閃の軌跡 Northern War ――エレボニア帝国潜入記―― 作:ヒアデス
「『御所へと続く通り。その道中で舞い踊る二匹の猫の後ろ』……これが次の“鍵”の場所らしいですね。まず……御所ってどこの事なんでしょうか?」
「御所ってのは王様とか偉い人が住んでる所の事だよ。うちの国じゃ元は大公の住み処で今はマスターグラークがいる『議事宮』。帝国じゃあ皇帝が住んでる『バルフレイム宮』のことだ」
カードを見ながら問いかけるタリオンに、マーティンは頭の後ろを搔きながら答える。
それを聞いてから――
「宮殿の前たって、かなりの広さじゃないの――その道中に猫なんて何百匹いるのよ!?」
「ちょっとなになに? 痴話げんか?」
「なんかヤバそうじゃね。見るからにヒステリーっぽい女だし」
イセリアの金切り声を聞いて、通行人達が何事かとこちらを見る。
それを見てマーティンがまずいと思った時だった――。
「美しいお嬢さん、こんな街中で大声を上げてはいけないよ。道行く人達の注目が君に集まってしまうじゃないか」
ぽろろ~んと調子はずれな音ともに男の声が響く。そこに目をやると白いコートを身にまとった長い金髪の男が立っていた。
突然湧いて出た男に戸惑う観衆を気にせず、彼は口を開き続ける。
「何やら悩み事を抱えているようだね……そんな君達に歌を送ろう。荒れた心を癒し、湖のような穏やかさを取り戻す、優しくも切ない歌を……。~~~~♪」
そう言うやいなや、男はラヴィ達の返事も聞かず、勝手に楽器を鳴らしながら歌を歌い始める。
聞く限り結構上手いのだが……。
「……ねえ、ほっといて向こう行かない?」
「ああ、関わり合いになりたくねえしな……」
路上で歌い出す怪しい男を前に、カップルらしき二人組をはじめ通行人達はそそくさと男やラヴィ達から離れる。
しかし、ラヴィ達は楽器を持っている怪しい男を放っておくわけにいかず、しばらくの間謎の金髪男の路上ライブを聴かされる羽目になっていた。
やがて、男は数十本の弦を一気に弾きながら最後のフレーズを口ずさみ、前髪をかき上げる仕草とともに――
「……ふっ、判ってくれたようだね。なにより大切なのは愛と平穏ということを――今風に言えば、ラブアンドトランクイリティー!!」
「――ちょっと、そこのあなた!」
決まったかのように口上を上げる金髪の男に、ラヴィが迫り――。
「そのヴァイオリン、どこで手に入れたの? それってもしかしてフィオナさんの家から――」
「フィオナさん? なにか勘違いしているようだが、これはヴァイオリンではなく“リュート”という楽器で――」
「待て。落ち着けラヴィ!」
「ごめんなさい、うちの連れが……実は……」
困惑する男になおも問いをぶつけるラヴィを、マーティンが後ろから羽交い絞めにし、タリオンも彼と一緒にラヴィをなだめる。
その一方でイセリアは謝りながら、やむなく金髪の男に簡単な経緯を話すことにした。
「……なるほど。君達は、フィオナさんという人のヴァイオリンを探しにここまで来たのか……こんな競馬場の前まで」
「え、ええ……手がかりくらいあるかもしれないと思ったのよ。そこへあなたが楽器を鳴らしながら声をかけてきたもんだから。本当ごめんね」
意味深な笑みを浮かべながら復唱してくる金髪の男に、イセリアは引きつった笑みを返しながら謝る。
そんな彼女に男はさも思い出したように言った。
「そういえばさっき、なぞなぞみたいなことを言ってたね。『御所へと続く通り、その道中で舞い踊る二匹の猫の足元』だったかな……もしかして、それが“次の手がかり”を示す場所だったりするのかな?」
オリビエの指摘にイセリア達はギクリとする。
そんな中、ラヴィが測るような目を向けながら男に声をかけた。
「耳と記憶力がいいんだね、一度読んだだけなのに。それにあの時、あなたはまだ私達の近くにいなかったはずだけど」
