DESIRE ARCHIVES 作:ベロベロベ
滅茶苦茶投稿遅れてしまい申し訳ありませんでした。
理由としましては色々ありますが、一番はエデン条約をベースとした話の書き直しが原因です。
1度終わり際まで書いたのですがマジでつまんないと感じてボツにしました。
というのもただストーリーをなぞるだけだったんですよね。ブルアカだけの2次創作ならそれでも何とかなったかもしれませんがこれがっつりギーツ要素盛り込んでるクロスオーバーなんでね。流石に何話も景和すら出ないのは駄目だろうと。
そういう訳で遅れました。面白いかどうかは読者の皆さんに委ねますが、私としましては皆さんに面白いと言って頂ける作品にしたいと思ってます!
「……………………」
ミレニアムサイエンススクールのとある作業室。
すっかり日の落ちた時間帯である現時刻。そこには生徒会長であるリオを除いて誰一人としていない。
最も3度の飯どころか三大欲求全てを凌駕するレベルで実験が好きなミレニアム生には時間などさしたる問題でしかないが。実際の所ここに誰も来ないのは、彼女が独自に築き上げたセキュリティによって守られているという事実が大きい。
彼女の脳は今、凄まじいスピードで回転していた。内容は無論、デザイアグランプリについてである。
近頃感じていた違和感の正体がこれによるものであると分かったのは、彼女にとって収穫であった。
ジャマトとケセド、そしてそれを操る樹。
この2つは間違いなく今後の脅威になっていくのだろう。
エントリーして以降、彼女はギロリとツムリに思い付く限りの質問を投げ続けた。
自らの納得のいく解答を得るために。その内の半分程度が『答えられない』というものだったが。
しかし彼女達からすれば、本来ケセドがジャマトを機械化していくなど有り得ないらしい。
では、あれらとジャマトは全くの別物なのか。そう聞くと濁されたが。
それでも、あれが想定外の事態であった事は間違いない様だった。
デザイアグランプリとは怪物ジャマトから世界を守り、理想の世界を叶えるゲーム。
世界を脅かす脅威を排除するために特定の人間に装備を与えて、秘密裏に対応する。それ自体は彼女としても納得のいくものだった。
しかし、その中身には余りにも不可解な点が多い。
その最たる例が、何故デザイアグランプリは『ゲーム』という形を取っているのか、という事だ。
本当にジャマトを殲滅したいのであればその様な事をせずとも普通に迎え撃てば良いだけの話。わざわざ蹴落としを発生させて、頭数を減らしていく利点とは?
何故わざわざ武器に『当たり』や『ハズレ』などの概念を持ち込み、格差を広げるのか?
幾つかの仮説は立てられるが、しかしそれでも明確な納得が得られる訳ではない。
これらの要素は『世界を守る』という目的にそぐわない、余りにも非合理的な要素。
故に他にもある。プレイヤーにすら開示されていない何かが。それを知られる事は運営にとって都合が悪い事は明白だ。
それを探し出す事がリオの目的の1つであった。勿論彼女にも理想の世界は存在しているが、運営を信用しきる事は出来ない。プレイヤーとして願いを叶えるというのはあくまでも二の次。あくまでも彼女の理想はこのキヴォトスを、ひいてはミレニアムサイエンススクールを守って発展させるという1点に尽きる。
そのための弾丸を装填する準備は既に始まっていた。
そして彼女は思考する。次策、その次の策を。彼女の辞書に『仲間』という言葉は入っていない。ただ独りで黙々と。それが最も合理的な選択であると、彼女は信じて疑わない。
▪▪▪
「あら先生、お疲れ様です。補習授業部の方はいかがですか?」
日が落ち、茜色の空が地平線の奥へと沈んでいく逢魔が時。
ナギサと先生は同じテーブルを挟み、顔を合わせていた。
テーブルの長さは非常に大きく、お互いの距離はそれなりに開いていた。
ナギサは紅茶を1口喉へ流し込むと、いつもと変わらぬ薄い笑顔を先生に投げ掛ける。
