DESIRE ARCHIVES 作:ベロベロベ
「ネットが盛り上がってるな。アリウスの話題で」
眉を寄せた表情で英寿が呟く。既に今夜のゲームは終了し、彼らはサロンの中へと移動していた。
既にミッションを終えたバッファもまたスマートフォンを見つめている。
「何だ? このアリウスってのは」
「俺はちょっと聞いた事あるかも。確か、トリニティの事だった様な…………」
景和と道長が英寿を見つめる。その視線に応える様に、彼は語り始めた。
「アリウス分校はかつてトリニティの前身だった学校だ」
パテル、フィリウス、サンクトゥス、アリウス。トリニティ総合学園という学校が出来る前にはこれらを含めた様々な学園が存在していた。
それらの学園同士は仲が悪く、目があっては紛争ばかりしていたという。しかし、ある時今までの血塗られた歴史に終止符を打とうとの声が上がった。
「パテル、フィリウス、サンクトゥスの三校は代表としてお茶会を開いた。今までの事は水に流して、仲良くしましょうってな」
そうして生まれたのがトリニティ総合学園。しかしアリウスはその
「アリウス分校だけはずっと反対し続けてたらしい」
「え? 何でだよ」
「さぁな。何かが気にくわなかったんだろ」
景和の疑問は最もだが、所詮は過去の出来事。今を生きる人間があれこれ考えた所でそれは推測でしかない。後世の人間は歴史に意味をつけたがるが実際の所意味など無く、衝動的かつ感情的なものなのかもしれない。
何にせよ、以降アリウスはトリニティ全土から迫害され、自治区を追放されるという結末に至った。
そんな事を言い残し、英寿は立ち上がった。これからCMの撮影があるのだという。
「ねぇ、サオリさんはこれからどうなるのかな…………」
「…………さあな」
「質の悪い奴らに目をつけられてるかもな」
キヴォトスには、世の中には様々な人間がいる。危機に陥った人間を見てみぬふりをする者もいれば、手を差し伸べる者もいる。
そして残念な事に、後者は大抵が悪人だ、と道長は呟いた。
「そんな…………! 何とかしないと!」
「何とかって何だ。お前忘れたのか?そもそもスーホは敵だぞ。敵に情けをかけてる場合か? 蹴落としあいだぞこのゲームは」
「でも! 放っておくなんて出来る訳ないだろ!」
「はっ、馬鹿か? お前一人に何が出来る。少しゲームを早くクリアしたからって調子に乗りすぎだ。そもそも、お前一人でどうにかなる程度の問題なら奴もデザイアグランプリに来ちゃいない」
「そうだな。命を賭けてでも叶えたい願いを持つからこそ仮面ライダーになる。戦国の時代から力を持つ者だけが理想を掴むって、相場は決まってる」
「何時の話だよ…………」
二人は去っていく。静寂を得たサロン内で景和は一人、うつむいてコーヒーを飲み干した。
▪▪▪
キヴォトス、特にトリニティ総合学園はざわついていた。たった一人の投稿から数百万人もの人間に影響を及ぼすのがSNSの長所でもあり、恐ろしい所でもある。
何にせよ、彼女らにとってはたまったものではないだろう。
「居た?」
「いや、いない。他の所を探そう」
件の投稿に関して、トリニティのトップであるティーパーティー、そのホスト
しかしトリニティ内はそれでおさまっても他校はそうとは限らない。特に治安が悪い事で有名なゲヘナ学園の者達が活発に動いていた。トリニティに恨みを持つ者、単純な好奇心に動かされた者、良質な武器を期待する者。主にこの三つに別れ、アリウススクワッドを追いかけていた。
「くそっ…………!」
「ヤバイよリーダー。すぐそこにゲヘナの奴らが」
「トリニティ自警団まで居ますぅ…………」
サオリは苛立ちを隠せないまま、しかしそれでも物音を立てずに陰に潜んでいた。
アリウスはキヴォトスでもそれなりに有名な都市伝説と化している。勿論、連邦やトリニティの上層部はより詳しく知っているだろうが、それでも半ば形骸化したお伽噺である事に変わりはない。それが突然真実味を帯びてきたともなれば、そこら中から注目の的となる。
既に、元より拠点としていた場所は発見されてしまった。
「マダムからの連絡は!?」
「繋がりません…………。わ、私達、見捨てられたんですかね……?」
むしろ『姫』を除いて、全員始末するための追手を寄越してくる可能性すらある。
正しく窮地なこの状況。サオリは歯を食いしばり頭を回す。
(どうする……? どうすれば良い!?)
