DESIRE ARCHIVES   作:ベロベロベ

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前回の話の中に致命的な描写ミスありとのご指摘を受けました。修正しました共に、今後この様な事のない様に努めてまいります。
またゲームの名称を『ジャマトロワイヤル』から『ジャマトグランプリ』に変更しました。


罪過編
罪過Ⅰ/終わりの始まり


 ざあざあと降りしきる夜の雨の中を、浮世英寿はただ駆けていた。体は血と汗と泥と雨水に塗れ、絶え間なく息を吐き出している。瞳からは並々ならぬ警戒心が周囲に対して惜しみなく発せられている。しかし肉体的にも精神的にも疲労が重なっているという事実はどうあっても偽れず、彼は汚れた壁に背中を擦りつけながら地面に座りこんだ。

 どうしてこうなってしまったのか、それを彼は理解しつつも、理解出来なかった。

 

 突如として放たれた浮世英寿がトリニティの裏切り者であるという宣言。それはあの騒動の後、どこかからか現れた桐藤ナギサが宣言したものだった。その話は瞬く間に学校中に、そしてキヴォトス全域にまで広がった様で、ネット上では彼に対する批判の意見が燃え盛っていた。

 それは本当に唐突であり、当初は誰しもが困惑していたらしい。何せ証拠が無い。学園内外に大きな影響力を持つ彼が裏切り者である言った所で、そうだと信じる者はいなかった。

 しかし同時に放出された幾つかの動画によって状況は一変した。それは今までこの世界で行われてきたデザイアグランプリの映像。強盗ゲーム、脱出ゲーム、天使と悪魔ゲーム。仮面ライダー達が競い合う事によって少なからず生じた被害に焦点を当てたその動画はどれも英寿とギーツを中心に編集が施されており、非常に悪意のあるものとなっていた。

 ミレニアムの廃墟で起きたとされている爆発事件も、トリニティの自治区でたびたび発生していた不良の抗争も、百合園セイアと蒼森ミネの死亡も、シャーレの先生が重症を負った件も、全ては浮世英寿が裏で糸を引いていたかの様な細工がされているそれは人々の心を変えるのには十分な代物であった。

 

 加えて先生が重症を負ったその晩にギーツがツルギと率いる正義実現委員会と戦闘を行っていたという目撃情報も合わさればもう手詰まりだ。彼から言える事は何も無く、ただ逃げ出すしかなかった。正義実現委員会が自分達の傷を癒す事を優先したのだけは幸いであったと言えるだろう。

 

 では何故彼は今ここまで追い詰められているのか。その答えは薄暗い闇から現れた彼女によって語られる事だろう。

 向けられた銃口に顔を顰め、英寿は少女に問いかけた。

 

「何で俺を狙う、アリウス・スクワッド」

「…………私達の事を知っているのか」

 

 黒いマスクと帽子を被った少女、錠前サオリはその冷たい声を英寿に向ける。その様子はかつて競い合った頃の面影はまるでない。既に何発か発砲したのか銃口からは白く細い煙が見え、それが妙に目立っている。

 サオリは疑問に答える事は無く、ゆっくりと英寿の下へと歩み寄る。瞳から放たれる青い光が彼の背筋に悪寒を走らせた。

 

「貴様がそれを知る必要はない。……脚と腕を念入りに狙っておいた。もう満足に動けないだろう?」

 

 事実だった。現に英寿の脚と肩からは血が滲んでおり、動かそうとする度に鋭い痛みが走る。この周りの見えずらい時刻に障害物の多い森という場所を経由したのが良くなかったらしく、どこからともなく飛んでくる銃弾に英寿はいつも気を配らねばならず、その範囲外からいつも射撃は飛んできた。変身する隙すら与えない程の精密なそれに彼の体力は大きく削られたと言ってもいいだろう。

 幾らキヴォトスの人間が頑丈とは言え、銃弾が当たれば痛いのだ。それが集中的に、過剰にともなれば当然身体に長期的な影響を及ぼす。

 ――――そのはずなのだ。

 

「悪いな。確かに少し疲れてはいるが、まだ俺は戦える。諦めない奴には希望があるってのが、俺のモットーなんでね……!」

 

 額に汗を流しつつも、英寿は確かに立ち上がった。未だ痛んではいるのか顔を歪めてはいるが、それでもサオリの想定を外れているのは間違いない。彼女は文字通り動きを封じるつもりでそれを行ったというのに、彼はまだ立ち上がるだけの余力を残していたのだ。