「見ての通り演奏家だからね。耳も記憶力もよくなってしまうのさ。それに君達が持っている“B”が書かれたカード……もしやと思うんだが、君達、《怪盗B》を追っていたりするのかい?」
「――い、いやあたし達は――」
怪盗Bという言葉を聞いて、イセリアは目に見えてうろたえを見せる。
それを見て男は笑い声をあげた。
「はっはっはっ。隠さなくてもいいよ。何を隠そう、あの怪盗とは因縁があってね。美を巡って意見を戦わせたこともあれば、君達のように彼に盗まれた物を探しだした事もある……ちょうどいい。僕もしばらく君達に同行するとしようじゃないか」
「――はあっ!? あんたが俺たちと一緒に来るだと?」
マーティンの問いに男はこくりとうなずく。
「ああ。楽器を探すのに“演奏家”を連れて行かない手はないだろう。それにぐずぐずしていると、カードに書かれている“二匹の猫”もいなくなってしまうよ」
「まさか――解けたんですか? このカードに書かれている“謎”が」
驚くタリオンにも男はうなずきを返し――。
「ああ。その“猫”とも一度だけ会ったことがあってね。もう一度会いたいと思っていたところだったのさ――善は急げだ。さっそく向かうとしよう(護衛達が気付く前にここを離れたいところだしね)」
「――待って」
ラヴィに声をかけられ、男は「なんだい?」と言いながら彼女の方を振り返る。
「あなた……何者? 怪盗Bと何度もやり合ってるって、ただの一般人じゃないでしょう」
その問いに金髪の男はリュートを弾く仕草をしながら言った。
「ふっ、それほど大層な者ではないが隠す名前でもない。僕は漂泊の詩人にして不世出の演奏家――オリビエ・レンハイムさ。短い間だけどよろしく、“旅人”君たち」
◆
競馬場から導力トラムで20分ほど移動して、オリビエとラヴィ達が辿り着いたのは『ヴァンクール大通り』と呼ばれる通りだった。
ちょうど北にバルフレイム宮を臨むこの大通りは、カードに書かれてある『御所へと続く通り』に相応しいところだ。しかし、この場所だけでも猫など何十匹もいそうなものだが……。
「ほう……スタインローゼの96年物が入荷されているのか。“鍵”を取りに行く前に一本買っていってもいいかな」
「なに言ってるんですか! 早くしないと“猫たち”がいなくなってしまうかもしれないんですよ」
「そうよ! お酒買うなら、あたしたちに“鍵”がある場所を教えてからにしなさい!」
『プラザ・ビフロスト』というデパートに貼られているポスターを見ながら立ち止まるオリビエに、タリオンとイセリアが抗議を入れる。
その後ろでラヴィがマーティンに小声でささやいてきた。
「いいの? あの人連れてきちゃって」
「断ったところで無理やりついてくるだろうしな。怪盗Bを知ってるのは確かみたいだし、今のところ追い返すほどの理由はねえだろう」
「でも、もし怪盗Bが私達の事を知ってたら――」
「そんときゃそんときで考える。まだそいつをどうこうする気はねえしな……それに、少し気になる事があんだよなぁ」
「気になる事?」
マーティンが付け足した言葉に、ラヴィは首を斜めに傾ける。
そこで件の演奏家が声を響かせた。
「おお、あそこだ――君達も来たまえ! ちょうど始まるようだ」
「みししっ。ボクは『みっしぃ』。今日は帝都のみんなに会いにクロスベルからあそびにきたヨ!」
「みししっ。わたしは『みーしぇ』。お兄ちゃんだけじゃ不安だから、わたしもいっしょについてきたヨ」
手招きしているオリビエの元へ行くと、デパートの隣に設けられた野外ステージで二体のマスコットが、ステージの前に集まった子供達と親達に自己紹介しているのが見えた。
『みっしぃ』と名乗っている兄の方は見覚えがある……。
「あれは……」
「オルディスでピエロの手下達が着ていた着ぐるみ……」
