閃の軌跡 Northern War ――エレボニア帝国潜入記――   作:ヒアデス

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1話上げた直後からずっと積みゲーやってました。また執筆活動に専念しますので読んでみてください。


第2話 紺碧への招待(後編)

「あーん……んー、おいひぃ!」

 

 潜り込んだパーティーで、イセリア・フロストは大きく口を開けてステーキを平らげる。それを見てマーティン・S・ロビンソンは思わずつぶやいた。

 

「よく食うねえ。がっつきたくなる気持ちはわかるが、状況を忘れんなよ」

 

 指揮官として“潜入中”だと言外に忠告するものの、イセリアは気にも留めず口に入れたステーキを噛み砕きながら言った。

 

「こんなご馳走、故郷じゃ絶対食べられないでしょ。せっかくパーティーに参加したんだから、好きなだけ食べさせなさいよ! 《帝国の英雄》っぽい奴もいないみたいだし」

 

「……」

 

 そう言われると、貧しい国(ノーザンブリア)で育った同郷人としては何も言えず、マーティンはため息をつく。

 そんな彼らの元へ豪奢なコートを着た禿頭の老人が寄ってきた。

 

「はははっ! 楽しんでおるようだのう。どうだオルディスの料理は。帝国一と言っても過言ではないほど絶品であろう! わっはっはっ!」

 

「……ん?」

 

 無遠慮に話しかけ笑い声とともに唾を飛ばす邪魔者に、イセリアはステーキを飲み込みながら顔を向け、マーティンは神妙な表情で尋ねた。

 

「……失礼ですがあなたは? かなり身分が高い方とお見受けしますが」

 

 その問いに老人は不快そうに眉を吊り上げるも、オホンとわざとらしい咳払いをして言った。

 

「これは失敬、申し遅れた。ワシはヴィルヘルム・バラッド。現侯爵にして、不肖の甥に代わりラマール州の統括をしている。つまり“カイエン公爵代理”というわけだ。覚えておきたまえ」

 

「カイエン――これは失礼しました、閣下!」

 

 老人がカイエン家の者と知り、マーティンは慌てて頭を下げる。

 

 カイエンといえば、オルディスをはじめ、ラマール州の大部分を治める大貴族にして、帝国(エレボニア)貴族を代表する《四大名門》の中でも最有力の家系だ。先の内戦で『貴族連合軍』を率いていたのも、カイエン家の当主――クロワール・ド・カイエンだったという。

 つまりバラッドは、“現在のカイエン公爵”といっても過言ではない人物。機嫌を損ねていい人間ではない。

 

 遅まきながらそれを察するマーティンに対して、バラッドはふんと鼻を鳴らしてからイセリアに顔を向けた。

 

「ところでお嬢さん、料理もいいが酒の方はどうかな? この宴に出されている酒もなかなか良い物が揃っておるぞ。今ワシが飲んでおるのも、ノイエ=ブランから仕入れた30年物のグランシャリネでな」

 

「……えっと……それってもしかして…………」

 

 イセリアが言ってる間にもバラッドは彼女に赤らんだ顔を近づけてくる。それを前にしてイセリアは額に冷や汗を浮かべた。

 

 まさか潜入中に、祖父ほどの老人に言い寄られるとは……。

 

 

 

 

 

 

 夜が来てすっかり街が暗くなった頃、怪しいピエロとみっしぃ達は『北通り』から『港湾地区』に広がる倉庫の一つに身を移していた。彼らを追ってラヴィとタリオンも壁際にある勝手口の近くに身をひそめる。

 その隙間から彼女たちが見張っている中、みっしぃ達は中央に置かれた飛行船に集まり、ピエロは船の足場に乗って声高に告げていた。

 

「今こそ復讐の時! 腐りきったこの街(オルディス)の体制に一矢報いる時が来た! 『ホテル・オルテンシア』に集う驕りたかぶった商人、それにへつらう官僚、“平民出身の宰相”と“裏切り者の公子”に実権を奪われた情けない貴族ども――奴らに誰がこの街の英雄か思い知らせてやろうじゃないか!!」

 

「イーー!!」

 

