だべってるだけ。   作:小心 モノ

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学校へ行こう!

「……あ? なんだこれ」

 

 珍しく柱田が先に帰るシフトだった関係で、これまた激レアキャラである店長とのひと時を過ごした後。仕事中だってのに急に踊りだしては点数を求められるというなかなかな激戦を超えて疲労していた俺がそれを見つけられたのは、多分に運の要素が大きい。

 バックヤードは入り口から二手に分かれて、右手にロッカーが並んでいる。着替えを終えて、ふと下にいった視線の先にあったのは、黒字に白と水色のラインが映えるパスケースだった。

 拾い上げて、ひっくり返す。

 逆さになった文字を直すと、その正体がすぐに分かった。見覚えがあったからだ。

 

「柱田のじゃねぇか」

 

 校章だの氏名だの学校名だのと並んでいるのは、柱田の通っている高校の学生証。

本人の名前もあるし、なにより証明写真だってのにやけに絵になる面構えは間違いなく柱田のものだ。真顔。ウケるぜ。

 柱田本人はこの写真が気に入らないみたいだったが。どう思いますこれ、なんて言って膨れながら突き出されたのも懐かしい。

徐々に打ち解け始めていた、少し冷めた雰囲気がまだ残ってる頃だな。

 当時の俺はどう答えりゃいいんだよと迷った挙句、確か適当にいいんじゃねぇのぐらいに答えていた気がする。それに柱田が突っかかって、微妙に目つき悪いタイミングで取られたんですよとかいうこだわりを見せてきたはずだ。そっから先は覚えていない。ギャーギャー言い合っていたって確信はあるが。

 今思えば、それがアイツなりの距離の測り方だったんだろう。

まだ打ち解け始めってぐらいのタイミングだ、俺もプライベートな話はしてなかったし柱田は自分から絡んだりしてこなかった。話題も無い。苦肉の策って奴だ。それにしたってもう少し別の種は無かったもんかと思わなくもないけどな。

 

 そんな思い出アイテムが落っこちていたわけなんだが。

 

 おおかた着替えの時に鞄の中身を弄って落っことしたとか、そんな光景が目に浮かぶ。見てくれ完璧でもどこか抜けてるからな柱田は。ドジっ子さん。いやちゃんか? ちゃん付けで呼んだら殴りかかってきそうだなアイツ。まあ負けないがな!

 脳内柱田をやり込めながら、シフト表を確認する。

 今日からアイツは二日連続で休日。仮に柱田が直接取りにくるならここに寄る必要がある。別に苦では無いだろうが、わざわざ向かうのは面倒だろうな。

 じゃあ出勤日についでで回収すりゃいいって話ではあるんだが、その間に学生証が必要なシチュエーションが出来たらと考えるとここに置きっぱなしにするのは忍びない。

手前味噌ながら、柱田は俺の影響もあって多趣味だ。特に映画が好みで、新作は映画館派。全身で体感し味わう感覚が好きだと、珍しく鼻息荒く語っていたのを覚えている。なら学生証が活躍する状況はいくらでもある。

 

 そして、なにより。一度拾ってしまった以上、この案件を他人任せにするのは何となく気が引けた。俺が動くのが一番早いだろうし、その方が望ましいはずだ。

 普段の態度で勘違いしそうになるが、あれで柱田は人見知りだからな。知り合いが届けた方が負担も少ないだろう。

 一旦ポケットにしまい、とっとと着替える。カードを切ったか最終確認、交代してから問題が起きてないか一応顔を覗かせておく。後続の山田君は相も変わらずぬぼっとした顔で何を考えているのかは分からないが、とりあえず何事も無し。

 そもそも客がいないのに何の問題が起きるんだという当然の疑問は投げ捨て外に出れば、六月の風が夜だというのに生ぬるかった。

 都会に比べれば幾分かさっぱりしているんだがと、遠方の山々が月明かりに照らされ稜線の影を眺めて駐車場の片隅による。スマホを取り出してアプリを起動、メッセージを送る。写真を添えてだ。

 

『柱田』

『これお前のだろ』

『すまし顔ウケる』

 

 とりあえずそれだけ打ち込んで自販機にでも向かおうかと思っていると、手元が振動。

 早くね? 暇なのかアイツ?

 

《あ》

《それどこにありました? 探してたんですよ》

《映画に行こうと思ってたんですけど見当たらなくて》

《すまし顔でなにが悪いんですか!? 見るな! おばか先輩!》

「だれが馬鹿だよこの野郎……!」

 

 不可抗力だろうが! 次会った時にデコピン一発が確定しちまったなぁ!

