DESIRE ARCHIVES   作:ベロベロベ

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虚誕……おおうそ・でたらめ・つくりごと


虚誕Ⅹ/ティーカップが割れた夜

百合園セイアは夢を見る。それは朧気な幻想などではなく、確定した未来の行方(ビジョン)。世界が殺意の植物に覆いつくされ、大いなる災害はそれら全てを纏めて飲み込み、方舟は終焉を迎える。世界で生きる者達に手立てはなく、ただ世界が滅びるのを待つばかり。そんな光景を何度も何度も、セイアは俯瞰してきた。

 

 Vanitas vanitatum.Et omnia vanitas。アリウス分校が常に唱えているそれに彼女が同意するのに、そう時間はかからなかった。

  世界は虚しい。ただ、虚しいものである。いつからかいつもそれを思い浮かべ、彼女は日々を淡々と生きていた。

 

 いつも気まぐれで愚かしい少女は言った。

 

「元は同じ学校だったんだよ? 仲良くした方が絶対に良いって!」

 

 ――無意味だ。

 

 秩序全てを司る少女は言った。

 

「エデン条約を締結させる事。それがこの学園都市の平和をより強固なものにするのです」

 

 ――無意味だ。楽園とは笑わせる。

 

 虚空から這い出ようと足掻く少女は言った。

 

「この世界は虚しさに満ちている。でもだからといって、足掻く事を止めてはいけない」

 

 ――無意味だ。全ては無意味。足掻いた先に待っているのが希望であると一体誰が保証できよう。

 

 全ては知らぬが故の戯れ言だ。本当に未来を変えられるなら、今自分がこうなっているはずがないのだから。

 

 身体から熱が失われていく。瞳に灯っていた光が失われ、頭上に存在していた輪が朽ちていくのがわかる。自身のすぐ近くではいつもの様に看護にあたっていた救護騎士団の団長が同じ様に倒れ伏していた。

 視線の遥か先には炎があがり、罪過に濡れる者の慟哭が聞こえる。

 

「――――だから、言ったろう、ミカ」

 

 今セイアの胸にあるのは吹き抜ける様な虚無感と、それを僅かながらも埋める罪悪感。もし、もしもこの事を彼女に伝えていれば、もう少しマシな未来だったのではという後悔の念が微かに波打っている。

 

 皮肉だ。今更になって、運命(もしも)の事を考えるだなんて。

 

「ミカ――――」

 

 たった今、確定された結末を見てセイアは目を閉じる。

 

「済まない……。私が、動かなかったから――――」

 

 ▪▪▪

 

 

 携帯端末から鳴り響く着信音を受け、ミカは重い瞼をゆっくりと開いた。『LAST MISSION』と記された画面を見つめ、側に置いていたドライバーを手に取る。腰にそれを巻き、転送による浮遊感を感じた直後に目の前に広がったのは夜の校舎。そこがトリニティ総合学園のものであると自覚するまでにそう時間は要さなかった。

 

 天使と悪魔ゲーム、ラストウェーブ。全員がバラバラの位置からスタートし、ミッションを攻略せよ。ミカの前に箱は無い。運ぶべき箱の場所は携帯端末の画面に表示されている。今回は複数用意されているらしく、今彼女がいる位置から最も近いものがこの先真っ直ぐの場所に存在している。

 

「これが終われば最終戦…………!」

 

 理想の世界まであと数歩。勝てば天国、負ければ地獄。ミカは僅かな灯りに照らされた廊下をゆっくりと進んでいく。

 

「――――」

「………………っ!」

 

 暗闇の奥から湧き出てきたのは一体のジャマト。天使の羽と輪をつけて大きな鎌を手にしているそれは以前の様に独自の言語を話す事は無く、ただその場に佇んでいる。ミカはバックルを構え、走り出した。

 

「変身…………!」《BEAT》

 

 いつもの様にどこか気の抜けた声ではなく、駆られる様なトーンで彼女はその姿を変える。ビートアックスを振り降ろし、ジャマトの胴に重い一撃を見舞う。鈍い呻きをあげ、仰け反るジャマト。反撃の兆候は見られず、ナーゴは休む事なく攻撃を加えていく。

 

「やあっ、ハア!!」

「ジャッ――ハハハ――――」

 

 吹き飛び、コンクリートの壁に背中を打ち付けるジャマト。体は限界を迎え、起き上がる事は無い。しかし断末魔は聞こえない。代わりに聞こえるのはどこか嗤っているかの様にも思える、ジャマトの呻き声。不気味なその声と共にジャマトは消滅していった。

 

「……何だったの?」

 

 余りにも気味の悪いその声にナーゴはどこか薄ら寒い感覚に襲われる。自分が何か、とんでもない場所に潜り込んでしまったのではないか、取り返しのつかない事を使用としているのではないか。彼女の動物染みた第六感がそう告げている気がしてならない。

 しかし、彼女は歩みを止めなかった。引き返すという選択肢はとうの昔に彼女の中から消え失せていた。

 

 天使の羽が宙を舞い、道を示す様に奥へと続いていく。この先にあるはずの希望へと祈りを込めて、ナーゴはゆっくりと歩を進めていく。

 理想を渇望し、ただ先を目指している彼女は気づかない。今彼女がいる場所の周辺を正義実現委員会が覆っている事に。

 

「マズイな これじゃあ入れないぞ」

「浮世英寿!」

「ロポか」

 

