DESIRE ARCHIVES   作:ベロベロベ

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虚誕編
虚誕Z/不可解な存在


 

赤いランプに照らされた部屋の中に一人の男とそれに付き従う女性が一人、足を踏み入れる。

男は入るや否や蝶ネクタイを整え、両手を広げて笑顔を見せた。

 

「おやおや、これは皆さんお揃いで。本日はお招き頂き、誠に光栄でございます」

 

彼から発せられたフランクな声は室内の物々しい雰囲気によって飲み込まれていく。

それでも男は態度を崩す事はない。物腰柔らかに、しかして毅然と床を踏みしめている。

 

「ようこそプロデューサー・ニラム。今日はご足労頂き感謝致します」

 

それを告げたのは黒いスーツを纏い、影の様に暗い顔全体に亀裂が入った存在、黒服だった。

明らかに人間でない姿だが、ニラムがそれに動じる事はない。

何故ならこの場にいる者は皆似たようなものなのだから。

 

1人は2つの頭を持つ木製の人形、マエストロ。

後頭部が写された遺影の様な写真を持つ、首の無い存在、ゴルコンダとデカルコマニー。

そして先刻サロンに現れたベアトリーチェ。

 

彼らは皆、特にベアトリーチェはニラムを欠片も歓迎していない。

むしろ殺気すら放つ程に苛立っていた。

 

「何故我々が本日あなたをお呼びしたのか、わかりますかプロデューサー」

「いいえ? 存じ上げません。しかしベアトリーチェ様が何故か訪ねてきたとギロリから報告を受けたものですから、何か粗相をしてしまったのかと冷や冷やしておりますよ」

「粗相? ああ、したとも」

 

困った様に肩を竦める彼に対し、口火を切ったのはマエストロだ。

木によって造られた身体を軋ませ、彼はニラムに真正面から向き合う。

 

「先日、そなたが手掛けているショーが開催された。あの遊園地でだ」

「ええ、ユートピアで行われた第二回戦の事ですね。あの逆転劇は見応えがありました」

 

その光景を思い起こし、悦に浸るニラム。しかしマエストロの声色は心底不愉快そうな色へと変わっていく。

 

「何を言うか。あそこは私が作り上げた芸術品の眠る場所!神秘を恐怖(テラー)へと反転させ、複製(ミメシス)したドールの眠る場所だった! それを、そなた達は手前勝手に、下らぬ金儲けに利用したのだ! ましてや、殺意の植物の苗床にするなど…………!これは芸術家に対する侮辱ではないか!?」

 

マエストロには表情という概念は存在しない。しかし、彼が怒りを表現しているというのは誰の目からも明らかだった。

そしてその怒りをニラムは飄々と受け流す。

 

「はて? 元々ユートピアは我々が建設したもの。シロとクロもしかり。あなたの『作品』である以前に我々の『商品』だ。

我々が残した歓喜の残滓を手前勝手に芸術と称し複製し、あまつさえ反転させた貴方が、我々を不躾だと?」

「…………………………………………」

「元よりあそこは我々の土地。その有効期限は未だ切れていません。そこにあるものをどうしようと自由。ましてやあなた方から買い取った実験の副産物(ジャマト)と所有物を融合させる事に問題があるはずがないでしょう?」

 

ニラムの不遜な物言いにマエストロの怒りは収まるどころか膨れ上がる。

しかし、彼が言うことに筋が通っているのも事実。

それを理解しているからこそ、マエストロは押し黙る。彼は『大人』だ。相手の言い分に耳を貸さず、一方的に意見を捲し立てる様な時期は当に過ぎている。

 

「その通りですマエストロ。あまり荒立てないで下さい。我々は苦情を言うために彼を呼んだ訳ではない」

「そう言うこった!」

 

ゴルコンダがマエストロを宥め、デカルコマニーが大声で彼に同調する。

その声を聞き、マエストロも軋みを止める。

 

「その通り、芸術などどうでもよろしい。それよりも私はショーの中身に文句があるのです」

 

