閃の軌跡 Northern War ――エレボニア帝国潜入記――   作:ヒアデス

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第5話 緋の帝都(前編)

 『緋の帝都 ヘイムダル』。

 エレボニア帝国の都であり、リベール王国の王都グランセルやアルテリア法国と同じ名を持つ聖都アルテリアに並んで、千年以上の歴史を持つ都市でもある。

 

 帝都は16もの街区によって構成され、住民の人口に至っては80万を超える。

 ヘイムダルの中央には、現皇帝ユーゲント三世を初めとする皇族達が居を構える『バルフレイム宮』がそびえており……。

 

「『宮殿を始め、多くの建物が赤く染められている事から『緋の帝都』と呼ばれている』……って書いてありますね」

 

 帝都内の街区を行き来するための『導力トラム』の中で、タリオンはパンフレットを読み上げる。

 そこで椅子に座ったまま、窓の向こうに広がる街を眺めていたイセリアが口を開いた。

 

「どおりで赤い建物が多いわけだ。もっと色々な色にしたらいいのに」

 

「緋は皇帝のシンボルカラーでもあるからな。皇帝への忠誠を示すために、他の建物もそれに倣ってるんだろう。俺達が探してる《帝国の英雄》も常に赤い服を着ているって話だ」

 

 頭の後ろに手を組んだまま説明するマーティンに、イセリアは「ふーん」と返す。

 その隣で、ラヴィもヘイムダルの街並みを眺めていた。

 

(この街のどこかに《帝国の英雄》……いや《灰色の騎士》が。あくまで“かもしれない”だけど……)

 

 

 

 

 

 ラヴィ達の後ろには『帝国時報』が発行している新聞を広げている、白衣を着た紳士風の男が座っていた。

 彼らの話とラヴィの胸ポケットからはみ出ている人形を目にして、彼はふむとあごに手を乗せた。

 

(《帝国の英雄》という呼び方、それにあの猟兵の人形…………なるほど、あの四人が副首領殿が送り込んだ若者達か。……どれ、彼らへの挨拶も兼ねて、再びこの街の“美”を盗んでみようか)

 

 

 

 

 

 

 それからほどなくして、ラヴィ達はトラムを降りて『アルト通り』に着き、他の乗客も何人か続く。その中に白衣を着た男はいない……()()()()()()

 

 アルト通りは、帝都の中では比較的落ち着いた雰囲気のある住宅街だった。

 その一角にある小さな建物を見て、マーティンは足を止めた。

 

「……マーティ、何してんのー? まさか、空き巣にでも入るつもり?」

 

 イセリアの声に、マーティンは前を歩く三人に顔を戻す。

 

「バカ、人聞きの悪い事を言うな。ボロボロなところだったから気になっただけだ」

 

「言われて見ればそうですね。空き家でしょうか? ……あれは何でしょう? 籠手のエンブレム?」

 

 建物の看板にかかっているエンブレムを見て、タリオンは首をかしげる。

 しかし、マーティンはどうでもよさそうに肩をすくめた。

 

「ただの絵だろう……先行こうぜ。こんなところに《英雄》がいるわけねえ」

 

 その言葉に三人もうなずき、再び足を進める。

 だが、数歩進んだところでマーティンはまた足を止め、建物を振り返った。

 

(閉鎖された《遊撃士協会(ブレイサーギルド)》の支部か……帝国じゃ遊撃士が活動できる所なんてほとんどなくなったと聞いてるが、“あのお嬢さん”は今頃どうしてるかねえ?)

