「あの、これあたためて下さいってお願いしてたんですけど……」
「……すいません。すぐにいたしますので、少々お待ちください」
ミスが多い。取り返しがつくものばかりだが、これまでとは雲泥の差だ。
覇気なく頭を下げ、電子レンジに弁当を放り込む柱田。客はその気配を察知して何も言わないでいてくれている。流石にこんな辺鄙な所にあるコンビニを好んで使う常連客だ、申し訳ないが助かる。
店長、これを見越して客が来てもダンスを踊り続けてなおかつ客相手に感想を求めたりしていた訳じゃないよな? この前見た店のレビュー、評価は低いのにコメントはダンスを絶賛するものばかりだったぞ。対応が丁寧だから余計に困惑したとか書かれてた。マジでなにやってんだよそれでよく潰れないな。というかコメントした奴も大概だろ。褒めんな。
物腰丁寧に柱田に指摘してくれたこの人もそうなんだろうか。だとしたら意外過ぎるぜ。
とにかく、そんなエキセントリック店長とそれについて行ける常連客のコンビのおかげで特に大事になる事は無く。柱田は温め直した弁当を袋に入れて渡し、ひと段落が着いた。
レジの金を数えながらハラハラして見ていたが、ヘルプが必要な場面は今のところない。当分の間なら、良くは無いが極端に悪くもならないはずだ。
が、いつまで続くかどうか。その保証はしかねた。
このままだと柱田は大きなミスをするだろう。その時にもこうして、心のこもらない謝罪をする。そんな未来が目の前に広がっているみたいで、どうにも落ち着かない。
俺の心配をよそに、柱田は表面上は普段通りを取り繕っている。だがそれは、心のこもっていない人形じみた無機質さだ。熱が宿っているわけでもない、感情豊かなものでもない。ぼうっと、ただ前を見つめる柱田を、俺はこれまでと同一人物には見れなかった。
その瞳に何を映しているのか。
「……」
確かに、表面だけを見るならいつも通りなのだ。
あれだけのぶち切れをかまして、いったいどんな面構えで来るのか恐々としていた俺の前に現れた柱田は、拍子抜けするほど普段の顔のままだった。
「……おはようございます、先輩」
その一言を聞くまでは、整理が付いているとさえ思ってしまう。それだけの強固な仮面を被っていると、声が発せられるまで見抜けなかったんだ。
柱田は引きずっていた。
むしろ、別れ際より淀んでいた。積もりに積もった負の情動を無理やりに抑え込んでいる柱田は、気付いてしまえば痛々しいものだった。そうなってしまうだけの出来事であったらしい、柱田が妹に怒りをぶつけているのを、俺に見られるというのは。
分からないわけではない。むしろ自分がその立場だったらすげえ気まずいだろうなという確信がある。言ってしまえば醜態だ、それを晒したまま仕事場で顔を合わせなきゃいけないってのは想像を絶する。後ろめたさにも似た、足を運ばせなくする心を縛る鎖だ。
だが、柱田の場合はその規模が違う。気にし過ぎとか、んな慰めの言葉を掛けるのも馬鹿らしくなるほどの、言葉を濁さないなら絶望だ。
決して触れてはいけないものを柱田は触れさせてしまったし、俺は見てしまったらしい。
構い倒したりもしない、やかましくもない。大人しく物静かで声を荒げない、別人みたいな柱田。くらくらしてくる。
おかげで俺も調子が出なくて仕方ねえ。普段と異なる環境にいきなり放り込まれたら体調を崩すのは当たり前だ。俺相手にそんなに気にされても逆に困るもんだが、柱田にとってはよほど大事な事だったんだろう。
数えていた金を計器から元の位置に戻し、引き出しを閉める。そして、柱田の様子を盗み見る。
俺より下、定位置にある頭。店の中を見つめる瞳は焦点が定まっていないのではと思わせるぼんやり具合で、ぼんやりた視界になっているんじゃないだろうか。前で組んだ手、指先は整えられた爪、力なく下がる肩。いつも感じるよりさらに、縮んでいるようにしか見えない。
元気の欠片もない姿だった。何度見返しても変わらない。今日の柱田は、これまでのどの時期よりも絶不調だ。
客はさっきので途切れた。いつものように少ない客足だ。西日が店内に差し込んでくる。柱田の輪郭を光が照らす。静寂。天井の照明と交わる色彩は、俺と柱田の間に流れる不穏な気配を浮かび上がらせるようだった。
「なあ、柱田」
その一言が出たのは、いい加減踏み出さないといつまでもこのままだという危機感もあるが。
「……」
夕焼けに溶け込む柱田を掴んでいないと、もう二度と会えなくなる気がしたからだ。
