DESIRE ARCHIVES   作:ベロベロベ

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罪過Ⅲ/祈りのブースト

 

 「……そうですかわかりました。いえ、連邦生徒会長にはまだ伝えなくても結構です。今は彼女もお忙しい時期。余計な仕事は入れるべきではない、でしょう?」

 

 連邦生徒会、防衛室。キヴォトス全域の安全と平和を統括する部署であり、ヴァルキューレ警察学校直属の上部組織に値するその組織のトップの席に座る生徒、不知火カヤは細い糸の様な瞳を三日月の様に歪ませながら電話を切った。誰が見てもわかる程に上機嫌な理由は彼女の野望への一歩がまた順調に行ったからに他ならない。彼女は心の中で流石は私と自画自賛しながら、目の前に佇む軍服を着たロボットに告げる。

 

「どうやら上手くいったようですね。あなた方の新兵器も良い働きをしたようですよ」

「その様だな。最初は信用ならない者から提供された未知の技術かとも思ったが……、どうやら契約内容に嘘はなかったらしい」

「ふふ……。あなた方の成功を喜ばしく思いますよジェネラル。流石はキヴォトス最先端の技術を有するカイザーコーポレーションですね」

「ふっ。そちらこそ、この学園都市の安寧を担うだけあり判断が速い。即断即決は社会人の基本だ、素直に敬意を表するよカヤ防衛室長」

「当然です。私はいずれ連邦生徒会長に代わってこのキヴォトスを管理する者。従って超人でなくてはいけませんから」

「ふっ、そうか」

 

 浮世英寿を捕らるべくヴァルキューレが繰り出した兵器。それは彼が察した様にカイザーコーポレーションが彼女等に提供した最新型の兵器である。より強く、より迅速に犯罪者を捕らえて周囲の安全を確保する事をコンセプトに作られたそれはブーストフォームの蹴りすらも簡単に防いでしまう程の吸収性を備えた超兵器。

 自らを黒服と名乗る謎の存在によって製造が可能となったそれはカイザーにとっては未知でしかない仮面ライダーすらも簡単に封じ込めるだけの力を有している。

 今回は試験運用も兼ねた出撃だったが、その成果としては十分過ぎるものだろう。世間を騒がせ恐怖を創り出した英寿を捕らえる事が出来たとあらば連邦生徒会のカヤに対する支持率はより強固なものとなるだろう。更にはカイザーコーポレーションもまた警察組織であるヴァルキューレの中にも着々と勢力を拡大できるという事もあり、まさに笑いが止まらないという状況であった。

 

「あの忌々しい連邦生徒会長の失脚も目前かもしれんな」

「それは少々見通しが甘いかと。確かにあの女は気に入りませんが、それはそれとして彼女が超人であるという事もまた事実。より万全に行きましょう」

「ふむ。というと?」

「最近彼女は浮世英寿以外にも執心している組織が居る様です」

 

 カヤはパソコンに映し出された映像をジェネラルへと見せる。それは今日の会議で見せられた日陰者達の映像だった。

 

「彼女は言っていました。防衛室として警戒しておく様にと……。近々トリニティ総合学園に調査が入ります。結果次第ではSRTの調査が入るものですが……、この時点でアリウスを捕縛出来ればより迅速に事が進むと思いませんか?」

「成程、つまり……」

「ええ。ここは更に1つお願いいたします」

 

 内に秘めた巨大な野心を互いに見せ合い、2人の陰は嗤い合う。仮面ライダー達の思惑とはまた別の所で、新たな陰謀が動き始めていた。

 

▪▪▪

 

 人生とは妥協の連続である。

 最初は綺麗だった夢も希望も、現実という辛く冷たい壁に阻まれ次第に熱を失っていく。

 

『尾刃カンナです! よろしくお願いいたします!』

 

 入学する前のヴァルキューレ警察学校はカンナにとっての最高の職場であるという事を思い描いていただろう。市民に寄り添い安全を守り、己の正義でもって街を守る。その夢が少しだけズレた所から、彼女の妥協は始まったのだ。

 

 カンナは手に持ったデザイアドライバーを見つめる。彼女自身のものではない事は中心に埋め込まれているIDコアが証明している。

 

(我ながら単純なものだな)

 

