七罪友人帳   作:サイエンティスト

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 続き。次に名前を貰うのは士道さん!
 しかし、一日目だというのもう二人目とは……七罪にしては超頑張ってる……?



1日目:五河士道1

 

「はあっ……あと、十一人……」

 

 二亜のマンションからの帰り道、七罪は苦行の極みに重いため息を零す。

 多少波乱はあったものの、無事に二亜から名前を貰う事が出来た。これで残りはあと十一人になったが、変わらず人数が多すぎる。おまけに最初の二亜でさえだいぶ弾けたお願いをしてきて、そのせいで七罪は精神的に疲労困憊だ。これがあと何人も続くのだから心底笑えない。

 

「俺と琴里、そしてよしのんを入れても一人足らないんだよな。その一人を誰にするかとか決めてるのか?」

「全然。ていうかまずそれを心配する前に、とんでもない奴らのお願いを乗り越えないといけないし……」

「あー……」

 

 隣で納得の声を上げるのはもちろん士道。まるで仲の良い男女のように一緒に歩いているとはいえ、それに喜んだり慌てたりするような余裕は今の七罪には無かった。

 何せ疲労が限界だし、今七罪は自分たちのちょっと危ない感じのイラストが描かれた色紙を胸に抱いているのだ。見られないように黒いビニール袋に入れて貰ったとはいえ、こんなものを持って歩いているのだから落ち着ける訳も無い。まして被写体の片割れである士道が隣にいるのだからなおさらだった。

 

「ま、まあ仮に合格できなくても死ぬわけじゃないんだし、そんな気負わず軽い気持ちで頑張ったらどうだ?」

「死ぬ。少なくとも私の心が」

「そ、そうか……」

 

 とはいえ当の士道は七罪が胸に抱えた物より、七罪の様子が気になるらしい。合格できなかったら死ねる気分の七罪に対し、下手に触れたくないのか苦笑いで言葉を詰まらせていた。

 

「……それで? 士道は私へのお願い、何か考えたの?」

「ああ、一応もう考えてある。すぐ終わる事だし、お前にとっても別に辛くないお願いだから安心して良いぞ?」

「ありがと、マジで助かる……」

 

 二人でモデルになっている時に事情は話したので、士道はしっかりお願いを考えていたらしい。その上で七罪の事を考えてかなり楽なお願いをしてくれるようだ。二亜のお願いが想定よりだいぶアレだったので、その優しさにちょっと泣きそうになってしまう七罪だった。

 

「一人目の時点で本当にもうボロボロだよな、お前……そんなんで美九や折紙のお願い乗り切れるのか?」

「やめて、考えさせないで」

「あ、悪い。そうだよな、無神経だったよな、今の……」

 

 しかし次いで士道が口にした発言により、優しさによって感じていた暖かな気持ちは途端に吹き飛んでしまう。これはさすがに失言だったと思ったようで、士道は素直に謝罪を口にしていた。美九はともかく、折紙から一番被害を受けているのは他ならぬ士道なのだ。その反応も当然と言えば当然だ。

 しかし士道の言い分も一理ある。リハビリ一日目、しかも一人目の二亜の時点でこの様なのだ。これが何日も続いて美九や折紙のお願いを叶える事になれば、途中で音を上げると考えられても不思議ではない。

 とはいえ七罪だってそれは理解しているので、ここぞという場面でリフレッシュの時間を挟むつもりだ。具体的には絶対に変なお願いなどしてこない、話しているだけで心を浄化してくれる女神の下を訪ねる事で。

 

「……それで、士道のお願いって何? 何か準備とか心構えって必要だったりする?」

 

 あまり続けたくない話なので話題を変え、それを尋ねる。しかしどうにもそういったものは必要ないらしい。士道はすぐに首を横に振った。

 

「いや、特にいらないぞ。ただ、そうだな……八時くらいになったら俺の部屋に来てくれるか?」

「分かった。で、内容は?」

 