 その場に立ち往生している英寿の隣に、焦った表情のカンナがやってくる。天使ライダーズである2人の端末にもミッションの内容が表示されているが肝心の場所までの道を完全に封鎖されてしまっているのが現状だ。一体何があってこの様な場所を選んだのか、運営に文句の1つでも言いたい所ではある。

 

「まあ、ゴチャゴチャ言ってもしょうがないか。ロポ、俺が囮になるからお前は先に行け」

「何?」

「お前のニンジャバックルなら隠密に有利だからな」

「……わかった」

 

 2人は頷き合うドライバーにバックルをセットして変身を行う。ギーツが見据えるのは周辺を固めている正義実現委員会の中心人物が所有している大型の対物(アンチマテリアル)ライフル。マグナムシューターをライフルモードに変え、彼は光弾を放った。少々伸びたそれは狙い通りの場所に着弾し、破壊音と火花の散る音を巻き散らかした。

 

「……! 敵襲です! あれは、この間の……!? すぐに応援を!」

 

 ショートヘアーに際どいミニスカートを履いた少女が通信機に対して声をかけている。それとほぼ同時に続々と応援が駆け付けてくる。向けられた黒い銃口が月明りによって鈍く輝いている。

 

「下請け組織も大変だなぁ正義実現委員会。こんな時間までご苦労様」

「あなたの様な人物が居るからこその苦労です。この間も暴れていた様ですがその仮面、もしやどこぞの狐の真似事ですか?」

 

 静山(しずやま)マシロの視線が鋭く光る。武器を失って尚輝くその瞳は流石は治安維持組織と言うべきだろう。この腹黒の巣窟で未だそれを失わないのは大したものだとギーツは素直に感心する。とはいえそれで加減する訳にもいかない。篝火狐鳴こそ狐の本分、思う存分引っ搔き回してやろうと彼は笑った。

 

「さあな。どっちがより厄介な狐か、確かめてみろよ」

 

 言うと同時に彼はマグナムシューターをぶっ放す。足元に着弾した影響で舞い上がる砂ぼこりに目を覆い、少女達の視界を奪った。それに紛れて消えるギーツを探して皆が慌てふためく中でもマシロは極めて冷静に敵を補足しようと視線を凝らす。彼女とてそれなりに経験を積んだスナイパー。あの程度に目晦ましなど厄介の中にも入らないと、そう高を括っていた。

 

「居ない……!?」

 

 ギーツの姿がどこにも見当たらないという認識した瞬間、マシロの中に焦りが生まれた。その隙を見逃さず、彼は彼女の後ろ首にストンと手刀を振り下ろした。仮面ライダーの力によって繰り出された威力とテクニックは彼女の意識を刈り取るのは十分過ぎる程であり、マシロは静かにその場に崩れようとして、ギーツに支えられた。

 

「悪いな、正義の味方さん」

 

 彼女をそっと地面に降ろし、再び弾丸を打ち込むギーツ。狙うは正義実現委員会達が所有している武器のみ。あたふたと動き回る彼女達の武器を正確に打ち抜いていく様はとても一介の不良には見えない技術だ。それを正しく理解しているが故に、彼女はそこにやってきたのだ。

 

「きひひひひひひひ………………」

「これはこれは、委員長様」

 

 剣先(けんざき)ツルギ。垂らした長い黒髪にダラリとした姿勢。赤黒い何かが滴るヘイローの下で浮かべる恐怖の笑み。まるでホラーゲームから飛び出してきた様な彼女は狂気的な笑みの奥に隠された冷たい思考で目の前の狼藉者を見据える。そこには油断も怠慢も無い。

 彼女はトリニティ最強と目される実力者。彼女の戦闘能力に匹敵する生徒など、キヴォトス全域を探してもそうはいない。ましてや勝てる生徒など、それこそ人知を超えた何かだろうと思わせる様な圧力を全身から放っている。例えギーツであっても変身前の状態で殴り合えと言われたら顔を顰めるだろう。が、今はそこまで問題ではない。寧ろチャンスだと彼は笑った。

 

「良いぜ、来いよお嬢さん」

「キヒャアアアアァァァァァッ!!!!」

 

 ツルギが吼え、ギーツが即座にそこを飛退いた。彼の両足が地面から離れたその直後に同地点に大きく裂ける。生身の状態でこれかとギーツは仮面の中で冷汗をかいた。彼とツルギは同じ学校である事と所属組織の兼ね合いから彼女の戦闘風景を見る機会には恵まれなかった。故に想定を大きく上回っていた事実に驚きを隠せない。下手をすれば生身でジャマトを倒してしまえるのではないかと思わせられる程の身体能力。実力はホシノにも劣らない。それでも彼にとっては対処の範囲内だ。

 

(ここで盛大に暴れればそれだけ人を惹きつけられる。何よりも一番の懸念材料が来てくれて助かった)

 

 怒涛の勢いで繰り出される攻撃を躱しながらギーツは思考する。このままここで暴れるのも良いが、折角ならばより確実なものにしておきたい。具体的には悪魔ライダーズの妨害だ。景和もリオも戦闘能力には大きな開きがあるが、変身していればやられる事はないだろう。幸いにもすぐ近くでまた別の騒ぎが発生しているようだ。恐らく景和がドジでも踏んだか。そう考えて同じ場所へと誘導せんと足先を変える。その直後、大きなエンジン音が轟いた。

 

 「「!?」」

 

 ツルギとギーツが同時に飛退く。現れたのは仮面ライダーファルス。スロットから引き当てたであろうブーストの鎧を下半身に纏い、ギーツ目掛けて蹴りを見舞った。

 勢いが乗せられた重いそれを腕で受け、彼は呻き声を漏らす。

 