 怒涛のスタンプ爆撃をかましてくる柱田。やっぱりというべきか、俺の想像通りの使い方をしようとしてたらしい。肝心の物を落っことして見られたくないものを見られるとは、なかなか運が無いな柱田も。

 拾ったのが俺だったからいいものを、他の奴に見られたら恥で死ぬとかしてたんじゃないか? いや流石に無いか。無いよな?

 ピコピコうるさい攻撃を続けている柱田の事が急に不安になってしまった。そこまで気にするもん落とすな。

 

『ロッカーの前だよ』

『つーかやっぱり映画見ようとしてたのか。何見るんだ?』

《盲点! 着替えの時ですかね?》

《今月はB級強化月間なんであれです。バグ・リベンジ!》

『だろうよ』

『スルーしてたかもしれねぇ。どんなのだ?』

《現実世界にとあるゲームが侵食して、しかもそれがバグだらけだから普通にやっても攻略できないみたいな内容でして》

『めっちゃ匂うな』

《香り立ちまくりですよ。それで幼馴染三人組がゲームを知り尽くして攻略に乗り出して、何故か世界中の情報機関が超速理解してサポートに乗り出して、って宣伝でした》

《先輩も見ましょうよ! これは良作の予感がします!》

 

 なかなか気になる内容じゃねえか。いつの間にこれだけの嗅覚を……!

 文面からもうっきうきで楽しみにしている様子が浮かぶようだ。調べてみると、普段行く所からは外れた場所にある映画館でしかやっていなかった。多少遠出といった距離で、俺のアンテナからはすり抜けていたらしい。ぬかった。

逆によく見つけたな……予告の再生回数、千かそこらじゃねえか。隠れた良作かとんでもない駄作かヒリヒリしてくるぜ……!

 しかも公開が今日からだ。予定を立てて楽しみに帰ったらお得に出来るアイテムが無くなっていたってのはキツイ。いかにバイトしているとはいえ、学生の身なら何かと入用だ。安くできる箇所は安くしないとな。

 割と俺が自由に動ける立場でよかった。すぐにでも渡しに行ける。

 

『おう見る見る。いつにするよ? 明日か?』

《先輩が大丈夫ならそれでいいですよ! 動け足! 働け!》

『お前実は最初から俺あてにしてただろ。はなから言うつもりだったろその言葉』

《先輩ぐらいですよ車持ってて映画一緒に行ってくれる相手なんて。という訳でお願いします! いいんですか!? ありがとうございます!!!》

『飲み会で逆鱗に触れるタイプの後輩なんだよはしゃぎ方がッ!』

 

 初手動け足はヤバいだろ。零か百キロしか出ねぇのか?

 いやまあ俺も趣味が合うというか、そもそも染めた相手ではあるし謎の責任感がある。それ抜きにしても柱田はしっかりがっつりはしゃいで楽しんでくれるから、共に楽しむ相手としては最適なんだよな。

 だがそれはそれとしてなんなんだアイツの煽り性能は……! 画面越しにニヤついている顔が見える。これがサイコメトリー……!?

 デコピン二発追加コースだな。怯えるがいい柱田め、計三発分の中指が飢えてやがるぜ。

 

『お前覚悟しろよ柱田ァ……!』

《えーなんの事か分かんないですねーんふふー!》

『土下座しろ土下座!』

《土》

《下》

《座♡》

『おああああっ!!!』

 

 三分割すんな!

 恐れ知らずなようでなによりだ柱田の野郎……どうやら手加減はいらないらしいな。

 なんなんだよアイツ浮かれすぎだろ。ハートマークつけんなや。さては学生証もわざと落としたとかじゃないよな……いやさすがに違うか。偶然手間の一つが省けて儲けものぐらいな感じだろう。まず柱田にそんな考えを巡らせる駆け引きは似合わない。

 外面は神秘的な癖にやる事が猪なんだよな。直球しかしない。

 提案に乗っかる形で埋まった休日、経緯はどうあれ当初の目的もついでに果たせそうで何よりだ。いや何よりか? 過程で思い切り煽られてるが?

