ジムかん。(トレセン学園内ジムの管理人の話。 作:なっぞのひと
「理論としては可能だが…彼女のトレーナーの練習メニューとこのトレーニングメニューを合わせて、肉体が耐えられるかだよなあ、いくらウマ娘が頑丈と言っても耐えられるかわかんねえぞ。」
昼間、誰もいないジムの中で流はサクラバクシンオーのトレーニングメニューを考えていた、ジムの管理人としてウマ娘達と接するストレスは思ったより高く、独り言も多くなり、口調もぶっきらぼうな素のそれに戻っている。
【トレーナーを嘘つきにしない。】
どういう事情かしらないがその為に彼女は己の適性の壁を超える事を望んでいる。
夢を駆ける者がいるのならばその夢を守るそれだけだ。
その度に己の心に亀裂が入り続けるとしてもだ。
「やれるとしたら、G3の長距離レースで一回テスト、そして有マ記念での一発勝負だろうな、それが限界だな。」
頭の中で一応のメニューはまとめてあるが、サクラバクシンオーのトレーナーがサクラバクシンオーの長距離への挑戦を許可するかが問題だった。
彼女のトレーナーとは面識がないので、どういった人物か解らない、連絡が取れ次第提案してみるか後、事情を聞こう。
そして自身のストレス解消の手段が、カフェテリアのスペースを借りて、エスプレッソマシンを使い、流自身が厳選した豆でエスプレッソを淹れて提供し、皆がそれを楽しく味わってもらうそれこそが現状での流のストレス解消法なのである。
提供するならば、少しは人が集まった方が良いので、日程を理事長と決めてから、生徒会に協力を頼もう。
先にやる事としてはジムの鍵開け閉めの問題でIC連動の自動ドアに変えてもらうように理事長に頼むか、検討はしてもらえるはず。
流が管理人として居るのだから電子化しても問題ないし、本格的な鍵の扱いが必要なら、警備の人たちに頼めばいいって話だ。
警備サイドもNOとは言わんだろうし。
理事長室行ったあとに、生徒会室に行くか、まだ日は浅いが、学園の何処に何があるかは深夜に歩き回って殆ど把握していた。
バリスタとしての師に当たる人物曰く、イタリアでは道に迷ったらバリスタか理容師に聞けと言われていると。
その教えから流は高校時代に商店街のほぼすべての店に顔をだしていたし、学園周囲の地理も把握していた。
仕事以外では、ウマ娘に会うことは避けたかったからだ。
10年近く現在進行形でコンプレックスを抱えている対象から忌避感を拭い去る事は中々に難しい。
嫌悪しているわけではないが、仕事以外での接し方がわからない、それでも打ち解けたいという気持ちはちゃんとあるのだ。
そういう意味でもカフェテリアでマシンを使わせて貰うのは重要な事だった。
元々、人付き合いも上手い方ではない、だから珈琲の力を借りたい。
コーヒーの力を借りると言えば、数年前叔父の知り合いの焼肉屋の七輪を借りてそのまま店の前でコーヒーの炭火焙煎をやっていた時に、焙煎の匂いにつられたのか、長い黒髪の小学生か中学生かわからないウマ娘がよくわからないおなじような座敷童のような物に連れられてやってきたのを思い出した。
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流はこの辺はガラが悪いやつが多いから、元の場所に帰れと言おうかと思ったところ、そのウマ娘は焙煎に興味があるのか、満月みたいな黄色い目をパチクリさせながら七輪の上でシャカシャカ振っている手焙煎用の煎り器をずっと見つめている。
ウマ娘は苦手なんだが子供相手にポーカーフェイスの慇懃塩対応してもしかたない仕事でもないんだし割り切るかと考え、威圧感を与えないように目線の高さを合わせてから流は話しかけた。
「おう、座敷童、嬢ちゃんはコーヒーの焙煎に興味があるのか?」
「私は、座敷童じゃありません・・・私はマンハッ・・・」
座敷童と呼ばれたウマ娘はそう呼ばれたことに不服そうに答えようとしたところを流は人差し指を立てて少女が名乗るのを遮った。
「おっと、初対面の男に気安く名乗るもんじゃねえ、目の前の男は悪い狼かもしれねえぞ、だから今だけは座敷童ということにしておいてくれ。」
座敷童は少し考える動作を見せてから
「お兄さんは・・・悪いオオカミさんなんですか?」
「さあな、狼と呼ばれたことはあるがヒトもウマ娘も喰わねえな。肉は喰うけど。」
