──────とあるディノスが歩んだ、
 あったかもしれない、"もしも" の物語(はなし)
 
 
 
 
 

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 この短編は、スマートフォンゲーム『Fate/Grand Order』第二部第七章のシナリオのネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
 あの樹海にあったかもしれない、"もしも" のエピソードですので、こちらもあらかじめご容赦いただけると幸いです。それでは。
 
 


『星詠みのヒト』

 

 

 

 

 この地底世界(ミクトラン)に、『神』という概念が生まれて、幾ばくかの時間が積み重ねられた。

 

 

 "今まで見えなかったモノに、カタチを与える"。

 その変化は結果として、こうして "過去に想いを馳せる" という無駄(・・)な行為を、()(いだ)かせている。

 

 

 

 これより語ることは、私が積み重ねた "時間"。

 貴方たちに伝わる言葉に脚色した上で紡ぐ(ゆえ)、わかりやすく言い換えるのならば。

 テペウ()という恐竜人類(ディノス)が歩んだ、"物語" だ。

 

 

 

 

 『星詠みのヒト』

 

 

 

 

 ……私は、生まれながらに他の恐竜人類(ディノス)たちとは、(モノ)の見方が違っていた。

 いや、より正確に言うのならば、他の者たちには見えないはずの "モノ" が、自分にだけは()えていた。

 

 

 そのことに気がついたのは、幼年期にあたる(よわい)の頃だった。

 

 

 この時の私は、

 世界のあらゆるモノに無頓着(・・・)だった。

 

 これはなにも私に限ったことではなく、恐竜人類(ディノス)という霊長類すべてにおいて当てはまるモノの捉え方だった。

 

 恐竜人類(ディノス)とは、"個" で完結した、不変の生命。

 (みな)が等価値で平等である代わりに、『特別』がない。それ故に争いも起こらない。

 

 "誰もが尊い" からこそ、特別扱いしていい者はおらず、それ故に誰の死も悲しまれない。

 

 その生き方こそが、ディノスという霊長類(じんるい)が、

 6600万年もの時間を歩み続けた在り方(りゆう)だった。

 

 

 だから。

 この時の私が起こした行動は、本当にただの気まぐれ。

 深い理由も動機も持たぬまま、私は私の世界に映る、(いく)つもの赤い線(・・・)────そのうちのひとつを、滑らせるようにその爪の先でなぞった。

 

 

 「こ、れは──────、」

 

 

 それは、ひとつの()だった。

 

 私は、罪深いほどの身勝手な気まぐれで、目の前にあった大木(たいぼく)殺した(・・・)のだ。

 

 

 私の視界に溢れていた、(おびただ)しい数の赤い線。

 それらは、"万物の死" そのものだったのだ。

 

 

 その事実、その出来事を、この世界の誰に語っても、共感を得られることはなかった。それもそのはず、なぜなら彼らの誰ひとりとて、私と同じモノは視えていなかったからだ。

 

 

 ────ここ最近もたらされた言葉であったが。

 

 私はこの世界では、

 『異端』と呼ばれる者だったらしい。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「この異常思考者め。神官としての役割は、『太陽の教え(ククルカン)』の声を聴くことだ。"天体観測" などという無意味な行為に使う時間がどこにある!」

 

 

 「ええ。心配なさらずとも、ちゃんと()は聴いていますよ、ヴクブ。そういう貴方も、空を飛ぶことは太陽への不敬にあたる行為です。他のディノスたちに後ろ指をさされないよう、ほどほどに」

 

 

 

 その日、私は "星を詠む" という行為に関心を抱き、第七層にあるとされる、星の観測所───メツィティトランを目指して、はじめてこのディノスたちの黄金都市(チチェン・イツァー)から遠出した。

 

 

 "なぜ自分は他のディノスたちとは違うのか"

 

 私は、自己の特異性を自覚してからというもの、この理由を追い求めて、あらゆる研究、知識に自身の時間を(ゆだ)ねた。

 

 星を詠もうと考えたのも、その一環に過ぎない。

 

 ……ただ。それ以外の理由があったとすれば。

 何もかもが脆く、今にも崩れ去ってしまいそうな視界(せかい)で、ただそれだけ(・・・・)が "永遠" に視えたからだろう。

 

 

 第二の冥界線。

 刃と風の谷、骨捨て場の白い線(イスタウキ)

 

 大地の血管。

 血と鳥の湖、トゥーラ。

 

