赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.30 修正


第十一話 母

Overview

 

 戦意を喪失したアザゼルと交代したネフィリムの傭兵、シモン・トンヌラとアザゼルの命を目当てとして襲撃を掛けてきた旧魔王レヴィアタンの末裔、カテレア・レヴィアタンの熾烈な戦いが始まってから既に二十分以上が経過していた。

 

「チョイサァッ!」

 

 また一撃、トンヌラの拳がカテレアの体に入る。しかも、以前破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の力に直に触れた事で獲得した破壊の衝撃のおまけつきだ。しかし、カテレアは絶対防御と言うべき特性である無敵鱗(インビジブル・スケイル)によって、それ等の攻撃を完全に無効化してしまった。カテレアはそれを見越して至近距離で魔力砲を放つが、トンヌラはそれを容易く躱すと共に瞬く間に間合いを取る。トンヌラとカテレアが戦い始めてから何度も繰り返されたやり取りであるが、純粋な戦闘技術ではカテレアはトンヌラに遠く及ばなかった。しかし、その隔絶した戦闘技術の差によって通常なら致命傷となる攻撃を何度も食らいながらも全くの無傷である事から、カテレアにはまだ余裕があった。

 

「中々に厄介ですね。こちらにダメージこそありませんが、相打ち覚悟で仕掛けた攻撃がどうしても当たってくれません。しかも攻撃がまったく通じないという劣勢にも関わらず、冷静にこちらの動向を見極めてながら行動している。この巧みな戦いの進め方と劣勢にも動じない強靭な精神力が歴戦たる所以なのでしょうね」

 

 それなら、持久戦で疲労させ、動きが鈍った所で仕留めればいい。カテレアはそう考えていた。

 

「この分だと、あと三回って所か。まぁ、地道にコツコツ積み上げていきますかね」

 

 ……トンヌラの思惑通りに。

 

 一方、一誠とヴァーリの方はと言えば、既に約束の時間は過ぎているにも関わらず、未だ戦闘を中断したままだった。

 

「……成る程な。そういう事なら、もう少しだけ待ってもいいぞ」

 

 トンヌラとカテレアが戦い始めてから、ヴァーリからそもそも何をするつもりなのかを尋ねられた一誠がそれに答える形で事情を説明していたからだ。そして、戦闘中断の継続を快諾してくれたヴァーリに対して、一誠は謝罪するしかなかった。

 

「何度もゴメン、ヴァーリ。ただ、今あの戦いに介入しても、彼女はけして耳を貸してくれないからな。……たとえ、話しかけたのが()()()だとしても」

 

 それで、事情説明を受けたヴァーリは納得した。しかし一方で、現在カテレアと戦っているトンヌラについては不安視している事を一誠に伝える。

 

「だが、大丈夫か? 今の所、そのトンヌラとやらの攻撃は全く通用していない様だが」

 

 このヴァーリの問い掛けに対し、一誠はカテレアが選択した戦術について批評する形で答えた。

 

「カテレア・レヴィアタンは選択を誤った。彼女がトンヌラさんに勝つ為には、むしろ短期決戦を仕掛けるべきだったんだ。そうすれば、まだ勝ち目があった。しかし、なまじ無敵鱗の防御力を信用し過ぎて、トンヌラさんの疲弊を待つ持久戦を選んでしまった。これでもう、トンヌラさんの勝利は揺るがない」

 

 しかし、ヴァーリには一誠の考えている事がまだ見えていなかった。

 

「話が見えてこないな。俺がカテレアの立場でも持久戦を挑んでいる筈だが、それの何処が不味いんだ?」

 

 困惑気味のヴァーリに対し、一誠は多くを語ろうとしなかった。……そう遠くない内に目に見える形で解ると思ったからだ。

 

「それについては、そう遠くない内に解るよ。……いや、どうやらこれで一気にケリがつきそうだ」

 

 一誠がそう宣言したのは、戦いに不慣れなカテレアの隙を更に三度突いて、トンヌラがカテレアに直接打撃を加え終えた時だった。

 