「じゃあ…お兄さんの事はオオカミさんで・・・いいですか?」
肘や膝の選手だった影響からかキック業界からは、狂狼だの魔狼だの呼ばれ学校でも一匹狼なので狼なのは事実だった。
「まあ好きに呼んでくれ。で、座敷童の嬢ちゃんは、焙煎に興味があるのか?何なら七輪と煎り器と豆は出してやるぞ」
座敷童の耳がピクピクと動いた。
「良いんですか…?失敗したら…豆がもったいないのでは?」
表情はさほど変わらないのに、耳を動かし嬉しそうに聞いてきたので思わず頬が緩んだ。
「良いさ、こっちも暇だし子供が遠慮するもんじゃない、失敗しないように俺が面倒見てやるし、何ならとびっきり良い豆でやらせてやるよ、先の焙煎が終わるまでまってな」
パチパチと豆の弾ける音がすると同時に自身の持っている煎り器を振り終えて豆をザルに開けてうちわで仰いで冷まし終えると瓶にしまう。
次いで火入れ前の七輪に着火して火力を確かめると、焙煎用の煎り器に生豆を流し込んだ。
「その前に服に匂いがついちまうからこのエプロン付けとけちょっとデカイが」
自分で来ていた緑の帆布で出来たエプロンを座敷童に差し出し着けさせた。
「後な、髪は後ろに束ねとけ髪が焦げちまうぞ。」
流は自身が被っていたバンダナを使って髪を束ねさせると、座敷童の額を押さえて、七輪から顔を下げさせた。
「顔を七輪に近づけ過ぎんな、せっかくキレイな黒髪で可愛い顔してんだから、火の粉で火傷しちまったら勿体ねえぞ。」
「可愛いですか私が?」
「俺はウマ娘はあまり見たことは無いし、良く知っている訳でも無いが、群を抜いていると思うぞ。目もまんまるでパッチリしてて、肌も陶器みたいで綺麗だし、誰が見ても可愛いと思うぞ。」
「・・・っ!」
座敷童は驚いた後、赤くなって下を向いてしまったが火の粉が顔に当たると危ないので顔を横から両手で抑えて七輪から引き剥がした。
「どうした?急に下向くとあぶねえぞ」
「褒められるの嬉しいんですけど、恥ずかしくて。」
「そうか、今のうちに慣れとけ。」
流は熱源の高さを指差しでしめした。
「そこが、熱源と煎り器の適切な位置だ、その位置で煎り器を振り続けていれば良い焙煎が出来る」
上の座敷童の方もこっちを観察しているが、気配そのものは感じるが姿が見えないし危害を加える様子はないので流は放置することにした。
「で、座敷童の嬢ちゃんは何しに来たんだ?」
「学園の入学説明会が終わった後に・・・・お友だちと一緒に商店街散歩をしていたら・・・・漂ってきたコーヒーの良い香りにつられて・・・こちらに。」
上の座敷童の事かと思いお友達の居る方に視線を一瞬向けたら、認識されたれたことに気づいたのか引っ込んだ、あれは多分妖怪とか幽霊とかそういう類ではない。
ただこの少女のお友達であり守護者なのだろうと判断し、警戒しているが敵意は感じられない。
「そうか、見る目あるな、学園の様子はどうだった?楽しめそうか?」
なんとなく、暇なので菜箸で大きめのマシュマロを一つ摘んで焼いていく。
「はい・・・とても良い環境でここなら・・・お友達に追いつける力を身につけることが・・・できそうです。」
マシュマロがちょうどいいぐらいに焼けた。
「嬢ちゃん口開けろというかあーんしな。」
言われるまま口を開けた座敷童の口の中に焼きたてのマシュマロを放り込んだ。
「・・・・っ!?」
一瞬ビックリしたようだが、ちゃんと噛んで味わってから飲み込んだ。
「美味えだろ?この焼きマシュマロ」
座敷童は不満そうに答えた。
「・・・美味しかったですが・・・熱かったです・・・いきなり・・・口に放り込んでくるのはちょっと。」
「悪ぃ、悪い、リアクションが面白くてな次はちゃんと食べさせてやろう。で、話を戻すけどいい友達だな。」
「はい、お友だちは・・・いつも私・・・の望みを叶えてくれて優しくて・・・・トレセン学園のこともお友達が教えてくれました。」
「そうか、嬢ちゃんはお友達以外の友人は欲しくないのか?」
火力のせいかおもったより早くパチパチと1ハゼが始まる
「お友だちは私以外には・・・見えなくて・・・声も聞こえなくて・・・他の人にその事を話しても・・・信じてくれないどころか・・・思い込みや妄想だと信じてくれなくて・・・皆怖がって私から離れてしまうんです・・・。怖がらせるぐらいなら私にはお友だちだけ居てくれれば良いと思っています。」
