死への憧れは止められない。
ツユハライ号。
前世、馬時代の彼は無名の競走馬だった。
多くの馬群に埋もれ、陽の光を浴びる事なく予後不良でターフ&ダートを去った。
天気の面でもそうで、恵まれない天候、重馬場が主戦となる事が多く、走る度に体は傷付き日に日に痩せていた。
しかもジョッキーや馬主、厩務員にも恵まれず、心無い仕打ち……調教とは名ばかりの殴る蹴るの暴行暴言、過剰な鞭打ちを受け身も心もボロボロだった。
それでもツユハライは走った。
冷たい雨に打たれながら走った。
何故なら他に道は無かったから。 死にたく無い、走って結果を出さなきゃ殺される。 それを理解していたから。
つまるところ恐怖心。 彼にとってレースは楽しいものでも熱意あるものでなく、苦痛の世界だった。
もうやめて。 もう走れないんだ。
そう嘶いても「黙れ」と鞭打たれる日々。
意識が飛んでも、無理矢理連れ戻される日々。
もう嫌だった。
こんな世界、価値なんてないと思った。
それでも生きてる限り、走るしかなかった。
雨にも負けて風にも負けて。
そして運命のレースの日も雨の日で。
なのに不思議と身体が軽い。 楽だった。
同時に彼は理解した。
嗚呼、今日が命日なんだって。
そして、ツユハライは死んだ。
その魂が運命の悪戯か、とある世界に向かった時、レース場は綺麗に晴れた。
雨水で濡れたターフが煌めいて美しい。
その中で横たわる彼。 やっと、やっと死して陽の光を浴びた彼もまた美しく、その名に負けぬ事象を引き起こした。
人はドラマが好きだ。
ウケ狙いのメディアによって瞬く間に広まった。
連鎖的に彼への仕打ちも明るみに。
酷い調教、碌に与えられなかった食事。
関与した人間は全員処罰される運びとなる。
それでも彼は戻って来ない。
失った命は戻らないのだ。
死して初めて輝いた馬。
自称彼を知る者は屍の上に言葉を載せる。
例えそれが仕事上における"金を得る為の心無い言葉"でも手向けに見聞き出来れば上等なのだと。
『ツユハライ。 もしちゃんとした人達と場所で走る事が出来たなら、活躍したかも知れませんね』
『彼は賢く、真面目な馬でした。 心無い仕打ちさえなければ死なずして愛された事でしょう』
今更に再評価されても仕方ない。
可能性は誰にでもある。
けれども、ツユハライが何を望んだのかは誰にも分からない。 あれもこれも人の尺度の問題でしかないのだから。
それはウマ娘、トレセンでも変わらない。
彼は彼女となり、新たな人生を歩み行く。
今度は焦らずゆっくりとした足取りで。
もう無理に走る必要はない。
歩いたって良いんだ。
生きてたって良いんだ。
愛される。
そんな勝ち方だってあるのだから。
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「死にたい」
猥本がバレたショックで立ち直れない。
没収されなかったけど、綺麗に机に置いてあるとか、ヒシアマは母ちゃんかよとツッコミたい。
あと1番は辞表(退学届)を断られた事。
辞表断るって……マジで何なのだトレセン。
「いや、落ち込んでる場合じゃない。 こんなの人時代にもあったじゃないか」
機密保持云々、教育費云々を理由に断られた挙句、大量の仕事と罰金を要求された時を思えば何のその。
大切なのは次にどうするか。
「ヒシアマさんとの対談は回避した。 後の問題はトレセンでどう過ごすかだな」
トレセンから逃げられない以上、乙女の花園で生き残る術を模索しなければならない。
正直、自分の女体に耐える事は出来ても他のウマ娘に耐えられるか自信がない。 心が漢(おとこ)なのだ、生着替えを共にしたら気絶する自信すらある。
ならば脱柵も考えたが、天下のトレセンがワイを見つけるのは容易いだろうし、仮に逃げられても生きていくビジョンが思い浮かばない。
であればトレセンで普通に学生ごっこをして、無難に過ごすのが最も楽で平和的だ。
今まで勤めてきたブラック企業より遥かにマシ。
「あとは、ただ生きる。 それだけ」
過去と比較すれば多少元気が出てきたぞ。
社畜時代を思えば天国じゃないかと。
レースや授業に出ないと退学させられる恐れがある様だけども、まぁ普通の事。
というか辞めさせてくれるだけ善良。 生かさず殺さずの精神のダークホース学園じゃないのは幸いである。
ワイの場合は残念ながら……であるが、暫く耐え忍べばクビになるやろうて。
学園はレースが最優先事項、つまりレースに出なければ、それだけ評価が下がる。
前世では評価を上げようと必死だったけど、今世はダラけて良いという事。
引退馬の気持ちでノンビリ過ごさせて貰おう。 馬刺しにされる心配も最早ないのだから。
「……静かに過ごそうではないか」
という訳でワイ、気持ちを切り替えて学内ウマさんぽ。 本当だだっ広いから見回るだけで楽しめる。
府中も東京、こんなに土地を取って良いものかと疑問に思わなくもないが、それだけURA、ウマ娘の地位が確保されているという証左である。
「ああ……今度こそ(安心して)死ねるんだ」
ふっ。 精神的に磨耗したワイの人生。
ウマ娘に生まれ変わったからと走る宿命にあらず。
寧ろ走るなんて、もう御免。
「十分生きた。 そうだろ、相棒?」
今は亡き我が愚息に語りかける。
泣き出してきた暗雲を眺めながら、ワイは暫く立ち尽くしていた。
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雨降る平地を歩行するツユハライを校舎の窓から見て、中等部のテイエムオペラオーとアドマイヤベガ(アヤベさん)は感傷に浸っていた。
冷たい雨に打たれてなお立ち尽くし、天を見上げるその姿。 目に光はなく、それでいて微笑む姿は触れれば崩れ落ちそうな儚さを醸し出している。
「なんて切なく儚いんだ。 思わずボクの円環に入れたくなるじゃないか」
「そう。 彼女も大切な人を失って……」
才能あるけどナルシーちゃん気質な、けど他者を労われるオペラオーの言葉は無視したアヤベさんだったが、彼女もツライさんを見てツライさんになっていた。
アヤベは双子の姉であるが、生まれる際に妹が死んでいる。
その事実を母より聞いたアヤベは、以後の人生においてレースを亡き妹に捧げて生きてきた。
それはアヤベにとって聖域。
他の誰にも踏み入れさせない、絶対の星の輝き。
もし土足で踏み荒らす不届者がいたら容赦しないが、逆に執着するあまり彼女自身の心が蝕んでいるのも事実。
だからか綻びが生まれた。
亡き妹の幻影に魘されている内に、アヤベは弱っていた。
窓越しに見たツライさんに興味が出たのも、その弱くなった心から起因している。 鬱陶しいライバルのオペラオーの存在もあったけど。
「ツユハライ。 入学早々に騒ぎを起こしたと聞くけれど、今の彼女を見ているとそうは見えない」
───今度こそ死ねる
─── 十分生きた
「……会って聞いてみようかしら」
ひと筋の流れ星が闇に堕ちていく。
燃え尽きる様こそ、美しい。
方向性もブレブレ。 作者のメンタルもアレですね(遠い目
星も堕ちてツライさん。