DESIRE ARCHIVES 作:ベロベロベ
「皆揃った?」
「は~い先生♡ 全員ここに居ますよ」
「うぅ…………」
周囲に小鳥が耳触りの良い歌声を奏でる朝。陽射しも暖かく気持ちの良い時間であるが、コハルは顔を紅潮させてうっすらと涙を浮かべている。それを見かねた英寿は面白そうに彼女を見つめているハナコにそっと耳打ちを行う。
「……おいハナコ。お前そろそろいい加減にしとけよ」
「あら、私じゃありませんよ?」
微笑みを浮かべるハナコだが英寿は信じようとはしない。当然だろう、彼女は何度もコハルに対してセクハラ紛いの事を行っているのだから信じろという方が無理な話だ。
しかしハナコに同調する者が1人。開けられた窓からの風を受けて髪を靡かせながら、アズサは何でもない様に言い切った。
「コハルの服を剥いた件なら私だ」
「む、剥く!? ちょっと変な言い方しないでよ!」
「間違ってはいないだろう。コハルが中々起きないから私がシャワーを浴びせるために行った事だ」
「それはそうだけど! ……だからってあんな無理矢理……! あんなのはダメなの!」
「だったらコハルちゃん、次からは私が洗ってあげましょうか?」
「あんたは絶対に嫌!」
恥ずかしそうに縮こまっていた1分前から一転、勢いよく2人に噛みついていくコハル。以前までの少々弱気がちな彼女は最早どこにもいない。常識という枠から少々逸脱した補習授業部において唯一のまともな生徒という地位を確固たるものにしている様に、先生には感じられた。
「うんうん、皆元気があって大変よろしい。それじゃ、早速授業をと言いたい所なんだけど……」
黒板の前の教壇に立っていた先生は数枚のプリントを取り出し、裏側の状態で生徒達1人1人の机の上にそれらを置いていく。彼女達が不思議そうな顔をする中、彼女は笑顔でそれが何かを語りだす。
「ただ闇雲に勉強してても意味無いからね。改めて君達の現在地を知っておかなくちゃ」
「え``。じゃあこれって……」
コハルの口から濁った呻きが零れ出る。先生のその言葉を聞いて察しない者はいないだろう。つまる所、今彼女が配ったプリントは試験である。余りにもわかりやすいその反応に先生は思わず苦笑する。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃん。これはあくまでも模擬の試験だから、ね?」
「でも試験は試験だろう? 本番と同じ心構えで取り組まなければ意味が無い」
「まぁ、アズサの言う通りでもあるんだけどさ」
アズサの言葉は常に冷静で、かつどこかシビアだ。常在戦場とでも言うのだろうか。
事前情報での彼女は暴力行為ばかりを引き起こす問題児との事であったが、実際に話してみるとかなりのギャップだ。スケバンやヘルメット団の様な輩というより、トリニティの治安維持組織である正義実現委員会に所属していると言われた方がしっくりくる。
そのため緩んだ空気を引き締めてくれる存在ではあるのだが、コハルの様な緊張しやすい生徒にとってはマイナスに働く事も多い。
「構えすぎも良くないだろ。気楽に、余裕持っていこう」
「そうですよコハルちゃん、リラックスです」
ハナコと英寿の声かけに反応したのか、コハルの表情に明るさが戻っていく。2人のおかげもあるだろうが何だかんだ彼女は1回目の試験ではトップの成績だ。先生に教わった事で自身にも伸びしろがあると理解出来た事は大きい様だ。
「わかってる! 私はエリートなんだから、この位の試験余裕なんだから!」
「うん、その意気だ」
それじゃ、と先生はタイマーをセットし、椅子を持ってきてそこに座る。
「第1回学力査定模擬試験…………始め!」
▪▪▪
「はあ……」
「………………? どうした?」
柄にもなく大きな溜め息を吐き出す英寿に対し、景和は意外そうに声をかける。普段の余裕そうな振る舞いからは到底考えられない彼の弱り切った表情に、彼は少しギョッとする。
「……なあタイクーン。お前テスト何点だった?」
「え? テ、テスト?」
「百鬼夜行でもあるだろ、中間テストくらい」
「いや、あるけど……。どうしたの急に」
テスト、試験。英寿からそういったいかにも生徒らしい言葉が出るのは意外にも今が初めてだった。今まではデザイアグランプリという殺伐とした環境の中で会話する事が多かったが故に、軽い会話をする機会は無いに等しかったのだ。
