DESIRE ARCHIVES   作:ベロベロベ

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虚誕編ラストです。



虚誕M-P/捻じれた先へのinvitation♡  

 

「ぐうぅ…………っ!」

 

 ジャマトライダーの攻撃がタイクーンの胴を穿ち、大きく体躯を吹き飛ばす。以前よりも遥かに威力を増したその一撃に彼は思わず膝をつく。全身に伝達した痛みによって体が痺れる。ここまで大きなダメージを負ってしまうのは今回に限って武器がハズレ枠であるというのも大きいだろう。引き直しをしようにも攻撃の間隔が短く、中々出来ないというのが現状だ。少しでも隙を見せればそのまま敗北まで持っていかれるであろうという確信が彼にはあった。

 フィーバーバックルのスロットで出現したアローの装備に歯噛みしながら、タイクーンはジャマトライダーから距離をとる。幾つかの矢を撃ち込んでみるも黒緑の装甲を貫く事は出来ず、ただ距離だけが詰められていく。

 

 その状況を突如として発生した紫色の光のエネルギーだった。少し離れた場所から発生したそれはタイクーンとジャマトライダーを巻き込んで周囲のものを破壊していく。互いの変身が解除され、景和は運良く無事であり、ジャマトは吹き飛ばされていく。近くの壁に隠れながら、彼は光の発生源に視線を向けた。

 

「何だあれ…………?」

 

 景和の瞳に映るロボットの様な何か。完全には把握しきれないがそれでも全体像が何となく確認できる位には巨大だという事実が彼の脳内に幾つもの疑問符を出現させた。

 しかしその疑問はまた別のものによってどこかへ飛んでいく事となる。

 

「あれって……ミカさんと、確か先生!? 何でここに!?」

 

 光の発生した方角から走ってくるのは聖園ミカとシャーレの先生。

 しかし景和は先生よりも自然とミカに視線が行ってしまう。月明りの下に晒された彼女の様子は酷いの一言だった。全身を火傷の傷に覆われ、純白で美しかったはずの翼は焦げと泥と血で汚れてしまっている。その痛々しい有様に思わず景和は目を反らしたくなってしまう。

 

「君! ここは危ない、早く逃げて!」

「え……?」

 

 先生の怒号にも似た声が響く。しかし既に巨大な存在は消え、周囲は静けさを取り戻していた。同時に携帯端末が鳴り響く。画面に表示された結果からわかるのは第3ウェーブは引き分けであり、結果として今生き残っているライダー達は皆最終戦へと進めるのだという事だが、今の景和にその事を喜んでいる暇など無かった。

 

「一体何があったの!?」

 

 急いで2人に駆け寄ってミカの体を先生とは逆の側から支える。彼女の傷口から流れ出た血液が白い制服に染みていく事を感じながら、彼はまずIDコアを確認する。ドライバーの中央部に埋まっているナーゴのコアは無事であり、プレイヤーとしての彼女は生き残っている事は証明されている。しかし以降のゲームを戦えるかと問われれば、医学方面は完全なる素人の景和ですら無理だとわかってしまう。

 聖園ミカは強い。今回のゲームで敵対した彼はその事実をしっかりと認識していた。少なくとも並みのジャマト位ならば苦戦する事はないであろう彼女がこうもボロボロになってしまったのはどうしてなのか。

 

「先生…………?」

 

 とにかく彼女を安全な場所へと運ばねば。先生と景和は互いの歩を合わせて歩こうとした矢先、か細い声が2人の鼓膜を揺らす。ミカは虚ろな瞳をゆっくりと開け、今自身が置かれている状況をどうにか把握すると掠れきった声で語り始める。

 

「全部、私のせいなの……」

「え……?」

 

 ミカの口から漏れ出るのは懺悔。己の過ちと嘘が学園に多大なる被害を齎した。ナギサは攫われ、セイアは死んだ。全ては自身の安易な思いつきが原因であると、彼女は涙ながらに告げる。

 

「トリニティの裏切り者は、私なんだよ……。浮世英寿は関係無い……。ただ邪魔だって思ったから、連邦生徒会と同じくらいの権限がある先生ならアイツを退学させられるかもって、思ったからなの……」

 