「フゥ。……やっと終わったぜ」

 

 そこには、何かをやり終えてホッと一安心するトンヌラの姿があった。

 

「何が終わったのですか?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるカテレアに対し、トンヌラははっきりと断言する。

 

「アンタの無敵タイムさ。証拠は、コレだ!」

 

 次の瞬間、トンヌラは今までとは明らかに異なるスピードでカテレアの懐に入り込むと、鳩尾(みぞおち)を狙って光力を集めた拳を放った。

 

「ウッ!」

 

 不意打ちを食らう形になったカテレアは反応できず、先程と同様に攻撃をまともに食らった。……異変は、ここからだった。

 

「ガッ……ハッ!」

 

 今までは全くのノーダメージだった筈が、急所の鳩尾に激しい衝撃を食らった事で暫く完全に動けなくなってしまったのだ。その後、必死に牽制の魔力弾を放ちながら距離を取ったものの急所への直撃によるダメージは重く、そのまま蹲ってしまったカテレアは余りに信じがたい事実を前に驚愕を露わにする。

 

「そ、そんな……! 聖書の神を除けば誰も抜けない筈の無敵鱗を抜いてきたのですか!」

 

 ここで、トンヌラは己の能力の種明かしを始めた。

 

「俺の光力は少々特殊でな、旦那の話じゃ「解」の概念を持っているらしいな」

 

「「解」の概念?」

 

 カテレアが疑問に思うと、トンヌラは己の力がどういったものかを語っていく。……知られた所で、対策のしようがない為だ。

 

「簡単に言えば、「解」析して理「解」した後に分「解」するって所だな。俺も契約の際に何ができるのかを旦那に説明した後でそう言われて「成る程」って思ったよ。確かに、俺は触れたものを解析して、それがどういったものかを理解できる。しかも、それを元に敵の力を分解して無効化する事もできるのさ。それにこれらの能力の応用として、自分の光力を分解・再構成する事でこれまでに解析して理解したものと全く同じ能力を作り上げる事も可能だ。因みに、アンタをさっきまで手古摺らせていたのは、十字教教会が持っているエクスカリバーの複製品を俺が解析して再現した能力さ。まぁ折角なんで試しにやってみたら、できちまったんだがな」

 

 ここまで言われた事で、カテレアは理解してしまった。

 

「では、今のは……!」

 

「あぁ。恐ろしく複雑怪奇だったモンで、解析してから理解するまでに十回も直接触れなきゃいけなかったが、無敵鱗の解析と理解は完了した。後は、その情報に基づいて無敵鱗の基礎構造を分解しちまえばいいって訳だ。ついでだから、もう一つ教えておくか。無敵鱗はなまじ「敵から仕掛けられたあらゆる攻撃を弾き返す」って概念があるばかりに、無敵鱗を構成するレヴィアタンの力と全く同じ力をぶつけられると、攻撃とは認識されずに素通りさせちまうんだよ。その意味じゃ、レヴィアタンであるアンタの魔力攻撃をカウンターでそっくりそのまま返せば攻撃として通用するし、あるいはどうにかしてアンタの魔力を奪ってそれを攻撃に利用するのもいいな。まぁ要するにだ。レヴィアタン以外に対する絶対防御であるが故に、レヴィアタンの力は防げない。これが無敵鱗の致命的な弱点さ」

 

 ……無敵鱗は、もはや無敵ではなくなった事を。

 

「まさか、無敵鱗にその様な弱点があったとは……!」

 

 歴戦の天使長や堕天使総督はおろか使い手である自分、そしておそらくはレヴィアタン本人すら知らず、創造主である聖書の神も想定外であろう無敵鱗の弱点を初戦で、しかも三十分も戦わない内に探り当ててしまったトンヌラの底知れぬ力量を前に、カテレアは愕然とする。

 ……カテレアは無敵鱗があったからこそ、戦闘技術は圧倒的に格上であるトンヌラとも戦えていた。しかし、それを完璧な形で攻略されてしまった以上、もはや大勢が決してしまった。

