赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.29 修正


第十話 魔王の末裔

Side:ソーナ・シトリー

 

 お姉様の物とは異なる意匠であるレヴィアタンの魔方陣から出てきたのは、煽情的なドレス姿をした褐色の肌の女性だった。

 

「御機嫌よう、現魔王サーゼクス・ルシファー殿」

 

 彼女がサーゼクス様にそう声を掛けると、サーゼクス様は確認を取る様に言葉を掛ける。

 

「君がここに来たという事は、つまりそういう事でいいのかな? 先代レヴィアタンの血を引く者、カテレア・レヴィアタン」

 

 サーゼクス様の言葉を受けて、カテレア・レヴィアタンという名の女性は不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうやらこちらの動きは察知されていた様ですね。その通りですよ。旧魔王派の者達は禍の団(カオス・ブリゲード)への協力を決めました。理由は、貴方達とは全く逆の考えに至った為。即ち、神も魔王もいないこの世界の変革。中には「そんなのに興味はない」として協力を見合わせた者もいますが」

 

「新旧魔王サイドの確執が本格的になった訳か。悪魔も大変だな」

 

 カテレアの宣言を耳にしたアザゼルは明らかに他人事として発言したものの、それに対するカテレアの反応は想像の範疇を大きく超えたものだった。

 

「確かにその通りですね。ですが、私には関係のない話です。正直な話、別に冥界を治めるのが貴方達でも旧魔王派でも私は一向に構わないのですよ」

 

 カテレアはその様に発言すると、今度はお姉様に向かって話し掛ける。……その表情は、とても穏やかなものだった。

 

「セラフォルー。以前は貴女の事を「レヴィアタンの座を奪った」と激しく恨んだものですが、今となってはもう殆ど気にしていません。後は魔王レヴィアタンの名を継ぐ者としてその名を辱めない様にして頂ければ、レヴィアタンの末裔として貴女が魔王である事を認めましょう」

 

「カ、カテレアちゃん。それじゃどうして……?」

 

 お姉様はどうやら彼女とは顔見知りらしく、それだけに今の答えは私以上に想像外だった様だ。お姉さまは困惑した表情で何故反逆に至ったのかを問い掛けていた。すると、カテレアは表情を真剣なものへと変えて、反逆の理由を語り始める。

 

「確かに、私は冥界の覇権については全く興味がありませんし、偉大なるレヴィアタンの名を穢されでもしない限りは貴方達と敵対する意志もありません。ですが、神器(セイクリッド・ギア)については違います。アレは、アレだけはけしてこの世界に存在してはいけない物です。ですから、私は禍の団に手を貸す事にしました。宿した者とその周りに災いしか齎さない力など、この世界には不要ですから」

 

 ……世界中が神器の恩恵を受けている中で、神器の排除を訴える。ある意味、世界そのものに対して宣戦布告する様なものだった。確かにそういう理由なら、行きつく先は禍の団ただ一つ。

 

「おいおい、随分な言い様だな」

 

 アザゼルがそう言うと、カテレアは事実だと断言した上でアザゼル総督に問い掛け始めた。

 

「事実です。ですが、念の為に訊きましょうか。アザゼル。貴方は、強力な神器を所有した者がたった一人でもまともな人生を歩めたと思っていますか? いっそ病的とすら言える程に神器の研究に没頭してきた貴方の事です。その辺りの統計も取っているのでしょう?」

 

 もはや確信すらしている様子でそう尋ねたカテレアに対し、アザゼルはその表情を苦いものへと変えて返答する。

 

「……そこの魔獣使い(ビーストテイマー)も親に捨てられた挙句に二年も一人で放浪の旅をしていた。イッセーとヴァーリについても、片や人間をやめざるを得なくなり、片や親や祖父から虐待を受けている。聖魔剣使いも元は聖剣計画なんてモンの被験者だ。それにヴァーリ以外にも神の子を見張る者(グリゴリ)に協力する神滅具(ロンギヌス)持ちがいるが、コイツの場合は生まれた時点で既にまともじゃなかったな。その意味じゃ、確かに神滅具やそれに匹敵し得る神器の保有者は、揃いも揃って碌でもない人生を送っている」

 

 アザゼルからの返答を聞いたカテレアは、ここで持論を展開する事で更に畳みかけてきた。

 

