白石杏と純愛してェ〜!という意志から生まれてしまった怪文書 作:村岡32bit
きっかけは、ほんの気まぐれだった。
学校の帰り道、いつもだったら真っ直ぐ家に帰るけど、なぜだかその日は、無性に寄り道がしたい気分だった。ほんと、なんでだろうね。
―――まぁそれがすべての始まりになったわけだから……言うなれば、運命……ってやつ、なのかな。
……あ、カッコつけてんじゃねぇよって?はい、すんません。僕みたいな童貞野郎が運命なんか語っちゃって気持ち悪いですよね!ごめんなさい!
宛もなくただフラフラとシブヤの街を彷徨い、気付かぬうちに、いつの間にか裏通りに入り込んでいて、そこでも特に何をするでもなく、それでも足は止めずにただ道を歩き続けた。
十分くらい歩いたところで、ふと、一つの建物が目に入った。
同じような建築物が建て並ぶなか、それだけがやけに僕の目を引いた。他のものと変わったところなんてなにもないのに、妙な存在感を放っていた。
そこでは、どうやらカフェバーをやっているらしい。レンガ作りの外壁にもたれ掛かる看板には、明るい時間帯はカフェ、夜になるとバーになる、的なことが書かれていた。
『WEEKEND GARAGE』それがカフェバーの名前だった。
僕は、何の戸惑もなく入り口の扉を押した。
初めてのお店に入る時って、変に緊張しない?するよね。こう、なんていうの?……なんていうんだろう。言葉にしようとすると難しいな。まぁとにかく、初めての場所だとちょっと入るのためらったりしちゃうよねってこと。
でもなんでか、今回はそれが全く無かったんだ。
その時の僕にあったのは多分、期待の念だけ。
よくわからないけど、凄く、ワクワクしたんだ。
◆
「おお……」
思わず、感嘆の声を漏らした。
扉を開いた先に広がっていた空間は、一言で言い表すなら、洒落ていた。
ブラウン系で統一された落ち着いた色調の店内。どこかクラシカルな雰囲気を感じさせられた。
その景色を見た当時の僕は、うわ、なんか、ハリウッド映画に出てきてそう、というクソ浅い感想しか抱けなかった。まぁ、僕まだ中学生だし、アホだし馬鹿だし、しょうがないね。は!?僕はアホじゃないんですけど!?
……それで、僕は目の前にカウンター席があったからさしあたってはそこに座ってみたんだけど、それから間もなくして、カウンターの奥から店員さんと思しき少女が出てきたんだ。
「いらっしゃいませー!」
元気でハツラツとした声量と表情で僕を迎えてくれた少女。耳たぶには星型のピアスがぶら下がっていて、それを見た僕は彼女に何か引っ掛かりのような……そう、既視感を覚えた。
はて、僕は彼女とどこかであったことがあるのだろうか。
じっと少女を凝視してみると、そんな疑問は、数秒もしないうちに半ば確信に近いなにかに変わった。
「……白石さん?」
「えっ、はい。私は白石ですけど……あ!もしかして……もしかして……えーっと……」
「……緑間」
「あー!そうそう緑間くん!おんなじクラスだよね?」
「うん。緑間 晋太郎。いやはや、喋ったことがほぼないとは言え、同級生に名前を覚えられていないのは結構堪えるね」
「う、ごめん……」
少女の名を、白石杏という。
会話にも出てきた通り僕と彼女は、同じ中学に通っていて同じ学年の同じクラスに所属しているのだ。
クラス替えをしてから結構経っているというのに、名字すら覚えられていないっていうのはちょっと、いやだいぶ悲しかった。
しかし、それも当然のことだと言われればそうだと頷く他ない。だって、白石さんと僕では住む世界が違う。