「おや、君達も知っているのかい。さすが『みっしぃ』君。ちなみに隣のピンクの子が、妹の『みーしぇ』君という。僕も見るのは初めてだ」
みっしぃとみーしぇはぽっちゃりした外見とは裏腹の、軽快なダンスで観客達を楽しませる。
マーティンはそれを半目で見ながら……
「……なあオリビエさん、もしかしてあの着ぐるみが、カードに書かれている“二匹の猫”っていうのか?」
「もちろん! “御所に続く通りで舞い踊る猫”なんて、ヴァンクール通りでダンスをしているみっしぃ君達以外にいないだろう。それに、彼らの後ろに立てられているパネルにカードのようなものが貼られているのが見えないかい?」
言われてパネルの方に目を凝らしてみると、そこに一枚のカードが張られているのが見えた。
ちょうどそこで最後のサビに入り――
『それじゃあみんな、最後に“あの掛け声”でしめくくるヨー――エンジョーイ、みっしぃ~~!!』
『エンジョーイ、みーしぇ~~!!』
みっしぃとみーしぇが右手を上げながら決め台詞を叫び、子供達と一部の大人もそれに続く。しれっとオリビエも同じ決め台詞を叫び、ラヴィ達に向き直った。
「ちょうど終わったところのようだ。僕はみっしぃ君達と話してくるから、その間に君達はカードを回収してきたまえ」
その指示にラヴィ達は返事を返さずパネルの方に向かい、イセリアはオリビエとともにみっしぃ達の方に向かって行った。
『よくぞ第二の“鍵”を見つけ出した。クロスベルのマスコットを知らない君達には少し難しかったと思うが、帝都で知り合った演奏家の助けを借りたのかな。彼にはよろしく伝えておいてくれ。続いて第三の“鍵”は――』
怪盗Bからのメッセージと次の場所のヒントが書かれているカードを見て、ラヴィとマーティンはうんざりした顔になった。
いったい、いつまでこんなことを続けなくてはならないのか。
(怪盗Bがいそうな、もしくは彼が楽器を隠しそうな場所さえわかれば、そこに行くだけで済むんだけど……そうだ!)
ラヴィはもしやと思い、オリビエの方を見る。
彼はみっしぃと握手をしているところだった。
「みししっ。また会えたネおにーさん。クロスベルで一緒に踊って以来かナ」
「おおっ、まさか僕の事を覚えているのかい!? 嬉しいな、再びみっしぃ君に会えた上に“中の人”まで一緒とは!」
「中の人ってだれのコト? みっしぃはボクだけだヨ。そうだ、みーしぇのことは知ってル? ボクの妹なんだけド」
「みししっ。はじめまして、お兄ちゃんがお世話になったみたいだネ。みっしぃお兄ちゃんの妹のみーしぇだヨ」
「君がみーしぇ君か。噂通り可愛い子だ。会えてうれしいよ。どうかな、せっかくだしこのまま三人でコラボライブでも……」
みーしぇも交えてオリビエとみっしぃは楽しく歓談している。止め役だったはずのイセリアまでみっしぃにハマったらしく、彼らの写真ばかり撮っている有様だった。
それを見てラヴィは肩を震わせる。
「……お、抑えろラヴィ。こんなところで目立つわけには――」
マーティンはとっさに彼女を抑えようとするものの、彼の手は空しく空を切り――
「いい加減にしろ! 演奏家気取りのプータロー!!」
そしてつんざくような怒鳴り声と、オリビエが吹き飛ぶ音があたりに響いた。
◆
あれから少し時が過ぎて、ラヴィ達は『ガルニエ地区』にいた。
『帝都歌劇場』があるこの地区は、楽器関係の店や施設も多く建てられている。
ラヴィ達はオリビエの案内で劇場の隣にある建物に来ていた。
「ここは? 全然人がいないけど」
「ここは劇場が所有している保管庫さ。劇場内にも保管庫はあるんだが、そことは別に修理に出す予定だったり演者が帝都を離れたりして、しばらく使われなくなった楽器がここに集められているらしい」