「…………とは言いましたものの、既にお話は聞いております。どうやら最初の試験は上手くいかなかったようですね。
ですがまだ、2回残っておりますので」
気に病まないで下さい、とナギサは言う。
先生は大丈夫と返し、ふと彼女の隣の小さなテーブルに視線を送った。
そこには白黒の様々な形の駒が置かれている盤上が1つ。
その視線に気がついたのか、彼女は気になりますか?、と先生に問いかけた。
「ご覧通り、チェスです。私の趣味でして」
それはそうなのだろう。駒も盤上もそれなりに使い古されているのがわかる。
しかし先生が気になったのはそこではない。不自然に配置、駒の数々。通常、チェスは互いにキング・クイーン・ルーク・ビショップなど決められた種類の駒を決められた数だけ使用するゲーム。
しかしナギサが使用している盤上には、黒はキングとクイーン、残る全てはポーン。
白はキング、ルーク、ビショップ、ナイトがそれぞれ3~4個ずつ。
仮にハンデ戦であると仮定しても些か異質な盤面だ。
「それ、ナギサが1人でやってたの?」
「ええ、今は私1人で。うるさいミカさんもいない事ですし…………」
微笑みと微笑みが交差する。両者共にその笑顔は柔らかい。しかしその場の雰囲気は静かに、しかし着実に重くなっていっているのがわかる。
「今日は先生にお伝えしておきたい事があったのですが……それよりも先に、先生の方から何か言いたげなご様子ですね?」
「まあ、そうだね。1つ気になってる事があってさ。……もし3回とも不合格になったら、補習授業部の皆はどうなるのかな、ってね」
「…………」
ナギサが伝えたのは落第の危機にある生徒を救ってほしいという事だけ。
しかし落第とは本来、試験に合格しないという事を指す。それは生徒の処遇を言い表すのに余り適切な言葉ではない。
故に先生はそれに対する解答を求めた。
「成る程、当然の疑問ですね。簡単です。試験で不合格を繰り返すという事は落第を逃れられないという事。加えてお互いを助け合う事も出来ないと言うのであれば……皆さん一緒に、退学して頂くしかありません」
「退学…………」
トリニティは高校だ。義務教育でない以上は当然ながら、退学や停学といった措置が存在する。
しかしこれらの処分は非常に重いものであり、下すには様々な確認及び議論を行わねばならない。
故に非常に長く、面倒な手続きを経る必要がありとても今行っていられるものではない。その辺りが杜撰なゲヘナならばともかく、トリニティはそうも言っていられないのだ。
しかし今回急増された補習授業部は違う。連邦生徒会長との話し合いの末、シャーレの権限を一部組み込んでいる。よって例外的に手続きを無視する事が可能となっている。
その理由をナギサは語る。少し重くなった口調で、しかし淡々と。
「そもそも補習授業部は生徒救済のための部活ではありません」
「………………どういう事?」
「単純ですよ、先生。あの部活は、『生徒を退学させるために』作ったものですから」
「…………!?」
その言葉は流石に予想外だった。彼女が何かを企んでいるのは何となく察してはいた。しかし大方シャーレを取り込んで他校との外交を有利に進める事を目的としているのだろうと思っていたが故に、この答えには驚かざるを得ない。
「どうして、そんな事を………………?」
理解出来なかった。今はエデン条約を控えた大事な時期のはず。只でさえ身内のゴタゴタが多いトリニティの生徒会長が、何故また新たな火種を起こそうとしているのか。
その答えが、本人の口から語られる。
「あの中に、トリニティの裏切り者がいるからです」
その裏切り者の目的はエデン条約締結の阻止。
その重さを先生はイマイチ理解しきれていない。故にナギサは言葉を重ねる。
アロナが話した様に、エデン条約とはトリニティとゲヘナの長きに渡る敵対関係を解消するためのもの。では具体的にどの様に解消するのか?