 内容を尋ねたのに何故かそこは答えなかったため、再度七罪は尋ねる。どうにもはぐらかされた気分だったが、どうやらそれは勘違いでは無かったらしい。士道は意味深な笑みを浮かべていた。

 

「それはその時のお楽しみってやつだ。変な事はしないから安心しろよ?」

「何か怪しいわね……まあ、信頼はしてるけど……」

 

 何らかのサプライズを企んでいるような顔をしている士道だが、当人の申告通り変な事をする気は無いと七罪も分かっていた。何故なら士道は元々そういう奴だし、そもそも七罪に変な事をするほど性的に倒錯しているわけでも無いのだ。

 実際二人で構図のモデルにされてお尻や胸を触られる形になった時も、士道はこれ幸いと指を動かし揉んでくる事など一度も無かった。なので今回のリハビリに託けてスケベな事をしてくるなど絶対にありえないだろう。もしかしたら変身させて大人の姿の七罪の方を……という可能性は無くも無いが。

 

「あ、そうだ。何だったら家で夕飯食べてくか?」

「……迷惑じゃないなら、食べる……」

 

 とはいえ、ひたすらに優しさを見せてくる士道がそんなお願いをしてくるとも思えない。なので七罪は多少不安になりつつもそれ以上追及はせず、二人で家路を辿るのであった。

 

 

 

 

 

「……それで、何すれば良いのよ?」

 

 そんなこんなで、指定された午後八時。士道の部屋に通された七罪は、今度こそお願いの内容を尋ねた。

 夜遅く、とまでは言わないがそれでもすでに夜の帳が降りている時間帯。こんな時間にお願いをしてくるという事は、予め口にしていた通りそこまで時間がかかる類のものではないのだろう。なので幾分か気が楽な七罪であったが、やはり微妙な不安があるためいまいち緊張は解けなかった。

 

「そうだな。とりあえずその手帳見せてくれるか? リハビリのルールが書いてあるんだろ?」

「え? う、うん……」

 

 しかし士道はまたしても答えず、七罪に手帳を見せて欲しいと口にする。不思議に思いながらもそれを手渡すと、士道は最初のページに記載されたリハビリのルールに目を通しているようだった。

 

「……よし、これなら問題無さそうだな」

「あの……本当に何するつもりなの?」

 

 数十秒ほど深く読み込んでから手帳を返してくる士道に、先ほどよりも三割ほど不安マシマシで尋ねる七罪。

 確かに士道の事は信頼している。信頼しているが、これまで頑なにお願いの内容を口にしないのだ。そればかりかリハビリのルールを深く読み込み、まるで抜け穴を探すような振る舞いをしている始末。さすがにこれで怪しむなというのはちょっと無理があった。

 そして七罪の不安はどうにも的中してしまったらしい。士道はそれこそ面白がるような悪戯な笑みを浮かべ、実に悪い顔で七罪を見下ろしてきた。

 

「そりゃあ――気持ち良い事に決まってるだろ? そういうわけで七罪、ベッドに横になってくれるか?」

「えっ」

 

 その口から紡がれたのは、ベッドに横になれという意味深な指示。そして『気持ち良い事』という含みのある言葉。

 世の中には穴があれば何でも良いと言う輩もいる。幾ら七罪が需要ゼロの貧相かつ貧弱な身体つきだとしても、性別は間違いなく女なのだ。士道の意地の悪い笑みも相まって、どう考えてもそういう事をする気なのだとしか思えなかった。

 

「は、はあっ!? 嘘でしょ!? 信じられない! そんなお願いしてくるとか見損なったわよ! 士道の変態!」

「ハハッ。予想通りの反応するなぁ、七罪?」

 

 あまりの羞恥と驚きに耳の先まで顔が熱くなった状態で、七罪は自分の身体を守るようにかき抱きながら後退った。

 しかしそんな七罪に迫るでもなく、士道は面白がるように笑っていた。そこに先ほどまでの意地の悪さは無く、いつも通りの柔らかい微笑み。もしかするとただの冗談だったのでは、という考えが頭を掠めた瞬間、七罪はあまりにも自意識過剰な反応と勘違いをしてしまった事に猛烈な恥ずかしさと後悔を覚えてしまった。