「ファルス、いつものバックルはどうした?」

「………………」

 

 勢いよく吹き飛びそうになる身体をどうにか抑え、ギーツは軽口を叩く。それに答える義理は無いとばかりに彼女は、一気に距離を詰め、二撃三撃と蹴りを放っていく。

 奇襲による一撃は通った。しかし以降の攻撃は全て紙一重で避けられていく。

 

「どうした? 前の方がまだ鋭かったぞ」

 

 以前よりも幾分かの余裕を滲ませた声でギーツが挑発する。一方のファルスは余裕が無かった。集中しなければならないとはわかっていても、常に焦りの感情がチラついて正常な思考を阻害する。

 とにかく気分が悪かった。後輩があのような形でゲームに利用されている現状、それを知ってか知らずか挑発してくる目の前の狐がとにかく鬱陶しい。こんなくだらないゲームはさっさと終わらせたい。そして、かつての日常を取り戻す。それさえ叶えられれば、彼女にとって世界の平和も何もどうでも良いのだ。

 

 だから――――

 

「早くっ、倒れろ!」

 

 振るわれたギーツの右腕を躱して肩を掴み、膝を腹目掛けて蹴り上げる。しかしその一撃はもう片方の腕によって勢いを弱められ、一瞬の隙を晒してしまう。

 

「はっ!」

 

 その隙をギーツが見逃すはずもなく、何もつけられていない上半身に弾丸が数発撃ちこまれ。ファルスは思わず膝をついた。そして更にそこに追い打ちをかける者がもう1人。

 

「きええあああぁっ!!」

 

 剣先ツルギの膂力によってファルスは地面を転がった。

 

「出鱈目なパワーしてるじゃん、正義実現委員長ちゃん…………!」

 

 好戦的な表情を晒しながらも存外冷静に様子を伺っているらしい彼女に視線を向けてそう吐き捨てる。

 一方のギーツは鳴り響く携帯に反応していた。

 

「どうした、ロポ」

『済まない、手に入れたんだが、偽物だった!』

「は? ……マジか」

 

 迫る攻撃を捌きながらギーツは携帯端末を確認する。そして先程まであった印が別位置に移動している事を確認し、小さく舌打ちを溢す。

 ここでうだうだとしている時間は無くなった。近くに表示されている目的地に行ってくるというロポからの言葉を聞きながら、ギーツは盤面を見渡した。

 運営と繋がっているであろうファルスはずっとギーツに狙いを定めている。彼としても全力の彼女を振り切るのには時間がかかる。その間に時間切れや正義実現委員会に捕まれば終わりだ。ゲームはこれが最終ウェーブ。何としても勝ちを拾いに行かねばならないのだ。

 

「……わかった。俺も近くを探す。そっちは頼んだぞ」

『了解だ。そっちも頼んだぞ』

 

 そういってギーツは駆け出した。向かう先は目的地。しかし当然ファルスが追ってくる。スピードそのものはブーストフォームの方が圧倒的に優れている。このままでは確実に追いつかれる。であれば足を潰してしまおう。そう考えて銃を構えたその時。

 

「アアァ…………!!」

「……………………!」

 

 現れた乱入者はジャマトライダー・バッファ。随分と暴れ回ったらしくすぐ近くには正義実現委員会の少女達が呻きながら転がっていた。装備一式も纏めて破壊されたらしく、助けを呼ぶ暇すらなかった様だ。どうやら死んではいない様だが重症である事には違いない。

 植物に浸食された紫の牡牛を見た瞬間、ファルスの動きに陰りが見え、そしてギーツもまた仮面の下の表情を曇らせる。随分と酷い有様だった。

 

「ギーツ、ギーツぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 そして憎悪を剝き出しにして、狙うのはかつての因縁の相手。茨を纏った右腕を振り上げ、彼に向かって突撃していく。突如として現れたイレギュラーだが、彼にとっては幸運であり、不運だった。意志を奪われただ無差別に憎悪を発露するだけの傀儡と化した彼は、余りにも痛々しい。

 しかしだからと言って手加減をしてしまえば終わるのはギーツの方だ。繰り出される一撃を躱しながら、彼は思い起こす。かつてのライダー達を。皆背負うものがあった。デザ神になるという事はそれら全てを奪うという事。それがデザグラの絶対的な真実なのだ。

 

「お前がその気なら、手加減はしない…………!」

 

 向かってくるのなら叩き潰す。ギーツはフィーバーバックルを構えて、その身に敵意を滾らせる。

 

 「…………! させるかっ!」

 

 しかしそれを許さないライダーが1人。ファルスはジャマトバッファとギーツ双方の戦闘力をある程度把握出来ているが故にギーツの妨害に走った。背後から蹴りで彼を吹き飛ばし、そして彼女自身もまたバッファの一撃によって手痛いダメージを負ってしまう。

 彼女の脳内に過る黒服の言葉。目の前の彼はジャマトだ。あくまでも退場した道長の姿・記憶をコピーしているだけ。加えて彼は彼女を仲間としては見ていない。頭ではわかっているのに、どうしても割り切れない。

 

「ウウゥウウうウ………!」

 

 腰を低くし、足裏で地面を何度も擦りながら唸る姿は理性を無くした獣そのもの。鋭く尖ったツノを銀色に光らせ、バッファは突進を開始した。狙う先に居るのは、ギーツ。

 

