DESIRE ARCHIVES 作:ベロベロベ
そしてラビット小隊追加エピが漸く……
アビドス高等学校自治区のどこかに存在する小さなオフィス。そこに鎮座する黒服は自らに迫る客人を見て、静かに嗤う。彼は今胸倉を掴まれ、額に銃をつきつけられ、端から見れば強盗に脅迫されていると取られかねない状況だ。しかしその実態は全くの逆。一見すれば命を握られている側が笑みを浮かべ、握っている側が焦燥に駆られる。上辺だけでは測れない、大人の世界がそこにはあった。
「説明してよ……! アレは何?」
「ふむ。アレ、とは?」
「とぼけるなっ!」
ホシノの脳裏に過るのは昨晩に遭遇した道長の姿。一目で異常であるとわかるその姿は彼女が裏を知っているであろう黒服に詰め寄るのに十分なものだった。
譫言の様に仮面ライダーと呟き、無差別に憎悪を発露させる。過去の思い出すらも踏みにじるあの蛮行が彼のものだとはとても思いたくない事であった。
「あれは道長君なの? もしそうなら彼に一体何をした!?」
「クククッ……。ホシノさん、どうか落ち着いてください」
「落ち着ける訳が……!」
やはりコイツは知っている。その上で笑みを漏らしているのだと確信したホシノは首元を掴んでいる腕をどんどん強張らせていく。命を賭けて戦っている自分を見て、全てを知った上で高笑いを決めている目の前の大人が憎くて憎くて仕方がない。カイザーと黒服の存在が、大人が彼女にとって唾棄すべき存在であると確信させていく。所詮は弱みにつけこむ事でしか動けない烏合が、簡単に未来を奪い去っていくのだ。
「さっさと答えろ! さもないと――――」
「……あなたの想定は半分正しく、半分は間違っていると言えるでしょう。退場者である吾妻道長の体は間違いなく朽ちています。しかしIDコアは別です。プレイヤーの記憶と願いはそこに保存されています」
「…………それで?」
「恐らくはジャマトが吾妻道長の記憶を保持しているのではないかと。記憶の定着が不完全であるからこそ、あの様な挙動なのではないかと推測出来ます。……これ以上は何とも。何せ前例の無い事ですから。」
言い終わった黒服からホシノはゆっくりと手を離し、銃を降ろす。黒服は怒る事はなく、ただ含みのある笑い声をホシノへと向けている。額に触れる冷たい銃口の感触も、彼にとっては脅威ですらない。子供を相手取るのに、暴力など必要無い。ただ言葉を向けるのみ。それだけで簡単に相手は崩れていく。
「ホシノさん」
「…………何?」
「私は、契約を違えません。あなたが目的を果たしてさえくれれば、それで全てが解決するのです」
「…………」
子供を相手取るのに、嘘をつく必要すらない。ただ厳然とそこにある真実を告げるだけで相手は簡単に頭を垂れる。何せ彼女には手段が無い。例え先の見えない愚かな道を辿っているのだとしても、引き返す訳にはいかないのだ。
「勿論それが果たせるよう、私もベストを尽くさせて頂きます。私は貴方のサポーターですから」
そう言って黒服から手渡されたのはブーストバックル。一発逆転の可能性を秘めたそれを渡すという事はやはり彼の言葉は嘘ではないらしい。それが逆にホシノの神経を逆撫でする。
どこまでもこの
▪▪▪
補習授業部合宿最終日、最後の模擬試験が終了した。今までの授業内容の総決算とでも言うべきその試験。ここでしっかりと結果を出せれば合格は十分に可能と断言出来るそのテストの結果が遂に返却される。
下江コハル、71点。白洲アズサ、68点。浮世英寿62点。
成績が相当に怪しかった3人の結果は当初とは比べ物にならない程の成長を遂げており、最早補習生とはとても言えないレベルにまで至っていた。
「や、やった! ホントだよね? 嘘じゃないよね!?」
「与えられた任務は必ずこなす。難題だったがやり遂げた」
「……………………ふぅ。ま、こんな所でこの俺が躓く訳にはいかないからな」
三者三様に自らの成長を喜ぶ中、唯一普段と変わらない笑みを浮かべるのはハナコ。今までの結果から言えばぶっちぎりの最底辺であった彼女の点数は如何ほどか。全員が揃って合格出来なければ意味が無い補習授業部にとって彼女の成績は大いに気になる所であった。
「ハナコ、100点」
「100点!?」
コハルの驚愕に満ちた甲高い声が教室内に響き渡る。今にも飛び上がらんばかりに驚いている彼女だが、その他2人も少なからず驚愕していた。
今までのハナコの点数はほとんどが一桁。昨日の模試で漸く10点代に達したというある意味で異例の記録を誇っていた。それが今日は何と満点。たった1日でこうも様変わりするものなのかと感じてしまうのは仕方がないと言える。
唯一先生だけは彼女の叩き出した結果に対して大きな反応を示していない。
「皆凄いね。本当によく頑張りました! でも油断だけはしない様に。ハナコ以外の皆はしっかりと間違えた所の復習もしておいてね。それじゃあ今から質問タイム! まずは1年生用の試験の方から行こうか」
先生が模範解答を手に取りコハルとアズサの机へと近づいていく。一生懸命に質問する2人を微笑ましく思いながら、ハナコの顔から一瞬だけ笑顔が消える。脳裏を過るのは昨日の出来事。
ゲヘナの不良集団との一悶着が終了した直後に視界に飛び込んできた彼の事が今でも頭から離れない。トリニティの学内掲示板では細々とではあるが動物の仮面をつけた不良集団について語られている。奴らの目的は何なのかというのが主な話題であり、中には冗談半分でエデン条約締結の阻止だという様な輩もおり、その意見を見た時に彼女の中に明確な違和感が生まれたのだ。
それは補習授業部の存在意義。本来の補習とはその時の試験において成績の振るわなかった生徒達に対して行われる一種の救済措置である。半ば罰ゲームの様に捕らえられる事も多く実際強ち間違っていないのだが、それでも生徒が留年の危機に陥らないために行われるものである。
そしてその対象となるのは基本的に赤点を取った生徒である。トリニティにおける赤点の定義は平均点の半分以下。先の中間試験では2年生の総合平均は68点だったためにその半分以下が赤点となる。ハナコはそれをしっかりと下回っており、選ばれるに足る条件を揃えていた。
しかし、気になる所はそこではない。問題は補習授業部の生徒がたった4人しかいないという事。トリニティ総合学園はキヴォトス屈指のマンモス校であり、それ故生徒の学力は千差万別だ。確かに全体的に見れば偏差値は高い部類に入るものの、それでも必ず落ちぶれる生徒は現れるもの。基本的に優れた学力を有する正義実現委員会におけるコハルなどその典型例だと言える。
勿論実験的な役割を兼ねており特に酷い者達が集められたという解釈も出来なくもない。しかしそれは今行うべき事だろうか。長年の確執を有するゲヘナ学園との融和の一歩を踏み出そうというこの大切な時期に?
