「――なるほどな。だから弱み握られてるみたいに二亜の頼みを聞いてたわけか」
ビールを頭から被った二亜を士道と二人がかりで風呂場に叩き込み、一旦仕切り直した後。七罪は士道と仲睦まじい恋人同士のように抱き合いながら、ここに至る経緯を語った。
もちろん構図は中断する前と同じ、お尻を士道に掴まれて七罪が士道の首に腕を回してぶらさがるような形だ。士道の大きな手が七罪の小さなお尻を包み込むように広がっている事、そしてすぐ目の前には士道の柔らかな面差しが広がっている事も相まって、何か喋っていないとどうにも変な気分になってしまいそうだった。
「そういう事。琴里にも出来る限りお願いには応えろって言われたし、余程ぶっ飛んでたり嫌なお願いでも無ければ頑張って叶えるつもりよ」
「いや、これだって十分ぶっ飛んでないか……?」
「………………」
否定できず、七罪はふいっと視線を逸らす。逸らした先にあったのは今度こそ真面目に構図を描く二亜の姿。時折こちらに視線を向けながらペンを走らせ、手際よく構図を描き留めているようだ。真面目にやっているのなら恥ずかしくともこの状態から逃げるわけにも行かない。
「と、とにかく! あんたにも後で名前を書いて貰うから、今の内に私にして欲しい事とか頼みたい事を考えといて。できれば軽めで難しくないようなやつだと凄く嬉しい……」
「あ、ああ。どうせ美九とか折紙あたりがぶっ飛んだお願いをするだろうし、俺はまともなお願いにしといてやるよ?」
「ありがと。マジ助かる……」
士道の実に優しい言葉に、七罪は幾分か救われた気持ちでほっと息を吐いた。
しかし不思議ともやもやした気持ちを同時に抱いてしまい、どうにも心から安堵する事はできなかった。何故ならせっかく七罪に色々とお願いできるチャンスだというのに、士道は自分の欲望のままに願いを口にする様子が全く見えないのだ。
もちろん七罪にそそられるとか興奮するとかそういった事はあり得ないのは分かっているが、それなら魅力的な大人の姿に変身して貰うなど色々やりようはあるはずだ。にも拘わらず欲望一切無しの優しい笑みで気遣ってくる士道に対し、ほんの少しだけイラっとくる複雑な心境の七罪であった。
「はい、オッケー! よーし、それじゃあ次の構図行ってみようか? グヘヘ」
「漫画の構図なんだよな? 変な撮影とかじゃなくて?」
しばらくして構図を描き上げたらしい二亜が、ゲスな笑みを浮かべながら指示を出してきた。仮にも女が浮かべる類の笑いではないせいか、さしもの士道も苦い顔をしつつ七罪のお尻から手を離す。
同時に七罪も士道の首に回していた腕を解き、ようやく落ち着かない状態から一旦は解放される。しかし自分を包み込むような温もりが遠ざかったせいで、微妙に残念な気持ちを感じてしまう。まあそう感じた自分を自覚したせいで恥ずかしくなり、感じていた温もりよりも顔が熱くなってしまったが。
「じゃあ少年はここに足開いて座って? で、なっつんは少年の足の間にちょこんと座る感じで」
「ゲスな笑い方してた割には意外と普通ね……」
次に指定されたのは士道が椅子に腰掛け、その開いた脚の間に七罪が腰掛けるというもの。先程に比べれば極めて普通だったので、七罪も士道も胸を撫で下ろしつつ素直に従い、そのままの構図を再現した。
「よしよし。で、少年はなっつんの脇の下から両手を前に出して、なっつんのお胸を鷲掴みにする感じでよろしく」
「!?」
「と思ったら普通じゃねぇな!? 幾ら何でもそれは無いだろ!?」
安堵したのも束の間、二亜がそれをぶち壊す指示を出してくる。これには七罪も驚愕に息を呑み、士道も声を荒げていた。
やはりゲスな笑い方をしていただけはあるらしい。先程はお尻に触られたというのに、今度はまさかの胸である。幾ら触り甲斐の無い洗濯板の化身の如き胸とはいえ、七罪だって一応は女の子の端くれ。さすがに異性である士道に胸を触られるなどあまりにも恥ずかしすぎた。
「いやいや、むしろこれくらいのお色気シーンは少年誌でも必須っしょ? 直接見えてたりヤってる描写はさすがにアウトだけど、ペッティングやラッキースケベは日常茶飯事よ」
「漫画に載せられる展開かどうかを聞いてるんじゃねぇよ!? さすがにそれはやりすぎなお願いだって言ってるんだよ!」
まるで七罪を守るように肩を抱きながら、あっけらかんと笑う二亜に反論している士道。しかし二亜のふざけた様子は一切崩れなかった。何故なら最終的な決定権を持つのは士道では無いからだ。
