双剣の騎士ヴィネアの慕情 ~第四皇子とともに山国に移住した女騎士の受難譚~   作:中澤織部

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近々、ある程度纏まったらキャラデザでも載せようかと考えております。
とはいえ、この作品の登場人物って其処まで特徴的なものではないのですが。


第四話、魔女は大書庫に住まう

「──成る程。つまり貴女は、この城に仕える魔女であると……そう言いたいのですか?」

 

 

既に夜の闇も朝焼けに白み始めた明け頃、ヴィネアはベッドに腰を下ろし頬杖をついて獣人種ヴィスタの少女を疑いの眼差しで見下ろしていた。

視線の先にいる少女は床へ直に座っており、怯えながら身体を縮こませつつ、上目遣いでヴィネアの顔色を伺っている。

 

 

「……えっと、せ、正確には、魔女見習いですけど」

 

 

「それなら、何故その魔女見習いが、態々真夜中に忍び込んでまで此処に?」

 

 

よからぬことを考えていたのなら、とヴィネアは剣を持つ手に少しばかり力を込める。そうすれば、目の前の獣人は真っ青な顔をひきつらせて言葉を紡いでくれる。

 

 

「そ、それは……、わ、私の、お師匠さまが、こ、これを……」

 

 

「……これを、そのお師匠さまとやらが?」

 

 

獣人の少女が涙を浮かべながら差し出したものを見て、ヴィネアは思わず驚きの表情を隠せなかった。

それは、少女の掌に収まる程度には小さな首飾りだった。外枠を真鍮で縁取られた中央には、藍色に眩く宝石が埋め込まれている。

見た目こそただのありきたりな首飾りで、宝石そのものも平民が手を出せるような代物で、それ自体に大した価値はない。だが、其処から溢れんばかりに滲み出ているものは、何時もは冷静なヴィネアの頬に似つかわしくない冷や汗を浮かばせるには充分だった。

 

 

「……貴女のお師匠さまとやらのところに案内してください」

 

 

「え、で、でも……お師匠さまは、その……」

 

 

「でも、何です?」

 

 

辿々しく言いつつも拒否の色合いを顔に浮かべる少女に対し、ヴィネアは何時もの無表情を崩して優しく微笑む。

 

 

「まさか、拒否できるとお思いですか?」

 

 

敢えて優しい声色を出しつつ、獣人の頬に態とらしく剣の腹を当ててみせると、おどおどと顔色の悪い彼女は勢いよく首を縦に振るった。

やはり武力というのは偉大な言語であると、ヴィネアは改めて認識した。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

早朝、早速脅すかたちで獣人の少女に案内させたヴィネアが辿り着いたのは、城壁に囲われた城の一角、本館の脇を石段で降りた先にある裏手だった。

おおよそ建物一階分は石段で降りた先、其処には一見して見てもなんの変哲もない、ただの施錠された扉があった。

よもや罠の類いでは、と常に手を腰に提げた剣に添えながら警戒していると、獣人は正面のやや重たい印象を受ける施錠を慣れた手つきで開錠して扉を開いた。

 

 

「えっと……、この先、です……」

 

 

そういって獣人が示す方を見れば、扉の先の薄暗い中に、地下へと続く階段がヴィネアの視界に映った。

周囲を警戒しつつ、先を進む獣人の後を続いて階段を降りていく。道中の階段はかなり古い時代の造りのものなのだろう。埃の積もった階段は至るところが点々と欠けていて、少なくない亀裂が生じている。