「そこまで解っていながら、何故この様には考えられなかったのです? 「神器はその力の強さに応じて、保有者に試練を与える様に因果を弄んでいる」と。それこそ、保有者が試練を乗り越えられるかどうかは二の次として」

 

 このカテレアの持論を聞いたアザゼルは、ここで一定の理解を示す。……脇でそれを聞いた私自身、彼女の持論については一理あると思ってしまった。

 

「成る程な。確かにそう言われると、この駒王町に途方もない力が続々と集まってくるのも納得がいく。俺はてっきりイッセーが宿す赤龍帝の業だと思っていたが、それだけじゃないって事か。だが、それだけで神器が不要ってのはちょっと言い過ぎじゃねぇか?」

 

 アザゼルがカテレアの唱える神器不要論を言い過ぎだと反論すると、彼女は先程までの冷静さが嘘の様に激昂した。

 

「黙りなさい、アザゼル! 貴方のその神器への興味がどれだけ多くの子供と親を泣かせているのか、知らないとは言わせません! それに私が今回のテロの指揮を志願したのは、神器に関する悲劇の片棒を担いでいる貴方をこの手で葬り去る為! アザゼル、貴方にはここで死んでもらいます!」

 

 カテレアがそう宣言すると、アザゼルは何処か感心した様な表情を見せる。

 

「ホウ。大きく出たな。だが、できるのか? 魔王が選出される際、セラフォルーに負けて冥界の辺境へと追いやられた奴が俺に勝とうなんて事が」

 

 アザゼルはこの様な事を言ってカテレアを挑発する。しかし、彼女は挑発には全く乗って来なかった。

 

「できますよ。今の私なら。いえ、貴方やミカエルについてはむしろ負ける方が難しいでしょうね。……この力がある以上は」

 

 カテレアがそう言った次の瞬間、鱗の形状をした魔力が一瞬だけ彼女の体を覆った。それを見た直後、アザゼルの表情からは先程までの余裕が完全に消え去り、驚愕の感情を露わにする。

 

「なっ!」

 

 ミカエルもまたアザゼル総督と同じ反応を見せた。

 

「バカな。それはまさか……!」

 

 そして、アザゼルは何故かサーゼクス様に詰問し始める。

 

「おい、サーゼクス! コレはどういう事だ! 何故()()を使える奴が四大魔王を襲名していねぇんだよ!」

 

 一方、問い詰められたサーゼクス様も困惑を隠せないでいる。

 

「いや、カテレアが()()を使えるという事はなかった筈だ。それにもし最初から使えるのであれば、我々が魔王を襲名する事も無かっただろう」

 

 この首脳陣の反応に、私達は何故その様な反応をしているのか解らずにいた。そんな私達を置き去りにして、話はどんどん進んでいく。

 

「サーゼクス、貴方が知らないのも無理はありません。私がこの大いなる力に目覚めたのは、今から四十年程前の事ですから」

 

「……割と最近じゃねぇか」

 

 カテレアの告白に対してアザゼルがそう零すと、カテレアは何処か遠くを見る様にして静かに語っていく。

 

「そうですね。そして、あの頃の思い出が今の私を形作っていると言えるでしょう。あの頃は、本当に楽しかった……」

 

 ……薄く笑みすら浮かべた彼女のその表情に、私は何故か既視感(デジャヴ)を感じていた。でも、彼女はその表情を再び真剣なものへと変えると、アザゼルへの敵意を新たにする。

 

「だからこそ、神器と貴方をこの世界から排除するという結論に至ったのです。堕天使総督にして神器という忌まわしい存在の研究における第一人者、アザゼル」

 

 カテレアはアザゼルに向かってそう言い放つと共に、魔力を高めて戦闘状態に入る。一方、ミカエルとアザゼルは彼女に対する危機感を露わにしていた。それは交わされる会話の内容からも明らかだ。

 

「不味いですね。彼女が()()を使えるのであれば、私やアザゼルでは勝負になりません」

 

「あぁ。元々は聖書の神の創造物である俺達にとって、レヴィアタンは鬼門以外の何物でもねぇ。実際、三大勢力が三つ巴で戦争していた時も、聖書の神を除けば誰もレヴィアタンを相手取る事ができなかったからな。……ヤベェな、コイツは」