僕と白石さんは、端的に言えば、陰と陽だ。もちろん僕が陰で白石さんが陽。
明るくてフレンドリーで、学校では、クラスのおひさまのような存在の白石さん。
彼女と比べれば、僕は何だ?まぁ、良くてオケラ、若しくはタガメ辺りだろう。僕をなにかに例えるなら、虫けらがお似合いあいだ。
そんな感じだから、僕と白石さんの間には、全くと言っていいほど交流がない。
でも、白石さんは陰キャ陽キャの区別とかはしないタイプだと思う。
実際白石さんがクラスの端っこで本読んでるような人とも仲良く話してるところをしょっちゅう見かけるし。
きっと僕だって、関わりを持とうとすれば仲良くしてくれただろう。
じゃあなぜ白石さんに関わろうとしなかったのか、答えは簡単。
白石さんが陰キャ陽キャを気にしなくても、僕が気にするからだ。
陰キャラの僕が白石さんと友達だなんておこがましいにもほどがある、とまで行かないけど、確実に白石さんと僕の間には線引があった。僕が勝手に作っただけなんだけど。
つまり僕は勝手に自分から距離作って勝手に傷ついてるってわけ。笑っちゃうよね。きっしょいなぁ。
「あぁいや、なに、別に謝ることなんてないよ。普段話さないやつの名前覚えてる人なんて、まぁ居ないし。そんなことよりさ、白石さん、こんなところで働いてたんだね」
「あー、うん。実はここ、お父さんのお店なんだ」
「へぇ、じゃあ看板娘ってこと?」
「一応そうなるかな?」
言っておくと、白石さんは滅茶苦茶可愛い。これマジ。どっかのアイドルグループに居ても全然違和感ない。それどころか多分そのグループのセンター張れるくらいには容姿が整っている。
そんな白石さんが看板娘の喫茶店なんて……そりゃあもう大繁盛間違いなしだろう。千客万来よ。
「こんな可愛い子が看板娘のカフェがこんな近くにあったとは……新発見」
「!? か、かわっ!?」
「え?あっ……」
口から漏れてたね。はい、クソクソ。うんち。糞。
絶対引かれたでしょこんなん。僕が白石さんだったらドン引きしてるもん。なんだコイツきもちわり、って。
「も、もーやだなー緑間くんったら。褒めたって何も出ないよ!」
「え?……あー、あはは。ごめんごめん」
思いの外好感触な反応は帰ってきて、思わず呆けてしまった。
どうやら白石さんには、僕みたいなのに褒められてもそれを素直に喜ぶことができる性根の良さがあったみたいだ。
僕とは大違いだ。
「っと……注文いいかな?」
「もちろん!何にする?」
はいこれ、と白石さんにメニュー渡された。二つ折りになってるタイプのメニュー表だ。
開いて中を確認すると、ズラリと並ぶ横文字の数々。結構な品揃えだ。
うーむ……これは悩みますなぁ。
「んー……えーと……じゃあ、キリマンジャロコーヒー。ブラックで」
「キリマンジャロのブラックね。オッケー。じゃ、ちょっと待ってて!」
そう言うと、白石さんはカウンターの奥にある、厨房の中へと姿を消した。
さて、待つか。
◆
「ん……?この声……」
『───♪──♪』
コーヒーを淹れてくれている白石さんを待つ最中、厨房の方から歌声が聴こえてきた。恐らく白石さんだ。
ボリュームは控えめで、口ずさむっていう表現がぴったりだと思う。
キレイな歌声だ、とつい聴き惚れてしまった。
小さな声のはずなのに、よく芯が通っていて力強さを感じさせられる。不思議な感覚だ。
カウンターに頬杖を突きながら、何も考えられないくらい、彼女の歌声にただ、耳を盗まれる。
……マジで歌うまい。プロでも全然通用するんじゃないかな?
