彼方のアロナ
深呼吸をする。
待ち望んでいた時だ。本当に待った。
この世界に来てからず─────────っと待ち焦がれていた瞬間が今まさに実現しようとしている。
「ふぅ...」
今この病室に人は居ない。
このタイミングが...一番だ。
さぁ!
「アロナちゃんんんんん!うおおおおおお!」
『ひゃ!?ちょ、ちょっと先生!?』
アロナちゃんを撫で回す。全力で。
「かゎぃぃねぇアロナちゃん!初めて会った時はワカモちゃんに追われてたからあんまり見れなくって...ああ〜お目目もくりくりで可愛い〜!!!」
『あわ、あわわわ...!』
...は!
「その...ごめん。ちょっと爆発しちゃった。」
『い、いえ...』
ちなみに側から見ればタブレットを抱きしめる変態である。
『えっと、改めまして...私はアロナ!シッテムの箱のメインOSです!シルベ先生!』
「うん!よろしくね...!」
数日前のこと。
バシリカでの戦いの最中、アロナちゃんが目覚めた。
サオリちゃんに『先生』と呼んでもらったその瞬間、仮認証という文字しか浮かばなかったシッテムの箱に美少女が顕現したのだ。
当然、教員免許は無いままですけどね?
『シルベ先生!今後は私がバッチリサポートします!』
「先生かぁ...えっと...」
彼女は私を『シルベ先生』と呼んでくれる。
シッテムの箱は長らく仮認証のままだった。しかし、私をそう呼ぶと言うことは...
『私、ずーっと...シッテムの箱からシルベ先生を見ていました!』
「...!」
そういえば、あの時。
黒服と対峙した時や、ミカちゃんに手を伸ばしたあの夜。
彼女の気配を...感じた気がする。
そっか。アロナちゃんはずっと見守ってくれていたんだね。
『シルベ先生が...力が無いと嘆いた時。生徒さん達と力を合わせて立ち上がった時。』
「.....」
『精神干渉を受けた時も、ボロボロになっても生徒さん達に戦った時も、ずっと。』
...精神干渉なんてあった?
『...ごめんなさい。私、見ているだけで何もできませんでした。あんなに必死に戦ってくれる先生を、何にもサポートしてあげられなくって...!』
目尻に涙が浮かぶ。
彼女の悲しみ、悔しさが痛いほど伝わってくる。
「...ううん、アロナちゃん。私は知ってるよ。あなたが必死になって...どうにか私の助けになってくれようとしていたこと。」
もはや使い慣れたドローンを手に取る。
何百という銃弾を弾き返してきたそのボディには、傷一つ付いていない。
「それにほら、これ!アロナちゃんに作って貰った...私の唯一で大切な武器!」
これが無かったら、私はシャーレで蜂の巣にされてお陀仏になっていたことだろう。
アロナちゃんはあの一瞬で、先生の権限を持たない私を助けるためにこれを作り上げたのだ。
「だから...泣かないでアロナちゃん。あなたが最初に、私に立ち上がる力をくれたんだよ。」
『うぅ...先生ぇ...!』
...そういえば、アロナちゃんからは私のことをどう認識しているのだろうか。
リンちゃんも先生が来ることは知らなかったけど、アロナちゃんはシャーレで先生を待っていたように思える。
このおかしな世界では、誰も先生のことを知らなかった。私が最初にカードを使いかけて穴を開けるまでは。
「えっとさ、アロナちゃんは...私じゃない『先生』のことって、知ってる?」
『そ、そうです...!そのことについて...!』
彼女はぐいっと涙を拭った。
『私はあの裂け目の向こう側から来ました!時系列で言えば今よりも未来になります...!』
裂け目の向こうから来た...?
つまりこのアロナちゃんは、この世界のアロナちゃんではないということになる。
それに、やっぱり『先生』はあの先に居るんだ。
黒服から聞いてはいたけど...アイツらの証言だけじゃ心許なかった。
『えっと...今までの行動をからすると、シルベ先生は未来をご存知なんですよね?私の知る未来にシルベ先生は居ませんでしたので、どこまで同じか分かりませんが...』
「そうだね...向こうで何があったのか、教えてくれる?」
二つの世界の違い、そこがきっと重要な点だ。
『はい!まず、ティーパーティーのセイアさんがキヴォトス崩壊の予知夢を見たんです!』
「うんうん。」
キヴォトス崩壊の予知夢...