 ミカの罪の告白に先生は返答を窮していた。歩を止める事は無く、ただ己の中にある感情を噛み締める。

 それは『怒り』だ。しかしその対象はミカではない。味方だと宣っておきながら、行動を起こせなかった自分自身への怒り。

 

「ごめん、ミカ。私は君の味方だって、助けるって、約束したのに………………っ」

「先、生…………」

 

 今の今まで、彼女は動けなかった。補習授業部の事があるだとか、アロナからきつく言われていただとか原因ならば幾らでも思いつく。何よりも彼女は縛られていたのだ。脳裏に浮かぶ連中の顔を思い浮かべ、歯を食いしばる。

 しかしそれらは全て言い訳に過ぎない。結局の所、原因は全て自身にある。ミカが参加した戦いと自分自身を取り巻く『何か』を恐れ、彼女は足を動かすのを躊躇った。それが先生と言えるのか? 言える訳がない。先生であれば()()()()()()()()()()だった。そんな当たり前の事実から目を背けていた。

 彼女は強く強く、血が出る程に唇を噛む。己の無能さを心底憎んだ。

 

「え?」

 

 景和が声をあげ、2人の足が止まる。表情を変えたのは、ミカも同じだった。

 

「――――どこへ行く。聖園ミカ」

 

 目の前に佇む1人の少女。しかし彼女は子供とは思えない程に冷たく、身震いする様な雰囲気を纏っている。ミカと景和は彼女を知っている。しかし2人の記憶よりも更に表情が抜け落ちている様に感じられた。

 ミカは自身に降りかかる事態を推測して顔を顰め、景和はただ困惑する。何故自分達に対してそこまで殺気を向けているのか、彼にはわからなかった。

 

「錠前サオリ……!」

「え、さ、サオリさん…………!?」

 

 彼女、サオリはハンドガンを握りながら3人を阻む様に立ち塞がる。彼女が意識を向けているのは負傷しているミカと彼女を支える先生のみ。しかしその冷たい視線は全員に平等に注がれていた。

 

「……そこをどいてくれないかな? 今は本当に一刻を争うんだ」

 

 先生のトーンが一段落ちた声がサオリに向けられる。しかし大人ならではの迫力のあるその声もサオリを怯ませるには至らない。彼女はただ淡々と自らが受けた命をこなすのみ。

 向けられた黒い銃口が冷たく光る。

 

「そうはいかない。私の任務はお前達の始末だ。…………あの爆発からどうして貴様が生き残ったのかは知らないが……ここで完全に消してやろう」

「………………!」

 

 ミカの顔が苦悶に歪み、先生の顔が一層強く引き締まる。本気だ。彼女は本気で自分達に銃を向けている。全身を刺す様な無感情の殺気は生存本能が警報を発するのには十分なものだった。

 先生の思考が切り替わる。どうも穏便にはいきそうにない。しかし周りに人はおらず、連絡のしようもないのが現状だ。故に戦力として数えられるのは唯1人。

 そんな彼女の思考を知ってか知らずか、景和はサオリに向かって声をあげた。

 

「待ってよサオリさん! どうして先生を狙うんだよ!?」

「…………桜井景和か」

 

 2人は知り合いなのだろうかという疑問が一瞬先生の中に浮かんだ。しかしどうもそんな様子ではない。景和は明確にサオリを知っている様だが、サオリの方は景和を人伝にしか知らない様な、そんな印象だ。

 

「貴様には関係が無い事だ。これはトリニティ総合学園の問題……。しかしそうだな。私を見てしまったのであれば、貴様も逃がす訳にはいかないな」

「…………!?」《ENTRY》

 

 そう言ってサオリは引き金を引く。彼女の発言とは裏腹に狙いはミカだった。それを庇う様に景和は立ち塞がり、咄嗟にドライバーを起動させる事で出現した真っ黒なアンダースーツで放たれた弾丸を防ぐ。

 舌打ちを溢すサオリ。そんな彼女の様子が、タイクーンには信じられなかった。

 彼が知る錠前サオリという少女は冷静に見えてその実非常に感情的な少女であったはずだ。かつて胸倉をつかまれて凄まれた時の彼女の顔を叫びは今でも忘れられない。今の彼では彼女を取り巻いてきた歴史も、環境も何1つ推し量れない。しかしそれでも今目の前に立っている彼女があの日の彼女と同一人物であるとは、とても思えない。

