青年と少女たちの日常   作:柊真夜

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15 海辺の彗太

 夏。それは、元野球部の僕にとって「負け」の季節であり、音楽を捨てた僕にとって「喧騒」の季節だ。自室でエアコンの風に当たりながら、無味乾燥な夏休みを消化していた僕のスマホが、突如として震えた。

表示されたのは『白金燐子』。 画面を見た瞬間、嫌な予感が背筋を走った。普段、自分から連絡してくることのない彼女が電話をしてくる時、その背後には必ず「あの女」の影がある。

 

「……あ、あの、山崎さん。明日、海に……行きませんか?」

 

受話器越しの声は、今にも消え入りそうなほど震えていた。

 

「……海? 急だな。悪いけど、明日は――」

「あ、あの! ……湊さんが、どうしても、山崎さんに聞きたいことがあるって……。それで、もし山崎さんが来なかったら、私……湊さんに、どんな顔をされるか……。お願いします、助けてください……っ」

 

それはもはや誘いではなく、切実な救助要請だった。 あの湊友希那が「聞きたいことがある」と言い、白金が涙声で縋ってくる。 僕の平穏な夏休みという名の城壁は、電話一本で跡形もなく崩れ去った。

 

 

 

だから、こうなった。

翌日。眩しい陽光が照りつける海岸線。 待ち合わせ場所に現れた彼女たちを見た瞬間、僕は自分の心臓が、野球の決勝戦よりも激しく跳ねるのを感じた。

 

「……遅いわね、山崎くん」

 

黒を基調とした、あまりに攻撃的なデザインの水着で腕を組む湊さん。その肌の白さが太陽に反射して目に痛い。

 

「彗太☆ こっちこっち!見て見て、この水着どうかな?」

 

リサは対照的に、肌によく映える派手なビキニを完璧に着こなしている。モデルか何かかよ、と言いたくなるのを必死に飲み込む。氷川は清楚な白いワンピースタイプだが、そのすらりとした肢体は隠しきれていない。そして白金は、フリルのついた水着を両手で必死に隠しながら、僕の視線から逃げるように俯いていた。

 

「……みんな、よく似合ってるよ。……正直、直視できないくらいには」

「あら、素直ね。もっとガッついてくれてもいいんだよ?」

 

リサがニヤニヤしながら僕の肩を突つく。冗談じゃない。僕の脳内では今、元野球部としての「冷静な状況判断」と、思春期の男子としての「本能」が激しいデッドヒートを繰り広げているんだ。

 

「ねえねえ、あこは?!」

 

 ドラム担当の宇田川あこ。ここで唯一の中学生だ。

 

「とってもかっこいいよ」

「ふっふっふ、我の姿に…、えーと、りんりん!」

 

 さすがに中学生には何も思わなかった。

浜辺を歩き出すと、熱い砂の感触と潮の香りが僕を包む。白金さんが僕のシャツの裾をちょんと掴んで歩く姿に、周囲の男子たちの殺意が突き刺さる。あいつと音楽を作っていた頃、こんなに眩しい場所に自分が立つなんて想像もしなかった。僕たちの居場所は、常に暗い部屋のモニターの前だけだったから。

しかし、その「眩しさ」はさらに加速する。

 

「あーっ! 山崎先輩だー! ヤッホー!」

 

波打ち際から、物理的な熱量を持って突っ込んできたのは戸山香澄だった。 弾けるような笑顔。ピンクを基調とした元気いっぱいの水着。 その後ろには、お姉さんらしい落ち着いた水着の沙綾と、フリフリの可愛いデザインに身を包んだりみが続いていた。

 

「ポピパ……お前ら、なんでここに」

「うん!なんとなく行きたかったから!あ、Roseliaのみんなも一緒なんだ!ねえねえ、みんなで遊ぼうよー!」

 

香澄の無邪気な爆弾投下により、現場の空気は一瞬で「静」から「激」へと変貌した。湊さんと、香澄。Roseliaと、Poppin'Party。

 

「……賑やかね。でも、騒がしすぎるのは音楽の邪魔よ」

「えー、湊さん! せっかくの海なんだから、体動かそうよ! よし、ビーチバレーで勝負だー!」

 

香澄の提案に、湊さんが不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいわ。音楽以外でも、私たちが上だということを教えてあげる」

 

どうしてこうなる。 結局、僕は白金さんと、ポピパの有咲と一緒に審判を任されることになった。

「……山崎さん、あ、あの……凄いです、迫力が……」

「……ああ。あいつら、何事にも全力すぎるんだよ」

 

有咲も「なんで私がこんな……」と愚痴りつつ、試合を回し始めている。試合は文字通りの死闘だった。リサの献身的なトス、紗夜さんのプロ顔負けの鋭いスパイク。対するポピパは、沙綾の執念のレシーブと、香澄の予測不能な動きで食らいついていく。

僕は笛を吹きながら、不意に切なくなった。 野球をしていた頃、僕たちはあんな風に、たった一つのボールに笑い、泣き、熱狂できていただろうか。

 

日が傾き、水平線がオレンジ色に染まる頃。 潮風に乗って、聞き慣れた旋律が聞こえてきた。海の家の特設ステージで、ポピパのライブが始まったのだ。

 

「……湊さん、見ていかないか」

 

僕の誘いに、湊さんは黙ってステージを見つめた。砂浜で聴く彼女たちの音は、完璧ではないけれど、波の音と混ざり合って、不思議と心に沁みた。 それは、僕が捨てた「誰かのために鳴らす音」そのものだった。

ライブが終わり、心地よい疲労感が漂う中、僕は帰りの電車の時間を逆算して立ち上がった。

 

「それじゃ、俺はこれで。……誘ってくれてありがとう、白金」

「……待ちなさい」

 

湊さんの、低く、けれど拒絶を許さない声が響いた。

 

「今日はまだ、あなたに聞きたいことの半分も聞いていないわ。……宿泊先のコテージに、予備の部屋があるはずよ」

「は? いや、流石に宿泊はマズいだろ」

「彗太。諦めなよ。友希那を怒らせると怖いし……それに、夜の海って、もっとロマンチックなんだから」

 

リサが僕の腕をがっしりとホールドする。 反対側からは、白金が「あ、あの……私、一人だと、怖くて……」と、これ以上ないほど不安げな、でもどこか必死な瞳で僕を見上げてきた。

そんな顔、反則だ。 野球のバッターボックスでも、こんなに追い詰められたことはない。

 

「……分かったよ。一晩だけだぞ」

 

だから、こうなった。

波の音が規則正しく響く、豪華なコテージの一室。 逃げ場のない真夏の夜。 湊友希那が秘めている問いかけと、少女たちの熱に浮かされるような、僕にとって最も長くて「ポップ」で「最悪」な夏休みの一夜が、幕を開けようとしていた。

 

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