その割にはどこか寂しそうではある誰でも孤独は辛いものだし上のお友だちがそれでいいと思っているとは限らない。
「そうか、俺は別に怖くはないが、そのお友達ってのは俺らの上を漂ってじっと見てる、嬢ちゃんに似た気配のアレかい?」
そのままお友達のいる空間を指さした。
流は度を越してキツイ格闘技の練習や試合、そして喧嘩による修羅場ををくぐってきた影響か他者の動く【気】のようなものを感じ取る能力に長けており、わかりやすければ人以外のなにかでも認識できるぐらい感覚が研ぎ澄まされていた。
「オオカミさんも・・・あの子が見えるのですか?・・・私にしか見えないと思っていたのに。」
「いや、視覚的には全く見えねえし声も聞こえないんだが、見えない分、気配がわかりやすいというか、そこにいるのはわかる、なんとなく嬢ちゃんに似た感じだが、格好はどうなんだ?」
見えなくても居るのがわかるということに座敷わらしは驚いた。
「大体私と同じような・・・格好をしていますけど・・・」
上を見て座敷童の服はスカートなのを確認すると、流は言葉を選ぶように話す。
「ならお友達に、はしたないから浮くのは止めろと注意したほうがいい。」
座敷童は上に居るお友達と自分の格好を見比べるとはっとして流をみて、怒りと羞恥が混ざった表情で睨みながら問いかけてきた。心なしか上から殺気のようなものを流は感じた。
「・・・見たんですか?」
「見えねえよ。だからお友達の格好を聞いたんだろ。」
流は即答したが、座敷童は理解はしているが納得はしていないという、表情だった。
「・・・オオカミさんは・・・本当は悪い狼だったんですね。」
「すまない、レディ二人に配慮が足りなかった。」
よく考えればデリカシーに欠けた発言だったので流は反省し素直に謝った。
座敷童は流の妙な言い回しにおもわず笑いそうになる
「大丈夫です・・・今のは少し誂っただけですから。」
怒っていないことがわかって少し安心した。
「話を戻すが、俺みたいに居ること位はわかるのもいるだろうし、信じてくれるやつ居るとは思う、お友だちも嬢ちゃんがずっと一人でいいと思ってねえだろ。そんな寂しいことをいうのは良くないしそれを理由にして誰かと関わることを諦める必要はないよ。」
「・・・そうですね。」
「何なら俺も嬢ちゃんのお友達になろうか?俺も友達居ねえし。」
「えっ・・・いいんですか?」
困惑する座敷童子に流は即答した
「いいよ、俺で良ければ。」
座敷童が少し笑った
「・・・ありがとうございます。でもオオカミさんはお友達は沢山いそうな感じですが。」
「いや、中々に趣味が合うやつが居なくてな。」
「コーヒーの他に趣味が?」
さり気なく予備の七輪を使いやかんに水を入れて湯を沸かし始める。
「コーヒー淹れるのもそうだが、格闘技やっててね、そのせいか同級生の喧嘩自慢に絡まれる度に殴って追っ払うを繰り返してたら、誰も近寄らなくなってな。」
座敷童は呆れているのか怒っているのか分からないがムッとしたで此方を見ながら
「…暴力は駄目です。」
「絡まれたのはこっちなんだけどな。」
「・・・それでも暴力で解決するのは駄目です。」
話が平行線をたどるだろうし、子供相手に続けるのもアレなので流は折れることにした。
「わかった、できる限り喧嘩は避けるようにするよ。」
「わかって頂ければそれでいいです。」
「そろそろ、2ハゼに入るから上げどきだな。」
座敷童から七輪から外した状態で煎り器をうけとり、すぐにうちわで豆を扇ぎ冷まし始めた。
「嬢ちゃん、コーヒーは好きな方かい?」
焙煎に興味があるのだからそりゃあ好きなのは間違いないが、一応は聞く
「はい・・・家族は私も含めて皆コーヒーが好きです・・・家も喫茶店なので。」
家が喫茶店なら、焙煎にも興味はでるか。
「よっしゃ、これから今しか楽しめないコーヒーを淹れてやるよ、喫茶店ではまずやらねえ。」
冷ました豆の一部を取り出して粗挽きにセットしたコーヒーミルに入れて一気に挽きだす。
挽き終わった豆を、茶こしに入れて、サーバーの上に置き、沸騰させて火から上げて2分程置いたお湯を注いだ。
挽かれた豆が湯に当てられドーム状に膨れ上がっていく、豆が新鮮な証拠だ。
「・・・茶こしで、淹れるんですか?」
