だべってるだけ。   作:小心 モノ

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一緒に選ぼう

 少女の名前は、撫子というらしい。

 一抹の、いや一角の、いやいや大いなる不安を抱えながらに案内してもらったんだが、これがなかなかどうして凄かった。いい意味で。

 まず初めに、送る相手がどんな人で、例えばどんな化粧やアクセを身に着けているか、その他整えていたり、気を使っている所は無いかと根掘り葉掘りに聞き出してきた。その過程で思い出した、整えられた爪についての話題を出すと撫子は、すぐさまにネイルショップへと直行したのだ。

 その機敏さといったら撫子から受け取っていた印象とは真逆のそれであり、目まぐるしく変わる景色の果てに、いつの間にか俺は何色かの中からマニキュアを選ぶという段階にまで到達していたのだから驚いた。本気で。

 道中どうしていたのかあまり覚えてねえ、確か髪色とか色白かどうかとか聞かれたような気がするが定かでは無かった。

 ずらりとテーブルに並んだ、色とりどりのマニキュア。カットアップされた小瓶の容器はまさしく化粧品らしいファンシーさで、対面に立ちそれを広げる撫子は達成感に口角をほんのり上げて誇らしげだった。

 うおお店内の配色もそうだが俺の部外者感が半端ねえ! 光度もこの店だけやけに高いし、性別の偏りが著しい。店員の佇まいも、商品の配列も。何もかもが異次元だ。撫子はやけに似合っているけどな!

 

「さあ、どれがいいですか? 一応その方に合いそうな色を選んでみましたが」

 

 トランプを観客に見せるマジシャンみたいな手付きで、サッと撫子が指を滑らせる。それにつられて目を動かせば、どれも綺麗な色をした小瓶が輝かしく主張していた。

 その圧倒的に触れた事がない世界のアイテムに、思わず尻ごみをしてしまう。

 

「あー、いや。ありがたいんだけどな……」

「なんですか?」

「いきなりネイル、てかマニキュアってのはなんかこう、大丈夫なのか? 相手が好くかも分からねえし、そもそも重すぎる気もするんだが」

 

 いつも渡してるもんとはわけが違う。根本から趣が異なるプレゼントだ。俺の知る領域では無いし、そういった意味では慎重にならざるを得なかった。

 柱田が爪を磨いたりしだしたのは最近の話だ。言ってしまえば、身だしなみを整えているだけなのであって装飾を施すまでではない。そんな相手に渡すものとして、マニキュアなんてのは押しつけがましくはないか、という疑問がどうしても残る。

 アイツの場合、気に入らないものでもとりあえず受け取りそうではあるが……微妙そうな顔もされるだろうな。

 後はこう、先輩後輩の間柄で渡したりするもんなのか? という点も気になる。

 

「もっとこう、ハンドクリームとかよ。そういうのの方が良いってのはよく聞く話だよな。俺はここに来た時にはなんとなくそれにしようかって考えてたし、てっきり撫子も同じ意見かと思ってたんだが……違うのか?」

「消耗品のプレゼントは、無難ではありますが悪くは無いです」

「だよな」

「ですけど」

 

 肯定はする。しかしそこで終わりではない。

 覗き込んでくる瞳は黒く、そこに映っているのは迷っている俺だ。こんなに決め切れないものだとは、予想すらしていなかったな。そして、撫子がここまで頼りになるとも。

 

「……その方には、これまで色んな事を教えたりしたんですよね?」

「そうだな、釣りとか映画とか音楽とか……」

「であれば」

 

 撫子は柔らかく微笑む。見ている人を安心させるような、優しい笑顔だ。

 

「大丈夫だと思います。嫌がったりはしないですよ、きっと」

「随分と確信してるみたいだが、なんか根拠とかあるのか?」

 

 言葉に迷いが無い。きっと、なんて言ってるがほぼ断言だ。撫子の中では、よほど強い理由が存在するらしい。

 ゆったりと頷きながら、撫子は口を開く。

 