考えすぎという事もありえる。しかし一度疑い始めれば止まらなくなってしまうのは1年前に謀略策略の渦の中心に身を投じていたからだろうかとハナコは漠然と考えていた。
だから彼女はあの騒動の後、1人先生の部屋で彼女と話をしたのだ。
「先生、単刀直入にお聞きします。補習授業部設立の目的は何ですか?」
「…………どうしたのいきなりそんな」
先生は面食らった様な表情を浮かべてハナコを見つめた。最初はいつもの冗談だと思われたかもしれないがその時の彼女の顔は真剣そのものであり、決してふざけている訳ではないのだと思い直した。
ハナコは話した。先程自身が抱いた違和感を包み隠さず。先生に対してならばスルリと話せてしまう。そんな思いを抱いたのはいつぶりか、彼女は最早わからない。
「気にはなっていたんです。今までは意図的に避けていた部分もありました。しかし昨晩の英寿君を見て、また浮かんできてしまったんです。補習授業部設立にはエデン条約が関わっているのでは、と」
ハナコは補習授業部に集ったメンバーについて、改めて考えたのだ。
まずは下江コハル。彼女は異動理由では純粋に成績が悪くて異動してしまったとあり、実際それは間違いではない。しかし彼女にはもう1つの側面があるのだ。所属元である正義実現委員会、その副委員長の羽川ハスミ。彼女とコハルは相応に仲が良く、ハスミ自身コハルにかなり目をかけているという話があるのだ。
ハスミという生徒はトリニティでも屈指のゲヘナ嫌いである。よって立場と権力を持った彼女を抑えるための人質として捕らえられているという見方も出来なくもない。
次に白洲アズサ。転校生である彼女は以前の学校が不明であるという時点で十分に怪しいのだが、加えて普段の素行が大いに問題ありとされていた。ここに来る以前にも陰湿なイジメを行っていた生徒にではあるが暴力行為を行い、その結果正義実現委員会相手に大立ち回りを演じるという相当に怖いもの知らずな事をしている。つまりは自身が気に入らないものに対しては容赦なく手を下すという性質の持ち主という事になり、その対象がゲヘナに向いたとしてもおかしくはないと考えられている可能性はある。
更に、彼女自身夜な夜な怪しい動きをしている事もハナコは把握していた。
浦和ハナコ。1年生の時にはあらゆる試験で満点を叩き出し、シスターフッドやティーパーティーなどあらゆる有力な組織から声がかかったという異常な天才。しかし今ではそれらの実力は鳴りを潜め、全裸でプールに出没、夜の校舎を水着で徘徊するといった奇行を行っている。
つまりは理解不能であり、過去の残した実績もあってか危険視されているのだろう。
最後に、浮世英寿。シスターフッドに所属している彼は現在スターとしてキヴォトス全域でその名を知らしめている大物だ。近頃はスター業務に力を入れており、シスターフッドの活動はほとんど行っていないが大きな影響力を有しているのは間違いない生徒。もしも彼が声高にエデン条約への不平を唱えれば同調してくる生徒は後を絶たないだろう。加えて外部で何やら怪しい事を行っているという噂もある。
つまりは集った全員がエデン条約に対して、何らかの影響を及ぼす可能性がある生徒達なのだ。それも良いものではなく、負の影響を与える可能性が高いと目されている可能性が高い。
「この部活を立ち上げたのは恐らくナギサさんでしょう?」
「…………!」
「ミカさんはこういった政治には向きませんし、セイアちゃんは――――。まあそれは置いておくとしましょう。とにかく、彼女がこの時期にこの様な部活を立ち上げたのは本当に成績関係だとは思えないんです」
「……ハナコ、あなたは…………」
ハナコの口調は確信に満ちたものであり、彼女の口から語られた言葉は先生を驚愕させるに足るものだった。
事前情報として、彼女が優秀な成績を収めていたという事は知っていた。しかしまさかここまでとは。彼女は今回の裏の事情は何も知らず、ただ1度英寿を外で見かけただけ。たったそれだけでここまで辿り着いたという事実に驚きを通り越して戦慄すら覚えてしまう。
「つまりナギサさんはこの中の誰かが、エデン条約を妨害すると考えている。私達の中に『裏切り者』がいると、そう考えているのではないですか?」
「……凄いね」
正解だ。反論の余地はなく、最早それ以外に言う事はない。先生の口から出たのは素直な賞賛だった。
こうなっては仕方がないと、彼女はハナコに全てを話した。補習授業部の裏の目的は裏切り者の判別であり、自身はそのためにティーパーティーに呼ばれた事。このままでは補習授業部の生徒が退学になってしまう事。
ハナコの顔が大きく顰められる。