しかも恐らく彼は今テストの点数で悩んでいる。何でもそつなくこなすイメージが強かった彼から発覚した思わぬ弱点に景和はついつい身を乗り出してしまう。
「なに英寿君、テスト駄目だったの?」
「別に……」
「いや駄目だったんでしょ。教えてよ何点だったの?」
「…………92点」
「絶対嘘だ化かされないよ」
「お前は何点だったんだよ」
「えっと確か数学が73点で――――」
「しかし俺達はどうしてここに呼ばれたんだ?」
「いやちょっと聞いてよ!」
恐らく平均値を大して上回ってもいないであろう点数をどこか得意げに語る景和をシカトし、英寿はサロン内を見渡す。現在そこに居るのは景和と英寿の2人のみ。
カンナやミカ、リオはまだ来ていない。それどころかナビゲーターであるはずのツムリやコンシェルジュのギロリすらもここにいない。
不審に思った彼が辺りを探し始めると、漸く1人が転送されてきた。
「……何とか片付いたな。コンシェルジュ、コーヒーを……、あれ?」
髪がボサつき、どこか疲れた様子のカンナはギロリの名を呼ぶが返事が無い。その場にいるのがプレイヤー2人のみだという事に気が付くと、不思議そうに首を傾げる。
「コンシェルジュに、ナビゲーターは……? 居ないのか?」
「さあな。俺らも知らない」
「ジャマトが現れたんじゃないのか……?」
カンナは自身の携帯端末に視線を落とす。画面にはただ『集まれ』としか書かれていない。時間指定などもなく、ゲーム開始の合図でもないなら何故呼ばれたのか。残念ながらそれを知る術は彼らにはない。
「なあ、ロポ。お前テスト何点だった?」
「は……? いやヴァルキューレ公安局長には定期試験の類は存在しないが……」
「は? 何だよそれ」
「うへ~、何々? 青春トーク? おじさんも混ぜて欲しいな~」
上級職の特権に不満げな様子を見せる英寿の前にホシノが現れる。相も変わらず緊張感の感じられない間延びした話し方で3人の話に入ろうとする。
「良いねぇ若いねぇ。おじさんはもうそんなので一喜一憂出来なくなっちゃったよ」
「あの、ずっと思ってたんですけど何で自分の事おじさんおじさんって言ってるんですか? 俺達と1つしか年変わらないのに……」
「まあまあ、細かい事は良いじゃない」
近くのソファにポスンと腰かけ、ホシノはそのまま身体を横に倒す。こうして見ているととても彼女が生き残れる強さがあるとは思えない。しかし英寿は椅子から立ち上がり、彼女に対して鋭い視線を投げかける。
「なあファルス、お前知らないか? どうしてツムリ達が居ないのか」
「うへ? いや、知らないよ。おじさんもただ呼ばれて来ただけだからね」
ホシノの目は変わらず眠たげに細められている。しかしその奥の瞳は全く笑っていない。敵対する者への確かな闘争心が込められたその目に彼はどこか既視感を覚えた。
「……そういえば、君もアビドスか」
「ありゃ、意外だね。スター様が私達みたいな辺境の借金学校知ってるなんてさ」
「それなりに有名だぞ。生徒数は少ないが、屈指の実力者が揃った学校だってな」
「…………もう学校とも呼べるか怪しいけどね。生徒もまた1人減っちゃったし」
英寿、そして景和の顔に影が差す。思い返されるのは血の気の多い、しかし自身の理想に真っ直ぐだった少年の顔。愚かしくも純粋で必死だった彼はもういない。自らの理想を叫び、無念の内に散っていった彼の表情を、景和は忘れる事はないだろう。
ホシノにとって彼は大事な後輩だったはずだ。少ない生徒の中、共に励まし合えるかけがえのない友人だったはずだ。もしかしたら、彼女は彼の復活を願っているのもしれない。景和は漠然とそう考えた。
「あの…………」
「あれれ? 皆お揃い? あ、ミレニアムの会長がいないか」
「いるわ。丁度着いたところよ」
景和がその事について言及しようとして躊躇い、行き先を失った言葉を持て余して口をモゴモゴと動かしていると2人の少女の声が響く。
1人は明るく、1人は無機質。相半する特徴を持つ2人が隣同士で並んでいるその光景はキヴォトス全土を探してもデザグラプレイヤーしか見る事は出来ないだろう。
「ナーゴか」
「あ、リオさん」
英寿の言葉にミカは反応を見せず、彼の傍を通り過ぎて彼女はギロリを探し始める。一方のリオは景和の隣にゆっくりと腰かけた。
