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三月中旬のとある日曜日。
昼過ぎ、俺は衛宮邸の居間で一息ついていた。
午前中は遠坂が来るので部屋の掃除をいつもより念入りにして、十一時過ぎに来た遠坂を出迎えた後、二人で昼飯を食べた。
遠坂は昼食を食べ終えたら、用事があるからと、さっさと自分の部屋に行ってしまった。
そんな訳で、自分は一人で暇を持て余していた。
食器洗いは先ほど済ませた。掃除は既に終わらせてるし、洗濯も同様。夕食の下拵えを始めるには早すぎる。
手持ち無沙汰なこんな時は、土蔵でガラクタの修理をするのが自分な訳だが、何故だか今日は気が乗らない。
まるでプラグがコンセントに刺さっているのに、一向に電源の入らない家電のような状態だ。
体には余力もあり、心も動こうとしているのに、それを実行するに足る“理由”が見つからない。
というのも、遠坂に弟子入りしてから一ヶ月、ハードワークの数々で暇な時間なんてまったくと言っていいほどなかった。僅かにできた時間も、そのほとんどが睡眠前で、疲れから何もできずに泥のように眠ってしまうのが常だった。
そんな日々が一ヶ月続き、どうやら自分は暇な時間の過ごし方を忘れてしまったみたいだ。
所在なく、見慣れた天井を見上げる。
特に新しい発見などはなかったので、次に洗われた食器が置き場に積まれた台所に視線を移す。
「あ。そういえば───」
それで、一つやろうと考えていたものを思い出した。
最近、包丁の切れ味が落ちてきた、と感じていた。
食材を切る時にひっかかることが多い。
具体的にはトマトを切る時に潰れてしまったり、たまねぎを切った時に目に沁みてしまったりだ。時間がなかったので、いま挙げたような本当に作業に支障が出るような時はシャープナーで応急処置を施していたが、いつまでもそれに頼っていられない。
思い立ったらなんとやらだ。まだ時間もあることだし、早速行動に移してしまおう。
一口に包丁の手入れと言っても、できる事は意外と多い。
毎日できる事も、調理中にもこまめに水分を拭き取る、洗剤で汚れを落とす、風通しのいい場所で保管する、など様々だ。こういった手入れで、包丁の切れ味が落ちるのを遅らせたり、錆びるのを防いだりする。
ただこういった手入れを行っていたとしても、使い込むにつれて刃先が丸くなり、切れ味が落ちていく。
だからこうして、切れ味が落ちてきたら、砥石による研磨を行い、刃先を最初の鋭利な状態に戻す必要がある。
包丁を研ぐための準備はシンプルだ。
用意するものは砥石と、砥石を固定するための布巾、砥石の乾かないようにする霧吹きの三つ。
水を張った容器に砥石は浸からせて、砥石に水分を含ませる。こうして包丁を砥石に滑らせやすくすると同時に、包丁と砥石の間で発生する摩擦熱を出しにくくする。
ちなみに我が家にあるのは中砥石と呼ばれるもの一つだけ。
本格的なものになってくると───研ぎ師やプロの料理人がするようなものにもなってくると───仕上げ砥石、場合によっては荒砥石なども必要になってくるのだけど、一般的な家庭なら、中砥石があれば十分だ。
閑話休題。砥石を入れた際に出る気泡が出なくなったら頃合い。砥石に水が十分に沁み込んだので、ので取り出す。
取り出した砥石を布巾の上に固定して、手入れをする包丁を取り出す。
衛宮邸の包丁は、肉、魚、野菜、なんでもござれな三徳包丁、塊肉を小さく斬るときに重宝する、魚を捌くときに使う出刃包丁の三本だ。
実のところ、切れ味は目に見えて落ちているのは三徳包丁だけなのだが、この際なので他の二本もまとめて研いでしまう。
「……よし」
集中できるよう、息を吐いて気持ちを切り替える。刃物を扱うのだから、細心の注意が必要だ。
まずは本命である三徳包丁から。