 

 そんな彼の様子など知った事ではないとばかりに、彼女は再度弾丸を撃ち込もうと銃を構える。それに待ったをかけたのはミカだった。

 

「……私を、殺しにきたのはわかったけどさ。どうして、先生まで狙うの……? あなた達の目的はトリニティの強奪とゲヘナの殲滅じゃないの……?」

 

 喉の奥に貯まっている血の逆流を抑えながら、ミカはサオリに問いかける。裏切られた事への怒りは不思議と小さく、今はただ先生が狙われているという事態が気に食わなかった。

 

「違うな。アリウスが望むのは双方の壊滅と、ETOの強奪だ」

「………………………………本気?」

 

 告げられるその言葉にミカは思わず目を見開いた。ETO(エデン条約機構)の強奪。その言葉が意味するのは連邦生徒会長との敵対。すなわちキヴォトス全域を敵に回すと同義である。

 正常な思考をしているのであればまず思いつかない様な発想に彼女の思考は一瞬止まった。

 

「連邦生徒会とやり合う気なの?」

「だからこそ先生を始末する必要がある」

 

 ただでさえ未知数である先生の存在は彼女等にどんな不利益を齎すか予想がつかない。だから消す。極めて単純にして合理的なその判断にミカは不快そうに顔を歪めた。命を奪うという事に躊躇いが一切感じられないサオリが自身と同じ人間とは思えなかったのだ。育った環境次第でこうも異なってしまうものなのかと、思わず感心すらしてしまう。

 

 一方でタイクーンは存外冷静に思考していた。本当に訳の分からない状況に陥った時、人は一周回って落ち着くのだという事をたった今実感していた。

 ミカとサオリが話している内容は何1つ理解出来ないし、理解する必要性も感じない。今重要な事実はミカと先生の安全。そしてそれをサオリが脅かそうとしている事だけを認識し、彼は構えた。彼女が何をしても対応するために変身は解かない。先生がミカを運ぶまで彼女を足止めする事が自分の優先事項だとして彼はサオリにとびかかった。

 

「先生、行ってください!!」

「………………っ、離せ!!」

 

 サオリの口調から動揺の声が漏れる。彼女はタイクーンの両腕によって抑えられた四肢を激しく動かし、全力で抵抗する。しかし彼も腕を離そうとはしない。生身であれば一瞬で終わっていたであろう取っ組み合いも変身状態ならば力関係は逆転する。タイクーンに彼女を害する気がないために決着こそつかないが、それでも隙を作るのにはこれ以上無い働きと言って差し支えないだろう。

 

「ありがとう! ミカ、急ごう!」

 

 支えが1つ欠けた事で幾分速度は落ちるものの、確実に先生は踏みしめていく。それを視界の端に収めながら、タイクーンはサオリに語りかけた。

 

「どうしてこんな事するんだよ!! 希望に満ち溢れた世界を願ってたんだろ!? こんな事して、本当にこれが君のやりたい事なの!?」

 

 顔を紅潮させ、銃口や銃床で何度も殴りつけてくるサオリの肩を掴んで彼は叫んだ。しかし彼女の表情が動く事は無い。それを示すかのように彼の言葉は誰もいない闇夜を伝い、周囲に拡販し、そして溶けて無くなっていく。

 

「希望? …………流石は群れて平和ボケした百鬼夜行の生徒だな。どうやら脳髄にまで甘味の甘さが染みついているらしい」

 

 サオリが放ったのは嘲笑だった。その時と言葉は似通っていながら、雰囲気はまるで違う。怒りと苛立ちと羨望の濁流の様な激情ではなく、ただ冷たく嗤っている。

 まるで全てを受け入れた結果、腐り落ちてしまったかの様な諦観の入り混じった様子に、タイクーンは思わず絶句した。

 

「お前達は何も知らない。何故私達がどんな世界で生きてきたか、どんな環境で育ってきたか、どんな手段でもって今日この日まで歩いてきたのか。だからこそそんな甘ったるい言葉が簡単に口から出るのだろうな」

 

 彼女の声色は柔らかかった。力が込められていたはずの四肢からは力が抜け、瞳の中には光が無い。

 