 

(いや――――)

 

 確かに想定外、それは認めよう。しかし修正の範囲内だ。回復が通常よりも速い人間というのは存在する。例えば剣先ツルギ。正義実現委員長を務めている彼女は電車に轢かれても暫く経てば問題無く行動可能であるという常軌を逸した存在だ。他にもミレニアムのどんな暗号でも考える事もなく解いてしまう者やティーパーティーの未来視持ちなど、キヴォトスには確かにその様な力を持つ人間は存在するのだ。その中に英寿もまた含まれていたというだけに過ぎない。

 

 ただ目の前の事実を受け入れて修正する。『彼女』からの指令は英寿の生け捕り。それを果たすための手段を、スクワッドは提供されている。

 

「…………それは」

 

 サオリが取り出した物に英寿は目を見開く。彼の経験上それはあり得ないものだった。彼女がデザグラにエントリーしていない事はその言動で明らかだ。では何故、彼女がそれを持っているのか。

 そこまで考えて、彼は細部が異なっている事に気がついた。中心に埋められたIDコア。しかしそれはスーホのクレストが描かれたそれとは違う。何も描かれていない漆黒のコア。

 それが埋め込まれたドライバーを腰に当て、彼女は静かに呟く。

 

「――――執行」

 

 静かな電子音と共に彼女の姿が変わる。その姿は動物の頭部を持つ通常の仮面ライダーとは異なる姿であり、どこか傀儡的な雰囲気を漂わせている。しかしドライバーを使用している以上は生身で歯が立つ相手ではない。

 英寿は自らのドライバーを装着しようと構えるが、その瞬間に手の甲が撃ち抜かれた。

 

「…………っ! ほんっと、腕の良いスナイパーが居るんだな」

 

 落としたドライバーを拾い上げながら、英寿はサオリが振り上げた拳を避ける。どこかにスナイパーが隠れている以上迂闊な行動は取るべきでないというのが戦いの鉄則だ。とにかく射線を切らなければならない。少なくともこのまま死ぬ事だけは御免だった。

 周りには壁しかなく障害物として使用できそうなものは何もない。であればとれる手段は1つだった。

 

「あああぁ!!」

 

 英寿は叫び声をあげながらサオリ目掛けて駆け出した。端から見れば自棄になったかの様にも見えるその行動の意図に最初に身が付いたのは、遠方からスコープを除いていた槌永ヒヨリだけであった。

 遅れてサオリも気がついたがもう遅い。既に英寿の腰にはドライバーが巻かれている。彼がマグナムバックルをそれに嵌めようとした時、側方から砲弾が飛来した。

 

「グアァ…………っ」

 

 爆風と衝撃に身を焼かれ、英寿は壁に打ち付けられる。それを放ったのはいつの間にか姿を見せていた戒野ミサキ。彼女はまるで空洞の様な瞳を英寿に向け、ただ無表情を貫いていた。

 

「アンタに変身されると面倒だから。……悪いね」

 

 マズい、と英寿の全身と経験が危険信号を発している。ここまで徹底的に追い詰められたのは初めてだった。目の前の彼女達は皆1人1人の戦闘力が高く、その上で連携の練度も素晴らしく、尚且つ一切の情け容赦が無いときた。間違いなく等身大の敵をしてはジャマト含めて最も厄介な敵だ。ここまで明確に命の危機であると感じたのはいつぶりだろうか。いい加減虚勢を張る余裕も無くなり、段々と表情が焦燥に濡れつつある。

 ミサキもまた腰のドライバーを起動させて姿を変え、彼に迫る。全身の痛みが過剰に蓄積した今体が思うように動かず、ただ目の前の敵を睨む事しか出来ない。彼に対して王手がかかった、初の瞬間であった。

 

 しかし最後の一手が繰り出される事は無かった。背後から飛び込んできた1人のライダーが2人の背中を撃ち抜いたからだ。

 

「英寿君!!」

「タイクーン……!?」

 

 フィーバーバックルからマグナムを引き当てたタイクーンはマグナムシューターの照準を2人のライダーに合わせて弾丸を放つ。彼女達が変身したライダーは一切のバックル装備が支給されておらず、故に彼の様に飛び道具を持ってこられると割とどうしようもないという弱点が存在している。加えてタイクーンの戦闘力は決して低くはない。

 絶え間なく弾丸を放ちながら距離を詰めていき、2人との近接戦に持ち込んだ。徒手空拳の技術ではとてもかなわないが、それでも身体スペックと武器の有無の差は大きかった。

 