 第三の冥界線。

 銀河砂丘、真空雷園青い線(ソソアウワキ)

 

 

 慣れないことはするものではなかった。

 三つの層を超え、目的地に辿り着いた頃には、既に太陽は第三層まで遠く昇り、星が空を覆っていた。

 

 

 「ここが第七層。歌うイルウィカトル。

  ……………天文台、メツィティトラン」

 

 

 その光景に、私は思わず息を飲んだ。

 

 マィヤの意志の届かぬ領域。

 地上も宇宙も閉ざされた、変化のなき世界。

 星の内海(うちうみ)から派遣された、"星の触覚" が住まうとされる場所。

 

 生物にとって有害となる宇宙線と有毒ガスをもつ第八層、第九層と隣り合わせの領域でありながら、ここはこの星 本来の美しさを保っていた場所だったのだ。

 

 だが同時に、私は無意識にこう感じた。

 

 ここで生きるのは、とても狭苦しい(・・・・)と。

 

 

 

 「ここが観測所、ですか。

  見たところ、誰もいないようですが……」

 

 

 観測所の中は、湖になっていた。

 水面(みなも)には、星が写ることもなく、(ゆが)んだ自分の姿が逆さに見えているだけだった。

 

 ……………(ゆが)んだ?

 

 そうして湧いた疑問も(つか)()、凄まじいまでの振動とともに、湖の底から巨影(・・)が姿を現した。

 

 

 「な、なんとぉぉぉぉぉお!!!!?」

 

 

 そりゃもう、びっくら仰天。

 思い返しても恥ずかしい、心底 情けない悲鳴をあげながら、私は身につけていた眼鏡も落として、盛大に尻もちをついた。

 

 

 

 「まあ、ごめんなさい! 驚かせてしまいましたね?……気は失っておりませんか、名も知らぬ客人さん?」

 

 

 

 「─────────。」

 

 

 

 私は、この日。

 この地底世界ではじめて。

  (ほころ)びをもつことのない『永遠(つき)』に出逢った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「…………と、まあ。こういった経緯です。私は他のディノスたちの反対を押し退け、神官の任を放棄し、単身でチチェン・イツァーを出て、この観測所にやってきました。」

 

 相手を知るには、まずは自分のことから。

 観測所を訪れた私は、先ほどの情けない反応を帳消しすることと並行して、彼女からの警戒心を解くために、自分自身の素性と、ここに来た経緯を簡略的に伝えた。

 

 

 「……なるほど。では、テペウさんは『特別』なディノス…ということでしょうか?」

 

 「その表現は適切ではありません。私たちディノスはみな平等であり等価値。不変の人類です。それ故に『特別』な存在などいませんから。……ですが、他の者たちとは異なる、という点は正しい。適切な表現がなくもどかしいですが、"仲間はずれ" という方が近しいでしょうか」

 

 「へぇ、テペウさんは博識なのですね!そんなことまで理解できているなんて! 他のディノスの皆さんも、テペウさんのように博識なのですか?」

 

 「………別に。こんなどうでもいいことにまで思考を巡らせているディノスは私くらいです。それにこんなこと、"星の触覚" である貴女ならば当然のように知っていることでしょう。賞賛も、貴女からの言葉では皮肉に聞こえる」

 

 

 私の言葉に、彼女は目を丸くする。

 

 「ふふ、わたしは『太陽の教え(ククルカン)』のようにすべてを理解しているわけではありませんよ。ここからはずっと出られ(・・・)ません(・・・)し、ここから見えるのは第二層までですし、()までは聴こえていませんから」

 

 「は──────?」

 

 「だから、こうして誰かと顔を合わせてお話しをするなんて、この600(・・・)万年で(・・・)はじめて(・・・・)! なので、もっと色々教えてください、テペウさん。チチェン・イツァーでは、ディノスの皆さんはどんな会話をしていらっしゃるのですか?」

 

 そう言って、屈託のない笑みを浮かべる。

 

 「──────。」

 

 

 「あ、あれ?なにか変なことを言いましたか、わたし?」

 

 「いえ。……そういえば、まだ貴女の名前を聞いていなかったと思いまして」

 

 「ああ!言われてみればそうでしたね!

  わたしは、イシュキック。この月の台地で、あなたたちの世界の行く末を見届けるものです。」

 

 

 

 はじめて観測所を訪れたこの日。

 私は、自分でも理解できぬほどの、得体の知れない(いきどお)りを抱いていたことを、今でも覚えている。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「ああ───!