「……退学。そんな事……」
本来退学とは様々な問題を重ねた生徒に対して何度も何度も審議を重ね、ようやく下される処分である。最近行われた例としては『小熊ルル』と『蜜蜂アマネ』に対して相当に苛烈なイジメを行っていた生徒数名に下されたが、それにもかなりの時間を要した。当然権限があるとはいえ単独で行うものではなく、仮に行ったとすれば権力の濫用として周囲からの反発は避けられない。
だからこそあり得ないという思いが生じ、結果気がつくのが遅れてしまった。しかし今回に限って言えば、彼女には大きな味方がついている。それは連邦生徒会長であり、それ故この様な強硬策も行いやすくなっているのだろう。いくら内部から責められようと、連邦生徒会長がいる限り万が一は避けられる。
(それにしてもまさか本当にそんな事をするなんて――)
そこまで考えて、ハナコは首を横に振った。今ここでたらればを考えていても仕方がない。考えるべきはこれからどうするべきか。彼女は今までの自身の行いを恥じた。いくら知らなかったとはいえ、自分勝手な都合で周囲の人間に取り返しのつかない事にさせるところだったのだ。
「……先生やコハルちゃん達に申し訳ない事をしてしまいました。ごめんなさい」
ハナコはそう言って深く頭を下げる。謝ってすむ問題ではないだろうが、それでも。
そんな彼女に先生は優しく声をかける。
「……そうだね。私はともかく、英寿とアズサとコハルにとっては本当に迷惑な話だったかもしれないね。でもどうしてあんな点数を……? 去年はもっと良い点数を取ってたんでしょ?」
「はい……、おっしゃる通り、あの点数はわざとです。でもその理由は、ごめんなさい。とても個人的なものですし、あまり人に話したくはないのです……」
罪悪感からかハナコの主張は控え目だ。しかし彼女は彼女なりに大きなものを抱えているのであろう事は先生にもわかった。だから無理に聞こうとはしない。
「わかった。無理に聞くつもりは無いよ」
「ありがとうございます先生。勿論これからは最低限皆が退学にならない様に頑張ります。この位の試験ならば満点を狙えますから安心してください」
「そっか、よかった。ありがとうねハナコ」
「いえそんな……。元々私の我儘ですし……。謝罪を幾らしてもしたりないでしょう。――――裸で手をつくというのはどうでしょうか?」
「いや結構です」
相変わらずなハナコの微笑みを見て、先生は安心した様に息を吐く。肩の荷が降りた影響か全身から緩やかに力が抜けていくのを感じたが、話はまだ終わっていない。
全てがわかった上で今後どうしていくか、それが重要なのだ。
「とりあえずこの事は私達2人の秘密にしておこう。他の皆に変なプレッシャーを与えたくないし、試験に集中して貰わないと」
「はいそうですね。……それにしても、先生とこんな時間に秘密を交わし合うだなんて……どこか背徳感を感じてしまいますね♡」
「…………そうかな?」
「それにしても先生も災難ですね。まさかこの様な事に巻き込まれるだなんて」
ハナコはどこか呆れを滲ませながらぼやく。彼女から見て、先生は補習授業部のために動いてくれていたのは明らかだった。膨大な過去問から模擬試験を作成し、しかもそれらは学年別で分けられている。1年生~3年生の3種類の試験を作るのは決して容易ではないはずだ。しかしだからこそ、彼女が純粋に生徒のために動いているのだと信じる事が出来た。
「それはまぁ、そうかな? でも私は生徒を疑う事に時間を費やすつもりはないから」
「え?」
「信じる事。それが
それだけは彼女は断固として譲らない。それを捨てた時、彼女は死んでしまう。
「私の役目は補習授業部の皆を無事に卒業させる事。そしてあなた達やナギサ達が皆笑い合える様にする事だよ」
そう語る彼女の瞳は余りにも美しく、そして強い。
「でも先生。この中には――」
「そんな事、
先生は何を見てきたのだろうと、ふとハナコは思った。一体どんな経験をしてきたら、そんな目が出来るのだろうか。どこまでも優しく、圧倒されてしまう目。その上で彼女は信じると言ったのだ。果たしてその言葉の裏にはどれほどの思いが込められているのか、彼女には想像もつかない。
(違うんです先生――――)
ハナコは先生の様にはなれない。現状、彼女から見て怪しい者が1人居る。
今までも急に姿を消していつのまにか戻ってきていた少年。
(浮世英寿という生徒は、
その事を彼女は決して、口にしなかった。
▪▪▪
時間が過ぎ、明日に備えて復習を終えてそろそろ寝なければならないという雰囲気が流れ始めた時刻。英寿は参考書をパタリと閉じてペンを置いた。今日は自分でもかなり頑張った日だと言える。近頃は様々な事に頭を使っていた。デザグラは勿論、試験勉強などいつにも増して負担が大きかったと断言出来る日々だった。
