DESIRE ARCHIVES   作:ベロベロベ

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なんといつの間にかランキングに載っていました!

いやぁ、やっぱ嬉しいもんですねぇ。
これからもよろしくお願いします!


虚誕Ⅳ/結成、補習授業部

 

 

「………つまる所。エデン条約とは『憎み合うのはもうやめよう』という約束です」

 

連邦生徒会、生徒会長室。

硝子を貫通して室内に入り込む太陽光を背に浴びながら、アロナは告げた。

 

「トリニティとゲヘナの間には長きに渡って存在してきた敵対関係。それは最早底が抜け落ち、永久に積もっていくしかない憎悪。それらに終止符を打つためのもの」

 

より簡潔に言うならば、トリニティのゲヘナの平和条約。

生徒達が学び、遊び、笑い合うための場所である学園が大部分を占めるこの都市において、異例という言葉すら生温いその言葉を彼女は微笑み、言いきった。

 

トリニティ総合学園とゲヘナ学園。

数百年以上前から存在すると言われている両校は仲が悪いの一言では言い表しきれない程の確執を抱えている。

その中身はとうの昔に忘れ去られ、そして憎悪だけが硬く、太く固まっていた。

 

余りにも永い年月をかけて形成されたそれを綺麗に取り除き、新たな秩序を造り上げんとするもの。

 

連邦生徒会長が中心となって進めていたその条約の締結日が残り数週間という段階にまで迫ってきていた。

 

「実はトリニティの生徒会長の1人である桐藤ナギサさんから要望がありまして。エデン条約において万全を期すために、ゲヘナとトリニティに対して連邦から人員を送る事になりました」

 

確実に条約を締結するためにとしてトリニティ側が指名してきたのが、シャーレの先生だ。

良くも悪くも単純なゲヘナとは異なり、様々な要因によって非常に複雑な内部構造をしているトリニティにおいてはある程度以上の権限を持った存在が必要になる。

 

そしてそれに合致する者は先生のみ。

今は条約締結を間近に控えた重要な時期。例え暫く彼女がシャーレの部室を離れる事になったとしても、余計な禍根を避けるために行って欲しい、というのがアロナの要求であった。

 

「勿論行かせて貰うよ。出来ればゲヘナ側にも行っておきたいけど、それが生徒達にとって最善であるのならね」

 

彼女は頷く。

 

始まりはいつもと変わらぬ、穏やかな陽射しの下の出来事だった。

 

▪▪▪

 

「こんちには、先生。こうしてお会いするのは初めまして、ですね。

ティーパーティー、ホストの桐藤ナギサと申します」

 

気品を伴った所作でカップを置き、少女は微笑んで名を告げた。

 

トリニティ総合学園はキヴォトス屈指のお嬢様学校として知られ、他校と比べても上流階級に位置する生徒が多い。

先生もここに来るまでに何度か目にしたが、やはり1つ1つが美しく、品格が優れていると実感出来るものであった。

 

しかし、その誰もが桐藤ナギサには及ばない。そう断言出来る程には彼女は美しく、そして優雅である。

紅茶を飲む仕草や椅子に座る姿勢。どれもが超一級であり、それ故荘厳なオーラが醸し出されていると言っても過言ではない。

 

唯一気になる点をあげるとするならば、一向に手がカップから離れない事であろうか。しかしそれを差し引いても思わず見惚れる美しさ。

それが彼女という存在だった。

 

「そしてこちらは同じくティーパーティーのメンバー、聖園ミカさんです」

「へー、先生……」

「ミカさん、ご挨拶を」

 

どこか訝しむ様に先生を見つめるミカを、ナギサが窘める。

初対面である彼女の顔をジロジロと覗き込む様に見る事は明らかにマナーのなっていない行為であると、ミカとして自覚しているはずだというのに、それでも彼女はそれをやめない。

 

「ね、先生。私の顔知ってる?ついこの間会わなかった?」

「えっと……」

「ちょっとミカさん?」

 

先生は何かを言いたげに口を動かすが。それ以上の速さで言葉を発していく。

 

「ギターを持った猫は知ってる?白い狐は?飛び回る鳥さんは?」

「ミカさん」

 

彼女の質問は止まらない。先生の都合を無視し、捲し立てる様な質問の数々。

ティーパーティーとして、生徒会長としてお世辞にも褒められるものではないその態度に、ナギサの手が震えていく。

 