「親しくしようと考えていない人から何かを教わったとしても、身につきなんてしません。ですがその方は続いているみたいです。だから、どのような形であれ好意を持っているのは間違いありません」

「……その言い方は、なんかむず痒いな」

「つまりですね」

「おい無敵か?」

 

 恥ずかしくなってきたわ。俺なんかスベッたみたいじゃねえかよおい。

 

「これまでしてきた趣味の共有、その延長線上だと考えて下さい。新しい趣味になりそうなものを、あなたから進めてあげるんです」

「それでいいもんなのか?」

「いいんです。案外そういった遠慮のない方が、嬉しいものなんですよ。それに気に入らなかったら勝手に辞めますし、渡す前にあれこれ考えない方がいいんです」

「……ばっさりいくな」

「これでも経験は豊富なんです。意味とか重いとか考える前に、その人の事を考えているかが一番重要です。後は捨てられても無視されてもめげない心意気があれば、いつか報われると信じるんです」

「お前が一番激重じゃねーか! 一歩間違えればストーカーだぞ!」

「……ストーカー?」

「自覚無しが最もマズいっ!」

 

 何の経験積んでんだよ。

 凄まじい情念を感じさせる言葉にびびっちまったが、言わんとしている事はなんとなく分かる。分かってしまう。くやしいが。

 撫子は、恐らく何回も誰かにプレゼントをしては上手くいかなかったんだろう。悲しみで下がる眉、変化は僅かだが十分に感情の変化を感じさせるのは、それだけ経験を重ねてきたからだと伝わってくる。

 そんな存在を前にして、俺の悩みなんてのはだいぶ及び腰なものなのだと思わされた。いや基準を破壊されただけかもしれねえけどな。

 ようは考え過ぎだ。余計な事にしか目が行ってなかった。叶うなら渡すもんを好きになって欲しいとか、役立てて欲しいとか、そのぐらいの軽さで悩めばよかったんだ。マニキュアに限った話ではなく、悩み抜いた物なら何でも。

 知らず知らずのうちに、余計な力が入っていたのだと自覚する。悪い気合の入り方をしていたみたいだ。

 そう気付いたきっかけが目の前の少女のヤバめな一面だってのは、釈然としないが。

 

「……しっかしまあ、そんなもんか」

「そうですよ」

「ありがとな。視野が狭くなってたみてえだ」

「……はあ」

 

 礼を言うと、心当たりが無さそうな気の抜けた声が返ってくる。そりゃそっちからすれば当然の事過ぎるかもしれんが、こっちは相当助かってんだけどな。どうやら伝わらなかったみたいだ。

 ピンときてない様子の撫子、黒髪が揺れるのを眺めながら、俺は気を取り直して吟味を始める。

 

「うし、じゃあ一番似合いそうな色を選んでやんねえとな。青系統あたりが狙い目なんだが……となるとこの二色か?」

「二色ですね。深めのと、爽やか系統」

 

 指さした二つの小瓶以外を撫子が片づけてくれた。残ったのは、海のように深い青と澄み切った空のような水色に近い青。

 どちらも柱田の金髪と、学校で待ち合わせた時の印象から一番似合いそうな色だと思った。深い色はバイト終わりの夜空のイメージ、明るいのはイチョウの葉の中に佇む姿から。それぞれの背景色として柱田を際立たせるだろうと思わせるもの。

 ある程度エピソードは話したが、それでここまで似合いそうだと思える配色を選べる撫子のセンスがすげえな。他の色も良かったんだが、この二色を見た時には特に来るものがあった。

 その撫子は元の場所に商品を戻して、ちょこちょこと動き回りながら戻ってきた。肩で息してねえか?

 

「はぁ、はぁ」

 

 してるよな?

