DESIRE ARCHIVES   作:ベロベロベ

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天輪Ⅴ/ワイルドブースト

 

「目が覚めた様ですね」

 

輪郭かぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。景和の視界が最初に捉えたのは、優しく微笑むギロリの姿だった。

 

「ここ、は…………」

 

全身に走る痛みに顔を歪めながら、彼はゆっくりと体を起こす。

そこはデザイアグランプリのサロン、その治療室だった。

 

「丸一日、寝込んでいらっしゃいましたよ」

「一日? そんなに………………ビショップは!?」

「まだ出現しておりません。まぁ奴も無視出来ないダメージを負っていますので、もう暫くは来ないかと」

「そう、ですか」

「それよりも、今はお体をお休めになった方がよろしいかと」

 

そう言ってギロリはその場を後にする。体は包帯や湿布にまみれている。

近くにあったデザグラのエンブレムが描かれた救急箱から彼が治療したのだろうかと、そんな事を思考する。

 

「…………………」

 

景和の自前の携帯が振動した。友人からのモモトークの未読履歴が複数寄せられている。

 

「………………あ」

 

その中には『姉』からのものもあった。その文面は長期に渡って連絡の取れない彼を心配してのものである様に思えた。

 

『景和、どうして連絡をくれないの?』

『何かあったの?』

『既読くらいつけてよ……』

『どこで何してるの?』

 

「うるさいな……」

 

『大丈夫だから心配しないで』

 

そう返事をした後、彼は乱雑に携帯を机の上に放り投げた。

今は姉と話をする気にはどうしてもなれない。

彼女はあらゆる困難を楽々と乗り越えていく様な、そんな存在だった。

景和がどれだけ努力しても越えられない様な壁を淡々と進んでいくその様に憧れたりもした。

 

だが、今は彼女が英寿と重なってしょうがない。故に、腹立たしく思えてしまう。

 

「…………はぁ」

 

家族に向けるみっともない感情に、景和は自己嫌悪に陥る。

すると、突然治療室の扉が開いた。

 

「道長君?」

 

姿を見せたのは吾妻道長。

彼は痛々しい景和の姿を見て、顔を僅かに顰めて言い放つ。

 

「お前のブーストバックルを寄越せ。今のお前じゃ宝の持ち腐れだ」

 

そう言って右手を差し出す道長。

彼の言う事は正しい。控えめに言って景和は重傷だ。

次に戦ったとして、あっさりとやられるのがオチだと誰もが考えるだろう。

そうでなくともブーストフォームに変身した状態ですら言いように扱われたのだ。

今の彼が勝てると考える方が馬鹿だろう。

 

しかし。

 

「……嫌だよ。まだ終わってない…………!」

 

景和の口からは自然と拒絶の言葉が出ていた。

 

「俺はまだ戦える……!」

 

絞り出す様に出た言葉。しかしそれは単なる意地に過ぎない。

道長の表情に分かりやすく苛立ちが現れる。

 

「意地はってる場合か? そんな怪我で何が出来る? 今のお前に百鬼夜行を救えると思ってんのか?」

「……! それは、やってみなくちゃ…」

「そもそも、お前は純粋に実力が足りてない。そんな奴にいられたって迷惑なんだよ。

………………諦めなきゃどうにかなるとは限らない。ヒーロー願望なら他所でやってろ。デザイアグランプリは甘くないんだよ」

 

道長は近くに置いてあったブーストバックルをひったくるとそのまま出ていってしまう。

最後に身内くらいには連絡しておけ、との言葉を残して。

 

景和は全身から力を奪われたかの様な感覚に陥る。それは道長にバックルを奪われたからではない。彼の言い分に納得してしまった自分がいるからだ。

それ故、無力感と自己嫌悪に苛まれる。

 

「俺、どうしてこんなに弱いんだろう……?」

 

目頭が熱くなっていくのを感じる。気がつけば、涙が溢れていた。

 

初めて英寿や道長に、仮面ライダーという存在に出会った日を思い出す。

ジャマトに襲われて、死を覚悟した際に過った自身の人生。

それは余りにも小さく、空虚なものだと感じた。

『こんな自分』でも何かが出来ると信じていたが、結局は何も出来なかった。

 

仮面ライダーになり人々を守る力を手にしたとしても、『こんな自分』から脱する事は出来ず。

今はただ、一人惨めに涙を流している。

 

▪▪▪

 