「…………アズサと姫はどこにいる?」
「トリニティの南西部に偵察。そろそろ条約締結が迫ってるからね…………。以降は連絡無し。捕まってないと良いけど」
「………………っ!!」
このままではデザイアグランプリ以前にどんな目に合わされるかわからない。
「居たぞっ!」
「っ! 数が多すぎる! 逃げるぞ!」
アサルトライフルを構えて近くの物陰に身を隠しつつ弾丸の雨を掻い潜る。彼女達の動きは鍛練された戦士の動き。並の相手では決して遅れはとらないだろう。しかしながら多勢に無勢。数とは何時如何なる時も絶対的な力である。少なくともどれだけ鍛練されていようと、僅か三人ではどうしようもない。
ここまで大規模に暴れていれば必ず正義実現委員会も駆けつけてくる。万事休す、そう思われた時。
「乗れ!!」
突如として黒塗りの車が表れる。強化ガラス越しに見える顔は浮世英寿。後部座席には仲間である
「
ハンドガンを口に突っ込まれつつも叫ぶ景和。サオリ達は戸惑いを隠せない。ミサキやヒヨリに至っては初対面だ。信用等出来る筈もない。
「………………」
「姫……?」
しかし彼女らが姫と呼ぶアツコの手話によって乗る事を決意する。
「行くぞ!」
全員が乗り込んだ事を確認すると、英寿は車を勢いよく発進させた。
▪▪▪
「一体どういうつもりだ? 何故私達を助けた?」
ゲヘナ学園自治区の外れ。他のメンバーから離れた場所で、まるで射殺さんばかりの視線と銃口を向けてサオリは二人を睨み付ける。英寿は変わらず飄々と、景和は両手を上げて脅えている。
「おいおい。助けてやったのにそれは無いだろ。…………俺はスター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズだからな。あんな盛り上がりに欠ける様な勝ちなんざ欲しくない」
「何?」
「俺の不敗神話を絶対的なものにするために、お前にはゲームで落ちて貰わないとな?」
鼻を鳴らして英寿は語る。まるでお前など敵ですらない、単なる
「舐めているのか……?」
「ちょっと! 止めようって! 俺たち一緒に世界を救う仲間だろ!?」
険悪と言う言葉すら生温い殺気に堪らず景和は割って入る。彼にとってデザイアグランプリは世界を救うためのゲーム。仮面ライダーはそのために存在しているはずであり、故に仲間割れなどする理由が無いのだ。
「とにかく! この状況を何とかしないと。あんなに情報が出回ってるんじゃ、もうデザイアグランプリどころじゃないよ!」
「…………」
「確かにな。おいスーホ、棄権するか? そしたら特別にシスターフッドで匿ってやるよ」
「…………馬鹿を言え。貴様らの手など借りん。私は、自分自身の手でデザ神の座を掴んでみせる」
鋭い眼光が二人に突き刺さる。とても自身と年の近い少女が放つとは思えない圧力に景和は戦慄する。一体どのような経験を積めばあのようになるのか、彼には検討もつかない。しかし、ここで怯んではいけないと己を奮い立たせる。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 噂じゃブラックマーケットに常用してるような悪質企業も動いてるって噂だし、アリウスって所に連絡した方が良いよ! 少しは周りを頼ったら!? 一人で生きていける人間なんかいない訳だし……っ!?」
ドッ、とコンクリートに背中を打ち付けられた鈍い音が響き渡る。
「……黙れ。口を開くな」
「がはっ…………!?」
全身に迸る痛みに呼吸が止まる。サオリが景和の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけたのだ。彼女の目には怒りの様相がありありと浮かんでいる。
「お前は百鬼夜行の生徒だな? …………そんな平和ボケしている連中に、この世ろくに知りもしない連中に何が分かる……!」
「ぐっ…………!」
「私は、これに賭けるしか無いんだよ。これで勝てなければ、終わりだ。その覚悟で望んでいる…………!」
景和は知らない。アリウスの壮絶な歴史も、彼女達を取り巻く劣悪な環境も、彼女達が関わってきた人間関係も、何も。