  今日も来てくれたんですね、テペウ()!」

 

 

 「──────はい?」

 

 二度目の来訪時、彼女は当然のように。

 そんな奇妙な響きで、私の名前を呼んだ。

 

 

 「テペウさんは尊敬できる(かた)なので、親愛を込めてこう呼ぶことにしたのですが……ダメでしたか?」

 

 

 「駄目ではありませんが……。そもそも貴女、私よりも100倍以上の歳月を積み重ねているくせに、私の方が "兄" というのは、どうなのですか」

 

 「敬称に歳月は関係ないでしょう? それにわたし、精神的に成長することがないので、"永遠の1歳" みたいなものだし!」

 

 「…………そうですか。ならご自由に。」

 

 「やったー! ………って、あれ?テペウ兄?」

 

 無邪気に喜ぶ彼女を尻目に、どっさりと。

 私は持参してきた多くの観測器具やトウモロコシを、ふてぶてしく観測所の大地に下ろした。

 

 

 「それ、なんです…?テペウ兄、今日は前に来た時よりも大荷物なんですね」

 

 彼女は興味津々な眼差しで、私がもってきたものを眺めていた。

 

 「なにって? 前回 来た時はあくまで視察でしたから。天体の観測は一日や二日で完結するものではない。今回からは本格的にここの観測所を使用させていただくので、それ相応の物資をもってきただけですよ」

 

 「え…? じゃあ、もっとずっとここに居てくれるってこと!? やったー!嬉しい!」

 

 60メートルを超える身体で、彼女は幼子のようにはしゃぐ。

 

 「その図体でバシャバシャと騒がないでください。繊細(せんさい)な器具なのですから、水が飛んだら一大事ですよ」

 

 「あっ、ごめんなさい。あんまりにも嬉しくって、つい…」

 

 ならそもそも、こんなに湖の近くで行わなければいいだけでは?というツッコミが飛んでこなかったことは、幸いだった。

 

 

 

 

 そうして、一日目。

 

 

 「……………。(ぶくぶく)」

 

 

 「─────。(カチャカチャ)」

 

 

 

 

 

 

 次いで、二日目。

 

 

 「……………………。(ぶくぶくぶく)」

 

 

 「────────。(カチャカチャ)」

 

 

 

 

 

 

 重ねて、三日目。

 

 

 「…………………………。(ぶくぶくぶくぶく)」

 

 

 「──────────、…………はあ」

 

 

 どうやら繊細だったのは、

 この器具だけではなかったらしい。

 

 私は観念して、作業を中断する。

 

 

 「別に、近くで見るくらいは構いません。……そんな湖の底から頭半分だけを出して、ぶくぶくと水泡を吐きながら遠巻きに様子見されるよりは。」

 

 「やった──────!」

 

 

 「っ────────!?」

 

 ずずいっと顔を近づける彼女に、思わず動揺して私は頭を引く。

 その(おり)、ずれ込んだ眼鏡をそのままに、私は再びこの異端の眼で彼女を見た。

 

 

 ……これだけの至近距離で見ても、間違いない。

 

 

 

 

 彼女──イシュキックには、"死" が存在しない。

 

 

 

 

 「………イシュキック。貴女、自分は600万年近く生きていると、以前 仰っていましたね」

 

 

 「え? そうだけど、それがどうかしました?」

 

 「貴女に、寿命というモノはあるのですか。もしくは、ここでの役割を終えるための条件とか」

 

 視線を逸らしながら、そう訊ねる。

 

 「うーん。わたしの役割は、この世界を観測し続けることですから、"世界が終わる時" が、わたしの寿命ってことになりますかね。 だからこの役割を終える条件があるとすれば、それはわたしが死ぬこと(・・・・)でしょう。……だって、"世界の終わり" と "わたしの終わり" は、同意義なんですから!」

 

 「な…、それでは意味がない! 世界が終わるその時まで、貴女はここに居続けると!?」

 

 柄にもなく声を荒らげる私に、彼女は困惑する。

 

 「意味ならありますよ。わたしはディノス(あなたたち)の世界を記録するためにいるのですから。大事な役割です。……でも、どうしてそんな当たり前のこと(・・・・・・・)を気にしているのですか、テペウ兄は」

 

 

 「……………さて。どうしてでしょうかね。私は他のディノスたちよりも変わり者でして。そんな当たり前のことを、ちゃんと音として知っておかないといけない気がしたのです」