「お前気にしてんのか。あんときの事」
「……いきなり踏み込んでくるんですね。先輩らしいです」
こちらを振り向いた柱田は、笑っていた。呆れる途中で力尽きたような笑みだ。
気だるげで、今にも倒れてしまいそうな佇まい。話す気力すらもない状態だというのは言わずもがなだ。なんでさっきの対応が出来たのか不思議に思えてくるぐらいに、柱田からは活力が失せていた。
それでも、感情というのは本人の意思に関係なく揺れ動く。拗ねるようにねめつけてくるその仕草に、柱田は気付いているのだろうか。
「ええそうです。気にしてますよ……気にしますよ。当然じゃないですか」
「凄かったもんなお前。あんなの初めて見たぜ……能力者かなんかかよ」
「デリカシーなさ男先輩黙って下さい」
「聞いた事ねえあだ名付けんなや」
返しもまた、普段通りっぽくはあるんだが……やっぱり力が無いな。取り繕えても、根っこが弱ってたら話にならねえ。
それを柱田も悟っているんだろう。言い返した後、何かを噛みしめるように手首を握りこむ。いつもの馬鹿みたいなやり取り、といった空気は完全に消えている。空元気を振り絞っても、そんなのただ虚しいだけだ。
訪れる沈黙。次に移るのにも、柱田には厳しいはずだ。口を開いては閉じ、言葉を探している。急かすマネはせずに、タイミングを待った。
五分、掛かった。柱田はため息を零す。
「先輩は、気にしていないんですよね。きっと」
「しねえよ。よくある事で、誰にでもある事だ。いちいち突っかかってたら全世界が敵だらけになっちまうだけだろ、そんなの」
「分かってます。分かってるんですけど……でも、やっぱりアレですね。想像と現実は違いますよね。見せたくないもの、見られちゃいました。しかも私が我慢出来なかったせいで。よりにもよって、家族を相手にしている姿なんて」
視線を逸らされる。柱田は俺と顔を合わせない。それは辛いからか、怯えからか。柱田にとっての汚点なんだろう。どれほど傷ついているのか、抱えている思いはどれほどのものか、俺には想像もつかない領域の話だ。
どれだけ推し量ろうとしても、及びもつかない。柱田だけが抱えられる、柱田だけの負の感情だ。他人がどうこうと触れられないもの。基準の、個人の領域。
「先輩は気にしなくても、私は……駄目ですね。怖いんです。これで先輩から嫌われたら、怖がられたらどうしようっていう思いが消えないんです。先輩が否定しても、私がそれを受け取れないんです。弱いんですよ、情けない」
指先が震えている。ウェーブのかかった髪が、不安そうに揺れている。
柱田が自分を傷つけている。そのたびに存在が希薄になっていく、ように俺には感じられた。その自己否定を、俺が止めるのは難しい。いくら言葉を尽くしたところで、今の柱田には到底受け止めきれない重荷にしかならねえ。
「先輩にだけは、見られたくなかった」
柱田は繰り返す。それだけコイツにとっては大切な、一種の境界線だったんだ。
それを、自らが踏み越えてしまった。ぞっとしない話だ。どれだけの後悔が渦巻いているのか、その小さな体に。
俺は別に、どうとも思っていない。柱田のそれは、まあ様子がおかしいというか過剰気味であるとは感じたが、決してありえなくはない。人間が生きて行く中で、起こりうる感情の発露であるという感想しか抱けない。
だからこそだ。この場で言う事は慰めにもならん。見せたくない相手からの何とも思っていないという言葉だ、想像するだけでも軽々しくて仕方がない。
時間か、タイミングか、はたまた予想を超えるか。その全ての手段が手元にない以上、柱田への手助けは届きやしないだろう。伸ばせるもんが、今は無い。もどかしかった。
ますます落ち込んでいく柱田に何も手を打てないまま、俺は考え過ぎて凝り固まった脳をほぐす様に頭を掻く他ない。
それでも、小さな疑問点は残っている。あの態度は、どんな可能性によるにせよ普通ではない。
「俺にするみたいに出来ないのか? 撫子相手に軽口の一つでも叩くとかよ。激怒するとかじゃなくて、いつも俺に文句言う時みたいに。多分してないだろ、お前」
「……先輩へ、みたいにですか」
何が理由かは、いまいち掴み切れてないが。あの怒りようは初めて見るものだ。だが、俺はいつも柱田をからかっては怒られたりしている。日常茶飯事だ。
あんな感じで、撫子相手にもすれば。少なくともこんなに自分へダメージを負う事なんてないはずだ。遠慮が無いだけじゃない、容赦なく叩きのめすようなやり方は、確かに俺の知る柱田とは異なる姿ではあった。