 

「安心しろって。今のはちょっとした冗談だよ。構図のモデルで色々変な恰好のまま固まってたし、身体をマッサージしてやろうと思ったんだ」

「……紛らわしい冗談言うな馬鹿あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うおっ!? 悪かったからそれは投げるなよ! 大事な物だろ!?」

 

 案の定ただの冗談だったらしく、羞恥と自己嫌悪に耐えられなかった七罪は叫びながら手近にあるものを士道目掛けてぶん投げた。もちろん一番手近にあった物とは、二亜の名前が記されているリハビリ用の手帳である。心なしか二亜の情けない悲鳴が聞こえたような気がした。

 

「まずは身体の前に緊張を解してやろうと思ったんだけど、お前にはちょっと逆効果だったかもな? ごめんな、七罪?」

「いや、その気持ちは嬉しいんだけど……私の方こそ、勘違いしてごめんなさい……」

 

 そうして手帳を拾い、謝りながら手渡してくる士道。こんなみすぼらしいちんちくりんが士道にその手の欲求を向けられる事がおかしいのは自明の理なので、今回は明らかに自意識過剰な勘違いをして八つ当たりをした七罪の方が悪い。

 故に七罪は手帳を受け取り、しっかりと頭を下げて謝罪した。もちろんまだ羞恥のせいで顔は熱かったが。

 

「いや、さすがに俺がちょっと悪ノリしすぎただけだから、お前は悪くないぞ。ともかく俺の頼みは七罪の身体をマッサージさせてくれって事だ。別に変な所触ったりもしないし、そこは安心してくれよ?」

「それは信頼してるけど……これってルール的にアリなのかしらね……?」

 

 さすがに予想外のお願いであったため、ちょっと戸惑ってしまう。

 士道の言い方から察するに、七罪は士道にマッサージしてもらうだけだ。こちらがお願いを叶えて名前を貰うはずなのに、こちらは何もせずむしろ奉仕された上で名前を貰えてしまう事になる。リハビリの内容とルールに真っ向から喧嘩を売るような内容に、素直に従って良いものか激しく疑問であった。

 

「お願いを聞けとしか書いてなかったし、たぶんアリなんだろ? 琴里の事だし、駄目ならルールに書いてそうだしな」

 

 どうやら士道自身ナシ寄りのアリだと思っていたらしい。だからこそつい先ほどもルールの穴を探すように手帳を眺めていたのだろう。わざわざそんな反則スレスレを狙ってまで七罪の疲労を癒してやりたいとは、相変わらずの優しさと世話焼き加減である。

 

「というわけで、ベッドにうつ伏せになってくれ。その……今日は二亜のせいで色々変な所触っちまったし、そのお詫びも兼ねて疲れが取れるようにマッサージしてやるよ」

「ま、まあ……そういう事なら……」

 

 あの時の罪滅ぼしも兼ねているようで、少し顔を赤くして口にする士道。さすがにこれで断ったら士道は罪悪感を抱えたままになってしまうし、付き合わせた七罪としてもそれは本意ではない。

 なので七罪は多少の気恥ずかしさを覚えながらも、士道の言葉に従いベッドにうつ伏せとなった。直後にいつも士道が寝ているベッドに横になっている事実と、漂ってくる士道の匂いに得も言われぬ羞恥と安心感が沸き上がってきたが。

 

「よし、っと。それじゃあ始めるぞ? どこマッサージして欲しいとかあるか?」

「じゃ、じゃあ、背中とか……」

 

 しかし今更退くわけにも行かないので、七罪は極力気にしないように努める。そもそも二亜の所では士道と抱き合ったりお尻を触られたりしても何とか堪えたのだ。この程度で音を上げるほど初心でも無いし、可愛げも無かった。

 

「背中だな。分かった」

「っ……!」

 

