「あれは本当に
合宿三日目の夜。例の如くハナコちゃんの猥談です。
「!?み、水着じゃなかったら何なのよ...!?」
ハナコちゃんってば本当に話が上手い。言ってることはアレなのに、言葉の間の取り方やトーンで場の雰囲気を支配する...やはりトリニティの天才変態少女だ。
「最近の下着はデザインがかなり充実してますし、一目で水着かどうかの判断は難しいと思いませんか?それにペイントという線も...」
「え、嘘!?っていうことは...!?」
「あら、どうしたんですか?アレがもし水着じゃなかったとして、何かが変わってしまうんでしょうか?ねえ、コハルちゃん?」
合宿の夜、みんなで集まって水着だの下着だの...まるで男子高校生だ。いや勝手なイメージですけど。
「実はあれが下着だったとして...その『真実』かもしれない何かは、どうすれば証明できるのでしょう?証明できない真実ほど無力なものはない...そう思いませんか?」
「何を言ってるのか全然わかんない...!け、結局どういうこと!?」
これだけ好き放題言っても耳を傾けてくれるのだから、ハナコちゃんとしても暴れがいがあるというものだろう。
「あの水着可愛かったですよね、というお話です♡」
「...はぁ!?全部冗談!?」
「...なるほど、五つ目のあれか。」
アズサちゃんが閃いたかのように呟く。
「...!」
「五つ目...?えっと、アズサちゃん、何のお話ですか?」
「ただの聞いた話だけど...キヴォトスに昔から伝わる七つの古則。確かその内の五つ目だったはず。」
キヴォトス七つの古則。私が知っているのは二つ目と五つ目だけだ。セイアちゃんなら他の古則も知っているのだろうか?
「『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することができるのか』...そんな感じだった気がする。」
「......」
アズサちゃん、(ハナコは何を言っているんだ...?)って思いながらずっと考えて、どうにか古則に結びつけたんだろうな。真面目ちゃんなんだから...!
「つまり、誰も証明できない楽園は存在し得るのか...そういう禅問答みたいなものだったと記憶してる。」
「アズサちゃん、どうしてそれを...もしかして、セイアちゃんに会ったことがあるんですか...!?」
百合園セイアちゃん。
ティーパーティーの現ホストであったはずの彼女は、夢を通じて過去や未来を覗き見ることができるらしい。
...未来、か。
ある意味で言えば私も未来を知っていることになる。ブルーアーカイブの原作ストーリーという名の未来を。
しかし、基盤は早々に崩れ去ってしまっている。先生が居ないというただ一つの違いによって。
原作と違ってしまったこの世界の未来を、セイアちゃんは...どんなふうに見ているのかな。
「...分からない。この話はただ、どこかで聞いた記憶があるだけで...」
「...そうでしたか、そういえばアズサちゃんは転校生でしたね...」
ハナコちゃんが少し考え込む。補習授業部最強の頭脳をお持ちの彼女は、一体どこまで察しがいいんだろうか...
「...?」
「いえ、何でもありません。もう遅い時間ですし、そろそろ寝た方が良さそうですね。」
そして余計なことをしないという判断もできる。はぁ、私にもハナコちゃんのような頭脳があれば...
...ああ、そんなことを一瞬でも考えた自分の単純さに腹が立つ。
「......」
「...?シルベちゃん、どうかされましたか?」
彼女のその聡明さは、今も彼女自身を苦しめているというのに。
「あ...ううん、何でもない。今日はもう遅いし...そろそろ寝よっか。」
合宿三日目が終わる。楽しい時間は、あっという間だ。
夜中、アズサちゃんとハナコちゃんが出ていくのを確認する。原作と一緒だ。アズサちゃんはきっとサオリちゃんに会いに行くのだろう。
...こっそり端末の画面を点ける。今日の夕方届いたモモトーク。
発信者は...『聖園ミカ』
...さて、どうなるかな。
―――――――――――――――
「やっほー⭐︎初めましてかな、一色シルベちゃん?」
「は、はいいい!初めまして...!」
かわいいいいいいいいっ!!!天使様が私の元に舞い降りてくださった!
うおおミカちゃんだぁ!ふわふわな天真爛漫お嬢様って感じでもう好き...数多く誕生したセミの息の根を一瞬で止めた可愛さにはもう一撃昇天!
「大丈夫?なんか息荒いけど...」
「だ、大丈夫です...!はい!」
落ち着けぇ...シリアスな話をするんだこれから...!
「にしてもナギちゃん、ずいぶん入れ込んでるみたいだねー。こんな施設まで貸し出しちゃって。」
確かに、たった五人の生徒のために別館を丸々用意するのだから、補習授業のためとすると傍目から見ればちょっとやりすぎかもしれない。
実際は容疑者の監視のために必要な設備だからなんだけども。
「合宿の方はどう?遠いのを良いことに、何か楽しそうなことしてたりしない?例えばみんな水着でプールパーティーとか!」
「してます。」
「あはっ、そうだよね...ってしてるんだ!?結構呑気だね...?」
しました。いや、プールパーティーではなかったかな?まあ同じようなものだよね。
「ところで此処、食事とか大丈夫?何か美味しいものでも送ろっか?ケーキとか紅茶とか...」
「ほ、本当ですか?じゃあロールケーキとか...あの、できればあの有名な...」
ナギサちゃんのティーセットにあるロールケーキ、調べると中々お上品なお値段するのだ。好きなキャラクターが食べてたものって食べたくなっちゃうよね...
「ああ、あそこのロールケーキ?いいね、あそこはナギちゃんおすすめの店なんだけど、あそこのだったらいくらでも食べられちゃうよ?」
大丈夫?そんなこと言うと三食ロールケーキにされちゃう未来が...