 

 

 

 この時からだろう。

 私はようやく、自分自身が、"一体なにに憤っているのか" を、心底 理解した。

 

 "星詠み" などと聞いて呆れる。

 

 天体観測なぞ二の次で。

 私の目的は、全く別のものに変わっていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから少し()のこと。

 

 

 「いやぁ、今日は日射しが強くてたいへん結構! チチェン・イツァーの露店で手に入るウウキル・アブナルの赤瓜(あかうり)瑞々(みずみず)しくて喉が潤う! なんと清々しいまでの太陽、『太陽の教え(ククルカン)』の声も心なしか大音響で聴こえるようだ!」

 

 「テ、テペウ兄? 今日はずいぶんと機嫌がよろしいのですね…?」

 

 「おや、気のせいでしょう。ディノスとして "当然" の時間を謳歌(おうか)しているだけです。それだけです」

 

 

 

 

 さらに少し先のこと。

 

 

 「ふぅ、今日はまさに胸躍る時間を重ねました。私が監督したデスローリングも、これで鹿(マサトル)杯 7回連続優勝!あの祭祀場の熱気を直に浴びれることの素晴らしさたるや。……サッカとはフォーメーション。やはりフォーメーションこそがすべて。デイノニクスたちの身軽さと連携力は流石でした。"自由に動ける" というのは、実に羨ましい!」

 

 「それは、まあ。とても素晴らしい儀式を執り行えたのですね」

 

 「……おっと、あまりの興奮に太陽へ(ささ)げるマイボールを余分に一つ多く作ってしまっていました。こちら今までに類を見ない良質な『粘り樹』で作りましたが、もう不要なものなのでここに置いておきますか」

 

 「───?」

 

 

 

 

 さらにさらに先のこと。

 

 

 「う〜ん、やはり何度食べてもトウモロコシは美味。我々ディノスの生命維持には不要なものですが、"好きだから" 食べるというのは即ち最高のご馳走(ちそう)。この味を知らずに生きるなんて、私にはとても耐えられない!」

 

 

 「──────、」

 

 

 

 「………どうかしましたか、イシュキック。黙ってこちらを見つめて。なにか言いたいことでもあるのですか」

 

 「………いえ。テペウ兄があんまりにも美味しそうにトウモロコシを食べているものですから。"どんな味がするのだろう" と、少し気になっただけです」

 

 「───!」

 

 私はそんな彼女に、トウモロコシをひと(ふさ) 差し出す。

 

 「え──────?」

 

 

 「……気になるのでしょう。ならば食べてみたらいい。何もトウモロコシを食べることで、誰かに(とが)められるわけでもないのですから」

 

 

 

 

 しばしの静寂が、私たちを包んだ。

 

 

 

 

 「─────────いいえ。」

 

 

 

 「………………………それは、なぜ?」

 

 

 「だって意味がありません(・・・・・・・・)。それはわたしにとって "無駄" なことです。テペウ兄はたくさんの知識を持っているから、いつもわたしを "(しか)ってくれている" けれど、何も変わることはありません」

 

 「叱っている……? 私が貴女のことを?」

 

 「ええ。テペウ兄がわたしに外の世界のことを話してくれていたのは、そういうことでしょう? ……"こんなにも世界は素晴らしく幸福なのに、おまえはそこにいるだけの役立たずだ" と」

 

 「──────っ、」

 

 違う。そうではない。

 私はただ、キミのことを。

 

 なんの役割にも縛られず、

 自由に世界を謳歌したいと思えるように。

 

 

 ───そう、なってほしかっただけだったのに。

 

 

 「ですが、それでもわたしは変わりません。だってそうでしょう? ディノスらしい、ありのままの生き方を選んでほしいというのであれば。………変化がないこと(・・・・・・・)こそ、わたしたちディノスの生き方ではないですか」

 

 

 その言葉に、私は何も言い返せなかった。

 

 

 「──────ただ、ひとつだけわかりません。このことを音にして教えてくれたのは、他ならぬテペウ兄なのに。どうしてそんなにも、テペウ兄はわたしのことを気にかけてくれるのでしょう?」

 

 

 「それは──────、」

 

 

 「それは?」

 

 

 「……貴女は、私の "トモダチだから" です」

 

 その言葉に、彼女は目を丸くして黙る。

 

 

 その反応は、私にも理解できる。

 なぜなら、咄嗟に口に出した理由にしては、あまりにも私らしくない言葉を使った気がしたからだ。

 

