インフィニット・ストライプス 増刊号 白い雪の肖像 作:槌谷ヒトシ
五反田食堂さま。
オルコット別邸勤務のブランケット女史。
デュノア・アヴィアシオン パリ本社さま。
倉持技研第二研究所さま。
ドイツから来たお姉さまがた。
アメリカで見かけたお姉さまがた。
篠ノ之神社にお住いの方。
IS学園の皆さま。
織斑一夏さま。
皆さまとの楽しい談話をこうして本書にしたため、世に発表する事ができた事に心から感謝しております。
そのうえで事後報告という形でお詫びしなければならない点もいくつかございますが、それについては本書文中にて別記させていただく事とします。
カミカゼ文庫出版 インフィニット・ストライプス編集部所属
緑が多い中で舗装された道路を進んでいると、その店はあった。
五反田食堂。
本書の主題として飲食店の紹介を目的とした内容ではないのだが、“彼”の事を知っていると話す人物がこの店に居るのだという。
その話を聞いた私は彼に取材の協力を願う連絡をとると、電話口で朗らかに快諾してくれた。
なのでこの日は彼も取材にやってくる私を店内で出迎えてくれた。
ここからは取材に応じてくれた人物、
◈
─まず、自己紹介からお願いします。
五反田弾(以下、敬称略)「いやいや、他人ん家にいきなり押しかけてきといて言う事がそれかアホ」
※最終的に取材と本書への記録の承諾は得られました。
弾「まあしょうがねえなあ…五反田弾だ。ここ五反田食堂で爺ちゃんの手伝いして働いてる」
─奥にいらっしゃるのは?
弾「取材内容が変わったのか? それともアンタにはあの人が一夏に見えんのか」
─失礼しました。では改めまして彼…貴方の目耳を通じて知っている、
弾「知ってるも何も、俺じゃなくても他に取材を引き受けてくれそうな奴らがいっぱい居るほどの有名人だろ。今も昔もアイツは」
─ですから、彼を古くからご存知だという貴方の口から、彼の話を聞かせてほしいのです。
弾「…もっと古くから知り合いだった奴が友達にいるぞ」
─そこをなんとか。
弾「その友達から聞いたって話なら、俺も心当たりがあるな。話すのはそこからでいいか?」
─ありがとうございます。
弾「まずアイツ…中国から来て初めて入った小学校がものすごい治安の悪さだったって、前にウチで呑んでた時も半分酔った顔でがなってたな」
─彼は中国出身だったんですか? 初耳ですが。
弾「アイツが言うにはその頃の日本人は目元を見た後に足元を見始める下品なとこがあるっつってな。近くの雑木林に生えてるような笹の葉を見るたんび、その時に自分がされた事を思い出してたみたいだった」
─いわれのない…イジメみたいな目に遭われていたんですね。
弾「そういう事が起こるたんびに、めっぽうケンカの強い鬼みてえなガキが割って入ってきたらしくてな。子どものケンカだってのに四、五人相手になっても誰も適わなかったってのが地元のウワサだ」
─へえ…ん?
弾「その鬼みたいな方が一夏、な」
─…。
弾「…」
─ああ! お友達から聞いたお話なんですね。
弾「アンタ、話聞いてたか?」
─失礼しました。では織斑一夏さんは、昔からケンカが強かった…と。
弾「強いとか弱いとかじゃない。手がつけられなかったって話だ」
─…というと?
弾「アイツらが通ってたとこはいわゆるコトナカレ主義ってヤツをモットーにしてたらしい。金持ってるとこの坊ちゃんも何人か通ってたらしいからな」
─ああ、織斑一夏さんのお宅は裕福だったと。
弾「ぶっとばされた方がだ。金とか地位とかだけで人さまに向ける顔を付け替えるような親に育てられた家庭が、俺にも心当たりがあるぐらいにあの頃は多かったからな」
─となると…。
弾「まあ、そういう奴らのブクブク膨れた顔を十倍ぐらいに腫らすほど暴れてたって話らしいが、世話焼きか血の気が多かったか…その所為で敵も多かったって話だ」
─その頃の織斑一夏さんのお気持ちも共感しますが、それにしても…。
弾「まあ、正直それがマジだったかは憶えてる方の顔してる一夏からはまるで想像できねえんだけどな。あの優男が悪ガキ相手に取っ組み合ってたなんて聞くと…」
─そういった暴力的な印象は、五反田さんがお会いした頃にはなくなっていたと?