 ズレてズレて元の道が消えかけた最中にであった、どんな世界でも叶うという甘言。そんな触れ込みに従い、妥協で終わらせたはずのものを復活させようとしながら、同時に妥協を繰り返す。酷い矛盾だ。

 少し前の会話を思い返す。連邦生徒会防衛室長に告げられた内容は以前の彼女が聞けば仰天して反発しただろう。しかしそれに対して不満を顔に出さずに頷いてしまう程、今の彼女は摩耗していた。

 

「随分と浮かない顔だな公安局長様。大手柄なんだからもう少し喜んだらどうだ?」

「………………そういうお前は大分余裕そうだな。多少は抵抗するかとも思ったが、随分と大人しいじゃないか」

「あそこで暴れても仕方ないからなぁ。俺は機会を待つ事にするさ」

 

 カンナは格子越しに座っている浮世英寿を一睨みして、またも視線を落とす。今は業務中だ。余計な事を考えている暇はない。

 

「お前の今日の寝床はそこだ。……間違っても妙な考えは起こさない方が良い。お前とて『狂犬』の名を知らない訳じゃあないだろう?」

「ああ、噂には聞いてるよ。怒った時の顔がおっかないお巡りさんだってな」

 

 後方に控えている部下の肩がビクリと震えた。大方、英寿の揶揄う様な発言にカンナが怒るとでも思ったのだろう。犯人に怖がられるのは一向に構わないどころか寧ろ上等なのだが、同じ役職にまで恐れられているというのは少々ショックだった。

 しかしそれに対して哀しむ事はあっても怒る事はない。というよりはそんな気力が今の彼女にはなかった。

 

 英寿は無罪だ。それをこの中で分かっているのはカンナ自身なのだ。彼にかけられた容疑はトリニティ総合学園に対するテロ行為。一部無罪とは言えない要素は入っているものの、最も重要な聖園ミカへの殺害未遂、百合園セイア・蒼森ミネの殺害行為において彼は全く別の場所に居たはずなのだ。

 補習授業部としてゲヘナ自治区に赴き、その後デザグラで合流した。調べた情報とカンナの記憶を合わせれば裏で糸を引いていた様子もない。

 

 だが、それを補習授業部の生徒達からの裏付ける証言は取れなかった。同じ補習授業部の生徒に調査協力を依頼しようしても、全く返事が来なかったのだ。それどころかトリニティの敷地内にすら入れて貰えなかった。生気を失ったかの様な黒セーラーの少女達に阻まれてしまい、話すら出来なかったのだ。先生の意識が明瞭ならば話は違っただろうが、現実には彼女は昏睡状態だ。

 彼女の『上』に英寿が無罪である可能性を提言しても、突っぱねられて終わりだった。調べるよりも先に完成した新兵器の有用性を証明しろの一点張り。結果的には英寿が犯人であるという疑念は覆らなかった。

 

 彼にも怪しい所がない訳では無いが、今回の件とは無関係だろう。それでもやらねばならない。結局の所警察とは公務員。上の指示には逆らえない。例えそれが、自らの手を汚す様な汚職行為であったとしても、清廉と汚れの上に、秩序は成り立っているのだと自身に言い聞かせながら彼女はただ遂行する。

 

「それにしても取り調べはしないのか? カツ丼が食べられるかもと期待したんだけどな」

「余計な発言をするな。明日には連邦生徒会長が直々にお越しになるらしい。取り調べはその時に行う」

「へえ、あの腰の重い事で有名な連邦生徒会長が?」

「ああ。どうしてもお前に直接会っておきたいらしい。……例の条約は彼女の悲願でもあったからな。それを邪魔した存在ともなれば文句の1つでも言いたくなるだろうさ」

 

 よくもまあこれだけペラペラと語れるものだと、カンナは自分自身に驚愕する。今言った事は全て事実。しかし英寿が無罪だという事もほぼ事実。彼女は肩をブルリと震わせ、彼の明日を本気で案じた。

 

 立場上、カンナは連邦生徒会長と何度か会う機会があった。その時に一度だけ発生した彼女の逆鱗に触れる事件があった。百鬼夜行の桜花祭の日、そこの自治区で発生した立てこもり事件の犯人に、彼女が直接尋問したのだ。ほんの十数分でそれは終わり、事件は収束した。その時の犯人の様子は見るに堪えない、まさに惨状だった。

 一体何が彼女をそこまで怒らせたのかはわからないが、それでも彼女がとんでもないという事だけはわかった。

 