 映画は楽しみだがそれはそれ。柱田にはまず敗北を教えてやらねば。

 景気づけもかねて、一足お先にジャンクを摂取しようと強炭酸のジュースを買って流し込む。そのついでに、どう返却するかについて聞いておくことにした。

 

『お前マジで覚悟しとけよ』

《えー先輩こわーいうふふ》

『よし分かった手加減は無しな。そんで柱田、どうするよこの学生証』

《ひえー!》

《どうするって何がですか?》

『いつ返すのかだよ』

『無くしたの万が一学校にバレたらマズいんじゃねぇの?』

《あーまあ小言は言われるかもですね》

『今からお前んち行くか? つっても場所知らんが』

《やーんJKの住所探ろうとするヘンタイさん!》

『はったおすぞバカ野郎』

《本当の事じゃないですか!!!》

『人聞きが悪いんだよ!』

『俺の家に上がり込んだ奴が今更カマトトぶんな!』

 

 クソほども警戒心の無いくつろぎ方しといてよくそんな事言えるな! 俺以上に我が物顔だったじゃねぇか!

 心臓に滅茶苦茶悪い訴え止めろや。何が酷いって微塵も間違ってない所だよ。字面だけ見たら俺変態でしかねぇ。柱田の含み笑いが耳元で聞こえてきそう。

 

《あー先輩酷い!》

『事実だろうが』

《や、まあちょっと都合が悪いのも事実なんですが》

《先輩はアレですから家族がびっくりしちゃうかもですし》

『アレってなんだよ』

《いやですねアレはアレですよプフフ!》

『ろくでもねぇ意味だってのだけは伝わってくんだよなぁ!?』

 

 思わずタップの指先に力が籠るぜ!

爪が画面に当たって軽いリズムを刻む。相変わらず柱田の奴ってのはこう、絶妙に俺をナメてる態度が時折飛んできやがる。少し前まではすまし顔がデフォで冷たい目つきだったくせに随分と変わったもんだな本当に。

 懐かしさを覚えながらも、柱田の都合を考える。家が駄目なら待ち合わせ先とかでもいいんだろうが、もうちょっと早く手元にあった方が柱田も安心するだろう。道中俺まで落としたらシャレにならん。

 とすれば、直接出向いた方がいいか。

 

『明日お前には五発のデコピンとしっぺが一つ届くとして』

《いやなんですけど!!!》

《なんの累計なんですかその刑罰!》

《やめて下さいよ! こんないたいけな少女に!!》

『自業自得だアホ』

『んで、もう柱田の学校に行くのが早いよな? 明日の朝に向かうからそれでいいよな?』

 

 送信して、缶ジュースの中身を流し込む。

 二度、三度とそれを繰り返しても返信は無い。コンビニと街灯の灯りが風を冷ましたかのように、首筋をひやりと撫でて過ぎ去っていく。既読が付いたまま、それきり何の反応も無くなった。

 

「……なにやってんだアイツ?」

 

 なんか悩む文面でもあったのか、それとも俺が何か不味い事でもいったのか。

 履歴を見返してみても、特に違和感はない。普通の流れで、普通に提案しただけだ。断るにしろ、そんなに時間を掛けるような話題には思えない。

 すっかり空になった缶を捨てて、自販機のぼやっとした光を眺めていると、ようやく返信が来た。

 

《あ》

 

 短すぎる。

 と思ったのは一瞬で、次々に文字が上の方に流れていく。

 

《あの》

《それは》

《ええと》

《大胆ですね》

《いえ別に構いませんが》

《むしろどんとこいですが》

《見せつけるという選択肢もありでしたね》

《外堀からというわけですかそうですか》

《ありでしたねこちらの話です聞かないで下さい》

《こちらとしましてはやぶさかではないと申しますかなんといいますか願ったり叶ったりな感じではございますはい》

《構いませんかかってこいや》

「おうおうなんだなんだ」

 

 最後だけプロレス風味なのなんなんだよ。

 怒涛のトークの羅列に若干面食らうものの、内容的には了解を得たものと見ていい、んだよな? 随分と慌てているとも取れるが。

 ……一応確認だけしておくか。

 

『なんか目印になるもんとかあるか? そこで待ち合わせな』

《待ち合わせ!!!!!!》

『うるせぇうるせぇ。文字がうるせぇ』

 

 そんな使う記号じゃねぇだろそれは。

 

《じゃあ、えと》

《校門の横にでっかい木があるので》

《そこで、待ち合わせ、しましょう》

《待ち合わせ!!!!!!!??????》

『天丼!!』

 

 混乱し過ぎだろ二回目だぞ二回目。

 なんかもうこのまま続けてたら柱田が爆発するんじゃないかと思えてきた。嫌だぞ間接的殺人とか。

 危機感に急かされ強引に会話を打ち切ろうと試みる。どんなシチュだよ意味分からんわ。

 

『じゃあそこに八時半でいいな!? 早く寝ろよ柱田!』

《わかりましたあとむりです!!!》

『なんでだよ!!!』

 