 鼻息荒く演説するピエロに対して、みっしぃの着ぐるみを着た手下達が腕を振り上げる。それを見てタリオンがつぶやいた。

 

「あいつら、パーティー会場を狙って……」

 

 そのつぶやきにラヴィがうなずき。

 

「あのピエロ達、芝居が終わった後、英雄が必要だと言ってた」

 

「英雄……まさか、《帝国の英雄》を引き合いにして――」

 

 タリオンが言おうとしたところで倉庫の屋根が開き、二人は上を見上げる。

 屋根が開き、露わになった夜空の下でピエロは手下達に向かって言った。

 

「お前らは予定通り……いいな!」

 

 その指示に、手下達は再び「イー!」と応える。それを聞いてからピエロは左腕を振り上げ――

 

「では――出発!!」

 

 彼の号令とともに固定用の(ひも)は外れ、船はピエロを乗せたまま上空へ浮き上がる。一方、みっしぃに扮した手下達は空に浮く船に目もくれず、大扉を開き続々と外に向かって行く。

 それを見てラヴィは倉庫に飛び込み、船から垂れている紐に掴まった。

 

「ラヴィ教官! ――っ」

 

 タリオンは彼女に続こうとするが、外へ出て行った手下達の事を思い出し踏みとどまる。

 彼らはボスとは別になにかをしでかそうとしている。パーティー会場は気になるが、放っておくわけにもいかない。

 

――仕方ないですね!

 

 そう思うやいなや、舌を打ち鳴らしながらタリオンはみっしぃ達を追った。

 

 

 

 

 

 

「――ねえ、見てあれ!」

「飛行船? こんな時間に?」

 

 その頃、港湾地区から突如浮かび上がった飛行船を見て、人々はどよめきの声を上げる。

 そんな彼ら彼女らを見下ろしながら、飛行船は高級ホテル『オルテンシア』がある商業地区へと向かっていた。

 市民のみならず街を巡回している衛兵達も、突然現れた飛行船に気付き駆けつけようとするが、そんな彼らと市民たちの前にみっしぃ達が現れた。

 みっしぃ達は彼らの前で――

 

「ミッ……シー!!」

 

 みっしぃが腕を振り上げると、手首の先がパカッと取れ、中から火のついた花火が出てくる。みっしぃはそれを街中に向けて放り投げた。

 花火は街の中でまばゆい光を放ちながら爆発し、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。衛兵達も謎のみっしぃ達や自分たちに投げられる花火の対処をせざるを得ず、飛行船どころではなくなった。

 

 

 

「よおし、予定通り衛兵どもはあちらに釘付けになってるな。俺はその間に……」

 

 眼下で起こる騒ぎを見下ろしながら、ピエロはほくそ笑む。

 

――もうすぐだ。もうすぐで自分達を見捨てた強欲人どもに復讐できる。

 俺はこの身を賭して、この街の……オルディスの“英雄”に――。

 

「させない!」

 

 覚悟と復讐心で自らを奮い立たせたところで、ふいに声が響き、手すりをよじ登りながら、くすんだ金髪の少女が眼前に現れた。

 

「な――なんだお前?」

 

 ピエロは思わず問いを放ちながら、銃を取り出す。

 だが少女――ラヴィは即座に彼の腕を蹴り上げ、銃を弾き落とした。

 ピエロは蹴られた腕を押さえながら……

 

「貴様、一体どこから湧いて出た――」

 

 そう言いながら、ピエロはラヴィに殴りかかる。それを避けながらラヴィも反撃を始めた。

 

 

 

 

 

 

 ラヴィとピエロが戦っている頃、街ではみっしぃ達が無差別に花火を投げつける。

 そこへタリオンが出てきて、みっしぃに肘鉄を食らわせた。

 

「見た目と裏腹にやり放題ですね――」

 

 みっしぃを倒しながら毒づくタリオンの前で、別のみっしぃがあらぬ方に花火を投げつける。

 そこには車椅子に乗った老婆と、椅子を押している少女がいた。

 思わぬ出来事に少女は動きを止め、逃げる事もできず祖母とともに身をすくめている。それを見た途端――

 

「――おおおおおおっ!!」

 