イセリアの問いにオリビエは奥を指しながら答える。あの奥に預けられた楽器があるのだろう。そしておそらく……。
ラヴィはそこへ足を踏み出す。
だが、ちょうどそこで係員らしき男が声をかけてきた。
「失礼ですが、どちら様でしょうか? ここから先は関係者以外立ち入りとなっています。貴重な楽器が保管されてありますので……」
「……それが――」
ラヴィが悩みながら事情を説明しようとするが、そこへオリビエが二人の間に割って入ってきた。
「いやすまない。実は知り合いの楽器が怪盗Bと名乗る者に盗まれたんだが、僕達の予想ではここに置かれてあると思ったんだ……違うかい、《怪盗B》!」
「えっ――怪盗Bって、この人が?」
「まじで言ってんのか?」
オリビエが最後に放った一言に、イセリアとマーティンは戸惑いながら問いをぶつけ、ラヴィとタリオンも目を見張りながら驚いていた。
そんな中、怪盗Bと呼ばれた係員は肩を震わせる。
いきなり怪盗Bなどと呼ばれ、怒っているのかと思いきや……
「ふっ……フフフ…………ハーハッハッハ! さすがは我が“好敵手”。よくぞ見抜いた!」
笑い声をあげたかと思うと、係員はどこからともなく取り出した白いマントを羽織り、目元を仮面で隠した白衣の紳士に姿を変える。
「あなたが――怪盗B」
思わず彼の名を呼んだラヴィに、怪盗Bは一礼し……。
「お初にお目にかかる、“異国からの旅人”達、そしてラヴィアン・ウィンスレット嬢……といっても、私の方は君達の姿を何度か見かけているがね。トラムで君達を見つけ、その次はフィオナ嬢の近所に住む男に変装して、彼女とともに君達に会っていたのだよ」
「――あの人が?」
「怪盗本人が盗品を取り戻すように頼んできたというんですか?」
戸惑いを隠せないイセリアとタリオンに、怪盗Bはうなずきを返す。
「その通り。我が手中に落ちた“美”を取り戻そうと足掻く君達の姿もまた、私が求める“美”に他ならない……それに、できれば我が好敵手にも約半年ぶりの挨拶がしたかったのでね」
「……」
そこで怪盗Bはオリビエに顔を向ける。その一方、オリビエは堅い顔で怪盗Bを見据えていた。
その理由が分かっているかのように怪盗Bは「フッ」と寂しげに肩をすくめ、ラヴィ達に顔を戻す。
「ここまで来たことは素直に称賛しよう……だが、君達は私がこの街の各所に置いてきた“鍵”を集めていないようだが、どうしてここがわかった? この場所につながるヒントは、最後の“鍵”にしか書かれていないはずだが……」
「別に……楽器を隠すなら、他の楽器が置いてある場所に隠しそうだって思っただけ。だから二枚目の
ラヴィの指摘に、怪盗Bは納得するようにあごに手を当てる。
「ふむ……確かにいつもに比べて手心を加えてしまった感は否めない。もっとも、母君の死去以来、一度も公の場で奏でられる事がなかったあの鳴り物も、私が解放すべき“美”であるのも確かだったがね」
「何を勝手なことを――とにかく、ここで捕まえて今まで盗んだ盗品を返してもらいます!」
そう言って怪盗Bに向かってタリオンが飛びかかるが、怪盗のまわりに赤い花びらが舞うと同時に、彼の姿が掻き消える。
その直後――
「残念だがそれはできない相談だ。あれらはすでに私の手を離れ、新たな舞台で“美”としての輝きを放っているだろう」
あらぬ方から怪盗Bの声が響いて、ラヴィ達はそちらに体を向ける。見れば、怪盗Bは三階ほどの高さの窓の間に立っていた。
「だが、私の居場所を探り当てた事に敬意を表し、約束通りクレイグ家の鳴り物はお返ししよう。好敵手の推理通り奥の保管室にあるから、フィオナ嬢の元へ送り届けてあげてくれ。――それと我が好敵手、これを受け取りたまえ」
そう言って怪盗Bはオリビエに向かって何かを投げつける。
ラヴィ達は一瞬身構えるが、それは何事も起こさずふわりとオリビエの前に落ちた。