 

 

 

 

 

 無人の協会支部を後にして、四人は昼食を摂ろうと喫茶店に向かう。

 そんな時だった……。

 

「フィオナちゃん、やっぱり見つからなかったかい?」

 

「ええ、家中探したんですけどどこにも……そう簡単になくなるようなものでもありませんし、もしかして本当に……」

 

 ラヴィがその声に耳をかたむけると、二階建ての家の前で若い女と中年の男が話し込んでいるところだった。だが、話の内容はよくある失せ物のようだ。

 構わず喫茶店に行こうとするラヴィと他の三人だったが……。

 

「ああ、楽器がなくなった時と同じぐらいの時間に、おかしなカードが家の中にあったんだろう。どういう意味だろうな……“異国から渡ってきた四人の旅人に助けを求めるべし”って?」

 

「――っ!」

 

 フィオナという赤毛の女から借りたカードを摘まみながら、男はその一部分を読み上げる。それを聞いて“異国(ノーザンブリア)から来た四人”は思わずその場に立ち止まる。

 それに気付いたように、男は四人の方に目を向けて口を開いた。

 

「んっ……なんだい? ああ、別にあんたたちに言ったわけじゃないぞ。勘違いさせたみたいですまんすまん」

 

 ラヴィ達が()()組であることに気付き、男は手を振りながら笑って否定する。その際に指先に掴んでいた“Bが書かれたカード”も宙に揺れた。

 

「あっ、それって――もしかして《怪盗B》の予告状じゃない!」

 

「怪盗B……?」

 

 カードを見て声を上げるイセリアに、ラヴィも“怪盗B”という言葉をそのまま口にする。

 それにマーティンが続いた。

 

「――聞いた事あるぞ。大陸のあちこちに出没しては、芸術品や宝石といったお宝を盗んでいく奴じゃねえか。うちの国でも大公様が残していったお宝が盗まれたって聞いたぜ!」

 

 そこまで言ってマーティンはあっと口をつぐむも、男は怪しむそぶりもなく鷹揚にうなずいた。

 

「ああ、俺もそれぐらいは知ってるよ。何を隠そう、怪盗Bの被害に一番遭ってるのがこの国だからな。去年もサン・コリーズって店から国宝級のティアラが盗まれそうになったんだ。フィオナちゃんも覚えてるだろう」

 

「ええ、夏至祭の時に帰ってきたうちの弟とクラスメイトの子達が、そのティアラを探し回っていました。でもまさか、あの怪盗Bがうちのものを盗んでいくなんて……」

「何が盗まれたの?」

 

 頬に手を当てながら考え込むフィオナに向かって、ラヴィは率直に尋ねる。盗まれた前提で聞いてくるラヴィにフィオナは気分を害する様子も見せずに言った。

 

「……楽器です。家に置いてあったヴァイオリンが今朝からなくなっていて。……だから家中探している途中でそのカードを見つけました」

 

 そう言ってフィオナは男が持っているカードに視線を向ける。男はラヴィにカードを向けながら言った。

 

「これに書かれてあったのさ。

 『麗しのフィオナ・クレイグ嬢。貴女らの母君とともに長き年月(としつき)を重ねた、旧くも良き鳴り物はこの怪盗Bが頂戴した。これを返してほしいのなら、間もなく貴女の元を訪れる“異国から渡ってきた四人の旅人”に助けを求めるがいい。言っておくが、憲兵などに通報しても徒労に終わるだけだろう。素直に我が忠告どおり“旅人達”に助けを乞うことだ』……とさ。あとは意味のわからない文章が続いてるだけだ」

 

 そこまで言って男は肩をすくめながら苦笑する。

 しかし“異国から渡ってきた四人”と聞いて、ラヴィは真剣な顔でフィオナ達に向き直った。

 

「そのカード、私に見せてくれる?」

 

「あ……ああ、俺は構わねえけど……」

 

「え、ええ。私にもちんぷんかんぷんですし、誰かに聞いてみた方がいいと思っていたところです」

 

 フィオナと男の同意を得てラヴィはカードを受け取り、先ほどの続きを読んだ。

 

 

『塩によって一度滅びた国より来たる旅人達――そして“汚名を着せられた英雄の孫”たる娘よ。クレイグ家の至宝たる鳴り物を取り戻し我の元へ来たくば、以下の謎を解くがいい……』

