青年と少女たちの日常   作:柊真夜

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23 爆弾

 春の陽光が、今の僕にはひどく毒々しく感じられた。バイト先である『CIRCLE』へ向かう道すがら、僕は駅前の噴水広場で途方に暮れている一人の少女を見つけた。

 

「……松原?」

「あ、山崎くん! よかった……ここ、どこだか分からなくなっちゃって……」

 ハロー、ハッピーワールド!のドラム担当、松原花音だ。彼女は方向音痴の極致を行くような人で、今日もどうやら目的地とは真逆の方向に歩き続けていたらしい。僕はため息をつき、「ついてこい、CIRCLEまでなら送る」と言って歩き出した。

 

「ありがとう、山崎くん。いつも助けてもらってばかりで……」

「気にするな。ついでだ」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、ライブハウスの入り口まであと数メートルの場所まで来た時、そこに不自然な人影が立っていることに気づいた。派手なヘッドフォンを首にかけ、自信に満ちた、けれど傲慢な光を宿した瞳でこちらを睨みつける少女。

 

「――やっと見つけたわよ。逃げ足だけは一級品ね、山崎彗太」

 

 その少女は、僕の目の前で立ち止まり、嘲笑うように口角を上げた。

 

「……誰だ、あんた。CIRCLEに用なら、まだ開場前だぞ」

「とぼけないで。私の耳を騙せると思っているの?かつてネットの海で、匿名という殻に閉じこもりながら世界を揺るがした伝説の作曲家……『ノクターン』の心臓部さん」

 

 心臓が、氷水を流し込まれたように冷たくなった。隣で花音が「えっ……ノクターン……?」と、困惑した声を漏らす。

 

「何を、言ってるんだ」

「無駄よ。あなたの機材構成、和音のクセ、そして何よりあの中途半端な未完の曲……。私の分析(アナライズ)に間違いはないわ。あんたは最高傑作の作曲担当だった。……なのに、相方がいなくなった途端に筆を折って、こんな小箱のスタッフに成り下がっているなんて、笑わせないで!」

 

 チュチュの言葉は、僕が必死に守り、隠してきた聖域を土足で踏みにじった。相方が「いなくなった」という事実。彼女はその詳細――あいつが自ら命を絶ったことまでは知らないようだったが、それでも僕にとっては十分すぎるほどの猛毒だった。

 

「……帰ってくれ。あんたに話すことなんて何もない」

「断るわ! あんたの才能は、こんな温い場所で腐らせていいものじゃない。私の最強のユニット、RAISE A SUILENのために、その音を――」

「帰れと言ってるんだ!」

 

 僕の咆哮に、花音が肩を震わせ、チュチュも一瞬だけ目を見開いて言葉を失った。怒りではない。それは、自分の醜い傷跡を無理やり暴かれた者の、絶望に近い拒絶だった。

 

「二度と、俺の前に現れるな。……その汚い口で、俺たちの音楽を語るな」

 チュチュはフンと鼻を鳴らし、余裕を取り戻したように肩をすくめた。

「……いいわ。今日は出直してあげる。でも、覚悟しておきなさい。あなたの音は、もう私に見つかったんだから」

 

 彼女が去った後、不気味な静寂が残った。花音が不安げに僕の顔を覗き込む。

 

「山崎くん……今のは……。あの、大丈夫?」

「……悪い、松原。バイトの時間だ。先に行く」

 

 僕は彼女の問いに答えることもなく、逃げるようにCIRCLEの中へ消えた。

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 その日の記憶は、ほとんどない。いつものようにアンプを運び、マイクのセッティングをしたはずだ。けれど、頭の中ではチュチュの「相方がいなくなった」という言葉が、ハウリングのように鳴り止まなかった。

 あいつが死んだ日。鳴り止まないピアノの不協和音。僕が音楽を続けている限り、あいつを追い詰めた怪物に、僕も、そして僕の周りにいる彼女たちもいつか喰われてしまうのではないか。

 気づけば、夜になっていた。それからの数日間、僕は完全に「沈黙」を選んだ。生徒会での燐子や紗夜からの連絡も、ポピパの香澄からの遊びの誘いも、すべて「忙しい」の一言で切り捨てた。話さなくなり、笑わなくなり、ただ機械的に業務をこなすだけの影のような存在。それが今の僕だった。

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 一方で、あの現場を目撃していた花音は、ただならぬ不安に包まれていた。いつも優しく自分を助けてくれる山崎くんの、あんなに悲しくて恐ろしい叫びを、彼女は忘れることができなかった。

 

「……あ、あのね。みんな、聞いてほしいことがあるの」

 

 ハロハピの練習後、花音は意を決して、こころ、薫、美咲、はぐみに事情を話し始めた。  あの日、チュチュという少女に山崎くんが言われたこと。「ノクターン」という名前。そして、いなくなった相方のこと。

 

「……山崎くん、それからずっと元気がなくて。すごく、暗い顔をしてるの。私、どうしていいかわからなくて……」

 

 花音の話を聞き終えた瞬間、最初に動いたのは弦巻こころだった。

 

「……悲しい音! やっぱり、彗太の瞳の奥にあったのは、そのせいだったのね!」

 

 こころは明るく言った。

 

「彼の笑顔が消えてしまったのなら、私たちが取り戻しに行くのよ!世界を笑顔にするハロー、ハッピーワールド!の名にかけて!」

 

「フフ……。友の心の叫びを聞き逃すほど、私は野暮ではないよ」

 

薫が儚く、けれど決然とした笑みを浮かべる。

 

「ノクターン……。夜想曲か。彼が背負っている闇の正体、放っておくわけにはいかないね」

「ちょっと、二人とも! 勝手に暴走しないでよ!」

 

美咲が頭を抱えながらも、その瞳には心配のの色が隠せなかった。

 

「……でも、山崎さんがあんな風になるなんて。あのチュチュって子が何を知ってるのか、はっきりさせないといけないのは確かだね」

「うん!山崎くんを助けに行こうよ!」

 

 はぐみの元気な声が、ハロハピの総意を決定づけた。

 彼女たちの目標は定まった。山崎彗太という少年の過去を暴き、彼を追い詰めた少女――チュチュ。ハロハピのメンバーたちは、真相を突き止めるため、そして「笑顔」を取り戻すために、最強のプロデューサーのもとへと走り出す。

 

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