「残──で───が──」

 

ノイズがかかった様にぼやけている。周囲には多数の人間がいるが、そのどれもが黒いモザイクで覆われていた。

 

その中で唯一、顔がはっきりしている少女がいた。

まるで雲一つ無い快晴の様な髪色を持つ彼女は

頭頂部のリボンを揺らし、暖かな笑顔を見せている。

 

「景和」

 

少女が彼の名前を呼ぶ。手を取り、まだ幼い彼を導く様に歩いている。

 

────場面が切り替わる。

既にランドセルを脱ぎ、新しい制服に身を包む景和の頭を彼女は優しく撫でている。

 

「大丈夫だよ、景和」

 

────場面が切り替わる。

彼女の顔に貼り付く笑顔はどこか痛々しくなった。毎日忙しなく、疲れと苛立ちを押し込め、心配させまいと無理矢理に作り出した笑顔。

 

制服もお揃いではなく、何ものにも染まらないという意思を体現するかの様な純白の服に身を包む様になった。

 

「この条約は長年に渡り、確執を生み続けているゲヘナとトリニティを纏めあげる為のものであり──────」

 

───場面が切り替わる。

彼女は画面に映る様になった。景和と視線を合わせる事はなく、もっと広い場所を見つめる様になった。

時折連絡は取るが、その程度。

 

彼女は秩序を形成する立場になった。

 

(俺が、世界の平和を願ったのは───姉ちゃんに苦労して欲しくなかったから…………)

 

彼女はいつだって景和に優しかった。その優しさが、彼の罪悪感を呼び起こし、いつしか辛く感じる様になった。

 

「いつまでそんな事をしているの」

「そんな漠然とした考えには誰もついてこない」

「何もかも中途半端なのよ、あなたは」

 

彼女の友人から飛んでくる冷たい言葉。

いつの間にか、大好きだった姉を景和は苦手になっていた。

 

(何だよ、俺だって頑張って………………)

 

頑張って、その結果が狐に良いように扱われて終了。

 

(俺の理想は間違ってたのかな?)

 

誰も傷つかない平和な世界。しかしそれは争いに勝たなければ手に入らない。酷い矛盾だ。

改めて考えてみると滑稽でしかない。

 

意識が浮上する。

ゆっくりと目を開いた景和の鼓膜をギロリの驚愕の声が揺らした。

 

「どうしたんですか…………?」

「どうやら、ジャマトの群れが桜花祭に侵入した様です」

「え…………!? まさか、ビショップが!?」

「いえ、あくまで一部のジャマトだけの様です」

 

携帯端末から音声が流れる。ナビゲーターからの呼び出しにプレイヤー達は立ち上がる。

 

「俺も────!」

「お前は来るな。足手まといだ」

「そんな、見てるだけなんて出来る訳ないでしょ!」

「まだ言うのか。いい加減現実を見ろ!ジャマトにやられて死ぬのがオチだ!

────お前にだって、死んで悲しむ奴くらいいるだろ」

 

そう言って道長は去っていく。

サオリもまた景和を一瞥し、彼の後を追っていく。

 

「アイツら気合い入ってるなぁ。ま、これ以上ウロウロされたらいよいよゲームオーバーだもんな」

「……………………こんな時にもゲームかよ」

「実際ゲームだからな。言ったろ?理想の世界を叶えるついでだって」

「…………百鬼夜行がこんな事になってるのに───っ!」

「どうかご安静に!」

 

痛みにふらつく景和をギロリが支える。つい先程負った傷がそう簡単に治る筈もない。

 

「くそっ!こんな時に…………!」

(やっぱり俺には、何も出来ないのか……?)

 

「…………戦わなければ、欲しいものは手に入らないぞ」

「え…………?」

「じゃあな、タイクーン」

 

そう言って、英寿がサロンを後にする。

残された景和はただただ、己の無力さに歯噛みするのだった。

 

▪▪▪

 

《NINJA》

《ZOMBIEィ…………》

《MAGNUM》

 

三人のライダーが同時に地面を駆ける。

足の速さではニンジャフォームのギーツに頭一つ抜けている。

しかしギーツが飛び上がった瞬間、バッファは彼の足を掴んだ。

空中でバランスを崩し、倒れるギーツ。当然、これは違反にあたる行為。

 

『プレイヤーへの攻撃は違反行為です』

 