なら、俺と同じ対応をしていれば。柱田もここまで傷つく事は無かったんじゃないか。今んとこ誰も幸せになってねえからな。
無論、そんなの初めからしてたのならしてたって話なんだが。
柱田は、いったん受け止めるように瞼を閉じて。眉間に皴、唇を噛みしめて、手首に跡が残りそうな握り込み。
再び開いた瞳は、どうしようもなく凍てついていた。
「無理ですよ、そんなの」
切り捨てる。吐き捨てる。
それは単なる否定以上に、自分への期待を殺している声色だった。柱田がこれまで培ってきた経験が出させているのだと伝わってくる。
積もり重なった灰のような、諦観が。
「先輩、見ましたよね。学校での私、おかしいと思いませんでした? あんなに人に囲われるなんて普通じゃないですよ」
それは違う、とは言えない。無責任が過ぎる。
事実としてあの人だかりはおかしなものだ。何らかの要因があって作り出された光景で、他ならぬ柱田が明かしている。見慣れているし、原因が自分にあると理解してなければ話せない内容だった。俺はただ、黙って先を促すだけだ。
飲み込む音。柱田の喉が脈動する。
「……昔からそうでした。みんな私を恐れるんです、そのくせ敬うんです。信じられますか? 幼稚園の先生、私を見て涙を流したんですよ? 本物の天使が現れたと思ったんですって。ありえませんよね? たかが三歳の子供に、大げさにしても限度があります」
過去を語る柱田の横顔は、告解にも似ていた。
神聖で、触れがたい。その先生の気持ちも分かる気がする。ふとした瞬間に、柱田は軽々と人の領域を飛び越えていく。己の過去を語る柱田に、俺は過去で一番そう実感した。やっと柱田の輪郭を掴んだ感覚がある。
こいつの本質に、初めて触れているという感触。
「それは、家族もそうでした。両親も、妹も、私から距離を置く。何もしていないのに、ただそこに居るだけで。私は世界から孤立していたんです」
ずっと孤独であり続けた。本人の意思も行動も関係なく、ただ存在するだけで。
壮絶な体験だ。柱田が反抗的な性格になっていないのは奇跡に近い。撫子への態度も納得がいった。長年の積み重ねが、あの時に爆発したんだろう。それだけ柱田にとって家族の存在は、優先度が低く関心も無く、しかし気に障るものとして認識している。
重大な時期に、何もしてくれなかったトラウマだ。それが柱田の家族に対する態度を複雑なものにしているのか。
そこまで話し、一度呼吸を挟んで柱田は続ける。向けられた瞳には、これまでと違う色が宿っていた。
どろりと濁った、情念が。
「でも、先輩は違いました」
例えば、柱田にとっての例外が、俺だとしたら。
あの現場は、柱田にとっては悪夢なんだろう。自分の大切を、自分にとっての有害が、気安く触れているように見えたはずだ。
「先輩は、私に話しかけ続けて来てくれて。私を恐れず、崇めず、敬わず、拝まない。普通の女の子として、後輩として、なにより人間として扱ってくれた唯一なんです。受け入れてくれて、躊躇わないでいてくれた、唯一の人」
俺は何も気負うことなく、ただ初めての後輩にあれこれと接していただけだ。綺麗な、それもとびっきりだなとは思っていたが、そこで俺の認識は止まっていた。
これまで不遇の扱いを受けてきた柱田にとっては、その普通こそが必要だったんだろう。
だから。
「そんな人と、撫子を同じ扱い? 無理に決まってます」
俺の存在が、あの惨状を引き起こしたとも言える。
そんな重い感情を抱えているなんて、これっぽっちも考えた事すら無かった。柱田にとっての逆鱗になっているなんて誰が発想する? 柱田も、撫子にとっても不幸な事故だ。俺と妹という組み合わせが偶然鉢合わせるとかどんな確率だよ。
断言は頑ななものだった。柱田にとってもはや撫子は敵と変わらない。一筋縄では、長年の積み重ねを崩せはしないだろう。
「……笑っちゃいますよね、こんなの。私って、なんなんでしょうね」
柱田は笑う。笑ってみせる。それが虚栄と分かっていながらも、俺には受け止めるしかなかった。
「なんだっていいさ。俺は、そう思うぞ」
「……そうですか」
力ない微笑みも長くは続かない。柱田はまた、ぼうっとしだす。話そうにも言葉が見つからない。あらゆる慰めも柱田には届かない。肯定したって無駄だ。長年の、それこそ生まれついての苦しみは、容易に引きはがせるものではない。
