だべってるだけ。   作:小心 モノ

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デュクシとにへら

 考え事をしていると、たまにどっか別の物に派生する時ある。

 次はヒラメ辺りでも狙いに行くか、から始まり。ワームがいいか泳がせがいいか、ハリスはどんなもんか重りはどうか、とりあえず釣具店行くか、じゃあついでに包丁も新調しようか、そういや子供の頃は親父に連れられて渓流釣り行ったな、なんて流れだ。

 とりとめのないそうした思考の連想、飛躍、発展もまた、この厳しい暇コンビニタイムを乗り切るのには必要な要素ではあるんだが。

 

「デュクシ、デュクシ」

「……」

「デュっデュデュ~デュクシ~、へいへい」

「おふ、えふっ」

 

 アホがアホな事し出すと、過去を思い出すのも無理はないって話だ。

 クソほど懐かしいわその響き。もう何年ぶりだよ。

 それはそれとして急に何し出してんだコイツついに壊れたか? あばらを突くな空気が漏れ出る。

 そうか、お前もまたコンビニの魔の時間に耐え切れなかった哀れな小童……じゃあ引導を渡さなきゃだな! 小さい口が生意気に吊り上がってやがる。微妙にイラっと来るんだよなんだその笑い方。

 

「あ、先輩が息してる! 蘇った!」

「最初っから生きてんだよこのアホがぁーッ!」

 

 勝手に人を殺すいけない後輩に仕置きをするべく掴みかかる。お前いい加減にしろよ柱田壊れるなら一人で壊れろアホ。

 

「ふっ!」

「なに、避けただと……!?」

 

 が、無駄にドヤ顔をかまされながら避けられる。その身のこなしは洗練されたもので、俺の右手は空を切らされるだけだ。

 結構隙を突いたはずなのだが、読まれていたのか? こいつさらに成長してやがる。若い奴は日を置くごとに先に行っちまうなと、俺は少し寂しくなった。ついでに衰えも感じる。

 は? まだ若いが?

 

「んっふっふ!」

「うわ馬鹿みてぇ」

「ちょっとそこのノッポ先輩! だれがバカですかだれが! こんな美少女捕まえといて酷い言い草じゃないですか!」

「捕まえてねぇし美少女関係ねぇし」

 

 誰がノッポだこの野郎。

 柱田は相も変わらず不思議な色合いの瞳に思いっきり不満を乗せて睨み上げてくる。コンビニの制服がマジで釣り合わない顔面だ。コラ画像か?

 

「へん! いいですよそうやって余裕面してればいいんですよ! 私練習したんですからね! もう先輩の掴みかかりに捕まりはしませんよ! 先輩はそこで煽られてればいいんです!」

「……ちなみに聞くが何故煽る?」

「私が楽しいっ!」

「柱田ァーッ!」

 

 何を晴れ晴れとした笑顔で言ってやがるこの野郎!

 わざわざそれだけのため、仮想俺相手にスウェーだのなんだのと練習している柱田の姿を想像すると笑けてはくるがそれはそれ。いつの間にかクソ生意気に育っちまった後輩をしつけるべく、俺は次早に手を伸ばす。

 誰がこんなにしたんだよ柱田を! まったく!

 

「きゃー!」

「ぐ、この、言うだけはあるな……!」

 

 楽し気な悲鳴を上げながらも、柱田の体捌きは練習したという本人の言を証明するように軽やかだ。まったく手も足も出ない。滅茶苦茶上手いバスケプレーヤー相手にした体育の授業を思い出す。エース相手に勝てる訳ねぇだろ!