「Vanitas vanitatum.Et omnia vanitas。全ては虚しい。ただ虚しいだけだ」

「…………?」

「この世界の真理だよ。私達はずっと、この言葉が肯定される場所で生きてきた」

「だからっ、君はそれを変えようとしてデザイアグランプリに――――」

「変える? 何の話だ」

「あ――――」

 

 ここでタイクーンは自身の見落としに気がついた。そうだ、デザイアグランプリに敗退した者はそれに関する記憶を消される。前にリオがツムリに事細かく質問していたものの一部を、彼も聞いていたのだ。

 いやしかし、それでも彼は納得いかなかった。もしデザイアグランプリで戦った記憶が無くなってしまったとしても、こうも様変わりしてしまうものだろうか?

 彼は覚えている。最終戦・陣取りゲームの後、彼女が放った一言を。

 

『私は諦めない。虚しいだけの世界など認めない…………!  憎悪だけの世界など認めない!!  次こそは必ず、私達の未来を掴んでみせる…………!! また戦う時は、覚悟しておけ…………!』

 

 あの時の言葉は嘘だったのか? 否、そんなはずはない。あれは消えゆく最中に絞り出した、全霊の言葉だったはずだ。では諦めてしまったのか? それもおかしな話だ。猿股の策略によって危機に陥った際も彼女は必死に足掻こうとしていた。

 であるというのに、今相対している彼女はまるで自らの願いすら忘れてしまった、もしくはそんな願いなどそもそも存在していなかったかの様な彼女の口ぶり。タイクーンはただ困惑する事しか出来なかった。

 

「この世界に希望などない。私からすればお前達の方が滑稽だよ。願いが叶うなんて虚飾の餌をぶら下げられて必死に藻掻いているんだからな」

「え…………?」

 

 サオリが濁った感情と共に吐き出したその言葉にタイクーンは一瞬力が抜ける。明確に拘束が緩んだにも関わらず、彼女はその場を動こうとしない。

 今の言葉は一体どういう事か。それを尋ねようとした矢先、遠くで渇いた銃声が響いた。

 彼は咄嗟に音のした方向に顔を向ける。キヴォトスでは何ら珍しくはないその音も、今はただひたすらに胸中が不安に不安が満たされていく。

 

「ああ、本当に滑稽だよ。なあ桜井景和。お前は考えなかったのか? ここに私が1人しかいないと、本当に思っていたのか? 先生という人物を始末するためにより確実な手段を講じてくるとは思わなかったのか?」

 

 沈黙が場を支配する。聞こえてくるのは2人の僅かな呼吸音と地面と体が擦れあう小さな音。

 そして直後。

 

「先生! 先生!? しっかり、しっかりしてっ!?」

 

 支えを失った哀れな少女の悲痛な叫びが響いた。

 茫然とするタイクーンを無視し、サオリは体のどこかにつけていた小型ピンマイクに声をかける。

 

「殺ったか?」

『は、はい……。間違いなく心臓を撃ち抜いたかと……、ああでも、即死じゃないっぽいですね……。あんなに血を流して、痛いでしょうね、苦しいでしょうね…………。でもこれが……』

「人生で、世界だ。先生は確実に殺しておけ」

「え…………?」

 

 完全に力の抜けたタイクーンの胸を蹴り飛ばし、冷徹な瞳で彼を見下ろす。

 

「私は囮だ」

 

 そう言って彼女はタイクーンのドライバーに手をかけ、投げ棄てる。そして向けられる殺意。今の彼には反撃の手段が無い。彼女が取り出した手榴弾を見て、ただ身構える事しか出来ない。そんな事は無意味であるという事をサオリが伝える事はなく、彼女はそのピンを抜いて投げつける。

 

 しかしその手榴弾は突如として飛来した光線に弾かれてまるで別の方向へと飛んでいき、そして爆発した。殻が砕けると同意に発露する青色の淡い光は従来の手榴弾とはまるで違うものであるという事を十分に示しており。アレをまともにくらっていたら自分はどうなっていたのかという漠然とした恐怖が景和に走った。

 

『――――やれやれ。ケケラもまた妙な奴を選んだもんだな』

 