 

(……間違いない。このカードの持ち主は私達の事を知っている。しかも私の祖父のことまで……もし奴が憲兵とかに捕まったら、私達の事を帝国の連中に話してしまうかもしれない)

 

 そこまで考えて、ラヴィはカードを握りしめる。

 

(私達の手で怪盗Bを捕まえなきゃいけない。そして必要とあったら、この手でそいつを――)

 

 そんな決意を知ってか知らずか、ラヴィを一瞥してマーティンはフィオナ達に言った。

 

「フィオナさん、でいいんですよね? ……もう気付いてるかもしれませんが、俺達よその国の人間で、帝国に観光で来たんです。しかも何の偶然かちょうど四人。これに書かれてる“異国の旅人”にぴたり当てはまる。ちょうど帝都をぶらぶらするつもりだったし、駄目元で任せてもらえませんか。俺達もこのままじゃ気になって観光する気になれない」

 

「えっ、手伝ってくださるのは嬉しいですけど……本当にいいんでしょうか?」

 

 フィオナの問いにマーティンはこくこくとうなずき、他の三人も続く。タリオンは純粋な善意でフィオナ一家の楽器を取り戻してやりたいと思っているようだが。

 フィオナはしばらく迷っていたが、自分を真っ直ぐ見てくる四人を見て、ついに言った。

 

「……では、お願いします。街を見て回るついでで構いませんので、どうかヴァイオリンを見つけてきてください。あれは母が遺した、私にとっても弟にとってもとても大切なものなんです。もし見つからなかったとしても、皆さんを責めるつもりはありませんから……」

 

 言いながらフィオナは深々と頭を下げる。

 そんな彼女にラヴィ以外はそれぞれ答えながら、彼女達と別れた。

 その時、フィオナと一緒にいた中年の男は、彼女に見えないように唇の端に笑みを作った。

 

(ではゲームスタート。お手並み拝見と行かせてもらうよ。“英雄ヴラドの孫娘”――ラヴィアン・ウィンスレット君)

 

 

 

 

 

「それで、フィオナさんの家から盗まれた楽器は一体どこにあるんでしょう? 何か手掛かりのようなものはないのでしょうか?」

 

 フィオナ達の姿が見えなくなったところで、タリオンは尋ねる。それに対して、ラヴィはカードを見ながら口を開いた。

 

「このカードの続きに、楽器のありかと怪盗の居場所に繋がる“謎”が書かれてるみたい。『鳴り物と我が元に至るための“鍵”はすべて“緋の名を持つ都”にある。最初の“鍵”は『この世で最も速く走り続ける獣が先頭を競いあう草原』。そこを見渡せる場所にあり』……だって」

 

 そう言って、ラヴィはタリオンにカードを渡す。

 タリオンはそれを受け取りながら、他の二人は彼の後ろから覗き込むようにカードを見た。

 

「この世で最も速く走る動物って、魔獣をのぞけば……チーターのこと? チーターがいる草原って、帝都からどれだけ離れてるのよ」

 

「楽器と怪盗Bに繋がる鍵はすべて“緋の名を持つ都”……つまり帝都にあると書かれてるんですがね。どちらかが嘘なんでしょうか……?」

 

 そう言い合うイセリアとタリオンの横で、マーティンはピンときたような顔をして、荷物の中からパンフレットを取り出した。

 そして……。

 

「ふふふ……バカだなお前ら。チーターが全速力で走り続けられるのは10秒くらいだけだ。それに対して、チーターの半分ほどの速さだが、奴よりはるかに長く走り続けられる“あの動物”こそ、この世で最も速く走り()()()獣と言えるだろう。そいつらが走る草原こそ――」

 

 そこでマーティンはパンフレットを裏返し、「ここだ!」と言いながら三人に見せる。

 

 そこには大きな文字で『帝都競馬場』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

『ゴー―――ル!!』

 

