「......?な、何...?」
シルベの側に誰かが、居る。
倒れて動かない彼女の側に...
誰かが近づいてくる気配なんてなかった。なのに今...
私たちとアリウスの間に、何者かが立っている。
「...?」
「お前、は...」
どうにか顔を上げて、その姿を───
“.........”
―――――――――――――――
「シルベちゃんはどこ...!?」
夢から覚めた後、病院を抜け出して一直線に古聖堂まで走って来た。
セイアちゃんが言うには多分この辺りのはずだけど、一体どこから探せばいいのかわからない。
セイアちゃんも、もうちょっと予知夢の精度を上げてくれればいいのに...!
「こっち...じゃない!うぅ、どこに行けば───?」
───。
......え?
一瞬。
ある方向から何かを感じる。
何か...惹かれるような、そんな気配を。
「シルベちゃん...そっちにいるの...?」
―――――――――――――――
私たちの前に立った何者かは...アリウスが向けている銃口に背を向け、こちらに近づいてくる。
誰にも気づかれずにこの戦場に立つ能力に、見たこともないその姿。もしかすると私たちを害する何かかもしれない。
...いや、そんなことは言っていられないっ!この際なんでもいい...!
「お、お願い...っ!ごほっ...シルベを、病院に...っ!」
在らん限りの力を振り絞って、声を出す。
“...大丈夫。”
私の声に応えてくれた...その声は、低く。
大人の男性の、声?
“彼女は私と入れ替わっているだけ。”
“じきに目を覚ますよ。”
入れ替わっている...?一体何を言って───
見上げるとその男性は、とても悲しそうに...とても悔しそうに、倒れ伏して動かないシルベを見つめている。
“...これかな。”
彼は、いつの間にかシルベの手に握られていた
“...やっぱり大人じゃ、触れないか。”
手を引っ込める。
彼は何者なのだろうか?シルベを知っている...?
“...ごめん、少し借りるよ。”
今度は彼女の懐に手を入れると、タブレットを手に取った。シルベがいつもドローンを操作しているものだ。
「リーダー...?リーダー!どうしたの?」
「...!あ、ああ...なんでもない。邪魔者は全て片付ける...!」
アリウスが再びこちらに銃を向ける。
...まずい!彼は大人の男性...だとすれば、ヘイローがない!銃撃を受ければ、それだけで致命傷に──!
「撃て...!」
“我々は望む、七つの嘆きを。”
“我々は覚えている、ジェリコの古則を。”
彼はタブレットに向けて、いくつかの言葉を呟く。
それだけで画面が点灯し...
「な...銃弾が逸れた!?」
アリウスがこちらに向けて放った弾丸は、全て命中する前にあらぬ方向へと逸れていく。
『...!せ、先生...!?先生ですか!?』
“そうだよ、アロナ。”
彼はタブレットで誰かと話している。相手の声は一切聞こえない。
『お願いします先生!!シルベ先生を助けてあげてくださいっ!!!ずっと...!ずっと一人で戦って...わ、私...ずっと側に居るのに、何も...なんにも出来なくて...っ!!』
“......シルベ?”
“いや、今は二人を守らなきゃ。”
“アロナ、力を貸して欲しい。”
彼はかがみ込んで、ピクリとも動かないシルベを抱きかかえた。
“ヒナ...えっと、ヒナ委員長。背中に掴まることはできる?”
「っ...わ、分かった...!」
どうにか手を伸ばし、彼の大きな背中にしがみつく。
...大きな、背中。
その間に降り注ぐ銃弾も、全てが見えない力で軌道を曲げられていく。
“...サオリ、ミサキ。ここは見逃してくれると嬉しいのだけど。”
アリウスに向かってそう語りかける彼は、彼女たちの名前まで知っているの...?
「...っ!撃ち続けろ...!」
「...了解。」
アリウスは彼の言葉に耳を貸さずに発砲する。
それと同時に、彼も駆け出した。
しかし、私とシルベの二人を抱えた彼の速度では逃げられない。確実にどこかで追いつかれてしまう。
“...これは、ドローン?”
