷紋と呼ばれていた。
喧嘩はするが面倒見がよく、学業もしっかりやっていたので、奇妙な人望があった。
流との出会いは生意気だと突然殴ってきた目黒の右に合わせてカウンター気味に左肘を打ち込んで、ぐらつかせた事でなぜか気に入られてよくつるむようになった。
顎にきれいに入れたのに倒れなかったのは正直悔しかったあの首は太すぎた。
ある日ウマ娘の筋肉に可能性を見出したとかで、中学卒業後はトレーナーを目指し上京してしまい、連絡先を交換していなかったので、ここに来て会えたときは夢を叶えたんだなと嬉しくなった。
しかし本当に圧が強い。
「言うじゃねえか蒼真ぁ、俺も正直出禁は辛え、お前はどこ行ってたんだよ?その足の張りはラントレかそれもインターバルか?」
「インターバルの800m×9の7200mを2400の芝のコース3周全力疾走をアップなしで。」
目黒は楽しそうに頷き、メジロライアンが朝からなにやってんのこの人みたいな顔で流を見ている。
「それなら遅くなっても仕方ねえ、手打ちにできるアレがあんだろ?いつものが」
何か察した。
「コーヒー飲みたいなら素直に言ってくださいよ、メジロライアンさんも飲まれますか?」
「あたしは苦いのはちょっと…。」
「大丈夫だ、ライアン。この男はそういった注文にはすべて配慮できる技量はある。」
「技量以前に道具も材料も殆どないので難しいですが、今から用意するのは先輩の好みで浅煎りのモカ系で酸味と甘みを重視した珈琲です。」
「苦くないんですか?」
「浅煎りなので何方かというと紅茶とかその類に近いです、その上でメジロライアンさんの物にはハチミツを加えますので、ホットレモンに近い味ような味になります。」
「苦くないんだ、じゃあ頂きます、あとあたしの事はライアンでいいですよ。」
素直でありがたい、というかこの状況にデジャヴを感じる。
最近実家から届いたイルガチェフエG1ナチュラルの生豆をジムの管理人室のコンロで浅く焙煎したものを瓶から30グラム程取り出しミルを中粗挽きに設定してから引き上げる、超高級ハンドミルでの作業とは言え手が疲れる。
挽き終えたらエアロプレスを取り出し、逆さにしてセットした直後引いた豆を全部ぶち込み、温度を80℃前後に設定した電気ケトルから120ml程お湯を注ぎ、パドル型のマドラーで撹拌していき、40秒ほど蒸らしてから紙のフィルターセットした蓋を取り付け元に戻し、一気にピストンを押し込むと珈琲にしてはやや薄い色の濃い目の紅茶のような液体が現れた。
少しだけお湯を加え薄めてそれを小さめの紙コップに取り分けて二人に渡した。
「運動前なのでやや薄く量も少なめになりますが。」
「本当に紅茶みたいな匂いなんですね、そこにオレンジとかレモンみたいな香りが合わさっていい香りで、コーヒーじゃなくて紅茶みたいです。」
「蒼真の奴は中坊の頃からコーヒーを入れるのだけは上手かったからなぁ!よくコイツの実家でコーヒーを飲んでたよなあ、蒼真ぁ!」
「ええ、試飲という名目で毎日店に来ては大量にタダ飲みしていましたね。」
メジロライアンがうわぁという顔で目黒をみている、それに対して目黒がばつが悪そうに。
「それで腕が上がったなら良いじゃねえか、実質トントンだろ。」
「ええ、確かに上がりました。そこは感謝していますが、ブルマンとかゲイシャとかやたら高い豆ばかり選んでいましたね、おかげで中学は卒業まで小遣い抜きでした。」
「ま、まあ、過去のことは良いじゃねえかんじゃあ、バーベル借りんぞ。」
目黒はコーヒーを飲み終えるとバーベルエリアの方へ向かった
「ライアン!軽くアップしたら今日はハイクリーンやんぞ!」
「はい、今行きます!管理人さんコーヒーごちそうさまでした。」
メジロライアンがバーベルエリアに向かっている間、目黒はかなりの高重量のバーベルとシャフトを軽々と持ち上げて普通にセットしていた。
シャフトとウェイトを合わせて180kg程だろうか、ウマ娘の扱う重量としては比較的軽いほうだ。
ハイクリーンは全身の筋力向上と全身の連動性の向上を目的としているので今回は後者を取っているのか軽いものを選んでいる。
それでもヒトが扱うならば、かなり重い。
「トレーナーさん、これあたしが上げるには随分軽くないですか?」
目黒はドヤ顔で
「良い質問じゃねえか、ライアン!ウマ娘共は筋肉の肥大速度に比べて神経系の発達速度が異常に速え!フレームの差はあるが、学園のウマ娘全体の中でも一番と言っていい程に筋トレやり込んでるライアンでさえ、この筋量だからなぁ!」
確かにと流は思った、相当やり込んでいるメジロライアンでさえ、フレームはそう大きくなく、ヒトの女性フィジーク選手の筋肉量とそう変わらない。
ヒトの男性の方がフレームは大きく鍛えれば筋肉の量は多くなるぐらいだ。
「だからな、ライアン!神経系が十分発達したオメェの好き勝手に自己主張してやがる全身の筋肉が手を取り合って一つになる為にぃ!パワーアップ重視の軽量ウェイトでハイクリーンをやってもらうという訳だ!わかったかぁ!?」
「ハイ!わかりました!」
うるせえ、早朝で誰も居ないからいいがとにかくうるせえ、誰か居る時にやったら出禁にすんぞと思ってしまう。
「まずは20回1セットを3回だ!」
しっかりとセットアップし、飛び上がるような勢いでバーベルを一気に股関節まで持っていくと、肩の上まで引き上げてからキャッチし、ジャンプするような勢いで下ろす。
再び持ち上げてキャッチして下ろすを20回を軽々やってのけた
「まずは1セット完了!1分休憩だぁ!!」
2セット、3セットと繰り返していった。
「よっしゃあ!今ライアンの全身の筋肉は手を取り合って一つになった!次は縄跳び10分でクールダウンだ!」
「はい!」
目黒は縄跳びをしているメジロライアンの横で同じ重量で野獣の様な咆哮を上げながらハイクリーンを5回5セットほど行うとバーベルを片付けはじめた。
「筋肉が最高に喜んでいるぜ!俺もお前もなぁ!」
トレーニングを終えたメジロライアンと目黒は立つ鳥後を濁さずで使ったエリアを静かにキレイに清掃してからこちら挨拶して帰っていった。
コーヒーを片付けると今日も一日の業務が始まる。