「それを決めるのは少年じゃないんだなー? というわけでなっつん、やってくれる?」
「えっと……幾ら何でもそれは――」
「あ、名前いらない?」
「……やります」
「最早脅迫だろ、それ!?」
決定権はあっても拒否権が無い七罪は、二亜の簡潔な脅しに素直に従う事を決めた。これには士道も声を荒げて突っ込んでいたが、その怒りが明らかにぶっ飛んだ指示に向けられているのか、はたまた七罪のまな板染みた胸を触るのが嫌だからなのかは判断が付かなかった。
まあ膨らみもほぼゼロなのだから当然の反応とはいえ、さすがに後者だと七罪もちょっと傷つく。
「えぇい、うるさい! 少年はなっつんのロリちっぱいを触りたくないって言うのか!? それでも年頃の男の子なのか!? それともあたしのはち切れんばかりの爆乳の方が良いのか!? もーっ、しょうがないなー? 少年が触りたいって言うなら……いいよ?」
「………………」
「二人して可哀そうなものを見る目するのやめて? 笑い飛ばしてくれた方がまだマシだわ……」
幾ら目を凝らしても爆乳とやらが全く見つけられないため、士道と揃って憐憫の眼差しを向ける七罪。二亜と同じく七罪も持たざる者だからこそ、大きさに憧れる気持ちも良く分かる。しかし七罪はしっかり現実と向き合っていたので、あんな世迷い事を吐く気持ちにはなれなかった。
二人分の可哀そうなものを見る視線はなかなか効いたのだろう。これには恥じらいつつも満更でもない乙女っぽい感じの表情をしていた二亜も、途端に悲し気に目を伏せていた。
「二亜の妄言はともかく……本当に良いのかよ、七罪?」
「良いわよ、別に。こんなまな板、触られたって別に恥ずかしくも何とも無いし?」
「その割には顔が滅茶苦茶赤いんだが……」
「っ……!」
極力平静を装って答えたものの、火が出そうなほどに顔の熱い七罪が平静を装えているわけが無い。バッチリと士道にそれを指摘され、言葉に詰まってしまう。何なら心臓がさっきお尻を触られていた時よりもうるさく高鳴っているので、とてもではないが平静ではいられなかった。
「さあさあ、早くした! 少年、がっつりとなっつんのちっぱいを揉むんだ! 何なら後であたしのも揉ませてやるからさ!」
そこでショックから回復した二亜がガバっと顔を上げ、わきわきと揉むように両手を蠢かしながら士道を促す。その表情は正直ヤバくて実に下卑た笑みであり、美九とはまた別の意味で女の浮かべる表情では無かった。
「ど、どうせ揉めるほども無いし、こんな壁触られたって別に何ともないわよ。だから早くしなさいよ、士道」
「っ……ああ、もう。分かったよ……」
羞恥を堪えながら七罪も促すと、ようやく士道も根負けしたらしい。一つ大きなため息を吐くと、ついに七罪の両脇の下を通して両手を前に出してきた。もちろんその手は七罪の膨らみが見当たらない胸を揉むように、手の平をこちらに向けた状態だ。それが徐々に七罪の胸に近付いてくる。
士道に胸を触られる事に対する恥ずかしさ、そしてこんな触り甲斐の無い胸で非常に申し訳ない気持ち。それらに対して七罪はぎゅっと瞼を閉じて羞恥に耐えながらその時を待っていたのだが――
「……これで良いか?」
「……は?」
そんな声に目を開けてみれば、七罪の胸の十センチくらい先で空気を揉んでいる士道の手が目に入った。これにはさしもの七罪も羞恥を忘れてイラっとしてしまう。
「いや、私の胸そんなに大きくないでしょ!? それとも士道にはそう見えてんの!?」
「直接触れないようにしてるんだよ! 幾ら何でもさすがに直はマズいだろ!?」
苛立ちと微かな悔しさから首だけ振り向いてそう言い放つと、士道は酷く焦ったような顔でそう口にしてきた。
確かに女の子の胸に直に触るなどセクハラも良い所だが、今回は七罪自身が許可を出したのだから問題は無いのだ。それに直と言っても服越しだし、何より七罪の胸は膨らみがほぼゼロ。厚い布地越しでは触った感触など分からないくらいに小さいのだから、士道が言うほどマズくは無かった。
「かーっ! 少年ったら分かっちゃいないねぇ! なっつんが少年になら揉まれても良いって言ってんのに、わざわざエアパイ揉みとか酷すぎでしょ。それともなっつんのちっぱいには揉む価値が無いって言ってんのか!? 貧乳はステータスだろぉ!?」
「さっき詐称してた奴が言うと説得力が違うな、二亜?」
「……すんませんでした」