紅茶の波打ち具合に彼女に怒りがそのまま現れている様だった。

 

「後タヌキや狼もいたっけ?ねぇ先生、何か心当たりは…………」

「ミカさんッッッ!!」

 

ドン!と叩きつけられる音が響く。

どこか神聖さを覚えるこの空間に凡そ似つかわしくない鈍い音を奏でたのは、ナギサと拳と硬い大理石のテーブルだった。

かなり強く叩いたせいなのか、紅茶が勢いに任せて零れてしまっている。

 

「いい加減にしてください!!今から私が先生に説明しようとしている時に!訳のわからない質問を次から次へと喧しく!どうしても黙れないのでしたら、その小さな口に………………!

 

ロールケーキをぶちこみますよっ!?」

(ロールケーキ……?)

 

ナギサの荒れた大声がミカと先生の鼓膜を揺らす。

先程の気品に溢れた姿からは到底想像出来ない荒れっぷりに、思わずミカは口を閉じた。

 

そして恐る恐るナギサに目を向ける。

 

「ひえっ……、怖い怖い……」

 

軽口を叩くミカの声は震えている。

美人が怒ると怖いとは言うが、彼女はその典型であると先生は感じていた。

 

「……あら、私ったら何という言葉使いを……。

……失礼しました、先生……ミカさんも」

 

しかし脅し文句は非常に独特だ。やはりお金持ちのお嬢様はどこか感性がずれているのであろう。

まあキヴォトスに倫理的に真っ当な感性をしている者など生徒大人関係なくほとんどいないと言われればそれまでなのだが。

 

「……そろそろ本題に入りましょうか。私達が先生にお願いしたいのは簡単な事です」

「それ、ナギちゃんの基準でじゃない?」

 

余計な茶々を入れるミカを一睨みした後、彼女は語り始める。

その瞳はどこか試している様な鋭さを備えており、先生の表情に真剣さが増していく。

 

「ご存知の通り、私達には非常に重要な事項が控えています」

「エデン条約、だよね」

「はい」

 

アロナも言っていた事だが、前提としてトリニティとゲヘナの関係はすこぶる悪い。

両校が同じ場所に揃えば、どんなに穏やかな場所であろうと銃弾と皮肉と罵倒が飛び交う戦場に変わってしまうレベルで険悪だ。

それこそ、『平和条約』というある種物騒な言葉を用い、かつ連邦生徒会長というキヴォトスの正真正銘トップが間に立つ必要がある位なのだ。

 

そんな関係の学校同士が手を取り合う。これはキヴォトスの歴史の中でも類を見ない程の重大な事件であり、それ故全学校から注目を浴びている。

そんなビッグイベントを控えたトリニティ内で、1つの問題が発生しているのだと彼女は言う。

 

「実はね、こんな大事な時期なのにちょっとマズイ事になってる子達がいるんだよね……」

「ミカさん、その言い方は配慮に欠けますよ。

………………そうですね、こう呼称しましょうか。トリニティにおいて特に、『愛』が必要な生徒達と」

 

ナギサの発言にまた始まったかとミカは苦笑する。彼女はやたらと『愛』がどうたらという言い回しを好む傾向にある。

何かにつけて『愛』『愛』と嘯くその姿勢に、ミカは若干僻事していた。

 

「先生には『補習授業部』の顧問になって頂きたいのです」

 

ナギサの頼み事とは、本当に至極単純な事だった。

 

現在のトリニティは条約の締結に向けて大忙しである。しかしその大事な時期に、成績の振るわない生徒が何と4人も出てきてしまっている。

大した問題ではないのではないか。その様な意見も一部からはあがった様だが、今回は相手が相手だ。

ゲヘナの生徒会である万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)に弱みを見せる様な事があっては面倒を呼ぶ事になるのは間違いない。

それ故、どんな些細な事でも潰しておきたいというのが彼女達の思いであった。

 

しかしその他の事にも多くの人手と時間を割かなければならない現状、成績不良というだけではどうしても優先順位は落ちてしまうらしい。

そこで白羽の矢が立ったのがシャーレという訳であった。

 

「先生は多数の問題児の検挙や各学校における問題の解決といった大きな事から町の掃除や猫探しなどの小さな事まで、キヴォトスにおいて多数の貢献をしていらっしゃいます。であれば今回の件も引き受けてくださるかと思ったのですが……どうか、成績の振るわない彼らに救いの手を差し伸べては頂けないでしょうか?」

