メンヘラ一丁!
言葉で簡単に言っているが、それなりに緊張している。
5年一緒に暮らしているとは言っても、俺まだ子供だからね。子供が女の子連れてきたらびっくりするじゃん? あらあらおませさんね、みたいな。
俺とディーの関係は殺し屋とその対象なんだけど。
「というわけで師。今日はディーが一緒にご飯を食べます」
「……………………????」
「師? 大丈夫ですか」
「あ、ああ。少し待て、落ち着く時間を要求する」
「構いません。はいディー、俺が焼いたお菓子」
「お菓子……これが?」
ふー、と息を吐いて外を眺めてしまった師は置いといて、俺はディーに焼き菓子を振る舞った。クッキーのような何かとビスケットのような何かである。流石に甘味料は貴重品だけどないわけじゃないからね。
師は【聖銀級】なので、このくらいの手配は余裕でしてくれる。
なんならメイドがお菓子作りを趣味にしてるくらいだ。
贅沢だねぇ。
「焼き菓子っていうんだが、食ったことある?」
「焼き菓子……はじめて」
ほろり。
異世界特有の嫌な予感がビンビンしている。
普通そんだけ魔力が強くて魔法も使えればね、ディーさん。有力な魔法使いに弟子入りして多少の贅沢は出来るんですよ。
俺は貴族だからそんなことしなくても出来たけど、父上が甘やかすのヘッタクソだった説が浮上してるからな。過去の記憶を探っても暴飲暴食をした記憶はない。
おっかなびっくり手にとって、そのままじいっと眺めている。
わかる。
クッキー形きれいだもんな。
型さえ綺麗に作れば焼くだけなので、異世界でもこんなに上手に作れるのかと感動したよ。
俺?
俺はドラゴンの形作ろうとしたら失敗してスライム作ったけど。
裁縫セットの如き赤と黒の龍神クッキーを作ろうとしたらエレーナに「センスなしのバカ丸出し」と罵られたので、模擬戦でボコボコにしてやった。エレーナは泣いた。
なかなか口に運ばないので、どうしたんだろうと思ったけど、なんとなく察した。
多分そういうの口に含むなって言われてるんだと思う。
暗殺を命令されて来るくらいだし、あり得なくはない。クソ野郎が……俺が引導渡してやるよ。だめだったら師と父上がなんとかする。
ディーが取ったのと同じのをひょいと摘んでから、口に運ぶ。
子供の口だと一口では無理なので、溢れるのもしょうがないけど、三回に分けて食べるのがベター。
甘い香りと味わいが口の中に広がり、若干水分を吸われていくのが多少ダメージに残るが、それを差し置けるほどの美味さだ。
「…………じゃあ、食べるね」
ディーは恐る恐る口に含んだ。
小さく噛んで、パキッと小気味いい音がなる。
そして口の中に一欠片含んだ後、舌で転がしたのか、目を大きく見開いてからモゴモゴと口を動かす。
「…………おいしい」
「マジ? まだあるからどうぞ」
そのまま続けて一口二口と食べて、一枚をあっさり平らげたディーはもう一枚に手を伸ばした。
「はじめて食べた。こんなにおいしいもの」
あー…………
はい。
なんとなくわかったよ、うん。
だってクッキーはこの世界じゃ当たり前なのに、はじめて食べたなんておかしな話だ。
あ〜あ、父上のせいねこれ。
子は親に似るんだなぁ……
えーどうしよ、流石に放っておきたくないな。
これあれでしょ?
要するに人権無視の子供虐待案件だろ。
逆恨みに似た何かで俺と父上を目標にしてるタイプのやつ。
でも今の俺じゃディーにも勝てない。
いや、勝てるかもしれないけど、その道を選ぶとディーに被害が及ぶ。
どうする?
彼女を無力化して、その後だよ。
守り切れる気がしない。
もしも時限爆弾に似た魔法を仕込まれてたら、彼女が意図しない形で爆発させることができたら?
俺だけの力では難しい。
師の力を借りて、やっとか。
チラリと姿を覗き見たが、師はいまだに外を眺めている。
力は貸してくれないか……?
いや、でも。
師は人の親だ。
その観点から考えて、ディーを保護する手段もなくはない。
これはディーのいない場所で交渉だな。
ひとまずディーとの交友を深めることを優先して、世界の明るさというものを見せてあげようじゃないか。
「普段何してるんだ?」
「いつも? いつもは、おばさんに魔法を教えてもらって、薬飲んで、勉強して、ご飯食べて、寝るかな」
……………………。
うーん……
え?
薬飲んで?
「病気とかあるのか?」
「いや、ないよ。でもあの薬を飲むと、少しだけ気分が浮かび上がるような感じになって、魔力も増えるんだ。そうするとおばさんが喜ぶから」
あ〜〜〜〜アウトです!
師!
聞いてましたか!
流石に今の発言はアウトです!
バッと顔をそちらに向けると、頭を抱えて下を眺める師の姿が。
あ、ああ……
大人の苦悩がそこにはあった。
多分あれ、なんかこう、板挟みになってるっていうか、なんだろうね。中間管理職みたいな切なさが漂ってる。
「そ、そうなのか……」
「うん。アッシュも飲む?」
「いや、やめと……」
やめとくと言おうとして、止めた。
もしも、欲しいと言ったのなら、彼女はくれるのか?
魔力が増えて気分が浮かび上がるようになる、まるで麻薬のような薬を。
使う気はないよ?
でもさ、その〜、ね。
いざって時の切り札になりそうじゃん。
「…………試しに一個、欲しいなぁ」
「アッシュ」
流石に師が口を挟んできた。
まあそうだよね。
多分俺の思惑に気がついてる上で止めてきた。
ってことは師、その薬の異常性とかなんとなく察してるんだな?
ただ飲むだけで魔力が増える薬なんて、誰がどう考えても怪しいからな。それ以外に、もしももっと深く理解しているのだとすれば。
「……ん、いいよ。明日持ってきてあげる」
「ありがとう。ディーは優しいなぁ」
「優しい……の? わたし」
「うん、優しい。友達だもんな」
そういうと、少しだけ逡巡した様子を見せつつも、俺の目を見て頷いてくれた。
ああ、純朴な子供を騙している悪い大人みたいだ、俺。