ツライさん。
もう1度言う。 ツライさん。
先ずウマに生まれたのがツライ。
全ツライさんはコレに根差しているといって過言ではない。
というと馬差別だと言われるから語弊のない様に説明すると、人間だった頃の記憶が中途半端に残っていたバグの所為ですまる。
全裸4足歩行で産み落とされて直ぐ立ち上がらねばならず、その後は馬母者の母乳を飲むしかなく、成長したら今度は乾草をムシャる苦痛を味わう羽目になり、次には調教でビシバシ鞭を打たれて走らされたなら、もう嫌でも「経済動物やんワレェ!」と自覚するしかなかった。 畜生めが!
とはいえ、頑張って走って結果を残さないと桜肉ENDになるのも薄ら記憶していたワイ。
だから馬車馬の様に働いた。 何でもやった、 少なくともワイはそのつもりで働いた。
ブラック企業から人権を文字通り剥奪された今世でのブラック労働を死ぬ気で頑張って、走って走って、走り続けた。
馬主達に罵倒されようとジョッキーに殴られようと、耐えて耐えて生きて走って。
そして。
ワイは死んでしもうた。
不良馬場だった。
何のレースだったかは忘れた。
雨降り泥に塗れた中、気が付けばワイは横たわっていた。 息が出来ず、冷たい雨に打たれながら意識が暗闇に飲み込まれていた。
理解した。 こりゃアカンわと。
嗚呼、常軌を逸した労基越えの先が、この結末かい。 最期までケチな生き様やったな。
それでも願わくば人生を、もう1度。
そう、童貞で終わらず、美少女に囲まれてキャッキャウフフを楽しみたい。 それが叶わぬ願いなら、せめてノーマルモードの人生をおくれやす。
そう思っても致し方なし。
そうして記憶上2度目の生は終わりを告げた。
「ファッ!?」
と目覚めれば、ここは天国か地獄か。
いや落ち着いて周囲を見やれば、ワイはヒトの揺籠に入れられているではないか。
おお、やったか!?
ワイ、遂に新たな"人"生を全うするチャンス到来かいな!
「あら元気ねぇ」
若い女子の声に釣られ見やるワイ。
今世のマミーに挨拶を……ば……。
なぜ頭部にウマ耳生えてるん、ユー?
オーケー、落ち着けワイ。
きっと前世のウマ息子の記憶による認識災害の1種に違いない。
目をパチクリして再度見やる。 きっと見間違いに違いなし、落ち着いて見やれば普通のマミーがそこに……。
ウマ耳、ウマ尻尾。
前世で見慣れ、ワイにも付いていたブツ。
「ははは、君に似て美人さんだ」
今度は父者と思わしき青年が覗き込む。
彼に耳はない。 正しきヒトの姿や。
落ち着け。 更に落ち着けワイ。
自身の体を頑張って見る。 きっと彼と同じくワイはヒトであり、母の耳は多分コスプレとかアホ毛の1種やろと。
うん、オーケー、前世と同じくウマ耳とウマ尻尾が生えて……生えて……。
加えて息子を失っている……だと……!?
「フギャアアアアッ!!?」
「はいはい、オムツかしら〜?」
「あ、あぅ(屈辱)」
ワイ、号泣!
こんな、こんな事が許されて良いのか!?
生まれてから苦楽を共にした我が子の消失を!
つまりワイ女の子に生まれたんだけど!?
しかも嫌がらせなのかウマ耳と尻尾が生えてるんだけど!?
人権も男としての尊厳も踏み躙られ、もうワイの心はスタート早々ボロボロ。
いや落ち着け! 今度こそ落ち着け!
考えるんだ。 恐らくヒトと同等に近い種族のいる世界に生まれたのだと。
そう考えれば、ワイは幸運なんやと。 もう少し大きくならないとどういう世界か分からないけど、前世の様な鞭をビシバシされる事はなくなった筈。 前々世のオチもあり得るが。
よし。 今は耐え忍ぶ時よ。
ブラック企業戦士だったワイ、これくらい訳ない筈でござる。 にんにん。
……はい、この世界が見えてきたよ諸君。
この世界はヒトとウマ娘という種族が共存している世界だったよ。 ロジカルじゃねぇ。
とりまウマ娘というのは、ウマ耳と尻尾が生えた娘の事だよ。 男はいないよ。
うん、そのままだね!