すると突然、ピタリと歌声が止んだ。
そして、それからしばらくもしないうちに、白石さんマグカップを乗せた皿を片手に厨房から出て来た。
「はーいお待たせー。キリマンジャロコーヒーの、ブラックだよ!」
「ありがとう、白石さん」
「どーいたしましてっ」
それでは早速いただきます……
……ん、これは
「白石さん、コーヒー淹れるの上手だね」
「ホント?嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「流石看板娘。略してさすかん」
「アハハ、なにそれ!」
「陰キャ御用達の褒め言葉だよ」
「へぇ〜……って、いやいや、緑間くんは陰キャじゃないでしょ」
「陰キャだよ。なんなら僕は、この陰キャという名の称号に誇りを持っている」
陰キャはプライドが高い。これマジ。
事実僕も自分なりの矜持を持っていたりする。
例えば、目玉焼きにソースかけるやつとは絶対仲良くしない……とか、チキンライスにグリーンピース入れてくるやつとは絶対喋らない……とか。しょうもないことだと思うかもしれないだけど、僕からしてみればとても重要なことだ。
「えぇ……。ていうかそもそもの話、私、陰キャラ陽キャラとか区別するのあんま好きじゃないんだよね〜。面倒くさくない?そういうの」
「あ、そうなの?じゃ、この話終わり。ごめん白石さん。僕の陰キャ自慢なんて聞かせちゃって。いい気分じゃなかったよね」
「ん〜まぁ、正直、ちょっとね」
白石さんのその言葉を聞いて、僕は、ほう、と心の中で感心した。
今の白石さんみたいに、素直に自分の気持ちを伝えることって、実は結構難しいことだ。
僕だったら、絶対にうまいことはぐらかそうとする自信がある。
「なんか、出会った日にこんなこと言うのは変かも……というか変だけど、僕、白石さんのそういうところ好きだ」
「えっ」
「サッパリしてるって言えばいいのかな。思ったことを、正直に言えるところとか、凄い尊敬するよ」
「……そ、そっか」
それだけ言うと、白石さんは、ぷいとそっぽを向いてしまった。
……なんで?
「……」
「……」
僕と彼女の間に、しばしの沈黙が訪れる。
相手が喋らないと自分も喋れなくなるんだよ陰キャは。
急に黙りこくられて、僕はもう何がなんだか。さっきまで和気あいあいと話せていたはずなのに。
……うーむ、女の子って難しい。
気まずい雰囲気を誤魔化すように、まだまだ残っているコーヒーを一口啜って、ホッと息をつく。
とにかく、このよくわからない空気感をどうにかしたい。
白石さんの方から話を振ってくれれば僕がそれに便乗する形でいけるだろうけど、今の状況じゃ無理だろうなぁ……
かくなるうえは、緊張するけど、僕の方からなにか話題を持ち出すか……?
いや、そうするにしても僕には手持ちのトッピクスなんてないぞ。
……あ、一個だけある。
一筋の光明を見た。この話題なら上手いことこの微妙な感じを解消できるかもしれない。
じゃあ、話しかけるぞ。
「……」
「……」
……やっぱり3カウントしてからにしよう。
準備は念入りに、こういうのは助走が大事なんだ(?)
……よし。
さん
にー
いち
今だ!
「「あっ、あの!」」
うわー!被ったー!めっちゃキレイに、ハモったー!
今だ!って言って、被ったー!
「ご、ごめん。先にどうぞ」
「い、いやいいよ!そっちが先に言って!」
「あ、うん」
被ったせいでもっと微妙な空気になったー!