 

「さて。無敵鱗の優位性がなくなった今、元々が戦う者でないアンタじゃ俺にはもう勝てねぇよ。……訊くだけ無駄だとは思うが、念の為だ。降服するか?」

 

 既に大勢は決したと判断したトンヌラは降服勧告を行うが、カテレアはきっぱりと拒絶の意志を示す。

 

「降服? ……する訳がないでしょう。神器(セイクリッド・ギア)の存在を全面的に肯定する貴方達には、たとえ死んでも屈したりはしません。仮に私がこのまま大人しく降服したとしても、レヴィアタン様の力を直に見て知っている上層部の老人達は、その力に目覚めた私からの報復を恐れて生かしておくわけがありません。何より、旧魔王派の悪魔達を一度見逃して辺境に追放した結果が、禍の団(カオス・ブリゲード)という一大反抗組織への合流なのです。……二度目は、あり得ません」

 

 カテレアの言い分に、トンヌラは理解を示すと共に別の可能性にも気付いた。……仮に生き残る事ができたとしても、彼女を待つのは生き地獄だけだと。

 

「そうか。……そうだな、アンタの言う通りだ。それにアンタが女である以上、どうかするとレヴィアタンって魔王の血筋の存続だけを目的として、好きでもねぇ男との子供を無理矢理孕まされる可能性だってある。それを思えば、ここで潔く死なせてやるのが逆に人情って奴かもしれねぇな」

 

 トンヌラから別の可能性を指摘されたカテレアは、対戦相手であるトンヌラに介錯を頼み込む。……夫に捧げた貞操を守り抜く為に。

 

「お願いします。私はあの人以外に抱かれる気など毛頭ありません。それにこうして志敗れた今、私にはもうこの世界に未練などありませんから」

 

 そう語るカテレアの瞳には、一点の曇りもなく澄み切っていた。……己の死を受け入れている者の目である。命乞いなどはしそうになかった。

 

「そうかい。……せめてもの情けだ。苦痛を一切感じねぇ様に、一瞬で終わらせてやる」

 

 トンヌラはそう言うと、右手に膨大な光力を集束させ始めた。「解」の概念を持つ光力を以て、カテレアのあらゆる要素を一瞬で分解する為だ。それを見たカテレアは静かに瞳を閉じる。

 

 ……彼女の中には一つだけ心残りがあった。悪魔は光力で死に至ると、魂すら残らず消滅する。つまり、今ここでトンヌラに討たれると、カテレアには死後の世界というものが存在しないのだ。仮に別の方法で死ぬ事で魂が残ったとしても、悪魔であるカテレアは夫と息子がいるであろう天国のある天界には行けない。つまり、愛する夫と息子に会うのはどうあっても不可能なのだ。それを解らないカテレアではない。

 

(寡黙で少し無愛想だったけど、悪魔である事を含めた全てを受け入れてくれた、とても誠実で情け深い最愛の夫。

そんな夫譲りの金髪を生やし、自分に似て褐色の肌をした、とても元気で明るい、まるで我が家を照らす太陽の様な可愛い我が子。できる事なら、もう一度あの人とあの子に会いたかった……)

 

 カテレアがせめて最期は己の愛する二人の家族の姿を思い浮かべながら逝きたいと思い、それを実行していた時だった。

 

「トンヌラの小父さん、もう止めて! これ以上、この人を苛めないで!」

 

 世界で最も聞きたいと願い、そしてけして叶わない筈の声がカテレアの耳に入ってきたのは。

 カテレアはハッとなって、閉じていた瞳を開いた。

 

「あぁ。あぁぁっ……!」

 

 カテレアは、目の前の光景が信じられなかった。

 

「十二年前まで、ボクはずっと眠ってたんだ」

 

 小さな影の存在が自分の前に立ち、両手を広げて自分を守ろうとしている光景が。

 

「でも、イッセー兄ちゃんがアリスお姉ちゃんを千年の怨念から解放してくれた時、皆と一緒にボクも起きられたんだ」

 