何やら二亜が七罪を擁護するような事を口走ったが、先ほどの爆乳発言を引き合いに出されてすぐさま頭を下げていた。先程は自分が爆乳などという妄言を吐いておきながら、舌の根も乾かぬ内に貧乳はステータスなどと口にするのだから、あまりにも説得力に欠けていた。
「……もう良いから、直に触んなさいよ。どうせこんな小ささじゃ服越しだと感触も何もしないし」
「いや、だからってなぁ……」
再度七罪が許可を出しても、士道はいまいち踏ん切りが付かない様子だ。
十人近くの女の子の唇を奪っておいて何を今更と思わないでも無いが、基本的には誠実な士道はこんな状況で女の子の胸を揉むなど考えられないのだろう。あるいは七罪の残念な貧乳を触りたくないだけか。
前者なら女の子扱いされていて多少は嬉しいが、二亜の名前を貰うためには必要な事なので困ってしまう。そして後者なら残念で触り甲斐の無い胸である事は否定できないが、それはそれで傷つくし悔しい。
「あー、じれったい! なっつん、やってしまえ!」
「……っ!」
「うあっ!? ちょ、お前……!?」
故に二亜から後押しを受けた七罪は、羞恥と悔しさを堪えながら士道の両手を掴み、自ら胸元へと持って行った。士道の大きな両手が七罪の胸を覆い、揉むというよりは押し付けている感じになる。そもそも揉めるほど無いのでこれは仕方が無い事だ。
その残酷な現実に幾分かショックを受ける七罪だったが、士道の両手がまるで緊張に固まっているかのような反応を示していたので多少は和らぐのであった。七罪のまな板でもそんな反応をしてくれるという事は、一応は女の子扱いされているという事。かなり恥ずかしかったが、意外と悪くない気分の七罪だった。
「うんうん、これはこれで良し。じゃあしばらくそのままでしくよろー」
構図的には自分から両手を導いて揉ませている少女の図になったが、二亜的には問題無かったらしい。ささっと席に着くと、そのまま今の七罪たちの姿を描き始めた。
なので七罪は士道の両手を自分の胸に押し付けさせた姿のまま動くわけにも行かず、羞恥に叫びだしたくなりながらも堪えるしかなかった。胸が薄いせいで激しく騒ぐ鼓動が間違いなく士道の左手に伝わっており、その事実がまた羞恥を煽ってくる。
下手に動けば七罪のまな板を揉む形になるせいか士道もまた同様に固まっており、図らずも七罪たちは一切身動きしない理想的なモデルとなっていた。
「あ、あのさ……七罪……」
「な、何……?」
そんな状態で背後から声をかけられ、努めて平静を装いながら尋ねる。
正直この状態で士道が喋ると耳元で囁かれているように感じて酷く落ち着かないため、出来れば口を開かないでいて欲しかった。
「何言ってもアレだとは思うんだけど、一応言っておくな? その……一応、ちゃんと柔らかいぞ……?」
「わ、わざわざ言うな、馬鹿ぁ……!」
どうしてもフォローしたかったのかそんな事を口にしてくる士道に、七罪は怒りと混乱に突き動かされるまま罵声を浴びせた。その声音から士道が七罪のまな板に触れている程度で明らかに恥じらっているのを理解して、ほんのちょっぴりだけ嬉しさを感じながら。
「――よし、出来た。はいよ、なっつん。記念すべき一人目だぜぃ?」
「あ、ありがと……」
空が赤みを帯びてきた頃、ついに七罪は手帳に二亜の名前を描いて貰えた。
しかし代償はとても大きく、まだ一人目だというのに疲労は頂点に達していた。何せ士道といかがわしい絡み合いをするポーズを幾つも取らされ、終始心臓も感情もあらぶって鎮まらなかったというのに、神経を使う漫画の手伝いまでさせられたのだ。肉体はともかくとして精神の疲労がヤバく、さっさと帰って泥のように眠りたいと考えていた。
恐らく士道も似たような疲労を抱いているだろうが、面倒見が良く世話焼きな士道としては締め切り間近の二亜を放置できないのだろう。今現在はキッチンで日持ちする類の料理を作り、可能な限り冷蔵庫に叩き込んでいた。
「いやー、しかし二人のおかげでマジで助かったよ。できればなっつんには今日だけと言わず明日とかも来て欲しいんだけど――」
「無理。何なら私の方が力を貸して欲しいくらいなんだけど?」
「ですよねー」
二亜も七罪の答えは分かっていたのか、特に気にした様子も無く頷いた。散々無茶ぶりをしてきた二亜だからこそ、七罪がこれから直面する苦行を容易に想像できるのだろう。むしろその瞳には哀れみに近い同情すら見て取れたほどだ。