“これも少し、借りるよ。”
彼がタブレットを少し操作すると、どこからか音を立てて...シルベのドローンが、私たちとアリウスの間に割って入る。
「な...!?ぐっ...!」
「精度が、上がった...」
ドローンは絶え間なくアリウスの進路を塞ぎ、縮まるはずだった私たちとアリウスの距離がだんだんと開いていく。
“アロナ、ここの地図を。”
『はい!アリウスの生徒さんたちを避けつつ、学園への最適なルートを算出します!』
二人を抱えた彼は、迷いなく市街を駆け出す。
―――――――――――――――
「ああ...いらっしゃったのですね、『先生』。」
漆黒の彼は、さっきまで亀裂の入っていた空を見上げる。
もはやヒビとは言えぬほど広がったその
「シルベ先生は...あのカードを使った、ということでしょうか。」
この世界の異物。『大人のカード』を上書きして作られた、世界を蝕む悪魔の誘惑。
あのカードの効果は、『大人を呼ぶ』というもの。
「彼女はどのようにしてカードを使うに至ったのでしょうか。自らの為?もしくは自分以外の誰かの為?」
感じます、『先生』の力を。
一色シルベがあの日...渇望してやまなかった大人。全てを覆す一手。
しかし、この世界では───
「『先生』、あなたはこの世界にとっての毒。一体どれほどの時間...この世界にいられるのでしょうか?」
ほんの少しだけでしょう。あなたがこの世界に長くいることは、この世界自体が耐えられない。
「ククッ。この世界は...子供が大人の迎えを待つことなく、その手で大人の背中に触れられることを『証明』する。その為の箱庭なのですから。」
――――――――――――――
何だ?あれは。
先程から銃を持つ手が震える。
突然現れた、謎の大人に向かって撃ち出した弾丸の全てが...あらぬ方向へと逸らされていく。
「待て...!くっ......!」
あの能力が恐ろしい?いや、違う。あの大人を視界に入れるだけで動悸がする。
見たこともないのに、まるで大切な人を狙っているような───
「何だ...!?...明らかにドローンの妨害性能が向上している...!」
彼が操っているのであろうドローンは、直撃になりそうな弾丸を全て弾きつつ進路の妨害を同時にこなしている。一色シルベの操るそれとスペックは同じだが、桁違いの操作技術だ。
だが、それでも生徒二人を抱えた、ヘイローのない大人だ。
いずれ距離は縮まっていく。
...冷静になれ。この作戦は必ず成功させなければならない。失敗すれば、アツコが生贄にされることを忘れるな。
突如現れた不確定分子は、今ここで始末しておくべきだ。
不思議な力で銃弾が逸れるというのであれば、逸れる場所さえないほどの至近距離で────!
―――――――――――――――
『距離、縮まって来ています!右の路地へ!』
“まだ、爆発の範囲内か......!”
私たちを背負った彼は、息を切らしながらも路地を迷わず駆け抜ける。
彼の走る先には、何故かあの二人以外のアリウス生徒は現れない。増援のアリウスが現れないルートを選んでいるようだ。
『その先を左██...!?せ、接続が、また───!』
“これ以上は、無理か...!”
一瞬、彼がふらつく。よく見ると...
彼の手先が、粒子となって消え始めている......?
「捉えた!」
こちらがバランスを崩してスピードが落ちたタイミングを狙って、アリウスが距離を詰めてくる。
至近距離の銃撃...銃弾の逸れる不思議な力を避けるために...!?
“......っ!”
アリウスの銃口が、こちらの芯を狙い澄ます。
彼が、背負っていた私を前に回して抱きかかえて───!
「やぁッ!」
「ぐっ!?」
突如。
路地裏から飛び出してきた流れ星が、彼女らの照準を狂わせる。
「ようやく見つけた……って、え…?」
「シルベ、ちゃん...?」
―――――――――――――
先程感じた気配を辿って街を走り回り、どうにか彼女を見つけ出した。
懐かしい気配。求めていた気配。
さっき私が感じたものが何かは、分からないけど。
だけどそんなものが吹き飛ぶくらいの衝撃が、私の視界に飛び込んでくる。
「シルベ、ちゃん......」
ぐったりと倒れ込んだ彼女。
おびただしい量の血を流した彼女。
“ミカ...!?どうして君が、今ここに...?”