それが、柱田を蝕んでいるのを。俺はただ見続けるしかなかった。
手が必要だ。柱田を暗闇から引き上げる、手段が。
「……駄目だな」
柱田を見送って、ため息を吐く。
どうしたもんかと考えはするが、妙案がそうすぐに思いつくはずも無く。夕闇も夜に消えていきそうな空を、見上げてみても何も浮かばない。
柱田が俺に向けている感情は、根の深い体験から来るものだ。生半可な言葉では届かない、ならどうするかという条件が満たせない。というか潜んでいた感情の大きさに正直ビビっていた。なんだよ唯一って。いつの間にそんな御大層なもんになってんだよ俺。
言ってやりたい事はある。だがそれはタイミングを伺わなければならない。問題は、そのタイミングがいつ来るのかって事だ。
昨日の今日、ぐらいの時間しか経っていないから仕方ない一面もあるんだが……なるべく早く手を打たないと、余計に拗れてしまいそうだ。柱田がどれだけ家族に複雑な思いを抱いていようが、まさか一人暮らしをする、という所までは難しいはずだ。撫子がぬいぐるみを買っていこうとしていたのもふまえると、同じ家に暮らしているだろうし。
柱田と撫子にとっては地獄みたいな時間を過ごしていたのは容易に想像がつく。帰る家が一緒ってのは時に辛くなるよな、うん。
結局撫子もかろうじてぬいぐるみを持って帰ってはいたが、あの調子じゃ渡すなんて夢物語だ。
さてはてどこから手をつけたもんかと、頭を悩ませているものの。手詰まり感もそろそろ煮詰まってきた。いつまでも従業員用のドアの前で佇んでいる訳にはいかねえ。
とりあえず家に帰るかと、車まで足を運んだ。
「……あ?」
なんかいる。
そいつは俺の車の影に潜み、辺りを伺ったりやけに左右に視線を配ったり車内を覗き込んだりと、これでもかという不審者セットの大欲張りだ。通報まったなしにも程がある。夜の暗闇に紛れる姿はいかにもな怪しさ。
というか、物凄く見覚えがあった。具体的にはこの前会ったばかり。
「撫子?」
「!!!」
「びっくりしすぎだろ驚いた猫か?」
文字通り飛び上がって変な姿勢で着地し、こちらをまん丸の目で見つめてくるのは、柱田の妹である撫子だった。
モノトーンの服装は暗さを深めた車の影によく溶け込み、近づくまで気配すら察せられなかった。車上荒らしか何かかと一瞬本気で思ったわ心臓に悪い。
「お前何して……いや、なんでここに?」
まずもって疑問だったのは、なんでここに居るのかという基本的な事だ。偶然、とは考えにくい。意図してきたと見るべきだ。俺か柱田か、どちらかに目的をもってここを探り当てた。でなければこんな辺鄙な場所にある個人経営のコンビニを選ぶ理由が無い。
どう答えるべきか迷うように、撫子は視線を逸らす。そこに後ろめたさがあると俺は感じ取り、詳しく話を聞くために距離を詰めた。
「なんか隠してるだろ、なあ」
「……いえ、あの、ええと……はい」
じりじりと逃げの姿勢を取っていた撫子を車と挟むように回り込むと、観念したのか息を一つ吐いて白状し始めた。
「ねえさんの跡を着けました、はい」
「……お前、マジでストーカーを……?」
「ちが、違います! ねえさんがアルバイトを始めると聞いた時に、一度だけなんです! ただ知識として知っておこうとしただけで、やましい事は一切ありません!」
「ほぼ自白だろそれは」
「信じて下さい、無実です!」
「迫真の嘘じゃねえか」
「無実です!」
「押し通そうとすんな」
なんでそんな拙さでごり押せると思ったんだよ。
「あ、あとはねえさんが相当執着している相手だと司さんの話とねえさんの様子で確信したのでもうここしか無いなと参った次第です」
「急に早口……あぁ? てことは、俺が目当てか? つーかよくシフト今日だって分かったな」
文脈的に、用があるのは俺らしかった。
一体どんな要件があるのか、聞く前からもう怖え。なんなんだよこの行動力の化身、その身一つでこんな暗い時間帯に外うろつくとか絶対親に内緒で来ただろ。危なすぎるわ。たくましさの塊。
撫子はうつむきがちになりながら、ぽつりと呟いた。
「……ねえさんのシフトは把握しているので。きっと司さんと同じ時間帯になるように調節していると思いましたから、そこからあたりをつけました。合ってたみたいですね」
「お前それでよくストーカーじゃないとかほざけたな!」
間接的に俺のシフトも暴かれてんじゃねえかよおい! というかコイツ、もし外れてたらこんな時間から一人で帰るつもりだったのか! 柱田は自転車だぞ!