それもあと少しで終わる。第2次特別学力試験に合格さえすればいつも通りにゲームの攻略に尽力出来る。皆でワイワイと集まって勉強するというイベントは相応に楽しく、名残惜しくはある。
「………………」
勉強によって幾らか消耗がそれでも彼の体力は未だ問題ない。そもそもデザイアグランプリはいつやってくるのかは一切不明であり、それに備えてある程度の体力及び精神力は常に確保しておかねばならない。今回の合宿では少々不安だったがこのままのペースでいけば問題はないだろう。普段からもう少し勉強しておこうと、そんな生徒としては当たり前の感情をしみじみと実感する一週間だった。
しかし、英寿にとってはそこはゴールでも何でもない。全ての終わりは目的を果たした時であり、それまではまだまだ長い時を要する。加えて幾つかの懸念点も存在している。最たる例が、昨晩出現した敵。何故かジャマトの力を使用してはいたが、あの姿は間違いなくバッファであり吾妻道長だった。
(バッファのIDコアは割れていた。……普通ならもう生きてはいないはずだ)
デザイアグランプリにおいて被害にあった街や一般人は全てが終わると同時に元に戻される。命、記憶、被害、その他諸々が無かった事にされるのだ。しかし仮面ライダーだけは例外であり、どれだけの人間が修復されようと元居た場所に戻る事はない。命を落とした仮面ライダーは世界そのものから退場となる。過去一度たりとも、そのルールが破られた事はない。
英寿の頭の中には2つの可能性が浮かんでいた。
1つは道長に何らかの細工を施し、ジャマトとして再誕させた可能性。2つ目はアレは道長本人ではなく、彼の姿をジャマトが模った姿であるという事。
後者に関しては前例がある。前回のデザグラで参戦していた毒島ベラ。仮面ライダーブルドンナとして参加した彼女はビショップジャマトによる擬態であり、違和感は幻覚によって誤魔化されていた。しかし前回と全く違うのはIDコア。ブルドンナは通常のジャマトライダーと同一の物であったのに対して、道長が使用していたのは正真正銘バッファのコアだ。IDコアは本人専用であり、その他の人物は如何なる理由があったとしても使えないはずだ。
それを踏まえるとやはり近いのは前者という事になる。
「…………っ」
英寿は無意識のうちに拳を握りしめていた。衝突こそ多かったものの、道長は共に理想のために競い合ったライバルであり、考え足らずな面を持ちつつも愚直に理想へと走る彼を好ましく思っていたのだ。だからこそ、彼の尊厳を踏みにじる様な真似をした者が許せなかった。
終わったら必ず問い詰めようと、決意したその時。彼の携帯が鳴り響いた。それはデザグラのものではなく、普段使いしている彼の携帯。表示されたメールアイコンをタップし、その内容を確認する。
「…………………………は?」
その内容は衝撃的なものだった。思わず彼らしからぬ間抜けな声が漏れてしまう程に、馬鹿げた内容。
「ええぇ!? ちょっと、なにこれ!?」
近くでコハルが騒いでいる。恐らく理由は同じものだろう。
送られたメールの内容。それは試験範囲の拡大と合格最低点の底上げ。しかしその上げ幅が尋常ではない。範囲は元の3倍に、点数は何と90点にまで引き上げられている。加えて試験の開始時刻に変更までなされている。その時間は何と午前3時。つまりは深夜であり、残り数時間という意味の分からない時間帯だ。
「しかも、場所がゲヘナ自治区第15エリア77番、その廃墟の1階とありますね……」
もはやふざけているのかと疑いたくな様な馬鹿げた通達。しかしその差出人は間違いなくティーパーティーだ。ご丁寧に試験会場に辿り着かねば不受験扱いで失格であると記されている。わざわざ文面にしっかりと記載されているあたり、手続きを重視するトリニティの校風がよく表れた文章だ。
「俺達を合格させないつもりか……?」
だとすれば誰が、何のために? 余りにも予想外の方向からの妨害にさしもの英寿も思考が混乱してしまう。
この補習授業部はエデン条約に向けて体裁を保つためのものではなかったのか? そもそもこんな妨害をしてティーパーティー側に何の得があるというのか。
思い当たる節が無い訳ではない。しかし余りにも根拠が乏しく、無意識のうちからそれを除外していた。
トリニティとゲヘナは昔から憎み合う関係だった。だからこそのエデン条約であり、新たなる歴史のための一歩として受け入れられていたのだと思い込んでいた。しかし、そうでなかったとしたら?