「桜井景和君、だったかしら?」
「あ、はい。どうも……」
「この間はありがとう。感謝しているわ」
まるで機械の様に無機質なリオの表情はそれだけで威圧感のある代物だ。彼女自身がかなり背の高いモデル体型であるため、その圧がより増して感じられる。更に漂ってくる香水の良い香りに少しだけ景和はドギマギしてしまう。
そんな様子で彼女に感謝されるが、彼は何の事だか把握出来ない。それがパワードビルダーを投げ渡した事だと理解するのに、少しばかり時間を要した。
「いや、別に……。ほら、困った時は助け合いっていうか……、あのままだと皆死んでましたし……。あ、そういえばコユキちゃんってどうなったんですか?」
「ミレニアム地下の反省部屋に放り込んだわ。向こう1年は出てこれないでしょうね」
一切の感慨無く冷徹に言い放つリオに景和は少し身じろぎする。この感じは彼女に良く似ている。姉と共に働いている眼鏡の少女、そしてその後輩であるあの青髪エルフ耳の少女に。
近頃は疎遠気味ではあるが、2・3年前まではよく話していた。一緒に弁当を広げて笑っていた。あの頃の記憶は彼にとって宝だ。またいつかあんな日が来たら……、と彼は少し思考に耽る。
その思考は一瞬にしてミカに断ち切られたが。
「え~、君またバックル捕られたの? ちょっと間抜けすぎるんじゃない? 危機感って概念が脳みそに詰まってないのかな? そんなんで大丈夫?」
「別にそんなんじゃないよ! 俺はただ、あの時は協力すべきだと思っただけで……」
あからさまに神経を逆撫でしようとしている彼女の挑発。景和自身、この戦いが蹴落とし合いだというのは前回のデザグラで身を以て理解している。
しかし、その上で己の矜持を貫いただけの事。
「俺は正しい事をしたって、信じてるから」
その語気はお世辞にも強いものとは言えない。しかし確かな芯を感じさせる一言に、英寿は無意識の内に口角を上げていた。
「うんうん、良い感じに盛り上がってるね! じゃあそろそろ始めようか?」
プレイヤー同士の理念の衝突が始まる中で、唐突にその声は響いた。
大いに喜色の感情が込められたその声色は新鮮で、しかし既知の人物のものであるとわかりやすい。
プレイヤー達が声の主の方向へと視線を向ける。そこに立っていたのは血液を連想させる赤いゴスロリ衣装を着た明るい表情の少女。口調も服装もまるで違うが、それでも彼女がナビゲーターのツムリである事を見破るのは容易かった。
「あれツムリちゃんどうしたの? イメチェン?」
「フフフ」
ミカの問い掛けに彼女は答えず、意味深な笑みを浮かべるだけ。1人の例外もなく皆が怪訝そうな顔をするなか、彼女は両手をあげて力強く宣言する。
「それじゃあ早速始めようか? それじゃあ皆、レッツゴー!」
プレイヤー達は神殿を経由し、ゲームの舞台へと転送されていく。書き変わった先の景色は様々な店が立ち並ぶ繁華街。すっかり陽が落ちてはいるが街はまだまだ活気を保っており、灯りが消える気配はない。むしろここからが本番と言わんばかりに集客の勢いを加速させている。
「ここは、トリニティの繁華街か」
そう呟いたのは英寿だ。続けてミカもゆっくりと頷いた。2人の所属校の自治区はマンモス校と呼ばれるだけあって往来も激しい。周囲に存在を秘匿しなければならない今までのデザイアグランプリからは考えられない舞台だ。
また服装も今までのサバイバルスーツではなく、各々の学校の制服という出で立ちだ。
「そういえば、タイクーン達はどこに行った? ここには居ないが……」
「あの子達は別の場所! それじゃあデザイアグランプリ第3回戦、『天使と悪魔ゲーム』を始めるね!」
カンナの呟きに反応したのはツムリだ。イメチェンの範囲を通り越して不気味にすら感じられるテンションのまま彼女は言葉を紡ぎ始めた。
英寿達の足元に1つの箱が出現する。サイズとしてはそれほど大きくなく、掌より少し大きい程度。しかし普段のミッションボックスとは異なる真っ黒なそれは少しキナ臭さも感じる代物だ。
「今回のゲームはチーム戦! あなた達は今2つの陣営に分けられているの。ギーツ・ナーゴ・ロポが天使、タイクーン・シーカー・ファルスが悪魔。この2つが妨害しあうのが今回の肝だよ!」
「妨害…………!?」