それは両校の中心メンバーが全員出席する、中立的な組織の設立にある。組織の名は
積み重なり、最早互いにとって大きな重荷となった長年の確執。
連邦生徒会長が提示したこれは、それらを解決するための唯一の手段にして、キヴォトス全体の力のバランスを保つための方法なのだと彼女は言う。
しかしその大切な条約締結を阻止しようとしている者達がいるとの情報が入ってきた。仮に真実ならば大変な事態だ。
ナギサ、そしてミカはその対処を連邦生徒会長と共に考えた。何せトリニティにはその様な事を行うであろう人間が多い。相手であるゲヘナ学園を蛇蝎の如く嫌う生徒は数知れない。権力など持ち合わせてないであろう一般生徒から各分派の有権者まで様々だ。
そしてその中にはティーパーティーの力を持ってしても介入の難しい組織に所属している者も存在している。シスターフッドもその1つ。
しかし連邦生徒会の力があれば話は別だ。基本的に学校そのものには不可侵を決めている組織ではあるが、権力自体は持ち合わせている。今まで行使される事の無かった権限を行使する。ナギサや連邦生徒会長にはそれに値するだけの『大義』がある。
キヴォトスの平和維持というこれ以上無い程の大義が。
その実現のために、裏切り者の可能性のある者達を1ヵ所に集める。いざという時、纏めて捨ててしまえる様に。
「…………そろそろお分かりでしょう。それが補習授業部です。連邦生徒会長と先生には、その箱の制作に御協力頂きました」
「………………」
先生は口を開かない。ただジッとナギサを見つめている。
「……ごめんなさい、先生。こんな陰鬱な状況にあなたを巻き込んでしまって。しかし――」
「わかってる。本当に利用する気なら、今ここで話してくれてないよね」
少しだけ口角を上げて、彼女はナギサに笑いかけた。
ナギサは胸に渦巻いた薄暗い感情が、少しだけ明るくなっていく感覚を覚える。自身でも気が付かない程度ではあるが、相応に彼女の事を好いていたのだろうか。
関わった期間は合計して1日にも満たないというのに。
「良いのですか、先生。私の事をそう簡単に信用して」
「勿論。私は先生だからね」
凛とした口調で彼女は告げる。その言葉は力強く、どこか安心してしまう力を有していた。
「先生。トリニティには裏切り者がいます。その者は先生を、私を、連邦生徒会長を、騙そうとしてます。平和を脅かし自分達の利益のためだけに動いているテロリストです。トリニティに潜む裏切り者を見つけ出す事が、キヴォトスの平和に直結します。連邦捜査部として、ご理解頂けますと幸いなのですが――――――――」
仮面の様な笑顔で、しかし紡がれる言の葉はどこか懇願しているかの様に重い。それが偽りの無い本心であると、先生は悟った。
ナギサは相当な覚悟を決めている。条約締結の為ならば、どんな汚名でも被ってみせると。
その覚悟を侮るつもりはない。誰よりもそれを汲み取ると決めた上で、それでも彼女は告げた。
「……私は私のやり方で、その問題に対処させて貰うね」
ナギサは沈黙する。そういうと思っていたのか、はたまた苛立っているのか。どちらにせよ、彼女は笑みを崩さない。
「……そうですか、わかりました。
ですが先生。どうやってもゴミの分別が付かない時は、纏めて1度に処分してしまうのも1つの手段。――――そうは思いませんか?」
空気がまた1段重くなる。吹いた1陣の風は、身を斬る様な冷たさだ。
「先生。試験は基本的に私達の掌の上にあります」
試験の内容を決めているのはトリニティだ。『難易度』、『範囲』、『会場』。これら全てが彼女の手の上にある。
脅しとも取れるその言葉を受けても、先生の顔は揺らがない。ただひたすらに彼女と向き合うだけ。