 そんな苦い思い出を想起させるほど、柱田は手に引っかかりもしない。しかも避けるたびにいちいちキメ顔かましてくるのが鬱陶しい。流し目やめろ。

 距離を詰めてみるも、柱田は絶妙な間合いを決して逃しはしなかった。常に自分にとって有利な位置をキープしている。

 元から体の使い方が上手い柱田だ。そんな奴が努力を重ねたってんだから、確かに俺が捕まえられる道理は無いのかもしれなかった。何に力注ぎ込んでんだというツッコミはあるが。

 

「ほらほらーどうしましたせんぱーい? そんなんじゃいつまで経っても捕まえられませんよー?」

「……」

「……黙っちゃダメですよ先輩? もっと頑張れば、私の事を捕まえられるかもしれないんですよ? そしたら私を、先輩の好きにできちゃ――あうっ……?」

 

 だがしかしだ、柱田。

 ここは狭いレジカウンター内で、お前が下がっていった方にあるのは壁だ。

 到底避け続けられるほど空きがあるわけじゃねぇんだよ。

 

「あ、なっ、壁が……!?」

「おい、柱田」

「ひぅっ」

 

 お前が言った通りのデカい図体が役に立ってるなぁ?

 壁面に背中と尻をぴったりくっつけた柱田にかぶさるようにして、両手を使って挟み込む。潜ろうにも俺の広げた足に引っかかってすぐには逃げられねぇって寸法だ。

 避ける技術は間違いなく一級品だが、周囲の環境を考えなかったお前の負けだ。そもそも何の勝負か分からないってのは置いておく。考えるのも馬鹿らしいわ。徹頭徹尾アホみっちりだよ。トッポかボケがよ。

 ビクッと肩を震わせた柱田が見上げてくる。顔が近い。そりゃそうだ、俺が柱田に近づけているのだから。

 

「あ、あの。ちょっと、近い、です、先輩っ」

「これはもう、捕まえたっつってもいいよな?」

「えっ。あ、はい、そうですね……?」

「つまり、好きにしていいんだよな?」

「い、いえっ! 出来るっていうだけで、好きにしていいとは……!?」

 

 なにやら言い訳をしていた柱田の動きが急に止まる。

 赤らめた顔のままに何事かを考えると、ますます血行が良くなったようでもはや湯気が出そうなほどだ。

 かと思えば視線を逸らし、指をツンツンとつつきながら、なにやらもにょもにょと呟き始める。

 

「……ま、まあ広義の意味では、そうかもしれませんね……? 一応、私が煽ったわけですし……な、ならその責任を取るというのも、やぶさかではないと言いますか、なんと言いますか……。分かりましたよ! こ、こいやぁー!」

「じゃあやるわ」

 

 本人の許可も取れたので柱田の頬に触れる。ソフトタッチ。

 

「あーっ!?」

「なんだよ」

「ちょ、ちょっと予想外と言いますか! そんな! 直球じゃないですか! 勤務中にされるとは思わないじゃないですか! い、意外と大胆なんですね……!」

「何言ってんだ柱田?」

「ですが覚悟は出来ました! ……まさかこんな、おふざけの延長戦だなんて……! い、いえでも、これも私たちらしいです、よね……?」

「マジで何言ってんだお前……いいからほれ」

「そんな軽くっ!」

 

 なにやらショックを受ける柱田。訳分からん。さっきから何言ってんだコイツ?

 随分と往生際の悪い柱田の頬を、グッと引っ張った。顔が上がる。真正面から柱田の瞳とぶつかり合う。

 間近で見ると、人間とは思えないほど綺麗だ。角度によって色彩を変化させるから、見てて飽きない。美人は飽きるとは言うものの、それは柱田には当てはまらないだろう。

 

「あっ」

「じっとしてろ」

「……はい」

 

 柱田が瞼を閉じる。

 俺はそれを最終的な許可と捉え――もう一方の頬も包み込み、こねくり回す。

 

「んびゅびゅびゅっ」

「おぉ……いやいいなこれ。やっぱりだ」

 

 きめ細やかな肌はもっちり手のひらに吸い付いて離れない。適度な弾力、ゆるく癖の掛かった髪が甲に触れるのもまたいいアクセントだ。俺の見立ては間違っていなかった。以前の一件以降ひそかに目をつけてはいたんだが、ようやく手を出せたぜ。

 

「あにょ、ひぇんはい」

「あ? どうした柱田」

「にゃに、しへふんれふきゃ?」

「なにってお前、頬揉んでんだよされてる側が分からなくてどうすんだ柱田お前」

「……………………」

 

 黙り込んじまった。

 なんでそうなったかは分からんが、これを俺はチャンスと捉えるぜ。次いつ触れるか分かったもんじゃないからな、思う存分堪能させて貰うぜ柱田ぁ……!

