閃の軌跡 Northern War ――エレボニア帝国潜入記―― 作:ヒアデス
七耀暦1205年4月某日。20:00。
エレボニア帝国最東端・クロスベル州
帝国による『無血併合』以来、総督府となったオルキスタワーの20階にある総督執務室には、長い金髪を後ろに束ねた青年と、白髪交じりの黒髪に顎髭を蓄えた壮年の男がいた。
二人は執務机の前にあるソファに座り、互いに向かい合う形で腰を下ろしている。
「併合から
貫禄と威圧感をにじませた声で黒髪の男が言葉をかける。
彼に対し、ルーファスと呼ばれた金髪の青年は流すような笑みを浮かべた。
「ええ、従順にして賢明な市民達の協力のおかげで。むしろ
「ふふ。市民の支持を得つつ、クロスベル警察を取り込むつもりか。相変わらず抜かりのない事だな。……警察といえば、『特務支援課』の方はどうだね? ジオフロントで取り逃がして以来、音沙汰がないとのことだが……」
オズボーンはあたかも今思い出したという様子で、『特務支援課』について尋ねる。
その問いにルーファスは肩をすくめ、しかし笑みを絶やさぬまま答えた。
「お恥ずかしい事に影も形も掴めないままです。それに、帝国の統治を支持している市民の中にも支援課を快く思っている者は予想以上に多い。支援課を無理に排除して、ようやく取り付けた市民の支持を失いたくないというのが本音です……共和国との“大戦”に備えるためにもね」
最後の一言に、オズボーンも「フフッ」と苦笑を漏らした。
「確かにな……だが、このまま好きにさせておくつもりもないのだろう。たかが警察官の身で独裁者の野望を阻止した者達だ。彼ら――特にロイド・バニングスを侮れば、手痛い目を見るやもしれんぞ」
「承知しています。彼らの“動きを止める”策はすでに立てております。ただ、入念な準備がしたいのでしばし時間を。半端な手ではそれこそ痛い反撃を食らうでしょうから」
ルーファスの答えにオズボーンは鷹揚にうなずく。
彼の言う独裁者――ディーター・クロイスらが支援課を捕らえた時も、彼らへの警戒を緩めた隙をつかれて取り逃がす羽目になったと聞く。散り散りに分けて軟禁しておくというのは悪くない手だったと思うが……。
「任せておこう。――もう一つ。ジュノーで籠城している貴族連合軍の残党との交渉も、君に任せたいと思う。彼らの指揮を執っている《黄金の羅刹》達とは知らない仲ではないだろう」
「ええ。内戦の時に、貴族連合で何度も顔を合わせています。ですが、“裏切り者”の言葉に彼女達が耳を傾けてくれるかどうかは……」
力ない風を装って首を横に振って見せるルーファスに、オズボーンは腕を組みながらほくそ笑み……。
「あの者達も内心では落とし所を探っているはずだろう。“次の戦”で、汚名の払拭と皇帝陛下のお許しを得る機会を与えてやるとしよう。それを材料に君の方からうまく説得して見せたまえ。できるかね、
その言葉にルーファスは「フフッ」と笑みを漏らし、慇懃に頭を下げて言った。
「それがあなたを超えるための“課題”とあらば、必ずや成し遂げて見せましょう。吉報をお待ちください――
血の繋がりはおろか養子でさえないにもかかわらず、『必ずあなたを超える』という意思を込めて、ルーファスはオズボーンを“父”と呼ぶ。
そんな彼に――
「期待しているぞ……“息子”よ」
オズボーンはそう答えて彼の奮起を促しながら、胸中で付け足した。
(願わくば、本当に私を超え――そして、この身に宿る《黒》を打ち破ってほしいものだな)
そこでふとルーファスは思い出したように声を上げる。
「そういえば……ノーザンブリアから《北の猟兵》が四人、帝国に潜入しているとのことですが。彼らは現在何をしています? すでに掴んでいるのでしょう」
その問いにオズボーンは不敵に腕を組みながら、部屋一面に張られた窓ガラスから帝国の方を見ながら言った。
「ああ、レクターとミリアム達が見張っておるよ。道化どもが起こした騒ぎを鎮めてから、オルディスを発ったらしい。おそらく今頃は…………」
◇
オルディスから伸びる渓谷地帯の中腹に、『ラクウェル』という町がある。
帝都ヘイムダルやオルディスを始め、ジュライ、ノーザンブリアに繋がる街道まで合流しているこの一帯は、古くから交通の要所として栄えており、彼らを相手に商売する店が建てられるようになり――いつしか、帝国でも有数の“歓楽都市”が形成されるようになった。