弾「アイツや一夏と会ったのは俺らが中坊の頃だったからな。アイツの話によれば、途中から途端に鳴りを潜めたんだってさ」
─へえ…。
弾「それとアンタ、この話聞いて変な記事書くなよ? 前にアイツについて熱愛報道みたいなもん書いた記者が翌朝湾内で…」
─それでっ、そのお友達と一夏さんとの交流はどれぐらい続いたんですか?
弾「さあな。俺が覚えてる範囲でアイツは中学最後の年に引っ越しちまってな。俺と一夏とはその年の受験まで一緒で…その後は別のに聞いてくれ」
─わかりました。では話を戻させていただきますと、そうした外国人への心ない暴力を文字通り鉄拳制裁していったのであれば、織斑一夏さんも生活が大変だったのでは?
弾「アンタモグリだな。アイツの事を聞くってんなら、そのバックに同じぐらい有名なビッグ・ネームが居ただろ」
─ブリュンヒルデ、ですか。
弾「
─たしかに、未だ世界最強の名をほしいままにするブリュンヒルデが弟さんの暴力行為で謝罪しなければならないというのは、社会的には避けたいところですよね。
弾「…アンタ、家族は居るのか?」
─はい?
弾「これはアイツが話してくれた話なんだが、一夏が物心つく頃には親ってものを見た事がなかったらしい」
─…えっと?
弾「そこそこ広い家の中で、ドア開けて帰ってくるのは一夏と千冬さんだけだった。五歳の頃からずっとだ。…わかるだろ?」
─ああ。はい。
弾「そんな唯一の肉親ってやつに負担をかけ続けてきたのを、一夏は心底悔やんでてな。色々バイトやって自活しようとしてたり…まあ減るもんは減る一方だったらしいけどな」
─やはり、経済的に困窮していた?
弾「食い扶持を探すようなテクは色々磨いてたらしい。ウチもその的だったかも。そんでアイツの家も一夏に飯を食わせてやってたって話だが一夏のやつ、
─リン…お友達の名前ですね?
弾「あーくっそ! しんみり懐かしんじまうとこうだ! 頼むから実名出しちまったのはオフで頼むぞ。アイツもアイツで有名人だから」
─はい、約束します。
※約束は破ってしまいましたが、とりあえずここからは彼が意識的に伏せた辺りを彼女─
弾「鈴の家は中華料理の店やっててな。向こうからずっとなのかここ来て開いたか…どっちにしてもしばらく一夏はそこの厄介になってたらしい」
─まさか無償…ですか?
弾「今どき珍しいだろ。って言ってももう何年も前の事になるが」
─…その頃からだったのか。
弾「なに?」
─いえ。しかし業務上の云々は抜きにして、聞く限りでは一度や二度という感じではなさそうですが…ああ、いえ。
弾「いいよ。正直一夏絡みである事ない事書かれるよりは、中国代表操縦者の過去話って暴露本の共犯者ってのが、まだ始末がいい。話すよ」
─は、はあ。
弾「タダ飯貰って食費浮かせてたのは確かだが、少なくとも鈴の方は引っ越すまでに家計が火の車になったって話はしなかったし、引越し自体の理由も別問題だったからな。金回りについてはその後の事も織り込みで蓄えてたんじゃないかな」
─その後とは?
弾「中学のどの辺りからだったのか、それともそれ以前からだったのか。俺は医者じゃないし病気に詳しいわけでもないから転移だとかってのはわからないんだが、どうも鈴の親父さんは俺が合流した時点で患っちまっててな」
─ああ、つまり。
弾「ガン、だな。当時二人は知らなかったし、知ったのはついこないだみたいな頃でな。それでギリギリまでぶっとい腕でデカい鍋を振り回して子供たちに飯を振舞ってたんだが…」
─話に聞く、離婚ですね?
弾「ああ…親権と一緒に蓄えのほとんども二人に押しつけて、自分は一人どこかで隠棲していたらしい。どうやって見つけたのかは今もわからないが、一夏が探しだした頃には…もう長くなかったんだそうだ」
─…すみません。
弾「いや。鈴も泣くには泣いたらしいが、見送り自体は幸せな感じだったらしい。むしろ余命宣告された身で二、三年もしぶとく生きてて、そこから二ヶ月近く復縁生活を送ってた親父さんが凄いっていうか。きっとまた天国でも店開いてんじゃないかな」
─ええ、きっと。
弾「そのお別れができたのも一夏が繋いでくれたからって話だが…悪い、煙いのは嫌か?」
─構いません。お点けしましょうか?