 タリオンは勢いよく駆け出し、花火を蹴り飛ばす。その瞬間花火は赤い閃光を放ちながら爆発し、熱風と火が彼の体に当たった。

 それを見て少女は「あっ」と声を漏らすが、タリオンは一度大きく腕をふるってから、みっしぃに扮した悪漢達に向かって行く。

 そんな恩人を少女は熱い眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、上空に浮かぶ飛行船の上で、ラヴィはピエロを取り押さえようと、ピエロはラヴィを突き落とそうと、互いに拳を振るいながら戦っていた。

 そこでピエロの眼前に目的地が映った。

 

(ちっ、もうホテルまで来たか。これ以上こんな小娘の相手をしてられるか――)

 

 ピエロは意を決したような顔を作って、再びラヴィに殴りかかる。ラヴィはそれを難なく避けてピエロに蹴りを入れるが、ピエロはそれを避けて二人は入れ替わる形になり、今度はピエロがホテルを背にし、ラヴィがホテルとピエロを視界に入れる形になった。

 

(もうホテルの敷地内……このままこいつを足止めすれば、ホテルに被害が及ぶことはないはず。もちろんすぐに捕まえるに越したことはないけど……)

 

 そう思いながらラヴィはじりじりと足を摺り、ピエロににじり寄る。

 そこでピエロはおもむろに懐から楕円型の『導力器』を取り出した。

 

(オーブメント――《エニグマ》とは少し違う……)

 

 思わず動きを止めるラヴィに対し、ピエロは帝国製のオーブメントを開きながら詠唱を唱えた。

 

「《アークス》駆動――いでよ光球(ゴルトスフィア)!」

 

 その瞬間、オーブメントから金色の球が飛び出し、ラヴィはそれをまともに食らう。

 その隙を縫ってピエロは彼女に背を向け、手すりに片足を乗せた。

 

(まさか――)

 

 ラヴィがそう思った瞬間、ピエロはもう片足を手すりに乗せ――躊躇なく飛行船から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

「どうかのう、そこの無知な連れは放ってワシと一献。ここだけの話じゃが、ワシは遠くないうちに正式なカイエン公に襲名する予定でな。(よしみ)を繋いでおけばなにかと得になるぞ。それを思えば酒の相手ぐらいしてもいいと思うがのう……」

 

「えっと、それはありがたいんですけど、彼が……」

 

 ずいずいと迫ってくるバラッドから目をそらし、イセリアは助けを求めるようにマーティンを見る。しかし、マーティンもグラスを揺らしながらどうするべきかと頭を悩ませていた。

 

 仲間を差し出すような真似はしたくない。しかし、ラマール州の代表であるバラッドと一悶着起こすわけにもいかない。よしんば酒の相手だけなら認めるとしても、バラッドから帝国政府に自分達の情報が漏れる可能性も十分考えられる。

 はたして、どうするべきなのか……。

 

 

 

(あらあら、厄介なのに捕まったわね。噂には聞いてたけど、傲慢な所は甥そっくり。私の方から助け舟を出してあげた方がいいのかしら)

 

 老侯爵に絡まれている二人組を眺めながら、黒髪の美女はそんなことを考える。

 しかし、妙な予感を覚えて、「あら」と思いながら彼女は上の方へ顔を傾けた。

 

 そこで突然ガラスが割れ、“何か”が会場に降ってきた。

 会場内の皆は思わずそちらに顔を向ける。無論イセリアとマーティンも、イセリアに言い寄っていたバラッドもである。

 

 ガラスを突き破り、会場に乱入してきたのは長身のピエロだった。

 高度から降ってきたにもかかわらず、ピエロは難なく着地し、立ち上がりながら会場内を見回す。

 そして彼は高らかに両手を広げ、芝居がかった口調で挨拶を始めた。

 

「やあやあ、高貴なる紳士淑女。強欲な商売人に、善人ぶった貴族の皆々様……パーティーをお楽しみのところ、お騒がせして誠に申し訳ありません。(わたくし)は見ての通り、取るに足らないしがないピエロ……貴方がたの内輪喧嘩にもてあそばれ、すべてを失った哀れな道化(ピエロ)にございます」

 