これ以降景和が知れるかは不明であるし、サオリ自身話す気など毛頭無い。それでも彼の発言には怒りを隠せない。ましてや平和しか知らない者の綺麗事など耳障りな戯れ言でしかないのだから。
「この世は虚しい……! どこへ行こうと、どこへ逃げようと、目の前には途方もないまでの虚空が広がっている! ……いや、もう
仲間の命を盾に、誰かに良いように使われる人生を、お前に想像出来るのか!?」
サオリは今でも鮮明に思い出せる。先人達が積み上げてきた憎悪の歴史。それをひたすらに詰め込まれ、いつしかそれだけが自身の生きる指針になってしまっている。
おかしいと気づいた今でも、太陽の下でのうのうと生きているトリニティ生を見ているとどす黒い憎悪が沸き上がってくる。
それから抜け出そうと足掻いても、幾年もの間過ごした大切な仲間達の命を握られている。
だからこそ命を賭ける。例えどれほどの困難な道だとしても、すがり付くしか道は無い。
『虚しくなんてない、未来への希望に溢れた世界』。
誰しもが持ち合わせてしかるべきはずのそれに焦がれる気持ちは、景和には到底想像できないものであった。
故にただサオリの雰囲気に圧倒される他ない。
「…………逃がしてくれた事には礼を言う。だがこれまでだ。失せろ」
アリウススクワッドは去っていく。その中心に居る彼女の背は景和には酷く大きく、悲痛に見えた。
「………………」
「…………………………………………………………」
沈黙が辺りを支配する。普段、笑みを浮かべている英寿もこの時ばかりはお茶らけた様子は微塵も見せない。
「命よりも大切な願いなんて、あるの…………?」
脳裏にこびりついて離れないルルの死に様。悲痛で、残酷で、呆気ない。誰かが死ぬのは見たくない。言ってしまえば立派な綺麗事。しかしデザイアグランプリにおいて、それは他者の願いを否定する傲慢な考えに他ならない。
「だから戦ってる。身体を張れば何だって叶うんだ。 …………命だって賭けるさ」
英寿も去っていく。地べたに座り込んだ景和は独りただ、俯いていた。
▪▪▪
「猿股様は度重なる違反行為の為、バックルを全て没収させて頂きます」
ツムリの厳粛な声が響く。猿股は舌打ちを一つ溢し、近くの椅子を蹴りあげた。ギロリの鋭い視線が彼に刺さる。
「…………スーホは居ない様だな」
道長の呟きに景和の表情が曇る。英寿もまた思う所があるのか何も言わない。
既に英寿、景和、道長、ベラは卵の破壊を完了している。後は遊園地内のジャマトの襲撃を凌ぎきればクリア。
残るはサオリと猿股、残る卵は後一つ。このまま行けば、結果は明らかだ。
あれから既に十時間程が経過している。ネットでは目撃情報が大量に出回っている。数に任せた虱潰しであれば最早、捕まっているかもしれない。
「ま、元々埃くせぇとこに屯してる様なカス共だ。そんな奴らに願い叶える資格なんざねぇっての! ハハハッ!」
「笑ってる場合か? お前だってもう後が無いだろ。今夜が最後だぞ」
道長の言葉にも猿股は余裕を崩す様子は無い。ただニヤニヤと下卑た笑みを浮かべているだけだ。
「………………」
英寿の表情は険しい。彼の視線の先には、青黒い痣を湿布で覆い隠した、ベラの姿が映っている。
「それでは第三夜、ミッションを開始します!」
ツムリの宣言と共にスランピアへと転送されるプレイヤー達。正真正銘のラストウェーブである今夜はジャマト達の凶暴性が増している。既に四つの卵を破壊され、随分と怒り狂っている様だ。不特定多数のジャマトが一斉に彼らへと進撃している。
「んじゃ、サクッと終わらせますか。雑魚の相手は任せるぜ~」
《ARMED・SCISSORS》
「!?、それは…………!」
シザースバックルは元々ベラが持っていた物。何故それを猿股が持っているのかという疑問に最初に辿り着いたのは英寿だった。
しかし彼は何も言わない。ただ黙々とジャマト達を迎え撃っている。
迎撃に当たる仮面ライダー達を差し置いて、キンモーは駆ける。既に彼は確信していた。自らの勝利を。