続いて発言したのはベアトリーチェ。手に持った扇で掌を叩きながら、彼女はニラムに眼光を突き刺す。

 

「参加者の中にあなた方を探っている者がいるとの情報が入ってきたのですが、事実ですか?」

「………………ギロリからその様な報告は受けております。まだ決まった訳ではない、との文言も添えられてはいますがね。それが何か?」

 

何故その様な事を気にするのか?とでも言いたげな彼の表情にベアトリーチェの苛立ちは加速する。

やはりこの男は気に入らない。そんな怒りを全面に押し出し、彼女は捲し立てる。

 

「何を呑気な…………! あなた方に近づかれるという事は必然、我々にも近づかれるという事!彼の素性によってはその狙いはかの『女神』という事になる……………………!」

「………………………………」

「その様な者を放っておいていい筈がないでしょうが…………! 即刻始末なさい!」

「何故?」

 

駄々をこねる子供の様に喚き散らすベアトリーチェにもニラムは表情を崩さない。

彼女に向き直り、一瞬顔を強張らせつつも、彼は笑顔で告げる。

 

「彼がその存在に気づいているとは限らないでしょう。その様な理由でプレイヤーに不当な扱いをするなど出来るはずがない」

「それが悠長だと…………!」

「勘違いなさらないで頂きたい、マダム」

 

ニラムは笑顔を解き、鋭い眼光を光らせる。それはゲマトリア達を黙らせるには十分すぎる圧力を放っていた。

 

「我々としては『神秘』も『恐怖』も『芸術』も『図書館』も『兵器』も『崇高』も、どうでもいい事なのです。全てはそう、オーディエンスが盛り上がるための素材になってくれさえすれば、何も言う事はありません。

私達が求めるものは、1つの嘆きが万雷の喝采を生む、一切の虚飾無き最高のリアリティーエンターテイメント!

 

──という事は以前からお伝えしていたはずですが?我々があなた方とビジネスを始めた当初から。

ましてやこちらのシナリオに勝手に手を加えたあなたに文句を言われる筋合いはない。まさかジャマトにドライバーを使用させるとは。まあ、あれはあれで盛り上がりましたので今回だけは不問にするとしましょう」

 

そもそもキヴォトスはゲマトリア達の領地ではない。例外としてベアトリーチェのみ一部領地を築いているが、その中で戦いは発生していないのだなら問題無い。

ニラムはその様に彼女に告げる。

 

「浮世英寿。彼はデザイアグランプリのトッププレイヤーだ。それ故多くのサポーターがついています。中には大口のスポンサーもいる。そうおいそれと排除など出来ませんよ」

「それだけでは無いでしょう…………! 私の所有物であるスクワッドにも余計な真似を……!」

「戦いを選択したのはあくまで彼女だ。あなたのやり方が裏目に出ましたね、マダム」

 

歯軋りするベアトリーチェ。唸る様に体を軋ませるマエストロ。沈黙を保つゴンコンダ。

その中で手を上げたのは黒服であった。

 

「クククッ………………。えぇ、勿論存じていますよプロデューサー。先程ゴルコンダが申し上げました様に私達は苦情を言いたい訳ではない。提案を持ってきただけなのです」

「………提案?」

 

黒服は頷く。

 

「この様な場所で申し訳ないのですが…………、こちらを」

 

ニラムに渡されたのは1枚の紙。それをじっくりと読み込んだ彼は思わず目を見開く。

 

「あなたが、デザイアグランプリのスポンサーに?」

「えぇ。他の大口にも決して見劣りする額ではないかと思いますが」

 

見劣りどころではない。紛れもなくトップスポンサーとして君臨出来るだけの金額がそこには提示されていた。

一企業の人間として、この要求をはね除ける者が果たしてどれだけいるだろうか。

ニラムの決断は早かった。

 

「…………良いでしょう。デザイアグランプリの進行を妨げないというのであれば、ええ歓迎致します」

「ククッ…………、ありがとうございます。

では早速、スポンサーとして要望を1つ。私が推薦した者を運営側のプレイヤーとして参加させる許可を頂きたい」

 

