死ぬということについていつも考えた。青い果実が熟れる前に地面に落ちて弾けることなのか、蝋燭の上からビンを被せて火を消すことなのか、身も心も焦げて焦げて無くなってしまうことなのか…沢山考えた。でも、結局死ぬことについて理解は出来なかった。理解しようとしても頭の中にある顔がちらついて、離れなくて、生きなければならないと思ってしまう。…あれ?その顔ってどんな顔をしてたっけ…?
「…すっ…ごぼっごほ、頭痛い…首も痛い」
自分が咳をした勢いで目が覚めた。いつの間にか寝ていたらしくて、寝る直前の記憶が思い出せない。
「…ん?草?……いやここどこだ?」
起き上がって首を回して辺りを見渡せば、何処か薄暗くて気味の悪い森が広がっていた。いつも通り仕事をして夜道一人で家に帰る途中だった筈、だけど何処をどう見ても辺り一面森で今着ている作業着にも土が付いている。
「おかしい…絶対おかしい。街の中にこんな森なかったのに」
工場から自宅までの道は遠くないし、近くに自然が有っても精々公園程度だ。夢かと思って自分の手をつねってみたり近くの木を思いっ切り殴ってみたりしたが、手が痛くなって涙目になっただけ。…そろそろ本当に泣くかもしれない。
少しして、ここに居てもしょうがないと確信したので迷わないように真っ直ぐ歩き始めた。始めたのだが…途中地面がでこぼこで歩きにくかったり転けかけたり、正直どっちから来たか分からなくなってしまった。上を見ても木が邪魔をして空も見えない。本当に泣きそうになりながらトボトボ歩いていると少し開けた場所が有った。
「ん?あれは…人?子供か?」
暗くて後ろ姿からでも分かる白い髪と上が白で下が黒の着物姿の子供が草の上に足を広げて座っている。寝てから時間がそう経ってなければ今は深夜なのに、一人で座っている子供が気にかかった。びっくりさせないようにあまり大きな音を出さずにそっと近づいて声を掛けた。
「あー…どうした?こんなとこで?」
「ん?…お、いやぁちょっと探し物してましてねぇ」
何を探して、と言う前に眼を見開いた。振り向いた子供の顔をでかでかと「死神」とやけに達筆な字で書かれた紙が覆っていたから。
「あ、これ気になります?これ僕んとこで付けてーって言われちゃってて…気にしないで下さいね。あ、僕とか言ってますけどこれでも立派な女ですから。体に起伏はないですが。というかそう言うお兄さんは何をしてるんです?」
こっちが遮る隙もなくすらすらと事情を話してくれた。凄く気になるし色々質問したいけど逆に質問をされてしまった。
「あ、いやちょっと迷子になって…ここが何処か分かる?」
隠しても見透かされそうな気がしたので正直に答えた。それ対して彼女は体をこっちに向けてまじまじと俺の観察を始めた。…言いたいことは分かる。こんな時間に子供に声を掛けるとか不審者極まりない。紙越しからでも分かる視線を受けながら居心地悪い時間を少し過ごした。
「んー…いや僕もここが何処かとか分からないんですよ。ボサボサ髪で目が死んでるお兄さん、ちょっと立つから手を貸して下さい」
「え…あ、うん…」
最近ロクに寝ていなかったし身だしなみを整えていなかったのは事実だけど、正直な感想は胸に突き刺さった。悲しくなりながらも彼女に手を差し伸べる。彼女の小さな手は俺の手を握って、思い切り俺を抱き寄せた。
「え?」
「すいませんねお兄さん、こっちも仕事なので」
急に抱き寄せられて体が倒れそうなのを支えられる。何を、と言おうを次の瞬間、ずぶりと華奢な腕が俺の胸に沈み込んだ。
「えーと、多分ここら辺にぃ…」
血は出てない。意識もある。でも体には悪寒がずっと走っている。
「あ、あった」
気の抜けるような声と共に、自分の中のナニカが掴まれた。いや、自分なのかもしれない。いや、それは今はどうでも良くて。
「よいしょ。じゃあお兄さん。次の一生幸せに過ごせるように祈っときますね」
腕が上っていく。意識も遠くなって、自分が…自分でなくなって…。死ぬの…かも…しれな…い。それは…
「…ん?何この」
「出来ない!」
「うぉ!?」
声が出て体も一緒に動いた。少女を突き飛ばして元居た森の方へ走る。何処に向かっているか分からない。取り敢えずあの少女から離れる為に走って走って走った。つまづきそうになって、転けて土まみれになっても走って走り切って。
「もーびっくりさせないで下さいよぉ」
幻聴だと思った。幻聴であってくれと願って振り向いた先には、白黒の少女が立っていた。
「意外と速くて追いかけるの遅れちゃいました。…いやもう敬語も必要ないか」
そう言うと彼女は俺の上をひとっ飛びして行く先を塞いだ。
「無駄だよ、僕からは逃げられない。まー諦めて次の一生を」
「断る!」
「あ、ちょっと!」
俺を説得しようとしたらしいのでその隙をついて全力で走って逃げた。勿論相手も逃がす訳もなく追ってくる。女の子でしかも着物姿、直ぐに撒けると思ったけどそうもいかずに逆に段々と距離を詰められている。
「ちょ、待って!」
「だから断る!」
「だから待って!その先は!あっ」
「何、あっ」
一度振り返って何があるか聞こうとした瞬間、土を踏む感覚が消えた。崖か、と思う時間もなく俺はそのまま落ちてしまった。