最高の気分だ、と彼は仮面の下でニタリと嗤う。あの錠前サオリを陥れてやった事は実に気分が良かった。彼女の様に強く気高い女をメチャクチャにしてやる事こそ、猿股玉夫という男が最も快楽を感じる事であるが故に。
元々彼はゲヘナ学園の中でも素行の悪さがかなり有名だった。特に多かったのが女性関係のトラブル。彼は持ち前の甘いルックスから様々な学校の女子生徒と関係を結び、自分の思うがままに支配してきた。
トリニティの生徒からは様々な物を貢がせ、ミレニアムの生徒からは金になる情報を集めさせ、気に入らなければ暴力を振るう。
はっきり言って下劣極まりないその行為にも、遂に終わりが訪れる事となった。
それはとある日の夕方。目についた女子にいつも如く声をかけていた時、出くわしたのだ。圧倒的かつ暴力的なまでの力を持つ、化け物に。
最初は舐めていた。女など皆同じ。どれだけ実績や地位があろうが、少し殴れば簡単に大人しくなると。それに彼は喧嘩慣れしていた。キヴォトス、それもゲヘナにいる以上は一介の生徒でもある程度の修羅場は潜っているものであり、彼はその中でも指折りのセンスを持っていた為に、その日まで負け無しだった。
─────そのプライドは粉々に粉砕される事になる。ゲヘナ学園風紀委員長、
文字通り手も足も出なかった。いくら弾丸を撃ち込んでも効かず、荒れ狂う弾幕によっていとも容易く意識を刈り取られた。
目が覚めた時には、既に独房の中であった。
(ざけんな! 女なんぞが俺に勝てるわきゃねえんだ! 偉そうにしやがってゲヘナ風紀委員会! 風紀委員長!)
今でも鮮明に思い出せる、あの日の記憶。忘れたくとも忘れられない。彼女は真底気だるそうな表情を隠そうともせず、猿股を屠った。そして暫くの間、屈辱と怒り、そして何よりも深く刻まれたトラウマで夜も眠れぬ日々を過ごす事となった。
「見てろ……! 俺が優勝して跪かせた後、俺のをしゃぶらせてやる…………!」
脳裏に浮かぶ屈辱を噛みしめ、涙を浮かべるヒナの姿。サオリも同じだ。強く美しい女を汚す事程、興奮する事はない。
キンモーの視界には大量のジャマトが卵の周囲を囲っている場所が入っている。そこは朽ち果てたサーカス会場。卵の防備を固め、ライダーとの徹底抗戦の構えらしい。
しかし所詮は低能の雑魚。
「がはっ!?」
しかしジャマト達とてただ指を加えて見ている訳がない。かつてサーカスに使用されていた大砲を用いてキンモーを狙い撃つ。そして怯んだ隙に複数のジャマト達が肉弾戦を仕掛けてくる。以前までには見られなかった連携。それは奴らもライダー達の対抗策を練っていた事を意味している。
「くっそがぁ…………! 雑魚敵の分際でぇ、調子乗ってんじゃねぇよ!!」
《SCISSORS STRIKE》
庭鋏にエネルギーが収束していく。キンモーがそれを思い切り振りかぶり、周囲のジャマトを粉砕した。しかし、その程度では焼け石に水。嵐にそよ風をぶつける様なものであり、奴らを崩すには余りにも無力。
「ジャ~! ジャジャァ~~~!!」
「ラサラチャ?」
「ヅツピラゼラデチャ!」
「ファピ! アデデオツファピン!」
一体のジャマトが小さな物体を掲げる。それは緑色の液体が入った注射器の様なものであり、それを巨大な卵に突き刺した。
「な、何だ……………………?」
そして卵が流動する。まるで血管の様な筋がボコボコと浮かび上がり、そして破裂した。
「■■■■■■■■■────!」
巨大な怪物は産声をあげる。それは泣き声ではない。まるでこの地に生誕出来た事を歓喜するかの様な嗤い声。子供の様に無邪気に、それは動き出す。その余波で城は崩壊した。
「ひ、ひぃ!!」
キンモーは鋏をかなぐり捨てて、駆け出した。アレはまともなものではない。鼠の様な体躯に複数の蔦が巻き付いた姿。どこか愛らしく、悍しい。白と緑と黒を適当に混ぜてぶちまけた様な体色。ジャマトとはどこか違う異質さを漂わせるが、彼がそれに気づく事はないだろう。
「うわっ、ウワァァァァァァァァ!!!」
怪物はキンモーを掴み、まじまじと見つめる。変身しているため表情はわからないが、声から恐怖している事が伝わってくる。
───実に心地好い響きだと、怪物は歓喜した。
もっと聞きたい!もっともっと遊びたい!