 しかし士道がベッドに上がり七罪の身体に跨るような体勢になると、心穏やかではいられなかった。跨ると言っても士道は両膝を七罪のお尻の脇に付くような形になっているので触れ合ってはいないものの、ベッドが軋む音が七罪の心をおかしな感覚に染め上げていた。

 

「んっ……!」

 

 しかしそれも、士道が七罪の背中に両の親指を当てマッサージを始めるまでの話。緊張やら何やらで構図のモデルになっていた時は身体が固まっていたせいか、指圧はかなり気持ちが良くて七罪は思わず小さく喘いでしまった。

 

「力加減はどうだ? 痛くないか?」

「ん……ちょうど良い感じ……」

 

 それでいて士道は力任せにならないよう、七罪に尋ねて力加減を調節しながらマッサージしてくれるのだから至れり尽くせりだ。

 そのため居心地の悪さも気持ち良さに呑まれてすぐに払拭され、七罪は心穏やかな気持ちで士道に身体を任せることが出来た。士道のベッドにうつ伏せになっているので士道の匂いをかなり濃厚に感じるものの、むしろそれすら安心感を高める要素の一つに感じられた。

 

「今日で二亜と俺の名前を貰えて、残り十人であと六日か……明日は誰の所に行くとか、もう考えてあるのか?」

「ん……一応、六日先まで考えてあるわ。何を頼まれるか怖いし時間とか与えたくないから、美九と折紙には絶対平日に名前を貰いに行く予定よ。休日に行ったらどれだけ拘束されるかも分かんないし……」

「結構周到だな、七罪……」

 

 マッサージを堪能しながら答えると、士道は感心したように呟く。

 リハビリの期限が七日しか無く、またあの二人はわりとシャレにならないお願いをしてくるのが目に見えているので、しっかりと予定を立てるのは当然だった。とはいえ七罪は生来のコミュ障で陰キャの極みであるため、一日に何人もの名前を貰うなど当然不可能。良くても二人が限度であり、そういった事情で六日先まで予定が詰まっていた。

 

「明日は十香に名前を貰いに行く予定だけど、十香は何をお願いしてくるのかしらね?」

 

 そして明日、平日である月曜日は十香に名前を貰いに行く予定だ。十香は四糸乃に次いで純真な少女だと思っているのでそこまで心配はしていないのだが、やはり何をお願いされるか分からないというのはかなり不安だった。一人目がアレだったので余計に。

 

「そうだな、やっぱり食事関係じゃないか? こういうものが食べたいから作って欲しいとか、買ってきて欲しいとかその辺りだと思うぞ?」

「なら明日はまあまあ楽そうね……料理して欲しいって言われたらちょっと困るけど――あっ、そこグッと強くお願い」

「お、こうか?」

「んっ……! あー、気持ち良い……」

 

 一番長く十香と接してきた士道の予想を聞いて安心しつつ、丹念なマッサージに恍惚の吐息を零す。

 自分でも少し驚いているものの、最初の緊張やら居心地の悪さは最早完全に消滅していた。七罪にしては非常に珍しいがそれくらいに心地良く、そして気持ちの良い時間だった。

 

「ははっ、ちょっと年寄り臭いぞ七罪?」

「う、うるさいわね……年寄り臭い反応するのは、士道のマッサージが上手いせいよ、馬鹿……」

 

 年寄り扱いされて少し心外だが、そんな軽口を叩かれる事もまたどこか心地良い。

 故に七罪は瞼を閉じて、この穏やかで気持ちの良い時間に存分に浸るのであった。今だけは、リハビリに対する不安を綺麗に忘れて。

 

 

 

 

 

 

「ん……あ、あれ……?」

 

 ふと気が付くと、七罪の周囲の状況は一変していた。

 いつの間にか部屋の明かりが消されて暗くなっており、士道の姿はどこにも無かった。驚いて身体を起こすと知らぬ間に肩までかかっていたシーツがはらりと落ち、同時に枕に零していたらしい唾液が糸を引いてしまう。

 

「うわ……私、もしかして寝ちゃってた……?」

 