人は変化を恐れる。風化を恐れる。心に染みついた憎悪を絶やすまいと邁進する。
つまりはエデン条約の妨害。それが補習授業部の誰かであると、ティーパーティーは疑っている。今になってその可能性が浮上し、そして半ば確信へと変わっていく。
そうでもなければ、こんな事をするはずがない。
「……成程。どうやらナギサさんが私達の模擬試験の結果を何らかの手段で把握したみたいですね」
ハナコが呆れと苛立ちを滲ませながらそう呟く。
彼女としてもティーパーティーが何らかの手段を講じてくる事は想定していた。しかしここまで露骨かつ手段を選ばないやり方であるとは流石に想定外だった。こんなやり方をすれば確実にどこかしらから反感を買う。どれだけ強大な後ろ盾があったとしても、ここまで来るとそれを笠に好き放題していると取られかねない。それをわからないナギサではないはずだが、どうやらどうあってもハナコ達を退学にさせたいらしい。
「え……? た、退学!? それってどういう事!?」
ハナコの呟きは他の面子にも届いていたらしく、真っ先にコハルが声をあげ、アズサは眉間に皺を寄せる。そして英寿の中のまだ可能性の体を成していた可能性が完全に確信へと変わる。
「……まさか昨日の今日でこんな事になるなんて…………。仕方ありませんね、先生」
騒ぎを聞いて先生もその場にやってきていた。そしてハナコは話し始める。無論全てではない。今必要な情報を出来るだけ簡潔に。
「さ、3回試験に落ちたら……退学……」
「……成程」
アズサは把握したと呟くだけだがコハルはそういかない。どうして自分がそんな事になっているのか理解も納得も出来なかった。しかし幾ら喚いてもその決定が覆る事は無いという事は彼女にもわかっているが故に、ただ茫然とする事しか出来ない。
「……どうしよう。退学になんてなったら、もう正義実現委員会じゃいられなくなっちゃう…………!」
「………………俺達に随分と目をかけてるんだなあ、ティーパーティーは」
英寿は駆け巡る焦りを内心に押し込めて笑みを作る。補習授業部の裏の問題は大方把握した。しかし彼もコハルと同じ様にわかっている。今すべき事は会場へ行って試験を受ける事。ゲヘナからトリニティの距離はとても近いとは言えない。場所的にも時間的にも、今から出なければ会場には間に合わない。
「行こう皆。……驚くのも、怒るのも、絶望するのも、全部試験が終わってからにしよう」
アズサのその発言に異を唱える者は1人としておらず、全員が筆記用具と学生証と武器を持って出発する。外は暗く、灯りはぼんやりと光る街路灯程度。
しかしその中でも、全身真っ白な制服はよく目立つ。
「お待ちください先生」
「な……、連邦生徒会……!?」
その制服を知らない者はキヴォトスにはいないと明確に断言出来る。正義実現委員会の黒が何物にも染まらないという意志を表すのであれば、彼女らの白は常に清廉潔白であるという意志の表れ。
キヴォトス全土を統括する組織である連邦生徒会の何人かの行政官達は会場に急ぐ補習授業部の前に立ち塞がった。
「ちょ、ちょっと邪魔しないでよ! 私達今物凄く急いでるんだから!」
「コハルの言う通り。申し訳ないけど用事なら後にしてくれない?」
「そちらの事情は把握済みです。さあ先生、こちらへ」
「いやいやちょっと! 全然把握出来てないじゃん!」
おおよそ発言内容と一致しない行政官達の行動にコハル、そしてアズサが前に出る。アズサは既にアサルトライフルを構えており、臨戦態勢へと突入していた。
しかし連邦生徒会の者達はその程度では動じない。ただ淡々とした視線を2人に送るのみ。
「…………補習授業部も第2次特別学力試験も、全てはトリニティ側の事情です。確かに先生及びシャーレは貴方がたの顧問として扱われてはいますが、いくら何でも肉体が脆い先生を今回の試験会場にお送りする訳にはいきません」
その言い分にはある程度筋が通ってはいる。しかし彼女らは最初からわかっていたかの様にその場に佇んでいた。試験内容も時間帯も、つい先程通達されたばかりにも関わらず。つまりは連邦生徒会もこの件を知っていたという事になる。英寿は不快そうに顔を顰めた。
「……グルって訳か。結構な事だな」
「はて、何の事やら。別に試験を受けるだけなら先生の力は必要無いでしょう?」
「で、でも……先生が居なきゃそもそも会場に……」
コハルの言う通り、ゲヘナ学園は無法地帯だ。常に銃撃戦や爆弾によって発生した煙が吹き荒れていると専らの噂。生徒も倫理観の欠けた生徒が多く、その数は膨大。それだけ優秀な人材が揃っていても、指揮官無しのたった4人では流石に厳しいだろう。
「もう1つ言わせて頂きますと、これは連邦生徒会長直々のご命令です」
「そっか、アロナが……」
先生にとってそれはショックな事だった。どんな事情があるにせよ、彼女は共に問題に取り組んだ事もある生徒。しかしこうなる事を全く予想していなかった訳ではない。先生やリン達と他愛無い話をしている時と、弟の話をする時の彼女は年相応に少女ではあるがそれ以外、特に仕事となると途端に彼女は恐ろしい存在へと姿を変える。キヴォトスの平和のためであれば笑顔でどんな事でもする彼女は時折先生と衝突する事もあった。
そして今回、それは決定的なものへと変わる。
「………………補習授業部の皆は目を閉じてっ!!」
「な!?」
先生が懐から何かを取り出し、それを行政官達目掛けて投げつけた。直後、周囲が眩い閃光に覆われる。
「行くよ! スズミから幾つか貰っておいてよかった…………!」
閃光を真正面から浴びた行政官達が両目を覆って右往左往している隙を狙い、皆が一斉に駆け出す。後方から呼び止める声を無視し、ひたすらに会場を目指した。
▪▪▪
「……き、来ちゃった…………」