別の個所に転送されていた景和がツムリの言葉を反復する。彼からすれば考えられない言葉だった。プレイヤー同士での直接的な妨害行為は違反行為。それがデザイアグランプリのルールだったはずだ。しかし今回のゲームはそれを推奨するかの様な内容。疑問に思ったのは景和だけではなく、リオも同様だった。
「待ってツムリ。デザイアグランプリは相手を攻撃する様な妨害行為は禁止ではなかったかしら?」
「うん! 今回から変わったんだ!」
「変わった……?」
「そう! ゲームマスターがね! だからルールも変更!」
サラリと告げられるその事実に一瞬プレイヤー達に沈黙が降りる。その後真っ先に口を開いたのは、英寿だった。
「どういう事だ?」
「そのままの意味だよ? ゲームマスターが変わったの」
彼女はそんな事どうでもいいとばかりにその話題を打ち切り、ルール説明を再開する。
英寿達に配布された箱は女神へのお供えもの。天使ライダーズはそれを指定された場所にまで届けなければならない。そして悪魔ライダーズは運ぶ天使達を妨害し、箱を奪えば勝ち。ゲームは全部で3回行われ、合計勝利数が高いチームが勝利するとの事らしい。
「相手プレイヤーへの妨害は何でもOK! それじゃあ始めようか?」
ツムリの愉しそうな口調とは裏腹にプレイヤー達の顔には戸惑いが見られる。しかし開始は目前。迷っている時間は無い。
「仕方ない、とにかくやるぞ」
「……とりあえずやらない? もう始まっちゃうよ」
英寿とホシノ。両陣営における最強格が戦いの準備に入り、それを見た他の者達もそれに続く。不可解と違和感を全員が抱く中、戦いの火蓋は切られた。
天使ライダーズの携帯端末には目的地が映し出されている。
「場所はどこだ?」
「ここは、シスターフッドがいつも使ってる礼拝堂……? 何でこんな所に?」
「さあな。考えるのは後だ。とにかく急ぐぞ」
人々の間を縫って3人は動き出す。とにかく最短ルートを通りたい所であるがそれだと読まれてしまう可能性もある。ここは繁華街。上手く人の中に紛れるのが最良だろう。
3人はあえて走らず、ゆっくりと人込みに潜り込んでいく。
しかし、ゲームはそう甘くない。人込みの中心にまで達した時、それは唐突に始まった。
「え、あれ確かスターの……えっとそうだ、英寿様じゃない?」
「ホントだ、え!? ティーパーティーのミカ様までいる! え、何で!?」
「ほほう…………。これはこれは、甘ぁーいロマンの香りがするねぇ」
「わ、私生で初めて見た……」
ざわめきは瞬く間に伝播し、人の流れは洪水に変わってその勢いを増していく。片や出歩くだけで黄色い悲鳴が沸き起こると専らの噂であるスター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズ 、片やトリニティのカリスマの象徴その一角。
この2人が並んで歩いているという事実はそれだけでインパクト抜群であり、一見すれば2人きり出歩いている見えなくもないその様子は何より人を引き付けるスキャンダルだ。当然周囲の視線を吸い寄せていく。
「お二人は、そういう関係なのですか!?」
「どこまで行ったのですか!?」
「手は繋ぎましたか!?」
来るわ来るわ質問の嵐。気が付けば3人の身動きは封じられていた。思わずカンナは英寿の背を小突いて声を荒げてしまう。
「おい……! せめてマスクとかで変装は考えなかったのか!?」
「おいおい、折角スターがここに居るんだ。皆に輝きを分けてあげないと勿体ないだろ?」
「言ってる場合か! どうするこんな騒ぎを起こせばすぐに居場所がバレるぞ!」
カンナの言葉は至極真っ当なものだ。実際彼女らは身動き1つ取れていない。仮に悪魔ライダーズが手を出してこなくても、彼らに十分な準備の時間を与えてしまう。とにかくここから脱出しなければならない。
そんな事を声を潜めて告げる彼女だが、それが群衆の目にはどう映るのか。耳元で囁き、男の手を掴む女が居れば誰しも不仲とは思うまい。寧ろその逆、非常に親密な仲だと考える者が居るのは必然なのではないだろうか。
何よりもミカとの関係が疑われた直後。群衆の頭の中は甘ったるい桃色の香りで満たされていた。
「あなた、確かヴァルキューレ公安局の……」
「まさか英寿様、二股!?」
「え!? いや私はただ…………!」