 丁寧な、しかし溢れ出る憎悪を隠しきれない口調でピエロは告げる。

 そこへバラッドが出てきて、闖入者に対して声を荒げた。

 

「な、なんじゃお前は? 突然空から降って来て、訳のわからんことを抜かしおって! 余興にしても不躾にほどがあろう!!」

 

 怒気もあらわにまくしたてる老侯爵を見ても、ピエロは動じず。

 

「おやおや、カイエン家の莫大な財産を手にしながら、困窮している民に手の一つ差し伸べず、ラクウェルで散財ばかりしている公爵代理様ではありませんか。先日もノイエ=ブランを店ごと貸し切ってお楽しみになられたようで」

 

「――なっ!? ど、どうして貴様ごときがそれを――」

 

 そこまで言いかけて、バラッドは慌てて口をつぐむ。しかし、そこまで言えば認めているも同然だった。

 そんな公爵代理に一礼して、ピエロは改めて告げた。

 

「パーティーに水を差した事は重ね重ねお詫びします。その代わりと言ってはなんですが、皆様につたない芸を披露させて頂きましょう――煉獄を垣間見るほどの華麗なショーをね!」

 

 不気味な笑みと、それを浮かべるピエロの口から出た“煉獄”という言葉に客達――特に荒事に慣れたマーティンとイセリアの顔が引きつる。

 そこへ、割れたガラスから金髪の少女が飛び降りてきた。

 

「はあああああっ――!!」

「――お前は、――ぐはああああっ!!」

 

 空から蹴りを撃ち込まれた衝撃でピエロはその場から吹き飛び、テーブルを巻き込みながら後ろの壁に激突する。

 その一方で、会場に飛び込んできた少女を見て、マーティンとイセリアは思わず声を上げた。

 

「ラヴィ!?」

「もー、ラヴィちゃんサイコーすぎー!!」

 

 戸惑いと声援の混じった声を背に、ラヴィは立ち上がり態勢を整える。

 ピエロもまた、うめき声を漏らしながら立ち上がった。

 

「きさま……せっかくのショーに…………水を入れやがってーー!」

 

 吼えながらピエロはラヴィに殴りかかる。

 ラヴィは横に跳んで攻撃をかわし、ピエロに向かって接近するが、相手は空を切った腕をそのまま伸ばし、ラヴィの細い体に叩きつける。

 しかしラヴィはすぐさま飛び上がり、ピエロの顔面にするどい蹴りを入れた。

 息を飲みながら二人の戦いを見守る客達の中で、マーティンとイセリアは加勢の機会を窺っていた。

 

 あのピエロを放置しておくわけにはいかない。ラヴィが戦っているとなればなおさらだ。しかし、極力自分達が猟兵だと気付かれないようにしなければならない。

 どうするべきか……。

 

 

 

 マーティンが考えている間も、ラヴィとピエロは一進一退の攻防を繰り広げ、とうとうピエロはラヴィの体を捕まえ、彼女をテーブルの上へ叩きつける。

 それを見て衆人達が悲嘆の声を上げる中、ピエロはすぐ後ろのテーブルに乗り、自らが纏っていたジャケットをはだけた。

 そのジャケットの裏には大量のダイナマイトが――。

 

「きゃあああっ!」

 

 たまらず悲鳴を上げる女性客。その悲鳴を聞きながら、ピエロは狂気の色を含んだ笑い声をあげた。

 

「ふっはっはっはっ! ざまあみろクソガキめ! もうお遊びはここまでだ。ポンコツ貴族に強欲商人ども――貴様らの内輪もめに巻き込まれた人間達の怒りをその身に受けるがいい!」

 

 高らかに言いながら、ピエロはダイナマイトを一本取り出しそれに火をつける。それを見て、多くの客が隅まで逃げる。バラッドも逃げようとするもののマントにつまずいて尻餅をつき、立ち上がろうとしながらピエロを見上げた。

 それを見て、ピエロは口を大きく吊り上げる。

 

「――ま、待て! 金ならいくらでもやる! それに次期カイエン公たるワシに何かあれば貴様もただでは――」

 

「知ったことか! 俺もお前らもここで終わりだ。公爵代理様、仲良く煉獄へ行こうじゃないか――くらえ!!」

 

「ひぃ――!」

 

 火のついた導火線を投げつけられ、バラッドはたまらずその場にうずくまる。

 そんな彼の前でダイナマイトは大きな音を立てて――

 

『――Mitescere(鎮めよ)

 

 爆発せず、ダイナマイトはカランと音を立てながら床に転がった。

 

(火が――突然消えた?)