「失礼しました、良くない物の言い方でした。…………それでは先生、これからも補習授業部をよろしくお願いいたしますね」
どうかこの結末が出来るだけ苦痛の伴わないものである事を、ナギサはただ切実に祈っていた。
▪▪▪
「ゲームマスター、次のゲームはまだ始まらないのですか?」
「当然だ。ケセドに『王女』……。何故あのような古代兵器が目覚めているのか。その原因を突き止めなければ、今後の運営に支障をきたす」
ギロリは自らのこめかみを抑え、そう告げた。正直、自身の行為が1部から顰蹙を買っている事は彼も理解していた。しかしそれでも粗は見過ごせない。それも超特大の粗であるそれらを放置してしまえばどうなるか。ただでさえ運営を探るという面倒な行為をしている輩も存在しているというのに、更なる厄介事が畳みかけてくるという事実。
長年運営に携わっている彼は今回の面倒さを誰よりも理解していた。
「オーディエンス達の気持ちも分かるが、この方舟が壊れてしまっては元も子もなくなる。ただでさえ近頃ゲマトリアの連中が各地で余計な事をしているんだ。これ以上のノイズを増やす訳にはいかない」
ギロリは自らの腰に巻かれているドライバーに触れながら、思案する。彼が今使用しているドライバーはプレイヤー達が使用している物とは何もかもが異なる特注品。このドライバーを使用する事で、彼はデザイアグランプリに関する様々な事を管理しているのだ。
しかし、今回の件はデザイアグランプリの範疇を些か逸脱していた。故に事態の収拾にあたるに当たってかかる時間が通常よりも膨大になってしまっているのが現状である。
他にも運営の事を探ってくる者も登場した事も相まって、彼のストレスは中々のものになっていた。
そしてまた、その種が1つ。
「手こずっている様ですねぇ、ギロリ」
「…………ベアトリーチェ。何の用だ。今我々は取り込み中だ。いつもの催促ならば後にしろ」
現れたのは真紅の肌を持つ不気味な存在、ベアトリーチェ。ゲマトリアの一角である彼女はギロリ達に向けて一歩一歩足を進める。
複数ある彼女の目はとある場所に向けられている。それを一早く察したツムリが彼女の前に割って入った。彼女はそれを気にも留めない。
「ご安心を。今回来た目的は催促などではありません」
ベアトリーチェは口の中の乱杭歯を見せ、不気味に嗤う。
「最早、そんな事をしている暇は無くなりました」
「………………!?」
「やめなさい!!」
ツムリがベアトリーチェに対して拳を振り上げた。しかしその拳は謎の光弾によって弾かれる。
「…………
「まあ、何と躾のなっていない人形でしょうか」
「……どういうつもりだ?」
ギロリのその声はベアトリーチェに向けられたものではない。その奥、丸みを帯びた銃を持った少女に対して向けられたものだ。
「どういうつもりも何も、見ての通りよ。あんたからそのビジョンドライバーを奪いに来たの」
「ベロバ、貴様……!」
彼の表情が苦虫を嚙み潰した様に歪んでいく。ベロバはそんな彼に対して小馬鹿にするかの様に舌を出す。
「べぇ~! アハハ! 良いわあ、その顔。アンタのドライバーがあれば、あの『女神』にアクセス出来るんでしょ?」
「…………貴様は他のサポーターからの評判も随分と悪かったな。今までは多少マナーの悪い程度で済んでいたが、ここまでされては放置出来ん。運営を妨害する荒らしは強制退場だ」
《GLARE LOG IN》
ギロリはドライバーの頭頂部にあるボタンを押し、手袋を外す。そして腰のケースから1枚の透明なカードを取り出した。
「良いわ、かかってきなさい」《BEROBA SET》
ベロバもまた、自らの銃に外付けの銃身を取り付ける。
張りつめた沈黙の中、待機音だけがサロン内に鳴り響く。
「「変し……」」