 

「はい、ええと、この二つならですね、はぁ、どちらを選んでも、はぁぁ、いいと思います」

「呼吸を整えろまずは!」

 

 何をそんなに疲れる事があるんだよ。

 俺に言われるまでも無く言葉が続かなくなってしまった撫子は、深呼吸を繰り返してようやく息を整える。逃走劇からはもうだいぶ時間が経っているだろうが、さては病弱か? 重たいものは持ったことが無い系か?

 小瓶を集めていた時はそんなになっていなかったよな、と言ってやりたくなっている俺を尻目に、撫子は指を広げて差し出してきた。丸みを帯びた手の甲が店の照明をよく反射している。

 

「ふぅ……印象の異なる二つですから、大切なのはイメージです。その方の事をよく思い浮かべて、どっちの色を塗った方が似合っていそうかよく吟味してください。わたしの爪で補強するんです、イメージを」

「そういう意図かこれ」

「他に何があるんですか?」

「なんでちょっとご立腹なんだよ」

「ぷんぷん」

「は?」

 

 何が?

 ムッとしながらも撫子は左右十本の指を俺の眼前に持っていき、見せつけるようにゆらゆらと揺らし始めた。今こいつの感情どうなってんだ? 混沌か? マーブルになってそうなのは間違いない。

ささくれも深爪もない、綺麗な指だった。丁寧に整えられているのがよく分かる。助言通り撫子の指を使った方が、俺の爪よりかは参考になるだろうな。

小瓶を手に取り、指の横に並べて見比べてみる。こうしてじっくり観察する機会が無かったから実感も無かったんだが、小ぶりな爪と細い指は俺みたいな大男とはまるで別物だ。繊細できめが細かく、儚げですらある。

想像する。それぞれの色に染まった柱田の爪を。濃いブルーは柱田の持つ雰囲気を一層高めるだろう。逆に爽やかな色合いの青が添えられれば、半年前までは考えられなかった笑顔がより明るいものになる。

 

「……真剣ですね」

「なりもするっての。アイツはな、俺にとって初めての後輩で思い入れも深えんだ。一番身近で、一番懐に近い存在だよ」

「そうなのですね。だからそんなに鼻息が荒いのですか、あっ、当たってます息が。あぁ」

「……お前は今地球で一番真剣じゃねえなあっ!」

 

 少し息が深くなってただけだろうが! 集中してんだから!

 なにやら身もだえてる撫子の事はもう無視だ。なに頬赤くしてんだ、お前はもう手のサンプルに徹してろ馬鹿がよ。

 改めて比較の作業に集中すると同時に、脳裏をよぎるのは柱田に対する俺の認識だ。

咄嗟に出てきた言葉が思ったより強くて驚いてる。一番と来たか。

例えば伏花には出会った時から世話になってるし、恩義もある。今のバイト先の店長は俺を拾ってくれた恩人だ。なんで潰れてねえのか未だ不明だけどな。

だが、その二人……特に伏花と比較しても、思い返せば確かに一番距離が近いのは柱田だ。アイツがどう思ってるかは知らんが、俺にとっては今まで生きてきた中で最も仲良くなっている相手、らしい。

なんせ自覚したのが今だ。いつの間に順位付けしてたんだよ俺。まるで実感が無い。

しかし、そうか。そうだったのか。柱田がなぁ。

新たな気付きは、色選びをより一層真剣なものにする。そんなに思い入れが強いのなら、なおの事考え抜いてやらないといけねえ。

撫子にその認識を引き出されたのは納得いかねえけどな! いつまで顔赤らめてんだ!

 

「……じゃあ、こっちにするか」

 

 散々悩み抜き、時間を掛けて選んだのは、快晴の空のように明るい青色だった。

 今の柱田には、よく笑うようになった柱田には。こっちの方がよく似合うだろう。

 

「お疲れさまでした。額に汗が滲んでますよ」

「マジか。そんなに熱中してたのか……?」

「今拭きますね」

「そこまでしなくてもいいぞ?」

「まあまあ」

「だからいい……いや圧が強い! 無理やり押し込んでくるなハンカチを!」

 

 抵抗虚しく拭き取られてしまった。お前本当に初対面だよな? 顔を合わせて一時間も経ってない男の汗になんでそう躊躇がねえんだよ。

 黒地に白と水色のライン。モノトーンで纏められている撫子らしい色合いだ。確か柱田も似た感じのパスケースを持っていたよな、流行ってんのか?

