「準備は出来たか?」
「はい。今すぐにでも帰れます」
「……ここまで長く滞在することになるとは、正直思っていなかったんだがな。連れて来てよかったと思える結果で終わって何よりだ」
師は僅かに満足そうに微笑んだ。
大体一ヶ月ほどエレーナの引きこもっていた屋敷で修行していたが、いい加減本拠でなければ解決できない仕事とかが溜まってきたらしく、この山荘とも別れの季節がやってきてしまったのだ。
いろんなことがあったな……
エレーナとの再会。
エレーナとの戦い。
エレーナとのぶつかり合い。
エレーナとの理不尽な合戦。
エレーナとのあつい夜を過ごした記憶。
エレーナとの
「そんな仲良くないから」
おっふ、酷いねぇ〜。
そんなこと正面から言われたら泣いちまうぜ。
鋼のメンタルを持ってる現代日本人でも、娘に「パパと結婚する!」からの「一緒に洗濯しないで」くらいは言われてぇもんだよ。結婚するを省いて一緒に洗濯しないでだけ叩きつけられてるからな、今。
アッシュ知ってるよ、これ、嫌われてるんだよね。
「う、ううっ。そうだよな、俺のことなんて嫌いだよな」
「べ、別に嫌いじゃないよ。……お母さんのこと取らないなら」
「え? なんだって」
「な、なんでもない!」
鈍感系主人公の振りをして地雷を踏み抜くのは回避した。
なんですかその娘の甘酸っぱい感情。
別にヴィクトーリヤさんのこと取ったりしないけど、と、思ったが。冷静に考えてみれば、俺は結構ヴィクトーリヤさん──もとい師に甘やかされてばかりだった。
もしかして親の愛を奪われると勘違いした?
そりゃないぜ、エレーナ。
なんだかんだ師はお前に甘いからな。
俺に対しては、うーん、なんだろ。有望株だから優しくてくれてるのかな。ハッ!! つまり、俺がこのままエレーナに負け続けていると、いつしか有望株としての期待も下がっていって……教えを受けられなくなるのでは?
それはまずい。
俺はどうにか闇魔法を極めて真の闇魔法使いにならなければならない。
もうデスイーターにでもなりたいくらい。
死の呪文は使えないけど代わりにちょっと黒歴史を思い出させる感じの魔法とか使えたら便利だよね。
涙なしには語れない親子の愛……それを破壊仕掛けてたのは俺だけど。
うっ、心が痛い。
恋かな?
「随分と仲良しになりましたねぇ」
「はい。誠心誠意謝った甲斐がありました」
メイドのアデリーナさんは俺とエレーナの会話を聞いて楽しそうにニコニコしている。山荘で働いてたメンバーもどうやら本家の方に戻るらしく、その分の馬車をチャーターしてくる辺り【聖銀級】の資金力は流石だ。
お、俺もそうなりたい。
お金持ち、最強格、闇魔法!
夢が広がるなぁ。
「かつての愚かなアッシュはすでに死にましたからね。今ここにいるアッシュ・レオフォードは完全無欠の存在でありますがゆえ」
「魔力を操るのは下手だがな」
「師。余計なことは言わないでください」
「まだわたしの方が強いし……」
「エレーナ。今は俺のターンだから黙っててくれ」
なんなんだよこの親子は!
仲良くなった途端二人して俺のことをいじめてくる! これが6歳児にやることかよ……!
アデリーナさんはくすくす笑っている。
これは笑われてるのではないか? アッシュは訝しんだ。
「レオフォードさま、よろしければこちらを」
「え? あ、どうも」
差し出されたバスケットを受け取った。
中にはクッキーやビスケットと言ったお菓子がたくさん入っている。すげー、日本でも機会がないと見られないくらいだぞ。このクッキーとかチョコ? っぽい色混ざってるし。
「これは……」
「長旅になりますから。道中摘んでいただければ、と思いまして」
おお、まじか!
久しぶりに甘いお菓子食べたから、正直もの足りなかったんだよね、こないだの分だと。
嬉しいぜ。
これも仲良くしているが故に貰えたんだよな。
やはり過去の遺恨とか、そういうの残らないように真摯に努めていて損はしない。周りからすればそんなこと、と思うかもしれないが、敵を作らないようにするってのはやはり大事なのだ。
時として沈黙こそが金を産むこともある。
俺は学んだ。
無言でお菓子を一つ摘んで口に運ぶ。
あ〜、うまいなぁ。
日本を思い出す。
アッシュと融合したから文明力の差に驚いて生きていけない、とかそう言うのはないけれど、それでもこうして多少現代日本を思い出させるものに触れると、ううむ。
少しばかり懐かしい気持ちになる。
「……大丈夫ですよ、レオフォードさま」
えっ、何が?
急にアデリーナさんは俺の頭を撫でながら微笑んできた。
なになになに?
俺そんな変なことしてた?
いや、ただお菓子食べてただけだけど。
「きっと、あなたの努力は報われます」
…………??
お菓子食べただけだけど、なんの話?
マジで話が読めないのでポカンとしていると、師が怪訝な顔をして会話に参戦してきた。
「なんの話だ?」
いや全くその通りなんですよね。
「奥様。……いえ、そうですね。私の思い違いの可能性も考え、黙っておりましたが」
多分思い違いだよそれ。
耳元でアデリーナさんから話を聞いた師は、僅かに目を見開いて俺のことを見てきた。いやなんの話ですか本当に……
「…………そうか。あり得ない話ではない」
「! ……やはり、そうでしたか」
「ああ。……もう少し、目を光らせてやってくれ。私の見てないところで」
「はい! お任せください」
もうなんでもいいか。
甘いクッキーとしょっぱいビスケット、二つを交互に食べると永遠に口が止まらない。この調子でホールケーキとかお願いしてみようかな。俺は【剣聖】の息子で【聖銀級】の弟子だぞオラ!
ただし魔力の扱いは下手で闇に染まっているものとする。
どこに光要素があるんだよ。
要素だけ見たら敵だよ。
RPGだったら序盤の街で戦う闇落ちした戦士ね。
「ね、アッシュくん」
「なんだエレーナ」
「私にもちょうだい?」
そしてエレーナは俺がもぐもぐ食べていたお菓子を食べたかったらしく、話しかけてきた。
ありがとう、アデリーナさん。
おかげでスムーズに会話ができます。
幼女と会話するべきこととか思いつかないしな。物で釣る、か……参考にしよう。謝罪なら出来るんだけど、ただの会話はな〜。
「おいしいよね、お菓子」
「うん。うまい」
「……また、食べたい?」
「? うん、食べたいけど」
「……ふーん」
そう言ってエレーナは会話をやめて、手にしたクッキーをじっと見つめた。
それきり会話はなかったが、悪くない雰囲気のまま馬車が走り出したのは、ここに着いた時と比べて──本当にいいことじゃないだろうか。