嫌な事件だったね。
あれ程畝り熱膨張の限りを尽くした我が腑に溜まった闇は無事払拭したのである。
それ以上はナニモナカッタ。
そう。 ナニモナカッタ。
アヤベさんも無事な筈だ。
風に乗り鼻腔に絡みつく、あの悪臭が学園を阿鼻叫喚の地獄に変えた訳ではない。
本当だとも。
とにかく、決してやらかしていない。
もしそうなら、早々に行方不明になっている。
いくら退学希望者とはいえ、尊厳とトレードはしたくないんや。
いや、尊厳を捨てようと退学は出来ないが。
どう言う訳か、ワイを学園から放ちたくない上層部……生徒会より上、理事会の圧力があるから、やらかして尊厳踏み砕いたところで脱柵は出来ない。
プライドなんて食えないもの、犬にでも食わせろとは誰かの言葉だけど、意味ないなら仕方ない。
初等部でポニーカップやスクールに通っていた訳でもなければ、中等部まで普通校、今日に至るまでレースなしのワイに価値があるとは思えへんのやけれども。
お上の考えは下々には理解出来まへんな。
さて、そんなトレセンですが。
走らずして在学出来るかと聞かれたなら、出来たりする。
でも抜道って楽なレベルではないので注意。
半端ない知識と能力が求められる分野だ、其方も。
アスリートとしてでなく走る研究分野、開発や整備の面でも窓口が開いており、其方に属するウマ娘ちゃんの存在がそうだ。
他、学園の運営に携わる有能な者。
生徒会メンバーは3冠越え等のレジェンド集団であるが、やたらいるウマ娘を束ね、施設の管理、修繕手配等をも熟す学生にしては権力も仕事の範疇も広い。
同時に相応の義務と責任が伴う。
皆の手本、導き手になるという意味では学園の教育方針の1つなのかも知らんけど。
まま、前々世と前世と比較すれば仕事量なんて彼女達同様プリティーよ。
1日72時間労働、3日完徹は可愛い方やったワイ、労りとして暴力と追加の仕事を振る舞われる年中無休にドップリ浸かった馬畜生だった身。
薄給に貧い食事、病気や怪我、劣悪な人間関係を前に斃れ逝った仲間達が脳裏を過ぎる。
今世におけるトレセンの横暴なんて、口から砂糖のゲロ甘よ。 レースで命に関わる事故はあれども。
けど今世こそ平和に終わりたいワイ。
好き好んで戦場に身を投じたくない。
けど何か。 ナニかしなければ。
そう社畜道の弊害が身の内を暴れる。
ならばと向かう。 面接会場に。
表向き、社畜は自身の意志で働き、命を喜んで会社に捧げ、すり潰され死んでいく。
けれど現実は嫌々やっている。
身と心を殺し、生きている。
それでも生きる理由があるならば、死にたくないとか、家族の為、子供の為、金の為に酔っ払い生きている。
とどのつまり、みんな、何かの奴隷だ。
それでも最もらしい理由があるなら、それは生きる居場所を求めての事。
こう生きて、死ねば許されると信じて。
けんども会社にゃ関係ない。
雨にも風にも負けず、雪だろうと台風だろうと電車が遅延しようと自腹タクシーで会社に向かい奴隷として野垂れ死ぬ覚悟と人生への諦観、周囲から迫害されても石に齧り付いてでも生き抜く覚悟が無ければ死ぬのみや。
本当、嫌な人生やな。
……てか、死して尚、救われぬ今って何?