 早く寝ろもおかしいし無理って返事もおかしいだろ。おかしいもの同士お似合いですってやかましいわ。

 なんだか了解を取れたのか取れてないのかも分からないままに、それっきり柱田からの反応は無くなった。今度は一時的にではないのは、なんとなく雰囲気で察せられる。俺もスリープにしてポケットにしまい込み、代わりに柱田の学生証を取り出し眺めてみる。

 自販機が照らし出す柱田の瞳は、どこか冷淡な色を持ち合わせている。とても俺を相手にしている時のものではなく、時間による変遷が感じ取れた。

 それもまたしまい込み、夜道を歩く。

 後半だいぶ様子のおかしい柱田だったが、いったい何がどうなっているのやら。文字だけであそこまで混乱を表現できる人種だったのかと新たな発見だ。

 とにかく、何気に初めての学校での柱田になるのか。制服姿は見慣れているし、なんなら色んなところに連れ回してはいるんだが、こういった機会がよく無かったもんだと思う。

はてさてどんな所に通っているのか。拝見させて貰おうか。

 これを機に学校でのアイツも見てみるかと、割と楽しみにしている自分を自覚しながら帰る足取りは、どこか浮足立っているような気がした。

 

 

 

 中古の軽。四角いフォルムが特徴的な、所々に年季の入った跡が残るやっすいやつに乗ってしばらく。

 柱田の通う高校は、俺の住んでいる所からだいたい三駅ほど乗り継いだ先にある。学生証に書かれている校名を調べて初めて知った。特筆する所の無い、ごくごく普通の高校だ。

 柱田が指定したでっかい木――樹齢五百年越えのイチョウが昔、新聞の記事になった事があるぐらいらしい。高校の名前もそれにちなんでか、公孫樹高校という。

めちゃくちゃあやかっているじゃねえか。

 丁重なんだか雑なんだか分からない、どうにも創立者と現役学生との間に意識の隔たりを感じながらも見つめる目印は、近づいてみればなるほど確かによく目立つ。

 太い幹は樹皮に苔のようなものを生やしほのかに緑付いている。今の季節はまだ青い葉も、その樹齢に伴って若さを感じさせない大きさだ。時折舞い落ちるだけでもよく風を掴み、ひらひらと踊るように。

 太い根がくねり、混ざり合う。幹に時折目立つ不自然な膨らみや凹み、瘤はこのイチョウが辿った歴史の筆跡だ。麗筆とはいかないが、その分武骨で重厚。動乱と戦争すらも見つめ、乗り越えてきた重みは、ただ高校のシンボルになっている以上に迫力があった。

 通学する学生たちは慣れたかはなから感じ取ってないか、特に気にする様子も無いが。

 いやまあいたらいたでかなり怖いと思う。いちいち大木に礼拝する学生とかもはや事件だろ事件。

 俺もこんな間近でこんな大木を見るのが初めてだから思わず見入ってしまった。怪訝そうな視線を向けられている。そりゃそうだ。見るからに部外者らしき人物が校門に近づいていったかと思えば立ち止まってるんだから不審に見られるのもむべなるかな。

 しかし。

 

「――――っ」

 

 そんな俺に向けられている視線はごく少数だ。他の人は、とある一点にばかり注目している。足取りは遅くなり、ちょっとした人だかりだ。ひしめき合う人々は、そう整理されているように円を描き、中心に目を奪われている。

 青く日の光を受けるイチョウの葉が横切り、風に揺れる髪を抑える。

 横顔は冷たく、遠くを見つめている。たったそれだけの仕草が、恐ろしいほど絵になる。

 柱田は自分が言った通り、校門を超えて枝を延ばすイチョウの下に佇んでいた。

 

「……」

 

 無言で、冷たさの中にどこか憂いを帯びている瞳。雨に濡れた後のような、暗く、纏わりつく色気を醸し出す様は、年下であるという事を忘れてしまうほど大人びていた。一瞬、息を呑んだのは誤魔化し切れないだろう。

 美少女だなんだと言ってきて、俺もそれに何度も乗っかった事はあるが。それでもふとした拍子に改めると、そんじょそこらでは太刀打ちできない、言い表せない神聖な空気の中にいる。それが柱田という少女なのだと、そう思う。

 ただ顔がいいとかでは説明できないもんなアレは。そんな柱田が意味深に佇んでいれば、それは注目も集まるというものだ。遠くに教師の姿はあるが止める様子はない。これは、いつもの光景なんだろう。