「勿論、私に出来る事であればよろこんで」

 

先生は笑顔で彼女達の依頼を引き受ける。その様子にナギサは安堵の表情を見せる。ミカもまた快活に礼を述べる。

 

「ふふ、断らないとは思っていましたが……。ありがとうございます先生。それではこちらが生徒達の名簿になります」

 

ナギサから手渡されたリストには癖の強そうな4名の生徒の顔写真と補習授業部入りする事となった理由が記されている。

先生は全員が愛が必要な厄介者であるとミカが言いかけ、ナギサに窘められている様子に苦笑しつつ目を通していく。

 

「……ん?」

 

その内の1人に先生の視線が吸い寄せられる。思い起こされるのは、ミレニアムの廃墟で遭遇した壮絶な戦い。

 

「……白い狐、か」

「? 先生、何か気になる事でも?」

「………………」

「ああ、いや何でもないよ」

 

その様子を悟られぬよう、彼女は曖昧に頷いた。

 

▪▪▪

 

「…………」

 

シスターフッドが所有する聖堂の中、浮世英寿は1人天井を見上げていた。

願いを叶えた結果家族になったはずのツムリ達は仕事であると神殿に籠ったまま帰ってこない。そしてスターとしての仕事の連絡も来ない今、彼は完全に手元無沙汰であった。

 

しかしそれは彼が自堕落に過ごせるという意味ではない。むしろ脳内に滞っている情報を整理しつくすために重要な時間だ。

 

(今回のデザグラ、間違いなくゲームマスターは俺を落とそうとしている。恐らくファルスはそのために雇われた刺客だ。……けど元々運営の人間ってわけじゃなさそうだ。小鳥遊ホシノは一度聞いた名だ。確か……)

(この間のゲーム……、ジャマトが変身するだけならまだ理解出来る。だが、あの『王女』とかいうのは何なんだ?機械の様だったが、何よりも……)

 

「あの……」

 

(クソ、わからない。思いだせない。俺の中に巣食うこの靄はなんなんだ……?どうして俺はアイツに……)

(俺は一体どこから来たんだ?どこから生まれたんだ?)

 

「ちょっと良いかな?」

「ん?」

 

張り巡らされた思考が途切れる。突如としてかけられた女性の透き通る声に、自然と瞳が動いてしまう。

そこには、以前も出会った人物が彼を覗き込んでいた。

 

「や、英寿。久しぶり」

「……へぇ、これはこれは」

 

英寿は目を細める。ついこの間別れたばかりだと言うのにもう出会うとは、今は時期が時期である故に然程おかしくはないのだが、それでも縁を感じずにはいられない。

 

「シャーレの先生がわざわざこんな寂れた場所に来るなんて。もしかして俺に会いに来てくれた?」

「え?うん、まあそんな所かな」

 

意外な返答だった。脱出ゲームの際は状況が手伝っていたとは言え、大したリアクションは見られなかったというのに。てっきり彼女はスター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズには興味が無いのかと考えていたが、どうやらそうでもないらしい。

 

英寿の口角が上がっていく。キヴォトスは非常にレベルの高い美人が揃ってはいるが、彼女の様な大人の女性は皆無に近い。少なくとも広く交流を持つ彼ですら、その様な女性には会った事がないと断言できる程度には。

 

英寿は女性が好きだ。美人を見かければ口説きたくもなる。そんな彼が彼女に求められていると感じて嬉しくならないはずがなかった。

 

「これは運命だ。……どうぞ、俺に出来る事なら何でも言ってくれ」

 

「あらあら…… ふふ、あなたにもその様な欲求があったとは。これは良いものを見る事が出来ましたね♡」

「……ふむ。彼が最後の1人か。前にも会ったな」

「………………ぅう」

 

先生の後ろからゾロゾロと3人の生徒が出てくる。

1人は薄桃色の長髪と豊かな胸が特徴的な背の高い少女。2人目は純白の翼に多数の花飾りをつけた釣り目の少女。

そして3人目は恥ずかしさと緊張が混じりあった表情をし、頭に小さな黒い羽を生やしている正義実現委員会の少女。

 

彼女達は皆一様に本人達なりに興味を持って英寿を見つめている。

 

「えっと、これは……?」

 