「だってさ。少し落ち着けよバッファ」

「うるせぇ!お前に先を越されるよりマシだ……!」

 

この時、バッファはいつも以上に熱くなっていた。確かに彼は何事も力押しで解決するきらいがあるものの、ルールに抵触するまでの事をする人間ではなかった。

ましてや今回はスコア等の指標も無い、本当にただ対象を討伐するだけのゲーム。もっと言うなら討伐対象すら前線には出てきていない。

 

極論を言えば、景和の様に待っているだけでも問題無いものだ。

ペナルティ付きである他人への妨害などデメリットでしかない。そんな事もわからない程、彼は愚かではない。

 

それでもギーツの妨害へと走った理由は本人にもわからなかった。

ただ、無性に腹が立っている。それだけだ。

 

「勝つのは俺だ!」

 

己の中に渦巻く靄を排出するかの様に彼は勝利の渇望を叫ぶ。

この狐にだけは負けてはならない。バッファの本能がそう叫んでいた。

 

「……………………ったく」

 

既に目の前にジャマト達がいる。

それ程数は多くないが、一人で突っ込むには危険な数。

ギーツは分身を行い、ニンジャデュアラーで斬りかかる。

 

《ZOMBIE STRIKE》

《MAGNUM STRIKE》

 

バッファが爪を振るい、スーホの右足が火を吹いた。

ジャマト達があっさりと肉片へと変わっていったその直後、三人の携帯端末が振動する。

 

「お出ましか…………」

 

現れたのはビショップとその取り巻き達。更に数が増えており、中には庭園の時と同じ、ウツボカズラの様な上級個体まで見受けられる。

 

「私達を誘い出したのか…………?」

「俺達を纏めて一網打尽にしようって訳か」

「何であれ、アイツを倒せばゲームクリアだろ!」《BOOST!》

 

バッファの紅い装甲を纏った蹴りが群れている雑魚ジャマトを消し飛ばす。

そのまま振るわれるゾンビブレイカー。それを止めたのはビショップの隣にいた上級個体、ルークであった。

 

「ちっ!邪魔すんな!」

「クロカカビビラサ!」

 

斧とチェーンソーがぶつかり合って火花を散らす。最初は拮抗。しかしチェーンソーの刃を回転させれば、次第にバッファが優位に立てる。

 

「オラッ!」

「ジャバッ!?」

 

押しきられ、怯んだ隙にブーストの膝が入る。くるしそうに腹を抑えるルーク。

それを見逃す程、彼は素人ではない。

 

《TACTICAL BREAK》

 

毒々しいエネルギーを纏った刃がルークを切り裂く。

吹き飛ばされ、爆散するルーク。

 

「よし!」

 

やはりブーストバックルがあればやり易さが違う。

一方のスーホは同じ相手に苦戦していた。近距離戦が得意になるようなフィジカルとパワーを持つルークの相手は、彼女の得意分野ではなかった。

勿論並の相手であれば、決して遅れは取らないものの、ルークは並ではない。

 

「ハッ!」

 

マグナムシューターと右腕から発射された弾丸は一つ残らずルークへとぶつかり、火花と体液を撒き散らす。

しかし程度では怯みはしても致命傷にまでは至らず、結果接近を許してしまう。

 

「ぐあっ…………!」

 

装甲に叩きつけられた斧による鋭い痛みが生身へ伝播する。

ライダーを退場に追いやったものと同種なだけあり、たった一度の攻撃だけでもかなりの痛手となっていた。

 

地面を転がり、斬られた箇所を抑えつつスーホは立ち上がる。

そしてドライバーを半回転させ、もう一つバックルをセットする。

 

《REVOLVE ON》

《DUAL ON》

《ARMED・PROPELLER》《MAGNUM》

 

スーホは装備したプロペラを回転させ、空へと飛び上がる。

真正面から戦っても勝てる見込みは薄い。であればその他の要素で有利をとる他ない。

空中からの一方的な狙撃はルークを追い込むには十分なものだった。

 

「終わりだ」《MAGNUM STRIKE》

 

乱れる弾丸は収束し、巨大な弾丸となってルークを撃ち抜く。

立ち込める爆煙が晴れる。

 

そこには─────

 

「何だと…………!?」

 

バッファの驚愕が周囲に響く。

倒した筈のルークが二体、その場に仁王立ちしているのだから無理もない。

 

「復活したのか……?」

「いや、別の個体だ」

 