とんでもない誤解に思わずカンナは訂正させようと彼女らに向かって視線を投げる。しかし彼女らは全員顔を見合わせ、口を開いた掌で抑える、もしくは両手で紅潮する頬を挟んでしきりに何かを騒いでいる。中には既にスマホを操作している者もおり、視界の隅で弾けた光を認知した事もあってか、この先に待ち受けているであろう荒波を想像して彼女は真剣に自身の願いを変更すべきかと考えてしまう。
そんなカンナの苦労など露程も興味がないのか、群衆は英寿への質問を更に加速させていく。数多の人間の言葉がぶつかり合い、最早それらはただの雑音となって彼の鼓膜を揺らしていく。
「ええいどきなさい! 私が話していたのですよ!」
「いや私です! 私が最初に目を合わせました!」
その状況に業を煮やした1人が声を張り上げた。するとそこから私だ、いや私だとまるでマシンガンの様に絶え間なく声が上がっていく。その声色は連鎖が進む毎に激しさを増していき、最終的に本物の銃声へと変わった。
相も変わらずキヴォトスの生徒達は血の気が多いらしく、周囲からアサルトライフルやらハンドガンやらが火を噴く音が響き渡る。大規模な群衆が入り乱れ、既にここはちょっとしたパニック会場と化していた。
「あ、見つけた!!」
そんな中でも、英寿はその声を聞き逃さなかった。押し寄せる群衆の隙間から僅かに百鬼夜行の制服が見える。まず間違いなく景和であろうその存在に指先の焦点を合わせて、英寿はどいてくれるように懸命に叫ぶが、その声は周囲の歓声と銃声によってかき消されてしまう。幾ら存在を捉えたとしても身動き1つ取れないのでは意味がない。ミカやカンナも相手が一般生徒とあっては手荒な手段には訴えられないのが現状だ。
唯一幸いなのは景和自身もその群衆を突破出来ていない事だろうか。未だ最外部でオロオロとしているため、当分脅威にはならないだろうと英寿は判断する。
そうなると残る2人はどこへいったのか。その答えはすぐにわかる事となる。
「…………!? しまった!」
英寿が抱えていた箱の感触が唐突に消え去る。急いでその方向へと視線を送るが見えてこない。しかし犯人の目星は既についていた。
「ファルスか!」
「よし、ゲット……!」
まず間違いなくホシノだ。景和は最外部で銃撃戦に巻き込まれ始めているし、リオは体格の問題もあって英寿達の下までスムーズに来れるとは考えづらい。であれば人一倍小柄な体格をしているホシノしか考えられないのだ。
問題はそれがわかった所で現状に変化が無いという事だ。
「仕方ない、私が行く…………」
その場で即行動に移ったのはカンナだった。群衆の目的はあくまで英寿とミカ。彼女自身は二股疑惑を掛けられているが、それでも二の次だろう。……二の次であってほしいという願望を込めながら、彼女は勢いよく腰を下げる。
「変身…………」《SET》《NINJA》《READY………、FIGHT》
声を潜めてバックルを操作すれば意外にもドライバーが空気を読んだらしく電子音のボリュームが随分と抑えられていた。まさかの機能に驚愕しながらも彼女はニンジャフォームによる変わり身で一瞬で集団から抜け出し、ホシノの前に立ちはだかる。
「そいつを渡して貰おうか……!」
「うへ、公安局のお偉いさんなのに随分と悪者っぽい台詞だね?」
「…………世間の評価と内情は乖離するのが世の常だ」
仮面ライダーロポはニンジャデュアラーを双剣として構え、腰を落とす。周囲に人はいない。もし居ても大きく変わりはしないが、それでもこういった状態では居ない方が良いと思えるのは何故だろうか。
「……変身」《GREAT》《READY……、FIGHT》
ファルスとロポ、二名の剣がぶつかり合って火花を散らす。相手がロポであるのはファルスにとっては幸いであった。
正直に言えばこのレイジングフォームは余り使い勝手が良くない。身体スペックは然程高くなる訳ではないにも関わらず、与えられるのは長剣1つ。それを何度か当てなければ真価を発揮出来ないという特性上、対策は比較的容易であると彼女は分析していた。マグナムの様な飛び道具ならまだ搔い潜れる自身があるがニンジャという何をしてくるのかよくわからないが、先程を見るに面倒な搦め手を用いてくるだろうと予想はつく。
もし相手がこれの特性を知っている英寿がニンジャを使用してくるのであれば、面倒な事になったのは想像に難くない。しかし相手がロポであるからこそ、彼女は比較的優位に立ち回れていた。