利き手である右手で包丁の柄をしっかりと持ち、手前側に四十五度ほど傾け、さらに包丁の刃先が砥石に接するよう、約十五度起こす。十五度というと、十円玉二枚分、または割り箸が挟まるぐらいの角度だ。
親指を包丁の顎に置き、左手で刃を軽く押さえる。
包丁の刃の先端を砥石に当て、二十回ほど前後に往復させる。押しは強く、引きは軽くだ。
次に真ん中、顎の順で、砥石が乾いたと感じたら霧吹きで湿らせながら、同じように二十回前後させる。
すべての部分を研ぎ終わったら、刃に触れ、“かえり”が出来ているかを確認する。
かえりとは、包丁の研ぎカスのことで、包丁の刃先にひっかかるような感触があったら、かえりができている証拠だ。
三徳包丁は両刃なので、裏返してもう一つの面も、同じ工程で研ぐ。
同じように刃にかえりができたのを確認したら、最後に砥石に包丁の刃を二、三回こすりつけてかえりをとって研ぎは終わり。
研ぎ終わった包丁を、食器用洗剤でしっかりと洗って、刃先が錆びないよう水気を拭き取って包丁差しに戻す。
「………ふう」
一本目が終わり、息を吐く。
すると───
「ふうん。器用なものね」
「っ⁉」
背後からの声に反射的に振り向く。
そこには、身を乗り出して興味深そうに砥石を覗き込む遠坂の姿があった。
「と、遠坂……ったく、いたんなら声かけろよな」
「む。かけたわよ。気づかなかったのは士郎の方だからね」
俺の顔をみて、遠坂は不機嫌そうな顔つきで言う。
どうも、遠坂の声にも気づかないぐらい集中していたのは俺の方らしい。
「それは悪かった。けど、用事ってのは終わったのか?」
「ええ。終わったから士郎と話そうと思って居間に来てみたら、士郎ったらわたしの声にも気づかないで没頭してるんだもの。包丁研ぎなんて初めて見たわ」
「ああ、前々から切れ味が落ちてると思ってたからな。時間もあったから、やってしまおうと」
「察しはついてたけど、こういうところもマメなのね」
俺から視線を離して、もう一度砥石を興味深そうに観察する遠坂。
今の話と遠坂の様子から総合すると、用事が終わったので、夕飯時までの暇を俺との会話で潰そうと居間に来たら、俺の反応はなかったので、何をしてるのか気になって近づき、初めて見た包丁研ぎに興味津々、ということだろうか。
「遠坂の家じゃやらないのか? 包丁研ぎ」
「わたし? そうよ。包丁を手入れする暇なんてないから、研ぎ師の方に持っていってるの」
しかし、遠坂に見られている、というのはなんとも居心地が悪い。
遠坂は興味津々なのだろうが、しかし俺の包丁研ぎなんて、一般的な家庭の手入れの域を出ない。間違ってもその道のプロなどと比べられるものでもなし、自分の未熟さと妥協を見透かされている気持ちになる。無論、そんなものは俺が勝手に感じている錯覚に過ぎないのだが。
「ねえ。これってもう終わり?」
不意に。気分が沈みかけていた俺に、遠坂はそんな事を訊いてきた。
「え、いや、まだあと二本残ってる。せっかくなんでそっちも研ぐつもりだけど……」
「わたしもやってみていい?」
それは、意外な提案だった。
なので、
「いいけど、なんでさ?」
そんな疑問が、口から吐いて出てしまった。
遠坂が突拍子もないことを言い出すことは今に始まった事じゃないが、今のは特に突拍子がなかった。それに振り回されるのは俺なので、正直困惑より先に警戒心が働いた。
「単なる興味よ。特別な意味なんてないわ」
身構えていた俺に視線を寄越さず、なんでもないことのように答える遠坂。
嫋やかな髪の奥に覗く横顔には、軽やかな微笑が浮かんでいた。
それを見て、疑問は氷解した。遠坂にとってこれは、学校生活と何も変わらない。不必要な寄り道だが、自分が楽しめると思ったものなんだろう。
だったら、それに付き合わないなんて選択はない。