雑魚ジャマトに群がられていたギーツがそれらを吹き飛ばし、スーホの疑問に答えた。

彼の脳裏には穴掘りゲームでの光景が思い浮かんでいた。

 

『ククケデ………ククケデ………』

 

誰かが地面に向けて何かをしている様子を彼は確かに視界に入れていた。

その時はスルーしてしまったが、今思い出してみればあれはベラの姿をしたビショップであり、液体の様なものを撒いていた様にも思えてくる。

 

「この時に備えて仲間を生み出してたのか………?」

 

ジャマトの生態には謎が多い。どこから来たのか、何が目的なのか。

それは長くこの戦いに参加している彼にもわからない事である。

 

「何にせよ、これは骨が折れそうだ」

 

ビショップに有利に立ち回れるであろう武器を手に入れても、肝心のビショップに近づけないのでは意味がない。それ程までの単純な数の暴力。

こうなってくると、小細工も余り意味をなさない。

ビショップもギーツを警戒してか、彼に対して多くのジャマトを張り付かせている。

 

「こうなりゃ強行突破だ!」

《BOOST TIME!》

 

バッファがブーストバックルのグリップを捻り、その膨大なエネルギーを全身に拡散させる。

現れたブーストライカーは牡牛の形状へと変化し、咆哮を放つ。

 

「オラァァァァァァァッッッ!!」

《ZOMBIE! BOOST! GRAND VICTORY!!》

 

全身から放出される赤と紫が混ざりあった毒々しいエネルギー。

それらがゾンビの爪とブーストの足に集められていく。

 

地面を深く踏みしめ、そして蹴りあげる。それだけでバッファは凄まじい勢いと共にジャマトの群れへと突っ込んでいった。

その勢いの前では二体のルークすら相手にもならない。

群れを全て蹴散らし、そしてビショップの眼前へと迫る。

 

「オォラァッッ!!」

 

爪を勢いよく振り抜き、次いでブーストライカーが突進する。

耐久面ではルークに劣るビショップがこれに耐えきれるはずもなく。

ビショップは大きな悲鳴をあげて爆散した

 

 

────かに思われた。

 

「ザン、ねん…………っで死たぁっっ!」

「ガハッッッ!? …………何だと!?」

 

爆散したビショップは幻覚。

必殺技直後の無防備な所を、猛烈なラッシュによって叩かれる。

地面を勢いよく転がり変身が解け、道長の姿へと戻ってしまう。

 

「クソッ……………………!!」

 

ブーストバックルはその必殺技を使用した時点で使用者の下を離れる。

当然道長のドライバーから外れ、勢いよくどこかへと飛んでいく。

 

「ジャジャジャ…………♪」

 

この戦いにおけるビショップの懸念点は二つあった。

一つはベテランプレイヤーであり、今残っているメンバーで最強の仮面ライダーであるギーツ。

二つ目はブーストバックルである。

 

ビショップは過去2回のゲームと以前の侵攻でプレイヤーの人となりをある程度分析していた。

どんな時でも力押しで攻める道長ならば、それを使うタイミングも自ずと知れてくる。

 

要は、力押しが最適解である状況を作ってやればいい。

多少仲間が削られた所でまだまだ控えはいるのだ。

今回の攻勢でブーストバックルを使わせ、次で決める。

これこそがビショップの戦略であった。

 

「これ、でオワリ……、バッファ…………!」

 

倒れ伏す道長にビショップが迫る。エネルギーを纏わせた拳が振り下ろされる、その直前。

 

「ハァァァァァァァッッッ!!!」

 

一発の矢がその背中に命中した。

 

「ジャ!?」

「届けぇーーーーーー!!」

 

ビショップの背中を蹴って飛び上がる一人のライダー。

それはスーホでも、ギーツでも、ましてやバッファでもない。

 

紛れもなく、仮面ライダータイクーンであった。

 

▪▪▪

 

「──────っ」

 

サロン内を、重い沈黙が支配していた。そこにはギロリと景和の二人しかいないため、その重さは景和に起因するものであるという事になる。

休んでいろとは言われたものの、彼は今この状況で大人しく休める様な人間ではない。

 

じっと床を見つめている。

 

「俺、どうするべきなんだろ…………」

 

ふと溢れた呟き。それにギロリが反応する。

 

「余計なお世話かもしれませんが、宜しいでしょうか?」

「え?」

 

