青年と少女たちの日常   作:柊真夜

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38 文化祭は嵐を呼びがち

 昼休みの図書室。窓から差し込む柔らかな光を背に受けながら、僕は新しく借りた技術書を捲っていた。進路を決め、日本に残ることを決意してからというもの、僕の心は驚くほど凪いでいた。過去への贖罪を忘れたわけではないけれど、前を向いて生きるという実感が、心地よい重みとなって僕を支えている。

 しかし、その静寂は不意に破られた。

 

「……なんだ? 外が騒がしいな」

 

 ふと顔を上げると、校門の方から女子生徒たちの甲高い声やどよめきが聞こえてくる。気になって廊下に出ると、同じく異変に気づいた紗夜と燐子がやってきた。

 

「山崎さん。……どうやら羽丘の生徒が騒ぎを起こしているようです」

「……なんだか、聞き覚えのある……元気な声が、します……っ」

 

 僕たちは顔を見合わせ、校門へと急いだ。そこで僕たちが目にしたのは、花咲川の校門前で、人だかりの中心に立って爛漫な笑顔を振りまく、羽丘女子学園の制服を着た少女――氷川日菜だった。

 

「あ! お姉ちゃん! それに彗太くんも! るんっ、てきたよ!」

 

 日菜は僕たちの姿を見つけるなり、周囲の視線を気にする様子もなく大きく手を振って駆け寄ってきた。

 

「日菜……。貴方、自分の学校はどうしたのですか?許可なく他校の前で騒ぎを起こすなんて……」

「そんなのいいから、お姉ちゃん! あのね、すっごいこと思いついちゃったんだ!」

 

 日菜は瞳をキラキラと輝かせ、僕たちに向かってとんでもない爆弾を投げ込んだ。

 

「羽丘と花咲川で、合同文化祭をやろうよ! 二つの学校が混ざったら、絶対るるるんっ!てするよ!」

「「「…………は?」」」

 

 僕、紗夜、燐子の三人の声が見事に重なった。

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 場所を生徒会室に移し、僕たちは呼び出された市ヶ谷有咲を交え、四人で日菜の「演説」を聞くことになった。

 

「だからね、羽丘の生徒会でも話してきたんだけど、みんな『日菜が言うなら……』って感じだったよ! あとは花咲川がオッケーすれば、るんっ!て決まり!」

 

 椅子に座って身を乗り出しながら語る日菜のペースに、僕は完全に圧倒されていた。  組織のルール、予算、警備、スケジュールの調整……。大人が顔を青くするような膨大な課題を、彼女はその天真爛漫な「直感」一つで飛び越えようとしている。

 

「ちょっと待て、氷川。合同文化祭なんて、準備の規模が違いすぎる。るんっとしたからって、そんな簡単に――」

「彗太くん、硬いよ~! 大丈夫、るんっとすれば全部なんとかなるって!」

「……山崎さん。日菜の言うことをあまり真面目に聞かなくていいですよ。この子はいつもこうなのです」

 

 紗夜が頭を抱えながら溜息をつくが、隣に座る有咲はもっと深刻そうな顔をしていた。

 

「……マジかよ。羽丘の生徒会、止めろよ……。これ、絶対面倒なことになるやつじゃねーか。ねえ彗太さん、お前からなんとか言ってくれよ」

「俺に言われてもな……。最終的な判断は、うちの生徒会長に託される」

 

 全員の視線が、上座に座る燐子に集まった。燐子は小刻みに震えながらも、一生懸命に言葉を絞り出した。

 

「……合同、文化祭……。確かに、成功すれば……素晴らしいこと、だと、思います……。でも、今日は、まだ……結論は、出せません……っ。一度、持ち帰らせて……ください……」

 

 結局、その日は嵐のような日菜を追い返す形で解散となった。しかし、彼女が持ち込んだ「熱」は、確実に僕たちの日常をかき乱し始めていた。

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 数日後。信じられないことに、両校の理事会と生徒会の協議の末、正式に「合同文化祭」の開催が決定した。決定した瞬間から、僕の日常は文字通り戦場へと変わった。

 各バンドの機材調整、ステージの設営計画、そして両校の生徒会と実行委員会の間を走り回る調整役。僕は進路相談で得た「自分の居場所を守る」という決意を、さっそく試されている気分だった。

 

「山崎さん、こっちの資料の確認をお願いします!」

「ああ、今行く!」

 

 放課後の生徒会室。僕は、羽丘の実行委員として手伝いに来ていた羽沢つぐみと共に、大量のポスターを運んでいた。

 

「ごめんね、山崎さん。私たちの『るんっ』に巻き込んじゃって……。本当にすごいよね、これ……」

「気にするな。言い出したのは日菜だけど、面白そうだって思ったのは俺も同じだ」

 

 つぐみは少し疲れた様子で微笑んだ。だが、その時だった。立ち上がろうとした彼女が、ふらりとバランスを崩す。連日の準備による寝不足と疲れが、立ち眩みを引き起こしたのだろう。

 

「おっと……危ない!」

 

 僕は咄嗟に資料を放り出し、彼女の肩を支えた。僕の腕の中に、つぐみの華奢な体が収まる。至近距離で目が合い、彼女の頬が瞬時に林檎のように赤く染まった。

 

「だ、大丈夫か、羽沢。少し休んだほうがいい」

「あ……っ、すみません……! ありがとうございます、山崎さん……!」

 

 つぐみは慌てて距離を取ったが、その瞳には、単なる照れを通り越した、純粋な「憧れ」の光が宿っていた。

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 そんな中、さらなる嵐がやってきた。日菜が、両校の掲示板に勝手な告知を貼り出したのだ。

『合同文化祭限定! 超るんっとするスペシャルバンド結成決定!』

 

「……またあいつは……!」

 

僕が頭を抱えたとき、後ろから聞き慣れた足音が聞こえてきた。

 

「ねえ、彗太くん。これ、面白そうじゃない?」

 

 いつの間にか現れた日菜が、僕の横顔を覗き込んでニシシと笑う。

 

「面白そうじゃなくて、現場はパニックだよ。で、メンバーは誰なんだ?」

「それはね……秘密!彗太くんも協力してもらうからね!」

 

 日菜の天真爛漫な瞳の奥に、確かな確信が見えた。かき回されている。翻弄されている。けれど、その先にある景色が、かつての僕が見失っていた「純粋に音楽を楽しむ世界」なのだとしたら、悪くない。

 僕は窓の外を見ていた合同文化祭まで、あと数週間。僕たちの「これまで」と「これから」が交差する、熱い季節が始まろうとしていた。

 

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