「お前はもう寝ておけ。明日は長くなるだろうからな……」

 

 そう言ってカンナは牢屋の前から立ち去った。

 監視室に戻り、買ってきたパンを齧りながら監視モニターを見つめる。

 彼女にとって英寿は敵だ。しかし別に恨みがある訳ではないし、苦しんで欲しいとも思っていない。故に募る罪悪感が、彼女の食事を鈍らせる。甘いはずの菓子パンの味がしない。かと言って彼を逃がす訳にもいかない。幾ら無罪だと主張しても、世間的な容疑が晴れていない者を警察が独断で逃がして言い訳が無い。

 

 冤罪を利用して彼を陥れて勝利を掴む。まるで今の自分は悪役ではないか。しかもその中でも小物中の小物。最低の三流悪役だ。

 開き直る訳でもなく、信念を貫く訳でもない。ただ流されるままにそこに居て、言い訳しながら偶然降ってきたチャンスを利用する。かつて志していた正義(もの)が完全に潰れていくのがわかった。

 今この場所が矯正局なのは、一体何の皮肉だろうか。

 

「………………ん?」

 

 何かモニターに妙なものを見た。その事を確認すべく映像を再確認しようとした瞬間、突如として警報が鳴り響いた。室内に赤いランプが点灯し、そこから発せられる光と音が全体に広がっていく。明らかな異常を知らせる音に彼女は通信機を手に取った。

 

「何があった? 応答しろ!」

『こ、こちら正門! わかりません! 何か妙なモノが………………うわああああああ!!』

「な、おい!!」

 

 スピーカー越しに聞こえてくる悲鳴の声。次いで何かが潰されるかのような嫌な音が鳴り響いた。

 カンナの全身に悪寒が走る。もし仮に今の音が正門の警備から鳴ったのだとすれば、そんな事が可能なのは1つしかない。しかし何故? 何故ここに居るとわかった? ニュースを見たとでもいうのか?

 

 カンナは監視にここから離れるなと伝え、自身は真っ先に正門へと向かう。そして辿り着いたその場所で、自身の予感が的中していたという事実を知った。彼女は、現実はいつだって最悪に近い未来を運んでくるものだと理解してしまう自身がいる事に嫌気がさしていた。

 

「ジャ、ジャ、ジャ………………」

 

 目の前に広がる残骸。それはコンクリートブロックであり、鉄片であり、人体だった。

 慣れきった硝煙の香りの中に混じる血肉の匂いに、カンナは思わず鼻を覆う。血の匂いを嗅ぐ事度々あったが、潰れた肉を見るのは初めてだ。今まで積み重ねた経験が通じないのではないかと思ってしまう様な不安が、彼女の全身を駆け巡る。

 

「ギーツ、どコ?」

 

 ジャマトの軍勢の前線、その中心に居たビショップが呟いた。声の感じからして前回百鬼夜行の自治区に来た個体と考えて間違いはなさそうだ。そしてその背後にはポーンやルークなど多くの個体が揃って戦闘態勢に入っている。勢力はそこらのヘルメット団と大差はないが、その質は比べ物にはならない。

 カンナはたった今から、これら全てを相手にしなければならないのだ。

 

「……………………」

 

 脚が震えているのがわかる。しかし逃げ出そうという意志はなく、ただ彼女はバックルを構える。既に死人が発生している。であれば、これ以上の犠牲者は出せない。幾ら汚職に染まろうとも、凶悪を前に逃げ出す事だけはしたくない。その一心で彼女は戦う覚悟を決めた。

 

「…………変身」《NINJA》《READY? ――――――FIGHT》

 

 忍びの装甲を身に着けた狼が、その牙を突き立てるべく刃を構える。直後にロポの放った斬撃が、戦いの始まりだった。

 

▪▪▪

 

 英寿が異変を察したのはカンナによって檻に入れられて数時間が経っての事だった。静寂に支配され、息を吐く音が空間内を飛び回り拡販していく様な場所でたった1人。かつてこの学園都市に来たばかりの頃を思い出す様な空気の中で、それを乱す音が鼓膜を揺らした。

 

 寝転がっていたベッドから起き上がり、格子へと視線を体ごと近づける。先程までいた看守が、いなくなっていた。

 

「………………?」

 