昼間は静かな街並みだが、夜になれば町中のイルミネーションがライトアップして歓楽街としての様相を露わにする。
ラヴィ達がこの町を訪れたのもそんな時刻だった……。
「そこのお兄さんとお姉さん! 見ない顔だけど観光客?」
「よかったらうちのカジノで遊んでいかない。運がよければ大儲けできるかもよ♪」
町に入ってすぐ客引きのバニーガールに捕まり、彼女らに腕を掴まれたマーティンとタリオンは、視界に飛び込んでくる胸の谷間と腕越しに伝わる感触にあたふたしながらも必死に理性を保ち、彼女達から逃れようとする。
そんな男どもをラヴィとイセリアは冷ややかな目で見るものの、あの二人はまだいい方だ。
歓楽街だけあってその手の誘惑などこの町では至る所で行われており、向こうではガラの悪そうな茶髪の男が肩や背中をむきだしにした水商売風の女と肩を組んでいた。
そんなものを見ていたところで……
「まあまあ、ものは試しという事で! お姉さんたちもこっちこっち!」
「それじゃあ――四名様ごあんな~い♪」
バニー二人の勢いと好奇心に負け、マーティンとタリオンはカジノに引っ張り込まれていく。ラヴィとイセリアは顔を見合わせ、仕方ないと嘆息しながら彼らについていくことにした。
「…………」
「あららー。あの人たち運がないねー。あそこに捕まった客は有り金全部取られた上に、身ぐるみまで剥がされるってウワサのとこでしょー。こないだも帝都から来た観光客がパンツ一丁で放り出されてたっけ」
茶髪の男の腕に捕まっていた水商売風の女は、カジノに連れ込まれる観光客を見て憐れむような言葉を漏らす。
その隣で男は「そうだな」と答えながらも、考えるように件のカジノを眺めていた……。
◆
「お見事! お客様の勝ちです!」
「よっしゃ! これで3連勝!!」
「残念。チップを回収させていただきます」
「くそっ。さっきまで勝ってたのに」
「おーし! あと一つ揃えば……」
カジノに入ったラヴィ達の目に飛び込んできたのは、無数のスロット台やカジノテーブル。それらの前に座り込んでいる客達や彼らの相手をしているディーラー達だった。
それを眺めながら数歩進んだところで、バニー二人は片手を上げて――
「じゃ、私達は表に戻るから」
「お兄さんたちもお姉さんたちもゆっくりしていってね♪」
と言ってマーティン達から離れ、店の前へ戻って行った。
マーティンは惜しむような、タリオンは安心したような素振りを見せながらカジノの中に顔を戻し……。
「まあ、せっかくだから少し遊んでいくか。旅費も余裕があるし」
「少しぐらいならいいけど。もし旅費がなくなったら、私達ずっと帝国で過ごすことになるのよ。ノーザンブリアに連絡したところで助けも旅費の追加もこないだろうし」
そう釘を刺しながらもイセリアも中を見渡し、大量のぬいぐるみが入れられているクレーンゲームに目を留めた。
「あら――ラヴィちゃん見て見て! みっしぃのぬいぐるみがいっぱい!」
「……」
「…………」
イセリアにつられ、ラヴィとタリオンもみっしぃのぬいぐるみに目を向けるが、喜ばしい気分にはなれない。つい昨日オルディスで、みっしぃの着ぐるみを着た悪漢達とやり合った記憶が残っているからだ。
しかし、イセリアはそんなこと気にも留めず――
「よーし、じゃんじゃんゲットするわよ! ラヴィちゃんも手伝って!」
そう言ってラヴィを引っ張りながら、イセリアはクレーンゲームに
タリオンもそれを一瞥してからスロット台に近づき……
「じゃあ自分は、これを使わせてもらうとしましょうか。三つの絵柄を合わせればいいんですかね……」
「揃いも揃ってお子ちゃまだねえ。ギャンブルといえばやっぱカードだろう……おいディーラーさん、俺と一勝負してくれねえか」
鼻歌を歌いながら、マーティンもディーラーを相手にしたカードゲームを始める。
そうして四人は各々遊戯や賭け事に興じ始めた……。
「ラヴィちゃん頑張って…………よし、あと少しで………………あ~ん、また落ちた! ちょっと、これ、どうやっても取れないようになってんじゃないの!?」
「うわっ! また7が揃った……よく当たりますね。台がいいんでしょうか?」
「――スリーカード! また俺の勝ちだぜ! これで100万ミラ。ギャンブルってこんなに儲かるのか~♪」
ラヴィとイセリアが二人がかりでクレーンゲームに苦戦している横で、タリオンとマーティンは順調に勝ちを重ね、チップを増やしていく。
それを見て、周りの客も彼らに好奇の目を注ぎ始めていた。