 

 天使長と堕天使総督の二人が揃って「勝てない」と断言する。それ程の力を彼女は持っているという事だった。

 

〈ソーナ、聞こえる?〉

 

 レイヴェルさんの風の魔力を通じてリアスから連絡が届いたのは、ちょうどその時だった。私は顔を俯き気味にして口元がカテレアから見えないようにした後、小声で話を始めた。なお、この私の声はレイヴェルさんによってリアスの元へと直接運ばれる為、リアス以外には私の声が聞こえないようになっている。

 

〈リアスですか? ちょうど良かった。実は〉

 

 私が話を切り出そうとする前に、リアスからカテレアに関する話を切り出された。

 

〈カテレア・レヴィアタンの事ね? 既に「探知」で調べておいたわ。……だからこそ、現在非常に不味い状況である事も解っているのよ〉

 

〈どういう事でしょうか? こちらはアザゼルやミカエルが二人揃って勝てないと言っているのですが〉

 

 私がアザゼルとミカエルがどのような反応をしているのかを伝えると、リアスは納得した様な声を上げた。

 

〈それもそうでしょうね。あの二人は実際に何度も戦場で目の当たりにしている筈だから。だから、ソーナ。落ち着いて私の話を聞きなさい。彼女は、カテレア・レヴィアタンは先代レヴィアタン様がお持ちだった魔力の特性を目覚めさせているのよ。その特性についてだけど……〉

 

 リアスからその能力の詳細を説明された時、私はもう少しで風の魔力の影響を超える程の大声を出しそうになった。

 ……カテレア・レヴィアタンが目覚めさせたという特性は、かつては悪魔の頂点に君臨した魔王の末裔に相応しい、強力無比なものだった。そして、現在戦闘中である者や周辺への影響が大き過ぎる方を除けば、現状において対処可能なのは古の魔神の魂を宿しているというヴラディ君ただ一人である事を知って、私は戦いというものが如何に難しいものであるのかを改めて実感していた。

 

Side end

 

 

 

「何だ、あれは?」

 

 ヴァーリから時間を貰って陽神の術の準備をしていた僕は、彼女が見せた力についてヴァーリに尋ねてみた。だが、ヴァーリも彼女の力については知らされていなかった様で、かなり驚いた表情を見せている。

 

「いや、流石にあれについては、俺も全く聞かされていなかった。……しかし、これは参った。先代魔王を信望し、戦争の継続を望んでいるいわば旧魔王派の中心人物達が声高に唱える「真の魔王」という言葉も、彼女に限定すれば身の程知らずという訳でもなかったな。一応の実家であるルシファー家にあった秘蔵の書物を読んでいて俺も知っていたが、まさか彼女が覚醒していたとは思わなかった」

 

 四大魔王の一角であったルシファー家の秘蔵の書物に記載されている能力。その詳細が気になった僕はヴァーリに説明を求めた。

 

「ヴァーリ、どういったものか説明してくれ。ルシファー家秘蔵の書物に記されているという時点で、尋常ならざるものだとは思うけど」

 

 すると、ヴァーリは書物に記載されていたであろう能力の詳細について語り始めた。

 

「その認識で合っているよ。悪魔が有する数多の特性の中でも、アレは間違いなく五本の指に入る代物だからな。……聖書の神が創造した終末の怪物の内の一頭にして最強の生命であるレヴィアタン。その鱗はあらゆる武器を跳ね返し、それ故に誰も傷一つ付けられないと言われている。そのレヴィアタンが悪魔へと身を落としてその在り方を変えた時、無敵の鱗は魔力の特性へと変換された。それが、如何なる攻撃も弾き返してしまう魔力の鱗を身に纏う防御系最強の特性、無敵鱗(インビジブル・スケイル)。レヴィアタンが四大魔王の一角となり、戦争時にも創造主である聖書の神を除けば誰一人としてレヴィアタンに敵わなかったと言われる所以だ」

 

 ヴァーリの説明を聞いて、僕は会議室にいる人達では対処が難しい事を悟る。

 

「これはまた随分と凄い能力だな。そういう事なら、聖書の神の創造物である天使や堕天使、あるいは悪魔でも天使の出身であれば無敵鱗を抜くのはまず不可能だろう。最強たるレヴィアタンの鱗は誰も貫けない。そうなる様に創造されているからな」