 

 ダイナマイトを見て呆然とするラヴィ。それに対して――

 

「くそ……火の勢いが弱かったか。ならばもう一本――」

「はああっ!」

 

 自然に火が消えてしまったと判断し、もう一度ダイナマイトに火を付けようとしたピエロに、イセリアが飛びかかる。ピエロはダイナマイトを手放し、両腕で体をかばうことで攻撃を受け止めた。

 そこへ――

 

「――ああああああっ!」

 

 イセリアに気を取られ、がら空きになったピエロの背中にラヴィは渾身の蹴りを入れる。

 鈍い悲鳴を上げながら、ピエロはその場に倒れた。

 急いで立ち上がろうとしたピエロだったが……。

 

「動くな……お前の負けだ」

 

 少女の声とともに首筋に冷たいものがあてられる。それはラヴィが懐から取り出したナイフの感触だった。

 その切っ先と、『動けば本気で切る』というラヴィの眼光を受けて、ピエロは力なくその場に倒れ伏した。

 

 

 

 諦めたように寝そべるピエロ、彼を組み敷くイセリア、取り出しかけた銃をしまう素振りをするマーティン、そんな彼らを見下ろしながらたたずむラヴィ。

 客達はしばらくの間、ぼんやりと彼らを眺めていたが……やがて一人が両手を鳴らし、もう一人も拍手を始め、何人かがそれに続き、あっという間に皆がラヴィ達に大きな拍手を送るようになった。

 

「ありがとう!」

「かっこよかったわ!」

「おかげで助かったよ」

 

 少女に惜しみなく注がれる感謝の拍手と激励。

 ラヴィは彼らを見渡し、一人の女に視線を止めた。

 長い黒髪を垂らし、露出の高い青いドレスを着た、紫色の瞳と左目の下にある泣きぼくろと特徴的な美女だ。

 ラヴィの視線に気付くと、美女は左目をパチンとまばたかせウインクをくれた。

 

(さっき火が消えた時に女の声が聞こえたような……まさか……)

 

 ラヴィは鋭い目で女を睨む。そんな彼女に、支配人らしき男がネックレスを掲げながらやってきた。

 

「これはテロからお客様達を守ってくれた、ささやかなお礼だ。どうか受け取ってほしい」

 

 そう言いながら、支配人はラヴィの首にネックレスを掛ける。

 それを見てイセリアは興奮の声を上げ、他の客達は拍手を続けていた。バラッド侯や例の黒髪の美女も含めて……。

 

 

 

 

 

 

「あのピエロ……半年前までは相当でかい劇団のオーナーだったらしいんですが、パトロンをしていた貴族が内戦で捕まり、そのせいで劇団も他人の手に」

 

「その恨みを晴らすため、か……帝国にもああいうのはいるんだねえ」

 

 衛兵たちに連行されていくピエロとみっしぃの着ぐるみを着た手下達を眺めながら、タリオンとマーティンはそんな言葉を漏らす。同情できなくはないが、ノーザンブリアではそれより悲惨な話はいくらでもある。正直、自分の命を投げ出してまで復讐するほどの事とは思えなかった。

 

 マーティンはタリオンに顔を向けながら尋ねる。

 

「ところで大丈夫か? あちこち火傷したって話だが……」

 

「ええ、ちょっと花火が当たっただけですから。三日もたてば完全に治りますよ」

 

 タリオンはそう言って、包帯を巻いた腕を掲げて見せる。それに対してラヴィはため息をつきながら、

 

「もう少し鍛えた方がいい。着ぐるみ相手にそんな傷を負うようじゃ」

 

「――誰のせいで」

 

 心配どころか辛辣な一言を放つ上官に、タリオンは文句を言いかける。

 そこへ「あの」と少女が声をかけてきた。

 

「君は……確か悪漢に襲われていた……」

 