「ま、お互いちょっとプレッシャーに押しつぶされそうになってる者同士、一緒に頑張ろうぜ? だからそっちのリハビリが終わった時は手伝いに来てくれるとマジで嬉しい。ていうか来てくださいお願いします」
そして朗らかに笑いかけてきたかと思えば、割とガチのトーンで助けを求めてくる始末。どうやら二亜も二亜で相当締め切りがヤバいらしい。よくよく見ると瞳の下にクマが出来ているため、案外徹夜続きなのかもしれない。
だとすると散々いかがわしい構図をお願いされたのも、徹夜特有のおかしなテンションによるものと好意的に解釈できないでもない。何よりこんな自分がここまで頼りにされると、七罪としては悪い気はしなかった。
「ま、まあ、それくらいはやってあげるわよ。私なんかで良いならね?」
「ありがと、なっつん! マジ感謝! そんな慈悲深いなっつんにはお礼にこれをプレゼント!」
やはり切実な頼みだったらしく、涙目で手を合わせてくる二亜。しかし次の瞬間には満面の笑みに切り替わり、サイン色紙と思しき正方形の厚紙を手渡してくるのだから恐れ入る。やはり徹夜のテンションが元々アレな二亜を更におかしくしているのだろう。
「いや、だからそっちのサインはいらないって――うわっ、ちょっと何これ……!?」
押し付けられたサイン色紙を何となく確認した七罪は、そこに描かれていたイラストを見て一瞬で途方も無い羞恥を覚え、反射的に色紙の裏表をひっくり返した。何故ならそこには士道と七罪が裸で抱き合っているギリギリなイラストが、繊細なタッチでデカデカと描かれていたからだ。もちろん七罪はここまでアレな構図を士道と取った記憶は無いし、何なら服を脱いだ覚えも無い。
「いやー、少年と抱き合うなっつんの姿が妙に絵になったからついパパっと描いちゃってさー。ええもん見せて貰ったぜ、ウヘヘ」
などと妙にツヤツヤしたゲスな笑みを浮かべるのは、締め切り間近で徹夜中の二亜。プレッシャーに圧し潰されそうになっていると言った割には、こんなものを描く余裕はあったらしい。あるいは圧し潰されそうだからこそ、全く関係ない事をして現実逃避をしているのかもしれないが。
「百歩譲って絵になったのは良いとして、何で服を脱がせてるわけ……?」
「そりゃ当然あたしの趣味よ。大事な所は見えてないからセーフって事で」
「いや、そういう問題……?」
色紙を僅かにひっくり返し、チラリと確かめながらそう呟く。確かに危ない所は見えていないものの、プロの漫画家だけあって無駄にクオリティが高いため、むしろ下手に見えるよりもエロいまであった。絵の中の七罪は妙に恍惚とした表情を浮かべているし、士道の方はやたらに愛し気な目をしている。美九や折紙なら幾ら出しても手に入れようとしそうなほどである。
「ま、いらないなら無理に受け取れとは言わないけどね。どうする、なっつん? これいる?」
「えっと……」
問われ、七罪はしばし考える。
正直見ているだけで顔が熱くなってしまうようなヤバい絵面だが、描き込み具合から二亜がかなり本気で描いたことが分かる逸品だ。締め切りが近いのにこんな物を描いている暇があるのかは少し気にかかるものの、ここまで手間暇かかったものをプレゼントしてくるとは本当に七罪に感謝を抱いているのだろう。
そう考えると突っ返すのも気が引けるし、何よりこれを眺めていると羞恥を覚えるが同時に確かな安らぎも感じられるのだ。構図のモデルになっていた時、士道の逞しい腕に抱かれ、包み込むような温もりに浸った幸せな気持ち。それを鮮明に思い出せるから。
「まあ、その……せっかく描いてくれたんだし、一応……いる……」
なので、七罪は素直に色紙を貰っておいた。
本音を言うのが恥ずかしいのでせっかく描いてくれたものを返すのは失礼だ、的な事を口にしたものの、二亜はバッチリ七罪の本音を見抜いていたのだろう。それはもう実に楽しそうにニヤニヤと笑っていた。
「……むっつりなっつん。略してむっつん」
「ち、違うし……!」
そしてもちろん二亜が黙って見逃してくれる訳も無く、七罪は料理を作り終えた士道が戻って来るまで散々二亜に弄り倒されるのであった。
ようやく七罪は二亜の名前を貰う事が出来ました(無事にとは言っていない)。これで一人目、あと十人です。この調子で続くなら七罪の精神が絶対もたない……まあ特別ヤバそうなのは美九と折紙くらいだから大丈夫かな……?
次回はR-18の方の投稿日も考えて、四月十五日くらいです。