 破壊音らしき音が小さく聞こえてくる。いつもなら日常茶飯事として気に留めないがここは矯正局だ。ここが襲撃されるのは日常ではない。加えてこうも断続的に音が響くのは、詳しい訳ではない英寿でも妙だと感じる部分であった。しかも音は段々と近づいてきている。同時に聞こえる悲鳴。いよいよおかしいと、彼は身を乗り出した。

 

 ギイッ、と分厚い鉄製の扉が開く。ゆっくりと何かが入ってきたのがわかった。

 

「ジャ――――」

 

 その声を聞いて、英寿は反射的に後ろにさがった。そしてベッドの裏に体を隠す。しかしその抵抗も虚しく、鉄格子の破壊される音がした。

 

「ジャマトライダー…………!」

 

 どうしてここが、と英寿は心の中で疑問を浮かべる。矯正局に行った事はニュースなどでも報じられたかもしれない。それによってジャマト達が彼の行方を知ったのかもしれない。百歩譲ってそこまでは良い。しかしああも迷いなくこられるのはどういう事か。この場所には彼の牢屋を除いて6つの部屋がある。3つと3つに向かい合って分かれた中で、英寿が収容された場所の位置は入り口から見て左側の2つ目の部屋。つまり最低で2部屋は確かめねばならないはずだが、今彼の目の前に居るジャマトライダーはそれらのプロセスを省略していたとしか思えなかった。

 

「ピアーブ」

 

 振り下ろされた拳を避け、英寿は外へ飛び出した。辺りには幾つかの破壊された痕跡があり、鬱屈とした雰囲気だった監獄はさながらホラーゲームの様な緊張感と心臓を刺激する場所へと変貌している。

 中は薄暗く入り組んでいる。以前の脱出ゲームより、こちらの方が余程そのような空気が形成されていた。今の英寿はドライバーの無い一般人。ジャマトと戦闘にでもなれば即死とまではいかないまでもかなり危険なのは間違いない。

 

 慎重にまずは保管室に向かおうと周囲を確認する。しかし案内板の様な便利なものはないと知った直後、数体のジャマトの声が聞こえてくる。足音を刻む速度は速い。まるで確信を持っているかの様なそのテンポに、彼はやはり何かあると思考する。道を引き返し、排気口ダクトの中に潜り込んでそのまま這って保管室へと向かう。このまま真っ直ぐ進めば辿り着ける。そのルートを進んでいると、後ろから熱を感じた。振り返る空間も時間もない。しかし空気が揺れる様な感覚は間違いなく熱によるものだ。そして足先で感じるそれは段々とその熱さを増してきている様に思える。

 急いでここから出ようと、着いた出口から床に足をつけようとしたその時。膨大な熱量を含む光線が、彼の頭上を突き抜けていった。

 

「なっ………………」

 

 明らかな殺意が籠った攻撃。それ自体は珍しいものではない。ジャマトが放つ攻撃は基本的にそうだ。奴等は人間や仮面ライダーに対して、まるで呼吸でもするかの様に殺意をぶつける。しかし今のは今までの中でも妙だった。ジャマトライダーといい先程といい、まるで最初から英寿のみを狙っているかのような迷いのない動き。

 

「目的は俺なのか……?」

 

 だとすればどうして何のために? 脳内に浮かんだ疑問。しかしそれに対して推測を行う余地は残されていなかった。壁を破壊して現れたのはブーストフォームと化したジャマトライダー。遂にはプレイヤー用のバックルにも手を出す様になったらしい。

 

(プレイヤー用?)

 

 自分自身で思い浮かべた言葉を自身の中で反芻させる。そして1つの結論に辿り着いた。それは前提にありすぎて、疑問にも思わなかった事。

 

(今のこれは、デザイアグランプリなのか?)

