「オヤジ、コロッケ蕎麦を頼む」
奇異な出で立ちをした少女が席に座るなり注文をする。
一見すると巡礼者のような、この辺りでは見かけない白いローブを身に着けている。
透き通るような白い肌に赤黒い髪が異国情緒を醸し出していた。
蕎麦を湯通ししながらチラリと盗み見る。
こんな安蕎麦屋には似合わないほどの美少女である。
そういえば……と思い出す。
かつて似たような装束を纏った巡礼の旅人が来たのを思い出す。
右手に携えた大きな杖には見覚えがある。
――偉大なるアル=シンハの教え子たち。
少女は竜使いであった。
入り口から外を見やると、すぐ近くにまだ小さな竜が繋がれている。
少女の不在にソワソワと落ち着かなげな様子だ。
――へい、お待ち。
少女の前に注文の品を出す。
箸を割ると、彼女はずずっとそれを啜る。
「うん、おいしい」
ふと見せた年相応の微笑みに、なんだか嬉しくなってしまう。
* * * * *
大きな杖を携えた竜使いの少女が店に入ってくる。
初めて会うのにも関わらず見覚えのある顔だ。
それもそのはず。カウンター奥に張られた人相書を改めて確認する。
……少女は竜苑を破滅へと追いやった犯人として、指名手配されていた。
「オヤジ、コロッケ蕎麦を頼む」
座るなり、少女がカウンター越しに声をかけてくる。
拒否しようかとも思ったが、痩せこけた少女の頬を見ると正義感よりも商売心の方が勝ってしまう。
美味しく蕎麦を食べてくれる人は皆お客さんだ。
――へい、お待ち。
ふぅふぅと息を吐きかけて、ズゾッという小気味いい音を立てて少女が蕎麦を啜る。
美味しそうに汁まで飲み干す様子を見て、これでよかったのだと確信する。
頬を上気させた少女が語り掛けてくる。
「オヤジ……こんな竜を見たことがあるか?」
白く細い手が、まだ赤子の緑竜を撫でる。
首を横に振ると、悲しそうに彼女が笑った。
* * * * *
「オヤジ、かけ蕎麦を頼む」
カウンター席に座るなり、少女は蕎麦を注文する。
――へい、おまち。
少女の前に丼を置くと、その顔がわずかに綻ぶ。
痩せこけた少女はゆっくりと、味を噛み締めるようにして蕎麦を啜る。
――私は間違っているのだろうか。
少女のひとりごとが、虚しく響く。
* * * * *
「……オヤジ…………かけを」
――へい、おまち。
痛々しいほどに痩せ細った巡礼の少女。
今にも倒れそうな少女が震える手で蕎麦を啜る。
半分ほど食べたところで少女の手が止まる。
もはや蕎麦を完食するだけの体力も残されていないのだろう。
名残惜しそうに箸を置いた少女が、代金を置いて席を立つ。
「先へ進まなくては……。
私にはもう、戻るべき場所なんて、ないのだから」
* * * * *
「…………オヤジ…………コロッケ蕎麦を…………」
少女の顔はまるで死人のように青土の色をしている。
美しかった艶のある赤黒色の髪も、今では痛み縺れてしまっている。
出された蕎麦を、彼女は大事そうに両手で抱えると、一口だけ中の汁を啜った。
「……あぁ、やっぱりおいしいな」
目を細め、口元はわずかに綻んだものの、食欲が湧かないのだろうか。
器を置いた彼女は割り箸を手にする素振りすら見せない。
「ごちそうさま」
彼女が料金を支払おうとするのを手で制し、
「今日は開店5周年記念なんで、サービスさせてもらいますよ」
と理由をでっちあげる。
「運がいいな」
「そうですね」
「ありがとう」
今にも転んでしまいそうな足取りを杖で支え、彼女が店から出る。
そこで待っていた子竜は禍々しい気配ではあったが、よく彼女に懐いているように見えた。
そのことが余計に悲しくさせるのだ。
* * * * *
何度輪廻を繰り返しただろう。
いつかの前世で、私は彼女で、私は白き竜で、私はあの男の子だった。
私は偉大なるアル=シンハで、私は世界を滅ぼす竜でもあった。
何度彼女の旅立ちを、そして滅びを見守ったことだろう。
「けれど私は未だ道を違えることができない……」
誰へ告げられることもない少女の嘆きが、虚空へと消えていく。
「私は憎かった……。
けど、この憎しみは本当に私に発露した感情なのか?
……私は本当に……私なのだろうか」
偉大なるアル=シンハ。竜使いの祖よ。
彼女はこんなにもあなたの戒律を守って生きております。
願わくば、彼女の旅の終わりに安息が訪れますように。
「また、コロッケ蕎麦食べたいな……」