ゲヘナ学園。周囲はまるでスラム街かの様に雑多な街並みに思わずコハルは息を飲む。既に日付は変わっており、とても健全な生徒が闊歩するべきとは言い難い現時刻。そんな中でも周囲には元気に学園の生徒達が屯していた。銃を肩につけてその場に腰を落として炭酸飲料を飲むその様子はまさに不良といった様子。そんな彼女らが綺麗な制服を着たいかにも世間知らずそうな少女達を放っておくはずがなかった。
「んー? 何だか見慣れない奴らだなぁ? こんな時間にこんな所で何してるんだぁ?」
「アレ……? でもあの男はどっかで見た事ありやすねぇ」
「ひぃっ!?」
「何というか、テンプレだな」
肩をビクリと震わせて脅えのリアクションを取るコハルとは対照的に英寿のぼやきはどこか感心を含んでいる。これぞTHE・無法地帯! とでも言う様な古典的な絡まれ方は彼は今までされた事が無かった。ここまで来ると可愛げすら覚えてくるがそれはそれ。今は1分1秒すらも惜しい時であり、わざわざこんな連中に構ってやる暇など全く無い。
「悪いが俺達はこれから試験なんだ。どいてくれるか? 後でサインやるから」
「はぁ?試験? 頭大丈夫か?」
「まあそうなりますよね……」
呆れを通り越して憐憫すら見せる不良に思わずハナコも同意する。自分が当事者でなくて同じ事を別の誰かに言われたら全く同じ反応をするだろう。
しかしそれは嘘でも何でもなく、純然たる事実。何とかここを通ろうにも真正面から通してくれる相手ではなさそうだ。
「ま、アンタらにどんな事情があろうとアタシらにゃ関係ねえ。ここを通るにはアタシらの許可が必要なんだよ!」
「ああああーーーーーーーー!!」
「何だ急に! 耳元で叫ぶんじゃねぇ!」
「だって姉御! コイツあれっすよ! トリニティが生んだスーパースターの浮世英寿!」
「違う! スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズだ!」
「そこなの!?」
騒ぐ不良、自らの異名に不満を見せる英寿、ツッコむコハル。
姉御と呼ばれた不良も流石にその名は知っていたのか幾分か驚いた表情を見せるがすぐに下衆な笑顔に切り替える。
「成程、つまりはコイツらあの金持ち学校の奴等って訳か。こりゃあ良い! ならコイツらを攫えば身代金がたっぷりってこったろ!」
目の前にスターが居て尚その発想が出てくるところは流石ゲヘナと言った所か。不良達は全員銃を構えて補習授業部の面々へと銃口を向ける。面倒だがここに来る時点で予想出来た展開だ。
アズサが静かに一歩を踏み出した。
「――時間の無駄だ」
ダンッ! と銃弾が放たれる音が周囲に響く。不良の1人が昏倒し、残る面々がアズサに視線を向けた。
「強行突破あるのみ」
そこからはまさに戦場と言うべき場所を補習授業部は駆け抜けていく事になった。治安が悪いという噂であったゲヘナ学園だが実際は悪いどころの話ではない。治安というものがそもそも存在しないのではないかと思ってしまう程の、まさに無法地帯。
銃弾、爆弾、戦車砲。それらがまるで雪合戦の様に飛び交っている。連邦生徒会の行政官の言っていた事は強ち間違いではなかったのだと思ってしまう程にそこは危険な場所だった。しかし先生は多少の冷汗こそ流すものの、全員をさしたる怪我も無く進ませている。
しかし内部に入るにつれ、その様な事態も少しずつではあるが減っていっている。その理由は少し進んだ先の橋にあった。
「止まれ! ここから先は立ち入り禁止だ!」
ゲヘナ学園風紀委員会。この無秩序が形を成したかの様な学園に君臨する治安維持組織であり、今は橋の中心を封鎖するべく横一列になって並んでいた。妙に殺気立っている事も合わせて、その様はまるで統一された軍隊だ。
その中心に立っているおかっぱの生徒が声をあげる。
「今日は街全体に外出禁止令が出されている! さっさと帰れ!」
「えぇ!? 何かめっちゃ不良居たんだけど!?」
「う、うるさい! ん? お前らまさかその制服、まさかトリニティ?」
制服がトリニティのものだと認知した途端に風紀委員会の顔が一層険しいものへと変わっていく。
彼女らからすれば仲の良くない学園の生徒が許可も無くいきなりやってきたため、当然の反応と言える。
「あの、私達はこの先で試験を受けたいだけなんです。あなた方に危害を加える事は無いとお約束しますので、どうか通して頂けませんか?」
「はあ? 試験? 何でトリニティの試験をゲヘナで受けるんだ! つくにしたってもっとマシな嘘をつけ!」
「だよねー……」
出来る限りの穏便な声色でハナコは風紀委員達に問いかけるもその返答は無慈悲なものだ。
風紀委員達の意見は筋が通っているどころか至極真っ当なものだ。場所もそうだが今は深夜。こんな時間に受ける試験などあり得ない事くらい馬鹿でも分かる。
一切の反論の余地が無くなり、4人は途方に暮れる。その状況下で更なる追い打ちがやってくる。
「そこのお前、まさか正義実現委員会か!?」
「!?」
中心に立っていた風紀委員がコハルを指差し怒声を挙げた。指摘されたコハルは思わず肩を震わせる。今現在彼女が身に纏っている制服は黒く、アズサやハナコの白いものとは異なっている。そしてトリニティでその色の服を着ている組織は唯一つ。正確には彼女は今は補習授業部預かりであって、正義実現委員会ではない。しかしそんな事は風紀委員達には知る所ではなく、彼女達の警戒心が一気に最高潮までに達した。コハルは何も言えずにただオロオロとするばかりで、焦燥に駆られる彼女達は止まらない。やれ上層部に連絡しろだとか襲撃にやってきただとか、更なる面倒を呼び込もうとしているのは目に見えていた。
「仕方ない倒そう」
「え、え……? 良いの!?」
アズサの一言にコハルが困惑する。確かに今は混乱の真っ最中だが、ここで攻撃してもそれはそれでマズい事になる。そう思ったが話し合いが通じるかと言われればそれも厳しいはずだ。彼女が困惑していると、突如として橋の上で巨大な爆発が発生した。