「英寿君は殺させない…………!」

「邪魔だ……!」

 

 サオリの拳とマグナムシューターの銃口がぶつかり合い、火花と共に弾けた。その衝撃は凄まじく、サオリとタイクーンが同時に仰け反る。しかし強化されているとはいえ、ライダーの武器による攻撃を肉体で受けるのはやはり相当な負荷がかかったようで、彼女は痛みに歯噛みしながら膝をついた。

 その隙を彼は見逃さず、ミサキの方にも必殺の一撃を放つ。比較的近くに居た彼女も弾丸の速度には対抗出来なかったようで、真正面から受けて倒れた。意識はまだ明瞭なようだが、それでも逃げ出すには十分過ぎる猶予が発生した。

 

「行こう!」

「ああ…………」

 

 余程慌てていたらしく、移動の際に使用したバイクは道の上で横倒れになっていた。しかもロゴは連邦生徒会のものであり、どこからかくすねてきたらしい。それを急いで起こし、運転席にタイクーンが、後部座席に英寿が乗り込み、彼らは急いでその場を後にした。

 

「逃がしたか…………」

「どうするの、リーダー」

「一時退却する。しかし最低限の任務は果たした。次はより万全の状態で奴を捕らえる」

「了解」

『りょ、了解です…………』

 

 残されたアリウスの面々はただ虚ろに空を見上げる。

 雨はまだ、止みそうになかった。

 

▪▪▪

 

 百鬼夜行連合学園自治区。キヴォトスでも比較的外れの方に存在するその場所は中心で発生した動乱も対岸の火事として扱われる傾向が強い場所であり、それ故身を隠すには十分な役割を果たす。

 フローリングの上にゆっくりと腰を下ろした英寿は景和の用意したたぬき蕎麦を味わい、ホッと息を吐いた。温かなつゆと丁度いい具合にゆでられた蕎麦が絡まって良い出来だ。冷え切った五臓六腑に染み渡るという感覚を、彼は久々に噛み締めていた。

 

「良かったのかタイクーン。俺を助けて」

 

 英寿が放ったその一言に、景和は顔を顰めた。素直にお礼も言えないのかコイツはとでも言いたげな表情に、彼は苦笑し悪かったと告げる。

 

「助かったよ。お前が居なきゃ本当に終わってた」

「いや、困った時はお互い様だしね……」

「…………どうした、浮かない顔してるな」

 

 床に寝転がり天井を見上げて景和は呟いた。その声色には疲労と諦念染みた感情が入り混じり、普段と比べても数段トーンが落ちている。英寿からすれば今の彼は非常にらしくない様に感じられた。

 

「なんていうか俺、本当にたまたま選ばれただけの一般人なんだなって思って…………」

「何だよ急に」

 

 景和は自身の重い体をゆっくりと起こし、蕎麦湯を啜る。いつもならば笑顔になれるその味も、今の彼では余り感じる事が出来なかった。胸中に渦巻くミカの叫び。自分が居ながら、あの2人は重傷を負った。あの後ライオンと共に何とか病院に運んだものの、先生は意識不明の重体であると診断されたらしい。

 

「俺、この間からずっと何も出来てない……。仮面ライダーなのに、世界の平和を守って、犠牲になった人を復活させなきゃいけないのに…………!」

 

 景和が戦う理由。それは目の前で死んだ人間の事を心に刻みつけ、彼らとそれ以前にもデザグラで犠牲になった人々を助けるためだ。前回と違い、確固たる自身の願いを持っていると、それだけは自信を持って言える。強くなっている実感もある。だが現実には犠牲は減るどころか増える一方だ。それだけゲームを生き残っても、理想に近づいている実感だけは感じる事が出来ない。

 

「俺さ、心のどこかで思ってた。俺は仮面ライダーに選ばれたんだって。世界を救うだけの力が俺にはあるんだって。でも…………」

「上手くいかない、か?」

 

 ゆっくりと頷いた景和の拳が強く握られる。爪が皮膚に食い込み、今にも切り裂いてしまうのではないかと思ってしまう程のその圧力が今の彼の心情を直接表しているかの様だ。

『中途半端』。いつかにかけられた言葉が脳裏に蘇る。あの時から少しは変われたのだろうか? そう思うと自信がなかった。

 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、英寿はただ告げる。

 

「あの時お前が言った通りかもな」

「え…………?」

 