 

 「トモダチ……、トモダチ! それなら確かに納得です! テペウ兄とわたしは、トモダチだったのですね!」

 

 花開いたような笑顔を浮かべて、彼女はウンウンと頷く。

 

 

 

 その姿を見て、私は、自分が間違っていたことを理解した。

 

 "私たちディノスはみな平等であり等価値。不変の人類です。それ故に『特別』な存在などいませんから。"

 

 

 ───そう、自分自身が口にしたにも関わらず。

 いつの間にか私は、彼女のことを『特別』だと認識していた。

 

 この観測所で共に過ごし、その境遇を知っていく中で、私は彼女の人生を不憫(ふびん)だと感じた。

 

 チチェン・イツァーで共に過ごした他のディノスたちよりも。そして他ならぬ自分自身よりも。私は、彼女───イシュキックのことを優先して行動していたのだ。

 

 その事実に気づき、そして気づいた上で、私には彼女の生き方を変えられない。

 

 私は、自分の無力さに。

 そしてここまでの時間の無意味さに。

 

 ただただ、後悔(・・)した。

 

 

 ────────────だというのに。

 

 

 

 「ああ、トモダチ。本当に良い響きですね。

  ………………………そっか。それなら確かに」

 

 

 彼女(イシュキック)は、噛み締めるように。

 

 

 

 「"もしも"。テペウ兄と…トモダチと自由にこの世界を旅してまわれたのなら。それはきっと、とっても楽しいことなのでしょうね」

 

 

 

 そんな、ささやかな "時間(みらい)" を口にする。

 

 

 

 

 「………もしもの話は、あまり好きではありません。そのような夢を抱いても、結果は同じです。それこそ無駄なことでしょう」

 

 

 そう言って、私は彼女の顔を見ることができず、そのまま観測所の出口へと向かった。

 

 

 「あれ? テペウ兄、どこへ行くのですか?」

 

 

 「…………少し、用事を思い出しました。」

 

 私は、歩みを止めずに。

 

 

 「なら、最後(・・)にひとつだけ」

 

 

 "最後" という言葉で、彼女はきっとすべて悟ったのだと伝わった。

 

 

 「─────────なんでしょう?」

 

 私は振り返ることなく、彼女の言葉を待った。

 

 

 「わたしは、"もしもの話" をするのは好きです。だって、たとえ結果は同じだとしても。その過程(・・)には、救いがあるような気がしますから」

 

 

 その言葉で、

 私は自分の "やるべきこと" を悟った。

 

  

 

 「…………確かに。間違っていたのは私の方だ。柄にもなく、自分には出来もしないことをしようとしていた。私に与えられたことなんて、生まれた時から "ひとつだけ" だったのに。」

 

 

 

 そうして私は、彼女のもとを去った。

 その目が届かぬ、第一層(果ての果て)まで。

 

 

 他者を平等に扱うことのできぬ "異端" である私は、『幸福なディノス』として生きる権利などなく、その残りの時間を、ただひとつのことを()すために(つい)やすと誓った。

 

 止めることも終わることもできない、

 地底の檻のキミへ。どうか、ささやかな救い()を。

 

 

 それだけが。

 自分が彼女に与えてあげられる、

 ただひとつの──────────、

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ──────駆ける。

 

 

 同胞がひとり、またひとりと倒れていく。

 

 

 私は散りゆく同胞たちを横目に、真っ直ぐに迫り来る脅威を目指して突き進む。

 

 

 無念だが、彼らの死を悼み、悲しむ時間はない。

 

 

 「──────!」

 

 

 自ら思考しておきながら、私は今 自分が(いだ)いた感情の不自然さに驚いていた。

 

 

 

 "同胞の死を悼み、悲しむ"

 

 

 そのような考えを、私たちディノスは持ち得ない。

 

 にも関わらず、私はそう抱いた。

 

 …いや、ここにいる全員が、

 そう抱きながらも、前を見ている。

 

 そうだと確信できるだけの "熱" が、彼らの瞳にはこもっていた。

 

 

 であるのならば、何も(うれ)うことはない。

 私は私にできることを全うするだけだ。

 

 

 「射程距離は、まだ遠い、ですか………!」

 

 

 汎人類史の旅人たちから預かったサブマシンガンを片手に、あの円盤との距離を目測で計算しながら、射撃する。

 

 しかし──────、

 

 

 

 「なに──────、ッ!?」

 