彼は近くにあったリモコンを操作する。すると宙に映像が浮かび上がった。

そこの中の一つには多くのジャマトと、それに立ち向かう仮面ライダーの姿が映されている。

 

「これで現地の映像を確認する事が出来ます。何かのお役にたてば」

 

ギロリは恭しく一礼し、その場から去る。

残されたのは景和一人。

 

「俺には、もう…………」

 

何も出来ない。彼の胸中には段々と諦めの感情が広がっていっていた。

武器は弱く、実力もない。

自分に世界を守る事など土台無理だったのだと、そう思い始めていた。

 

「ごめん、皆…………」

 

彼には無い。サオリの様に明日すら立ち行かない訳でも、ルルの様に償いきれぬ業を背負った訳でもない。

命を賭すに足る理由が、どこにもないのだ。

にも関わらず、彼らに偉そうに語っていた自分の何と滑稽な事か。

 

シズコ達の言う通り、自分は何もかもが中途半端なだけの存在だった。

 

「こんな俺じゃ…………」

 

画面から悲鳴が聞こえる。

見ればジャマトの何体かが百鬼夜行の生徒達を襲撃していた。

 

「………………!」

 

周囲に仮面ライダーはいない。三人共、ビショップの周辺を固めているジャマト達を相手取るので精一杯の様であり、遠くにいるジャマトにまで手が回っていない状況だ。

 

気がつけば、景和は走り出していた。

 

「ツムリさん! 俺を移送して!」

「え…………?」

 

ツムリは痛みに顔を歪める景和を見て、心配そうに言葉を詰まらせる。

 

「……宜しいのですか?」

「ウチの生徒が襲われてるんだ! だから行かなきゃ!」

 

彼の切迫した表情に彼女は頷く。

 

空間が輝き、そこは彼が先程まで見ていた場所。

 

「変身!」《ARMED・ARROW》

 

無我夢中に矢を撃ち込み、タイクーンはジャマトを爆散させる。

 

「速く逃げて!!」

「は、はい!」

「ありがとう!」

 

助けた二名の女子生徒達の背中を見送りながら、彼は自分の行動に僅かな疑問を浮かべた。

何故自分は今動いたのだろう、と。

どうせゲームが終われば世界はリセットされる。

自分が戦おうが戦うまいが、英寿がいればどうせ世界は守られるというのに。

 

「……ハァ、ハァ…………」

 

にも関わらず、彼は痛む体を押して駆けている。ジャマトから生徒達を救う。その一点にのみ思考を預け、懸命に。

 

「戦わなきゃ……! 誰も、救えない…………!」

戦わなければ、欲しいものは手に入らない。自身を騙した者の言葉を、彼は愚直に実行する。

まるで本能の様に。

それが、桜井景和だとでもいうように。

 

「あれは…………!」

 

タイクーンの視界に入ったのは、地面を転がるバッファの姿。

そのすぐ近くにはビショップが殺意を込めた拳を放とうとしている。

 

(あのままじゃ、道長君が…………!)

 

その時、景和からは以前ビショップに手酷くやられた時の記憶は抜け落ちていた。

いや、抜け落ちていなかったとしても彼はこの様に行動しただろう。

その自覚は彼自身の中にも存在している。

 

「ハァァァァァァァッッッ!!!」

 

彼は叫び、矢を放つ。

その矢は綺麗に直線を駆け、ビショップの背中に突き刺さった。

 

「タイクーン!?」

「あいつ………………!」

(どうする!? どうすれば道長君を助けられる!?)

 

『助ける』。窮地に陥る立場が入れ替わったその時でさえ、彼の思考はそれに取り憑かれている。

その時目に映ったのは、飛び去ろうとするブーストバックルだった。

 

(あれしか……………… ない!!)

 

彼は決死の思いで地面を蹴った。その際に生じた痛みすらも追い出し、ただ叫ぶ。

 

「届けぇーーーーーーーーーっ!!」

 

▪▪▪

 

「ははっ!やっぱアイツおもしれぇ!!良いぜ、

ご褒美だ!」

 

▪▪▪

 

結論を言えば、それは失敗に終わった。

ブーストバックルの必殺技は一度きり。使ってしまえば戻らない。

しかしそれは景和が運に見放されたという訳では、決して無かった。

 

《SECRET MISSION CLEAR》

「「は?」」

 