 むにむにもにもに、ついでに引っ張ってもみる。その間柱田の顔面はひでえことになっているんだが、それでも美人さは崩れないんだから大したもんだ。鼻くそほじってても美少女なんじゃねぇかコイツ。やってる事はともかく様にはなりそうだ。

 なんかもう、だっこの一件以降コイツに対してはセクハラだのなんだのあんまり考えないようになってしまった。多分今訴えられたら確実に負ける。スリルがたまんねぇ体にされちまったよ柱田には。受け入れ幅が広いぜ。

 

「……にゃんでれふか?」

「なにが」

「みょみゅにょれふ」

「ああ? ほら、前にお前の頬揉んだことあっただろ。あん時から感触が忘れられなくてなぁ、機会を伺ってはいたんだが……へっへっへ、ようやくだぜ」

「…………ぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 聞かれた事を答えただけなんだが、柱田はなんか唸りながら目を細めた。僅かな抵抗も無くなって、完全にされるがままだ。まっかっか。りんごかな? トマトかもな?

 それからしばらくの間、俺は柱田のすべもちほっぺを堪能した。これはどんなぬいぐるみでも再現不可能な神秘だぜ。これからも定期的にさせて貰おうかなと検討してしまう、超絶俺好みの感触だった。

 すっかり黙り込んだ柱田。なんか堪えるみたいに腕がぷるぷる震えているが、その振動もまたいいアクセントだ。

 手を離しても、柱田は固まったままだった。時折なにかぶつぶつ言っているが、声が小さすぎてよく聞こえない。そもそも言葉として形にもなっていないから、例えはっきり聞こえようが無理だろうが。

 顔から熱が引いても、俺が弄り回していた部分だけまだちょっと赤いのは笑えてくるぜ。

 

「……よし、満足だ」

「……そうですか、先輩」

「なんだよ柱田、言っとくけどな、これはお前が許可出した事なんだからな?」

「分かってますよぅ……うぅ、勘違い……」

「は? 勘違い?」

「気にしないでくださぃぃぃぃ……」

 

 聞き返しても答えは返ってこず、柱田はカウンターに上体を預け伏せてしまった。足が長いから斜め上に腰を突き出している構えになる。

 とはいえ小柄だから小ぶりな山のシルエットにしかなっていない。俺がやったら富士山だな。

 何がそんなに気になっているのかは深く聞かんが、話し相手がいなくなってしまった。今日はもうやることやったし、後はいつ来るかも分からない客を待ち構えるだけなんだが。ちょうど考え事もひと段落で、シフトが終わるまでひたすら虚無なんだよな。

 そういう時に、柱田が正常でいてくれると大変助かるんだが……今はすっかり黙り込んでいる。起動には時間が掛かるかもしれない。

 とはいえ、それだと俺が困る。趣味がいくら多いとはいえ、手を出す幅が広ければ掛けられる時間も限られてくる。広く浅くだ。つまり連想にも限界がある。考え事だけで時間を潰すには、残念ながら俺は道をそこまで深めてはいない。

 というわけで打ち破らせてもらうぜ、この沈黙。あと純粋に気になる事がある。

 

「そういや柱田」

「……」

「なんか答えろよ……お前デュクシつってたけど、なんだあれ。お前のクラスかなんかではやってんのか?」

「……先輩は、知らないんですか?」

 

 お、食いついた。首を動かし、組んだ腕から目だけを覗かせて柱田が見つめてくる。

 

「知ってるけどよ、あれ小学生がやる奴だろ。高校生がやってんのは見た事ねえぞ」

「……なんでか知らないですけど、男子の間でブームみたいなんですよ。デュクシにも色んなバリエーションが生まれてました」

「あれって再燃する奴なのか……ちなみにそのバリエーションってのは?」

「ウルトラデュクシ」

「ガキじゃねーか!」

 

 まるで成長してねぇ!