なんなんだこの撫子という生物は、と慄く俺を放置して、意を決したようにスカートを握り締めると顔を勢いよく上げる。
「あの!」
そして、一番の大声を上げながら。必死な眼差しで訴えかけてくる。
「司さんに、相談があります……!」
「相談?」
「はい。ねえさんと、仲良く。いえ、仲直りをしたくて……」
撫子が持ち掛けてきたのは、俺の悩みとも関係のある案件だった。
タイミング的にはありがたいんだが、そのために俺のおおまかなシフトを割り出して待ち構えていたという事実は消えない。結局どうやって調べたかコイツ言ってねえし。仲が気まずくなっていたんだよな? 柱田ぜってえ把握してねえだろこれ。
ま、まあいい。いやよくないが、見逃す。
「ねえさん、怒ってましたよね。いえ、いいんです。それは当然の事ですから」
「……」
「わたしも、他の人と同じでした。ねえさんを怖がって、でも綺麗だって。綺麗すぎるってずっと、近づいていい存在じゃないんだって遠ざけてました。でも、段々ねえさんが暗くなっていくのを見て、このままだと、ねえさんはずっとひとりぼっちのままだって、だから」
たどたどしくも、過去の自分を告白する撫子。その姿はとてもよく似ていた。どれだけ距離が離れていても、やっぱり似た部分はある。それは血の繋がりだけではない、一方的に見続けてきただけかもしれないが、確かな繋がりの糸。
か細いそれが残っていて、影響を与えている。だから、俺はどこか安心していた。
「でも、わたしだけでは駄目なんです。わたしではねえさんに届かない。だから、司さんの存在が必要なんです。厚かましいって、分かっています。でも、それでももう、わたしたちには司さんしか……ねえさんの影響を受けていない、司さんしかっ!?」
「……本当に、マジで、いいタイミングで来てくれた……!」
「あ、あの、司さん。肩、つかんでます、あの」
過去を悔んで、でも現状を変えたくて。
その思いだけでここまで動ける撫子の存在は、奥底に沈み込んでしまった柱田の心に突き刺さる楔になる。柱田に知られる前に俺に会ってくれてよかった。もし最初にバレてたら、今度こそ柱田は心を開かなくなっている所だった。
見られたくない姿を見せてしまって落ち込んでいる柱田。悔み、自分なりに距離を埋めようとして失敗してしまった撫子。二人の間に対話は無い。話せるだけの余地はない。それは柱田の特殊な事情が関係している。それがある限り、二人の距離が縮まる事はない。
逆に言えば、縮めさえすれば、柱田が気にしている事も解決出来るかもしれない。撫子の願いは、叶うかもしれない。
なによりだ。
「協力なんてこっちから願いたいぐらいだ。いや、させろ撫子。あのままの柱田を放っておけるかよ」
こっちの事も放っておいて、勝手に争ってんじゃねえよ。その余波で俺は今日一日ずっと調子が悪かったんだぞ。こんなのがいつまでも続くなんて、勘弁願いたいぜまったく。
「いいんですか。その、わたしたちの問題でしかないのに」
「俺にも被害がおよんでんだよ。一日でも早く解決しねえと困るんだよ本気で!」
「分かりましたから、あの、肩」
「お前明日空いてるか? 空いてるよな?」
「空いてますけどあの肩あの」
「よし!」
「あのなにするつもりなんですか肩っ!」
なにやらわめいている撫子に、俺は言い放った。
「三者面談だ!」
「……へ?」