「待ちなさい。ベロバ、私達は戦いに来たのではありません。ここで事を荒立てても、他の者達に察知されるだけ」
「……へぇ。アンタがそんな事言うなんて、珍しい事もあるのね」
心底意外そうにベロバは言う。ベアトリーチェはもう少し短気でかつすぐに癇癪を起こすイメージを持っていたがために。そんな彼女を一睨みした後、ベアトリーチェは口を開いた。
「『色彩』が観測されました」
「な!?」
「え…………?」
ギロリとツムリの表情が完全に固まった。変身に至るまでの動作が完全に停止する。先程まで抱いていたはずの怒りが剥がれ落ちていく感覚が、2人を襲う。同時に沸き上がってくるのは焦燥。真実ならば正真正銘の緊急事態だ。
しかし、それでもギロリは彼女らに対する敵意を引っ込めはしなかった。
「それはこちらで検討しておく。お前たちにドライバーを渡す理由にはならないな」
突き放す様なその言葉にベアトリーチェは手に持った扇子で口元を隠す。擦れあう音が響いている事から恐らくは歯ぎしりでもしているのだろう。
「この方舟が滅ぶかもしれないのですよ?」
「そんな事はわかっている」
「崇高に至るまでの道が開けるのですよ?」
「結局、目的はそれだろう」
それが最後だった。ギロリはカードをドライバーに通し、ベロバは引き金を引いた。光がサロン内を包み込む。
同時に起動する転送装置によって、全員が外へと飛ばされた。
▪▪▪
トリニティの離れに存在する別館、そのフロントに補習授業部は集まっていた。
「漸く着きましたね、ここが私達の合宿場ですか」
「うん……、はぁ……はぁ……。疲れた……」
「ここまで結構な距離だったな」
かつては様々な分派に直接別れていただけあって、トリニティ総合学園の敷地は非常に広大だ。その離れともなれば本校舎からは相当に遠く、辿り着くにはバスと徒歩を使う事で2時間という中々にハードな道のりを経なければならなかった。
またその様な場所に存在するために余り手入れが行き届いているのは言い難く、フロントだけでもかなりの期間放置されていたというのがわかる。
「あら、でも寝室はそれなりですね。かわいいベッドもありますし、ここなら全員寝られそうですね。……『裸』で♡」
「何で裸を強調するの!? そもそもキチンと複数あるんだから全員が同じベッドで一緒に寝る必要無いでしょ!?」
「あら、でも折角の合宿ですし。そういう『お勉強』も必要ではないでしょうか?」
「ダメ! エッチなのは禁止! 死刑!」
(元気だな……)
ハナコのセンシティブ発言に対して一々反応するのはコハル位のものだろう。英寿含め、残る3人は既に放置の段階にまで入っているのだが、彼女だけは律儀に怒り続けていた。
「あれ? アズサは……?」
「あれ、さっきまでそこに居たはず……」
「お待たせ。偵察完了だ。良い場所だなここは。特に外への入り口は2つだけというのが良い。いざという時は――――」
彼女は建物の構造や立地を詳しく調べ上げていた。狙撃位置やセキュリティ面での問題点など、様々な情報を開示していく。この短時間でよくもまあ調べたものだと感心するが、今回の合宿には全く持って必要ない…………、とも言い切れないというのがキヴォトスであるという事を思い出して先生は少しだけ頭が痛くなった。
「一応、私達はここには勉強しに来たんだからね……?」
「うん、勿論把握している。1週間の集中訓練だろう? 外出禁止、自由時間は一切無し。24時間一挙手一投足まで監視されるハードなトレーニング」
「そこまででは無いと思うけど……」
そこまで言って、先生はナギサの発言を思い返す。
「テストの内容は、自身の手の中にある」。彼女はそう言った。つまりは彼女らの行動次第ではテストは合格不可能なレベルにまで引き上げられる事を考えると、アズサの発言も強ち間違いではないのかも知れない。