 

 狙われているのは自分自身。まるで今までの立場が逆転しているかのような感覚。それが気のせいだとは、英寿には思えない。無論、考えたくもない事ではある。しかしそうでもなければ説明がつかないのだ。ジャマトが運営の用意しているはずのバックルを有している理由が。

 

 だがしかし、ジャマトにとっては彼の疑問など至極どうでも良い事である。ジャマトの望みはただ1つ。それを成しえるために、英寿が邪魔。それだけなのだ。

 

「ぐっ………………!」

 

 エンジンを噴かす音が聞こえた瞬間、英寿は全力で体を横にそらした。頬が熱い。目では追えなかったが、ジャマトライダーが拳を掠めたのだという事実は認識出来た。

 ゆっくりと伝う血を拭う間もなく、彼は走り出す。追いつかれるやもという恐怖はあるが、しかし走らねば話にならない。耳を澄ませば聞こえてくる悲鳴に足音。これら全てがジャマトであるならば厄介なんてものじゃない。やはり攻め込んできているとしか思えなかった。

 

 そしてその狙いは、やはり英寿と見て間違いないだろう。現に今も看守に襲い掛かろうとしていたポーンジャマトが彼を認識するや否や、即座に襲い掛かってきたのだから。

 

「来いよ」

 

 英寿は挑発する様に指を動かし、好戦的な笑みを浮かべる。窮地であるにも関わらずの不遜なそれはジャマト達の癪に触ったらしい。勢いよく短刀を振り上げ、そして英寿目掛けて振り下ろす。

 自らの脳天へ振り下ろされた刃物を持った腕を、彼は即座に掴んで引き寄せ、顔面に拳を叩き込んだ。そして怯んだ隙に腹へ蹴りを一発。ダメージは然程ではないだろうがそれでも看守から引きはがすには十分な役割を果たした。

 

「早く逃げろ。とにかくここを出るんだ!」

「は、はいぃぃ!」

 

 看守が慌てふためく声が暗闇の奥へと溶けていく。拳銃を落としていったが、これに関してはラッキーだった。発砲するまではいかなくとも打撃武器としては有効に働くかもしれない。その推測の裏にはかつてマグナムを使用していた際のバッファの姿があるのだが、今はどうでもいい。ドライバーを取り戻すまでは怯ませる程度の武器があればいい。そんな彼の考えは即座に崩れ去る。

 壁が崩れる音と共に、ジャマトライダーが姿を現した。その登場の仕方は手当たり次第にやってきたというよりは最短距離を進んできたかの様な印象を受ける。

 しかし考えるべきは今この状況をどう切り抜けるか。それを考え付くよりも早く、更に状況を変える一手が打たれた。

 

「ハアア!!」《NINJA STRIKE》

 

 無数の手裏剣が周囲に舞い散り、複数のジャマトを斬り裂いていく。そして四散した後の状態を気に留めようともせずに別の方向へと目を向けて、ロポは舌打ちを溢した。

 

「よお、お疲れさん」

「馬鹿か、何をしている!?」

 

 邪魔だとでも言いたげな彼女の口調に苦笑しつつ、英寿は告げる。

 

「このジャマト達の狙いは俺だ!」

「は……?」

 

 英寿の告げたその言葉にロポは驚きを隠せない。しかし確かに今、2体のジャマトはロポそっちのけとまではいかずとも英寿に執着している様に見えた。

 口から出まかせではなさそうだ。そして彼が次に何と言いたいか、彼女は理解した。

 

「……所有物保管庫は100m程進んだ先に角を右へ曲がった先にある! そこの一番奥の上から3番目にお前の名前が書かれている!!」

「わかった!」

 

 ロポが放った斬撃の音を聞きながら英寿は走る。外で雨が降っているらしい。砕かれたあちこちから外の鬱蒼とした森の木々を雫が打ち鳴らしているのがわかる。湿った土の匂いと鉄臭い血液の匂いが混ざり合って鼻腔を犯す。明確な死が迫っているせいか、五感が鋭くなっている感覚はあった。

 

「ここか!」

 

 存外近くに存在していた保管室の中の一番奥の上から3番目。『4010番 浮世英寿』と書かれた小さな籠の中に確かに彼のドライバーとIDコアが入っている。そしてマグナムバックルとフィーバースロットバックル。これで戦う装備一式が揃った。後方からやってくるジャマトの動きが鈍ったのがわかる。

 

「ビビるなら追ってくるなよ」《SET》《SET FEVER!》

 

 英寿は中指と人差し指を擦り合わせて音を鳴らす。それはジャマトにとっては死刑宣告と同義だった。

 

「変身」《MAGNUM》《HIT BEAT》

 

 上半身にマグナム、下半身にビート。今までにない姿のギーツが出現し、彼は即座に右足を振りぬいた。高周波の音を放出する強力な一撃にジャマトの首はへし折れる。そのまま起き上がってこないそれを放り捨て、彼はロポを救出すべく駆け出そうとする。