「おろ、降ろしてぇ! 降ろしてくれぇぇぇぇ!!!」
怪物はキンモーを振り回し、何度も何度も地面に、壁に叩きつけ、そして悲鳴が掠れてくると、まるで塵を捨てるかの様に投げ棄てた。
「……う、ぁ、ぁ……」
変身が解けた猿股の姿は悲惨そのもの。武装を貫通した衝撃が彼の皮膚を、骨を、内臓を徹底的に破壊し尽くしていた。
IDコアは既にヒビ割れている事は苦痛の中にいる彼にとって、唯一の救いだろう。
もう、苦しむ必要はないのだから。
《MISSION FAILED…………》
死亡を知らせるアナウンスが響き渡る。それは誰にも聞かれる事はなく、彼は静かにこの世界から退場した。
「何なんだコイツ!」
「…………へぇ」
一方でイレギュラーはギーツ達にも襲いかかっていた。スカートやステッキなど、どこか少女らしいカラスの様な姿の怪物がジャマトを従えて襲ってくるなど、バッファやタイクーンからすれば意味不明な事態である。しかし迫りくる脅威に対して動揺している暇すら与えられない程に、戦場は加速していた。
「何…………? 何か強くなってない!?」
「凶暴化したとは聞いてたが…………、ここまでとはな」
耐久、パワー。周囲のジャマト一体一体が、強化されている。それは二人の予想を上回るものであり、圧される他ない。
特に小型バックルで戦っているタイクーンにはこの状況は堪えるものであった。
「ちっ! おいタイクーン! お前、ブーストバックルはどうした!?」
バッファの怒声にタイクーンは答えない。ただひたすらに矢を撃ち出し、戦っている。
「…………おい!」
一向に使おうとしない彼に痺れを切らしたバッファが彼の肩を掴もうとしたその時。
加速する一台のバイクが、ジャマト達を吹き飛ばした。
「─────よかった、来れたんだね…………!」
「お前は…………」
ヘルメットを外し、降り立ったのは錠前サオリ。彼女は少し息を切らしながら携帯端末を取り出した。
「ナビゲーター、現在の状況は?」
『現在ミッションはまだ未達成。残された一つの卵が孵化し、猿股玉夫様が退場となりました』
「何…………?」
「孵化したのか」
「退場……………! ……じゃあ、これからラスボスも来るって事?」
タイクーンの疑問をツムリは否定する。ラスボスクラスのジャマトになるにはあの卵が四つ必要であり、孵化したジャマトはそこまでの強さは無いとの事。
また、孵化した事でミッションを達成条件を孵化したジャマトの討伐に変更する、そしてこのジャマトを倒すのは誰でも構わないとの旨が伝えられる。
「行って、サオリさん! ここは俺達で食い止める!」
タイクーンは眼前に広がるジャマト達に矢を向け、叫ぶ。彼のその様は拭いきれない恐怖を感じている事は一目瞭然であり、どこか自棄になっている様にも感じられた。
▪▪▪
──────時は遡り、ラストウェーブ開始直後。
アリウススクワッドはその時、ゴロゴロヘルメット団と呼ばれる不良集団に追いかけ回されていた。
彼女達ははっきり言って雑魚そのものだが、やはり数が多い。一介の不良グループには不釣り合いな程の武器も確保しており、アリウスは苦戦を強いられていた。
「くっ………………! もうトラップが無い…………」
「まずいね。これは本当に終わりかも」
「………………」
「へへっ、しょうがないですね。人生ってそういうものですよね…………」