「黄色い花……?」
つぶやくイセリアの隣でオリビエは花を拾う。
彼に笑みを向けてから怪盗Bは言った。
「弟君への見舞いだ。“以前”のお詫びにならないと思うが、君から渡しておいてくれ――では私はそろそろ失礼させてもらおう」
「――逃がさない!」
怪盗のまわりに竜巻のような風が舞うのを見て、ラヴィは銃を構える。しかし怪盗Bは臆する様子をなく――
「そう急くことはない。諸君とはそう遠くないうちに、君らの祖国にて再び相見える事になるだろう。それまでこの国を回って見聞を広めておくがいい――それでは、さらばだ!」
「――!」
「待てラヴィ! ここで撃つのはまずい!!」
さらばと言った瞬間にラヴィは銃を撃とうとするが、マティに腕を掴まれる。
その間に怪盗Bは高らかな笑い声を残しながらこの場から掻き消えた。
「……な、なんだったのあいつ?」
「さ、さあ……少なくともただの泥棒ではないみたいですね」
怪盗Bがいた場所を見上げながらそんな言葉を口にするイセリアとタリオン。そんな彼らの横でオリビエは怪盗が残した花を眺めていた。
(ゲインブルーメ、『回復を祈る』か……確かに受け取った。今夜にでもセドリックに渡しておこう)
そう思いながらオリビエはゲインブルーメからカードを剥がし、コートのポケットにしまった。
◆
それからしばらくして、ラヴィ達はヴァイオリンを手にアルト地区に戻り……。
「ありがとうございます皆さん。母のヴァイオリンを見つけていただいて」
「いや、そんな大げさにしないでくださいよ。俺達は帝都を回るついでにヴァイオリンを見つけただけなんだから」
「うん。私達も個人的な理由で怪盗Bを捕まえたかっただけだし、感謝されるほどの事じゃない」
頭を深く下げるフィオナにマーティンは両手を振りながら、ラヴィは何でもないように答える。イセリアとタリオンも笑みとうなずきを返していた。
「いえ、それでも皆さんのおかげで母の形見が戻ってきたのに変わりありません。本当にありがとうございます。……ところであなたは……まさかと思いますけど……」
そこでフィオナはラヴィ達の横に顔を向ける。その視線の先には……。
「ふっ、初めましてお嬢さん。僕はオリビエ・レンハイム。各地を回っている演奏家で、偶然出会った彼らと怪盗Bに興味を持って同行させてもらっていたのさ。――ちなみに帝都の行事なんかで“僕のそっくりさん”を見たことがあるかもしれないが、あくまで彼とは別人さ。そこのところよく理解しておくように♪」
「は、はあ……そうさせてもらいます」
ウインクしながら釘をさすオリビエに、フィオナは冷や汗を浮かべながら同意を示す。
そこでオリビエは表情を引き締めてから、言葉を続けた。
「ただ、同じ演奏家として言わせてもらうが、怪盗Bはそのヴァイオリンが弾かれずにずっと戸棚にしまわれているのを嘆いているようだった。たまには棚から出して、家族や近所の人たちの前で弾いてみてもいいんじゃないかな。その方が
「…………そう、かもしれませんね。ちょうど夏至祭も近いし、そこで行われる演奏会で弾いてみようと思います」
フィオナの返事にオリビエは満足げな笑みとうなずきを返す。そんな彼にマーティンは訝しげな目を向けていた。
(“弟君”に“帝都で見かけるそっくりさん”ね……まさかと思っていたが、やはりこいつ……)
「――ところでオリビエ、フィオナさん、帝国の……《灰色の騎士》って知ってる?」
「えっ――?」
「ほう……」
ラヴィからの突然の問いにフィオナは目を見開き、オリビエは声を漏らす。
そんな二人にラヴィは問いを続ける。
「半年前まで帝国で起こってた内戦を終わらせた英雄って聞いてるんだけど、二人は知らない? 名前とか年とか、あるいは性別だけでも――」
「「…………」」
彼女の問いに、二人は顔を見合わせ、困ったように、もしくは推し測るように沈黙を続けた。