不意に響いた電子音に、ギーツとスーホは素っ頓狂な声をあげる。

急いで携帯端末を取り出せば、そこにはこう記されていた。

『飛び去るブーストバックルに触れる』、と。

それを見たギーツは呆れた様に、渇いた笑い声をこぼす。

 

「ははっ……。何だそれ。そんなのアリか……?」

 

空中で箱が出現し、その中身がこぼれ落ちる。

それは陽を受け、赤く煌めく。

 

《REVOLVE ON》

《BOOST! ARMED・ARROW!》

 

一度使えば終わりのブーストバックル。裏を返せばそれは、たった一度の使用で形成を逆転しうる可能性を秘めたバックルであるという事。

それは弱小装備であるはずの武器すら強力な武装に変えてしまう程の、まさに運命を振り切る、逆転の切り札(ワイルドカード)

 

「ここはお前の遊び場じゃない!!」

《BOOST TIME!!》

 

この一瞬、タイクーンはこのゲームを支配した。

運すらも利用した千載一遇の好機(チャンス)

彼は全身全霊で矢を解き放った。

 

「ハァッッッッ!!」

《BOOST!ARROW!GRAND VICTORY!!》

 

過剰なまでのエネルギーを注がれた矢は、本来よりも遥かに高い威力と速度を持ってビショップへと迫る。

バッファの時とは違い完全に油断していたビショップに、それを避ける事は不可能だった。

 

「ジャ、ジャァ!? …………ジャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

紅蓮に輝く巨大な矢がビショップを貫き、その身体を粉微塵に砕け散らせた。

 

「やっ、た…………?」

《MISSION CLEAR》

 

タイクーンは荒い呼吸を整えようと地面に座り込む。

携帯端末に送られてきたゲームクリアの知らせを見て漸く、彼は自らの勝利を認識した。

 

「でも、まだ他のジャマトが…………!」

 

タイクーンは再び立ち上がろうとして、倒れた。元より大きなダメージを負っていた体も、いよいよ誤魔化しが効かなくなった様でほとんど動かない。何とか頑張って、それで指を動かせる程度だ。

 

「後は俺たちに任せろ」

「…………でも」

「流石にもう無理だ。それに、お前にそこまでの怪我を負わせたのは俺だからな。化かした責任は取るよ」

 

言い終わるや否やギーツは即座に飛び上がり、木々の合間を縫ってジャマト達へと向かっていく。

スーホもまた、その場から駆け出した。

 

残されたのは道長と変身を解除した景和の二人。

道長は何も言わず、ただ顔を伏せている。

 

「道長君」

 

話を切り出したのは、景和だった。

 

「ありがとう。心配してくれて」

「………………はぁ?」

「ほら、さっき言ってたじゃん。死んで悲しむ人はいるだろ、ってさ」

「勘違いすんな。俺はただ、お前が目障りだっただけだ。倒すべき敵な事に違いはない」

 

彼のその言葉を最後に、再び沈黙が訪れた。

 

▪▪▪

 

「皆さん、お疲れ様でした。これでまた世界の平和は守られました」

 

ツムリは笑顔でそう告げる。

景和はサロンの医務室のベッドで横になっているためその場には不在であり、その場には三人だけが残っていた。

 

サオリは今回の戦いにおける反省点を自分なりに分析し、道長は自身の力不足に拳を握りしめ、英寿はゆっくりとコーヒーを飲んでいた。

 

彼の脳裏で、帰還直前の景和の言葉が反芻される。

 

「俺に何が出来るのか、俺にはまだわからない。でもやるよ。デザイアグランプリで、俺の理想を叶えるために」

「…………そうか」

 

その瞳には確かな決意。最早、彼は冴えない男子高校生ではない。

例え無謀な夢だとしても、それでも戦う事を宣言した。

 

『こんな自分』でも世界平和のために出来る事があるのなら、それに向けて全力で足掻く。彼はそういう人間であり、またそれこそが彼なりの執念なのだろう。

 

「強力なライバルの登場だな。

────ま、それでも勝つのはおれだけどな」

 

気高く、されど傲慢に。自らの勝ちだけを信じて王者は笑う。

その笑みはどこか嬉しそうであり、そして柔らかかった。

 

 

▪▪▪

 

「景和君?」

「いや、そのごめんなさい………………」

 

その後、一日以上姿を見せず、挙げ句にボロボロの状態になって帰ってきた景和には修行部の面々から『鬼の説教地獄~5時間のフルコース~』が待っているのだった。

 

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