状況は絶望的だった。詰み、と言い換えてもいい。しっかりと準備をしている防衛戦ならばいざ知らず、ろくに準備も補給も無い状態で一日中戦い詰め。サオリ達は皆疲弊しており、どうしようも無い程に追い詰められていた。
「へへへ、追い詰めたぜアリウスさんよぉ」
「あんたらを倒せばあたしらの名もさらにあがる!」
「そうすりゃ、もっと質の良い武器を融通して貰えるぜ!」
もう駄目だ。そんな空気が広がっていく。唯一諦めていないのはアズサくらいのもので、残りは既に戦意を失いかけている。
「───まだだ」
「……リーダー?」
ここで諦めてなんになる?サオリは仲間に、そして自分自身に問い掛ける。
捕まって、命乞いをして、それで幸せになれると?
そんな訳はない。何せこの世は残酷なまでに虚しいのだから。
だから、だからこそ。
「諦めてはいけない…………! 世界が虚しいなら、自分達で切り開くしかない…………!」
彼女の闘志は消えない。例え不可能だとしても諦めない。這ってでも未来へ、前へ進む。
それはきっと、間違いなんかじゃないのだから。
「はっ! 真正面から来やがった! 馬鹿だろアイツ!」
「良いぜ、やっちまえ!」
不良達が放つ弾丸は吸い込まれる様にしてサオリへと向かっていく。
予想通りの反応だ。手に持った手榴弾のピンを外し、彼女は前だけを見つめる。
とにかく包囲に穴を開け、三人を逃がす。その一点のみを目的に彼女は突撃していった。
しかし、弾丸が彼女に当たる事はなかった。代わりに何か固い物質にあたったようで、金属音が鳴り響いた。
「駄目だよ~?寄って集って虐めなんかしちゃ~!」
「ふぅ、何とか間に合った!」
「はぁ……はぁ……! カエデちゃん、待ってください……」
現れたのは三人の少女達。制服から見て百鬼夜行の生徒である彼女達はサオリ達に背を向けている。
味方なのか、とサオリは疑問を抱く。彼女達の今の行動は間違いなくサオリを守るためのものであった事は間違いない。
ではどんな理由があって、百鬼夜行がアリウススクワッドを助けるのだろうか。
その疑問を察した様で、尻尾に丸い耳を生やしている盾を持つ少女、ツバキが口を開いた。
「友達にね~、頼まれたんだ。困ってるから助けてあげてって」
ツバキは笑顔でサオリに手を差し出す。そして新聞紙で包装された何かを彼女に手渡した。
「何故、百鬼夜行のお前達が……?」
「友達に頼まれたからって言ったでしょ~?」
「それに私達修行部ですから」
「そうそう!私達は困っている人を見捨てたりしない!」
彼女達は笑い、ヘルメット団へと銃を向ける。
「私、気持ちよく寝たいんだ~」
「私は一人前の大和撫子になりたいです」
「私は一人前のレディーになる!」
「は?」
「行くよ先輩達!派手に!」
「可憐に…………」
「う、美しく!」
「我ら百鬼夜行修行部!ここに参上!!」
ヘルメット団だけでなく、アリウススクワッドも彼女達の唐突な宣言&名乗りに素っ頓狂な疑問の声を漏らす。
彼女達は退かない。それが、自身の理想に殉ずる事であるが故に。
「サオリ、行って」
「アズサ…………?」
「やらなきゃいけない事があるんだろう?」
「…………!」
アズサの瞳はどこまでも鋭く、そして純粋な光を放っていた。
そうだ。彼女はその純粋さを守るために戦いに身を投じると決めたのだ。
「まぁ、リーダーがこっそり何かやってたのは知ってたけどね。…………行きなよ」