先生が自身の下を訪れた理由が思い描いていたものと異なっているであろう事に彼は漸く気が付いた。彼女達、特に純白の少女を一目見た段階でそれはありえないと確信した。

彼女が、スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズというものに現を抜かす筈がないのだから。

 

であれば、どうしてここに来たのか。答えはすぐに示された。

 

「えっと、英寿は今日から補習授業部所属になるんだけど……聞いてる?」

「…………………………………………………………………………………………は?」

 

見せられた名簿。そこには紛れもない英寿本人が記されており、理由もしっかりと明記されていた。

 

補習授業部の三年生、浮世英寿。トリニティ外ではスター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズとして各企業のCMやモデルとして精力的に活動している。

しかしそれに注力しすぎているせいか学業が疎かになっており、このままでは学園への在籍そのものが危ぶまれる。また試験や授業、シスターフッドとしての活動を時折無断で欠席するため、各方面で苦情が上がっている。

補足事項:成績が向上するまで芸能活動は禁止とする。

 

「…………………………………………そんな、馬鹿な………………」

 

その言葉が、聖堂内に虚しく響いた。

 

▪▪▪

 

「では、ここに揃っているのが補習授業部のメンバーだという事でよろしいですか?」

「……うん」

 

薄桃色の少女、浦和(うらわ)ハナコの言葉に先生が頷く。

彼女は4人の顔を見渡す。ハナコは楽しそうに、純白の少女である白洲アズサは無表情を貫いているが、残る2人はそうでもないらしい。

最も、補習授業部などという不名誉極まりない名前の部活に強制加入させられれば誰だってそうなるだろうが。

 

小柄な少女、下江(しもえ)コハルは自己嫌悪からか「死にたい……」と譫言の様に口にしており、英寿もまた1人頭を抱えていた。

 

「馬鹿な、どうしてだ……」

「まあ英寿君は試験そのものを受けていない時も結構あったみたいですし。むしろ今までどうやって乗り切ってきたのかの方が気になりますが……」

 

ハナコの発言は至極真っ当な意見ではあるが、彼が気にしているのはそこではない。

『俺が勉強しなくても学校に在籍できる世界』。これは彼が何度目かのデザ神になった時に叶えた理想だ。これがあったからこそ、彼は今まで普通の生徒が勉強に当てる時間も、戦いとそれに連なる思考に時間を割いてこられたのだ。

勿論まだトリニティを退学になった訳ではないが、ここから更に勝手に行方を眩ませるなんて事があれば、いよいよ行動が制限されていくかもしれない。

そもそも合格出来なければ落第である。面倒な事になるのは想像に難くない。

 

まさかゲームマスターからの妨害が本格化するよりも先に学校側からの妨害にあうとは、さしもの彼でも全く予想出来なかった。

 

「それじゃあまずは……、自己紹介からして貰おうかな。私は君達と出会うのは初めてな訳だし……」

 

先生のその要求が始まると、各々簡潔に自己紹介をしていく。内容は名前や元の所属はどこであったのか、といった本当に簡単なものだった。

 

「うん、ありがとう。それじゃあ短い間だけどよろしくね」

 

彼女は柔らかな微笑みを全員に向け、1枚の書類を取り出す。そこには補習授業部がどのような部活であるのか、どうすればここから解放されるのかといった事項が記されている。

 

補習授業部に所属している生徒達はこれから授業終わりに特別講習が行われる。1度目の試験で全員が合格出来なかった場合は特別合宿が行われる。

 

「成程、通常訓練の後に特別訓練があるだけか」

 

解放の条件は単純だ。全3回に渡って行われる特別学力試験で合格水準を()()が超える事。

3回の内、1度でも超える事が出来れば晴れて合格となる。

 

「全員?超えた奴から順々に抜けていく訳じゃないのか?」

「みたいだね」

「各自のリタイアを防ぐための措置だろう。まあ、私はサボタージュするつもりは毛頭ないから安心してくれ」

 

然程難しいミッションではない、とアズサは語る。その自身に満ち溢れた表情からはとても落第の危機にある生徒とは思えないものだ。

 

「アズサは転校してきたばかりなんだよね? だったらまだ慣れてなかっただけなのかな? まあ、皆で頑張ればどうにかなるよ!」

「あら、トリニティに転校なんて珍しいですね。まあよろしくお願いしますね」

「俺からもよろしくな」

「…………」

 