 つぶやくタリオンに少女はうなずき。

 

「さっきはありがとうございました……おばあちゃんもお礼を言いたいって」

 

 それを聞いて少女とともに彼女の後ろを見ると、車椅子に乗った老婆が笑みを浮かべながらお辞儀をしているのが見えた。

 

「あっ……いえ別に、大したことは……」

 

 二人からの謝辞にタリオンは照れくさそうに頭を搔きながら笑う。

 

「まっ、らしいっちゃらしいよね。いかにもタラオって感じ」

 

 彼を見ながらイセリアはそんな感想を漏らす。

 ラヴィもうなずきながら。

 

「つまらない事ばかり気を回す奴」

 

 その一言を聞いて、タリオンはラヴィの方を振り返りながら言った。

 

「つまらない事じゃないです。あなたが回さなさすぎるんですよ、ラヴィ教官」

 

 その指摘にラヴィは答えず……。

 

「……“ラヴィ”でいい」

 

「えっ……」

 

 突然呼び捨てを要求され、タリオンは戸惑いの声を漏らす。

 ラヴィは続けて言った。

 

「“教官”なんて私の柄じゃないし、そういうつまらない取り柄でも、私にないものを持ってるのは確か。だから今後は同じ立場の仲間ってことで、よろしく……タラちゃん」

 

 勝手につけたアダ名を言いながらラヴィは彼の肩を叩き、宿に向かって歩いていく。それを眺めながら……

 

「……どういう意味です?」

 

 タリオンのつぶやきにマーティンは「さあな」と言い、

 

「認めてくれたってことじゃない。おめでと――」

 

 そこでイセリアは言葉を止め、マーティンとともに――

 

「「タ・ラ・ちゃ~ん♪」」

 

「~~、勘弁してください、ラヴィきょうか――ラヴィーー!!」

 

 からかってくる二人から逃げるように、マーティンはラヴィの後を追った。

 

 

 

 

 

「こちら《黒兎(ブラックラビット)》。対象はオルテンシアを離れて宿へ…………わかりました。では彼らの監視は《白兎(ホワイトラビット)》に任せて、私は《灰色の騎士》のサポートに戻ります…………別に嬉しくはありません。ただの任務ですから。それでは失礼します……《かかし男(スケアクロウ)》さん」

 

 空中にて、黒い傀儡(くぐつ)に乗った少女は、相手(かかし男)からの冗談を流しながら通信を切り、アークスを仕舞う。

 兎のような長い耳が付いた黒い装束を着た十代前半ぐらいの、長い銀色の髪を二つに分けた髪型の少女だ。

 少女は金色の瞳でじっと“客人達”を見下ろし、傀儡とともにいずこへ飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ホテル・オルテンシアの部屋(スイートルーム)で二人の女が椅子に座って向かい合っていた。

 一人は左目の下の泣きぼくろが印象的な黒髪の美女――ヴィータ・クロチルダ。

 もう一人は短い緑髪と紫色の瞳の美しい少女――ミュゼだった。

 

「150年前にバルアレス海で採れた宝石をポンとプレゼントするなんて、随分気前がいいわね。おかげであれ以上“あの子”から睨まれずに済んだけど。そんなに“あの子”が気に入った?」

 

「うふふ。否定はしません。もちろん、この街を守ってくださったあの方達へ、せめてもの感謝のしるしを贈りたかったのは確かですが」

 

 ヴィータの問いに、ミュゼは微笑みを浮かべながら答えを返す。

 そんな“協力者兼新弟子”に、ヴィータも笑みを返しながら手元にあるワインを口に含んだ。

 

「それだけじゃないでしょう。祖国を守るために《帝国の英雄》と相打つかもしれない、彼らにエールを送りたかったんでしょう――最初から敗北が決まってるとしても」

 

「……“支度金”のようなものです。あの方達には()()()()()()()()()()()()()期待していますから。さすがに全員は加わっていただけないでしょうけど」

 

「例の“作戦”ね……こんな所で言ったらまずいかしら」

 