 多数の人の中心にあって、混ざり切らず完全に浮いている。浮世離れもここまでくれば本物だ。

 柱田は多重に重なる視線をものともせず、そもそも認識していないとでもいいたげな無反応で、手元のスマホをただじっと見つめていた。

 そして、ふと顔を上げる。

 真正面で向かい合った柱田の、朝日を受ける虹彩の輝きが、色めき立った。

 それまでの空気をぶち壊し、俺のよく知る柱田がやっと姿を現す。

 

「先輩っ!」

 

 そのままダーッと大きく手を振りながら駆け寄ってくる姿は人懐っこい小型犬だ。血の通った暖かみを急激に宿し、頬を紅葉させながら軽い足取りで。

 呆けたように見つめていた群衆がにわかに騒めく中、柱田は俺の目の前で急ブレーキを掛けるときらきらした目で見上げてくる。

 親を見つけた幼児か?

 

「もー遅いですよ! すっかり囲われちゃったじゃないですか!」

「時間通り来ただろうが」

「分かってないですねっ。そこはこう、おまたせ待ったとか、今着いたとことか、定番のやり取りをやってみたいっていう乙女心があるんですよお分かりですか?」

「なんで俺急に責め立てられる流れに入ってんだ? おかしくね?」

「まったく先輩頭大丈夫です? ついてます? ていうか首据わってます?」

「定刻で間に合わせたのにその言いぐさはなんだ柱田ァーッ!」

「にゃあぁぁぁぁっ!」

 

 流れるように罵倒されたので流れに任せて両手で頭を挟み込んでやったぜ。

 朝から絶好調だなこの野郎! 三十秒コースだ覚悟しやがれッ!

 涙目で抵抗する柱田を揺さぶりながら締め付けることしばし。宣言通りの時間が経った所で離してやると、柱田はこめかみを抑えながらわざとらしくよろめき、足を崩して座り込んだ。

 そのままさも悲劇のヒロインと言いたげな表情を作り上げ、悲壮感たっぷりに俯く。大した演技力だな。凄すぎて茶番でしかねぇ。

 

「ああ、私はただ楽しみにしていただけなのに……あとついはしゃいで先輩の真実をつまびらかにしただけなのに、なんて仕打ち……」

「冤罪でしかなかっただろうが」

「哀れな柱田ちゃんはこうして先輩に弄ばれる定め……でも決してへこたれないの。いつかあの人も分かってくれる。そう信じて健気で儚い柱田ちゃんは今日も頑張る……いつかこの思いが、先輩に届くまで!」

「何言ってんだコイツ」

「先輩はいつも容赦なく私を責め立てる……ある日はコンビニのバイト中に、ある日は一緒にお出かけしている最中に。私の気持ちなんてきっと分かっていない……でも、それでもいいの。傍にいられるだけで、それでいいのっ!」

「あー、これな。ちゃんと持ってきてやったぞ。ほれ」

「少しは乗っかってくださいよ私が馬鹿みたいじゃないですかっ!」

「実際馬鹿だろ」

「ふんぬっ!!!」

 

 睨みながら俺の手から学生証を奪い去る柱田。そのまま手元に顔を近づけ「ねー、先輩はまったくノリも悪ければ目つきも悪いんですから。ねー?」などと学生証にぼそぼそと話を繰り広げている。そういうとこが馬鹿だっつってんだよ。誰の目つきが悪いって? あ?

 そのまま軽く膨れ面のままジト目を向けて来ていた柱田の姿は、出勤前や退勤後にもよく見かけていた制服姿。白い半袖のセーラー服だが、下は折り目の無い紺のスカートで少し珍しい。どこか格式高い雰囲気がある。

 それでも見慣れてはいるはず、なのだが。校門と校舎を背に、舞い落ちるイチョウの葉の中心に佇む柱田は、俺の目には新鮮なものに映った。

 絵になるとは思ったものだが、本当にどこでも映える奴だ。歩く映えスポット。

 コンビニの制服はあまりに俗世感が出るからある意味デバフになっているだけで、本領を発揮している柱田はとても魅力のある存在なのだと思い知らされる。

 こんなのが同級生に居たらと思うと、特にクラスメイト諸君には頑張って欲しいものだな。ヘタしたら性癖とか色々ぶっ壊されるんじゃねぇか?