「確かあの店ってジャムも有名でしたよね!ロールケーキはシンプルっぽい分、色んなフルーツを使ったジャムも合いそうで...!」
「うんうん!私のオススメはブラックベリーを使ったジャムで、ラズベリーよりも甘めなんだけどね──
.........
「それでそれで...はっ!」
「あ。」
...十五分くらい噂のケーキショップ談義をしてしまった。まるで模範的トリニティ一般生徒だ。
転生当初に放課後スイーツ部とよく行動を共にしていたせいで、ちょっと甘味に貪欲になっている気がする。
前世の体だったらもうちょっとむっちりしてたかも...高校生の体、万歳!
「こ、こほん。それで、ミカさんは今日、どんな御用で?」
「ああ、うん。一応真面目な話しにきたんだった⭐︎じゃあ本題に入るね?」
ここからミカちゃんの解説タイムだ。彼女は政治的にはアレとか言われはするけど、頭は結構良い方だ。
このシーンでの新情報大放出に、当時の私はオーバーフローを起こしていたが...今は全部頭に入ってるので問題はない。
「シルベちゃん。ナギちゃんはね、この補習授業部の中にトリニティの裏切り者がいるって考えてるの。」
「裏切り者...」
「それを見つけ出すために補習授業部を作った。見つからなければ、そのまんま全員を退学にするつもりでね。」
「え...!?」
...驚いておこう。一応。
「シルベちゃん。トリニティの裏切り者が誰なのか、教えてあげる。」
...この時ミカちゃんは、どんな気持ちでこれを先生に伝えたのだろうか。
「トリニティの裏切り者は...『白洲アズサ』。」
正直、これは彼女にとって分の良い賭けではない。先生がアズサちゃんを守るのか、ナギサちゃんに全てを報告するのか。
「トリニティを長年にわたって恨み続けている『アリウス分校』...私はそこの出身である白洲アズサに、和解の象徴になって欲しかったの。だから私が、書類とかを全部偽装して入学させた。」
その二択を、きっとミカちゃんは自暴自棄になって先生に突きつけた。裏切られても...それでも良いと。
そして先生は、その二択を...どちらも選ばなかった。
「だけどそんな時、ナギちゃんが裏切り者がいるって言い出して...最初は補習授業部ってなんのことかと思ったけどね。」
ミカちゃんはその表情を崩さない。
ハナコちゃんは、突然の成績低下を疑われ。
コハルちゃんは、正義実現委員会相手の人質として。
アズサちゃんは、不審な経歴について。
ヒフミちゃんは...アレで。
私は、やっぱり急にシャーレに入ったのが疑われたみたい。あとヒフミちゃんと一緒のアレも。
「それでね、シルベちゃん。白洲アズサを...彼女を、ナギちゃんの手から守って欲しいの。」
「ねぇ、シルベちゃん。あなたは...誰の味方をする?」
......私がとる選択も、一緒だろう。少なくとも誰かを疑い、片方に味方するのは...私の役目ではない。
ごめんなさい、ミカちゃん。
私はあなたの未来を知っているのに。
あなたが今、どれだけの苦しみを抱えているのか知っているのに。
今。『セイアちゃんは生きている』と告げれば、きっと彼女の心を少しでも軽くすることができる。
でも怖い。この選択が、彼女の未来を潰しやしないか。
彼女が進む茨の道を、舗装していいものなのか。
結局また先生のマネだ。
「ミカさん。私は、生徒の味方――
「違うよね。」
...え。
「ぐぁっ...!?」
「ううん、おかしいよね。だってあなたは生徒なのに。子供なのに。先生じゃないのに。大人じゃないのに。」
な、何が...っ!?
「それは先生の役目だよね。あなたはただの生徒なんだから、私の味方をすればいい。それかナギちゃんの味方をすればいい。だって...」
仰向けに倒れた私のお腹に衝撃が走る。
そのまま...彼女の冷たい銃口が、私の───
「..........あれ?」
明滅する視界の中...ミカちゃんのヘイローが...一瞬、色を変える。
「...え。な、なんで。わ、私...!?....っ!」
...も、戻った...?見間違い...ではない気がする。今確かに、彼女のヘイローに何か...!
彼女はこちらに手を伸ばしかけ...はっとしてその手を引っ込めると、混乱したようにそのままこの場を離れていく。
「ぐ...ま、待って...」
だ...ダメだ...立てない...っ!
ミカ....っ!
――――――
「っ......はぁ...」
深呼吸をして...ようやく、座り込む。
な...何が起こった?
なんの前触れもなく、急に私を見る目が変わって...次の瞬間、私は地面に叩きつけられていた。
ツルギちゃんとの戦闘訓練がなければ、ろくに受身も取れずに1発目で気絶していただろう。
見間違えでは...ないはず。一瞬、ヘイローの色が変わっていた気がする。
これは明らかにおかしい。今までの、私の行動や先生が居ないことによって起きていた原作との違いとは...何か、根本的に...
それに態度が急変した時のミカちゃんは、まるで先生を知っているかのような...
...!チャイムが鳴る。もう補習授業が始まる時間...?
いたた...変に遅れると心配されちゃうし、とりあえず戻ろう...
どうにか気合を入れ...ふらつく体を押しながら、誰も居なくなったプールを後にする。
順調に進んでいるかのように思えた私の補習授業は、思わぬ亀裂と共に、不安の影を落としながら...ゆっくり時間を動かしていく。
ああ。
なんか。
今の現象も、これから何をすべきなのかも、何も分かんないけど...
バチが当たったんだ。さんざん言い訳して、ミカちゃんの手を取れなかったから。
ここに居たのが先生じゃなくって、ごめん。ミカちゃん。