閃の軌跡 Northern War ――エレボニア帝国潜入記―― 作:ヒアデス
「それでは、カードを配らせていただきます――」
そう言ってから、ディーラーは自身を含めたそれぞれに2枚のカードを配り、表になった状態でテーブルの上に公開される。
ポーカーなど他のゲームと違い、ブラックジャックは、手持ちのカードが他のプレイヤーやディーラーにも見える形で行われる。ただし、ディーラーだけは決着の時まで二枚目のカードを伏せておくルールになっているのだが。
ディーラーの手札は伏せ札と9。
対してアッシュは4と7。マーティンは
それを確認しながら、ディーラーはマーティンに尋ねる。
「ロビンソン様の番です。『ヒット』なさいますか?」
「まだ15だからな。もちろんヒッ――いでっ!」
『ヒット』と言おうとした瞬間突然奇声を上げ、マーティンは飛び上がりそうになるのを抑えながらうめく。アッシュに足を踏まれたからだ。
(――てめえ、どういうつもりだ?)
恨みのこもった視線でマーティンはアッシュを睨む。しかし、アッシュは『待て』と言いたげに一瞥をくれるだけだった。
(俺が“+1”、おっさんが“0”……そしてディーラーが“-1”。伏せ札をのぞけば“全体のカウント”は0なんだが。俺の勘じゃ、あの札の中身は……)
わずかに考えてから、アッシュはわざとらしいあくびをしてみせる。マーティンはそれを『なにもするな』と捉えて……。
「……『スタンド』。俺はこのままでいい」
半信半疑なまま、マーティンは『スタンド』を宣言し憮然と腕を組む。
ディーラーはわずかに眉根を寄せながらも、アッシュに向かって尋ねた。
「カーバイド様の番です……ヒットなさいますか?」
「ああ。一枚引かせてもらうぜ」
マーティンとは逆に、アッシュはあっさり『ヒット』を宣言しディーラーから一枚もらう。
『ヒット』を防がれたマーティンはアッシュを半目で睨むものの、アッシュの手札は11。ヒットするしかないのは彼にもわかった。
アッシュが引いた数は……。
「……ちっ、8か」
数を見てアッシュは思わず舌打ちを鳴らす。その一方――
「なに言ってんだ、19じゃねえか! これであいつが18以下なら、俺達の勝ちだ!」
興奮を隠しきれない様子でマーティンははしゃぐ。ちなみに、もしマーティンが『ヒット』を宣言しあのカードを引いていたら彼の手札は『23』となり、バースト負けしているところだった。
「カーバイド様はもう『スタンド』でよろしいですね……それでは、私のカードを公開させていただきます」
そう言いながらディーラーは伏せられていた、自分のカードをめくる。
その数字は――
「
これだけハラハラさせておいて、まさかの引き分け。その事実にマーティンは思わず悲嘆の声を漏らす。
一方、アッシュの方は冷静に相手を観察していた。
(腐ってもプロだな。こっちの流れを読んでいやがった。あの様子だと向こうも“カウンティング”できるみてえだな。とはいえ、こんな奴らのために働くなんてまっぴらごめんだ。次で勝負をつけるしかねえ――)
マーティンが落ち着きを取り戻したところで再び勝負が再開し、ディーラーは2枚ずつカードを配る。
今度はディーラーが6と伏せ札。
マーティンが6と4。アッシュが3と9だった。
「あー、たった10か。ついてねー!」
(俺が“0”、おっさんが“+2”、ディーラーが“+1”と伏せ、か……全体のカウントは+3前後。多少危険だが、今度は『ヒット』するしかねえな)
目先の数字に嘆くマーティンの隣で、アッシュは冷静に場を分析する。
一方、ディーラーも6の手札を見て顔を固くしていた。もし伏せ札が絵柄や10、Aだとしても17以上にはならない。勝つには『ヒット』するしかなくなるが、バーストの危険も十分ある。
「……ロビンソン様の番です。『ヒット』なさいますか?」