 

 ……つまり、アザゼルさんやミカエルさんは、カテレア・レヴィアタンに対しては無力と化す。しかし、その割にはヴァーリの方は余裕綽々だ。

 

「まぁ、俺やお前なら問題なく抜けると思うんだがな。お互い、持っている神器がそういった事に向いているからな」

 

 確かに、ヴァーリの言う通りだった。僕も能力の説明を受けて思い浮かんだ無敵鱗の攻略方法を語っていく。

 

「僕は攻撃力を強化して強引に突破、お前は力を奪って防御を薄くして突破と言ったところか。実際、あの特性を抜くには聖書の神の想定を超える攻撃力か、あるいは何らかの形で想定を外してしまうしかない。そうなると、僕とヴァーリ以外で確実にどうにかできそうなのはトンヌラさんだけ、あるいは伝説級を複数創造できるならレオもどうにかと言ったところか。後はサーゼクス様もたぶんいけるとは思うけど、その時は周りへの影響を顧みない力押しになりそうだ」

 

 ……戦況がたった一手で逆転する。これがあるから、戦闘中は絶対に思考を止めてはいけないのだ。

 

「意外に対処できそうな者が多いな。それで、お前はどうするんだ?」

 

 ヴァーリにどうするのかを尋ねられたが、諸々の事情で僕に今できる事は何もない。その事をヴァーリに伝える。

 

「……僕からは手を出さない。いや、出せないというべきか。今ここで僕が手を出したら、今から僕がやろうとしている事に対して彼女が誤解してしまう。だから、この場はトンヌラさんに期待するしかない」

 

 ……貴方の力なら、この場を凌ぎ切る事ができる筈。だから、ここはお願いします。トンヌラさん。

 

 

 

Side:アザゼル

 

「クソッ! あの魔力の鱗がどうしても抜けねぇ! やはり本物だったか!」

 

 俺は会議室から校庭に出てカテレア・レヴィアタンと戦い始めたが、戦況は一方的だった。尤も、無敵鱗なんて代物が出てきた時点でこうなるのは解り切っていたんだがな。見た目が似ているだけの別物である可能性に賭けてはみたんだが、現実は非情だったって訳だ。まぁせめてもの救いは、カテレアが余り戦い慣れていないせいか、魔力での攻撃がかなり雑な点だ。それがなかったら、俺はとっくにやられている。だが、明らかに目の敵にしている俺に対して圧倒的に優位に立っているにも関わらず、カテレアは何処までも冷静だった。……いっその事、旧魔王の末裔らしく驕り高ぶるか、あるいは俺を見下すかをしてくれれば、まだ付け入る隙ってのがあるんだがな。

 

「アザゼル、これで理解できたでしょう? 貴方やミカエルの力では私に勝つのは無理だと。いい加減、切り札を出したらどうです? あるのでしょう? ……多くの神器保有者を犠牲にして創り出した、貴方特製の神器モドキが」

 

 俺特製の神器モドキ。

 

 この言葉が出てきた時、俺は思わずカテレアに問い質してしまった。

 

「カテレア。……お前、何処まで知っている?」

 

 すると、カテレアは面白可笑しそうに俺を嘲笑い始める。

 

「アラアラ。その可能性が高いとは思っていましたが、大当たりでしたか。私程度の詐術にこうもあっさり引っかかってくれるとは、流石に思っていませんでしたよ」

 

 ……カマを掛けられた。

 

 そう悟った時、俺は苛立ちの余りに舌打ちした。これによって、今の俺の心理状況が嫌でも理解できてしまった。

 

「チィッ! ……こんな子供騙しに引っ掛かるなんざ、俺も相当に追い詰められている証拠だな」

 

 そんな風に悔しがっている俺に対し、カテレアは全てを出せと迫ってくる。

 

「さぁアザゼル。出し惜しみなどせずに、貴方の持ち得るものを全て出しなさい。その全てを打ち破る事で、私は神器など取るに足らない物である事を証明します。そして、この世界から全ての神器を排除するのです。この世界に神器なんてモノさえなければ、私は……!」

 