 薄く笑う英寿から放たれたのはそんな言葉。彼の言う『あの時』とはいつの事なのか、景和には覚えが無かった。

 

「『1人で生きていける人間なんていない』。俺もそうだって、最近思い始めてたからな」

「英寿君が?」

 

 正直に言えば意外だった。景和からしてみれば英寿は強く、冷静で、最後には必ず勝利を掴む代名詞の様な存在だ。そんな彼から半ば弱音の様な発言を聞くなんて心底意外だと思ったその直後に思い出す。そういえば1つ、彼が頭を悩ませていたものがあった。

 

「もしかして、テストの事?」

「ああ」

 

 恥ずかしがるでもなく英寿は頷いた。今までデザイアグランプリと芸能活動に執心しすぎた影響か思わぬ形で降ってわいた窮地。願いで勉強せずとも生きていける世界にしたにも関わらずに訪れたそれを手助けしてくれたのは先生と、補習授業部の生徒達。余り目立った会話は無かったが、それでも共に共通の課題に立ち向かうという姿は存外心地の良いものだった。彼女達のおかげで、彼も一定の水準を満たす事が出来た。だからこそ、第2次学力試験であのような妨害が入った時、彼はナギサに対して強い怒りを抱いたのだろう。

 彼女からしてみれば、例えトリニティの裏切り者を炙りだすために集めた者達という認識でしかなかったのだろうが、それでも餌をぶら下げておいてそれを目の前で廃棄するも同然のあの行いは、皆の努力と繋がりを愚弄する事と同義であり、絶対に許せなかった。

 

「助けてくれる誰かが居るから、人は生きていける。誰かの助けが無ければ、人は生き残れない」

「……………………」

 

 それは誰かを頼れという事だろうか。自分1人でどうにもならないなら、周りに助けを求めろという事なのだろうか。しかしこれはデザイアグランプリだ。世界を守るゲームであると同時に、願いを叶えるための蹴落とし合い。最終的には全員が敵になってしまうこの戦いで、果たしてそんな事に意味があるのか? 景和はそんな事を考えてしまう。

 

「…………また化かしてる?」

「…………さあな。信じないならお好きにどうぞ」

 

 駄目だ。今はどうしてもマイナス方面に思考してしまう、と景和は蕎麦湯を飲み干した。温くなったそれは彼のネガティブ思考を矯正するには至らない。

 2人の間に沈黙が流れる。窓の奥から聞こえる雨音が、静かに響いていた。気まずい空間に耐えかねたのか、景和はかねてからの疑問を投げかけた。

 

「ねえ英寿君、脱落した人ってどうなっちゃうの……? デザグラの記憶を忘れるだけじゃないの?」

 

 景和の脳裏に浮かぶのはトリニティで出会ったサオリの姿。デザグラ参加時の熱意に溢れた瞳は冷たく無味なものへと変わり、声からはおおよそ感情というものが失われていた。苛立ちを見せる事はあったものの、それにさえ冷気を孕んでいる彼女の姿は彼が知っている彼女とはおおよそかけ離れていた。

 記憶を失っただけではあの雰囲気の説明がつかない気がしてならなかったのだ。

 その問いに英寿の顔が真剣味を帯びていく。

 

「脱落して失うものはデザグラに関する記憶だけじゃない。失うのはもう1つ……、理想を願う心だ」

「理想を願う、心…………」

 

 英寿の返答に少なからず衝撃を受けながらも、同時に成程と景和は頷いた。確かに彼女の言動がその心を失っていたからであれば納得がいく。

 そしてそれが意味するのは、錠前サオリは最早2人が知る少女ではないという事。理想の消失は人格を変容させ、当人の人生を狂わせる。何かを得るためには何かを失うリスクが伴う。その中に参加者の理想も含まれていたと、それだけの話だ。

 

「実際お前も、俺が会いにいくまではボランティアを放り出してスクラッチに夢中だったからなぁ。後輩の子が頭抱えてたぞ」

「………………それ言わないでよ。カエデ達に凄い心配かけちゃったんだから」

 

 部屋の中にまたしても沈黙が訪れる。既に時間は深夜に差し掛かっており、英寿からは寝息の音が聞こえてくる。サオリ達に追いかけられて以降、彼は随分と走った様だから仕方がない。

 雨音と時計の針と寝息。部屋を満たすそれらを聞きながら、景和は重い表情でこれからの事を思考する。自らの中に生じた明確な迷いを彼は払拭出来る気がしない。ジャマトと戦う事にさえ、今まで通りにいける気がしなかった。