 どこからか声が聞こえる。それは景和に対する呆れであり、怒りであり、羨望だった。

 闇夜の奥で、何かが構築されていくのが見える。幾つもの粒子の様な物が重なり混じり合い、1つの何かに変換されていいった。

 音楽が聞こえる。それはまるでたった今少女が置かれている状況を憐れむかの様な、切なげなメロディー。そしてその音楽の主は亜音速を越える速度で景和とサオリの間に割って入った。

 

「な…………」

「ええぇ!?」

 

 割り込んできた存在を認識し、サオリは言葉を詰まらせ、景和も思わず声をあげてしまう。そこにいたのはライオンだった。四足歩行に翼の生えたライオンと書くと幻想生物の様だが、実際の所の印象は生物というよりも機械生命体だ。鬣に相当するであろう部分は実際のライオンと比較すると随分と四角く、まるで頭部を挟み込んでいるかの様だ。

 何にせよ、今この場に機械的な姿をしたライオンが割り込んできた時点で驚嘆するには十分過ぎる。そしてそのライオンは黄色い複眼をサオリに向けると、流暢に語りかけた。

 

『……君はそれで満足なのか?』

 

 放たれたその声は見た目からは想像出来ない程にハスキーだった。そしてその口調にはどこか呆れや苛立ちの様なものが含まれている。

 

「…………何だ?」

『ベロバやゲマトリアなんかの傀儡になって、それで良いのかって聞いてるんだよ』

 

 いきなりのどこか説教染みた口調にサオリは困惑を隠せないらしく、一歩後退りして目の前のライオンを見つめている。全くの未知が相手でもとりあえず武器を手放さないあたり、彼女の戦場で生きてきた経験が窺えるがライオンはそんなもの全く意に介していないらしく、ただ彼女に詰め寄っている。

 

『君は誰よりも幸せになる事を願っていたはずだろ。仲間の未来を守るために奔走して、それで結局古巣に舞い戻るなんて、滑稽だな』

「何だと?」

 

 先程の景和と似た様な口ぶりにサオリの中にある苛立ちが溜まりつつあった。このライオンが何者なのか全くわからないが、獣風情に説教される謂れはない。感情に任せて発砲しそうになる心を何とか抑えて、彼女は自らの役割を思い起こした。

 聖園ミカとシャーレの先生の始末。それを果たそすべく踵を返そうとする。

 

『悪いが、あの2人はここに居る。勿論、君に手出しはさせないけどね』

「あ!」

 

 そう言ってライオンが見せたのは背中の上で倒れている2人の姿。先生の白い制服は血で赤黒く滲んでいるが、何らかの方法を取ったらしく血は止まっている。ミカの方はまだ何の処置もされていないがヘイローが点滅ですんでいるあたり死んではいないらしい。しかしすぐに病院に運ばなければマズいと言える状態なのは間違いないだろう。

 

『今の君には何も成せない。誰かに良いように使われて、泣きを見るのがオチだろうな』

「……黙れ。お前が何を知っている?」

『さあね。……乗れ! 桜井景和! とにかく病院へ急ぐぞ!』

「え、ああ、はい!」

 

 ライオンは尻尾で景和を背中に乗せ、飛び去っていく。サオリは銃を向けようとするもその高度は高く、拳銃(ハンドガン)はおろかスナイパーライフルすらも届かない場所にまで達していた。

 任務失敗。その二文字が頭を過り、彼女は悔しそうに歯噛みする。そしてすぐにそれを省みた。先程の問答では感情が溢れてきてしまった。まるで無くしてしまった何かを無理矢理掘り起こされそうになったかの様な不愉快な感覚。

 しかし任務においては感情など不要。自分達はただ与えられた任務をこなせばいいのだ。

 

『リーダー……』

「大丈夫だ、問題ない。……只今よりもう1つの任務達成に動く。全員、支給装備は持っているな?」

『うん。本当にこんなもので戦えるのか疑問だけど……』

『ア、アズサちゃんはどうしますか? まだ現れないんですけど……』

「放っておけ。有事の際に役に立たない人材などスクワッドには必要無い」

 

 考える事に意味など無い。いつのまにかズレてしまった帽子を被りなおして、サオリはゆっくりと目を閉じる。

 もう取り返しはつかない。これからキヴォトスは未曾有の大混乱に陥るだろう。怪物が氾濫し、全てを貪り、残るのは真っ暗な闇だけ。しかしそれも仕方のない事だ。

 