 しかし。

 

「――――――――おいおい」

 

 思わず、その足を止めた。足元に瓦礫が当たったから、ではない。

 目の前に広がる崩れ落ちた監獄の上からこちらを見下ろすジャマトの群れ。以前よりも数こそ少ないが、以前よりも手強いとギーツは感じ取る。個体の質が遥かに違う。ポーンも多いがそれ以上に上級個体が多い。ルークにビショップ。そして、ナイト。

 青い体色に加えて全身に生え揃った小さな棘。馬の様な双頭を持つその姿は植物に例えるならば薔薇だろうか。手にはよくしなるであろう茨の鞭が握られている。数は一体。しかしナイトは通常のデザグラではラスボスを務める事もある個体であると、英寿は知っていた。

 撃破可能ではあるが、その難易度は恐ろしく高い。

 

 少なくとも、ライダーが倒そうと思えば最低限ブーストバックルが必要になる程度には。しかし肝心のそれはジャマト陣営の手に渡っている。

 

「参ったな……」

 

 ギーツにしてみれば倒せない敵ではない。しかしそれでも数が多すぎる。百鬼夜行で戦った時とは状況が余りに違う。これだけの質と数を誇る敵達を相手にして勝てというのはさしもの彼でも骨の折れる作業であるのは間違いない。限りなく不可能に近い、まさに絶望的な状態であった。

 

「ま、やれるだけやってみるか」

 

 ギーツは軽い口調でそう告げる。それは挑発であり、虚勢。窮地に己を奮い立たせられるのは、いつだって己自身なのだ。人が瞬きをする一瞬の間に駆け巡る今までの記憶。陥った幾重もの窮地。そんな中で彼は様々な方法でそれを脱してきた。今回ばかりは、そのどれもが通用しそうにない。バックルは2つ、内1つは確実性に欠ける代物。わかりやすい逆転要素(シークレット・ミッション)も存在せず、今ある手持ちで切り抜けるしかない状況。

 それでも諦めるという選択肢だけは無かった。

 

 下半身から力強い音楽が響く。それは彼を鼓舞する勇気のメロディー。たかが音と侮るなかれ。攻撃力は皆無だが、それは他の攻撃の威力を上昇させるという隠された効果が存在する。放たれた弾丸の一発一発の威力が底上げされている。元より低くなかったそれらにギーツの腕が加われば、ジャマトにとっては恐るべき脅威となるだろう。

 弾丸がジャマトの急所に沈んでいく。前線の数体が動きを停止させた瞬間に、彼は地面を蹴って壊された壁を突き破る。小雨によってぬかるんだ地面に着地し、脚部から発せられた音波によって更に周囲の脆い部分を破壊していく。崩れた瓦礫が雨の様に降り注ぎ、ジャマト達を埋め尽くさんと襲い掛かる。ダメージは見込めないが牽制程度にはなるだろうと踏んだそのやり方を見て、だからどうしたとばかりにナイトは首を鳴らした。

 

「デガピロケケテウチャン」

 

 ナイトが茨の鞭を振るった。尋常ではない風圧と威力を伴ったその一撃は降り注ぐ瓦礫を一蹴し、尚勢いを残してギーツへと飛来する。彼はそれを危なげなく躱すも、顔を上げた瞬間に、降り注ぐ無数の棘に戦慄する。あの一瞬でここまでの弾幕を作り出せるのは流石ラスボスと言った所だろうか。

 反射的に撃ち返すも弾幕の拳銃の弾数では威力はまだしも、速射性では圧倒的に劣る。ましてや弾幕を張るなど不可能だ。それを避ける時間もなく、彼の全身に数多の棘が突き刺さっていく。

 

「ぐううぅ………………!」

 

 サイズに反して1つ1つの威力が高い。しかしまだ動けないというレベルではない。だが確実に動きは鈍っており、それがこの場合致命的であった。

 眼前の迫るジャマトの軍団。1体1体が殺意を籠めて迫ってくるこの状況では、ほんの少しの間でも立ち止まる事は許されない。思わず片膝をついたギーツに火花が散る。ビショップの胞子が着弾したらしい。それだけではない、ポーンやルークなどが憎き狐を狩ろうと走り出す。咆哮をあげながら迫るジャマトに対して、彼は今一度距離を取ろうとドライバーを反転させた。