本当に唐突なそれに多くの風紀委員達が吹き飛んでいく。彼女達の何人かは補習授業部によるものだと思い込んでいたが、実際はその遥か後方からの飛来物によるものである。
濛々と立ち込める黒煙から2人のシルエットが浮き上がる。しばらくして完全に現れたその姿はその場の全員が見知ったものだった。
「お久しぶりです皆さん。……ああいえ、其方の方は初めましてですわね」
黒舘ハルナと鰐淵アカリ。つい先日にアクアリウムを襲撃し、幻の魚を盗み出し、最終的にはゲヘナ風紀委員長によって連行されていったはずのテロリスト集団、美食研究会のメンバーである彼女達はトランクを抱えて外の空気を存分に吸いながら、堂々とその場に立っていた。
この間捕まって1日と少し。幾ら何でも短すぎる拘束期間である。
「皆さんはこんな所で何をされているのですか?」
小首を傾げてハルナは補習授業部に問いかける。その様は実に美しくかつ上品であり、とても爆発を起こす様なテロリストには見えない。
「…………成程。つまりあなた方はすぐにこの場所にいかねばならないと」
事情を説明すると彼女は驚く程あっさりと信用した。しかしすぐに難色を示す。
「タイミングが悪かったですね。こちらは今少々面倒な事になってまして……」
「何でも温泉開発部が市街地をドカン★と爆発させちゃったみたいで、とにかくメチャクチャな状態なんです」
アカリは楽しそうに笑っているが補習授業部はどこからツッコんで良いのかわからなかった。何故温泉開発の部活が市街地を爆発させているのか。何故この時間なのか。
その答えは全てがゲヘナだからで済まされるであろう。そして美食研究会もその騒ぎに乗じて牢屋から抜け出したらしい。先程から妙にピリピリしていた風紀委員達もその様な騒ぎがあったという事も関係しているのかもしれない。
「しかし丁度良かったタイミングでもありますわ。この非常時を見かねて、私達の心強い友人が力を貸してくださっているのですわ!」
「新品の車を提供してくれるなんて、これぞ美しい友情というやつですね★」
「んんんんんんーーーーーーー!!! ん、んーーーー!」
アカリが抱えているトランクから籠った悲鳴があがり、ガタガタと震えている。それを目にした英寿は呆れ顔で呟いた。
「その友人、トランクに積まれてないか?」
「ふふっ、問題ありませんわ。フウカさんはこういう事態には慣れていますから」
「最早専門家と言っても過言じゃありません!」
補習授業部がそのフウカなる人物に同情した瞬間、ハルナの手の中のトランシーバーから声が響く。どうやら彼女の仲間が風紀委員会の包囲網を突破したらしい。機械越しから聞こえてくる破壊音と悲鳴。それを聞いたハルナは4人に向き直って1つの案を提示した。
「どうでしょう? この間の縁もありますし、私達があなた方を目的地まで送ってさしあげるというのは」
「え? 良いの? というか大丈夫なの?」
「問題ありませんわ。あ、丁度来ましたわね」
猛スピードで突っ込んでくる『給食部』と書かれた大きな車。本来は食料を運ぶ用として購入されたであろうそれは無慈悲なテロリストによって占拠されており、何とかトランクから這い出したフウカの瞳から光を消し去る。
「やばい全員乗り切らない!」
「……いや、あそこにオートバイがある。コハル! 俺達はあっちに乗るぞ!」
「え、あ、うん!」
後方には既に風紀委員を魔の手が迫りつつある。
そして直後、闇夜を爆音と硝煙と共に走り抜けるカーチェイスが幕を開けた。
「何で!? 何でこんな事に!?」
コハルの悲鳴が煙塗れの空気を切り裂いていく。そのすぐ近くではジュンコが同じ様な叫びをあげ、フウカが大声で泣き叫んでいた。
「っとと。ったく、鬱陶しいな。コハル、当てられるか?」
「う、うん! 何とか……」
吹き荒れる爆風とけたたましく響くエンジン音。英寿は揺れる地面をものともしない繊細な操作を披露していた。後部座席に座っているコハルの返答は騒音に遮られて聞こえないが彼は問題無しと判断し、振り切るべく更にスピードを上げていく。今操作しているものもブーストライカーには数段劣るものの性能自体は悪くない。むしろ思考は後方の脅威よりも今この状況に割かれていた。
驚く程の事では無いがやはりティーパーティーはまともに試験を受けさせる気がないらしい。これによって生じる疑問は目的地に着いた所で試験をそもそも受ける事が出来るのかという点だ。
いや寧ろ、ここまでの事を仕向けてくる相手が試験用紙だけは用意しているという方が不自然ではないだろうか。
考えている合間にも爆弾がまるで雨の様に降り注いでいく。流石は日々様々な武装組織が跋扈しているゲヘナ学園を取り仕切っているだけあって装備は潤沢な様だ。些か撃ちこみ具合が過剰な気もするがそれはそれで厄介極まりない。
「おおー、トリニティのあなたバイクの運転上手だね!」
この爆裂の最中で呑気にハンバーガーを口にしている獅子堂イズミはこれまた呑気な声で英寿を褒め称える。テロリストだけあって今の様な状況には慣れているのかもしれないがそういう様子を見せるたびに丁度前で必死に叫んでいるフウカが不憫で仕方が無い。
「ハルナ、ハルナッ! もう車は良いから、降ろしてーーー!!」
「アカリさん。フウカさんも応援してくださっていますし、もう少し派手にいきましょうか」
「そうですね、応援を力に★ そして速度に♪」
フウカの涙を流しながらの懇願にハルナは一切耳を貸さず、更に速度を上げていく。最早一介の車が出せる速度を超えており、タイヤからは多くの火花を煙があがっている。
「ねえ! ブルドーザーにショベルカーまで来てるんだけど!?」
「あ、マズいですわね」
「やばいやばい! 温泉開発部じゃん! 何でアタシ達を追ってきてんの!?」