「苦しいですけど、痛いですけど、でもここよりはマシかもしれませんから……」
「……………速く行って、サオリ」
「ここは私達に任せて下さい。あなたのお友達は私達が必ずお守りします」
「…………わかった」
仲間達の瞳に再び闘志が宿った事を彼女は確かに感じ取った。同時にあの言葉が脳裏に甦る。
(一人で生きていける人間などいない───、か)
確かにそうかもしれない。包まれていたブーストバックルを握り締め、彼女は微笑んだ。
▪▪▪
「───言われるまでもない」《SET》
聞きたい事はある。何故わざわざ自分の武装を手放す様な真似をしたのか、敵である自分にここまで塩を送れるのかなど一度彼の脳味噌を覗いてみたいと真剣に思う程に愚かな思考。
しかし、彼女は走る。ここは戦場。意識を反らした者から死んでいく、本物の戦場。
「変身」《BOOST!》《READY FIGHT!》
胸中に蠢く感情を全て仮面の下に押し込め、理想を掴むためにスーホは進む。
勢いに乗ったバイクの質量突撃は敵を寄せ付けず、奴らを轢き潰していく。
「■■■■■■─────!」
「標的を発見した。これより戦闘に移る」
《REVOLVE ON》
下半身に装着されたマフラーから噴射された熱エネルギーがスーホの体を宙に浮かせる。そこから放たれる渾身の蹴りは怪物の背を地に打ち付けるには充分な威力を誇っている。
《MAGNUM》《DUAL ON》
《GET READY FOR!》
《BOOST & MAGNUM!》
上半身に装着したマグナムの両腕に取り付けられた武装から放たれる超高速の弾丸。それらが辺り一帯に乱れ咲き、敵の包囲を崩していく。雑な動きのジャマトなど、彼女の敵ではない。
「■■■■■!!」
しかし強力無比な弾丸も、巨大な怪物ジャマトには通じない。ダメージは受けているらしいものの、それは微々たるものでしかない。
(固いな…………。やはり一点に強力な一撃を叩き込むしかないか)
つまり重要なのはタイミングだ。ブーストバックルの必殺技は一度きり。外せば怪物ジャマトを倒す機会は失われたも同然になってしまう。
立ち上がる怪物から目を離さずに、しかし立ち止まる事なく撹乱のために動き続ける。
「ぐぅ………………!」
しかし怪物は怪物。どこからとりだしたのか、周囲に巨大な爆弾を投げ始めた。
一つ一つが巨大であるため、衝撃も範囲もまた広大。
スーホも完全には避けきれず、爆破の余波を食らいバランスを崩して地に伏せた。
「まだまだ…………!」
しかし即座に立ち上がる。足を止めている暇などない。何としても突破口を見つけださねば、終わってしまう。
(あれは!)
そして見つけた、僅かな綻び。本当に僅かではあるが確かにそれは存在している。
スーホは知るよしもないことであるが、殺意の蔦に支配される以前の怪物は歓喜にして
殺意と恐怖。それらは『炎』と『重火器』の関係に近い。つまりは同一にして相反するもの。人によって産み出されたものでありながら、人の手に余るモノ。その矛盾に耐えられるだけの強度はこの器には無かったと、そういう訳だ。
「行くぞ………………!」《BOOST TIME!》
バックルのグリップを捻り、エネルギーを脚に込める。うねる様なエンジン音が響き渡り、周囲の大気を振動させる。
「■■■■!」
(ここだ!)