本末転倒だよ!こんなん。と、取り敢えず喋らなきゃ……
「白石さんさ、さっきコーヒー淹れてくれてた時、歌ってたよね?」
「え?あれ聞こえてたの?」
「やっぱり白石さんの声だったんだ。ばっちり聴いてたよ。凄くキレイな歌声だった。白石さん歌むっちゃ上手いね」
「へへ、私、歌に関しては結構自信あるんだ!私のお父さんが元々シンガーをやってたんだけど、この辺りではすっごい人気だったんだよ!ファンもいっぱい居て、最後に出たイベントなんか、今じゃ伝説って呼ばれるようになったの!凄いでしょ! で、それでね!私もいつかはお父さんみたいに、ステージの上に立って、私の歌を聞いた皆が感動するくらいのパフォーマンスをできるようになりたいの!ううん、絶対なる!目指せ伝説超え!……って、ごめん。色々一気に喋りすぎたかも」
「……白石さんは、歌が好きなんだね」
「うん!大好きだよ!」
熱量がヤバかった。
も僕が白石さんさんの歌声を褒めた瞬間からもう目の色変わってたもん。眩しすぎて目眩がするくらいキラッキラしてたよ。夢を見ている人の瞳だった。
ホント、眩しいなぁ。
「……でも、このことを他の人に話すと、皆、伝説を越えるなんて無謀だって、無理だって言うんだ。そんなのやってみないとわかんないのにさ……」
白石さんの表情が曇る。
自分の持つ夢を誰かに否定されるのは、辛い。これは僕の経験上、確信を持ってそう言える。
右手に持ったマグカップを小さな円を描くように揺らす。
もう残り少ないコーヒーがコップの形状に沿って波打つ。僕はそれを眺めたまま、視線を変えずに口を開いた。
「僕にはその、伝説越えっていう目標がどれだけ凄いのかが分からないから、君にならきっと出来る、なんて無責任なことは言えない。でも、白石さんのその夢、応援はするよ。こんな出会ってすぐの奴に応援されても別に……って感じかもしんないけどね」
コーヒーを少し口に含んで、一呼吸置く。
それから、顔はまだ上げずにまた言葉を紡ぐ。
これは母さんからの受け売りだ。
「……自分のやりたいこと、叶えたいことを、大して自分のことを知りもしない人間に無理だと一蹴されて、ダメ出しされて、馬鹿にされて、でも、それでも折れずに前を向いて、目標に手を伸ばして走り続ける。そうすればいつか、夢をその手の内に掴み取れる。でも、それはそう簡単にできるものじゃない。だから実際に夢を叶えられた人も少ないんだ。母さんはそう言ってた。僕からしてみりゃ何いってんだこいつって感じだけど、母さんのこの言葉が本当なら、白石さんの夢だってきっと叶うはずだ」
そう言い切って、白石さんの方を見る。彼女は下を向いていた。
凄い恥ずかしいことを言っている自覚はある。だって今僕はすごく恥ずかしいのだから。
……ま、これが白石さんへの励ましになっているのならば、多少の羞耻も許容できるよね。
「……ありがとう」
僕にぎりぎり聞こえるくらいの声で、ポツリと呟いた白石さんの表情は俯いていて伺えないが、鈍感な僕でも分かる。彼女は多分、喜んでくれている。だって、今の白石さんの声の色が、そういう声色だったから。
「どういたしまして。……と、ごちそうさまでした。会計お願いできる?」
気付けば、コーヒーは空っぽになっていた。
席を立ち上がり、財布を取り出す。
「あ、うん。分かった。お会計ね」
レジが置いてあるカウンターで代金を支払う。お値段は……まぁうん。さらば野口。
会計が済んだので、店を出ようと白石さんに背を向けて歩き出す。
扉を開いて、外へ足を一歩踏み出したところで、思い留まる。
最後に一つだけ、言いたいこと、いや、聞きたいことがある。
「また来るね。……ていうか、来てもいい?」
これで二度と来んなとか言われたらもう泣くけど。まぁその時はその時だ。
すると白石さんは、とても嬉しそうな顔をした。なお、当社比です。
「もちろん!」
花が咲いたような満面の笑みでそう答えた白石さんを見て、僕は思った。
かわいい。もう、絶対また来る。
と。
◆
翌日、朝のHR前の学校の教室、僕が席についてボーっとしていると。後ろから声をかけられた。
「晋太郎ー!おはよっ!」
名前呼びだと!?陽キャだよやっぱりこの人……
「おはよう、白石さん」
そういえば、白石さんは僕と同じクラスだった。
「昨日は色々とありがとね!」
なんか感謝されるようなことしたっけ。と、心当たりのない謝意に内心首を傾げながらも、取り敢えず返事はする。
「どういたしまして」
「えへへっ……あ!それでさ―――」
楽しそうに話し始める白石さんを尻目に、僕は全く違うことに意識が向いていた。
痛い。すごく痛い。
何が痛いかって?
クラスメイトの視線だよ。主に男子。眼力で殺されそうなんだけど。
次回更新日は〜……なんと〜……
未定です!(ドン!)
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