「こちらチームブラボー。すまない、陽動は失敗した。私とハナコは何とか逃げて見せる。皆は先に向かってくれ」
コハルの首に下げられているトランシーバーからいつのまにか別行動を取っていたアズサの声が響く。いつも通りの淡々とした声ではあるがどこか焦りも含まれている。どうやら風紀委員会の主力メンバーと鉢合わせたらしく、更には囲まれてしまったらしい。
しかし彼女の安否ばかりも気にしていられない。温泉開発部の運搬車に加えて風紀委員会の装甲車がうねりをあげながら迫っている。
「もうイヤ! 何でこうなるの!? 私達試験受けに来ただけなのに!」
銃声と爆炎の飛び交う中に放たれたコハルの悲鳴に応える者は誰一人としておらず。月明りの下の喧騒はまだまだ明けそうにない。
▪▪▪
「はあ、はあ……! やっとついた…………!」
息をきらした先生は額に浮かんだ汗を拭って目の前の廃屋を見上げる。その後ろでは制服を濡らした英寿とコハルが同じ様にそれを見上げていた。
「こ、ここが試験会場…………?」
「さあ、どうだかな」
あの後給食部の車は近くの川へと沈み、英寿達も少なくない被害を負う事になった。乗ってきたバイクも大破し、体の冷え込みを夜風が更に加速させていく。
コハルの呟きに英寿は冷めた声を放つ。見つめる先の廃墟は屋根すらまともに設置されていない状態であり、とても試験を受けられる様な場所ではない。体力メンタル含めて最悪のコンディションと言って良い状況である。
「それで、アズサとハナコはどうなったんだ?」
「無事よね!?」
「ええ、おかげ様で♡」
「……長い戦いだった。今は……何とか開始時刻前か」
ぬるりと現れたハナコは硝煙に塗れながらも水着を着ており、アズサは同じ様な状態でガスマスクを着けている。一切の統一感の無い組み合わせに何があったのか真剣に疑問を抱くも、既にそれを追求している暇も気力も残されていなかった。色々あったのだろう。ここは予測不能の
「それで、どうやって試験を受けるんだろう?」
「流石に何か仕込みがあるはず……あったぞ」
アズサが手にしたのは1つの榴弾。どうしてここにそんなものがおいてあるのかは不明であり、コハルは警戒を露わにしたがハナコにとっては見慣れた代物だった。
「L118、牽引式榴弾砲か。雷管と爆薬は無いから何かのイベント用みたい」
「L118なら、これはティーパーティー。つまりはナギサさんからという事ですね」
全員が神妙な顔つきをする中、アズサが蓋を取り外して中身を取り出す。出てきたのは丸められた試験用紙。そしてミレニアム製と思しき小さな機械。それに触れた瞬間、立体映像が浮かび上がった。そこに映されているのは桐藤ナギサ。
「ナギサ……!」
「え、じゃあこの方がティーパーティーの……?」
「………………さあ、どう出るかな」
『ふふ……恨みの声が聞こえてきますね。ですがこれは録画映像なので話しかけても無駄ですよ』
映し出された彼女は微笑を湛えている。しかし最早それを素直に受け取る者はこの場に存在しなかった。
『それでは皆さん。約束の時間までに試験を終えて戻ってきてくださいね。……ああ一応、ここでの行動・会話などは全てモニタリングしていますのでその事をお忘れなく。それでは幸運を祈りますね、「補習授業部」の皆さん。
――――――――
映像が消える。周囲が妙に静かであり、それが何かを予感させる。
「行こう時間が無い」
「そうですね」
「う、うん…………!」
「………………」
「よし! 皆頑張ろう!」
そうして皆が廃墟へと入っていったその直後。砂利を踏みしめる集団の影が現れた。皆一様にヘルメットを被り、ツルハシやスコップなどの採掘道具を携え、周囲を嬉々として見渡している。
「ここが例の場所?」
「ああ情報ではここら一体だな。へへっ、どこの誰だか知らないが温泉がある場所を教えてくれるなんてな!」
「ああ、ありがたいこった」
彼女らは機械を取り出し、躊躇う事なくそのスイッチに指をかける。
「ようし、発破用意!」
ポチ☆と押した瞬間、周囲一帯が爆発に飲み込まれた。各地で粉塵が舞い、地面が割れ、熱い温泉が噴き出していく。当然それらは近くで試験を受けていた補習授業部にも降りかかる事となる。
「……!? これは……」
「きゃあああああああ!? 何!?」
「ゴボ、ゴボボ!?」
「先生!? おい、掴まれ!」
「試験用紙が……。成程、ここまでしますか。……………………面白くなってきましたね。フフフ……♡」
試験結果など、最早語るまでもない。不意のトラブルという言い訳は通用せず、全員が試験用紙紛失によって失格である。
勢いよく溢れ出る熱湯によって流されそうになる先生を全員で抑え、何とかその場から離れる。
既に辺りは瓦礫の山と化しており、辛うじて残っていた街の面影は完全に消え失せている。
コハルは目の前で起きた現象を処理しきれず、アズサは飲み込みつつも思う所はある様だ。ハナコはただひたすらに笑みを浮かべ、先生は悲痛な面持ちで鉄屑と化した試験会場を見つめている。
英寿自身はある程度この状況を予測していた。故に感情を表に出す事は無く、ただただ温泉によってかけられた煌びやかな虹を睨む。これを仕組んだのは桐藤ナギサか、はたまた
それはデザグラも同じであり、例えどんな事情があろうとそれが立派な大義名分であろうと、悪意を持って目的を阻むならば容赦する理由などどこにも無い。故にただ笑う。その瞳が笑っていなくとも、それ以外の顔を彼は知らない。確認すべき事実は唯一つ。デザグラに加えてまた1つやるべき事が増えた、ただそれだけだ。
「狐を馬鹿にした事、後悔させてやるよ……」
そう口にしたその瞬間に英寿のポケットから着信音が響く。それは普段使いのものではなく、支給されたもの。
《LAST MISSION》《GATHER ROUND》
デザイアグランプリからのお呼び出しである。