《REVOLVE ON》《SET FEVER!》

 

 それを見越していたギーツはドライバーを回転させ、スロットを回す。迫るバッファを地面を転がる事で割け、スロットの結果を確認する。結果は『???』、現れた武装はプロペラだ。

 

「……悪いなバッファ。熱烈なオファーはありがたいが、ここで失礼するよ」

 

 プロペラを回転させ、ギーツが宙へと舞い上がる。そのまま目的地へと進む過程でタイクーンとシーカーが正義実現委員会やトリニティ自警団を相手に必死で立ち回っているのが見えた。

 

 残されたファルスは目の前に立ちはだかるバッファへと視線を移す。正直、勝てる気がしなかった。しかしこの状況を脱しなければ勝ちの目が無くなるのも事実。瞳を閉じ目的は何かを改めて確認する。

 そう、彼女の今最も優先すべきはデザグラにおいての優勝ではない。悪趣味な運営に利用されている後輩を救う事。であれば、やりにくい相手とわざわざ戦う事もない。全てが終われば元通りになっているのだから。

 プロペラの飛行速度は遅く、今からでも間に合わない事はないかもしれない。狙うべき相手はやはりギーツだ。

 

「ジャアアァァァアアア!!!」

 

 しかし憎悪のバッファは敵前逃亡を許さない。視界に入った仮面ライダー(てき)を叩き潰すまで、容赦無くその棘を振るい続ける。地面を叩いて出現させた無数の茨はまるで意志でも持つかの如くファルスを狙う。

 避ける事自体は苦ではない。しかし視界が塞がれ、追うべき相手が見えなくなってしまう。

 

「ぐっ…………」

 

 一瞬の躊躇いの隙をついてバッファはファルスに肉薄、薄い上半身の装甲目掛けて拳を突き出す。不足した防御でそれを受けきる事は難しく、彼女は派手に地面をバウンドして砂に塗れてしまう。

 それでもすぐに立ち上がって迫る追い打ちに対応したのは流石と言う他ない。拳と蹴りがぶつかり合えば当然勝つのは蹴りの方。ましてや相手はブーストフォームである以上、バッファがカウンターダメージを受けるのは必至だった。

 

「グッ、アァ……ッ」

 

 マフラーから噴射されたエネルギーとの相乗効果で大型バックルの平均を大きく上回るスペックを叩き出したその一撃はバッファを大きく吹き飛ばす程の威力を誇る。今度は彼が地面を転がり、呻く番だ。

 

「……アンタに聞キたかっタ事がアル……」

「……!?」

 

 膝をつくバッファの口から突如としてそれは漏れた。思わずファルスは足を止める。今の言葉は考え無しに放っている本能の言葉ではない。発音はたどたどしく一瞬で真似事であるとわかるものの、それはかつての記憶を想起させるには十分だった。

 

「ムカつくんだよ……! 御託並べテ奪い取ろウとするオトナも、アンタみたいに終わっタみてぇに全部諦めてる奴モぉ……!!」

 

 いつの日か夜の教室で彼が吐露した感情。全てを諦めきれない少年と全てに諦めを抱いた少女が思いを告げ合ったあの日を彼女は今でも覚えている。

 だからもう、限界だった。

 

《HYPER GOLDEN VICTORY!》

 

 脚に真紅のエネルギーが充満していく。ひたすらに立ち込める苛立ちを今は発散したくて仕方がない。

 よくも、よくも、よくもよくもよくもよくもよくも――――――!!

 

 ファルスが地面を蹴るのと蹴りがバッファの胴を捕らえる時間に差はほとんど無かった。胸中に溢れるどす黒い思いを重さに変え、渾身の一撃を放つ。バッファの上半身を覆う茨の鎧。例えブーストの力を持ってしても並みのライダーが放つ一撃では砕ける事などあり得ないその鎧が粉々に砕け散った。

 ドライバーが腰から外れ、牛の仮面が消える。今彼女の目の前に居るのはただのジャマトだ。

 腰を抜かしているその頭を彼女は容赦なく踏み砕いた。

 

「――――――」

 

 罅割れたバッファのIDコアを拾い上げると同時に、多くの疲労感と吐き気が込み上げてくる。既にギーツの姿は無く、周りに居るのは戦いに戦慄しながらもファルスに銃を向けている正義実現委員会。剣先ツルギが腰を落として彼女を睨んでいる。体力にはまだ余裕があるが気力の方は限界を迎えつつある。今の状態で彼女達と戦えるかと問われればそれは否だ。

 とはいえ、ゲームを放棄する訳にもいかない。とりあえずは同じ悪魔ライダー達と合流しようなどとボンヤリと考えていたその時。

 

 上空から何かが飛来するかのような音が響く。その場に居た全員が『それ』に視線を向けた時にはもう遅く。

 巨大な牛型から放たれた光が、一帯を包み込んだ。 

 

▪▪▪

 

「――――――騒がしいですね」

 

 一人きりで考え事をする時、ナギサにはいつもこのセーフハウスに隠れるという習慣があった。今は周辺を正義実現委員会に見張らせているはずだが、一体何があったのだろうか。しかしそれに思考を割く事はなかった。今はただ疲れを癒したい。

 エデン条約。連邦生徒会長からそれを提示された時、彼女は一体何の冗談かと目を疑った。出来る訳がないと鼻で笑おうとも思った。しかし、それは出来なかった。

 1つは連邦生徒会長の表情が余りにも真剣であった事。目の前に君臨していた彼女の圧力に気圧された事は否定出来ない事実だ。

 しかしそれ以上に、彼女はその条約に夢を見たのだ。ほんの数年前はナギサは今の様な性格ではなかった。高校生になって幼馴染と、友人達と楽しくテーブルを囲んで紅茶と茶菓子を嗜む、そんな景色を思い描いていた。