きっと盛り上がる事でしょう。

黒服はそう言い、喉を鳴らす。

 

「彼女は決してこの提案を断れないでしょう。己を蝕み続けた呪いから、解放されるかもしれないのですから。

 

ああ、肝心な事を忘れる所でした。プロデューサー、もしも『彼』が───────」

 

 

▪▪▪

 

「─────い。──生!先生!起きてください!」

「ん…………あ…………?」

 

彼女は凛とした声に急かされ、その瞳を開けた。ぼやけた視界が鮮明になっていく過程で、1人の少女が立っている事を知覚する。

真っ白な服に星が3つ描かれた、天模様のネクタイをつけた眼鏡の少女だ。

頭上には神話を彷彿とさせる輪っかが浮かんでいる。

 

「…………?」

「少々待っていて下さいと言いましたのに、随分とお疲れだったみたいですね。中々起きない程に熟睡されるとは」

「ふぇ…………? ああ、ごめん?」

 

思わず言葉尻が上がってしまう。目の前で起こっている事実や今置かれている状況を彼女は理解出来ていない。

今の彼女に出来る事と言えば、精々欠伸を堪える位だ。

 

「…………ちゃんと目を覚まして、集中してください。改めて状況をお伝えしますから」

 

それは助かる。

何一つ理解出来ない現状において最もありがたい言葉だ。

口を挟まず、黙って耳を傾ける。

 

「私は七神(なながみ)リン。学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です」

 

連邦生徒会。キヴォトス。学園都市。

リンと名乗った少女から発せられた単語が、徐々に彼女の思考をクリアにしていく。

そうして漸く、彼女は置かれた状況と顔を覆う朝日を自覚した。

 

「そしてあなたは私たちがここに呼び出した先生…………のようですが…………」

「うん。それで間違いないよ」

 

透き通る様な声。腰にまで届く艶やかな黒髪を靡かせ、彼女は微笑んだ。

 

「私は先生。連邦生徒会長に呼ばれた先生だよ」

「…………その様ですね。確認が取れました。それでは先生、私についてきて頂けますか」

 

リンと先生は長い廊下を静かに歩く。エレベーターに乗って上階へとあがり、また歩く。

視界に広がる都市を眺めながら、ゆっくりと。

そして1つのドアの前で立ち止まる。

リンは数回ノックし、部屋の主へと声を届けた。

 

「失礼します、連邦生徒会長」

「うん。入っていいよ」

 

ドアが開かれる。リンは先生を招き入れ、その後ろへと控える。

 

大きな机と椅子。

そこに座る1人の少女。水色の長髪で片目を隠した彼女を見ていると、何故だろう、無性に泣きたくなる感覚に襲われる。

勿論、泣いたりはしないが。

 

「ありがとうリンちゃん」

「…………誰がリンちゃんですか。ここには先生もいらっしゃるんですよ」

「あはは、ごめんね。

………………そして先生。初めまして。私の名前は()()アロナ。このキヴォトスを統括する連邦生徒会。その会長を務めています」

 

アロナは椅子から立ち上がり、先生に対して手を差し出す。

握りしめたその手からは確かな温もりが伝わってくる。

先生はそれをゆっくりと噛み締めた。

 

「改めまして先生、キヴォトスへようこそ。ここは数千の学園が集まって出来ている巨大な学園都市です。先生はここで働いて頂きます」

 

アロナが指し示すその先には多くの生徒達が暮らす都市が広がっている。

まだ何者にも染まっていない純粋な心が集まっている、透き通る様な世界。

それを目にして、彼女は笑う。

 

「うん。これから宜しくね、2人とも」

 

戦いは終わり、世界は再生した。

しかし全てが元通りになった訳ではない。

理想を求める戦いは尚も続く。

 

たった一つの先生(不文律)を交えながら、方舟は今日も廻っていく。

 

また新たな戦いが始まる事をまだ誰も知らない。

1人を除いて。

 

「ようこそ、『俺の世界』へ」

 

王者は変わらず、笑みを崩さない。

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