 いやそうか、なんで柱田が急にやりだしたのか疑問だったが、クラスメイトがやってんのを見たせいか。あれは男子しかやってんの見た事ねぇしな、下手したら柱田にとっては初めての遭遇だったのかもしれない。

 だからって俺にやるのはマジで理解できないが。何だったんだよ一体。

 

「先輩って高校卒業してまだ二年でしたよね。高校生時代には流行ってなかったんですか? うちだとクラスどころか学年単位でウルトラとかハイパーとかマキシマムとか、色んな英単語が飛び交ってますけど」

「何が起きてんだよお前の高校」

「どうだったんですかってばぁーねーえぇー」

「ダル絡みすんな柱田ァ! お前復活したと思ったら粘着度増してんじゃねぇか!」

「どうせ汗もびちゃびちゃですし粘度がなんですか粘度がぁ!」

「開き直ってやがる……!」

 

 再起動に成功したはいいがクソめんどくせえ。

 柱田は起き上がったと思ったら一気に距離を詰め、俺の左腕にしがみついて来る。汗ってのもただの言いがかりではなく、実際に掻いていた。張り付いた制服越しにも分かるラインが、歪むのが伝わってくる。肌越しに。あるいは視覚で。

 こんなの逆セクハラだろうが! 人の事言えた義理かよコイツ!

 汗臭いなんてことはない。むしろ甘い香りがする。それは普段ならふわりと香る程度であったが、今では濃縮された芳香といった塩梅だ。なんだかクラクラしてくる。

 しかもそれを自覚しているのか、ニヤリと笑みを浮かていた。実際に触れているのにも関わらず、存在感がどこか希薄な微笑み。よく見れば赤みは取れていないし瞳に映るのは混乱の色だ。

不可思議な虹彩は感情をよく乗せる。熱に浮かされているのだと一目で分かった。

 そのくせ眼光には冷静さも残っている。っち、反応するのは悪手か……!

 なるべく腕に張り付いて来る感触を気にしないようにしつつ、俺は柱田の疑問に答えてやる。

 

「……無かったよ。お前のとこがおかしいんだわ。特異点か何かかよ」

「かもしれませんねぇー……んふふ……」

「んだよ、何がそんなにおかしい?」

「いえ? 開き直りも勢いに任せるならありだなーって思っただけですよぅ……」

 

 半分眠っているような口調で、柱田がさらに体を押し付けてくる。

 やめろやめろ! お前の見た目でんな事されたら、こう、駄目だろ!

 思わず体をずらそうとしても、ぴったりとくっついて柱田は離れない。前も思ったが、意外とあるんだなと。そんな思考が頭をよぎる。浮かんでしまう。コイツまじで、自分がどれだけのもんか理解してんのか?

 動揺している自覚があった。せざるを得なかった。頭をガシガシと掻く。そうしないと、気を紛らわせないと、本気で意識してしまいそうだった。

 そんな俺の動揺も知らずに、柱田は平然と話を続けてくる。

 

「じゃあ、デュクシの代わりってなんだったんですかぁ?」

「……それはお前、あれだあれ」

「あれじゃ分かりませんよぅ」

「だから……っ」

 

 甘え声を出すな! 揺らぐ!

 クソ! 前聞いた時はそこまでだったはずなんだがなぁ!? シチュエーションの力がいかに偉大か、俺は今それを味わされている!

 

「軽い、肩パンとかだな。すれ違い様にうぃ、とかおう、とか言って打ち合ったりすんだよ。そういった意味ではあれだな、デュクシの年取った版みたいなもんだ」

 

 柱田の甘え声が反響して脳が痺れるようだったが、なんとか記憶を引っ張り出す。我ながらあんまり記憶に残らん学生時代を過ごしていた。そんな中でもなんとか思い出せる程度には満足していたらしい。過去の俺に感謝だな。

 そうか。もしかしたら肩パンからの流れでデュクシが飛び出て、そいつが妙なツボに嵌った可能性はあるな。どっちも結局軽めの打撃を繰り出す点では同じだから、類似点があると言えばある。

 それにしてもクラスメイトの男子諸君……せめて小学生拡張パックは止めといた方が良かったんじゃないか? 下手したらガキでも使わんレベルかもしれんぞそれは。

 色々つけ足すのが楽しいのは分かるけどな! バトエンのキャップとかクソわくわくしたし。

 

「へぇ……そうだったんですねぇ」

 

 密着したまま納得する柱田。ぽかぽかだね。言ってる場合かアホ!