「わかった。じゃあ、とりあえず手を洗ってくれ」
「そうこなくっちゃ」
言いながら、遠坂は服の袖を捲って流し台の前に立った。
弾んだ声音と、屈託なく笑顔は、誕生日プレゼントを前にはしゃぐ無邪気なこどものようでもあった。
「つっかれた~」
大げさに呻き、机に頭を置く遠坂。
その顔には疲労の色が張り付いていて、特に目は気だるげに半目になっている。普段の目の鋭さも相まって、事情を知らなければ、不機嫌にすら見えるだろう。
「みっともないぞ。遠坂」
とまあ、労いの気持ちを込めて淹れた緑茶を差し出しながら、姿勢の悪さを一応注意してみる。
「ふん。こんなの士郎の前以外で見せる訳ないでしょ。バカ」
対する遠坂は鼻をならし、俺の注意はどこ吹く風だ。
なんだか嬉しいことを言われた気がして、赤くなっているであろう顔を見られないように逸らしつつ、そんな遠坂の様子をちらりと盗み見る。
しかし、俺が湯飲みを差し出したからか、姿勢を正して、お茶を啜った。熱いお茶が疲れた体に浸透したように、湯飲みを机に置いた遠坂は心なしか少し落ち着いた様子だった。
そして一息ついた遠坂に訊いてみる。
「で、どうだった。初めて包丁を研いでみた感想は」
「ん。そうね。中々楽しかったわよ」
「ならよかった」
満足そうに微笑する遠坂の顔を見て、こちらもつい顔が綻ぶ。
唐突に始まった、遠坂の包丁研ぎ体験だったが、俺にとっても、遠坂に何かを教えるなんて珍しい経験ができた。
肝心の遠坂の包丁研ぎだったが、初めてとは思えない出来栄えだった。初めはさすがに適切な力が力加減が掴めなかったのか、刃にかえりが起こらず、やり直すことはあったが、そこはさすがの遠坂。持ち前の要領の良さですぐに感覚を掴み、急速な上達と手際の良さでさっさと牛刀を研ぎ終えてしまった。遠坂曰く、先に士郎が研いでるの見てたからかも、とのことだ。
残った出刃包丁だが、これは俺が研いだ。出刃包丁は和包丁、つまりは片刃の包丁で、先の日本とは研ぎ方が多少異なる。遠坂も初めての包丁研ぎにかなりの集中力を使ったらしく、特に食い下がったりはせずに手を洗って、居間の方に戻っていった。
さっきの呻きは、身体的なものではなく、精神的なものだ。初めての作業という事に加えて、刃物という、力加減を間違えれば自分を傷つける道具を扱うのに、精神をすり減らしたのだろう。こういう辺りに、遠坂の誠実さというか、真面目さがうかがえる。
「けど、もうしないと思うわ」
微笑は崩さないまま、遠坂は言う。
「なんでさ」
理由はなんとなく察しはついているが、一応訊いてみる。
「だって面倒じゃない? たまに体験してみる分にはいいけど、定期的に繰り返すとなるとね。わたしには向いてないわ。第一、そんなに暇じゃないし」
「そうか。遠坂らしいな」
「ちょっと。それだとわたしがガサツな女みたいに聞こえるんですけど」
「そりゃ悪かった。褒めたつもりだったんだが」
「率直すぎるのよ。どうとでもとれる言い方だと誤解を招くわよ」
むっ、と抗議の視線を送ってくる遠坂。が、それも一瞬のものだった。
「まあいいわ。士郎が歯に衣着せないのは今に始まったことじゃないし」
言いながら、緑茶を啜る遠坂。どうやら今の俺の発言は流してくれるようだった。
遠坂の器の大きさに感謝しながら、俺も緑茶をもう一口。
「で、そうね。冷静に考えれば、包丁を研ぐのに一々お金がかかるのも無駄な出費よね。わたしの家の包丁も士郎に研いでもらおうかしら」
「ッッッッッ⁉」
盛大に噎せた。ゴホッ、ゴホッ、と気管に入った液体を追い出そうと咳き込む。
「ちょっ、急に咳してどうしたのよ?」
「……ッ。誰のせいだ誰の!」
ちょっと安心するとこれだ。無断も隙もあったもんじゃない。
「あと、俺と職人じゃ天と地ほどの差だぞ。俺がやったって遠坂の期待する仕上がりになんてならないからな」
