だべってるだけ。   作:小心 モノ

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今日も今日とて

「あの先輩」

「なんだ?」

「あれから、あの子と話したりしたんですけど」

「やるじゃねえか。一歩前進だな」

「や、まあ、その、はい。それでなんですけど……なんで撫子、私のシフト知ってるんですかね? 私、そういう表は基本的に持ち帰ったりしないんですけど。メモはしますけどね」

「……なんでだろなあ」

「えっ。知ってるんじゃないんですか?」

「なんでだろなあ」

「ちょっと! 誤魔化さないで下さいよ! 待ってくださいなんか凄く怖くなってきたんですけど! 何したんですかうちの妹!」

「不思議だなあ」

「先輩っ!!」

 

 多分愛だろ愛。

 そういえば俺も把握していると聞いただけで、どうやってかは言ってなかったな、と今思った。まあそのおかげで速攻予定が立てられたんだし俺としてはもう追及はしない。踏み入った先が深淵なんて勘弁願いたいぜ。

 がっくんがっくん揺すられる。顔を青ざめさせた柱田は必死の様相だ。

 身内がもしかしたらとんでもない行いをしていたかもしれねえっていう恐怖はそりゃあ恐ろしいもんなんだろう。だけどなぁ、これひょっとしなくても柱田との距離感が原因で撫子も拗らせたんだろうなって予感はするんだよなぁ。

 ある意味では柱田が生んだモンスターだ。その魅了の力は難儀なもんだと、初めて本気で同情したかもしれない。強く生きろ、柱田。

 

「もー先輩調子乗り過ぎですよ! 少しは優しくして下さい!」

「つってもなあ」

「でないと、今から助けてーって叫んじゃうかもしれませんねえ……?」

「核爆弾級の脅し文句止めろ!」

 

 社会的な死滅を免れないだろうが! 俺は一人しか存在しないんだぞ! レッドリストを消そうとすんな!

 急にとんでもない発想を投げつけてこられて戦慄していると、柱田はおかしそうに肩を揺らしながら指を突き付けてくる。

 

「そうですねぇ、じゃあそこの自販機で何か奢ってくれたら許してあげましょう」

「最初っからそれが目的だったんだろうが」

「あっ、バレました?」

「んないたずらしか企んでねえ顔されたら誰だってそう思うわバカがよ」

 

 脅しに屈した俺は大人しく自販機の前に立ち、ご機嫌を伺えそうな飲み物を吟味し始める。チルだかチリだかの飲料を買って手渡してやると、軽やかにステップを踏んで柱田は一回転。大げさに嬉しそうにしていた。

 

「ありがとうございます、先輩!」

「……へーへー」

 

 あのファミレスでの一幕から、数日が経っていた。

 姉妹での話し合いは日進月歩、亀の歩みではあるが着実に前に進んでいるらしい。俺は詳しくは聞いてないが、柱田の様子を見れば大体そうなんだろうと察しは付く。

 そん時から柱田はやれ奢れだのやれ買い物に付き合えだの、ちょっとばかし遠慮をしないようになっていた。自分の尖っていた過去を妹にバラされたのが相当恥ずかしかったらしく、俺に向かって言っていた覚えていろ、の言葉通りにしてやる月間の真っ最中らしい。

 俺なりに考えての事だったが、柱田を犠牲にしたのは間違いない。しばらくこの期間は続きそうだと、密かに覚悟を固めていた。

 ただ効果としては覿面だったらしく、柱田はすっかり元通りになっていた。

 その成果が得られたからこそ、こうしてバイト終わりにいつもの定位置でゆっくり出来るんだ。必要経費だったという事で、代償だってんなら俺の身銭なんて大した事は無かった。柱田も豪遊とかするわけでは無いから、使うのだって少額出しな。十分だろ。

 ついでに俺もとボタンを押して、柱田の横に並んで缶を傾ける。しばらくは無言で飲む時間が流れていた。

 打ち破ったのは、柱田からだ。

 

「……そういえば、その話からなんですけど」

「どれだよ」

「ですから、ファミレスでの話ですよ」

 

 柱田が缶の淵をなぞる。行ったり来たりを繰り返す。

 

「あの時先輩、唯一だったかもしれないけど今はそうじゃないって言いましたよね」

「ああ、あれか。事実そうだろ? 撫子とも話す様になって、お前の影響を受けない人が。ああいや抵抗できる人か。とにかく増えたじゃねえか。これから人と繋がるたびに増えてくぞー、覚悟しとけよ」

「増えたら増えたで面倒そうですけどね。その節はありがとうございました」

「いえいえ」

「違いますよそうじゃないんですよ! 似合わない謙遜止めなさい!」

「おう誰が似合わねえんだよ」

「はしたない!」

「流れに乗せれば何でも言えると思ったら大間違いだぞ柱田ァー!」

「にゃああまた掴む! 握力ボールじゃないんですよ私の頭は!」

 

 掴みやすい形してるお前が悪い。

 名残惜しくも手を離すと、抑えられた箇所を擦りながら柱田はもー、とぼやきながら見上げてくる。乱暴に扱ってもすぐに元の形に戻る髪は、自販機の明かりを受けて艶やかに色めいていた。

 

「そうじゃなくて、私は訂正したいんですよ」

「あぁ? 直すとこなんてあったか?」

「あるんですよ、っと」

「……柱田?」

 