「大丈夫、準備は万端。歯ブラシや体操服、体操服にレーション、水にそれから対戦車用地雷に……」
「流石はアズサちゃん、用意周到ですね」
「当然だ。徹底した準備こそ成功の糸口。第2時学力試験を突破するために労力は惜しむべきじゃない。
……それに、迷惑はかけられないから」
「ま、あんまり気張りすぎず気楽にいこうぜ」
「英寿はもうちょっと気張ってね……? 成績的に」
全員が寝室に荷物を降ろし、先生の前に集合する。ちなみに英寿と先生は別室だ。ハナコが彼に対して何かを言う前にコハルが大騒ぎした結果、彼は女子部屋から随分と離れた部屋を使用する羽目になった。
彼女は集まった全員を見渡し告げた。
「私達は今日から試験までの1週間、ここに滞在する事になりました。長期間使われていない場所とかもあるみたいだけど、掃除をすればどうにかなる範囲です。
という事でまずは掃除から始めよっか!」
幾ら元が良い場所でも、今の衛生状態では勉強に支障をきたす。埃もあちこちに存在し、場所によっては蜘蛛の巣なんかも張られていた。
これらを一掃し、フレッシュな気持ちで勉学に励む。能率の上げるためにも必須事項だ。
今回は一夜漬けなどとは異なり、長期に渡る勉強合宿。キチンとペースを考えていかなければならず、成功を成すための環境造りから始めるべきだと彼女は言う。
「成程、確かに衛生面は重要だ。全員の士気に関わる」
「お、お掃除? えっと、まあ、普通のお掃除なら……」
「決まりだな」
全員からの賛同を得た事で、先生が全員に雑巾と箒を手渡し、館内の地図を近くの机の上に広げる。赤いペンで丸をつけている所が、今回掃除する箇所だ。
「それじゃあ、大掃除始めよう!!」
各自、汚れても良い服である体操服に着替えて3人、2人1組を作る。水着に着替えるという暴挙に出た約1名に対しては、また大騒ぎを始めたコハルと先生に任せてアズサと英寿は室内に入っていく。
2人が掃除を行うのは教室だ。僅か5人を収めるのに手頃なサイズの教室の設備を1つ1つ、濡らした雑巾で拭いていく。
「なあ」
「……? 何だ?」
作業を始めて5分程経過した所で、英寿が口を開いた。彼が思い起こすのは、かつて戦った戦友の記憶。馬の仮面を被ってジャマトに挑んだ、帽子とマスクの少女。彼が蹴落とした、敗者。
「スーホ……、ああいや、錠前サオリは元気か?」
「…………」
アズサは答えない。表情は変わらないが、纏う雰囲気が1段重くなった事を彼は感じた。
デザイアグランプリにおける脱落者の末路を、英寿は知っている。もしやすると、退場した方がまだ幸せだったのではと感じてしまう様な未来を辿る事がいる事も。
だからこそ彼は、アズサがトリニティに転校してきたという事を知った時、『もしや』と思ったのだ。
「私達は体調不良などによって行動に支障を出す様なヘマは犯さない」
それは肯定なのか、否定なのか。彼女はまだ歴史という名の呪縛に縛られてしまっているのか。
雑巾を絞る手が痛くなる。
「私からも聞いていいか?」
「何だ?」
「あの時お前達は、何をしてたんだ?」
その質問には、答えられない。真実を話せば強制失格。しかし、彼女にも知る権利があるのではないかと彼は少しだけ考えてしまう。
「……悪い、それは言えない」
「…………そうか。わかった」
夏の陽射しが、嫌に熱かった。
▪▪▪
その後、廊下や風呂場やトイレなど、様々な場所を掃いては拭いてを繰り返し、昼を少し過ぎた頃。彼らは漸く掃除が一段落という所にまで漕ぎつけていた。
「良いんじゃない? 随分と綺麗になったみたいだし、気持ちいい!」
「…………うん、悪くない」
「あ~……っふう。ああ、かなりスッキリしたな」