先生の発言にハナコ、アズサ、英寿はゆっくりと頷く。

一方のコハルは瞳に憎悪を宿らせ、穏やかではない雰囲気を醸し出していた。

 

「あらコハルちゃん、どうしました?そんなに怖い顔をして」

「言っておくけど私、まだ認めてないから!」

 

唐突にそんな事を口走る彼女に視線が集まる。その様子に多少身じろぎするも、彼女はすぐに気を取り直す。

 

「私は正義実現委員会のエリートなんだし、こんな部活さっさと抜けてやるんだからっ!あんまり馴れ馴れしくしないでよね!」

「あらあら……」

「ふむ、まあここは別に仲良くなるための集まりではないし、私としては別に構わない。」

 

噛みついてくるコハルに怒る訳でもなく、ハナコとアズサは調子を崩さない。英寿としても、彼女のその威嚇するチワワの様な様はどこか懐かしさを覚えるものだった。

 

「まあまあコハル……」

「じゃあ決まり! ……それにそもそも、私が試験に落ちたのは飛び級のために二年生用の試験を受けたせいだから!」

 

彼女曰く、自身はエリートであるが故に相応の試験を受けなければならなかったのだという事らしい。しかしここに来たという事は一定回数以上失敗したという事になる。

どうして途中で止めなかったのかとハナコが問うても、コハルは「エリートだから」の一点張りだ。

それで落第の危機になってしまってはエリートどうこう以前の問題なのだが、もうその事を誰も追及しなかった。

 

「つまり私は……まだ本気を出してないって事! 分かった!? 一年生用の試験を受ければこんな所すぐにおさらばって訳!」

「成程、一応私も学習進度の違いで今は一年生用の学習をしている」

「じゃあね! 精々頑張って!」

「あ、コハル!」

 

一方的に捲し立てた後、足早に去っていくコハル。そんな彼女の背中を楽しそうにハナコは眺めていた。

 

「ふふ……。コハルちゃんはテンションの乱高下が激しくておもしろいですね。アズサちゃんは一貫してぶれないですし。

…………楽しくなりそうです♡」

「なあ、ちょっと良いか?」

「はい? 何でしょう英寿君」

「…………なんで君はずっと水着なんだ? ここ室内だぞ?」

 

騒がしかった教室に静寂が訪れる。

 

「………………ふふふ♡」

「ハナコ服着なさい」

 

▪▪▪

 

翌日、早速4人は補習授業に取り組んでいた。先生が行う試験範囲に関する授業の後、各々課題を解いていく。

目に見えて苦戦しているのは、アズサとコハルだった。

 

「ハナコ、ここを教えてくれないか?」

「はい。ああ、ここはですね。倍数判定法を用いてこの様に……」

「ああ、成程。理解した」

 

アズサはハナコから教わっていく中で着々と課題をこなしていく。一方のコハルはひたすらに教科書と睨めっこをしていた。

 

「なあコハル」

「!? 何!?」

「そこ、テスト範囲じゃないぞ」

「え、嘘!?」

「本当だよ。後わかんない所があるなら聞きにいけよ」

「だ、大丈夫! これくらい楽勝なんだから!」

「コハル。恥ずかしがらなくても良いよ。ほら、見せてみて?」

「あ。うぅ……」

 

勉強においてわからない事の放置が最も良くない。それを教師としてそれを熟知している先生は優しい態度で彼女に接する。

わからないのは仕方がない。我慢せずに質問に行く事こそが高得点を取るための有効な手段なのだ。

 

「英寿は?大丈夫」

「ふっ…………」

 

先生の問いかけに対して、彼はデザイアグランプリ同様に余裕そうな笑みを浮かべる。

心の底から溢れ出るオーラに、彼女は思わず感嘆してしまう。

 

ハナコや英寿は大丈夫そうであるし、アズサとコハルもこのまま伸びていく可能性は大いにある。これは1発合格も期待出来るかも知れない。

特にハナコは何故落第の危機に瀕してしまったのか不思議になるくらいだ。

先生の中で期待が膨らんでいく。

 

 

そして第1回目の特別学力試験、当日を迎えた。

 

「よし、じゃあこれから試験を始めるね。皆、参考書なんかはしまって携帯の電源も切ること」

「う、うん……!」

「ふふふ……」

「準備は完璧」

「………………ふっ」

 

コハルは案の定緊張した様子だが、残る3人はその様な様子は欠片もない。

無表情と笑み。どちら共に余裕が感じられる。

 