 思い切り腕を組みながら、柱田が体を引っ付けてきた。

 他人の体温が、一気に輪郭を持つ。膨らみすら押し付けてきて、柱田は恐らくそれに気が付いている。意識的だ。自覚を持ちながらも、それをよしとしての密着なのだと、柱田の意図が手に取るように分かる。柱田は言葉にせず、しかし雄弁に語っている。

 いつかのだっこを思い出す。あの時の感触が蘇ってくる気がして、思わず俺は身を引こうとした。殆ど反射だったそれを、柱田は全身を使って抑え込んでくる。

 

「おま、叫ぶ代わりに既成事実か――」

「増えたかもしれません。私と普通に話せる人は。でも」

「……」

 

 黙った。黙らされた。

 それだけ、柱田は真剣だったからだ。

 真剣な想いを、向けてきたからだ。

 

「先輩は、私の唯一です。他の誰にも、ここまで入れ込みませんよ。私は」

 

 潤んだ瞳。輝きの虹彩。さらりと髪が肌をなぞる。額を優しく、触れさせてくる。

 派手に頬を赤くはしない。過度に照れたりもしない。

 純真で、純粋で。その肌の下にどれほどの感情が潜んでいるのか、計り知れずとも熱量だけが確かな感触だ。

 形はあっても名前は無い。柱田が示してくる感情の正体を、俺は分からない。

 どうとでも名付けられるだろう。だからこそ、付け難い。

 あまりにも真っすぐ過ぎる想いに、それは無粋だ。

 だから俺は、巨大で無垢なその激流をただ受け止めるしか出来ずに。

 

「……おう」

 

 そう答える他無かった。

 だがそのリアクションは柱田にとって、とんでもない機会に映ったようで。

 

「……おや? おやおや先輩おやおやおや?」

「なんだよ。黙れよ。これ見よがしに目ぇ光らせやがって」

「いえいえそんなうふふー。先輩がこんなに照れるの珍しいなーと思っただけですよ? これ撫子に話したら面白そうだなとか、考えたりはしてませんよ? まさかまさかです」

「殆ど犯行予告だよなぁッ!」

 

 妹とよろしくやれてて良かったな! クソが!

 改善傾向にあるのはいいが、嫌な所で繋がってんじゃねえよ。けらけら笑いやがって。大失敗もいいとこだわ。こんな、隠そうにも無理だろ。卑怯が過ぎる。滅茶苦茶油断してた。見られるなんてよぉ……畜生が。

 したり顔で含み笑いを隠そうともしない柱田に、俺は降参の白旗を上げた。

 

「わーったわーった、望みはなんだ?」

「……? このままでいられたら、別にいいんですけど」

「恥ずかし気も無く言い切ってんじゃねえッ!」

 

 んな何でもないように言われてもこっちが困るわ。

 手に持った缶で柱田の頭を小突くと、小さな鳴き声を上げながらようやく腕を解く。生きた心地がしなかったぞある意味!

 こんなこっぱずかしいやり取り、いつまでも続けていたらどうにかなってしまいそうだ。柱田は離れた距離をまた埋めようと、じりじり間合いを図って今にも飛び掛かりそうな構えを取っていた。ええい止めろ。

 せっかく妹の話が出ているんだ。その流れでこいつも渡してしまえ。

 

「……ほれ」

「? 先輩、なんですかこれ」

「ショッピングセンターで撫子と相談しながら買ったもんだ。お前爪整えてたし、こういうのも始めてみたらどうだ?」

 

 バックから袋を取り出し手渡す。

 柱田は不思議そうにしていたが、中身を覗き込んで驚いた表情を浮かべたかと思うと、ぱっと瞳を瞬かせた。

 線香花火のような煌めき。何気ない動作でも、やっぱりこいつは美少女なんだなと再認識させられる。

 

「……いいんですか? こんなの、貰っちゃって」

「お前のために買って来たんだ。出来れば使ってくれると嬉しいんだが」

「絶対使います! 新しい、私の趣味になりますよ! これは!」

 

 またしても小躍りを、しかし今度はおおげさではなさそうに。

 くるくる回る柱田の姿に、俺は一人納得していた。

 やっぱりそうだよな。こんぐらいの温度感こそが、柱田には相応しいんだ。

 特別な事情を抱えていても、どれだけの過去があろうとも、今の柱田に似合うのは何気ない喜びで、何でもない日常だ。

 

「撫子と一緒に選んだというのは、気になりますけど……先輩! 私たちも今度買い物をしましょう! 先輩にとびっきりの一品を私が選んで上げますよ!」

「対抗心と対応が早い」

「もちろん先輩の支払いで!」

「俺のもんをお前が選んで俺が買うのか? なんかおかしくねえかそれ」

「普通は私が買う所なんでしょうけど、ここは涙を飲みましょう……! 先輩の、ちょっといいとこ、見てみたい! ヘイ!」

「古臭いコールで人煽ってんじゃねえよ柱田ァ!」

「ほっへつままにゃいでくらひゃいよひぇんぱひーっ! へへ、えへへっ!」

 

 むにむにほっぺを引っ張ってお仕置きしながら、互いに笑い合う。

 黄昏る空の下で、俺たちは望んでそうしていた。

 ただ、何でもない事で。それが特別なのだと知りながら。

 だべってるだけだ。

 

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