「皆、お疲れ様。ハイ、お水とアイス。しっかり水分補給してね」
先生が1人1人に冷えたペットボトルを手渡していく。
蓋を開けて中身を喉へと流し込むと、火照った身体が心地よく冷えていく。ソーダ味のアイスも季節にピッタリだ。
「んっ、んっ、ふう……♡ 太くて大きいですねぇ♡」
「ちょっと、そんないやらしい食べ方しないで! ……啜るな!」
わかりやすく煽情的なハナコの食べ方に怒るコハル。午前中だけで一体どれだけ似た様なやり取りをしたのだろうか。よくもまあ飽きないものだと、英寿は横目でそれを見つめていた。
「ああでも、まだ1か所だけ残っていますよ?」
「え?」
全員の視線がハナコに集まる。既に勉強と生活に必要な場所は全て綺麗にした筈。しかし彼女は頬笑みを携え、全員をそこへと連れていく。
そこは陽射しによって照らされた、屋外プールだった。相変わらず手入れがなされていない様で、随分と汚れが溜まっていた。
あらゆる箇所が黒ずんでいるそれを見渡し、アズサは首を傾げる。
「確かに汚れてはいるが……、何故ここを? 任務には無関係じゃないのか?」
「そんな事ないよ!!!!」
答えたのは、先生だった。全く予想してなかった人物からの熱い返答に、さしもの彼女もビクリと体を震わせる。
「せ、先生……?」
「そうだよ、今は夏! 夏といえば海、プール……! そして何よりも――――――、水着! そう言いたいんだよね、ハナコ!?」
「え、ええ……」
(ハナコが引いてる…………?)
夏の暑さにも負けない圧倒的熱量。
曰く、水着は青春。曰く、水着は人生。曰く、曰く、曰く――――。
彼女の力説は止まらない。結局、その熱量に押される形でプールの掃除にも取り組む事となった。
「しっかし長い事使われてないにしても、ここまで寂れるもんなのか」
「仕方がない。ここにどれだけの思いが詰まっていたとしても、時が経てば風化していく。この世の全てはいずれ虚しく朽ちていくもの……、『
「ばにたす……、何?」
「古代の言葉です。……確かにそうなのかもしれません。
……そうです、皆さん! 今から遊びましょう!」
唐突にハナコがそんな事を言いだした。先生を除く全員が大なり小なり驚く中、彼女は言葉を続ける。
「明日からはお勉強。であればこんな事を出来るのは今日が最後かもしれません。だったら今日だけは、ここを掃除して、水を入れて、飛び込んで。そんな事をしても許されると思いませんか?」
彼女は笑顔でそう告げる。どう考えても本来の目的にそぐわない行動。しかし全員の心は確かに揺れていた。
「さあさあ! 早く濡れても良い服に着替えて来てください! プール掃除を始めましょう!」
「へえ、良いな」
「うん。確かに世界は虚しいのだとしても、それが今日最善を尽くさない理由にはならない」
「えぇ……? でも補習授業とは全く関係ないじゃん……」
「ふふ。コハルちゃん♡」
「コハルぅ……? 良いよぉ、水着ってぇ……?」
「ひ、ひいぃ!? わかった、わかったから近寄らないで!」
そうして集まった補習授業部。アズサとコハルは素直に学校指定のスクール水着を、英寿は最近、スポンサー企業から貰ったというウェットスーツに着替えている。
「さあ皆さん? これで『濡れても良い服』に着替え終わりましたね? それでは始めましょうか」
ハナコがいつもと変わらぬ笑顔でホースを手に取り、蛇口を捻るべく歩き出す。
それを妨害したのは、案の定コハルだった。
「待て待て待てっ!! 何でアンタは制服なの!?」
そう。彼女の言う通り、ハナコが身に纏っているのは他ならぬトリニティの制服。普段は濡れもしない場所で水着を着ている癖に、こういう時に限って制服を持ち出してくる様には最早清々しさすら感じてしまう。