 選ばれなかった方を止める間もなく撫子がまた置きに行ってしまったので、その間に会計を済ます。店員さんのおすすめでついでにあれこれと揃えられ、マニキュアセット一式になってしまった。ベースコート? ネイルチップ? 聞き馴染みのない言葉が呪文みたいだぜ……!

 総額で言えばそこそこだが、これが柱田にとって新たな楽しみになってくれる事を願うばかりだ。果たしてどんなリアクションをするのか、今から見ものだな。

 洒落た感じの紙袋に入った一式を受け取ったタイミングで撫子が戻ってくる。今度は息切れをしてなかった。じゃあさっきのなんだったんだよ。

 

「会計は終わりましたか?」

「おう。世話になったな……少し疲れたが」

「大変でしたね」

「お陰様でな!」

 

 自覚無しはマズいって言ったばかりだろうが!

 俺では思いつかなかった発想や視点を持っていた撫子に助けてもらったのは事実なんだが、それ以上に振り回された感もあって素直な感謝の気持ちを抱くのは難しかった。変化球しか投げてこないピッチャー相手にフルカウントした気分だ。つまり激戦を切り抜けた後みたいな疲労感がある。

 助っ人にはコストが必要だって訳だ……なんて考えていると、撫子は改まって服装を整えると俺に向かって頭を下げてくる。

 

「わたしも、改めてありがとうございました。助けていただいて」

「そんな丁寧に礼をしなくていいっての」

「いえ。わたしも決心を新たに出来ましたから。相手を思い、物を選ぶ。その気持ちを、より新鮮な形で思い出せましたので」

「……おう」

 

 かしこまられてもなあ。鼻先がムズムズする感じがして、なんとなく居心地が悪い。

 撫子が本心からそう言っているのが伝わってくるから余計にだ。そこまで大それた事をした覚えは無いんだよマジで。

 

「それでは、これで。助けになれたのなら幸いです」

 

 気恥ずかしさについ視線を逸らすと、撫子は下げていた頭を上げたままに立ち去ろうとしていた。

 いやいや、待て待て。

 

「どこ行くんだよ?」

「えっと、ねえさんへのプレゼントを探しにですが。ねえさんが帰ってくるまでに買ってしまいたいので、はい」

 

 急いでたのはそれが理由か。

 さっきの激重な思い、姉に対してだったんだな。こうして贈り物を選んでみて分かるが、そのめげなさは大したもんだ。

 焦りを滲ませる撫子。相当時間を気にしていたから早く行かせてやりたいんだが。

 

「あの、急いでるので」

「だから一人で行くなっての。礼っていう程じゃないが、俺にも手助けさせてくれよ。意見でも荷物持ちでもな」

「……え?」

 

 そうだ、何を勝手にコイツは去ろうとしてるんだ。

 疲れようがなんだろうが、大いに助けられたのは間違いないんだ。だってのにハイさよならってのはこちらの立つ瀬が無くなってしまう。俺も撫子の助けにやってやらないと気が済まない。

 しばし言葉を失った撫子は、左右に目を泳がせると、伺うようにこちらを見上げてくる。

 

「……いいん、ですか?」

「いいも何も、こっちからお願いしてるんだぞ? むしろ撫子が許可を出す立場だからな? ……なんか、ナンパから逃げたのに俺がそれしてるみたいになっちまってるが」

 

 そう考えるとイヤだな何かな。マッチポンプかよって感じだ。

 だが撫子は首を振って否定すると、そっと俺の手を取り優しい笑みを浮かべる。

 それは、春の陽気を思わせる柔らかなものだった。

 

「いえ、ありがたいです……それじゃあ、お願いしますね? 司さん」

 

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