壁面に明かりを灯すために蝋燭を置くスペースが設けられているが、中の蝋燭は半分も灯っておらず、またその内の三分の二は蝋燭が溶けて消えかけている。

辛うじて最低限の手入れはしているのだろうが、蜘蛛の巣や隅の汚れ具合からして、殆ど手入れが施されていないように感じられた。

その道中の間の二人には形のある会話などはまるでなく、互いの微かな息づかいと、階段を降りる際の靴の音ばかりが鳴り響く。

暫く時間をかけて石段を降りきれば、先程よりも一際大きく物々しい扉が目の前に現れる。

古典的な装飾の施された扉は金属製で、隅々まで見ても傷や錆などは一つとして見受けられない。道中の階段はところどころが欠けていて隅には埃が積もり、壁面にも蜘蛛の巣が張っていたのと比較してみても、目の前の扉は特殊な加工でも施されているのか、ほんの僅かな劣化や兆候の一つとして見受けられない。

 

 

「──────」

 

 

ふと、徐に前へと歩み出た獣人の少女が、聞き覚えのない言葉を口にして扉に手を翳す。恐らくは古語の類いだろうか。僅かな静寂を挟みながらも、一拍を置いた後に重々しく音を奏でながら、扉はゆっくりと独りでに開かれた。

 

 

「成る程、魔術仕掛け(マグノマキネ)ですか」

 

 

「お、お師匠さまが、えっと、こういうのに詳しくて……だから、い、色々と、その、教わって……るんです」

 

 

だからですか、と感心したように呟いてヴィネアは扉にそっと触れる。

魔術仕掛け(マグノマキネ)を用いた扉は、古い時代に使われていた技術の一つだ。今では魔術の体系なども時間とともに変遷していく過程で廃れたと言われており、今では使うものもいないとされている。

特に、帝国では『魔術は楽をしたいという卑しい考えの者が頼る代物だ』という考えもあってか、何事にも人の力をこそ尊ぶ帝国ではまずお目にかかれず、それこそ此処シュタットヘルムのような、古い時代から続く小国などでは遺跡や城の中枢などに多く残っているとされるが、ヴィネア個人がこういった古典的な魔術仕掛けの実物を目にしたのはこれが初めてだった。

扉から手を離し、ヴィネアが視線を前に向けると、地下にある筈の扉の向こう側には、あまり見ることのない広大な空間が広がっていた。

その空間は、縦に長い円柱状に広がっていた。空間には等間隔で支えとなる柱が六本ほど聳え立っており、壁面には夥しい数の蔵書を納めた本棚が、ぐるりと一周するように埋め尽くしている。

縦長の最下層から天井までの高さは、帝都や王国の建造物と比較しておおよそ三十階建て相当になるだろうか。

三十階相当の建築物を埋め尽くすような蔵書など、帝国でも先ずお目にかかれない。空間を満たす光景に思わず唖然としていると、ヴィネアの遥か頭上から、聞き覚えのない声が響いた。

 

 

《──ほう、フィオネ、お前が客人を連れてくるとは珍しいのう──》

 

 

「わひぃ……!?」

 

 

上から響いた声に、ヴィネアの直ぐ目の前にいた獣人の少女──フィオネは声に素っ頓狂な悲鳴を上げて身体を震わせた。

近付いて顔を覗き見てみれば、あまり手入れのされていないボサボサとした髪の下、見開かれた目は恐怖の色を濃く浮かべていて、青白い不健康的な肌はより青白く、頬を冷や汗がこれでもかと流れていた。

 

 

「──誰、ですか?」

 

 

剣の柄に掛けた手に力を込めながら、ヴィネアは問いかける。

はるか頭上、声のした方に視線を向けてみるが、其処には誰の姿もなかった。

 

 

《──誰、などとは無礼な娘よの。此処は吾輩の棲み家であるのだから、先ずはお主が名乗るべきだろうに──》

 

 

「後ろ……ッ」

 

 

先程まで頭上から響いた声が、今度は直ぐ背後から響いた。

 

 

《──早う名乗らぬのか? であれば、不届き者などは始末せねばならぬが──》

 

 

今度は真正面から響くと共に、空気が途端に冷え込んだ。

まだ寒さが残る季節とはいえ、それは雪国である帝国の風土で慣れ親しんだようものではない。寒々しさが態とらしく纏わりつき、ヴィネアに一つの感覚をもたらした。

 