その問いにマーティンは身を固くしながらアッシュを見るも、彼が何かしてくる様子はない。そもそもこの手札で『スタンド』すれば確実に負けてしまう。
「『ヒット』するぜ……4か……」
「カーバイド様の番です。『ヒット』なさいますか?」
「ああ……」
嘆くマーティンをよそに、アッシュもカードをもらい、それをめくり上げる。
数字は『4』。
これでマーティンの手札は14、アッシュの手札は16。勝つにはまだ心許ない数字だ。しかもこの『ヒット』でカウントは2増えて『+5』。絵柄が出てバーストしてしまう危険も高まった。
「次はロビンソン様ですが……『ヒット』なさいますか?」
「っ……」
14とあって、マーティンも慎重にアッシュの顔色を窺う。
しかし、アッシュは『さっさとやれ』と言いたげにマーティンに一瞥くれるだけだった。
「『ヒット』……3か」
配られたカードをめくり、マーティンは安堵とも落胆ともとれぬため息を漏らす。手札は『17』……勝つには心許ない、しかしこれ以上は引きたくない数字だ。
「次はカーバイド様……『ヒット』なさいますか?」
「ああ…………もらうぜ」
ディーラーの問いに、わずかに肩を震わせながらもアッシュはうなずき、一枚もらう。
その数字は……
「4――これで『20』だ!」
その宣言にディーラーは目を見張り、観客達も沸く。
「――やった!」
「あれなら相手がちょうど『21』を出さない限り、負けることはないわ!」
「……」
イセリアとタリオンもあまりの興奮に抱き着きながら喜びをかみしめる。一方、ルールを知らないままのラヴィはぽかんと棒立ちしたままだった。
そんな中、ディーラーは苦々しく口を噛みしめ、ゲームを進めるために口を開いた。
「両者とも『スタンド』でよろしいですね……では、私のカードを公開させていただきます」
そう言ってから、ディーラーは自分の伏せ札をめくる。――その数字は『
「……」
自らへの裁定者のごとく現れた“
アッシュに勝つにはここから『5』を引くしかない。
(50万なんてはした金どうでもいいが、ここでカモ達を逃がせばディーラーとしての俺の名が泣く。こいつらごときに使いたくなかったが……)
ディーラーはしばらくの間、呼吸を整えて……
「それでは……引かせていただきます」
そう宣言して、彼はデッキを手で包み込むように取り、そこから一枚のカードを引き抜こうとする。
その時――
「お、お客様、な、なにを?」
いきなり手を掴み上げられ思わず文句を上げるディーラーだが、アッシュは憎らしい笑みを浮かべ……
「……おいおい、デッキの
「――なに!?」
その言葉にマーティンは目を剥き、ディーラーが引こうとしたカードを見る。
ディーラーが引こうとしたカードは『5』だが、そのカードはアッシュの言う通り――
「い――イカサマだ!!」
「負けそうになった途端それかよ!」
「てめえら、まさか今までの勝負でも……」
イカサマしようとしていたディーラーを見て、今まで歓声を上げながら成り行きを見守っていた客達もディーラーや支配人達に罵声を浴びせる。
するとディーラーは――
「ぐっ……それならそっちも反則だ! お前、さっきからずっと“カウンティング”をしていただろう! あれはれっきとした反則行為だ!!」
アッシュを指さしながらディーラーはわめく。しかし、アッシュは涼しげな顔で頭を掻きながら言った。
「あー、それは否定できねえ。昔、毎日のようにブラックジャックをやってた時期があってよ、テクニックを得るうちに
後ろに佇んでいた支配人にアッシュは鋭い声を浴びせる。
すると支配人は「クククっ」と不気味な笑い声を漏らした。
「……確かにそうでしたな。当店でも、我々にできるのはカウンティングをした客との勝負を打ち切るだけだ。だから――この勝負はここで終わりだ! 悪いが、お前達には今すぐここから出て行ってもらう!」
「そんなのアリ!? そっちは明らかな反則をしておいて! だったら、せめてあたしたちの50万ミラ返しなさいよ!!」