 慌てて唾液を拭いて枕を裏返し、隠蔽した上でようやく今の状況に思い至る。

 どうやら七罪は士道のマッサージがあまりにも気持ち良かったため、そのまま寝落ちしてしまったらしい。しかも士道は七罪が眠りに落ちてもマッサージを続けていたようで、まるで憑き物が落ちたように身体が軽い。背中や腰はもちろん、脚も非常に軽くなっていた。

 

「ううっ……どうせなら終わったら起こしなさいよぉ……!」

 

 士道のベッドでマッサージを受けてそのまま眠り、あまつさえよだれを零して枕を汚すという実に恥ずかしいコンボを決めてしまったせいで、途端に七罪は羞恥で顔が熱くなっていくのを感じた。起こさずにベッドを譲り、そのまま眠らせてくれる優しさがむしろ辛いくらいである。

 

「……士道の名前、書いてあるわね」

 

 とりあえず部屋の明かりをつけて枕元に置かれていた手帳を確認すると、二亜の名前が記されたページの隣に士道の名前もきっちりと書かれていた。

 つまりはこれで二人目終了。めでたく士道のお願いをクリアした、というわけである。

 

「……えっ、本当にこれで名前貰って良いの? 私、何にもしてないわよ?」

 

 しかし、それを素直に喜べるほど七罪の神経は図太く無かった。百歩譲ってマッサージされたまでは良いとしても、寝落ちして士道のベッドを占領した挙句、よだれを零して枕を汚すという最低な行為までしてしまったのだ。ルールどうこうはともかく、さすがにこれで名前を貰って喜べるほど七罪は恥知らずで恩知らずなクソ野郎ではなかった。

 

「………………」

 

 故に、七罪は士道を探すために部屋を出た。

 部屋を出る前に時計を確認した所、時刻は午後十一時。大体三時間くらいどっぷり眠ってしまった計算だ。それはともかくとして、この時間ならたぶんまだ士道も起きているはず。そう考えた七罪はとりあえず客間に足を向けた。

 

「あ、いた……」

 

 客間の扉をこっそりと開けて中を確認すると、やはりそこには士道の姿があった。どうやらベッドを少々整えているようだ。自室のベッドを七罪が占領してしまったので、仕方が無く客間で寝る事にしたらしい。

 とりあえず七罪は音を立てないように扉を一旦閉めると、軽くノックしてから改めて扉を開けた。

 

「その……し、士道……」

「お? 何だ、起きたのか七罪。あのまま寝てても良かったんだぞ?」

 

 罰の悪さからちょっとまともに向き合えず、部屋の入り口で半分だけ顔を覗かせながら声をかける。

 しかし当の士道は何一つ気にした様子を見せず、ただただ穏やかに笑っていた。実質部屋を追い出されたようなものなのにこの反応。正直七罪はますます居心地が悪くなった。

 

「いや、さすがにそこまで図太くはなれないっていうか……ねぇ、本当にこれで良いわけ?」

「ん? 良いって何がだ?」

「いや、本当にこれで名前貰って良いのかなって……結局士道にマッサージされただけで、私自身は何もしてないし、何ならそのまま眠っちゃったし……」

「まだそんな事気にしてるのか? どうせ後で辛い思いしなきゃならないんだし、今回は楽できてラッキーくらいに考えておいた方が良いぞ?」

「そう思いたいんだけど、ここまで楽だと逆に何か不安になってくるのよね……こんなんで本当に良いの……?」

 

 ぶっちゃけ七罪は今回、何一つリハビリの内容に則した事をしていない。ただただ士道にマッサージされて士道のベッドで惰眠を貪り、寝ている間に名前を貰っただけだ。元来後ろ向きな七罪としては、ルール上問題無くとも気持ちの問題でどうにも受け入れ難かった。

 

「良いから貰っておけって。それとも俺に美九とか折紙みたいな頼みをして欲しいのか?」

「それはめっちゃ困るからやめて」

 

 しかし士道にそんな返しをされては頷けるわけも無い。一瞬居心地の悪さも忘れ、七罪は心からの本音で拒否した。ただでさえあの二人がどのようなイカれたお願いをしてくるか未知数だというのに、そこに更にもう一人加わるなどやっていられない。