 Vanitas vanitatum.Et omnia vanitas。全ては虚しい。全てはただ、虚しいだけ。それがこの世界の真実なのだから。

 

「――――これより、浮世英寿の捜索及び捕獲任務を開始する」

 

▪▪▪

 

 デザイアグランプリ運営、その裏方。

 本来であれば関係者以外立ち入り禁止のその場所でベアトリーチェと帰ってきたばかりのベロバが佇んでいる。片方は満足げだが、もう片方は随分と不満げだ。

 

「ミッチー……。どうして死んじゃったのぉ……? 結局コアも見つからなかったしぃ……」

 

 ベロバはソファに倒れこむと心底悲し気に推しの名前を呟く。

 そんな相方の様子を無視しながら、ベアトリーチェは雄弁に語り始めた。

 

「ヘイローを壊す。口にしてしまえば簡単ですが――――その実、多大な労力とコストを要するものです」

 

 語りかける相手はジェリービーンズを加えながら不貞腐れているベロバ。彼女は目の前に映し出されている惨状の記録映像で傷心の心を慰めながらも、耳だけはしっかりと傾けている。

 同盟相手の目的を自身が用意した手段で果たす。この結果だけを切り取れば悪くはない結果だった。

 

「相手の身動きを封じ、尋常ではない量の弾薬を一極集中的に叩き込む。理論上ではこの様にすれば可能ですが――」

「あくまで机上の空論。それを行うための時間と装備を考えると、まあ現実的じゃないわよね」

 

 悠々と語るベアトリーチェにベロバが割り込む。語りを邪魔された彼女は一瞬顔を顰めるも、すぐに機嫌を取り戻した。それだけ、計画が順調に進んでいるからだ。

 ベロバが挟んだ通り、今しがたベアトリーチェが挙げた方法はとてもじゃないが実戦で使えるやり方ではない。一定以上の威力を持つ銃火器が必要である以上付き纏うのは音や嵩張り。正面をきっての戦いでは余程実力に差が無ければ不可能であり、ましてやティーパーティーの暗殺など絶対に不可能と断言出来る。地位のある人間の近くには必ず幾人かの護衛が控えているのが当然だからだ。

 

「しかし崇高へと至るために私は幾年もの間考えました。どのようにすれば効率良く、あの円環を破壊出来るのかを。当初は全ての工程においてゴルコンダの記号から生まれた爆弾(もの)を使おうかと考えたのですが……」

 

 もっと効率の良いやり方があるのではないか。ベアトリーチェは常々考え、様々な事に手を出していた。

 例えば生物兵器。ウイルスなどを用いたそれは真剣に考慮した事のある代物だ。アリウスの生徒の何人かを使用して改良を重ねたが、実用には至らなかった。彼女には火器などの知識はあっても薬学などの知識は無い。一度はあの五塵の獼猴の手を借りる事も検討したが、そもそも会いにいけないのでは仕方がない。

 悩みに悩んで辿り着いた結論が、ジャマトだったという訳だ。

 

「いとも容易くヘイローの守りを破るあの力は凄まじい。独自の言語体制の確立や自我を有する点、何よりもニラム達に管理されているという点から一度は見送ろうかとも思いましたが…………」

「そこにアタシがやってきた、でしょ?」

「ええ。感謝しますベロバ」

 

(ま、実際には破ってるんじゃなくて()()()()()だけなんだけど……)

 

 これはわざわざ言う必要も無いだろう、とベロバは結論づけてまた1つ、ジェリービーンズを放り込んだ。どんな理屈であろうと、殺せれば良いのだ。

 

「ま、アタシもマンネリ打破したかったしねぇ~。丁度良い相手が見つかってよかったわ。後はぁ――――アレね」

「ええ。マエストロから提供を受けた――――複製(ミメシス)

 

 これは本当に便利な技術(ちから)だ、と2人は同時に思考した。文字通りの複製する技術。似た様な技術はベロバも有しているが、彼女の持つそれとは一線、いやそれ以上を画している。