「よっ、と!」
「クソ………ッ!」
ロポの姿が再び消え、そして瞬時に別の場所に出現する。その神出鬼没ぶりはまさしく忍者であるが、対処は容易だった。仮面に取り付けられたバイザーが彼女の居場所を一瞬で特定してくれる。おかげで思考を割く割合は少なくなり、後は純粋な反射神経がものをいう戦いになる。
ロポ自身、数多くの修羅場を潜ってきたのは間違いない猛者ではあるのだが、それでも暁のホルスの異名を有するファルスには及んでいない。何よりもロポが余りニンジャバックルの力を引き出せていないというのも一因だろう。忍者は今や空想の中の存在。幼い頃から憧れていたという訳でもない限りは使いこなせるはずもない。
ロポの攻撃は当たらず、彼女に苛立ちだけが募っていく。
《FULL CHARGE》
既に条件は満たされた。剣からバックルを取り外し、それを空いている側のスロットに取り付ける。
《TAKE OFF COMPLETE!! JET&CANNON!》
こうなると戦況は完全にファルスのものだ。機動力に特化したジェットモードで空中に陣取り、力を込めた剣撃を胸部に1発。速度も兼ね備えたその一撃は変わり身を使用するよりも速く、ロポを大きく吹き飛ばした。
「グアァァッ!!」
「あ…………」
吹き飛んだ先にあったトラックとロポが激突する。飛び去る前にそれを認識した瞬間、ファルスは動きを止める。そして直感的に悟った。
マズい、爆発すると。
「うおっ!?」
再度ロポの身体が宙を舞う。今度は背中から勢いのある爆風を受け、彼女は前のめりに倒れてしまう。一体何が原因で爆発したのかはわからない。火器の類を運んでいたのか、キッチンカーなどの火気を扱う必要のある車だったか。しかしそれを確かめるのは鉄くずとなった今では不可能だ。重要なのは爆音によって、周囲の注意がそこに集まったという事実とそれによって英寿達への拘束が少しだけ緩んだという事だ。
「チャンスだ、行くぞ!」
「ふぅ、もう髪バラバラじゃん…………」
ミカと英寿は素早く近くの路地に身を隠し、腰に巻いたドライバーにベルトを取りつけ、そして戦場へと駆けた。姿は既に仮面ライダーへと変化しているため、端から見れば誰が誰だかわからないだろう。
「待たせたロポ、大丈夫か?」
「…………ああ」
「うっわ凄い燃えてる……」
幸いにも車内に人はいなかった様だが、それでもパチパチと音をたてて破片が燃えているのを見ると破壊したという事がよくわかる。ファルス自身、やってしまったという気持ちが少しはあるのか一瞬星空を仰いだ。
「……ま、こういう事もあるよね」
「出来るだけ無くして欲しいものだがな」
立ち上がったロポがそう返し、戦いは再開する。空中にいるファルスをギーツとナーゴが弾丸と雷撃で落としにかかる。一対一ならば明確に有利である高さの優位も、数に差が出れば関係ない。ましてや相手は百戦錬磨の猛者2人に化け物染みた腕っぷしの持ち主1人。ファルスはキヴォトスにおいて最強とも言える実力者ではあるが、それでもこの差は覆せない。
「変身!」《HIT ZONBIEィ……!》
そこに割り込んできたのはタイクーン。彼はギーツが放った弾丸をゾンビブレイカーで弾き、ファルスを庇う様に敵と向かい合う。
「ちょっと待ってよ! 本当にライダー同士で戦うの!?」
しかしその第一声はそのごつい装備に似合わぬものだった。弱弱しく狼狽している、まるで何の力も持たない一般人の様なその様はとても前回のデザグラを生き残った者とは思えない。
「こんなの、おかしいでしょ!?」
「まあ、今回はそういうゲームみたいだからなぁ」
確かにギーツもおかしいとは感じている。しかしタイクーンの言う『おかしい』とは急なゲームマスター変更の事ではなく、今現在そのもの。ライダーとライダーが武器を振るい合って傷つけあう、この現状の事だ。
「どうして皆、戦えるんだよ……? 仮面ライダーはジャマトから世界を守るための存在じゃないの!?」
彼のその叫びに応えたのはナーゴだった。しかし言葉ではなく、ビートアックスによる一撃で。凄まじい重さを持つそれは彼の紫の装甲を激しく揺らし、そして地面へと打ち付けた。
「あのさぁ、やっぱりあなた根本から履き違えてるよね。これは理想を叶えるためのゲームでしょ?」
