微睡の中で、一人の少女が虚空を見つめる。
時間すら曖昧になった彼女は...友と、それを救おうとする者の舞踏を覗く。
「変化した...間違いない。」
眉間に皺を寄せ、彼女は考える。
「一色シルベ。きっと君は私のように、未来を見ているのだろうね。」
何度傷ついてもその歩みを止めることのない少女。
彼女の行動は、未来を見た者のそれだ。
「未来を見た君がなお足掻くのは...君に未来を変える力があるからなのかい?」
二回。
既に見た未来が変化した。
生まれてから今の今まで、そんなことはあり得なかったというのに。
「いや、彼女の行動自体は、私の見た未来と同じ...」
もっと世界の根底を揺るがすような...そんな力が、私の予知夢を捻じ曲げている...?
「...いずれにせよ。」
もう一度、彼女達を見つめる。この疑念と疑惑に塗れた戦いの、一つの決着を。
「未来の変わる可能性が少しでもあるというなら...私は───
―――――――――――――――
身を隠していた花壇が粉々になると同時に、飛びだす!
「ミカさん!しっかり...!深呼吸して!」
「あ、あああっ!」
四発目、ドローンを滑り込ませる!
銃弾は弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。よし、さすがアロナちゃん製ドローン、ミカちゃんの銃撃でもなんともないぜ!
銃口から目を離さずに...反応速度では勝てないのだから、次にどこに撃たれるかを予測する。
一週間前からツルギちゃんに教わっていた、格上に対して防御を固めるための戦術だ。
五発目、右肩の辺り!
よし、今日はなんだかドローンの調子もいい気がする...!
銃口が少し動く...六発目、左に飛び込む!
「ぐ...!先生...!先生、は...!?」
この現象...一つ、心当たりがあった。
アビドスからトリニティに帰ってきた時に、黒服から伝えられた言葉。
[『先生』の存在を感じたのは私だけではありません。]
あの亀裂から、先生の情報が流れ込んできている可能性がある。
そうだとしたら完全に私のせい。
ホシノちゃん達を信じ切ることができなかった、あの夜。
私があの時に何もできず...恐怖に負けて、カードを使いかけてしまったから。
そんな私を、
...一週間前の私は、彼女の前で『先生になるという夢』を放棄することで、『彼女の求める先生』以外を排除しようとする何かを止めようとしていた。
でもそれは。
夢を諦める、その行為だけは。
絶対、先生が生徒に見せちゃいけない背中だ。
「ミカさん!私の夢、教えてあげる!」
「う...!あなたは、何...!?なんで、そこにいるの...!」
七発目、ドローンで弾く...!
「私は、先生になりたいの!」
「先生...?違う...!『先生』はそこには居ない!あなたは『先生』じゃない...!」
八発目、右に飛んで避け───
「...ぐ...っ!」
右脇腹...っ!動けるっ!
「そうだよっ!私はあなたの知る『先生』じゃない!」
「なら...消えてっ!代わりの『先生』なんて、要らないっ!」
.........!
―――――――――――――――
「けほっ、今日も平和と安寧が、みなさんと共にありますように...けほっ。」
「すみません、お邪魔します...」
シスター服を着た集団が、封鎖された扉を破って突入してくる。
シスターフッドが間に合ったようですね…
「...!増援が来たの!?」
「よ、よかった...何とかなりましたね...!」
「結構ギリギリだった。」
大聖堂からシスター達が戦闘に加わってくれています。挟み撃ちされる形となったアリウスは、次々と捕縛されていきました。
「サクラコさん、ありがとうございます。」
「いえ。約束もありますし...それに、シスターフッドもこれまでの慣習を破る時が来たのかもしれません。」
ミカさんがここに来ていないということは、シルベさんは成功したのでしょうか…?
ともかくこちらは片付きました。後は...
「私はシルベちゃんを迎えに行ってきますので、みなさんは念のため試験会場に何かないか見てきてください!」
「は、ハナコちゃん...!?」
答えを聞かないうちに走り出す。きっと私が教えた体育館に通じる道の何処かだ。
お願いですから、無事で居てください...!
―――――――――――――――
............。
新しい、先生?
「教えてください。あの人は何も言わずにどこかにいく人じゃない。転任って嘘なんでしょ?」
「それはだなぁ...お前達を無闇に傷つけないようにとの上からの配慮で...」
忘れていた、古い記憶。
「そういうの良いんで。お願いします。先生はどこに行ったんですか?」
「......はぁ、行方不明だ。」
いや...忘れようとしていた、記憶。
辛い記憶。苦しい記憶。でも、いつまでも私の後ろをついてくる。
「行方、不明...?」
「警察が探してくれている。わかったらとっとと帰れ。先生は仕事があるんだ。」
先生。
「ごめんね、まだ捜査中なんだ。君は彼が勤務していた学校の生徒だね?何か心当たりを思い出したら、この電話番号に────」
先生、どこ?
「聞いた?行方不明ですって。」
「お隣のお母さんは人の良い先生だって言っていたけど...でもあの学校、不良も多いじゃない?もしかしたらそれで────」
先生。
「あ?知らねーよ。センコーはウザいけど、んなことやるわけねーじゃん。」
「この間他校のヤンキーに絡まれた時助けてもらったんすもんね?」
「うっせ!あんなん俺が本気を出せばなぁ...!」
─────。
「あー、今日からこのクラスの担任になった。くれぐれも問題は起こさないように───」
代わりの、先生?
そんなの───────!
―――――――――――――――
─────ッ!