空が赤く染まり、虚妄のサンクトゥムタワーが林立する非常事態。
それこそまさに最終編。
キヴォトスに襲いくる未曾有の危機を、生徒みんなで力を合わせ乗り越えるお話だ。
アロナちゃんがプラナちゃんでなくこの姿ってことは、本編時空の可能性が高い。
当然裂け目の話なんて原作には出てきていないから、何かが違うんだろうけど...
『それで行政官のリンさんが、主要自治区の代表生徒を招集して対策会議を実施しようとしたのですが...その道中で、先生がカイザーコーポレーションに拉致されてしまったんです!』
「...うん、私の知っている未来と同じだね。」
今のところ特に変わった点はなさそうだ。
どこで世界が分岐するんだろう。
『カイザーは先生に向かって発砲しました。それを私の力で弾いていたのですが、急に“教室”の空が暗くなりまして...』
確かに、そんな演出あった気がする。
詳しく何が起きたかは語られなかった気がするけど、シッテムに影響を及ぼすとしたら...プラナちゃんがこの世界に来た、とかなのかな。
『その瞬間、私と先生は別時間軸から来たシロコさんに連れ去られてしまったんです!』
「...ん?」
待って。先生をシロコ・テラーが拉致?
『連れ去られた先は、宇宙に浮かぶアトラ・ハシースの箱舟...その中心に位置する、多次元解釈を可能とするナラム・シンの玉座でした。』
彼女があのタイミングで連れ去ったのは...こっちのシロコちゃんだったはずだ。
「アロナちゃん、実際にキヴォトスの空が赤くなる現象は見た?虚妄のサンクトゥムタワーは知ってる?」
『いえ、セイアさんの予知で聞いただけです。きょもうの...というのは分かりません...』
やっぱり。ならこの『先生』は、カンナ局長達に救出されていないし、色彩化したデカグラマトンと戦ってもいない。
「...何よりもまず、先生の始末を優先した、ってこと?」
...それは、だって、最悪の一手じゃないか?
先生が居なければ...誰が生徒を纏めるんだ?
先生が居なければ...ウトナピシュティムは誰が動かすんだ?
先生が、居ない...世界。
...この世界は何だ?
ただ先生が居ないだけじゃない。先生が居ないことに何か重要な意味がある?
『ナラム・シンの玉座で、先生は彼女たちに抵抗をしましたが...敗北し、もう戦えない状態になってしまいました...』
無理もない。
原作は3対3で持たせていた戦いだ。シロコちゃんが居ないのであれば、当然押し負ける。
『それで...!』
「それで...?」
ちょっとした沈黙の後、彼女は口を開いた。
『気づいたらシャーレで寝ていました...』
「...あれ?」
えっと、つまり。
「これ以上は分からないのね?」
『うぅ...すみません...!』
まあ、一気に謎解きとはいかないか。現実はそう甘くはない。
またもや涙目になったキャワいいアロナちゃんを撫でくりつつ、思案する。
「...!そういえば一回先生がこっちに来たっぽいんだけど、その時はどうしてたの?」
『は、はい!古聖堂の時ですが、確かに私の知っている先生でした!』
私は全く見ていないが、私が死んでいる時に来たらしい先生。
あの禍々しく光る『子供のカード』を使ったら来てくれたんだけど...結局あのカードも何だったんだ?
『あの時の先生は非常に辛そうで...喋るのにも手一杯といった感じでした。私にも一言、シルベ先生を頼むとだけ...』
アロナちゃんの知っている先生で、辛そうだったというのであれば...その時来たのは裂け目で敗北した先生なんだろう。
彼は私を認識している。今私の歩んでいる道が、先生の意に沿っていると良いんだけど...
「よっと...あいたた...」
最近何とか起き上がれるようになった身体を起こす。
依然ミイラではあるんだけどね。
「アロナちゃん。」
『は、はひ...?』
曇る顔の彼女の口角を、タブレット越しに持ち上げる。
「一緒に行こう。先生のところに。」
裂け目の先。別世界で起きた事象。
新しい情報は多いけど、まだ具体的に何をするべきかは判明しなかった。
なら今は、このまま私の信じる道を突き進もう。
『...はい!私、シルベ先生を全力でサポートします!』
今聞いた話では、先生は最終編あたりでのお話で終わっている。
このまま進んでいけば...いずれ交わることがあるかもしれない。
この愛らしくも頼もしい相棒と一緒なら...きっとどんな困難だって越えていけるはずだ。
「ところでさ、休んでるうちに溜まりまくった連邦生徒会の書類があるんだけど...」
『頑張ってください!シルベ先生!』
はい。頑張ります。
第2話から皆勤賞のアロナちゃん、55話にて前話までのセリフ合計×1.5倍喋る。