 

《REVOLVE ON》

 

 出現したリングが柔らかい泥の上を滑っていく。それだけでまた距離が開いた。上半身と下半身が入れ替わった事で武器として握られたのはビートアックス。すかさずギーツはギターのレバーを倒す。

 

《FUNK BLIZZARD!》

 

 その音声が鳴った瞬間に地面を這う様にそれを振るうと、地面一帯が薄い氷に覆われた。足を捕られて滑るジャマト達。しかし所詮は小細工。ラスボスクラスの力を持つ自分には敵わない、とナイトは今一度鞭を振るおうと構えた。

 

「ジャ…………!?」

 

 全身に電流が走る。それもまたギーツの仕業らしい。見れば武器を地面に突き刺している彼の姿があった。しかし無駄。この程度では動きに多少鈍らせる事は出来るが、それだけだ。動きを止めるまでには至らない。構わず彼は鞭を振るった。

 

「………………!!」

 

 空振りだ。そう思った瞬間に、氷上で固まっているジャマト達を砕きながら迫るギーツの姿を捕らえた。

 

《TACTICAL FIRE》

 

 炎を纏った刀身がナイトに叩きつけられる。薔薇に対して放たれた燃え盛る一撃。それは決して軽くなく、呻き声を漏らさせる程度には強大だった。

 だがそれだけ。ダメージを与えこそしたものの、倒すどころか膝をつける段階にすら至っていない。

 

「キョジカカファ!」

 

 ナイトは左腕を前に突き出し、さながらサブマシンガンの様に棘を撃ちだす。ギーツはそれらを氷の壁を形成する事で簡易的に防ぐ。無論即座に破られるが、それよりも先に彼はマグナムバックルを操作した。左足から放たれる強力な弾丸がナイトの腹に突き刺さる。しかしナイトは怯まない。ダメージこそ負ってはいる様だが、全く致命傷には至っていないという事がよくわかる。攻撃そのものの妨害は出来ているが、未だ決め手に欠けるというのが正直な実情だった。

 

《BOOST STRIKE》

 

 そして更に逆風が強まっていく。聞きなれた電子音と共に仮面を貫く衝撃。それがブーストフォームによってもたらされる拳の威力だという事はギーツも良く知っていた。

 

「ごっ――――――――!」

 

 世界が回る。まるで台風の螺旋の中に放り込まれた様な感覚であり、上下左右の把握すらままならない。痛みよりも先に来る感覚の喪失にギーツの動きは今度こそ止まった。

 

「ピアーブ!!」

 

 そこをナイトが見逃すはずもない。青白いエネルギーを纏った鞭が何度も何度も、ギーツの体躯に打ち付けられる。意識を消し飛ばされるかの様な痛みの後、新たな痛みによって覚醒する。この繰り返しが数瞬の中で幾重にも重なる。それだけで。常人なら発狂してしまうだろう。

 

(懐かしいな――)

 

 しかしギーツはこの永劫にも近い苦痛の中にいるには余りにも場違いな、そんな思いを浮かべた。今でこそそれなりにマシな生活をしてはいるが、かつては人とも言えない畜生同然の生活をしていた記憶が嫌に鮮明に蘇る。

 

(これは、家も食料も、記憶もなかった…………、その前の――――?)

 

 降りしきる雨とスクラップ場の中で、彼は目を覚ました。しかしその頃には既にある程度体は育っており、それ以前の生活があった事は明白だった。思い出したいと思った事はない。求める記憶はただ1つ。

 

(俺は、母さんに会いたい……)

 

 死の淵で抱くのは現在に至るまでずっと抱き続けていた想い。鎧が砕けて仮面が割れる。変身が解除されて肉が裂ける。痛みが痛みではないくらいに痛い。まず間違いなく死ぬ。ここまで絶え間なく致命傷を与えられれば、例え再生能力を有していたとしても関係なかった。

 

「――――――――――」

 

 動きが止まるまでの感覚が妙に長い。何でも死ぬ間際は皆こうなるという話をテレビか何かで見た。つまりは死ぬ。かつてより不敗を誇ったギーツの最期は大量のジャマトに嘲られながら死ぬという、何とも物悲しいものだった。無論、ジャマトにとってはこれ以上無い位に最高の死に様だろうが。最後の力で何かに手を伸ばしている姿が最高に惨めだと、ナイトとビショップは嗤った。

 

 もう何も動かない。そこにあるのは辛うじて原型を留めた肉塊だけだ。

 

▪▪▪

 

 体がゆっくりと揺られている。背中には柔らかな感触があり、英寿はそれに体重を預ける。上下に揺れる振動はまるで揺り籠の様で心地良い。まるで光を感じないその場所だが、そこには確かな暖かさがあった。

 

 しかし聞こえてきた声によって、その心地良さは霧散した。

 

『終わらぬ』『終わらぬ』『終わってはならぬ』

 

 ――――――誰だ?