 

 前方を走っていたディノスが、唐突にこちら側へ転がり込んできたのだ。

 私はその不測の事態を予知できず、正面からそのディノスと激突して、自らが愛用していた眼鏡も後方へと置き去りにする。

 

 

 「──────、────、」

 

 

 横転してきた彼は、円盤の一撃を浴び、手足と肺をやられたようだ。

 

 

 「………向こうは、もう射程圏内(・・・・)ですか」

 

 

 今度は、自分の番らしい。

 

 

 戦闘経験のない私では、やはりここまでか。

 慣れないことはするものではない、と学習したつもりであったが、私もここにいるディノスたちと同じように、無力なまま死を迎える結末らしい。

 

 

 「─────────ここまで、ですか」

 

 

 自嘲しながら、私は死を受け入れようとして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なにを、(ほう)けている!この異常思考者!」

 

 

 そんな言葉とともに、唐突に身体が宙に浮いた。

 

 

 

 「………貴方は、ヴクブ(・・・)!? なぜ…!?」

 

 

 私の身体を掴み、空へと引き上げたのは、あのヴクブだった。

 

 

 「ぬかせ! 私は貴様らディノスの神官長だぞ! ディノスたちの最後を見届けずに終わるほど、隠居はしとらん! 貴様の方こそ、なぜこんなところにいる!」

 

 

 「それは──────、」

 

 

 「おいおい、んなこと言わせてやるなよヴクブ。ひとりだけ汎人類史のアイツらと勝ち逃げできる状況にいながら、わざわざここに残ったんだ。察してやれねぇほど鈍感じゃねえだろ、おまえは」

 

 

 「恐竜王(・・・)、貴方まで……!

  いえ、そんなことよりもその傷は──、」

 

 

 飛翔するヴクブの背には、あの恐竜王の姿があった。

 その(ひたい)には血を(したた)らせており、同じくヴクブの身体にも、複数の傷跡があることに気がついた。

 

 

 「察してやるのはお互い様ってな。……威勢よく先陣を切ったはいいが、あの円盤野郎、光と同じ速さで眉間を狙ってくるなんざ化け物も大概にしろってんだ」

 

 

 「どうなさいますか、王よ。打開策が見つかるまでこうして旋回して、距離を保ちますか?」

 

 

 どうやらディノスたちは、この二人に先導されてここに来たようだ。

 

 

 「あ? 打開策なら()見つかっただろ。そのために俺の指示も聞かずにそいつを助けたんじゃねえのかよ、ヴクブ」

 

 

 恐竜王の言葉に、ヴクブは視線を逸らす。

 

 

 「なぁ、星詠みのテペウ。おまえのソレ(・・)は今のヤツには届くぞ。どういう訳か、ここに至るまでに "死の恐怖" ってのを、教わっちまったらしいからな。……大したもんだよ、カルデア」

 

 

 「なんですって──────?」

 

 

 恐竜王の言葉に、私はあの円盤へと視線を凝らす。

 

 

 「──────!」

 

 彼の言葉通り、あの円盤には、一筋の "綻び()" が、確かに刻まれていたのだ。

 

 

 「…………全部をもっていける保証はねえ。だが、ひとつ(・・・)もっていけりゃ上出来だ。そうだろ? おまえが(もら)っていくつもりだった "死" を、アイツは奪った(・・・)んだからよ」

 

 

 「恐竜王、貴方は………、」

 

 

 「王よ、一体なにを? テペウがあの円盤を打倒する秘策をもっているのですか?」

 

 

 言葉の意味を理解できないヴクブが、恐竜王にそう問いかける。

 

 

 「ああ。仇討(あだう)ちってのは、そういうもんだ。……だから機関銃なんざ俺に預けとけ、テペウ。手前(てめぇ)の武器は、その爪ひとつ(・・・・・・)で十分だろ?」

 

 彼の言葉に、私は静かに頷く。

 

 

 「──────はい、その通りです」

 

 

 「よし、来たッ!……牽制(けんせい)は俺とヴクブ、(おとり)は大地を駆けるディノスたちでいい! 一気に距離を詰めんぞ、ここが大一番だ、ヴクブ!」

 

 

 「承知しました、王よ! ……手段は知らんが、貴様にしかできないことなら、何も聞かん! 振り落とされるなよ、テペウ!」

 

 

 

 恐竜王の合図と共に、ヴクブはその翼をはためかせる。

 

 

 今まで保っていた距離を急速に詰めたことで、円盤の迎撃対象が大地を駆けるディノスたちからこちらへと移る。

 

 

 「ッ──────!」

 

 

 「恐竜王──────!?」

 

 

 「気にすんな!