「皆、緊張しすぎず頑張ってね」

 

テストの問題用紙と解答用紙を配り終え、先生は自身の携帯の時計を確認する。開始まで、残り1分を切っていた。

 

「それでは…………、始め!」

 

一斉に用紙を裏返す音が静かな教室内に響いた。

直後、シャープペンシルの芯と紙、そしてその下にある机が擦れる音が断続的に響いていく。

解いている際も全員の表情にさしたる変化は無い。

強いてあげるならばコハルの表情が多少明るくなっている事くらいか。

 

(さてさて…………)

 

先生は手元にある余っていた問題用紙に視線を落とす。一体どの程度のレベルの問題であるのか気になったためだ。

 

(これは、ほとんど基礎問題ばかり……!)

 

彼女が感じた通り、今回の試験の内容は大体の問題が小テストとして出されてもおかしくない様な程度であった。

落第を賭けた試験であるという生徒達からすれば、中々に恐怖を感じさせられる文言が添えられていたために多少の警戒があったが、実際には救済措置の面が強い様だ。

 

(まあ、それはそうだよね)

 

元々外聞を気にした事で設立された部活だ。この様な形にするのは寧ろ必然と言える。

 

(皆、卒業できる様に頑張ってね……)

 

先生は補習授業部に、心からのエールを送る。

 

1分、また1分と時間が過ぎていく。

終盤に差し掛かった頃には既に解き終わった者もいるのか、シャープペンシルの音は小さくなっていった。

そして、アラームが鳴り響く。

 

「はい、そこまで。じゃあ、用紙を回収してから採点するね」

 

全員の用紙を受け取った先生はすぐさまティーパーティーから支給されたタブレットに解答用紙をスキャンする。

別に採点程度ならば先生本人が担当しても構わないのだが、彼女は連邦生徒会長の息がかかった存在だ。公平性という名の体面を保つために、採点などは全てトリニティ側が行う事となっていた。

 

「……うん、結果が届いたよ」

 

全員が先生の方向へと視線を向ける。タブレットの画面には点数が高い者から順に名前が並んでいた。

合格ラインは100点中60点以上。別段高得点を取る必要はない。そのラインを割らなければ合格だ。

 

「じゃあまずは、コハル」

「…………………………!!」

「58点。……惜しい!不合格!」

「そ、そんなぁ……」

 

コハルからあからさまに落胆した様な声が発せられる。彼女からしてみればそれなりの期間頑張ったのだ。たった2点。今まで赤点ばかりだった彼女からすれば大きな進歩。しかし届かなかったという事実は変わらない。

 

「落ち込まないでコハル!確かに届かなかったけど惜しい部分も沢山あるし、もう少し頑張ればきっと大丈夫だよ!」

「うぅ……」

 

「じゃあ次、アズサ。32点、不合格」

「っち、紙一重だったか」

「いや、結構足りてないよ……?少なくとも紙一重ではないね……」

 

先生の苦笑まじりの声が響く。アズサは何やら惜しかったかの様な雰囲気を出しているが合格ラインは大体この倍だ。掠りもしていない。

 

しかしアズサとコハルは良いのだ。本人達には申し訳無いが、そもそも元のレベルが明確に低かった。それにキチンと学習意欲が存在している。今はまだ及ばないのかもしれないが、いずれ優秀な成績を収められる可能性は十分にある。

 

問題はこの2人だ。

 

「英寿……、11点。…………不合格」

 

お前どうした、と突っ込みたくなるレベルだった。試験前に見せていたあの風格は何だったのか。言い方は悪いが、箸にも棒にも掛からぬ出来だ。唯一、古典の範囲は希望が持てる……、かもしれない。そこでしか点数が取れていないとも言う

一体試験勉強で何をしていたのか、ちゃんと授業は聞いていたのか。小一時間程問い詰めたくなるレベルだ。

 

「え、英寿…………?」

「………………化かされたな、先生」

 

無駄に決め顔を決めながら、彼は指で狐を作る。その態度を見た先生は初めて生徒に苛立ちを覚えた。

 

しかしこれでも3番手。真の猛者は彼女だった。

 

「……ハナコ。に、2点……」

 

もう何がどうなっているのか。酷いという言葉では表しきれない。ここまで来るとどこが合っていたのか不思議になるくらいだ。

 