ナーゴの口調は不気味な程に軽い。何かどす黒いものを覆い隠すための重い蓋の様な、そんな矛盾した口調。その仮面の下ではどんな顔になっているのか、それを想像出来る者は1人だけ。
彼女はその秘めた感情を武器に乗せて、再び武器を振り下ろした。咄嗟に避けたが、その一撃は勢いよくアスファルトを砕き、周囲に大きな亀裂を入れた。ゾンビの装甲で重さが増しているタイクーンの身体が僅かに浮くレベルの、寒気がする膂力。まともに喰らえばただでは済まないだろう。
「ゴメン、やっぱり私、あなたみたいな人嫌いだよ。知った気になって綺麗事ばかり言う人、大嫌い」
「おいナーゴ……」
ユラリと動き出したナーゴはギーツが諫めるよりも速くに地面を蹴った。大きく飛び上がり、そして炎を纏った斧を振り下ろす。
「…………ッ!」
その激しくも荒い一撃を、タイクーンはバックステップで避ける。乱雑だ。戦いには余り慣れていないのか、それとも技術を習得するまでもなく敵を叩き潰してきたのか。恐らく後者であろうナーゴの相手を務めるには彼では力不足であろう事は誰が見ても明らかだ。
それは天使ライダーズには吉報であり、悪魔ライダーズには悲報だろう。既に周囲の人間は訳のわからない連中がとんでもない喧嘩を始めたと散り散りになっている。
《FUNK BLIZZARD!》 《POIZON CHARGE》
透き通る様な冷気と紫の毒々しいエネルギーを纏った互いの武器が衝突する。単純な重さで言えばゾンビフォーム、そしてゾンビブレイカーに軍配が上がる。しかし持ち手の力量を加味した場合、それは逆転する。
「うっあ、ぐぅ……」
壁に勢い良く激突し、背中に広がる鈍い痛みに彼は呻く。膝をついて何とか立ち上がるも既に眼前には斧が迫っている。それを反射で避けられたのは、彼が今までの戦いを通して反射神経が鍛え上げられているのだという実感を何よりも得られる事実であった。しかし避けるのが精一杯であり、そこからの反撃に転じるまでには至らない。もしも相手がジャマトだったならば攻撃を当てられたのかもしれない。しかし相手が仮面ライダー、紛れもない人間だという事実が彼の判断を明確に遅らせる。
迷いが生じれば人は弱くなる。戦闘において、それは余計なノイズ以外の何物でもない。故にタイクーンはナーゴの攻撃に対して防戦一方という結果を受け入れる他無かった。
《GIGANT SHIELD》
そして振り下ろされる決定的な一撃。大きく仰け反り、無防備な状態に叩き込まれんとするそれを受け止めたのは紺色の巨大な盾だ。マシンアームによって握られているそれは斧を弾いた後、面を勢いよくナーゴに叩きつけた。
「う…………!」
通常よりも遥かに巨大かつ重量を増しているそれをまともに受ければ、彼女とてノーダメージという訳にもいかず、今度は彼女自身が地面を転がる事となった。
現れたシーカーはタイクーンの隣に立ち、彼に向けて言葉を投げる。
「何をしているの? あなたはもう少し強いと思っていたのだけれど」
仮面の奥から放たれる言葉は変わらず無機質な様に聞こえる。しかし彼女とある程度交流がある人間が聞けばその言葉には明確な感情が宿っているとわかるだろう。タイクーンからしてみれば出会って日も浅い彼女の気持ちを窺い知る事なんて出来やしない。しかしその言葉に良い意味が籠っていない事は理解出来た。
「ああもう。邪魔しないでくれない?」
「それは無理ね」《GIGANT BLASTER》
斧で空気を切り裂きながら迫るナーゴに対し、シーカーはブラスターによる中距離戦という選択を取った。まともに戦えば勝ち目が無い事は明白。であれば彼女の領域に侵入しなければ良い。
パワードビルダーの能力で足場を作り、上から一方的に弾丸を吐き出していくその戦い方は酷く面白みに欠ける、しかし非常に合理的なビッグシスターに相応しい戦い方と言えるだろう。事実ナーゴは彼女に近づきたくとも、全く近づけていない。時折漏れる声からは明らかな苛立ちの感情が込められており、雷撃や炎を放ってみるものの、その射程まで完璧に把握している始末だ。ほとんど見せていないはずの攻撃までしっかりと対策を練ってくるあたりがいかにも勉強漬けのリケジョらしい、とナーゴは自身の完全な偏見を心の中で毒づいた。
「………………どうして」