 カテレアの目には、俺や神器に対する激しい憎悪があった。……いや、俺については神器に対する憎悪の一環だろう。それだけに、その憎悪が魔王レヴィアタンの座を奪ったセラフォルーには全く向けられていない事が気になった。

 

「おい、カテレア。何故、そこまで神器を目の仇にする?」

 

 そこで俺はあえてカテレアに尋ねてみた。答えなど期待してはいなかったが、奴は意外にも俺の質問に答えてきた。

 

「まぁいいでしょう。このまま何も知らずに殺されるのは不本意でしょうし。……簡単に言えば、神器があったから私の夫と息子が殺された、という事です」

 

 随分と有り触れた理由だな。俺はそう思い、言葉を掛けようとした。

 

「神器の保有者にでも殺されたか? だが、そんな事は」

 

 ……しかし、カテレアの口から続いて出てきた言葉を聞いた時、俺は戦闘中である事を忘れて完全に頭の中が真っ白になってしまった。

 

「逆ですよ。神器を宿した息子と息子を守ろうとした夫を堕天使によって殺されたのです。危険な神器を宿している。だから自分達の脅威になる前に排除する。神器を執拗に追い回す貴方達の常套手段でしょう?」

 

「ちょっと待て。……まさか、お前」

 

 俺がカテレアに確認を取ろうとするが、奴はその前に自分の事を語り始めた。

 

「えぇ。貴方の想像通りですよ、アザゼル。私は人間の男性との間に子供を作ったのです。……五十年程前、私は先代のデュランダル使いと遭遇し、激しい戦いになりました。戦いに敗れた私は九死に一生を得る形で何とか逃げ切る事には成功したものの、深い傷を負っていた為にやがて力尽きて倒れてしまいました。私はそこを通りがかった中年間際の男性に助けてもらい、彼の家で養生している内に寡黙であったものの誠実だった彼と互いに恋に落ち、やがて夫婦の契りを交わして一人の男の子を儲けました」

 

 それは、ある意味でありふれた、それ故に特に咎められる事のない悪魔と人間の恋物語だった。あくまで、永遠にも等しい生を生きる悪魔にとっての一時の戯れとして、ではあるが。……だが、問題はそこじゃねぇ。

 

― アザゼル。総督ではなく、友として聞いてくれ。……俺に妻ができた。●●と言うんだ ―

 

― アザゼル、聞いてくれ! 娘が、○○が私の事を「父様」と呼んでくれたんだ! ―

 

 二十年程前から始まる記憶の数々が、俺の脳裏に浮かんでは消えていく。

 

「幸せでしたよ。……本当に幸せだったと心から言えます。その時まで魔王レヴィアタンの名に執着していた自分が、何も見えていない唯の愚か者だったと心の底から思える程に。それどころか、カテレア・レヴィアタンの名を棄てて、魔王の末裔である事も忘れて、あの人に名乗ったジーナ・ルディンスという偽名を本当の名前にする事すら考えていました」

 

― アザゼル。私は、いや俺はもう以前の様に前のめりには戦えそうにない。今の俺には帰る場所がある。俺の帰りを待ってくれる●●や○○がいる。だから、二人を悲しませる訳にはいかないんだ ―

 

 何だよ、それは。それじゃまるで……!

 

「ですが、その幸せも露と消えました。私の息子に、神器なんて忌々しいモノが宿っていた為に。あぁ、勘違いしないで下さい。私は別に神器が宿っているからと言って、可愛い息子を疎んじる様な愚かな真似などしませんよ。その時はただ、この子は特別な才能を持って生まれてきた。その程度にしか考えていませんでした。……私が用事で出掛けている間に、夫とあの子が堕天使達に殺されるまでは」

 

― 何故だ! 何故、この日休みだった私にこの様な仕事をさせたのだ、アザゼル! 私が○○と約束した通りに家で一緒に過ごしていれば、こんな、こんな事には……! ―

 

 ……もう、既視感(デジャヴ)なんてモノじゃなかった。

 

「私は悪魔、しかも魔王レヴィアタンの末裔です。今までの戦いで何人もの敵を殺して来た以上、報いを受けて殺されても仕方がありませんし、その覚悟はあります。……ですが、死にかけていた私を助け、また心から愛してくれた夫やその愛の結晶であるあの子には、私の報いを受けて死ぬ謂れなど何一つありません! それなのに、どうして二人が殺されなければならないのですか!」