遠坂の不意打ちと提案について、抗議の言葉と視線を送る。
職人の仕事の対価にお金が発生するのは、つまるところ職人の技量には金銭を引き換えにできる価値があるからだ。逆に言うと、客は金銭によって仕事の品質を保障されるという訳だ。いつの時代も、手に職をつけた人間は強い。
言うまでもなく、素人が片手間に行うような付け焼き刃と比べるべくもない。
だというのに───
「だったら、士郎が職人と同じぐらいの技術を身につければいいじゃない」
目の前のあかいあくまは、なんでもないように、無茶ぶりをしてきやがった。
とはいえ、ここで断るのは、遠坂の期待を裏切ることになる。それは何より悔しい。
「わかった。さすがにすぐには追いつけないと思うけど、できる限り努力する」
さしあたっては、道具を揃えよう。具体的には、より目の細かい仕上げ砥石をホームセンターで購入する。中砥石だけで研ぐより、より鋭い切れ味を追究できるはずだ。荒砥石にも手を伸ばしておきたいが、使い処は少ないし、そちらはもう少し懐に余裕ができてからにしよう。
「あら。頭が堅いわね。貴方なら真面目に修行なんてしなくても、すぐに同じことができるようになるでしょう」
「どういう意味だ?」
「貴方の魔術の性質を忘れたの? 士郎がその砥ぎ師のところの砥石を解析して投影すれば、もうプロの腕前を修得できるでしょう」
遠坂は妙案閃いたり、とでも言いたげな、とびきりいい笑顔でそんな事を口走る。
「あ。でも、士郎は武器以外は投影できないんだものね。今後は他のものも投影できるように鍛錬していきましょうか」
「……そういう指導をしてくれるならありがたいけど、砥石の件は断固拒否する。人の食い扶ちを奪うような真似ができるか」
自分の提案を大真面目に思案している遠坂に抗議しておく。
遠坂は水を差した俺をキョトンと見たあと、
「さすがに冗談よ。いきなり衛宮くんを連れていって、そこから来なくなったとか、さすがに疑われそうだし。カリオストロじゃあるまいし、お金の代わりに敵を作るなんて骨折り損もいいところでしょう」
「そうだよな。お金より信頼だよな」
あと、この場合、砥ぎ師さんに真っ先に疑われるのは唐突に現れた俺だ。脅迫されただけで共犯者どころか主犯として扱われるあたり、理不尽にもほどがある。
「そうよ。人脈は金の生る木なんだから、それを自分から捨てるなんてとんでもないわ。仕掛けるなら、卒業目前の時期ね。ロンドンに渡ってしまえば、怪しまれる理由なんてどこにもないもの。その時はお願いね、衛宮くん」
遠坂は、さっきの五割増しの笑顔で俺を見る。───信頼されているのは素直に嬉しいんだが。
しかし、今の話を真面目に受け取るのは精神衛生上よろしくないので、今のは遠坂一流の冗談、と心の中で三度唱えて話題を変える。
「節約の話はまた後ほど。それで、なんで包丁研ぎになんて興味を持ったんだよ」
初めて見たから、というだけではないと思ってはいた。それだけで体験してみたい、とは思わない。
「……付喪神ってあるじゃない?」
遠坂は数秒考えて、そんな事を言ってきた。
「あ、ああ。あるな」
付喪神。
九十九神とも言われるそれは、長く使われたものには神様、あるいは霊魂が宿るという考えのことだ。有名なところでは、唐傘お化けとか、提灯お化け辺りだろう。ちなみに、こうした無機物に霊魂が宿る思想のことを精霊信仰、あるいはアニミズムと呼んで、世界中でそうした文化が発見されていたりもする。
「付喪神は、器物は百年経ると化ける、なんて俗諺が大本にある訳だけど、要は長く大切に扱われたものには精霊が宿るってことでしょ? それって、士郎が使う道具のことを言うんだろうなって」
「つまり、俺が調理道具を手入れしてるのを見て、そう思った?」
「詳しく言っちゃうと、羨ましかったのね」