 生物・非生物、概念すらも関係なく、更には見た目や能力、そしてそれが動くための戒律(ルール)すらも容易く低コストで完全複製してしまうその技術が無ければ、彼女達の計画は遅々として進んでいなかっただろう。一体この様なモノをどこで手に入れてきたのか。ゲマトリアの特定のものに対する執着にはほとほと呆れるばかりだと、ベアトリーチェは笑った。

 最も、それは彼女も同じではあるのだが。

 

「加えて人間にも擬態出来てしまうというのですから恐ろしい……」

 

 ベアトリーチェの手の中に収められているIDコアは黒く、何も描かれていない。それに視線を向けた後、彼女はまた別の場所に視線を向ける。

 

「離しなさい! 離して!」

「「ジャ、ジャ、ジャ……」」

 

 2体のジャマトに抱えられ、現れたのは桐藤ナギサ。彼女は恐怖に濡れた顔を晒しながらも、必死に抵抗している。しかし彼女の力では最下級のジャマトであっても太刀打ちなど出来るはずもなく、そのまま固いベッドの上に押さえつけられた。

 

「誰ですか……? あなた達は何者ですか!!」

「始めましょう」

 

 ナギサの言葉に耳を貸す事はなく、ベアトリーチェは彼女に無理矢理装置を取り付ける。本来はデザイアグランプリに敗れたプレイヤー達の記憶(ギラギラ)を抽出するものだが、特別な改造を施して出力を何倍にも引き上げている。

 当然、発生する負担も相応に増しているが彼女等には関係が無かった。

 

「あ、ああああああああああああ!!!!」

「あはは! 良い悲鳴♪」

 

 脳が破壊される様な感覚と頭蓋骨が割れる様な痛みが同時にナギサの意識を刈り取ろうと襲い掛かってくる。しかしそれを手放す事をベアトリーチェは許さなかった。沈まれては困るのだ。デザイアグランプリ以外の記憶すらも完全に抽出するには、意識を保っていてもらわねばならない。

 1人の少女が苦しむ様に何の感慨も示さないベアトリーチェと愉しみながら菓子を齧るベロバ。ナギサからしてみれば、どちらも等しく化け物に見えた事だろう。

 

 やがて抽出が終了し、コアIDが完成する。クリーム色に染まったそれを満足そうに見つめるとそれをあらかじめ用意していた専用のジャマトに埋め込む。そのジャマトの全身を蔦が覆って姿を変えていくその様子に、朧げな意識の中で確かに彼女は驚愕した。

 そこに居たのは桐藤ナギサ本人。挙動はどこか人外染みているものの、外見は同一視をしない方が困難である程にそのままだった。

 

「これでトリニティ総合学園の首脳部が私達の手に入ったという事になりますね」

「ええ。今回の騒動で各方面も騒ぎ始めるでしょうからまだ完全にとはいかないけど……、それでも秒読み段階に入ったのは間違いないわ」

 

 今この2人は何と言った。自分と全く同じ姿の化け物を用意して、トリニティを乗っ取るつもりか?

 ナギサの思考が一気に明瞭化していく。今の彼女を動かすのは使命感。何としてでもこの2人の計画を阻止しなければならないという生徒会長の矜持。

 そんな彼女の命を賭けた決意は極めて現実的で、冷酷な事実によって打ち砕かれる事となる。

 すなわちどんな理想を抱いていたとしても、成しえる力が備わっていなければ無意味であるという事。評価はどうあれ一般生徒の集まりでしかない補習授業部が彼女の判断に振り回されるしかなかった様に、持ち得る力全てを上回る相手と敵対する場合に待っているのは確実な敗北。

 

 ぐしゃりと肉の潰れる音がした。

 

「――――醜悪だな」

 

 床を汚す赤黒い液体を一瞥し、木人形は呟いた。およそ表情というものが存在しない、しかし彼があまり良い感情を抱いていないという事はすぐにわかった。

 かといって敵対する意志も感じられないその言葉はただ目の前で起こった『現象』に対する発言に過ぎない。まるで出来の悪い絵画の感想を語るかの如く人の死を鑑賞するその様子はおよそまともな人間のそれではなく、間違いなく彼を異形の姿足らしめている要因の1つであろう。

 マエストロの溢した言葉にベロバが笑って反応する。

 