 英寿は開けられない程重い瞼に視界を遮られながらも、ゆっくり声を絞り出した。眠気がある訳では無い。だがここでは視界を開いてはならぬというルールが存在するのだろうか、彼は自身の瞳を開く事は出来なかった。

 だが声は聞こえてくる。無機質で、およそ感情というものが宿っていないその声は彼にとっては既視感のあるものであり、また酷く不愉快だった。まるで自身を道具か何かだと思っているかの様だ。

 一方に既視感は以前遭遇した『王女』から来るものだろうか。だが、それよりも遥か前に、英寿はその声を知っている気がしたのだ。

 

「誰だ、お前達は」

 

 英寿も声に幾分かの棘が含まれる。心地良い感覚を奪われて、酷く不愉快だった。

 彼の疑問に答える事はない。ただ告げるだけだ。

 

『果たせ』『果たせ』『お前の役割を果たせ』

 

『取り戻せ』『取り戻せ』『我らの世界を取り戻せ』

 

『色彩と共に』

 

 色彩? 聞きなれない単語を交えて、それらは一方的に英寿に告げる。

 それは命令であり、懇願であり、我情であり、祈りだった。

 彼は何もわからない。それにも構わず、それらは祈り続ける。

 

 

 

 ふと、目が覚めた。気がつけばそこは雨に濡れた広い草原。目の前には崩れた矯正局があった。

 たった今見たビジョンは何か? それを確かめるよりも早く、英寿は動いていた。自らを抱えているジャマトライダーのドライバーからブーストバックルを奪い取る。そして大きく距離をとった。

 ジャマト達の間に動揺が走る。今英寿が着ている服は雨と泥と血液によって汚しつくされている。しかしその下にある彼の皮膚は一切の傷1つ見当たらない。全くの無傷。通常ならば考えられない現実に、さしもの彼らも驚愕に思考が止まったらしい。

 

「――――――――」

 

 彼の瞳に生気は無かった。いつも余裕と気取りを含んだ彼の瞳はまるで石灰石の様に白く濁っている。その様は気取ったスター等ではなく、ただひたすらに反射する景色を見つめる人形の様だった。

 

 握られたブーストバックルが光る。朱色の炎はまるで血液の様な真紅の煉獄へ。周囲の雨を纏めて蒸発させてしまう様な熱が英寿を中心に渦を巻き始める。光に包まれたブーストバックルが宙を舞い、それを中心として集まった5つの焔がゆっくりと円を描く。その速度は秒針が刻まれる毎に増してゆき、収束していく。

 余りの熱量に、ジャマト達は近づけない。並みの個体は愚か、ラスボスクラスのナイトでさえも。

 ただ英寿だけが、まるで機能の停止したロボットの様にその場に佇んでいた。

 

《SET》

 

 どこまでも無機質な機械音がその場に響く。沈黙の中で放たれたそれは妙に大きく、そして威圧感を湛えている。

 ゆっくりと英寿はつけられたバックルに手を伸ばす。出現したのは新たなるバックル。全く見たこともないそれを彼はまるで既知の物かの様に、苦も無く操作した。

 グリップを握り、そして捻る。大きなエンジン音が轟いた後、まるで花が咲くかの如く、紅蓮の花弁が周囲に散った。

 

 名も知らぬ者達の喝采が響く。嗚呼、これこそが世界を変えるに相応しい神器。彼らの祈りが生み出した新たな希望。そこから生み出される炎はこの不浄蔓延る世界を浄化の光で包み込む事だろう。

 

《BOOST・MARK(ツー)!!》

《READY? ――――FIGHT》

 

 地に降り立った真紅の神獣(けもの)が世界を駆ける。その序曲の咆哮(かね)が鳴り響いた。

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