 わざとらしく声を潜めるヴィータに、ミュゼも苦笑しながら自らの口の前に人差し指を立てた。

 “敵”は、このエレボニア帝国を支配している《鉄血宰相》と彼が育てた《子供》達だ。他にも《黒の工房》なる組織も存在するという。

 部屋のまわりに簡易な結界を張っているとはいえ、油断できる相手ではなかった。

 それだけではない――。

 

「……お尋ねしますが、《結社》の方はどうでしょう? 『幻焔計画』がどういうものにせよ、宰相が完全に帝国の実権を握った以上、その実行は極めて難しくなったと思いますが……」

 

 ミュゼの問いにヴィータは笑みを浮かべながら肩をすくめ、大きく首を縦に振った。

 

「ええ。鉄血宰相とあの《筆頭》が相手では、計画を行うことは不可能に近いでしょう。だから結社内――《蛇の使徒(アンギス)》達の間では、宰相達との協力――いえ恭順の話が持ち上がっているわ……()()()()()()()()にね」

 

「宰相や傘下にあった組織に恭順してでも、ですか……計画に関して、《盟主》は関与せず、《使徒》達の合議によって方針が決められ実行される……それは確かですね?」

 

 ミュゼの問いにヴィータは首を縦に揺らす。

 結社――《身喰らう蛇(ウロボロス)》の計画や作戦に際して、盟主は計画の始動のみを命じ、《蛇の使徒》達の主導で実行される。リベール王国で進められた『福音計画』も、クロスベルと帝国で進められている『幻焔計画』も例外ではない。

 

「ならばやはり、使徒達が宰相達への恭順を決めるのは間違いないと思います。私もすべての使徒を知っているわけではないので断言できませんが、《根源の錬金術師》と《博士》、《鋼の聖女》は確実に賛成すると思います……そうなれば、この時点で三人も賛成側に回ってしまうことになりますね」

 

「ふふ。《破戒》も賛成するわよ。“世界大戦”なんて、大枚はたいてでも見たがる人だから……なるほど。数の上では、宰相への恭順は()()決まってしまっているというわけね」

 

 ミュゼとヴィータが挙げた四人は間違いなく賛成側に入る。仮にヴィータをはじめとする他の使徒が反対したとしてもたった三人。多数決ではもう決まってしまっているのだ。

 

 もっとも、実際にはまだそうとは限らない。

 他の使徒より位の高い《第一柱》が“拒否権”を出すかもしれないし、他ならぬ盟主が別の方法を命じる可能性もある。

 しかし結社にとって『幻焔計画』を確実に進める方法は、鉄血宰相に従うより他にない。

 何より、《盤上の指し手》たるミュゼが“予測”してしまっている――結社が鉄血宰相に降り、ともに《巨イナル黄昏》を進めると。

 

 

 

「……忠告ありがとう。そうならないように頑張ってみるわ。でも、“その時”が来たら改めてあなたのお世話になるかもしれないわね、公女様」

 

「喜んで歓迎させていただきます、魔女さん。“将軍”には私から話を通しておきますので」

 

 そう言ってからミュゼは立ち上がり、部屋の片隅に置いたバッグを持ち上げる。

 それを見てヴィータが口を開いた。

 

「もう学院に戻るの? 家庭の事情を口実に明日まで休んじゃってもいいと思うけど」

 

 ヴィータの提案にミュゼは笑みを返しながら。

 

「できるだけ真面目にした方がいいんですよ。カイエン公の縁者という事で肩身が狭くなっていますから。……それに、大叔父様には()()顔を覚えられたくありませんので」

 

 その返答にヴィータは苦笑を漏らす。

 ミュゼの大叔父――バラッドはすでにカイエン公になったつもりで、オルディスを始めラマール州を取り仕切っている。浪費や遊興癖など色々問題はあるものの、政財界に太いパイプを持ち、決して無能なだけの人間ではない。

 今は彼を“次期カイエン公”に据えておいた方が、ミュゼにとって都合がいいのだろう。彼女の“作戦”にも影響するのかもしれない。

 

 

 

 そうこうあって、ラヴィ達に続き、ミュゼこと――ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン公女も密かにオルテンシアを発った。

 

 彼女の言う“作戦”はすでに水面下で動き始めているものの、それが日の目を見るのはまだ先の話である。

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