この軌道...!あ、頭に当たる...っ!?
流石に、それは倒れ───っ!
「......え?」
私に向けられた銃口の上に...一匹の鳥が、留まる。
それを見たミカちゃんは、一瞬動きを止めた。
あれは...
セイアちゃんのシマエナガ!?
「...っ!?」
セイアちゃんが、見てくれている?
とにかくチャンスだ!全力で前へと飛び出せ...!
シマエナガがどこかへと飛び立ち、一瞬間を置いて放たれた弾丸は...私の頭からは外れて、右頬を掠める。
「ううっ...!せ、先生は...!」
「っ...ミカさん!私も同じ気持ちだった!私も先生を失った!」
ミカちゃんへの距離は五歩分。これ以上銃撃を避け続けるよりは、距離を詰めて...!
「来ないで...!」
「何にもわからなかった!どうして居なくなったの?どうして私を置いていったのって!...っ!」
お腹に一発、まだっ!
「代わりの先生は嫌だった!だって、私には追うべき理想の先生が居たから!」
ドローンでなんとか弾いた弾丸が左腕を掠める。
「ミカさんの『先生』に届くなんて思ってない!私はまだ未熟で、何も知らない...まだ背中も見えていないのは分かってる!」
足を撃たれた。でも、もう彼女に手は届く...!
「......うあああッ!」
「でも、私は...っ!『先生』の代わりじゃなくって...!」
「ミカのもう一人の先生に、なりたい!」
―――――――――――――――
どうして。
「───!──、───!」
私の手が勝手に、彼女の存在を否定する。
「──ッ!」
私が悪い子だから。取り返しのつかないことをしたから。
そのくせ、差し出された希望に手を伸ばそうとしたから。
「───!」
でも、彼女は諦めてくれない。
何発、撃ったんだろう。血まみれの彼女は、それでも私から視線を逸らそうとしない。
「ミカさん──!」
私の背後から、誰かが囁く。
【先生はどこ?】
知らない。
【先生は誰?】
知らない。
【先生は?】
知らない...!
【じゃあ、あなたの先生は?】
知らな────
知らない?でも、なだれ込んでくる。
どこの誰かもわからないその『大人』は、すごく優しくて、すごくカッコよくて、とっても頼りになる。
「───っ!」
シルベちゃんの脇腹を弾丸が貫く。
お願い。逃げて。
私の知りもしない理想の先生が、あなたを殺し切る前に。
私に希望を、見せてくれた、優しいあの子。
その頭に、照準がピッタリと合う。
─────あ。
私、今。
本当に。
人殺しに、なるんだ────
『ミカ!』
!?
指先が一瞬だけ止まる。
目の前にいたのは...
セイアちゃんのシマエナガ?
セイア、ちゃん。
【先生は?】
「──私も同じ気持ちだった!どうして私を置いていったのって!」
今の私を見て、セイアちゃんは何て言うのかな。
きっと、馬鹿なことをしたと。軽率だと。考えなしだって言うんじゃないかな。
ああ、それでも。
【同じ?違う。あなたに先生の居ない苦しみは分からない。】
「代わりの先生は嫌だった!だって、私には追うべき理想の先生が居たから!」
会いたいなぁ...
【理想の、先生。だから、あなたでは代わりにはならない!】
「ミカさんの『先生』に届くなんて思ってない!私はまだ未熟で、何も知らない...まだ背中も見えていないのは分かってる!」
声が、聞こえる。必死に私に呼びかけてくれる声。
一緒に、行ってくれるって。セイアちゃんやナギちゃんのところに、謝りに。
私の手を引っ張って。導いてくれる、あなたは...
【では、あなたは、何になろうと───】
「でも、私は...っ!『先生』の代わりじゃなくって...!」
こっちの手を伸ばしてくれる、彼女の額に...照準が重なる。
...止まって。
【彼女は、何?】
......止まって!
【『先生』になる?なれない。でも、先生に、なろうとする?】
お願い!止まってッ!
「ミカのもう一人の先生に、なりたい!!!」
【もう一人の...?】「私の...!」
先生...っ!
甲高く鳴り響いた、一発の銃声を最後に。
既に朝日の登った街路は...静寂に包まれた。
―――――――――――――――
『...エラー発生。【多次元解釈によって観測された、先生を殺し得る人物】への情報流入、対象γが中断されました。』
「...!他の対象は?」
ナラム・シンの玉座に、無機質な音声が流れる。
『対象α、βは亀裂の発生前に【先生】の認識枠が埋まっていたため拒絶。δは神秘の強度が足りず一度きりの流入にとどまりました。εは継続中。ζは未覚醒です。』
「...そう。」
“.........”
「先生の呼んだ子は、どんな子なの?」
“...私にも分からないよ。”
“分かっているのは、私の声に応えてくれたということだけ。”
「......なんで。どうして、ここまで抵抗できるの?どんな才能を、どんな特殊能力を持っているの...?」
“...生徒はみんな、特別な力を持っているよ。”
「......」
“私はただ、みんなの背中を少し押しただけ。”
“過程は違えど、結果は違えど。”
“きっと、みんなが手を取り合って。”
“どうにか危機を乗り越えられる。”
「...ありえない。」
“君もそう思ったから、『カード』をあの世界に落としたんじゃない?”
「.....それは。」
“シロコ。私は生徒達を信じている。”
“だからこそ、これが私の『切り札』”
「......っ」
大人は、真っ直ぐに死の神を見据えた。
“『先生の居ないアーカイブ』は、成立するよ。”