(《灰色の騎士》って、エリオットのクラスメイトだった“あの子”の事よね……でも今のところ、“あの子”の事は内戦を終わらせたという事と《灰色の騎士》という名前ぐらいしか公表されてないし……勝手に話しちゃまずいわよね。でも母さんのヴァイオリンを見つけてくれた恩もあるし……)
フィオナは悩ましげに頬に手を当てる。
その時、彼女とともに問いをかけられたオリビエが口を開いた。
「すまないが《灰色の騎士》に関しては公開されている事が少なくてね、僕も多分フィオナ君も知っていることはほとんどないんだ……ただ」
「ただ……?」
繰り返すラヴィに、オリビエは記憶を掘り起こすように顎に手を当てながら言った。
「帝都から東……『ケルディック』という町に続く街道で魔獣が現れたらしくてね。政府の要請でその魔獣の対処に向かったという話を聞いた気がするな」
「――ケルディック!?」
ケルディックという名前にラヴィは驚きに目を見張る。確か、オルディスのピエロたちが見せていた紙芝居の舞台だった町だ。内戦中に悪い領主に焼き払われたという……。
「……ケルディックか。まさかそこに行く羽目になるとは」
マーティンは不機嫌そうに小さく吐き捨てる。
ちょうどそこへ――
「――そ、そうなの。教えてくれてありがとう。そっちに行く機会があったら探してみるわ! さっ、もう遅いし、私達は宿へ向かうわよ!」
「そ、そうですね。そうしましょうラヴィ。マーティさんも」
「あ――ああ、そうだな」
誤魔化すようにイセリアとタリオンが割って入り、ラヴィの腕を引っ張る。
そうしてフィオナとオリビエに別れを告げてトラムに乗り、四人はアルト地区から去っていった。
「それでオリ……ビエさん。あなたの方はいいんですか? そろそろ戻らないと大変なんじゃあ……」
「う~ん。いつもなら親友が迎えに来る頃なんだが、彼がいた頃のようにはいかないらしい」
その話を聞いてフィオナはおおよその事情を察する。
フィオナは、父親の部下にあたるナイトハルトという士官と親しくしているのだが、その士官の同僚に“ある皇子”の護衛を務めている人物がおり、ナイトハルトを通して彼の苦労話を聞いた事があるからだ。
「その人は今はどちらに?」
「うむ、それがノルド高原の方に行かされたみたいなんだ。僕の手綱を握れる人間がそういるものでもないし、こればかりは采配ミスとしか思えないんだが――」
「――あっ、いたぞ!」
ふと向こうから男の声が届き、オリビエとフィオナはそちらに顔を向ける。そこではスーツを着た男達がこちらを指さしてあれこれ言い合っているところだった。
「……さすがに数時間あれば、彼らでも僕の居場所を掴むことぐらいはできるらしい。名残惜しいが今日はこれでお別れだ。今日の事はくれぐれも内緒に頼むよ……僕の事もだが、できればあの四人の事もね」
「…………はい。そうしておきます」
フィオナの返事を聞くや、オリビエは逃げるように彼女の元を立ち去る。それを見て男達が彼の後を追いかけて行った。
そうして、帝都ヘイムダルでのラヴィ達の活動は終わりを告げた。
ここからはTVアニメ版の5話に続く設定です。アニメではこの後ルーレ、ユミル、レグラムの順に行って、その後ケルディックに向かう流れなのですが、位置的にだいぶ無理がありますので。
それと勝手ながら当小説は当分休止とさせていただきます。申し訳ありません。
この先は原作沿いになって話を作るのが難しくなってきたのと、お気に入り・アクセスの数がまったく伸びず書いてて空しくなってきたので。リリなのの「愚王シリーズ」も早く進めたいし、当分はそちらに専念します。ご容赦ください。
私の方からはここまでです。それではまた今作を再開する時がありましたらよろしくお願いします。
ご愛読ありがとうございました!