英寿はまだ良い。いや全く良くはないのだが、それでも無理やり、本当に強引に納得出来なくはない。

ハナコは何もかもがおかしかった。

 

「待ってハナコ、君結構勉強出来る感じだったよね!?」

「そういう雰囲気はあるみたいですね。まあ実際の成績は別なのですが」

 

笑顔でそう言ってのける彼女に先生は「いや何わろてんねん」としか思い様がない。雰囲気って何だ。成績とは別ってどういう事だ。

というか課題を解いていた際にアズサに教えていたのは何だったのか、キチンと教えていたのか。

叩けば叩く程疑問が湧いてくる。

 

しかし、れっきとした目を背けたくなる様な事実がそこには存在していた。

 

補習授業部、まさかの全員不合格。めでたく特別合宿行きが決定した。

 

 

 

▪▪▪

 

 

 

「ククク……。ようこそホシノさん」

 

時刻はお昼時を少し過ぎた午後1時。外は日光によって明るく照らされているというのに、そのオフィスは薄暗い。それは遮光カーテンによるものであり、そこに入ったホシノは不愉快そうに顔を顰めた。

最も、それは暗さがどうこうというよりも彼女の目の前で指先を組んでいる存在が大きいのではあるが。

 

「……急に呼び出してなんの様なのさ、黒服さん」

「まあ、そう焦らずに。どうです? 最近良い茶葉が手に入ったのですが」

「…………へえ、あなた達もそういう嗜好品とかに興味あるんだね」

「ええ。ここは中々に良い物が揃っている」

 

黒服は口角をあげた様な表情、否表情かどうかも疑わしいそれを持ってホシノに対して見定める様な、はたまた何か途轍もない価値のある宝石でも眺めるかのような視線を向ける。

彼女は吐き気にも似た感覚を覚えながらもそれを隠し、代わりに射殺すような視線を返す。

それすらも愉しむかの様な態度を見せながら、黒服は口を開いた。

 

「私はあなたの心配をしているのですよ」

「は?」

 

ただでさえ低い彼女の声が更に冷えていく。最早絶対零度と言っても過言ではないが、仕方のない事ではあった。

彼女からすれば自身を蝕んでいる状況に少なからず加担している存在だ。言葉通りに受け取れという方が無理な話だ。

 

「アビドス、いえキヴォトスでも類を見ない程の神秘を内包したあなたに傷つかれては、私も困りますから」

 

そこまで言われて漸く納得がいった。黒服は時折『神秘』がどうこうと口にしていた。それが何なのかはホシノの知る所ではないし知ろうとも思わないが、要は商品に傷がつくのが嫌なのだろう。

 

とはいえ、デザイアグランプリに推薦したのも黒服である以上は胡散臭さは拭えないが。

 

「…………私は何の様かって聞いてるんだよ。何も無いなら帰っていいかな」

「ククッ、失礼。今日あなたを呼び出したのは他でもない、デザイアグランプリの事です」

 

やはりか、とホシノは思考する。ここ最近はずっとその事でしか黒服と会話していなかったからだ。無論こんな奴とは1秒でも言葉を交わしていたくは無かったが、仕方がない。どうやら奴はホシノの『サポーター』でもあるらしいのだ。

 

「ギーツの排除なら別にサボってる訳じゃないよ。けど前回は仕方なかったと思うんだけどな。ジャマトですらない様な奴らが出てくるなんて聞いてない」

「ええ、そうですね。それに関しては明確に運営側の落ち度でしょう。しかし、ホシノさん。

 

大人の世界に『仕方が無かった』などという概念は存在致しませんよ」

「……………………!!」

 

それは余りにも分かりやすい脅しだった。失敗は許さない。契約した以上は必ず遂行しろ。そんなニュアンスが言外に含まれていた。

 

「契約はこうです。あなたは浮世英寿を脱落か退場のどちらかをさせる。そうすれば私はあなたの望むものを1つ、何でも用意する。勿論これはデザ神とは関係のないものです。理想の世界は別に叶えて頂いて結構」

 

黒服は机の上に置いていた1枚の紙を提示する。そこには今しがた発言した内容が全て記載されており、赤字でホシノのサインがしっかりと書かれている。

 

「頑張ってください、ホシノさん。期待していますよ」

 

黒服の声はどこまでも愉しそうで。

ホシノは鼓膜を揺らすその雑音を聞きながら、2色の瞳を刃物の様に鋭く細めた。

 

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