  利き手が残ってりゃ(・・・・・・・・・)銃は撃てる!」

 

 

 「……はは、本当に愉快なお方だ、貴方は! どれ、景気づけに鼻歌のひとつでも歌いましょうか!」

 

 

 円盤から放たれる光線を、間一髪のところで避けながら、ヴクブと恐竜王は二人して鼻歌を口ずさみ、楽しげに空を羽ばたく。

 

 

 「ふ──────、」

 

 

 私はその情景の珍妙さに、思わず頬が(ゆる)んだ。

 

 

 「ははは、どうした円盤! 私ひとり落とすだけにそこまで手間取るのか!自慢できるのはその図体のデカさだけか! ……だいたい空を飛ぶなぞ太陽への不敬だ! 恥を知れぇ!」

 

 

 「……コイツ、自分を棚に上げやがって!」

 

 二人は愉快そうに呵呵(かか)大笑(たいしょう)する。

 

 

 「さて、なんのことで……、恐竜王!」

 

 「構わねぇ、やれ! ヴクブ!」

 

 

 円盤を目前にして、唐突に身体が落下していく。

 

 「ヴクブ、恐竜王、どうしました……!?」

 

 咄嗟に空を見上げるも、

 既に二人の姿はなかった(・・・・)

 

 彼らは絶対的な回避不能の攻撃が来ることを予見し、私だけを生かすために足を離したのだ。

 ここに至れば、後は私が必ずその "抵抗の一手" を為してくれると信じて、そのすべてを託してくれたのだ。

 

 

 私では遠く及ばない。

 ディノスの王と、神官長に相応しい

 聡明な者たちであるが故に。

 

 

 

 「…………ありがとう、ヴクブ。恐竜王。」

 

 

 

 無慈悲に落下していく私を、円盤は追撃しなかった。

 

 既に死ぬことが確定している者をわざわざ追撃するほど、この生物も暇ではないのだ。

 なぜならその前方には、大地より勇敢に立ち向かう私の同胞たちがいるのだから。

 

 

 

 

 

 ──────だが。それは "(おご)り" である。

 

 

 

 

 

 「………魔術式(・・・)、起動。」

 

 

 

 それは汎人類史の仲間たちのひとり────ネモ・プロフェッサーより教授してもらった魔術。その応用。

 かのドゥムジが見せたような上昇飛行(・・・・)を、こうして自らに再現する。

 

 

 円盤は、虚空(こくう)より湧いた "死の気配" に気がつき、その全ての照準(しょうじゅん)を私へと向ける。

 

 

 ──────されど、その軌道は既に視た(・・・・)

 

 

 「貴方(アナタ)には、きっと見えていないのでしょう。

  ひとつひとつの命がもちうる、その意味(・・)が。」

 

 

 稲妻(いなずま)のような軌道で空を駆け、

 円盤が放つ光線を(ことごと)退(しりぞ)ける。

 

 

 「だからアナタは "死" をもたなかった。

  モノを殺すことの意味を、理解できない(・・・・・・)から」

 

 

 同じ死をもたなかった生物でありながら、自身の目の前にある物体は、彼女(・・)とは全くもって異なる。

 

 

 「…………ああ、同じであるものか」

 

 (おの)が命の意味を。

 自らが不自由であることを受け入れ、理解した上で。

 おそらくその最後まで、彼女はその人生を愛し、訪れることのない "もしも" を(いだ)き、微笑み続けた。

 

 

 その不器用ながらも(とうと)い "ヒト" の在り方が、

 この怪物に理解できてたまるものか────!

 

 

 「──────!」

 

 

 すべての神経を、ただ "一線" に絞る。

 

 

 

 「………私ひとりでは、ここまで来れなかった」

 

 

 

 多くの助けを借りて、私はここに至った。

 故にこの一撃は、ディノス(私たち)の総意だ。

 

 

 

 「ひとつ貰っていく。侵略者。

  ………これが、モノを殺す(・・・・・)ということだ。」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──────ああ、ホントに。」

 

 

 "ひとつの死" と引き換えに、手足を失った身体を地に預け、私はあの、遥か彼方を目指し飛んでいく、私たちの "太陽(かみ)" を見届ける。

 

 

 ………こうして思い返したことで自覚した。

 彼女と過ごしたあの時、確かにこの胸にあった "熱" は、自分の無力さと幾度も直面し続けたことで、いつの間にか冷えきり、目を背けていた。

 

 

 けれど、今は───、

 

 

 "『結果は同じだからやらない』とか、

  そんな悲しいコト言わないで〜〜!"