 

― 俺は堕天使だ。今までやってきた事の報いを俺が受けるのは解る。だが、それなら何故、俺の報いを●●や○○が受けなければならない! ―

 

 ……あぁ、そうか。そういう事だったのか。

 

 俺はここまで聞いた時点で全てを理解すると、俺の中から戦う意志が急速に失われていった。

 

「私が無敵鱗に覚醒した事に気付いたのは、それから間もなくの事でした。無敵鱗は、まだ怪物だった頃のレヴィアタン様が聖書の神によって(つがい)の片割れ、つまり夫を殺された事で反旗を翻し、悪魔へと身を落とした時に得た特性。つまり、愛する者を理不尽に奪われた事による怒りと悲しみの涙こそが、無敵鱗に覚醒する最終条件だったのです。何という皮肉でしょうか。魔王の名に固執していた頃に欲していた力が手に入った。以前の私なら、きっと狂喜乱舞していた事でしょう」

 

 カテレアはここで軽く笑みを浮かべたが、その笑みは明らかに自嘲によるものだ。……チクショウ。そんな所まであの時のアイツと一緒でなくてもいいだろうによ。

 

「でも、今は違う。私は、こんな愛する夫と息子を喪う事で手に入る力なんていらなかった! 私は愛する夫と息子さえいてくれれば、親子三人で静かに、そして幸せに暮らしていければ、ただそれだけで良かった!それなのに。それなのに、息子に宿ってしまった神器が、それを付け狙う貴方達堕天使が、そして神器の存在を容認する世界が、それを許してはくれなかった! ……悪魔だから? 私が悪魔だから、悪魔を愛し、また悪魔に愛された者も、その間に生まれた子供も生きる事など許されないとでも言うのですか!」

 

― アザゼル、とんだ笑い話だな。堕天使は、いや私という存在は、ただ生きて側にいるだけで愛する妻を死なせ、娘を不幸にするらしい。それなら、俺は……! ―

 

 あぁ、これはダメだ。俺はもうコイツとは戦えねぇ。そう思ったら、俺の戦う意志が完全に折れちまった。

 

「だから、私は神器の存在を否定する! ただ宿しているだけで子供の未来を奪い、親の愛情を無碍に踏み躙る様な物が、この世界にあって良い訳がない!」

 

 だが、何の事はねぇ。今のこの状況は、完全に俺の自業自得だった。

 

「参ったな。ここに来て、とうとう因果が巡ってきちまったのか」

 

 ……何故なら、カテレアは。この女は、親友(ダチ)のあり得た可能性だからだ。

 俺の不手際で喪ったのがもし奥さんだけじゃなかったら、アイツはきっと俺の前に敵として立っていただろう。我慢強いアイツなら、あるいは俺のせいじゃない、自分のせいだと言って全てを自分の中に抑え込むかもしれねぇが、それで結婚前より更に前のめりに、いや死に場所を探す為に戦いに出るぐらいなら憎い仇として俺を憎んでくれた方がよっぽどマシだろう。

 

「今、俺の目の前にいるのは、昔の栄光に縋る旧魔王の末裔でも、革命を謳い文句に暴れ回るテロリストでもねぇ。俺の力不足で殺された旦那とガキの仇討ちに来た、ただの母親だ」

 

 ……今、正にそうしているカテレアの様にな。

 

 俺が自分の因果と向き合っている中、カテレアは俺の「ただの母親」という言葉を全面的に肯定した。

 

「えぇ、貴方の言う通りですよ。アザゼル。今、貴方の前に立っているのは、カテレア・レヴィアタンを名乗るジーナ・ルディンス。最愛の夫と息子を神器によって奪われた、ただの母親です。だからと言って、「神器に子供を奪われた全ての親達になり変わり、貴方を断罪する」などと言うつもりはありません。ただ、これだけは覚えておきなさい。貴方の神器研究(オアソビ)は、多くの子供達とその親達の血と涙で成り立っている事。そして、そんなものがそういつまでも世に罷り通る訳がないという事を」

 

 ……コイツは、重ぇな。重過ぎる。まるでアイツから「お前が自分の道楽に耽って本業をおろそかにしたせいで、愛する妻を殺された」、そんな風に言われてるみたいでな。

 そんな事を思っていると、いつの間にか校庭まで来ていたトンヌラが自分から汚れ役を買って出てきた。

 