 その幻想は入学直後、すぐに砕かれる事になる。数々の分派に別れたこの学園では笑顔の裏で足を踏みつけ合うだけならばまだ良い方で、命すら失いかねない程の悪辣を澄ました顔でぶつけ合う事すら珍しくない。トリニティは毒蛇の巣窟。かつてどこぞの誰かが溢していたその言葉はこの学園の本質をついていると言える。

 ドロドロとした権謀が渦巻くこの場所で身を守る術は『他者を疑う事』と『力をつける事』。いくら友人だと言い合っていても所詮は他人。その心の内などわかるはずもなく、信じる者から馬鹿を見ていく。必死に自分に言い聞かせ、対抗する術を身に着け、しかし確実に心は打ちのめされていった。

 権力を手に入れ、首長に、生徒会長に上り詰め、そして出会ったのだ。楽園の名を冠する連邦生徒会長の提示した条約に。

 

 この条約が締結すれば、私も皆と――――。

 そんな甘美な幻想を抱き、そして今ならばそれを実現できるとナギサは確信した。だから誰よりも真っ先にその提案に賛成したのだ。セイアやミカは難色を示すだろうが、説得をして。そんな事を考えていた折に飛び込んできたのがセイアの訃報だった。

 恐怖で頭がおかしくなりそうだった。原因は間違いなくエデン条約。ゲヘナを憎む誰かがティーパーティーを狙ってきたのだと思うのは仕方のない事だろう。そしてそれに賛成の意を最も強く示していたのが彼女自身である以上、次は自分だという恐怖に駆られるのも仕方のない事だ。

 排除しなければ。楽園を汚す『裏切り者』を、徹底的に。

 怪しい人間は幾らでもいるが、同じ分派内の人間ならば抑え込める。他の分派も連邦生徒会長の力があればどうにかなる。問題は、それらの垣根を越えて動ける者達。無所属の者、政治に関与しないと公言しているシスターフッド、戦闘力が頭抜けている正義実現委員会。それらを抑え込める人材として都合の良い存在は誰か。それが先生だった。権力を有し、分別のある大人。想像以上に甘かったけれど、それでもまあ良かった。

 

 あと少し、あと少しで失った青春を僅かでも取り戻せるはずだ。ここまで頑張ってきたのだから、きっと報われるはずだ。そう信じてここまで泥を被ってきたのだから。本当に後一歩なのだ。

 

 しかし、今でも考えてしまう。自分は本当にこれで正しいのか、と。

 補習授業部を結成させてからというもの、ナギサがしてきたのは彼女らに対して余りにも不義理なものだ。聞けば補習授業部に入った生徒全員が勉学に励み、成績を向上させたのだという。あの先生がそういうのだから恐らくそれは真実なのだろう。浦和ハナコはともかくとして、残る3人は相応の努力をしてきたのだろう。もしかしたら、本人達にとっては血を吐く様な事だったにかもしれない。何故なら自身がそうだったから。死に物狂いで努力して今の地位を掴み取った事を考えれば、共感が無いかと言えば嘘になる。

 

『ナギサさんは間違っていませんよ』

 

 いつかの連邦生徒会長の言葉を思い出す。彼女は見ているだけでも気の遠くなるような仕事をこなした後、涼しい顔でそう言った。

 誰よりも優秀で、超人的で、人でなしな彼女はしかして誰よりもこの世界の安寧を願う人物だった。だからこそ、この学園都市を束ねられたのだろうか。ナギサから見た彼女は時として恐ろしく、また時として非常に頼れる人物として映っていた。別に彼女に対して人間的に好意を持っている訳ではないが、それでも彼女が肯定してくれたという事実がナギサを後押ししているのは間違いなかった。

 

(仕方のない、事なのです)

 

 きっと他方から責められるだろう。政治に不干渉なシスターフッドも含め、後釜を狙う生徒達から言葉を槍を向けられるに違いない。しかしそれでも彼女は自身が望む未来を諦める事は出来なかったのだ。それによって発生する罰は甘んじて受けるつもりだ。

 夜空を見上げれば、そこに一筋の流れ星が降っている。淡く光り、いずれ燃え尽きるそれはいつだって心に強く残るものだ。流れ星と同じ様に、彼女らの存在もまた心に刻みついて離れないのだろう。

 

 すっかり冷めて不味くなった紅茶を飲み干そうと口につけたカップを傾けた、その時。

 

「…………?」

 

 視界に入ったのは違和感。空に漂う流れ星の輝きが随分と増している様に思えたのだ。確かめようと椅子を立ち、そして窓の近くへと体を寄せようとした、その時。

 扉の開く音がした。ギィッと古めかしい木扉が軋む音が響き、1人の生徒が中へと入ってくる。

 反射的に振り向き視界に映ったその顔はナギサも知り得る者の顔だった。低い背丈に愛らしい丸い耳。少し前に議題に上がった悪質ないじめの件において被害者とされていた少女、小熊ルルだ。

 

「っ!」

 

 彼女の顔に明確なまでの警戒の色が灯る。それも無理からぬ事だ。このセーフハウスの存在は誰も、ティーパーティーのメンバーでさえ、知らない場所のはずなのだから。何も関わりの無い一般生徒がこの場所を知るなどまずあり得ない。