「黙れ! ゲームは途中で終わった。50万ミラは私達の物だ! 今の勝負の掛け金は免除してやるから、さっさと出て行け!」
イセリアの文句も意に介さず、支配人は掛け金が入ってる『金庫』の前に立ちふさがる。そこへさらに、屈強そうな黒服達がマーティン達のまわりを取り囲んだ。
「お客様、支配人もああ言っていますので、すぐにこの店から退出してください……さもないと」
「力づくで追い出すしかないんですが……」
何人かが威圧するように、拳を鳴らしながらにじり寄る。
それを見た観客達はすぐさまカジノから逃げて行く。
そんな中、アッシュは不機嫌そうにドカっと音を立てながら椅子から立ち上がった。
ようやく逃げる気になったのかと黒服達が思った、その時――。
「――おらぁ!」
「ぐはぁ!」
アッシュはおもむろに腕を突き出し、傍にいた黒服の腹を思い切り殴りつけた。
「こ、こいつ――ぐあっ!」
「ぐふっ……」
残りの黒服が戸惑っている間に、アッシュは残りの黒服も殴りつける。
「そっちがその気なら俺も遠慮はしねえぜ。あからさまなイカサマを仕掛けられた上に、勝負をふいにされたとあっちゃ“悪童”の名が廃るからな!」
アッシュの名乗りに黒服達はすくみ上り、ある者が声を上げた。
「こ、こいつもしかして……あいつじゃないのか。内戦中わずか14で《ファフニール》という隊を組織して、ラクウェルを襲おうとした夜盗を壊滅させた――」
「なに!? どうしてそれを言わなかった! だが、こいつ一人で俺達にかなうはずが――」
「ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねえ! 来ないならこっちから行くぞ!!」
アッシュは瞬く間に黒服達に肉薄し太い拳を叩きこむ。
そこへ――
「このガキ、調子に乗るな――ぐあっ!」
背後からアッシュに不意打ちを入れようとした黒服だったが、足元に伸びた何かにつまずいて床に倒れ、背中を思い切り踏まれた。
「お、お前は――!?」
「ひゅう♪」
黒服をつまずかせ、彼を踏みつけたラヴィを見て、何人かの黒服は戸惑い、アッシュは軽い口笛を鳴らす。
そこへさらにイセリアが蹴りを、タリオンが正拳を黒服達に叩きこんだ。
「イカサマを見抜いたんだから、ゲームはこっちの勝ちでしょう。約束通り50万ミラ返してもらうわよ!」
「我々の旅費を返してください。その方がそちらのためですよ」
二人がそう言ってる間にも、アッシュとラヴィは黒服達を次々に倒し、イセリアとタリオンも残りの黒服を蹴散らしていく。
その奥で支配人は手際よく金庫を開けて、掛け金の入った袋を抱える。
「このカジノはもうおしまいだ……せめてこの売上だけでも――ひっ!」
入口に向かって逃げ出そうとした支配人の前には、いつの間にかマーティンが立ちふさがっていた。その手には銀色に輝く拳銃が握られている。
銃口を見てさすがにおののく支配人に、マーティンは告げた。
「悪い事は言わねえ、大人しく俺達の旅費を返してくれ。ろくな成果もないまま50万もの大金を失ったなんて言ったら、“上”が激怒しちまうんでな。黙って俺達のミラを返せ。その方があんたらの身のためにもなる。それが聞けねえって言うなら……」
「――わ、わかった。50万は返す! だからもうその銃を下ろしてくれ!」
マーティンが引き金にかけた指に力を込めるのを見て、ついに支配人は観念し、袋から50万ミラを差し出す。
向こうもちょうど黒服を片付けたところで、アッシュは銃を仕舞うマーティンと怯える支配人を神妙な面持ちで見比べていた。
◆
「アッシュっていったっけ。ありがとよ、お前さんのおかげでなんとか旅費を取り戻せたぜ」
「はっ、仲間内でゆるゆる賭け事しかやった事のないド素人がイカサマカジノなんかに入るからだ。まっ、隣のカジノはさっきのとこに比べたら