 

──殺される。

 

 

騎士として剣を手にして以来、戦場で経験し続けてきたそれとは全く異質な、底冷えする感覚。

剣に掛けた右手が震えているのを、無意識に左手で押さえつける。

 

 

「はひぃ……」

 

 

側に居たフィオネは空気に押し潰されたのだろう、動物的な特徴の濃い耳と尾が力無く垂れ下がり、縮こまる身体を震わせながらへたりこんでいる。

この空間の支配者は、きっと自分など羽虫と同じ程度には意識を向けずに殺せるのだと、そういった生物的な直感と本能が、ヴィネアの理性を振り切って身体を突き動かした。

 

 

「……私は、私の名はルーシジェア帝国騎士ヴィネア・ヴェネクスライン。昨日より第四皇子オットー殿下の配下としてこの国に同道しました。本日は故あってここに参りました。無礼をお詫びいたします」

 

 

片膝をつき、頭を下げて名を告げる。

反応はない。

ただひたすらに沈黙が続く。

普段よりも頬に伝わる冷や汗が、はっきりと感じ取れた。

 

 

《──ふむ、まぁよい。愛弟子を可愛がってくれたゆえ、多少の意地悪よ──》

 

 

冷え込んでいた空気が唐突に和らぐ。

張り積めていた緊張の糸が途切れ、呼吸が荒くなる。

己の背が汗でぐっしょりと濡れる気持ちの悪い感覚を味わいながら、ヴィネアは無防備にも腰を床に落とした。

 

 

「……ふむ、流石に少々やり過ぎたかとも思ったが、なかなかどうして……」

 

 

いつの間にか、何もなかった筈のヴィネアの前に、人が佇んでいた。

ゆったりとしたローブの下から傷や汚れの一つもない素足が覗き、真っ白の肌はところどころに結晶とも鱗ともとれるものが生えている。

ヴィネアが視線を上げれば、其処には自分よりも遥かに背が高いのだろうと推測できるほどの、長身痩躯の女が居た。

 

「さて娘よ、立てるかの」

 

 

女は、色白の肌で整った顔立ちをしていた。頬や顎には手足と同じように大小さまざまな結晶のような鱗が生えていて、額からはそれと同じ材質だろう左右非対称の角が伸びている。髪はやや青みがかった銀色で、毛先は熱を宿しているように赤みがかっている。森人種エルフ族と似通った長い耳の他、切れ長の目は黒く、目映く黄金に輝く瞳が見つめていた。

 

 

「……竜、人……?」

 

 

口から思わず漏れ出た言葉に、目の前のソレは妖しく口の端を上げて笑みを浮かべた。

 

 

「──吾輩は名をルィメアナという。この大書庫を棲み家とする……貴様の言うとおりの竜人種ドラコよ」

 

 

まぁそれよりも先ずは、と竜人──ルィメアナがヴィネアから別のものに視線を向ける。同じ方向に目を向けてみれば、其処には力無くへたりこんだままのフィオネがいた。

 

 

「ふえぇ……グスン」

 

 

フィオネはへたりこんだまま、目に涙を浮かべながら此方の方を見ている。

彼女の足元には水溜まりができていて、其処からは微かに鼻をつく臭気が漂っていた。

 

 

「フィオネを水場に連れていくといい。娘よ、貴様も少しは清めたいだろう?」

 

 

クツクツと嘲笑するような笑みを浮かべて此方を見つめるルィメアナに言われて、ヴィネアはそこで漸く、自分のズボンからブーツにかけて、滴るような湿り気を帯びていることに気づいた。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「──ッ、屈辱です」

 

 