 いや、しかし脳内でくだらない事を考えてたおかげか、段々と熱が下がっていくのを自覚できる。冷静になれている自分がいると、知覚できるようになっていた。

 よし。なにがよしなのかは置いといて、よし! 俺はクールだ。今の柱田だって、見様によってはじゃれついてくる従妹みたいなもんだ。そう思い込めばいい。

 だってのに。

 

「じゃあ、私たちはちょっと大人ですからぁ……」

「お前はまだ高校生、だ、ろ……?」

 

 肩にポツンと、感触。

 柱田は手を丸めて、軽く置いてきた。そのまま何度か繰り返す。

 熱で潤んだ瞳で見上げてくる。ぽーっとした顔は隙だらけで、それなのに柱田は二ヘラと安心しきった笑顔で。

 

「肩パンの、間柄ですねぇ……いえ、もっと深いかもです。えへ、えへへ……」

 

 ゆるゆるでアホアホな事をほざきながら、じゃれついてきやがった。

 

「……っ」

 

 この馬鹿。

 卑怯だろ。

 

「だーもうッ! 離れろいい加減! 湿るわッ!」

「うあー」

 

 腕どころか腹のあたりにまで押し付けてきた馬鹿を引きはがすと、案外簡単に離れていった。

 柱田はふらふらと安定しないまま立っているだけで無反応だったが、思い出したようにゆるく怒ってくる。

 

「……湿るってなんですかこのやろー。私のどこがぬれぬれだって言うんですかぁー?」

「濡れてんだろうが見てみろコイツをよお!」

「あらぁほんとう。大変ですね」

「誰のせいだと思ってやがる……!」

 

 差し出して見せた腕はどっからそんな水分が出たんだと思う張り付き具合で、変色すらしているんだから驚きだ。

 だというのに柱田はどうとも動じないどころか、両手で握って眼前に近づける余裕さえあった。その際、張り付いた服が中央に皴を作って下にあるものの存在を浮かび上がらせる。なんでったってそう無防備なんだお前は!

 あとぬれぬれとか言うの止めろ! 今のお前には危険なんだよ!

 

「ふへへぇ……」

 

 畜生、なんでったってこんなどぎまぎしなくちゃならないんだ。つーか柱田酔ってるんじゃないか? 場酔いか?

 いつもの柱田ならもう少し強めの反応が返ってくるはずなのに、さっきからずっとなんなんだお前。あれか、俺が頬揉みこんだのがそんなに悪かったか? 丁寧に下ごしらえすると柱田は酔うのかよ。どんな体質だアホか。

 散々触って満足したのか、柱田はそれ以上過度な接触はしてこなかった。ただ、やけに距離が近いままだったのはいただけない。一人客が来たんだが、レジ打ちをしている間も柱田はずっとそばで見続けてきたからだ。

 怪訝そうな客の顔は忘れられない。しばらくは記憶に焼き付きそうだ。

 暇をどうにかしようと話しを続けたのが、嘘みたいだ。

 シフトが終わるまでの間、柱田はずっと浮かれたままで。

 俺はなんとか熱を下げるのに必死で、時間がどうとか考える余裕が無かったからだ。

 なんかすっげえ負けた気分だった。柱田にこうもしてやられるとは思わなかった。当の本人は意識なんてしていないんだろうが、それが余計に敗北感を抱かせる。

 そして時間が来て、柱田と別れ帰路につく。最後まで柱田はふらふらしていて不安だったが、本人が大丈夫だと豪語するのでそのままにした。あれで警戒心は強い方なので大丈夫だろ、多分。危険な場所には寄らないはずだ。

 別れてからずっと、柱田の事を考えているとその時気付いた。頭からあのゆるゆるで、安心しきった顔が離れない。

 自販機で買ったコーヒーが、やけに苦く感じられた。

 

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