 

 "悲しい? なぜ悲しいのです?

  間違いを犯さないのはいいコトでは?"

 

 

 ──────マリーン。

 あの時の貴方は、いつかの私と同じだった。

 

 

 今 私の胸に飛来したのは、一抹の後悔と安堵(あんど)

 

 ……決して。

 彼女に "死" を与えてあげられなかったことを、悔いているのではない。むしろこの感情は、"安堵" の方だ。

 死が救済などと、烏滸(おこ)がましいにもほどがある。

 机上(きじょう)の空論を重ねていただけの私は、とんでもない過ちを犯すところだったのだ。

 

 「この "痛み" と "恐怖" を。

  貴方も(かか)えたのですね、マリーン」

 

 

 本当に。

 私の手で彼女にこの感情を与えずに済んで、心の底から安堵した。

 

 

 では、私は何に悔いているのか。

 

 

 "結果だけでいいとかズルだよ〜!

  過程も楽しい方がいいに決まってるじゃん!"

 

 "ボクたち、

  そのために頑張ってるんだと思う〜〜!"

 

 

 

 ──────そう。その通りだった。

 

 私は、もっと彼女と過ごすべきだった。

 その過程を噛み締め、楽しむべきだった。

 

 たとえどれだけ頑固で、強情で、臆病な姫だったとしても。

 

 "まいりました。わたしの負けです" と。

 

 向こうが意地を張らなくなるまで、

 外へ連れ出そうと誘い続けるべきだった。

 

 もっともっと、"キミと旅がしたい" と。

 語りかけ続けるべきだったのだ。

 

 

 それほどまでに。

 私は、彼女が『特別(すき)』だったのだ。

 

 

 「………悲しいですが。

  この "最期" であれば、辛くはない」

 

 

 6600万年もの間、あらゆる『特別』を(いだ)けなかったディノス(私たち)は、こうして今、その生き方を曲げ、すべての世界を呑み込まんとする脅威に立ち向かい、"無駄死に" した。

 

 にも関わらず、私はどこか誇らしい。

 私という『異端』の者も、同じディノスとしてここで終われること。それがただ嬉しかった。

 

 たとえこの抵抗が、

 愚かで。滑稽(こっけい)で。無駄なことだったとしても。

 

 

 「──────"無意味(・・・)" では、なかったのです」

 

 

 

 "わたしは、もしもの話(・・・・・)をするのは好きです。だって、たとえ結果は同じだとしても。その過程には、救いがあるような気がしますから"

 

 

 「………ああ。白状すると。

  私も、もしもの話(・・・・・)は好きでした」

 

 

 だって、汎人類史(彼ら)との旅路は、そんな

 想像もできない "もしもの話" そのものだった。

 

 

 「──────だから、"もしも"。

  次があったのなら、その時こそ貴女も……、」

 

 

 

 6600万年の時間(れきし)を重ねた、この地底世界を。

 共に旅してくれるでしょうか、月の星詠み姫(イシュキック)

 

 

 

 

 

 

 

 

 『星詠みのテペウ(ヒト)』-了-

 

 




 
 
 この短編作品を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
 FGO第二部第七章『黄金樹海紀行 ナウイ・ミクトラン』、本当に素晴らしいシナリオでしたで、一介のファンとして衝動に駆られた次第です。
 月姫や空の境界、月の珊瑚、Note.といった他の奈須きのこ作品の要素を織り交ぜながら、その骨子はFateらしい、FGOらしい『人類賛歌』。ありがとう、本当にありがとう。
 第二部第七章は、好きになってしまったキャラクターがたくさん生まれてしまった、とても前向きになれるお話でした。
 
 また本短編作品の作者も、何かしらのカタチで、また彼らの物語を紡ぎたいなと思っております、ね。
 作者自身、気まぐれなタイミングで書き出す性格なので、全くの保証ができませんが、勇者王の話とか見たいよね。というか勇者王をはやく実装しろと、作者おもうワケ。()
 
 
 改めまして、ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。
 
 またいつかご縁があれば、
 文章を通してお会いしましょう。
 
 

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