 そんな風に、観察していたのがバレたのか。柱田はきょとんとした後にその口をにまぁ、と歪めると、見せびらかす様にゆっくりとターンをしながら近づいて来る。

 軽やかなステップで笑みを浮かべながら、一歩半もないような距離で。揺れるスカートは慣性の働き、柔らかな波打ちが髪先と同期する。それは、分かっている動きだった。狙ってそうなるように仕掛けた、強く印象に残る動きだ。

 

「ふふんっ」

「なんだよ」

 

 何をそんなに勝ち誇っているのかこの柱田という生物は。よく観察してみよう。

 

「見ましたね? 見ましたよね? 私の制服姿! それはもうじっくりたっぷりと観察、しちゃいましたね!?」

「お前場所考えろよマジでお前!」

 

 学校とかいうクソ不利な場所で何ほざいてんだよこの野郎!

 幸いにも柱田はかなり近寄って来ていて、俺にだけ聞こえるように言っていたからいいものを! せめて言い回しどうにかしろよ! なんでそうねっとりした言葉遣いを選んでんだ!

 恐らく柱田の思惑とは別の理由で戦慄する俺を見て攻勢だと見たのか、ますます調子づきながら柱田はスカートの裾を摘まんでひらひらとさせ、挑発するように笑ってくる。コイツ俺を殺したいのか?

 

「いいんですよー素直になって下さいよ。ほらほらどうですか、新鮮新生美少女柱田の、ある意味先輩にとって初の生JK姿ですよ? 堪能しないでいいんですか?」

「言っても止まらねえなあ柱田ァ! なんだお前なに浮かれてんだよ!」

「いえ別に浮かれてなんて」

「いるわっ!」

「勘違いですよ先輩んふふー。それでそれで、どうなんですか感想の程は? 見とれちゃうほど私がどうやら新鮮だったみたいですね! どう思ったか率直な意見をどうぞ三二一はい!」

「いや言わないが?」

「なんでーっ!?」

 

 愕然とする柱田だが、そりゃそうだろ言う訳ねぇわ。

 柱田のフリが生々しすぎるんだよ、どう答えても犯罪だろうが。いくら打ち解けていたとしても限度がある。ああ向こうから教師の視線が!

 しかしその教師にしても、俺と柱田を交互に見ているあたり注視し切れていないのは明白だ。それはどうなんだと思わなくも無いが、同時に納得もある。それほどに柱田は、普通とは言えなかった。

 その柱田は何とか俺から言葉を引き出そうと、ちょろちょろと周りをうろついては控えめにポーズを取っていた。必死過ぎる。

 

「ねーねー先輩。ねーねーねー」

「……」

「ねーっ!」

「うるせぇ! いくら乞われようが無ぇもんは無ぇわ! 閉店品切れ生産中止だ諦めろ!」

「いーやーでーすー! 頑張って下さいよメーカーの人!」

「誰がメーカーの人だってぇ!?」

「先輩が言い出したんじゃないですかっ! いいからほら、可愛い可愛い柱田ちゃんを褒めたたえるべきですよ先輩は! ほらほらっ! こころなしかスカートの丈も短くなってますよほらぁ!」

 

 しつけぇ。ほらほら言い過ぎだろ一言しか覚えられないオウムか?

 言われた通り確かに、いつもよりか肌面積が増えているような気がしないでもない。でもそれを俺にアピールしてどうしたいんだよ柱田は。

 というか、よく目元を見てみるとかすかに隈が出来ている。それが不思議と色気に繋がっているから大したもんだが、さてはコイツあんまし眠れてないな? いつも以上にやかましいと思ったらなんてことはない、深夜テンションの延長線上だ。

 目もぐるぐると回ってしまっているような気がする。そんな柱田は腰をクイっと曲げて見せつけてくる。だから止めろ! 危険!

 どっちが頑なになっているのかも分からなくなってくるが、とにかく俺が柱田に反応しないようにしていると、唸りながら柱田は頬を膨らませて訴えてくる。何がしたいんだよマジで。

 しかし柱田は、それだけに留まらなかった。

 

「むむむむむむむむ……」

「何がむむむだよ」

「……えいっ」

「うおぁっ」

 

 そのまま勢いよく飛びついて、腕に抱き着いてきやがった!

 周囲のどよめき、息を呑む音、時間が停止するなかでそれらがはっきりと伝わってくる。

 ある。膨らみが。しっかりと主張していた。形を変え、感触で伝え、温度で存在して。あまりに不意打ちで認識が遅れ、一気に脈が早鐘を打ち始める。

 羞恥もある、驚きもある、だがそれ以上に危機感だ。ついにやりやがったコイツ! 事案だろうが! もはや!

 

「お、おま、おま……っ!」

「……へんっ。先輩が悪いんですからね。こっちのお願いを散々スルーするんですから……っ。それにいい機会です、元よりこちらは見せびらかす気満々ですからねっ! 有象無象の皆様方にも役立ってもらいましょうか……!」

「こいつ、しょうもないたくらみを!」

 

 周りへの目が冷たいな! そのくせ顔が赤い。北極と砂漠か?