弾「なんだ、アンタもお仲間か。サンキュ」
─以前から嫌煙ムードが色濃かった印象ですが、むしろ緩くなったように思えます。
弾「─どうだろうな。流石に人前で吸ってりゃ今でも白眼視されるだろ。俺自身、まさか自分がスーパッパの世話になるだなんて学生の頃じゃ思ってなかったし」
─スーパ…?
弾「ああ、すまん。一夏がそういう呼び方して嫌っててな。なんか古いテレビのコピーらしいんだが、実のところ俺も由来が何なのかは知らないんだ」
─織斑一夏さんの噂はいくつか私も耳にした事があったのですが、そうした古文学に明るかったというのも初めて聞きました。
弾「ん!? いや…まあいいか。えーと、どこまで話してたか」
─織斑一夏さんが凰鈴音女史のお父様とを。
弾「ああ、まあその話自体はそれでケリなんだが…そうだ!」
─?
弾「いや、ウチのカミさんと出会ったエピソードをだな。今にして思えば、ませたクソガキ特有の甘酸っぱさがあったなあって思い出してよ」
─あー…いえ、そういったお話はちょっと。
弾「そのカミさんと引き合わせてくれたのも一夏なんだが」
─聞きましょう。
弾「よし、ありゃ俺が高一の頃だな。あの頃のIS学園って言えば、世の男どもがチラッとでも中を見てみたいようなこの世のシャングリラみたいなとこだったろ?」
─というか、要塞みたいな扱いでしたよね。色んな国のISが集まって。
弾「まあ厳密にはその養成学校みたいなとこだな。スポーツ方面に発展した航空マルチフォーム・スーツ、インフィニット・ストラトス。縮めてISってのが専ら通ってたわけだが」
─今から思えば、空恐ろしい扱いをしていたように思いますが。
弾「言うな。色々世の中飢えてたのさ。美味いもん食いたい、綺麗なもん見たい、それ以外のつらいもんは綺麗さっぱり忘れたふりして、真面目に働こうってな」
─私にはとても想像のつかない、まるで外国のイメージですね。
弾「時代の移り変わりってのは、わりとそんなもんだろ? てか地味にそのISが出たのもほんの十五年前で、俺も当時五歳にしちゃ色んな物に感慨が湧いてた方だったが、今だと懐かしいって思えるほど世の中ひっくり返ってたんだなって思うよ」
─女性にしか操縦できないという事は、それだけ社会に影響を与えるほどの事だったのでしょうか?
弾「操縦できる女の方が偉いってアレか? さあ…世に広まる流行語ってやつがどこから生まれていつまで語られるかってのがいつもわからない事ばかりだが、少なくとも世の中は華やげる何かを欲しがってた」
─…。
弾「始まりにしたって世界中の軍隊で使ってたミサイルが、この東の端で細々とやってた島国に何百、何千と飛んできたからな。それだけでも衝撃的だってのに」
─白騎士、ですか。
弾「ああ。あんなのが空飛んで降ってくるミサイルを…斬ったり吹っ飛ばしたりって。荷物まとめてた家族みんなでエイプリルフールのフェイク・ムービーなんじゃないかって中継映像見てあんぐりだったな」
─たしか慣性制御航空システム、PICの基礎理論が一般社会に浸透していなかった頃ですね。
弾「浸透って…いや、そりゃ今じゃわからんよな。ほんの十五年前まで横に出っ張った平たい翼を人の入る筒にくっつけたものが空を飛ぶ最適な形だったって言われてもさ」
─反重力力翼推進エンジンもその骨子となる流動波干渉理論も、当時は机上の空論どころかフィクションにさえ使われにくい変わった固有名詞止まりだったとか。
弾「俺にとっちゃそりゃ今でも変わんねえよ。元から使ってた潤力アンコだとかナノマ…シンだとかも、よっぽど好きなヤツじゃなきゃ喉から出てくることがない意味不明な合言葉みたいなもんだ」
─重力アンカー?
弾「なんでもいいさ。いや…そうじゃない。なんで話が飛んじまったか」
─ああ、IS学園の。
弾「そう。なんでそんな当時男子禁制の現実のエデンみたいな場所を話題にしたかだ。ウチのカミさんだよ」
─アダムとイヴ。出会うはずのない二人を結んだ楽園ですか。
弾「そんな歯の浮くキザったらしいポエムがよく出てくるな。まあいい…そう、ホントなら俺みたいな普通の…当時男子高校生だった俺が足を踏み入れたら牢屋に引っ越さなきゃならないような場所にだ」
─織斑一夏さんが?