 

「デザイアグランプリって、一体何なんだよ…………」

 

 その問いに答えてくれる者はその場には居なかった。

 

 

▪▪▪

 

「失礼します、連邦生徒会長」

「お疲れ様、リンちゃん」

 

 誰がリンちゃんですか、といつもの台詞を七神リンは飲み込んだ。今の彼女はふざけている雰囲気ではない。張りつめそうな空気の中で、淡々とキーボードを叩いていた。

 第三者にはわからないだろうが、リンにはわかる。今の彼女は大いに焦っている。表情にいつものどこか幼い柔らかさは微塵も無く。そこいるのは皆が想像する通りの連邦生徒会長だ。

 

「……少し休んだ方がいいわアロナ。幾ら何でも根を詰めすぎです」

 

 あえて口調を崩し、リンはアロナに告げる。連邦生徒会長直属の行政官としてではなく、彼女の友人として彼女の身を案じている事を示すために。

 しかしアロナの手は止まらない。理由はわかりきっていた。シャーレの先生が意識不明の重体に陥ったと聞いた彼女の表情をリンには強く印象に残っていた。

 

「ありがとリンちゃん。でも大丈夫。条約が締結すれば私も少しは休めるから。……今手を止める訳にはいかない」

「…………本当にらしくありませんね」

 

 バレバレの嘘だった。エデン条約は確かに重要だ。しかし既にゲヘナ学園を抑える手段は十分に確立出来ている今、アロナが先陣を切る必要性は薄い。勿論意味が無い訳ではないが、体力は有限である以上休める時に休むべきだ。それがわからない彼女ではない。つまり彼女が今行っているのは完全に彼女の私情だった。

 

「先生を害した犯人を捜しているのですか?」

「………………」

「それとも、景和に何か?」

「…………………………」

「もしくはその両方か」

「……………………………………流石だね」

 

 こういう時に限って、目の前の友人は冴えている。リンが最後に言った言葉がそのまま答えだった。いつもなら腹芸も上手く出来るのにな、とアロナは苦笑した。

 

「まあ大方目星はついてるんだけどね。先生に発砲したのはアリウス分校の生徒で間違いないよ」

「アリウスですか……?」

 

 かつてトリニティの前身の1つにアリウスという分校が存在していており、今でもその子孫が生き残っている事自体はリンも知っている。一時期ゲヘナの生徒が投稿した内容はSNSで大きく話題になったからだ。しかし数週間もすればその話題も沈静化し、以降目撃情報も聞かなくなった。

 アロナはタブレットの画面に写っている写真の一部を拡大してリンに見せる。そこには高台からスナイパーライフルを構えている1人の少女が居た。彼女の背中にはアリウスのシンボルである白い薔薇と黒い髑髏があしらわれており、彼女がその生徒であるという何よりの証だ。

 

「他にも同じ服を着た3人が等間隔で陣取ってるし、スナイパーのこの子も全員のアシストが出来る位置に構えてるから」

 

 アロナの説明を聞きながら、リンは彼女がどうしてこの様な写真を持っているのかを思考する。この写真はトリニティの自治区内の監視カメラに撮られたものであり、当然ながら連邦生徒会に渡される様なものではない。今期にあたってゲヘナとトリニティに対しては積極的な介入を行ってはいるものの、流石に監視カメラ映像を全て引き渡すという様な約束まではしていない。つまりはアロナが自身でハッキングを行って手に入れたという事になる。トリニティのセキュリティとて甘いものではないというのに、彼女は随分と簡単に手に入れた様で、あらゆる場所の写真や映像がタブレットに映しだされる。

 

「これでも全部じゃないんだ。特に今ネットに上がってる映像の周辺はほとんど手に入らなかったし」

 

 彼女は不満そうにしているがリンからすれば沢山だ。これ以上不正に手に入れられても今後がややこしくなるだけだ。

 今これだけを手に入れているだけでも十分過ぎる成果と言って差し支えない。可能にしているのは彼女が生来より有する実力故か、はたまた途方もない神秘が内包された『箱』故か。後者に関してはリンも詳しく知っている訳ではないため深くは考えないが、恐らくは前者も大いに関係しているのだろうと彼女は思考する。それは決して贔屓などではなく、今までの経験から予測し得るただの事実だ。

 

「相変わらずですね……」

「そんな顔しないでよ。後でナギサさんにはちゃんと謝るから」

 