ルィメアナが大書庫と呼んだ空間から一度外に出たヴィネアは、幼子のように泣きじゃくるフィオネを連れて城の隅の水場にいた。

シュタットヘルムは小国だが、首都であるシュテーリアは湖の畔にあるからか、帝都よりも水は潤沢にあるらしい。ヴィネアの記憶の仲にある帝都のそれと比べても、水場はかなり広く設けられている。

肌着を含めた下を全て脱いで、ズボンとブーツを執拗に洗いながら羞恥に思わず顔をしかめる。

今年で齢17になる自分が、相手が何者であろうとも人前で漏らしたという事実に顔を赤くさせた。

これが戦場などであれば、まだ気にする者もいなければ、その必要もなかった。いちいち鎧を脱いで尿意や便意を解消する暇などなく、故に例え軍の総指揮といえど垂れ流すことに躊躇いがなかったからだ。

しかし、少しでも戦場という特殊な環境から離れてしまえば、誰であろうと垂れ流すことに対して多少は羞恥心が蘇ってくるのだ。

 

 

「グスッ、ひぐぅ……」

 

 

一方でフィオネはというと、肌着姿で盛大に泣きじゃくりながらゴシゴシと洗っている。

垂れた耳と濡れた尻尾が力無く床を這っているのが、彼女の気持ちを代弁しているようだった。

 

 

「……あれが、貴女の師匠……ですか?」

 

 

ヴィネアは洗い物に集中しつつも、先程の竜人の姿を頭に浮かべてそう問うと、視界の端でフィオネが力なく頷いた。

 

 

「わ、私……、お師匠さまにひ、拾われ、て……、奴隷、だったんです。元々……」

 

 

いわく、フィオネは親の顔を知らないのだと。

物心のついた頃には奴隷として商人の元に並べられていて、左耳には値札を吊るすために穴を開けられたとという。

当時の彼女からすればそれが当たり前で、いよいよ売り物として市場に並べられた時に、ふと偶然にも通りがかったルィメアナに買われたらしい。

 

 

「あ、あとからお師匠、さまが……実は、全く出歩かないって知って、尋ね、たんです……」

 

 

どうしてあの場所に居たのか、と。その時、竜人は何ともなしに言ったそうだ。

 

 

『そんなもの、ただの気紛れよ。お前の素質を思えば、良い買い物だったのぅ』

 

 

「──なんて、……ごめん、なさい。いきなり、こ、こんな話なんてして……」

 

 

「……いえ、構いません」

 

 

そう言ってフィオネの左耳に視線を向ければ、恐らく値札を吊るしていたのだろう位置が、僅かに欠けている。

ルィメアナが吊るすための穴ごと削ったのか、或いは──。

そう考えながら、洗ったズボンやブーツ、下着も乾くまで水場の側で座って待つことにした。

まだ肌寒い早朝だからだろうか、城に使えている筈の召し使いの姿はなく、素肌を晒して冷えた下半身に身震いしていると、フィオネが何もない場所に手をかざす。

すると、何もなかった場所に温かな火が灯った。

 

 

「し、初歩的な魔術、です。……は、早く乾くし、寒い、ですから……」

 

 

ヴィネアはこの獣人を臆病なだけかと思っていたが、以外と気が回るようだったことに、少しばかり感心した。

 

 

「いえ、有り難う御座いま──」

 

 

そう口にしかけた時、背後からかかってきた聞き馴染んだ声に、ヴィネアは思わず心臓が止まりかけた。

 

 

「ヴィネア、そんなところで何をしているんだい?」

 

 

恐る恐る振り返ると、マリー=エレオノールに案内されるかたちで、オットーが何時ものように困ったような顔で、其処に立っていた。




・ヴィネアの騎士装束

騎士ヴィネアが普段使いに用いる金青色の装束。
落ち着いた色合いの金青に銀糸の装飾を取り入れた上着は帝国の様式に手を加えたもので、ヴィネアの動きを阻害しないように調整されている。
白いシャツと黒いベストの上に羽織るそれは、ヴィネアの思う騎士らしさの証しでもある。
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