「総督さん、選手交代だ。何故か知らねぇが、今の総督さんからは戦意がまるで感じられねぇ。それにこう言っちゃ何だが、ここにいるのは人のいい奴ばかりだからな。こんな話を聞かされちゃ、本気(マジ)にはなれねぇだろう。だったら、俺がやるしかねぇよ」

 

「大丈夫か?」

 

 俺が色々な意味で確認を取ると、トンヌラがニヒルな笑みを浮かべながら「問題ない」と答えてきた。

 

「こちとらプロだ、問題ねぇ。だから、後は俺に任せてくれ。例の魔力の鱗は今の所、俺にも手の打ち様がねぇが、だったらある様にするだけだ。ただ代わりと言っちゃ何だが、お嬢ちゃん達の方を頼むぜ」

 

 それどころか、逆にソーナ達の事を頼まれた俺はそれを了解する。

 

「解った。こっちは任せておけ。……とんだ尻拭いをさせちまうな」

 

 本当なら、俺が片を付けるべき所をコイツに任せちまう。そんな後ろめたさから出てきた言葉だったが、トンヌラは気にしない様に言って来た。

 

「気にすんなよ、総督さん。それが俺の仕事だ。それにな、だからこそ、この世界には俺みたいなのが必要なのさ」

 

 ……何でこう、イッセーの周りには一級品の人材ばかりが集まってくるのかね? 俺はイッセーの巡り合わせの良さに少しだけ嫉妬した。

 

「貴方は?」

 

 カテレアが俺と入れ違いで前に出てきたトンヌラに名前を尋ねると、トンヌラは己の名と素性を明かす。

 

「シモン・トンヌラ。アミュレット一個で一年間、旦那達の護衛を請け負ったしがねぇ傭兵さ」

 

「しがない傭兵? 貴方が? ……つまらない冗談はお止しなさい。貴方でしがないと言うのなら、世の傭兵は大半がしがない者となるでしょう」

 

 ……コイツは参った。俺はどうやら本当にカテレアの事を見縊っていたらしい。トンヌラもそれに気付いた様で、その顔からニヒルな笑みが消えた。

 

「百戦錬磨である筈の堕天使の総督さんが手も足も出ねぇ訳だ。今まで傭兵やっていて、何度も出くわして来たテロリスト共とは覚悟の質が違う。だったら、気合入れていかねぇとな。……念の為に訊くが」

 

「私は子供達まで手にかけるつもりはありません。まだ何もできない、それ故にまだ何もしていない子供達を、私達大人の争いに巻き込むのは私の望む所ではありませんから」

 

 トンヌラが意志確認する前にカテレアの口から出された言葉に、トンヌラは真剣な表情を少し緩めると共に口笛を軽く吹いた。

 

「いい女だねぇ。思わず口説いちまいそうだ。……その左手の薬指で輝いている結婚指輪(モン)さえなければな」

 

「同情など、私は要りませんよ?」

 

 トンヌラの軽口に対して、カテレアは不快な表情と共にきっぱりと拒絶した。すると、トンヌラはその表情を再び真剣なものへと変える。……情を切り離し、冷徹に敵を殺せるプロのものへと。

 

「するかよ、そんなモン。それこそアンタに失礼だろうが。それに、金で雇われて戦う傭兵とはいえ、俺にも背負ってるモンがある。それは大きさや重さこそ人それぞれだが、今を生きてる奴なら誰だって背負ってるモンだ。アンタにゃ悪いが、アンタが背負ってるモンを踏み潰させてもらうぜ」

 

 トンヌラはそう言って身構えると、上級天使も斯くやと言わんばかりの膨大な光力を放ち始めた。カテレアもそれに応じて魔王の末裔の名に相応しい領域まで魔力を高めていく。

 

「そうはさせませんよ。私は、私のやるべき事をやり切ってみせる。悪魔の私ではまず行けない天国にいる筈の夫と息子にそう誓ったのですから」

 

 そして、二人は戦闘を開始した。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

独自設定のオンパレードで申し訳ありませんが、ご容赦ください。

では、また次の話でお会いしましょう。
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