 アロナはそう告げて更に一枚の映像を表示し、指で拡大する。そこに映されているのはアリウスの生徒に見下ろされている1人の少年。アロナにもリンにも見覚えのある彼は地面を転がり、そこで映像は途切れている。

 

「景和…………?」

「うんそう。……きっと何かに巻きこまれたんだよ」

 

 どうして百鬼夜行の生徒であるはずの景和がトリニティの自治区に居るのか。その疑問をアロナは「巻き込まれた」の一言で片づける。そしてそれに関しては、リンも同意だった。2人だけでなく彼と関わりのある人間であれば揃ってアロナに同意するだろう。少なくとも、アリウスやその裏にいる黒幕に加担しているとは考えられない。根拠を求められれば提示する事は出来ないが、彼女はただ弟を信じていた。

 

「リンちゃん。明日以降、トリニティに数名調査員を送る。人材資源室長に連絡をいれて。この結果によってはSRTにも出てもらうかも」

「良いのですか? これ以上の介入は流石に難色を示されるかと思いますが……」

「大丈夫。エデン条約のためだと言えばナギサさんは納得してくれるよ。今は彼女の実質ワンオペだし、無理矢理通せなくもないしね。…………アリウスが他校の生徒まで巻き込んで何かをしようとしてるんだよ? 動く理由には十分だよ」

 

 アロナは淡々と告げてまたパソコンの画面に向かい合う。キーボードを叩きながら幾つもの書類を作成していく姿からこれ以上の会話をシャットアウトするという意志表示である事は明白だった。

 リンは薄く溜め息を吐いて会長室の扉を開く。彼女が休める時は、まだ来そうにない。

 

「ああごめん、後もう1つ。防衛室を通じてヴァルキューレにも連絡を入れて。…………浮世英寿を何としてでも捕らえて貰う」

 

▪▪▪

 

 

 デザイア神殿改め、ジャマト神殿。そこには多数のジャマト達が集まり、獰猛な雄たけびをあげている。空間内に充満するのは殺意と敵意と本能。血気盛んな化け物達が群がるその中心にナビゲーターのツムリは立っていた。

 

「ジャマトの皆ぁ~! ようこそ、ジャマトグランプリへ!」

『ジャアアアアアアアアアアアアアァァッァァッァァッ!!!!!!』

 

 ツムリが響かせる明るい声にジャマト達は再度猛る。その様子を満足そうに眺めながら、ツムリは告げる。

 

「皆は今世界がどうなってるか知ってる~? 今この世界はぁ、愚かな人類という下等種族によって支配されてしまっているの! ショックだよねぇ~?」

 

 ツムリは目尻に両手を当てて擦る簡素な泣き真似をしながらジャマト達へ問いかける。大半の個体が全くその通りだと頷く様子に彼女も頷きながら、更に言葉を投げかける。

 

「うんうん、そうだよね許せないよね? そんな世界を変えるために作られたのがそう、このジャマトグランプリなんだ!」

 

 ジャマトグランプリ。デザイアグランプリから名を変えたそれはデザグラとそこまで大きな差はない。参加者同士で競い合い、最後まで勝ち残った勝者が理想の世界を叶えられる。一見対象者が変わっただけのデザグラそのものだが、その実全く異なっている。

 

「皆が願う理想の世界は何かな~? 手元にあるジャマトカードに願いをドンドン書いちゃって♪」

 

 数分後に出揃った参加者達の理想の世界。彼ら独自の言語で書かれたそれらを1つ1つ確認していくツムリは最後のカードを読み終えて、晴れやかな笑顔を浮かべた。

 

「さっすが皆! 仮面ライダー達とは違って立派だね!

 ――――みぃーんな同じ願いなんてすごい!」

 

 ジャマトカードに記された願い。それは皆等しく、『人類が滅亡し、ジャマトが世界の支配者となった世界』。

 そう、仮面ライダー達と明確に異なる点。それは彼らの連帯感にある。このゲームはジャマト達が競い合うゲームではない。ジャマトと仮面ライダー、そして人類が互いの生存を賭けて競い合うゲーム。

 それがベロバの主催する、ジャマトグランプリなのである。

 

「それじゃあ、早速第1回戦を始めるよ♪ 運命の第1回戦はぁ…………『狐狩り』!」

 

 空中に映されたのはかつて多くの同胞を葬った憎い憎い白狐。

 ジャマト総出で仮面ライダーギーツを捕獲せよ。人類を滅ぼし、ジャマトが世界の実権を握るためのゲーム。その開始の鐘が、今鳴り響いた。

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