 

「だろ? だから遠慮せずに受け取っておけよ、七罪?」

 

 そんな尤もな事を言われ、なおかつ一切気にした様子も無い笑顔で優しく諭される。

 七罪としては罰の悪さが膨れ上がっている最中なので是非とも他のお願いをして欲しい所だが、士道自身にお願いをする気持ちが無いのなら仕方ない。それなのにお願いをしろと迫るのは明らかに迷惑だし、幾ら何でもウザ過ぎる。

 

「……うん」

「よし。それじゃあ七罪が起きたのなら俺は自分の部屋に戻って寝るかな。もう夜遅いし、七罪も早く部屋に戻って休んだ方が良いぞ?」

「うん……」

 

 故に七罪は頷く事しか出来ず、その後はおやすみの挨拶などを交わして五河家を出た。

 深夜という事で士道は見送ろうとしてくれたが、こんな徒歩一分もかからない距離で見送りなどさせるのは悪い。というかただでさえ七罪が貰ってばかりだというのに、この上見送り付きで部屋に戻るなどあまりにも畏れ多かった。

 

「………………」

 

 故に士道の厚意は丁重にお断りして、七罪は精霊用マンションの自室へと帰還を果たした。

 とりあえずベッドに身を投げ出してみるものの、結局胸のもやもやは晴れないままだった。マッサージからの寝落ちで割とたっぷり寝てしまったため別段眠気を感じないし、これは七罪のベッドなので士道の匂いもしない。そして胸の中にはどうにも納得いかないもやもやした感情。落ち着ける要素が何一つ存在しなかった。

 

「あー、何かもやもやする……!」

 

 フラストレーションを堪えきれず、すぐさま起き上がる七罪。

 やはり自分が良い思いをしただけで名前を貰うのはどうにも納得がいかなかった。士道がこれで良いと言っていたし、ルール上は問題無いようなので後は七罪が納得さえすれば何も問題は無いのだが、ここで喜んで受け入れる事が出来るほど柔軟で素直な女ではない。

 

「やっぱり、何でも良いから士道のお願いを聞くべきかしらね? そうしないと何か落ち着かないわ。でもすでに名前貰っちゃったから、士道がわざわざ別のお願いしてくるとも思えないし……」

 

 そうして、この胸のもやもやを晴らすための方法を考える。

 そもそも七罪がどうにも納得できていないのは、本来こちらがお願いを叶えるために努力する側だというにも拘わらず、士道にその役割を奪われてしまったからだ。なので一番手っ取り早いのは士道にまた別の、七罪が何らかの苦労や努力をする類のお願いをしてもらう事だろう。できれば苦労したくないのに本末転倒な気もするが、それなら七罪も納得できる。

 しかし、今の士道がその手のお願いをしてきてくれるとも思えなかった。すでに名前は書いたのだから必要が無いとやんわり断られそうだし、何より士道は構図のモデルになった時に色々触ったお詫びも兼ねて楽に済ませてくれたのだ。二亜に強制された事とはいえどうにも罪悪感を抱えているようだし、それが消え去るまでは碌なお願いなどしてくれないだろう。

 

「こうなったら……アレしかないわね?」

 

 ならば、別の方法でこの胸のもやもやを晴らせば良い。その結論に至った七罪は、後で恥ずかしい思いをする事になるのを理解しながらも覚悟を固め、むしろフラストレーションを増大させるように後ろ向きな思考の海に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 




 名前は貰えたけどあまりにも楽で申し訳なくて逆にこれじゃダメだと思った七罪。聡明な方なら七罪が何をする気なのかは丸分かりですね。とはいえ全年齢なのでもちろんR-18展開にはなりません。
 あと次のお話は完成してないのでここからしばらく更新停止です。士道クリミナルの方でのアンケート結果も踏まえて、毎月1日辺りに活動報告で進捗その他を載せようと思います。色々並行してして書いているので相当遅いですが。
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