 一応、俺は俺が不審者じみているという自覚がある。朝の校門前で在学生と騒いでいる男がいたらそりゃそうだ。しかし周囲の人は、学生教員問わず止める気配が無い。そうなる事を、柱田も分かっているのだろう。躊躇がねぇ。

 自爆特攻をかまされ、俺もまた巻き込まれた。ただ学生証を届けにきただけなのになぜこんな目に遭うのか。どうしてくれんだよこの空気。完全に触れがたきものと化してんじゃねえか。

 

「ええい離れろっ! 暑苦しいんじゃ柱田ァ……!」

「イヤですっ! これはいい機会なんですよ、あらゆる存在に私たちの関係性を刻み付けなければなりませんっ!」

「誤解しか生じてねぇよっ!」

 

 しかも世間にバレたらマズいやつ! いやここが世間か!?

 助けてくれ誰か。なんでこんな状況になってんだよ。

 どうしてか勇んでいる柱田は解こうとすればするほど強く絡みつき、離れるという事を忘れているようだった。柔らかい感触は浮世離れしている柱田の実在性を訴えてくるがそれどころじゃない。

 このままだとフィールド効果・柱田が切れるのも時間の問題だ。その時が俺の最後。逮捕エンドかそれに近い結末になってしまう。それだけは避けねぇと……!

 クソが! どうやら柱田は俺が何も言わない事が気に食わないらしい……お前の不満で俺が死ぬ!

 じゃあどうするかと考えて、出てきた答えは一つだけだった。柱田の望みは明らかだ、ならそれに乗らせて貰おうじゃねえか……!

 

「分かった! 分かったから今はよせ!」

「分かってないからこうしてんですよ鈍感先輩! 止まりませんからね私は!」

「後で褒めてやるからっ!」

「っ」

 

 その一言で、柱田の動きが止まり力が緩まる。

 一瞬の隙、急いで掴まれていた腕を抜き出す。摩擦で付いて来る柔。奪われそうになる視界を強引に振り切ってまくし立てる。ここしかねぇ。

 

「映画見に行くまでの間にお前の! 望むとおりの言葉をやる! だから落ち着けっ! こんな往来でやる事じゃねえだろうがっ!」

 

 正直なに叫んでんだって話ではあるんだが。恐らくそれこそが柱田の望んでいる事だ。その望みの原動力は知らん。だが俺も言えないだけで、言いたい事が無くはないのだ。

 多分柱田なら許すであろうラインでしか言えないけどな! 無防備過ぎるんだよ色々と! 慣れ親しみも行き過ぎると生命の危機だわ。柱田、お前ホントお前。

 初めての後輩だからって張り切った結果が巡り巡ってこうなるなんて誰も思わねぇよ。

 固まったままの柱田は、振りほどかれたままの体勢から時間を掛けて動き出す。腕をさすり、体をくねらせ、こみ上げてくる感情をどうにか抑えようとしているような仕草。口元はニマニマと緩んでいる。

 

「……じゃ、じゃあその」

「……なんだよ」

「本当にいいんですね? たくさん要求しますよ?」

「だからそうするっての」

「……えへ、えへへ。じゃあ、覚悟していて下さいね先輩。私、言わせたい事いっぱいあるんですから」

 

 頬に両手を当てて照れまくっている柱田。一体その小さな頭の中で俺が何を言っているのやら。考えただけで背筋が震えるのはなんでだろうな?

 夢うつつといった感じで雰囲気が丸ごと緩くなった柱田を見て、俺も胸を撫でおろす。なんとかなったか? なったんだよな? もう一回とか止めろよマジで、遊べるドンじゃねえんだようるせぇな。

 柔らかくなった目尻、潤んだ瞳を向けながら、柱田は少しずつ離れていく。

 

「先輩、また後で!」

「……おう」

 

 心底嬉しそうに笑うと、そのまま校舎へと駆けていく。

 俺はもう、安堵と疲れでなんとか一言返すぐらいしか出来なかった。

 朝からきつ過ぎだろどうなってんだよ。生きた心地がしなかったわ。

 柱田が去っていくと同時に、意識を取り戻したかのようにハッとしながら集まっていた学生たちもまた校舎に吸い込まれていく。色彩もどこか落ち着いたように見え、柱田が醸し出す空気感すげえなと思いながら俺も帰路につこうとした。駐車場までの道のりが遠いぜ。

 

「あ、あのっ」

「んあ?」

 

 ところがその足は止められる。振り返って見てみると、見た限り一年生らしい初々しさが残る男子生徒が数名集まっていた。

 その視線は俺に向けられている。なんだなんだ、やはりあのやり取りはアウトだったか。

 身構えてみたものの、どうやら剣呑な雰囲気というわけでもないらしい。むしろそこにはきらきらとした尊敬の輝きがあった。いやなんでだよ。

 

「もしかして、柱田さんの彼氏さんとかですか……!?」

「は? 違うが」

「えっ」

 

 彼氏ぃ? 柱田とぉ?