「忠告はありがたく受け取っとくけど、もうカジノに行くつもりはないわよ。明日から列車に乗って別のとこへ行かないといけないんだから」
片手を上げながら礼を言うマーティンに、アッシュは憎まれ口を叩き、イセリアが肩をすくめた。
そんな中、ラヴィがさっきのカジノ
「あのカジノはどうなるんだろう? あんな騒ぎが起こった後じゃしばらく営業できないと思うけど」
「しばらくどころか明日には廃業だろう。イカサマがバレちまったんだからな。今頃は車で逃げ出してる頃だと思うぜ。――それよりお前ら帝国を回ってるらしいが、今度は帝都へ行く気か? オルディスを出てここからだと、そこしかないが……」
「ええ、そうなんですよ。この町にもほんの寄り道のつもりで来たんですが」
アッシュの問いに、タリオンは隠すことなくこれからの予定を告げる。
それを聞いて、アッシュは「へえ」と笑いを漏らし……。
「帝都ねえ、まっ、観光客なら誰しもが寄る所だな……《灰色の騎士》もいるかもしれねえし」
「灰色の騎士……?」
聞きなれない言葉にラヴィは思わずおうむ返しを漏らす。
するとアッシュは意外そうに聞き返した。
「……知らねえのか? 帝国の内戦を終わらせたってことで有名なんだが。たしか、“白い鉄の人形”に乗ってるって噂の……」
「――《帝国の英雄》! そいつが帝都ってとこにいるの?」
「ああ、あんたらはそう呼んでんのか。あくまで“かもしれねえ”ってだけだ。政府の命令で帝国中あちこち回ってるって話だし、今んところ誰もそいつを見たことがねえ。ただまあ、宰相や皇帝から何度か勲章をもらってるって話だし、帝都ならそいつに会える可能性ぐらいあんだろう」
「帝国の英雄……いや、《灰色の騎士》――」
アッシュの説明も届いてない様子で、ラヴィはただその名をつぶやく。
(どっかの国の猟兵がうちの英雄サマを訪ねにか……くくっ、またずいぶんきな臭い話じゃねえか……こいつらを利用すればこの国のお偉いさんにも近づけるかもな……うまくいけば“あの日の真実”にも――)
「アッシューー!! やっと出てきた!」
彼女はアッシュがカジノに踏み込むまで、一緒に連れていた遊び相手だった。露出の高い恰好をしており、一目で水商売の女とわかる。
彼女を見て四人、特にラヴィとイセリアの目が白くなった。
「ったく、今日はもう帰ってろって言っただろう。まあ、今から口直しってのも悪くねえか……あんたらも一緒に行くか? ちょうど男女三人ずついることだし、夜の町での過ごし方ってのを教えてやるぜ」
女の肩に手を回しながら誘って来るアッシュに、四人はぶんぶん首を振る。
確かにこちらも男女二人ずついるが、いずれもそういう関係ではないし、アッシュ達についていけば想像以上にいかがわしい所に連れて行かれるに違いない。
「遠慮しておく……明日は早いから。あなたも未成年なんだし、あまり羽目を外さないように……それと、さっきの事は感謝しておく。じゃあ――」
ぶっきらぼうにそう言ってラヴィは宿泊所へと向かって行き、他の三人もアッシュに声を掛けながらそれに続いた。
そんな四人の背を眺めながら……
(釣った魚を逃がしちまったか……いや、あいつらについていっても得るものは少ねえ気がする……もっと手ごたえのある得物を捕まえねえと……それこそ《灰色の騎士》のような……)
「――ねえアッシュ、どうしたの? 左目痛い?」
無意識に再び
「なんでもねえ。さっさと行こうぜ。今日も寝かせねえからな」
「やあん! アッシュのエッチ♪」
◇
「……おうミリアム、“客人達”の監視お疲れさん…………そいつは危ねえとこだったな。こんなとこで破産するタマじゃなくてよかったぜ。………………それってマジか………………わかった。引き続き監視を頼むぜ」
ミリアムという妹分からの通信を切り、赤毛の男はアークスを手前の机に置きながら、ため息と苦笑を零した。
「アッシュ・カーバイド……“ハーメルの生き残り”がここで絡んでくるとはねえ…………」