「見ろよ。あいつら、ここに来てからずっと勝ちまくってるぜ」
「見た限りじゃ、カジノなんて初めての素人なのに」
「ただの運だろう。そのうち負けるようになるさ」
「……そういやここって最初は勝ちが続くのに、途中からボロ負けしていくようになるんだよな。この間の旅行客もそうだっただろう」
「ああ、有り金どころか服まで取られた奴だろう。ありゃ気の毒だったぜ」
「……?」
観客達の話の中に不穏なものが混じってることに気付き、ラヴィは思わず顔を向ける。
流れが変わったのはそんな時だった――。
「フォーカード。お客様の負けです。それではチップを回収させていただきます」
「あっ、くそ――もう一回! 5万ミラ賭けてもう一回勝負だ!」
5万分のチップを取られ、それを取り返そうとマーティンは同額のチップを賭けてもう一度勝負を持ち込む。スロットをしていたタリオンも――
「――また外れた。速さは変わってないのに急に揃わなくなりましたね。まあもう一度……」
絵柄が揃わなくなり、嘆きの声を上げながらもタリオンは再びスロットを回す。
ラヴィがそれに違和感を覚えている間もマーティンとタリオンは負けを重ね、今まで得たチップを失っていった。
そしてついに……
「フラッシュ。ではチップを回収させて頂きます」
「あーー!! せっかく手に入った100万ミラがー! もう一度だ! この50万ミラをチップに代えてもう一度勝負してくれ!!」
勝った喜びも見せず、淡々とチップを回収するディーラー。それとは対照的に勝ち分を取り戻そうと、マーティンはついに旅費から50万ミラもの大金を取り出す。
それを見て、イセリアもクレーンゲームを放ってマーティンの肩を捕まえた。
「ちょっと、マーティまずいよ! 50万なんて失ったら――」
「大丈夫だ! これに勝ちさえすればさっきのミラが半分戻ってくるんだ! それで終わりにするから!!」
すっかり勝ち分を取り戻すしか頭になくなったマーティンは、旅費のほとんどをチップに代え、ディーラーに勝負を挑む。
だがしかし……。
「……私の勝ちです。それでは約束通りチップを……」
「あーー!! 待て、待ってくれ! それを持って行かれたらーー」
恥も外聞もなくディーラーにしがみつこうとするマーティンだが、ディーラーは素知らぬ顔でチップを取り上げる。
そして……
「ちょっと、どうすんの? これで私達、帝国を回るどころか、故郷に帰ることすらできなくなったじゃない!」
「……すみません。つい熱くなって……」
怒り心頭に怒声を上げるイセリアに、タリオンはすっかり意気消沈した様子で謝る。
それを見て観客達は嘲るように嗤い、タリオンもスロットをやめて青ざめた顔でマーティンを見ていた。
一方、ディーラーの向こうで、カジノのスタッフ達はこちらを……ラヴィとイセリアを見てひそひそ話し、やがて彼らの中から初老の男がやってきた。
「失礼。
「――支配人!? ちょうどよかった。じつはさっき取られた50万ミラなんですが、仕事で帝国を回るために必要なお金でして、それを取られると非常に困るんですよ。だからなんとか50万だけでも返してもらえませんか?」
支配人と聞くや一転、マーティンは体ごと彼の方を向き、事情を説明しながら頼み込む。
それを聞いて、支配人はあごに蓄えた白い髭を手でなぞり……。
「そうでしたか、それはお気の毒に……しかし、あれはお客様の方から賭けてきたミラですからな。他のお客様からも同様に掛け金を頂いておりますし、あなた方だけ特別扱いするわけには……」
「そこを何とか! あれがないと仕事ができないばかりか、故郷に帰ることすらできないんです。50万以外にもクレーンやスロットで結構落としたし、そっちは十分得したと思うんですがね……」
マーティンは食い下がるものの、支配人は難しそうな顔でうなり。
「そう言われると否定はできませんし、何とかして差し上げたいとは思うのですが……こちらにも規則がありましてな。一度回収した掛け金を返すわけには……」
「だ、だったら――俺が働いて返します! 何日かタダ働きすればそれなりになるはずだ。足りない分は国に帰ったら払う! だから頼む! 俺が勝手に賭けちまった50万ミラ、返してくれないか!!」
そう言って、マーティンは土下座のようにテーブルに手と頭をこすりつける。
しかし彼が顔を伏せた瞬間、支配人はニヤリと口を吊り上げた。
ラヴィはそれに気付くも、彼女が何か言う前に――