 すまんが即座に否定させてもらった。確かに目を奪われたりする瞬間もどきりとさせられる事もあるが、俺の中で柱田はあくまで後輩だ。それも気の合う友人という距離感が合わさった。そういう風に見た事はない。

 俺が即断したのが意外なのか、男子の一人は驚きで目を見開いた。そんなにか?

 

「えぇ……でも、柱田さんと話してましたよね。普通に」

「そりゃあ話すさ。できなきゃ一緒にバイトで働けねぇって」

「働いてるんですか!? 柱田さんと!?」

「お、おう」

 

 なんなんだその大げさなリアクションは。

 

「すげー……」

「すげぇって、お前ら普通に話さないのか? ああいや、アイツ人見知りだからな……ひょっとかして柱田から避けられてるとかそんな感じか? 慣れるまではなぁ、柱田も距離を測りかねてるから――」

「いやいやいや! 無理ですよ話しかけるなんて! あの柱田さんですよ!?」

「どれだよ」

「というかなんで普通に話せてるんですか!?」

「……はぁ?」

 

 なんかこう、噛み合わないな。

 まるで柱田に話しかける事自体が恐れ多いみたいだ。そこにはただの気後れとかではなく、もっと根源的なものが関わっている気がする。男子生徒一行の顔は本気だ。柱田に、本気の恐れを抱いている。

 いや、どこか人の世に留まらない雰囲気を持ち合わせているのは分かるんだが。それにしたって大げさすぎないか?

 

「アイツ意外と抜けてるし、見た目よりよっぽど俗世に染まってるぞ? この前だって喫茶店のパフェ巡りの計画練り過ぎて寝不足になりながらバイトに着た事あったしな」

「え、なんですかそれ、まって尊い、可愛い……」

「いやアホだろただの」

「柱田さんはアホじゃない! ひたすらに可愛いんです! そして神聖!」

「その熱量なんなの?」

 

 んな力説されても困るわ。

 

「あ、あのー」

「どうしたんだよそんな下手に出て」

「ほ、他になにか柱田さんに関する話題とかありませんかね? こう、出来ればほっこりする系のがあれば最高なんですけど……」

「あっ、ボクはカッコいいので!」

「俺は業務中のでお願いします!」

「どれがそうなのかは知らんが、まああるにはある……え、まさか聞きたいのか?」

「はい、ぜひっ!」

「けどいいのか? 教室行かなくて」

「そんな事どうでもいいですよ!」

「良くはないだろ学生……っ!」

 

 本分忘れんな!

 結局その後、始業のチャイムが鳴る直前までその男子生徒に止められ続け、俺は柱田に関するエピソードを話し続けるはめになった。

 俺が何か一つ話題を上げるたびに尊さとやらで震えだす姿は正直引いた。新手の病気かなんかだろそれは。やるならせめてネットでやれネットで。

 妙に疲れた体を引きずって帰路についた俺は、しばしの休憩を挟むと柱田を迎えに待ち合わせの公園に向かった。その連絡の際には柱田が待ち合わせについて驚くという場面はない。むしろ今回のが特別異常なだけで普段から待って待たせてなんてしているはずだ。騒いだ理由は知らん。考えるのもめんどくさい。

 移動の間、柱田があれこれと約束を引き合いに出してきてうるさかったので、お望み通り映画が始まるまで俺に出来うる限りの言葉で褒めてやった。

 初めは調子に乗っていた柱田も段々と言葉数が少なくなっていき、後はひたすら無言の時間が続いた。赤すぎて不安になるレベルで席を立った跡が汗として残るぐらいで、そこからしばらくしても黙り込んで、ハンバーガーの店に入ってようやく復活した。ざまあみやがれ。

 学生証は、見事その本懐を果たしていた。俺も報われた気分だ。

 その後解散して遠く帰路につく柱田だったが、一度だけ振り返った顔はまだ赤いままで。なんとなく俺は勝ったなと、そう思った。

 雑魚め。出直してくるんだな!

 

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