けれど身体能力はヒトより上。
特に走力はダントツで、このチカラを活かした競馬……じゃなく、レースが盛んに行われている。
コンビニの雑誌をペラペラめくり、そこにもデカデカと書かれているウマ娘特集を見てはへぇへぇと言うばかり。
とりまトレセンの項目に折り目がついてしまった雑誌は仕方なく購入、この世界の資料としてマイホームに持ち帰る。
で、読み飽きて押し入れの奥にぶん投げて存在を記憶より抹消しておいた。 サラバダー。
「今度こそホワイト企業に往くのだよワイ」
とボヤいても仕方ないが、ボヤくこと早何十年。
平和的に過ごせるなら良いやと開き直り、この女の子の身体にも慣れてきたところ、愛すべき今世の母者から、まさかの出陣命令。
「トレセンに入学しなさい」
「えっ、いきなりなんなん?」
「貴女の部屋を掃除していたら出てきたのよ、埃を被っていたけどトレセンの雑誌が」
まさかの年代物を発掘されてしもうた。
そして、ナニやら勘違いされてる様子で。 エロ本見つかるより面倒事になってる気がするんですがそれは。
「いや負担かけたくないから、最寄りの高校を受験するつもりだよ」
「なに言ってるの。 折り目までつけておいて。 受験の手続きはしてあげたから、行ってきなさい応援してるから!」
「荷物を纏めておいたぞ我が娘よ!」
「両親揃ってナニしてくれてんの!?」
何故こうなったし。
でもワイは知っている。 トレセンは倍率高めを抜きにしてもエリートお嬢様学園であり、ワイの様な地方以下の娘が受かる筈がないのだ。
と言う訳で。
両親を諦めさせる為にもワイは受験。
学力テストは分からない事が多く適当にチェックシートを済ませ。
きたる面接、身体能力テストも適当に。
スタートダッシュは社畜時代の駅改札から会社ダッシュの癖が出て先頭切ってしまったが、直ぐ速度を落としたから大丈夫やろ。
「志望動機は何ですか?」
「生きる為です」
「……経験は?」
「(営業先に対して)逃げも追い込みも先行出来ず(先輩に)半殺しに」
「あ、ありがとうございました……」
「では失礼」
この様に適当に。
ちょい胃痛で目付きが悪かったかも知れないが、ワイの望むものに近付くなら良い事としておく。
そして。
"合格"
「なんで……」
ワイ、震える手でウマ娘用の受話器を取り、虚偽の連絡を両親にしてナイナイにしようとしたところ。
「合格ですってね、おめでとう!」
「荷物はトレセンに送っといたからね! 君のコレクションも一緒だから安心するんだぞ!」
「先回り早い!?」
こうして府中に強制送還されたワイのコレクション(女性の水着モノ)を救出するべく、仕方なしに寮へ向かう羽目になるのであったとさ……。
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「あのウマ娘は何者でしょう」
トレセンの採用試験官らは話し合う。
「学力テストも1番に終わり、その全てが正解」
「スタートダッシュは明らかに慣れた動きでした。 その上でゴール直前でワザと手を抜き後続に抜かされているのは明白」
「面接に至っては、あの歴戦の目。 そして文字通り死闘を繰り広げたかの様な臆しない発言」
「トレセンにいそうでいなかったタイプのウマ娘だ。 剥き身のナイフ、未知数の存在」
「周囲への影響も大きい事でしょう」
「良い刺激になる」
悲しいかな。 ヒト、馬時代の社畜根性は悪い方向へと転がって止まるところを知らない。
そんな不幸な彼(彼女)の受験票に載る名は。
「ツユハライ」
略してツライさん(無理矢理)。
果たして彼女のニューライフは如何に。
続くか未定。
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