青年と少女たちの日常   作:柊真夜

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36 見守り

 食事も中盤に差し掛かり、少しずつ緊張が解けてきた頃、食卓の話題は自然と山崎さんの幼少期の話へと移っていきました。

 

「彗太、昔から本当に不器用な子だったのよ」

 

 お母様が、大根の煮物をゆっくりと口に運びながら、おっとりとした口調で語り始めました。

 

「小さい頃、近所の野良猫が怪我をしていたのを見つけてね。自分のお小遣いで包帯と消毒液を買ってきて、一生懸命手当てをしていたわ。でも、猫に威嚇されて泣きそうになりながら……それでも、治るまで毎日通い詰めて。結局、その猫、彗太にだけは懐いちゃって。あの子、そういうところがあるのよね」

 

 お父様も、ふくよかな顔を綻ばせながら頷きます。

 

「音楽を始めた時もそうだった。一度始めると、寝る間も惜しんで没頭する。でもね、あの子が書く曲はいつも、どこか誰かの背中を支えるような、そんな温かさがあったんだよ。……あの事件があってから、一度は音が止まってしまったけれど……今、君たちと出会って、また新しい音を紡ぎ始めている。それは、親として本当に嬉しいことなんだ」

 

 山崎さんは「……昔の話はいいだろ」と、耳まで赤くして食器を片付けにキッチンへ引っ込んでしまいました。

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 リビングに残されたのは、私と白金さん、そしてご両親の四人。山崎さんが席を外した途端、お母様の瞳が、茶目っ気たっぷりに光りました。

 

「……ねえ、紗夜さんに燐子さん。単刀直入に聞いちゃうけれど、うちの彗太のこと、どう思っているのかしら?」

「えっ……!?」

「あ、あの……っ」

 

 白金さんが真っ赤になって俯きました。お母様は逃がさないと言わんばかりに、優しく、けれど核心を突く質問を重ねます。

 

「白金さんは、あの子に……もう、お気持ちを伝えたんですって?」

 

 白金さんは驚いて顔を上げ、それから小さく、けれどはっきりと頷きました。

 

「……はい。……一度、自分の気持ちを……伝えました。返事は……まだ、保留にしてもらっていますけれど……」

 

 お母様は「あらあ……素敵ね」と感嘆の声を上げ、今度は私の方へ視線を向けました。

 

「紗夜さんはどうなの? とっても凛々しくてしっかりしているけれど、彗太を見る目は……あの子を守ってあげたいっていう、強い愛を感じるわ」

 

 私は、自分の頬が熱くなるのを感じました。誤魔化すことはできません。このご両親の前では、嘘は通用しないのだと悟りました。

 

「……私は。……山崎さんの、あの不器用なまでの誠実さに、何度も救われました。……白金さんのような真っ直ぐな告白はまだできていませんが、私も……彼を、誰にも渡したくないと……そう、思っております」

 

 私の言葉を聞き、お父様とお母様は顔を見合わせました。

 

「ふふ、我が家は安泰ね。こんなに素敵な二人に想われているなんて。……お義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」

「おか、お義母さん……!?」

「それは、まだ……早すぎます!」

 

 慌てる私たちを見て、お父様が少し真剣な表情を浮かべました。

 

「……君たちに、お願いがあるんだ。あの子は、自分を責める癖がある。あの過去を、一生背負っていくつもりだろう。だから……あの子に、優しくしてあげてほしい。君たちが側にいてくれるだけで、あの子の『呪い』は少しずつ消えていくはずだから」

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 楽しい時間はあっという間に過ぎ、私たち二人が帰る時間になりました。玄関先で靴を履いていると、お母様が私たちの肩を優しく抱き寄せ、耳元で囁きました。

 

「あの子はね、この人の親だから……きっとこれからも、色んな女の子に気にかけられることになると思うわ。でもね、私は……全員でもいいと思っているのよ」

「……えっ?」

「あの子が自由に、幸せになれるのだったら、どんな形でも構わないの。あなたたちが側にいてくれることが、あの子にとって一番の救いなのよ。だから、遠慮しなくていいのよ」

 

 お母様の深い、底知れないほどの愛。それは少し奔放に見えて、何よりも山崎さんの幸福を願う母としての究極の言葉でした。

 お父様も、お母様の肩に手を置きながら、私たちに真っ直ぐな視線を送りました。

 

「あの子は、私たちの宝なんだ。ずっと側にいたいけれど、仕事柄それは叶わない。……でも、君たちがついていれば、大丈夫な気がするんだ。……あの子を、頼んだよ」

 

 その言葉は、一つの「託されたバトン」のような重みを持っていました。私と白金さんは、顔を見合わせ、自然と背筋を伸ばしました。

 

「……はい。精一杯、お支えします」

「……私も、ずっと……離れません」

 

 山崎さんは「……何の話をしてるんだよ。早く帰らないと暗くなるぞ」と、照れ隠しに私たちの背中を押しました。

 夜の帳が降りた住宅街。振り返ると、温かな光が漏れる家の中から、ご両親が並んで手を振っていました。山崎さんの背中が、これまでよりも少しだけ軽く見えるのは、きっと気のせいではないはずです。

 

「……行きましょうか、白金さん」

「……はい、紗夜さん」

 

 私たちは、託された想いを胸に、それぞれの帰路へと歩き出しました。山崎彗太という一人の青年を、これからも全力で愛し、支えていくために。

 

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