言って、遠坂はスカートのポケットからあるものを取り出す。それは、夜の外人墓地で俺が返した、遠坂のペンダントだった。
「前に遠坂の魔術系統を話したことがあったでしょ? わたしは自分の魔力を宝石に蓄積できる。そして、一度魔力を解放した宝石は壊れる」
遠坂の言葉には、どこか自嘲めいた色が籠もっていた。
「もちろん、壊れるからってぞんざいに扱っている訳じゃないけどね。けど、使い捨てになることには変わりがない。そう考えたらわたしって、道具を長く使えるよう手入れするなんて、考えたこともなかったなって」
「そっか」
遠坂が自身が切り捨ててきた“もしも”たちに馳せた思いに、なんでもないように答えて緑茶を啜る。湯飲みが空になったので、急須に茶を注ぐ。
「……反応薄いわね。」
「む。そうだな。自分から訊いたことなんだから、もっと反応とか返すべきだよな。すまん」
「そうよ。律儀に答えてあげたわたしがバカみたいでしょう。せめて馬鹿らしいって笑い飛ばすぐらいしなさいよ」
「……それ、今の話に対しての遠坂の感想じゃないのか」
「そこまでは思ってないわよ。ただ、わたしらいしくない感傷よね。まあ、それで楽しい体験はできた訳だし、そういう意味では儲けものよね」
遠坂は苦笑して、緑茶を啜る。飲み干したようで、急須を自分のもとに取り寄せて二杯目を注ぐ。
しかし、別段どうという話でもなかったと思ったのだから仕方ないだろう、と自分も緑茶を一口飲んで、思ったより反応が得られなくて不満げな遠坂に心の中で抗議しておく。。
だってこれは、そう特別な事じゃない。意味のない感傷なんて誰もがする事だし、それそのものに思うことはない。話の内容そのものだって同じだ。遠坂が今の自分の在り方を誇っているのだから、同情なんて抱く必要もない。
「で、衛宮くんはなんで包丁の手入れをするようになったの?」
「え?」
湯飲みを口から離した遠坂がつまらなげな顔で、そんな事を訊いてきた。
湯飲みを右手で持ち、左手を底に添える。作法通りの持ち方に、生来の姿勢も相まって、なんだか真剣な面談でも受けているような心持ちになった。
「別に特別な話でもないぞ」
「聞かせなさいよ。わたしだけ話すなんて不公平でしょう」
む。確かに。こっちだけ腹の内を明かさないのは失礼だ。
「まあ、本当に特別なことはないんだ。ただ、使えるものは長く使いたいし、手入れした方が美味い料理を作ってやれるって、それだけだ──ただ」
後頭部をポリポリと掻いて、記憶を手繰るように、自分の内側に思考を巡らす。
「なんで長く使いたいと思ったのはなんでかって言われたら、
突然、なにか欲しいものはないかな、なんて事を訊かれたのだ。なにもない、と答えてもしつこく食い下がってくるものだから、少し考えて、新しい包丁が欲しい、と答えたら、舞い上がった
帰りながらレシートを見て、その金額に、これなら最新式の炊飯器や掃除機と言った方がよかったのでは戦慄した。俺に包丁を買い与えて子供のように喜ぶ養父の顔を見て、そんな考えは即座に吹き飛んだのだけれど。
「なるほどね。うん、衛宮くんらしいわね」
「それ、褒めてるのか?」
「ええ。わたしも衛宮くんを見習って、率直に言ってみたのよ」
さすが遠坂。やられたら倍返し、徹底している。
「それと前言撤回。これからもたまに士郎の包丁研ぎ手伝ってもいい? わたしの気が向いたらだけど」
「ん。ああ、いつでも歓迎です」
そう答えて、俺は立ち上がって台所へ歩く。
「どうしたの、士郎」
「いや、話も長くなりそうだし、いつまでもお茶ってのもな。お茶請け出そうと思って。
「お。いいわね。なにがあるの?」
「煎餅とどら焼き」
「どら焼きで」
「了解」
どら焼きをいくつかお茶請け皿に乗せて、居間に戻る。
午後のお茶会はもう少しだけ長くなりそうだ。