「アンタが『濡れても良い服』って言ったんじゃん!?」
「コハルちゃん。これは各々の美学の問題なのですが……、制服と水着ではどちらが濡れた時に『良い感じ』になると思いますか?」
「へっ……? 『良い感じ』って、どういう事……?」
顔を真っ赤に染め上げ、猫の様な縦一線の瞳になったコハルとそこに迫るハナコを英寿と先生が呆れて止める……、なんてやり取りも挟みつつ掃除は進んでいく。
ホースから流れ出た水によってかけられた虹に目を輝かせたり、徹底的に効率を求めてブラシで汚れを落としたり。
ただの作業からちょっとした遊びまで。1つ1つのピースが重なり合う事で、皆の顔が自然と笑顔になっていく。
「……良いもんだな。こういうのも」
今まで知らなかった。掃除というものがここまで楽しくなるなんて。こういうのを、『青春』というのだろうか。自分もこういう生活が送れた可能性はあったのだろうか。
もし自分が何者なのかを知っていたら……、気兼ねなく彼女らと、彼らとも付き合えたのだろうか。妙な壁を、感じる事もなく。
英寿の呟きは水音に紛れて消えていく。
そして日は落ち、夜が更けていく。
全身に疲労が溜まったために地べたに座り込む彼女らを、彼は一瞥する。
汚れも落ちきり、透明な水で満たされたプールを眺めて呟いた。
「ふう、疲れたな」
「うん……」
「あ、コハルはもうお眠かな?」
「そうですね。もう遅いですし……、今日はもう寝ましょうか」
▪▪▪
「はあ……」
天井を見上げ、溜め息を吐く。
生徒達が寝静まった時間、先生はナギサの発言を思い返していた。
「補習授業部は、生徒を退学させるために作った部活である」。
全くもって胃が痛くなる内容だ。先生として生徒を疑う事を強いられる環境に放り込まれた事には、強く憂鬱感を覚えてしまう。
そもそも彼女の言う『裏切り者』はあくまでも可能性だ。元を辿れば根も葉もない噂話から始まった事。勿論、立場上考慮しなければならない問題なのは理解出来るが連邦生徒会長が直々に前に出るエデン条約を邪魔して。補習授業部の中にそれに見合うだけの利益が得られる者はいるのか。
まずコハルは論外だ。彼女には正義実現委員会に所属している事以外に特筆すべき事は何も無い。裏切る理由も、その先の未来も。それにこう言ってはなんだが、正義実現委員会の中にはもっと可能性のある生徒は沢山いる。
アズサは情報が少なすぎる。部活無所属である上に転校する前に居た学校の情報すら碌に無い。これではどうしようもない。
ハナコは、正直に言えば不審な点は見受けられる。その最たる例が成績だ。
彼女は1年生の時点で3年の試験で満点を取る位に優秀だった生徒だ。シャーレとしての権限を用いて調べた情報であるため信憑性は高いはずだ。
アズサに教えていた事からも実力が風化していた訳ではないと考えられる。実際、アズサが彼女から得た知識は正しいものだった。
一体何故彼女はこの様な行為に及んでいるのか。それはわからない。
「英寿は……」
そうして彼女は調べていく。最もその目的はナギサとは異なっているが。
彼女は炙りだすのではなく、晴らすために。先生として、生徒に向けられた疑念を。万が一にもそれが真実であったのならば、それに至るまでの理由を。
いくら大義のためであったとしても、生徒の未来を絶つ事に手を貸すなどあってはならない。全ては生徒に寄り添うために。彼女は彼女なりのやり方で、陰謀の渦へと飛び込んでいく。
何か形容し難い、強烈な既視感に襲われながら。
書き直してる間にギーツも結構進みましたね。祢音ちゃんのくだりはマジでビビりました。
あかり→ネオンは人の心無いんかと。そして自身が考えていた展開の甘さを突きつけられましたわ。やっぱプロは違うでぇ······