「頭を上げてください。わかりました。そこまで言うなら、一度だけチャンスを差し上げましょう」
「――チャンス。本当ですか!?」
支配人の言葉にマーティンはがばっと顔を上げる。その時はもう、支配人の顔に笑みはなかった。
「はい。50万ミラを賭けて、うちのディーラーともう一度だけ勝負をするというのはどうでしょう。お客様が勝てば50万ミラをお返しします……ただし」
「た、ただし……?」
最後の一言にマーティンは背筋が凍るものを感じて、思わず聞き返す。
それに対して支配人はぎらりと目を光らせて……
「もし私達が勝てば、あなただけでなく、後ろのお三方にも働いていただきましょうか。この町や近くの鉄鋼山には、見目のいい女性方やたくましい男性にうってつけの仕事がありましてな」
「――!」
支配人の口から出た言葉にマーティンも、イセリアとタリオンも、彼の言ってる言葉の意味を理解し、目を見開く。
しかし……。
「……嫌なら結構。50万ミラはこのまま頂きますので、お客様達はどうぞお引き取りください。故郷へ帰れないのなら、どの道ここで仕事を探す羽目になると思いますがね」
顔を歪めるマーティン達を前に、支配人は勝ち誇った笑みを見せる。
マーティンはしばらく沈黙していたが、やがて意を決したように言った。
「――やってやろうじゃねえか。最初みたいにあっさり勝って、50万ミラ返してもらうぜ!」
そう息巻きながらマーティンはドスンと椅子に座り直す。
一方、支配人はディーラー達を見て、目線だけで若い赤毛のディーラーを呼びつけた。
(……あいつら、もう勝利を確信した顔をしてる。考えてみれば最初からおかしかった。カジノなんて入ったばかりのマーティンがいきなり100万ミラも儲けるなんて。でも途中から連続で負けるようになって旅費のほとんどを奪われた。タラちゃんのスロットも同じ頃から全く揃わなくなったみたいだし。しかも、カジノ側は勝負に負けるなんて少しも思ってない。これってもしかして……)
ラヴィが考えている間に、ディーラーは席につきカードを切り始める。
「勝負方法は先ほどまでと同じ、ポーカーでよろしいですか?」
「ああ。じゃあさっそく――」
「――待ちな」
「――っ!」
突然かかってきた声に、マーティンもディーラーも、ラヴィ達や支配人、他の客やディーラー達もそちらを見る。
気が付けば、入口の方に茶髪の男が立っていた。カジノに入る前にも見かけた、ガラの悪そうな男だ。一緒のいた水商売風の女はいない。
「おい、あいつ“アッシュ”じゃねえか?」
「“ラクウェルきっての悪童”アッシュ・カーバイド……いつかここにも来るんじゃないかと思ってたが」
観客達がざわつく中、アッシュという男はファッション用の伊達眼鏡を面倒そうに外し、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる。
「はっ、田舎上がりのド素人がまんまとハメられたみてえだな。もうほとんどミラを巻き上げられて、旅費を取り戻すためにてめえらの体を賭けて最後の勝負――ってとこか?」
「……あ、ああ」
アッシュの言葉にマーティンはこくりとうなずく。すると彼は――
「俺も混ぜてもらうぜ。あんただけじゃ“サマ”も見抜けず、また負けちまうのがオチだ」
「えっ、おいちょっと――!」
聞き返す間もなく、アッシュはマーティンの隣に腰かける。
赤毛のディーラーは面食らいながらも、冷静なまま言った。
「あなたもお客様とともに50万ミラを賭けて勝負……という事でよろしいですか?」
「ああ、別に構わねえだろう。……それとも、プロのディーラーが雁首揃えて俺みたいなガキに怖気づいたのかよ?」
その挑発にディーラーは青筋を立てかけるも、それを抑えながら指示を仰ぐように支配人を見る。
支配人は彼とアッシュを見比べながらしばらくあごに手を乗せ、首を大きく縦に振った。勝負を受けろという事だ。
それを受けて、ディーラーはマーティンとアッシュに向き直り。
「わかりました。では、お客様のどちらかが勝ったら50万ミラをお返しします。ただし、私が勝ったらあなたも借金返済のためにここで働いていただきます。それでは早速ゲームを――」
「――待ちな」
アッシュの一言に、ディーラーはカードを切る手を止め、マーティンも怪訝そうにアッシュを見る。
アッシュはぞんざいに足と腕を組みながら言った。
「カジノと客の対決っていや、
その言葉にディーラーは目を見開き、マーティンもあぜんと口を開いていた。