 ラヴィ達が競馬場に着くと同時に、中央のコースにて、先頭を走る馬と馬にまたがる騎手が白線(ゴール)を通り抜ける。それとともにスピーカーから甲高い声が響き、構内からも歓声が響いた。

 ちょうどそれが収まった頃に……。

 

『これにて第5レースを終了します。次はメインレースとなっており、皇族アルノール家から下賜された名馬クリムゾンローズが出場する予定になっております。出走は20分後ですので、それまでに馬券をお買い求めください』

 

「――おっ、ちょうど次がメインレースか。せっかく来たんだし、俺も一口――」

 

「バカ!! カジノで旅費を失いかけたばかりなのに、まだ懲りてないの!」

 

 メインレースと聞くや、目を輝かせて馬券売り場に首を巡らせるマーティンの頭を、イセリアは容赦なく叩く。

 またギャンブルなんかで旅費を失うことになったらたまったものじゃない。しかもこの競馬場は帝都庁によって運営されており、ラクウェルのイカサマカジノみたいにごり押しや力ずくで取り戻すという手が使えない。

 ここに来たのはレースを観るためでも、ましてや再び賭け事をしに来たわけでももちろんない。

 

 “この世で最も速く走り続ける獣が先頭を競いあう草原の近く”。

 あのカードに書かれていた通りなら、この観覧席のどこかに“鍵”とやらがあるはず。

 

 メインレースの前とあって、構内は多くの人でごった返していたが、カジノなどと違って整然としている。少し意外だが、これなら探し物くらいはできるだろう。

 それからしばらくの間、観客達の怪訝な視線を耐えながら、四人は“鍵”を探す。

 そしてメインレースが始まる直前に、構内の隅の壁に張られたカードを見てイセリアが声を上げた。

 

「――あ、これじゃない! フィオナさんちに置かれてたのと同じ、“B”が書かれたカード!」

 

「本当ですか!?」

「こんなところに――」

 

 “鍵”が見つかったと聞いて他の三人が駆け付け、彼らが来るのを待たずイセリアはカードを裏返した。

 

『Congratulation! この程度は簡単だったかな。第二の“鍵”は『御所へと続く通り。その道中で舞い踊る二匹の猫の後ろ』にある。時が経てば猫たちはいなくなってしまい、“鍵”も誰かに取られてしまうだろうから、なるべく早く見つけ出すことだ』

 

「またなぞなぞ~。しかもまた意味わかんないことが書かれてるし~~!」

 

 

 

 

 

(おや、あのカードは……)

 

 貴賓室で席につきながらレースを眺めていた金髪の男は、眼下を見て眉を上げる。

 それに気付いて軍服姿の男が声をかけた。

 

「どうされましたオリヴァルト皇子、なにか気にかかったことでも?」

 

 その問いにオリヴァルト皇子は首を横に振った。

 

「いや、客の中に見慣れない格好の人達がいたから気になっただけさ。ところで一つ頼みがあるんだが、レースが終わるまでの間、私を一人にさせてくれないか。“元愛馬”の晴れ舞台、誰の目も気にせずに応援したいんだ。()の隣に座って、一緒に酒を飲みかわしながら観戦してくれるというなら話は別だが」

 

「い、いえ、そんな恐れ多い事は…………わかりました。それでは私どもは別室で待機していますので、ご不足の物がありましたら部屋の前にいる衛兵にお申し付けください」

 

「ああ、お願いするよ。君もしばらくの間、私の事は忘れて羽を伸ばしてきたまえ」

 

 皇子の言葉に、護衛は恐縮しながら一言口にして部屋を出て行く。

 それを見送ってから、オリヴァルトは伸びをしながら椅子から立ち上がり、部屋の片隅に置いたままのケースの元まで足を進めた。

 

「あの《怪盗紳士》が動き出したか……ならば僕も『オリヴァルト』ではなく、彼の好敵手――『オリビエ・レンハイム』として参戦させてもらおうかな」

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