青年と少女たちの日常   作:柊真夜

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35 親ほど近いものもいない

 約束の日の朝。駅前の噴水広場には、いつにも増して背筋を伸ばした氷川紗夜さんと、落ち着かない様子で指先をいじっている白金燐子さんの姿がありました。

 

「おはよう、二人とも。……本当に来てくれたんだな」

「おはようございます、山崎さん。……約束ですから」

「お、おはようございます……。今日は、よろしくお願いします……っ」

 

 私たちはまず、駅ビルの中にあるスーパーへと向かいました。山崎さんが手に持ったメモには、調理部で何度も試作を繰り返したであろう献立が記されています。野菜を選び、肉の鮮度を確かめる山崎さんの横顔は、音楽に向き合う時とはまた違う、どこか生活感のある穏やかなものでした。

 

「……あの、彗太さん。ご両親は、その……どんな方、なんですか?」

 

 白金さんが、カゴを持って歩く山崎さんの隣で控えめに尋ねました。山崎さんは少しだけ天井を見上げ、困ったように笑いました。

 

「そうだな……。母さんは、とにかくおっとりしている。たまに心配になるくらいにな。逆に親父は、典型的なマイペースだ。二人とも、せかせかした空気が全くないんだよ」

「ふふ、二人ともゆっくりなのですね。山崎さんのあの独特の間や、落ち着いた雰囲気は、ご両親譲りなのかもしれません」

 

 私の言葉に、山崎さんは「そうかな」とはにかみました。その表情を見ただけで、彼がどれほど家族の帰りを心待ちにしていたかが伝わってきて、私の胸も温かなもので満たされていきました。

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 山崎さんの自宅に到着した瞬間、私と白金さんの体は、緊張のあまり鉄の棒でも入ったかのように硬直しました。彼の生活空間。プライベートの最深部。

 

「ゆっくりしていてくれと言いたいところだが……無理そうだな。適当に座ってていいぞ」

「い、いえ! せっかくですから、私たちもお手伝いさせてください!」

「私も……微力ながら、お手伝い……したいです」

 

 結局、私たちは三人でエプロンを締め、キッチンに立つことになりました。山崎さんが司令塔となり、私が野菜のカットを、白金さんが下ごしらえを担当します。三人のリズムが重なり、料理が着々と出来上がっていく、その時でした。

 ——ピンポーン。

 静かな家の中に、玄関のチャイムが鳴り響きました。

 

「……あ、帰ってきたみたいだ」

 

 山崎さんが手を拭き、玄関へと向かいます。私と白金さんは、持っていた菜箸や包丁を置き、背筋を伸ばしてリビングの入り口を見つめました。心臓の鼓動が、今まで聞いたどんなドラムのビートよりも速く打っているのが分かります。

 廊下から、楽しげな話し声が近づいてきます。扉のノブが、ゆっくり、ゆっくりと回され……。

 

 バタン。

 

 

 そこに姿を現したのは、一目で「美しい」と直感させる女性でした。山崎さんの母親です。モデルのようにすらっとした長身に、出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる、完璧と言えるほどのスタイル。けれど、その瞳には慈愛に満ちた、どこか抜けたような穏やかさがありました。

 

「ただいま、彗太。あら……いい匂いねえ……」

 

 続いて、その後ろから父親が入ってきます。彼は少しだけふっくらとした体型をしていて、眼鏡の奥の垂れ目が印象的な、仏様のような微笑みを浮かべていました。彼がそこにいるだけで、部屋全体の空気が一気に弛緩していくような、ゆったりとした安心感を纏っています。

 

「やあ彗太、久しぶりだね。……ん?」

 

 二人の視線が、キッチンで直立不動になっている私たちに止まりました。

 

「ええっ……!? 彗太、この可愛らしいお嬢さんたちは……なあに? 夢かしら……?」  

 

お母様が、ゆっくりと首を傾げて、おっとりとした声で呟きました。

 

「いや、友達だよ。今日帰ってくるからって話したら、ぜひ挨拶したいって言うから」

「友達……? 彗太に、こんな綺麗な女の子のお友達が……。しかも二人も……。お母さん、感激しちゃった……」

「山崎彗太、君はいつの間にこんな立派な社交性を身につけたんだい。父さんは驚いたよ」

 

 山崎さんが苦笑いしながら、私たちの紹介を始めました。

 

「こっちが氷川紗夜。学校の先輩で、生徒会の副会長だ。で、こっちが白金燐子。同じく生徒会会長で、バイト先でも世話になってる」

「……初めまして、氷川紗夜と申します! いつも山崎さんには……その、大変お世話になっております!」

「し、白金燐子です……っ。よろしく……お願いします……!」

 

 私たちは深く、深く頭を下げました。ご両親は顔を見合わせ、それからまたゆっくりと、私たちを包み込むような笑顔を向けました。

 

「まあまあ……。わざわざ来てくれてありがとう。彗太、こんなに素敵な方々を待たせちゃダメよ。さあ、一緒にご飯にしましょう?」

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 食卓には、山崎さんが心を込めて作った和食の数々が並びました。彼が調理部で必死に練習した出し巻き卵、丁寧に灰汁を取った煮物。

 

「美味しい……。彗太、腕を上げたわねえ……」

「ああ、これは本当に美味しいよ。君たちの手伝いのおかげかな」

 

 五人で囲む食卓は、山崎さんの言った通り、驚くほどゆったりとした時間が流れていました。  ご両親は、私たちの活動についても興味深く聞いてくださり、山崎さんがいかに学校やCIRCLEで信頼されているかを伝えると、お母様は「まあ、彗太がねえ……」と目を細めて喜んでくださいました。

 山崎さんは終始気恥ずかしそうにしていましたが、その瞳には、私たちが今まで見たことのない、深い安らぎの色が浮かんでいました。

 

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