 猜疑心に塗れた今の彼女が顔を顰めるには十分すぎた。

 

「――――――」

 

 様子がおかしい。瞳には光こそあるものの無機質で、まるで生気を感じない。目の前に居る存在は人間なのかと、そう疑ってしまう程に不気味な存在だった。

 

「どうしてこの場所が? 外は正義実現委員会が見張っているはずです」

 

 ナギサの問い掛けに彼女は答えない。代わりにただ歩を進め、一歩一歩ナギサとの距離を縮めていくのみ。言い表し様の無い恐怖がじんわりと彼女の中を駆け巡っていく。頬を冷汗が伝っていく。逃げなければならない彼女の第六感が警鐘を鳴らしていた。

 ルルが腰につけていたハンドガンを構えてその銃口をナギサに向ける。これ以上無い敵対宣言に、彼女もまた愛銃(ロイヤルブレンド)を構えた。数発発砲すれば正義実現委員会が駆け付けてくるだろう。そんな考えはルルの姿が変化した事によって打ち砕かれる事になる。

 

「………………な!?」

「…………クオラサピデピン」

 

 言語らしき音声を放つのは両腕にキノコの様なものがついている細身の怪物。彼女の常識の埒外に存在しているそれを見た瞬間に助けを呼ぶという選択肢が彼女の中を埋め尽くした。

 それを実行に移そうと声を張り上げようとした矢先。視界を赤い胞子が覆いつくす。

 

「――――」

 

 急速に落ちていく意識。最後に彼女が見たのはキノコの怪物、そしてその後ろに現れたネコの様な仮面を被った何かだった。

 

▪▪▪

 

 どうしてこうなったのだろう。

 日々を重ねていくにつれて、ミカはそんな事を思う様になっていた。

 今彼女が置かれている現状。それは彼女が思い描いたものとは大きく乖離している状態だった。

 

 始まりはミカがティーパーティー内で出した1つの提案からだった。

 かつて袂を分かった元同校のアリウス分校との和解。その理由は至極単純で分かりやすいものだった。元々同じ学校だったのだから仲良くすべきだという彼女の提案はあまりにもシンプルでかつ考えの足らないものであり、他のメンバーから一蹴された。

 アリウスがどんな所で、どんな事があったから今の状態なのか。過去にしっかりと向き合わずに軽い気持ちで出したそれはしかし確かに美しいものだった。肯定されてしかるべき。その思いがあったからこそミカは動いたのだ。元は同じ学校でゲヘナ学園という共通の敵もいる。きっと、きっと大丈夫だと彼女は信じていた。

 

 それが狂ったのはセイアの訃報が耳に入ってからだとミカは確信している。

 襲撃そのものを許可したのは間違いなく彼女だった。文学的でかつ小難しい言い回しを好むセイアと理屈よりも衝動を優先する彼女とでは相性はお世辞にも良いとは言えなかったのだ。かといって殺そうというつもりは毛頭無く、ただいつもの意趣返しと和解を円滑に進めるために行った事だった。少しの間檻の中に入れて、その後やっぱり自分は正しかったのだと認めてもらうためのものだった。

 しかし突き付けられたのはセイアの死亡という事実。

「何で?」「どうして?」「事故?」「違う私はただ――――」。そんな意味の無い言葉の羅列がグルグルと彼女の中を駆け巡っていく。

 故意であろうとなかろうとセイアが死んだという事実が渦を巻き、鎖となって雁字搦めになって彼女の心を強く縛った。鎖の圧は強く、動くたびに軋んで悲鳴をあげる。

 その形容し難い苦痛から逃れるために、彼女は1つ“嘘”をついた。

 

 自身の行いは正しかった。全てはアリウスとの和解を成すための、大事の前の小事なのだと。

 嘘は甘い蜜の様に心に染み渡り心に一時的な安寧を齎す一種のドラッグだ。故にそれも長くは続かない。

 

「ミカ、君は本当に愚かだね」

「一時の衝動に身を任せて、結果泣きを見る。今まで幾度となく繰り返してきた過去の反芻。君らしいと言えばそうだが――――」

 

 夢の中で、セイアがそう語りかけてきた。ミカはただ耳を塞ぎ、膝に顔を埋めて座り込む事しか出来ずにそこに居る。そんな悪夢がずっと続いた。

 そんな中でも時間は進む。精神が摩耗した彼女に飛び込んできたのはエデン条約。連邦生徒会長に提示されたそれにナギサが賛同の意を示した時、当然の様にアリウスは反発した。冗談じゃない。奴等は敵じゃないか。仲良くなんて出来る訳が無い。

 

 だから桐藤ナギサを消そうと。

 

「そうだね、うん、そうだよ」

 

 ミカもゲヘナは嫌いだ。あの生えている角も尻尾も気味が悪い。しかしその憎悪はその程度のものであり、十年来の幼馴染を危険に晒すに足るものだったのか?