弾「そう! そんな話はじめて聞いたんだが学園の文化祭だかで誰か一人、外から知り合いを呼べるってんで俺を指名してくれたんだ!」
─ではそこで?
弾「ああ! そこで横になってる美人さんが、俺のカミさんだ」
─ああ、あの奥にいる。
弾「ああ、
─もしや奥さまの旧姓は、
弾「…その話はするな。いや悪い、とにかくだ。一夏は俺と虚さんをあの現存するハーレムで引き合わせてくれた、中学時代からのキューピットだったんだよ!」
─それは…おめでとうございます。
弾「はあ…懐かしいなあ。あの頃、俺は虚さんと会うまで自分に彼女が…いやさ未来のカミさんと出会うだなんて想像もつかなかった」
─それを…織斑一夏さんが?
弾「ああ。それも五年前、一夏にいきなりIS適性が見つかっただなんてニュースをテレビで見た日にゃ、先を越されたって何も起きてないうちから妬んだもんさ」
─当時ISが国家の威信をかけたスポーツ用品として認知されていた頃、彼の存在は非常にセンセーショナルなものだったでしょうね。
弾「はは、一夏以外じゃ女しかISを動かせないのは変わらねえだろ? まあ…誰か一人ぐらい第二の男みたいなもんが出ないかなって変な期待はしてた気もするけどな」
─たしか五年前、当時のフランスが自国の代表候補生を男装させてもう一人のISを操縦できる男性と偽っていた事件もありましたね。
弾「あー…そんな都市伝説も聞いたような気がするな。いや、当時も何もどこかがそんな無茶苦茶な理屈で結果を出そうもんなら、それこそ世界中自称x人目の男なんて奴らで溢れかえっちまうだろ」
─それもそうですね。いえ、織斑一夏さんの事を調べているうちに、そうした与太話も耳に入る事がありましたので。
弾「それだけあの頃の金持ちたちは、一夏みたいな珍しいものが欲しかったのさ。ムカつく事にな」
─今では恐れられているとも?
弾「言うな。アイツもそんな…ひとでなしみたいに呼ばれる事を望んだりしない」
─すみません。
弾「いや…俺も呑みすぎかな。声をあげたりしてすまん。あれから何年経っても、友達なんだ」
◈
それからひとしきりクダを巻きながら取材に応えてくれた五反田弾さんは、気づいた頃にはもうすっかり呂律が回らなくなるほどできあがってしまっていて、奥から身重の体を押して出てきた虚さんと共に介抱していると微睡み始めてしまった。
虚さんは子守唄でも歌うように当時の思い出を語らい、うわ言越しに現代の有様を呪う弾さんの言葉に根気強くうなづき返しているようだった。
うわ言が寝息に変わる間際に、五反田弾さんが絞り出すように呟いた言葉を私は忘れられず、ここに記そうと思う。
「一夏ぁ…お前どこ行っちまったんだよお…。早く帰ってこいよお…」
いなくなった友達を探す子供のように、今では英雄か怪物かの評価が二分されてしまった男の名を、大粒の涙で閉じた目を濡らし呼ぶ古い知己の姿を、私は目に焼き付けるしかなかった。
「記者さん、どうか今夜中に」
私が五反田さんを見つめていると、その隣から震えるような声で虚さんが私に催促してきた。
きっと五反田弾さんは、ずっとこの美しい女房を守り続けてきたのだろうが、起き上がる方が互いを
私に彼らの居場所を誰かに伝える意思はなかったが、その勇敢な佇まいに会釈してガラガラと磨りガラスの張った引き戸を開け店を出た。
奥まった台所の方から取材中にも向けられる鋭い視線を感じていたが、あれが彼の言う祖父だったのだろうか。
彼にも会釈しておきたかったが、それこそ無粋な侮辱だろう。
私はささやかな未練を捨て、朝にはまた何番目かの廃屋になっていそうなどこかのボロ屋を離れ、彼らが新たな五反田食堂でより長い平穏を過ごし、やがて生まれてくる新しい生命が笑顔で生きられる世界に根を下ろす事を祈りながら…
かつて同じ人だったとされる、頭上に広がる極彩色を作るように混ざった四六七もの