それを見たタイクーンはただ地面に視線を落とす。わかっているのにも関わらず、それでも呟かずにはいられない。理想を叶えるための蹴落とし合いである事はわかっているとは思ってはいたものの、それは相手がジャマトという明確な怪物だったからだ。直接人間を傷つけるという事に慣れている程、彼は長く戦場に身を置いていた訳ではない。銃弾や砲弾程度なら死にはしないが、流石にライダーの力で攻撃すればそうはいかないだろう。それはヘイロー持ちの人間を容易く殺せる力だ。嬉々として人間にそれを振り回せる者などそうはいないはずだ。はずだというのに。
彼以外、誰もがそれを躊躇わない。一切の手加減なく、力を振るっている。
理由はわかる。理想のため。何度も何度も反芻してきた2文字だ。
『…………戦わなければ、欲しいものは手に入らないぞ』
「そうだ……。世界を、変えるには……」
いつかの英寿の言葉が脳裏に過る。そうだ、これはそういう戦いだ。
間違いなく疑念はある。しかし今は抑えるべきだ。勝たなければ、何も始まらないのだから。
「……何も傷つける必要はない!」
今一度自らの理想、そしてゲームの内容を確認し、タイクーンは再び駆け出した。目を向けたのはナーゴとシーカーのその先、ギーツ・ロポvsファルス。
「…………っ!」
タイクーンはアスファルトを蹴って、駆けぬけていく。そのオレンジの瞳が捕らえたのは、ギーツだ。
《GOLDEN FEVER VICTORY!》
「…………うお!」
タイクーンは加速の勢いのまま地面を蹴り、大きく爪を振りかぶる。その先に居たギーツはほんの僅かな驚きと共にそれを避けようと後退する。対する彼はその攻撃を修正しようとしない。勢いそのままに、爪を地面に突き刺した。
「ヤバッ!!」
地面に鋭利な爪が刺さったその瞬間、無数の手がギーツの脚、そして下半身を掴んだ。その握力は強く、彼の動きを封じるのに十分な役割を果たしている。
「ここから離れよう!」
「…………! オッケー、ナイスだよ!」
元より飛行可能であるファルスからは未だ箱を奪い返せていなかったギーツ達はその言葉に焦らざるを得ない。
このゲームは天使と悪魔による箱の奪い合い。そして悪魔の勝利条件は時間内に箱を奪い、かつ奪い返されない事。であれば何も積極的に戦う必要などない。箱を持ったまま身を隠せば、そのまま勝利まで一直線だ。
「行かせると思うか……!?」《NINJA STRIKE》
咄嗟にバックルを操作し、嵐と共に無数の手裏剣を打ち出すロポ。しかしその全てをファルスは容易く躱していく。放たれた攻撃は決して甘いものではないというのに、その動きに思わず2人は息を飲む。
「じゃあねぇ~、お二人さん。また次のゲームで~」
最早戦いは収束したとでも考えたのか、彼女の口調はゲームが始まる前の気の抜けたものへと戻っている。しかしギーツは諦めていない。取り出すのはタイクーンが付けているものと同じフィーバーバックル。長い戦いの中で蓄積した経験の中から、今の状況に対抗する武器を彼は知っている。
《REVOLVE ON》《SET FEVER!》
ドライバーを180度回転させてスロットを回し、出たのは『???』。現れたニンジャの鎧が下半身にギーツは仮面の下でほくそ笑んだ直後、その姿が一瞬にして消える。
「しまった!」
タイクーンが彼を取り押さえようとするが時既に遅し。彼は空中に飛んでおり、ライフルモードに変形させたマグナムシューターを構えている。
スコープの先には急速に飛び去ろうとするファルスの背中が見えていた。
「返して貰うぞ」《TACTICAL BLAST》
光速の勢いで発射される光線。それは照準を合わせたその先に向けて寸分の狂いもなく一直線に飛んでいく。
「――――――!」
「なっ!?」
しかし、それすらも彼女は読んでいた。2色の光を纏わせた剣を振るい、その光線を打ち払う。光線は軌道から逸れ、どこか別の場所へと着弾し、大爆発を発生させた。
硝煙の中に交わる悲鳴に心の中で謝罪しながら、ファルスは今度こそ飛び去っていった。
《GAME SET》
戦いの終わりを告げる知らせが届く。勝者は悪魔ライダーズ。全3回戦の内のまだ1回戦とはいえデザイアグランプリ史上初であろう、ギーツの黒星。
これからの展開を暗示するかの様な、波乱の幕開けであった。
誤字報告など待ってます。