 そうだ、と彼女はまた“嘘”をついた。

 楽園の想像に地獄(ゲヘナ)が存在するなどありえない。欺瞞に欺瞞を重ねて、気がつけば彼女は望んでもいなかったはずの悪役(たちば)に身を置いていた。

 

「おめでとうございます! 聖園ミカ様、厳正なる審査の結果、あなたは選ばれました。今日からあなたは“仮面ライダー”です」

 

 そしてミカの運命は更なる波乱に巻き込まれる。

 白と黒の服装をした女性に渡された招待状。それは確かな希望にして、彼女を搔き乱す果ての無い螺旋階段。

 

「あの、これってどんな願いでも叶うの?例えば…………………………死んだ人を甦らせる事も?」

「勿論。それがあなたの望みなら」

「そっか、そうなんだ………………………………!」

 

 勝ち残れば、勝ちさえすれば何だって叶う。一度全てをリセットして、今度は上手くやろう。皆で仲良くお茶を飲んで、ゲヘナを滅ぼして、そして――――。

 全ては信じる未来のため。悪者を倒して皆仲良くハッピーエンド。そんなありきたりな結末こそを追い求めていたはずなのに。

 どうしてこうなったのだろう。

 

「――――――ナギちゃん」

 

 痛む全身とジャマトに連れ去られたナギサを想いながら、ミカは床に転がされていた。ナギサを拉致したのはビショップだが、他にも多数のジャマトが潜んでいたらしく、彼女は多勢に無勢で負けてしまった。

 どれだけミカが強くとも、数という絶対的なものは覆らない。加えて周囲に散布した毒の胞子が彼女の肢体を蝕み、まともな戦闘が一切出来なかった。それでも彼女は全霊で足掻き、結果周りには大量のジャマトの肉片が散らばっている。他にも周辺の家具やビートバックルの破片が飛び散り、果てはセーフハウスそのものが半壊しているなど、行われた戦闘が銃火器の類がほとんどなかった肉弾戦とは思えない程の損傷具合だ。

 

「おめでとう、ミカちゃん」

 

 どこからかパチパチと手を叩く音がする。既に1ミリも動かない眼球と首ではその姿を視認する事は出来ないが、今回は向こうから彼女の視界に入ってきた。

 ゴスロリチックな服装に紫のメッシュの入ったオッドアイの少女。彼女はミカにニコリと笑いかけ、そして箱を取り出した。

 

「目的のものはこれでしょ?」

「…………誰?」

「アタシはベロバ。あなたのサポーターで、味方よ」

 

 自身のサポーターなる存在をミカは知らない。しかし彼女からから見て目の前の少女は味方だとはとても思えなかった。ベロバは似ている。多少方向性は違えど、トリニティにも多く居た他人を陥れて悦に浸る少女達に。信用してはいけないと、本能が訴えかけている。

 そんな彼女の様子を見て察したのか、ベロバは嘲笑(わら)って箱を放った。雑に投げ捨てられたそれの蓋は外れ、中身が零れ落ちる。小さく、中心に凸のある四角い機械だった。

 

「…………まあ良いわ。あなたでもう少し遊べるかと思ったけど、もう使い捨てね」

 

 先程の取り繕った様な温かみを放り捨てて、ベロバは冷淡に言い捨てる。しかしその顔には笑みが浮かべられており、それがかえって不気味さを際立てている。

 

「もう計画は始まってるもの。邪魔な奴等は全員消えて、とっておきの不幸な世界が始まるのよ!」

 

 ベロバが両手を広げて語っているそれもミカにとってはどうでもいい事だ。彼女の放った言葉について思考するのはやめ、今出来る事について頭を回す。

 まだゲームは終わってない。ベロバが放ったそれは確かに今までの目的物として設置されていたものと同じだ。だから彼女はそれに手を伸ばした。

 軋んで内部で筋繊維が千切れていく不快な音をたてる右腕にも構わず、彼女は必死に手を伸ばす。動かない箇所を無理矢理動かし、這ってでも辿り着こうと藻掻き進む。

 

 あと少し。何やら饒舌かつ上機嫌に語っているベロバなど既に思考の外へと追いやられていた。ミカの脳を支配するのは理想の世界への渇望のみ。その足掻きは確かに届き、彼女は小さな機械をその手に握った。壊れてしまうのではないかと思う程に強く、強く。そして、スイッチを押した。

 

「ああ、それ爆弾のスイッチよ」

 

 ――――――は?

 安堵を浮かべたミカの表情が一瞬にして凍り付く。ベロバが何を言っているのか、一瞬理解が遅れた。

 

「爆弾……?」

「ええ。ヘイローを破壊する、特注の爆弾……」

 

 ミカの視線がベロバに向けられ、ベロバもまたミカに視線を合わせて膝を曲げる。興奮に塗れた瞳と抜け落ちた様な瞳が交差する。直前まで認識すらしていなかったはずの彼女の声が嫌に鮮明に聞こえ、脳へと侵入してくる。

 

「何言ってるの……? 爆弾でヘイローを破壊するなんて出来る訳ないじゃんね……?」

 

 そうだ。出来る訳が無い。そんなもので人が死ぬなら、キヴォトスは死者が溢れる地獄だ。危険があるのは先生の様なヘイローを有していない者だけ。だからベロバの言う事は嘘っぱちだ。意地の悪いただの嘘。

 そんなミカの考えをベロバは嗤って一蹴する。

 

「だーかーらー、それを可能にする爆弾なんだって。信じられないなら、証拠を見せてあげましょうか?」

 

 ベロバは取り出した丸い銃から光を照射し、映像を映し出す。そこに在るのは粉砕されて木片と化した小さな古家とその周囲を覆う炎。そしてその中心で力なく横たわっている小さな少女の姿。

 小さな体躯に土などで汚れた金髪。そして病院で入院している患者の様な服装を来た彼女を、ミカが違えるはずもない。そんな彼女の頭上には確かにヘイローが存在していなかった。

 

「……………………………………セイア、ちゃん?」

 