そうして今立つ場は生徒会室。
目の前には会長。
ステーキを鷲掴みにして食っても許されそうな偉いウマ娘である。
精神年齢的にはワイの方が上だとしても、社会に出れば年下が上司、先輩なんて良くある事。
そんな事に拘っては生きていかれぬ社畜道。
さても此処はトレセンの運営に関わる重要なポストであり、同時に人手不足であろう戦場。
走らずしても活躍する場は此処にあると見た。
ワイは頭を下げる。
プライドなんて、ある訳ない。
あったら生きていけへんよ。
それを前世、いや前々世で学んでる。
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「何でもやります! ここで働かせて下さい!」
突然やってきたツユハライことツライさんに悲痛な声共々頭を深々下げられて、シンボリルドルフ会長は面食らった。
けれど、直ぐに冷静になる会長。
十人十色、一癖も二癖もあるウマ娘が集まるトレセンの頂点に立つ身だ。
これくらいは常識の範疇。
水着姿で校舎を彷徨く奴がいても、まだ良い。
食費害獣、柵の破壊神もまだ分かる。
他にはバレンタインにチョコではなくうどんを振る舞う芦毛がいたり、完成度の高いPCメモリ風チョコを作るサイボーグがいたりする。
更には学生の筈なのにスポーツカーに乗って登校する者や、周囲で怪奇現象起こす奴とか、生徒やトレーナーをモルモットにするマッドサイエンティストもいる。
オカルトも倫理観もバグっている者も等しく許されるからこそ、ツライさんも受け入れられている部分はある。
とはいえ、放牧してはい終わりとはしない。
王道を往く会長様としては、理由を聞かねばならない。
仕事として、頂点に立つウマ娘として。
「突然どうしたんだ? 何かあったか?」
「穀潰しを置くほど、トレセンは慈悲深くないと考えております。 そこで何かしなければと愚考し、多忙な生徒会の手伝いを出来ればと考え志望しました」
「そうか。 それは生徒会メンバーになりたい、とは違うのだな?」
「はい。 生徒会メンバーは実力、選挙により選ばれるもの。 私の様にレースの実績が無いものが入れるとは考えていません。
引いてはパート・フルタイムとして入りたいと思っています。 バイトでも構いません」
ぱ、パート……フルタイム。 バイトって。
スーパーじゃないんだぞ。
「君は生徒会を何と考えている?」
「生徒を(奴隷の様に)取り仕切り、施設の管理運営に携わる重要な組織及び仕事と心得ます」
会長は思った。
間違っていないが間違っている、と。
ツライさんの目と思考は何処か歪んでいる。
1歩間違えば根底を覆し、ウマ娘を貶める恐ろしさを孕んでいる。
話には聞いていたが、こうして直接対峙していると改めて異端だと気付かされた。
唯一抜きん出て、並ぶものなし。
その言葉が掲げられているトレセンだが、こうしたタイプは……危険だ。
理屈でなく直感。
言うなれば毒。
取り入れたら最後、蝕まれる猛毒だ。
全ての努力が水疱に帰す恐ろしさが彼女にある。
彼女の申し出を断る。
それが最善であり、彼女と皆の為だ。
「……気持ちは、有難いが」
と、ここで言葉を止めた。
理事会は何故、危険な彼女を学園に留めるのか。
彼女に才能があるから?
利益があるから?
勿論、それもある。
けれど、それ以上に外に出したら危険だとの判断もあったのだ。
こうして対面しただけで言い表せぬ恐怖を感じ取れる。
面接官も同様に感じた筈だ。
絶望、恐怖、死への渇望の目、それらを踏み躙る為に無理に形成した歪んだ人格思考。
言葉にしてはいけないが……サイコパス。
下手に刺激すれば何をしでかすか。
(これも試練、か)
会長は汗をたらり、と垂らす。
そして口を開こうとした刹那、先に喋ったのはツライさん。
「これ、差し上げます」
ニコリ、と笑顔で渡されたは白のハンカチ。
見られた、というだけでドクンと跳ねる心臓。
そして同時に意味を勘繰ってしまう。
白のハンカチのプレゼントは手切れ、別れの意味があるとされる。
コレはツライさんは会長の心境がツライさんだと察して言外に「大丈夫、別れましょう(不採用)」で構わないと述べている。
深読みかも知れない。
けれど編入試験で優秀な成績を収めた彼女が、無意味な事、単なる好意で動く事があるだろうか。
いや。 ない。
ここでツライさんを放牧すれば、どんな惨事が巻き起こるだろうか。
柵破壊? 脱柵?
そんな生温い展開じゃない。
ここは監視の面で手元に置くべきだ。
会長が選べる道は、ひとつだった。
「大丈夫だ……それには、及ばない」
詰まる息を押し殺し、体裁を保ち伝達する。
「君の好意を甘んじて受けよう」
「では!」
「ああ。 君の大丈夫な時で良い、生徒会の補助になってくれると有り難い」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「期待しているよ」
退室を促し、ようやく出ていく彼女。
扉が閉まり、やっと息を吐けた会長は今頃になって汗だくだと気がついた。
「寸鉄殺人。 これ程の恐怖を味わうとはね」
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やったぞトレセンの居場所を何とか確保。
会長にアポなし訪問は流石に不味かったが、何とかなって良かった。
きっと湿気故かの会長の汗に気づいて、清潔感ある白ハンカチを渡したのが好印象やったんやろな!
断られた瞬間は絶望しかけたけども。
とにかく、今後も宜しく……トレセン生の皆様。
悪魔の笑み(錯覚)
更新未定
上手く書けない苦しみを味わいつつ。
パッタリ止まったら、ね……(遠い目