青年と少女たちの日常   作:柊真夜

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34 うたわれるもの

 ライブハウス『CIRCLE』のロビーの一角。普段は打ち合わせや休憩に使われる長机の上に、僕は愛用のノートPCとMIDIキーボード、そして何枚もの五線譜を広げていた。その背後には、異様なまでのプレッシャーが立ち込めている。湊友希那、美竹蘭、牛込りみ、八潮瑠唯、チュチュ、そして奥沢美咲。各バンドで音楽の核を担う彼女たちが、僕の手元を一心不乱に見つめていた。

 

「……やりづらくて仕方ないんだが」

「気にしなくていいわ。私たちは、貴方の『音』が生まれる過程を見に来ただけよ」

 

 友希那が冷徹なほど落ち着いた声で返す。チュチュは腕を組み、「アンタの古臭い手法が私のRASに通用するか、この耳で判断してあげるわ!」と鼻を鳴らした。

 僕は諦めて溜息をつき、画面に向き直った。

 

「……説明しながらやるよ。俺のやり方は、まずコード進行の骨組みを決めることから始まる。その土台の上に、まずはPCでドラムとベースのリズム隊を打ち込んでいくんだ」

 

 キーボードを叩き、バスドラムとスネアの音を刻む。無機質な電子音がリズムを刻み始めると、りみが「あ……すごく正確で、でもどこか跳ねるようなリズム……」と呟いた。

 

「次にインスト……楽器のバッキングを打ち込む。ギターのストロークやピアノのバンプを重ねて、曲の『空気感』を固める。メロディを作るのは、一番最後だ。器(うつわ)を完成させてから、そこに歌を流し込むイメージだな」

 

 僕が淡々と作業を進める中、ふと昔のことを思い出して独り言が漏れた。

 

「……おかしいな。一番乗っていた時期は、一週間で十曲くらい平気で書き上げていたんだが。今は一曲のイントロでこれだ」

「「「一週間で、十曲……!?」」」

 

 背後の六人が一斉に声を上げた。「先輩……それ、化け物じみたペースだね」と蘭が呆れたように言い、美咲は「一曲作るのにどれだけ苦労してると思ってるの……」と遠い目をした。瑠唯だけは無言で、僕の打ち込みの運指を脳内のデータに焼き付けているようだった。

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 数時間が経過した。しかし、肝心のメロディが降りてこない。Pastel*Palettesに提供する曲。彼女たちの「アイドル」としての輝きと、その裏側にある懸命な努力。それを表現する一線が、どうしても見つからない。煮詰まった僕は、気分転換にスマホを取り出し、パスパレの過去のライブ映像を再生した。

 画面の中で、丸山彩が涙を堪えながら笑顔で歌っている。日菜が自由奔放にギターを弾き、千聖が完璧なパフォーマンスで支え、麻弥とイヴがリズムを紡ぐ。

——その瞬間だった。

 

「……っ、これだ」

 

 脳内でバラバラだった音の断片が、彩の歌声を核にして急速に結びついていく。僕は憑かれたようにPCを操作し始めた。鍵盤を叩き、インストの隙間を縫うように、切なくも力強いメロディを五線譜に殴り書きしていく。キーボードを叩く音、鉛筆が紙を走る音。周囲の視線など、もう意識の外だった。僕の世界は今、パスパレの五人が放つ光と、僕の胸の中に眠っていた情熱だけで満たされていた。

 それを見ていた六人は、息を呑んで立ち尽くしていた。みるみるうちに、一つの「音楽」が形を成していく。

 

「……迷いがない。まるで、最初からそこに曲があったかのような書き方ね」

 

瑠唯が静かに漏らしたその言葉は、全員の共通の思いだった。

 

「こんな風に、音の神様に愛されるように書けたら……」

 

りみが憧れと畏怖の混じった表情で、その光景を見つめ続けていた。

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 数日後。僕は完成したデモ音源を携えて、再びパスパレの事務所を訪れた。会議室でスピーカーから流れる自分の曲を、彩たちは祈るような表情で聴いていた。

 曲が終わると、しんと静まり返った部屋で、彩が一番に顔を上げた。その頬には、大粒の涙が伝っていた。

 

「……彗太くん。……ありがとう。私、この曲を歌えることが、アイドルになって一番の幸せかもしれない」

「山崎さん、これは……素晴らしいわ。私たちの想像を遥かに超えている」

 

千聖が震える声で感謝を述べ、担当者も深く頭を下げた。

 

「……喜んでもらえてよかった。変名の約束、忘れないでくれよ」

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 それからさらに数週間が経ったある夜。僕は自宅のテレビをぼんやりと眺めていた。音楽番組の特番。そこで、新曲を披露するPastel*Palettesの姿があった。

 イントロが流れ、彩がマイクを握る。僕が紡いだメロディに、彼女たちの命が吹き込まれ、電波に乗って日本中に広がっていく。

 ——ああ、そうだ。この感覚だ。

 かつて、あいつと一緒にコンビを組んでいた頃。僕が作った曲をあいつが歌い、それを聴いた誰かが涙を流したり、笑顔になったりした。「自分のために書く」のではない。「誰かに歌われる喜び」と「届く喜び」。

 僕はテレビ画面の中で輝く彼女たちを見つめながら、心の底から救われたような気がした。僕の音は、もう呪いではないのかもしれない。

 

「……悪くないな。また、書きたいと思えるなんて」

 

 一人きりのリビングで、僕は静かに微笑んだ。僕の新しい音楽人生は、今、ようやく本当のスタートを切ったのだ。

 

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