怪物ジャマトが拳を振り下ろした瞬間、スーホは地面を蹴って宙を舞う。そのまま空中で一回転。
マグナムバックルの恩恵によって、狙いの弱点が良く見える。
自然と、頭は冴えていた。
《MAGNUM!BOOST!GRAND VICTORY!!》
噴出されるエネルギーによって加速する渾身の蹴り。それは吸い込まれる様に怪物へと突き進み、僅かな綻びを確実に狙い撃った。
「■■■、■■………………!」
怪物ジャマトは沈む。身体はひび割れ、そして塵となって空へと消えた。
《MISSION CLEAR》
▪▪▪
「終わった…………?」
運営からの通知を見たタイクーンは息を漏らす。スーホが勝ち残れた事への安堵感とキンモーが死んでしまった事への憂鬱が彼の胸中を掻き乱す。自分がした事は本当に正しい事だったのかと思わない事は、どうしても出来なかった。
「おい、何ボーッとしてんだ」
仕留めたカラスの怪物が消えゆく様を見届けたバッファが彼の肩を小突く。
互いに変身を解除し、景和は近くのベンチに座り込んだ。
「これでよかったのかな……」
「はぁ?」
「サオリさんを助けられたのはよかったけど、そのせいで猿股さんが……」
彼がサオリにブーストバックルを送ったのは彼女の境遇に同情したからだ。想像を絶するであろう境遇に置かれた彼女を哀れに思ったからだ。
確かに猿股は彼から見て好ましい人間ではなかった。しかしそれでも死んでしまっても構わない、と考えていた訳ではない。
もしかしたら、自分がサオリを贔屓したせいで彼は死んでしまったのではないか。
そう思うと心に鉛の様な物がのしかかる感覚に襲われる。
「……馬鹿か。これはそういう戦いだ。リスクを犯してでも願いを叶える覚悟のある奴だけが生き残る。奴にはそれが足りなかったそれだけだ」
「でも!」
「お前、他人の心配してる暇無いだろ。ハズレ武器だけでどう戦うつもりだ?」
「………………それは……っだぁ!?」
突如として飛来したブーストバックルが思い切り景和の頬を掠め、その勢いでベンチから転げ落ちてしまう。
「いってて……」
「敵に同情して自分の有利を放棄した。それが今のお前の現状だ。少しは現実を見ろ」
「……………………」
「……ムカつくんだよ。お前みたいに現実見ねぇで、甘ったれた理想論語ってる奴が」
道長の脳裏に浮かぶ一人の女性。桃色の長髪に眠そうな二色の瞳を持つ彼女も、いつもそんな事を言っている。彼女のどこか気の抜けた様な声と考えが、彼は大嫌いだった。
だから景和に苛立つ。実力も覚悟も、何もかも足りない癖して一丁前に甘さを語る彼が、本当に腹立たしい。
「………………何だよ、そんな言い方無いだろ!? 死んだ人の心配して何が悪いんだよ!?」
「そういうとこだ! あいつらは敵だって言ってんだろ!」
景和が声を荒げ、道長が彼の胸ぐらを掴む。そんな二人に待ったをかけたのは英寿だった。
「お前ら、もうゲームは終わったぞ」
「ギーツ…………!」
「英寿君……」
続けてナビゲーターのツムリもやってくる。彼女は相変わらずの微笑みをたたえた表情で、お疲れ様でした、と労いの言葉を伝えた。
「これにてデザイアグランプリ第二回戦は終了となります」
それだけ言い残し、去っていくツムリ。残されたライダー達も同じ様に去っていく。
そんな中、サオリは景和へと近づいていく。
「…………お前のおかげで生き残れた。礼を言う」
「…………いや、そんな。困っている人を助けるのはあたり「だが」……え?」
景和の言葉を遮り、彼女は告げる。
「次からはまた敵同士だ。決して容赦はしない。最後に勝つのはこの私だ」
そう言って、彼女もまた去っていく。敵対宣言をした彼女の目は本気だった。次からはまた、景和を叩き潰しに来るのだろう。
誰しもが、自身の理想の世界の為に足掻いている。
▪▪▪
「フフフ…………」
薄暗い夜道で少女は嗤う。
最初は下らない同族達に牙を向く奴らが一体どんな者達なのか、という純粋な好奇心から始まった。
しかしこれが中々どうして面白い。願いに殉じて死んでいく様や踠く様は実に見ごたえのあるショーであり、心踊る芸術品であった。
そして彼女であったソレに一つの欲求が生まれる。自分もこの茶番劇に本格的に参入したい、と。
今まではプレイヤーとしてであったが、今回は敵として、彼らの苦痛と絶望を自らのキャンパスに収めたい。
「ジャジャ…………」
毒島ベラ───改めビショップジャマトはこの時初めて擬態を解き、そして運営に挑戦状を送りつけた。