ヘイローを失った、彼女。
ま、間に合わなか......った...?
アリウスが、居る。
「錠前サオリっ!おまえ...!」
「聖園ミカ...まずいよリーダー、二人じゃ彼女を相手にはできない。」
アリウスが、シルベちゃんをこんな目に合わせたの...!?
「...撤退するぞ。もうすぐ時間でもある。」
「逃がさない!」
奴らが背を向ける。逃してなんてやらない...!その背中に照準を───!
“待って!ミカ!”
「......っ!」
思わず、手が止まる。やけに頭にはっきりと聞こえる声...低い声。
シルベちゃんを抱えている、知らないはずの大人の声だ。
“ミカ。この子はまだ生きている。”
“この子を助けてほしい。”
「え...?生きて、る...?」
シルベちゃんが、まだ生きてる?
――――――――――――――
「ぅ......」
「......」
“君の足なら十分間に合うはず。”
“二人を連れて、学園まで逃げてほしい。”
一切動かないシルベちゃんと、もう一人をこの人から受け継ぐ。ほ、本当に生きてるの?私は医療に詳しくないから、分からない。
それに...もう一人はゲヘナの風紀委員長じゃない?どういう状況?
...どっちも酷い大怪我だ。
とにかく、アリウスのせいなのは確かだ。彼女たちの姿はもう見えない。
次会ったら、絶対───!
“......もう、時間か。”
『先生...!せ██!──』
そう呟いた彼の体を見ると、少しずつ...消えていっている?ど、どうなってるの...?
...この人は一体何者なんだろう。きっとシルベちゃんを助けてくれた人ではあると思う。
ただ、会ったことなんてないのに...何処かで出会っているような、不思議な感覚。
彼に聞きたいことがあるはずなのに、言葉が出てこない。
彼は私に二人を預け終えると、焦ったようにタブレットを操作し続ける。
“......アロナ。彼女の名前は?”
彼がタブレットに向けて問いかける。
『█ルべ先生...!一色シルベ先生です!!』
タブレットを操作するその手が、止まる。
彼は驚いたように、呟く。
“一色、シルベ...!やっぱりそうか、君が...”
その表情は、悲しさと、嬉しさと...いろんな感情が混ざり合った表情をしていた。
この人は、シルベちゃんの知り合い...?
「っ......待って...!」
私の背中にいる風紀委員長が身を乗り出して、彼に話しかける。
「あなた...シルベが言っていた『先生』なんでしょう!?」
先生...!?
それって、シルベちゃんの元から居なくなったっていう...
“...それは。”
風紀委員長は瀕死の体を動かして、声を張り上げる。
「シルベは、あなたの背中を追いかけている!これだけボロボロになっても、どんなに辛い目にあっても、諦めることなく...!」
“.........”
「どうしてあなたは、彼女のそばに居ないの...!?」
“......すまない。”
彼は目を伏せ......大きく、頭を下げた。
“全部、私のせいなんだ。”
“私にもっと力があったら。”
“私がもっと、手を尽くしていたら。”
“きっと彼女は、こんなに苦しまなくて済んだはず。”
声から滲み出てくる、悔しさ。
消えかけの彼の手が...強く握りしめられる。
“頼む...ヒナ、ミカ、アロナ。”
『うう...!██...!先██───!』
もうほとんど、彼の姿が見えなくなってきている。
“彼女を支えてあげて欲しい。”
彼は、消えようとしている。
“君たち生徒には、無限の可能性がある。君たちならきっと...どんな危機だって乗り越えられるから。”
「あ.........」
“みんな......
最後にそう言い残して、タブレットが落ちる。
そしてそこには最初から誰も居なかったかのように───
痕跡も残さず...『先生』なる人物は、消滅した。
タイトル詐欺かよ!騙された!