文化祭の喧騒が最高潮に達し、体育館の空気が物理的な熱を持って肌にまとわりつく。 Poppin'Partyの演奏が終わった後、割れんばかりの拍手と歓声が、古びた鉄骨を震わせた。
落ち着いた後、山吹が寄ってきた。
「彗太! 来てくれたんだね!」
ドラムのスティックを握りしめたまま、山吹が僕の元へ駆け寄ってきた。ライブ直後の興奮で、彼女の頬は赤らみ、額には細かな汗が光っている。沙綾は当然のような距離感で僕の腕に触れると、弾けるような笑顔を見せた。
「……すごかったよ、山吹。」
「もう、沙綾でいいってば。……あ、もしかしてこの前、アンパン忘れて帰ったの気にしてる? 大丈夫だよ、明日学校でおまけ付けて渡すからさ!」
屈託のない笑顔。けれど、その瞬間、僕の背後に張り詰めていた「冷気」が、一気に臨界点を超えた。
「……アンパン? 山吹さん、あなた、山崎くんとそんな個人的なやり取りをしていたの?」
冷徹な声の主は、湊友希那だった。その隣には、メイド服姿で石のように固まっている白金さんと、ジト目を向ける今井リサが立っている。
「え、湊さん!? リサさんまで。あ、えっと、彗太とは中学から腐れ縁というか……」
「中学から、ねぇ。彗太、あんた本当に『ただの同級生』が多いんだね。この前、あんなに私と買い物して楽しそうにしてたのに」
リサがジト目で詰め寄る。その視線に、白金さんが消え入りそうな声で抗議した。
「あ、あの……今は、私と一緒に……回って、くださって……」
右からリサの追求、左には服の袖を必死に掴む白金さん、そして目の前には中学時代からの気安い関係を隠さない沙綾。
さらには背後から、ライブを終えた戸山香澄たちが嵐のように合流してきた。
「さーあーやー! あ、この人が噂の山崎くん!? はじめまして、戸山香澄です! 沙綾から『凄い耳がいい人がいる』って聞いてたんだ。これから練習でCIRCLEを使わせてもらうから、よろしくね!」
「……山崎です。受付にいるので、不備があれば言ってください」
賑やかな自己紹介の嵐。彼女たちの屈託のなさは、僕の平穏という名の仮面を少しずつ削り取っていく。
________________________________________
文化祭の終わりを告げる夕暮れのチャイム。
後片付けの喧騒を避け、僕は一人、校舎の裏手にある古い倉庫の陰に身を潜めていた。たまに授業をサボって空を眺めていた場所だ。
だが、そこには先回りしていたかのように、彼女が立っていた。
「……逃がさないと言ったはずよ、山崎くん」
湊友希那。夕日に照らされた彼女の銀髪が、鋭い刃のように輝いている。
「……何の用ですか。俺はただ、ゴミ捨てのついでに休憩を」
「嘘ね。あなたのその目は、すべてを捨てた者の目ではないわ」
彼女は一歩、僕との距離を詰める。
「あなたの指、ライブ中に動いていた。あれは無意識の打鍵……それも、特定のメロディラインを追う作曲者の動きよ。」
「……何のことか、わかりませんね。俺はただのライブハウスの店員。音楽は、ただの趣味ですよ」
さらっと受け流そうとした僕の言葉に、彼女は微かに目を細めた。
「あなたはいったい何者なの?」
あの日から、僕にとって音楽は、もう解決済みの「過去」でしかなかった。
突き放すような僕の言葉を遮るように、急ぎ足の足音が響いた。
「湊さん! ……あ、山崎さん」
やってきたのは氷川紗夜だった。彼女の横には、心配そうにこちらを見る燐子と、苦笑いをしているリサの姿もあった。Roseliaの主要メンバーがこの狭い空間に集結したことで、周囲を通る生徒たちが色めき立つ。
「おい、また山崎のやつRoseliaに囲まれてるぞ」
「ポピパの山吹とも仲良さそうだったし、マジで何者なんだよ」
不快な好奇心が混じった噂話が、夕風に乗って聞こえてくる。
「湊さん。もう行きましょう。……山崎さんも、これ以上湊さんを惑わせないでください。彼女は今、音楽に対してかつてないほど繊細になっているの」
紗夜さんが牽制するように僕と湊さんの間に割って入る。湊さんは納得いかない表情で僕を見据えたが、不意にその場を断ち切ったのは、僕のポケットの中で鳴り響いた激しい着信音だった。
表示された名前に、僕は目を見開く。
『LIVE HOUSE SPACE・都築店長』
「……すみません、急用です」
僕は彼女たちの視線を強引に振り切り、走り出した。「山崎くん!」と呼ぶ白金さんの声が遠ざかっていく。
校門を抜け、沈みゆく夕日に向かって僕はがむしゃらに足を動かした。こんなに全力で走ったことはなかった。息が切れる。肺が焼ける。けれど、その痛みだけが今の僕を現実へと繋ぎ止めていた。
通話ボタンを押し、スマホを耳に当てる。
「……はい、山崎です」
『――久しぶりだね、彗太。急に電話して済まない。……実は、ここを閉めることにしてね』
店長の声は穏やかで、そしてどうしようもなく、止まっていた僕の時間を動かし始めた。
「……だから何ですか?」
『あんたに頼みたいことがあるんだ。また追って連絡するよ』
電話が切れた。僕は立ち止まり、激しく上下する肩を落ち着かせようとした。さらっと流して、忘れたふりをして、平凡な学生として生きていくつもりだった。なのに、なぜ。あいつらの奏でる音や、この一本の電話が、僕の仮面を剥ぎ取ろうとするのか。
いつか打ち明ける時が来るのかと考えていると彼女たちが追ってくる。
僕はどこかで安堵している自分に気づいていた。