「そお? アタシは面白いと思うわぁ。人が絶望した瞬間のあの表情。虚無だったり怒りだったり悲しみだったり…………、人間の個性が出ていて、見てて飽きないわよ?」 

「そなたの言う事は理解出来る。目の前で起きた心震わす事象に対して人が見せる感情の発露は私もある種の魅力を感じよう。……しかしそれはあくまでも一時の輝きに過ぎない。消費してしまえば消えてしまう様な儚き感情(もの)に解釈の余地はない。神秘の宿らぬ作品は私の望む芸術ではないのだ」

 

 淡々とした口調の中に溢れんばかりの熱意を含めてマエストロは語る。声量に関係なく叫びというものは成立するのだと実感させる程の言葉に矛先はベロバからベアトリーチェへと向かう。その中には明確な敵疑心があった。

 

「…………しかし、相変わらず貴下のやり方は品位に欠けるなベアトリーチェ。私の作品を殺意と虚飾で彩り、他の領域の侵略をたくらむとは。私はその様な扱いを許可した覚えはないが」

「……別にこの現象はあなたの所有物ではないでしょう。ならば私がどう使おうと自由では?」

「…………この芸術を前にして『使う』という表現を用いるとは。やはり貴下の様な不躾な者には過ぎものだったかもしれんな」

「何ですって? 今この私に何と?」

 

 2つの異形の殺意が混じり合い、交差する。ただでさえ重苦しかった雰囲気が更に重量を増した事にベロバは耐えきれなかった。

 

「ちょっと、こんな所で喧嘩は止してよね。アタシ険悪な雰囲気は好きだけど、自分が放り込まれるのは嫌いなの。それにそんな事言いにに来たんじゃないでしょ?」

 

 ベロバの言葉に2人は物々しいオーラを引っ込めると映し出されている映像に向き直る。今切り替わった記録存在を見て、マエストロは息を漏らした。

 

「私が産み出したいのは崇高へと至る芸術。墓下に眠る太古の教義もまた素晴らしかったが、『彼』もまた素晴らしい。何故今までこの様な奇跡の存在を見落としていたのか、私は自分の狭窄が憎くて仕方がない……!」

 

 マエストロは言葉とは裏腹に自身の体を歓喜に軋ませて賛美する。嗚呼、喝采を鳴らさずにはいられない程の運命の出会いに、心から感謝を。

 映像に映し出されているのは真っ白な狐。ベロバから見ればただの知恵のある獣でしかないそれも、崇高を目指す者達からすればまた変わって見えるらしい。ただの獣ではなく、神獣。神に仕えてその真言を届けるのが役目であるそれらは紛れもなく神秘そのものである。

 

「彼の名は、浮世英寿だったか。英寿、(エース)か……。ふむ良い名だ。かつて不運の象徴とされた恐怖(テラー)と今では勝利の象徴とされる神秘を併せ持つ二面性。彼に相応しい名と言えよう。彼ならば、私の望む崇高(げいじゅつ)の礎となってくれる事だろう――――!」

「アイツが居るから、アンタはアタシ達に協力してくれるんでしょ?」

「もう1人気になる少女がいたが、アレは黒服の研究材料(もの)だろうからな。浮世英寿も求めていたが、彼の場合は死体と化していた場合の話だ。黒服は契約を重視するが故に違えなければ問題無かろう」

 

 その言葉にベロバは満足そうに頷くとソファから飛び降り、そしてとびきりの笑顔を浮かべた。既に計画は最終段階にまで入っている。あと一歩で叶う、彼女が最高の刺激を味わえる世界が。

 頬を紅潮させて彼女は声高に宣言する。

 

「さあ始めましょう! ジャマトを繁栄させ、最高の不幸を味わうためのゲーム、『ジャマトグランプリ』を!」




改めて虚誕編、ラストまで読んでくださりありがとうございます。
私としてはまだまだ力不足であるという事実が改めて身に染みた結果となりました。

しかしここまで読んでくれた読者の皆様のためにも、必ず完結させます。既に結末とか次とその次の章は大まかに考えてありますのでご安心を。

それでは皆さん、次回『罪過編』もよろしくお願いいたします。

ちなみに先生が最初は無事だったのかはアロナが用意した道具のおかげです。しかしベロバの攻撃でぶっ壊れたために、スクワッドからの弾丸は防げませんでした。
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