「粉っぽいけどコレがまた美味えんだよ、んで砂糖やミルク入れるか?」
「そのままで大丈夫です。」
「ブラックで飲み慣れているのか、その年で珍しいな。」
サーバーから、2つのコップに注ぐとコーヒーオイルがカットされない分キャラメルの匂いが凄く強く漂ってくる。
「美味いな、七輪での炭火焙煎、それも手焙煎で焼きムラが少なくどの豆も火が通ってたからな、座敷童は焙煎の才能あるよ。」
座敷童もコーヒーを美味そうに飲んでいる、褒められたのが嬉しいのか、表情が柔らかくなった。
「そうだな、座敷童はコーヒーを淹れるのは出来んだろ?」
今度は焼いておいたマシュマロをいくつか皿に乗せて手渡した、座敷童はマシュマロを一つ摘んでから口に入れた
「はい、父が色々とやり方を教えてくれるので」
「なら、基本は解ってんだな、なら珈琲の力をかりたらどうだ?お友達以外にもお友達が増えるかもな。」
「珈琲の力ですか?」
座敷童が首を傾げた。
「ああ、珈琲には縁を結ぶ不思議な力があるからな、俺自身人付き合いは苦手で口も上手い方じゃない、今だって座敷童と話すのにこうやって、珈琲の力を借りてんだ。たまたま俺が軒先で焙煎してなかったら、すれ違って終わりだろ?」
座敷童の焙煎した豆と緑のバリスタエプロンと煎り器も袋に詰めてやる。
「学園の事はよく知らないと言うか興味はないが、落ち込んだり不安になったりしているやつが居たら一緒に美味いもん食って、嬢ちゃんが眼の前で豆挽いてコーヒーを一杯淹れてやればすぐ友達は増えるぞ。」
「私にも・・・淹れてあげる事が出来る・・・でしょうか?誰かに寄り添うことの出来る一杯を」
「嬢ちゃんならできるさ、喫茶店の娘さんだろ?何なら学園近くの自家焙煎の店も紹介してやるよコレもついでに持っていくと良い。」
豆セットと一緒に、手書きで書かれた小さいが分厚いノートを座敷童に手渡した。
「このノートは?」
「府中エリアと商店街にある自家焙煎の専門店とその豆に合わせた挽き方とドリップを纏めたリストと、バリスタ修行で習ったアレンジコーヒーのレシピ集だ。種類は多いが簡単に作れるのばっかだからな、コーヒーが苦手な奴でも飲みやすい筈だよ。」
「・・・・・良いのですか?これだけ丁寧に纏めてある資料なのに。」
「俺はもう頭に叩き込んであるから問題ないよ、こういう時にはありがとうと笑ってほしいもんだけどな。」
座敷童の頭を撫でてやると、子ども扱いするなって事なのかなんとも言えない顔をされたがちゃんと、『ありがとう』と言ったので良しとした。
「・・・お友だちが・・・そろそろ暗くなるから、帰ろうって。」
ここは商店街の中とは言え、隅っこの飲み屋の多いエリアだから、決して治安が良いとは言えない。
「確かにここは物騒とは言わねえけど、酔っぱらいが多くなるからな、このエリアを出るまではついていってやるよ、お友だちもその方が安心するだろ?それとも駅まで行くかい?」
「明るいところまでで、大丈夫です。」
上の座敷童も頷いてきたのを感じた。
商店街の中央エリアの明るいところまで案内してやると座敷童から
「珈琲豆と・・・資料をありがとうございました。・・・またお会いする事はできますか?」
「今日知り合いのご厚意で店の前使って焙煎させてもらってただけだから、この辺に来ることは滅多に無いんだ。」
「・・・・そうですか、オオカミさんとは・・・・コーヒー以外にも・・・もっと・・・・色々お話したかったのですが。」
いくらウマ娘という苦手な存在でも残念そうにされるのはちょっと辛い。
「そんな顔しなくてもまたいつか珈琲が縁を結んでくれるさ、あれは不思議な力があるからな。」
我ながら臭い言い回しだが、表情が明るくなってくれたので良しとした。
「そうでしたね・・・その時を楽しみにしています。」
『またな』と挨拶を交わしたあと上の座敷童に連れられて、座敷童は去っていった。
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ちょいと昔のことを思い出したが、あの座敷童はまだ学園に居るだろうか?何の因果かトレセン学園に就職してしまったが、あったときには珈琲を入れてやろうと思った。
理事長からは許可が下りるだろうが、まだ面識の無い生徒会の連中が協力してくれるかどうかそれだけが心配だった。