 彼女の思考がいよいよ止まった。

 目の前に映る光景の全てが信じられない。第一に何故彼女はあんなところに居るのか? 何故炎の渦の中心にいるのか? 嘘だ、嘘に決まっている。そもそもこんな唐突に現れた女の言う事なんか信じられる訳が無い。

 そうだ、そもそも私はこんな郊外の場所知らな――――――

 

「第2ウェーブであなたが箱を置いた場所。あそこに居たのよ、あなたが必死に取り戻そうとしたお友達が♡」

「へ、え――――?」

「あなたは死んだって勘違いしてたみたいだけど、実は生きてたのよ。白洲アズサは百合園セイアを殺せなかった。だからアタシがあなたの願いが無駄にならない様に用意してあげたの。和解のために必要なもの、あなたの理想の世界のためにね♪」

 

 ベロバのその発言はミカにとって無視できないものだった。

 確かに今回のゲームは色々と妙な点が多かった。ミレニアムの廃墟で行われたものも大概ではあったが、あれはあくまでトラブル。今回の場合は最初からだ。

 ツムリの変化に唐突なゲームマスターやルールの変更。今まで気にも留めていなかった要素が次々と彼女の心に浮かび上がっていく。そしてベロバの言葉。

 まるで、このゲームは最初からミカ自身を堕とすために作られていたかのような口ぶり。

 

「もともとやろうとしたのはあなたでしょう? だったらあなたが直接やるのが筋よねぇ。おめでとう、これでまたあなたの理想に一歩近づいたわ。気に入らないものを全部消し去った楽園に♡」

 

 ベロバが取り出したのはミカのデザイアカード。そこには『私が望む楽園』と記されている。

 

「どうしたのぉ? そんな呆然としちゃって。あなたの理想の世界には間違いなく近づいているんだから、もっと喜んだら?」

 

 本当に、どうしてこうなったのだろうか。ベロバの言葉を脳に刻みながら、同時にミカは思い返していた。一体、どこで間違えた?

 裏切り者の件だろうか? 浮世英寿はエデン条約はおろかアリウスにすら何1つ関わっていない。彼を裏切り者として吊るし上げようとしたのは単にデザグラのライバルを1人減らしたかったから。先生を騙してでも、理想の世界を優先した結果だ。それが間違っていたのか? 素直に先生を頼っていればよかったのだろうか。

 アリウスのとの和解だろうか? 元々憎悪に溢れた彼女達と接触などしなければ、こんな未来を選ばずに済んだのだろうか?

 

 最早何がしたかったのか、何が真実なのか。ミカ自身わからなくなってしまった。

 ただ信じていたのだ。信じるしかなかったのだ。これまで歩んできた軌跡を無意味に投げ棄てる事だけはしたくなかったから。

 だというのに、その結末が“コレ”か?

 確かに都合の良い想いだったかもしれない。しかしそれでもこれまで必死にやってきたのだ。色んなものを失って、色んなものを封じ込めて、いつかは報われる時が来ると信じて終わりの見えない暗闇の中をひた走ってきたのに。

 結局は訳の分からない女に良い様に利用されていて、何もかもを仕組まれていた。

 

 今まで必死になってやってきた事全てを無意味にされたと知った時、ミカの中で何かがキレた。

 

 痛んでいたはずの全身を瞬時に起き上がらせる。そして近くに転がっていた木の棒をベロバ目掛けて思い切り振りかぶった。空を切り裂く音と共に弧を描くそれを彼女は避け、奥の壁にぶつかって粉々に砕け散る様子を見て口笛を鳴らす。

 

「呆れる程の馬鹿力ね。火事場の……ってやつ?」

 

 ベロバの挑発にミカは何も返さない。とにかく不快なこの女をこの場から消し去ってやりたい。その思いだけが摩耗した肉体と精神に活力を与えている。

 武器が無いなら拳を使えばいい。元より鉄の壁すら壊す腕力が明確な殺意をもって振り下ろされている現状には、流石のベロバも冷汗を流してしまう。しかしそれでも彼女の笑みは崩れない。

 その理由はミカを退けるに足る手段を持っているからに他ならなかった。

 

「じゃあねミカちゃん。これでこのゲームは終わり。今回のゲームは次回に持ち越し。あなたにはこの先も生きててもらわないとね♪」

 

 願わくばギーツの身柄も確保しておきたかったのだが失敗したなら仕方がない。ならばついでに『彼女』も確保しておこうか、と自らの銃を構えながらベロバは思考する。『彼女』ならば十分にギーツの役割を果たしてくれるだろう。都合の良い事に『彼女』は近くにいる様だ。ならばここら一帯を焼き払って死体だけを回収しようと、ベロバは嗤った。

 

《BEROBA SET》

 

 女性と男性の声が入り混じったノイズと共に、ベロバの姿が巨大な体躯へと変化していく。ほとんど理性を失ったといっても過言ではないミカもその巨大ロボの様な姿への変化には驚きを隠せなかった。

 

『まあ手加減はしないとね。まだまだ遊び足りないんだから!』《FINISH MODE》

 

 電子音が響くと同時に紫色の光が1点に充満していく。ミカだけでなく、その他全ての生徒達が死を覚悟する程の、圧倒的エネルギー。誰しもがそれをただ茫然と眺めているしかなかった。

 どこかでパリンと、ティーカップの割れる音がした。

 

「――――――ミカッ!!!!!!!」

「…………先生?」

 

 そして最後には一帯を光が包み込んだ。




次回で虚誕編ラストです。

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