 その後ろ姿から確認できるのは、その髪の色が金である事。

 

「それから、いろんな事があったよ。僕より前の赤龍帝の人達からは可愛がってもらったし、年が近いお兄ちゃんやお姉ちゃんとは一緒に遊んでもらった。それに、イッセー兄ちゃんみたいに強い男になりたくて、ちょっと前からボクもレオンハルトの小父さんやロシウのお爺ちゃんから剣や魔法を教えてもらったり、教授って偉い先生をしていた人からお勉強も教えてもらったりしてるんだ。あっ、それと昨日はイッセー兄ちゃんがよく通っていた孤児院にいる皆と友達になって、一緒に遊んだりもしたんだよ」

 

 そして、手から解る肌の色は、カテレアと同じ褐色。

 

「本当に、楽しかった。楽しかったんだよ。……楽しかったけど、やっぱり寂しかった。だって、ボクが一番会いたい人にはもう二度と逢えないって、そう思っていたから。だから、ボクはずっと我慢してた。でも、それでもやっぱり会いたかった。だから、今こうしてまた会えて、ボクはとっても嬉しいんだよ?」

 

 トンヌラは溜息を一つ吐くと、手に集束させた光力を散らしてしまった。流石に幼い子供の前で人を惨殺するのは躊躇われたのだろう。

 その小さな影はそれを確認すると、広げていた両手を降ろしてカテレアの方へと振り向き始めた。……その小さな影から発せられる声は、少し涙声になっていた。

 

「今更こうして現れて、ひょっとしたら迷惑かもしれない。勝手に死んじゃったボクの事を、嫌いになっちゃったかもしれない。でも、それでも」

 

 完全に振り向いた事で確認できた顔は、カテレアが最もよく知るものだった。……それも当然だ。何故なら。

 

「それでも、会いたかった。ずっと、ずっと会いたかったよ。……お母さん!」

 

 その男の子は、最愛の夫との間に授かり、自分がお腹を痛めて生んだ可愛い息子なのだから。

 

「クローズ!」

 

 涙を流しながら自分に向かって飛び込んでくるクローズを、カテレアは膝をついて力強く抱き止める。……その瞳からは歓喜の涙が溢れていた。

 

「あぁ、何という事なの! まさか、まさかこの子にまた会えるなんて! こうしてまた抱き締める事ができるなんて! 私の可愛いクローズ!」

 

「お母さん! ……お母さん!」

 

 こうして、一度は死に別れた親子の涙ながらの再会は無事に果たされた。しかし、予想外にも程がある展開に会議室にいた者は誰も理解が追い付いていない。

 

「旦那、一体どういう事なんだ?」

 

 そこで、トンヌラがこの時既に地上に降りて来ていた一誠に尋ねると、一誠はそれに応じてクローズに関する説明を始めた。

 

「僕の二代前、そして歴代でも最年少の赤龍帝であるクローズの母親の名前がジーナ・ルディンスと言うんです。それに、クローズからは肌の色は母親譲りだって聞いていましたし、その母親の姿もクローズの記憶から転写した写真で知っていました。それで、すぐに解ったんです。彼女がクローズの母親だと」

 

 この一誠の説明で、戦闘が終わったと判断して近付いて来ていたアザゼルはある事実に気付く。

 

「おい、イッセー。そうなると、コイツは……」

 

 アザゼルのこの問い掛けに答えたのは、問い掛けられた一誠ではなかった。

 

「アザゼルが想像した通りさ。俺もその事を一誠から聞いた時には正直驚いたよ。まさか、俺と同じく「魔王の血を引く二天龍」なんて冗談みたいな存在が赤龍帝にも生まれていたとはね。しかも、一誠の話では個人の才能についても歴代最高位の者達と肩を並べ得るものがあるとの事だから……」

 

 戦闘を完全に中断して一誠と共に地上に降りてきたヴァーリの説明を受けて、ドライグはあり得たかもしれない可能性について触れる。

 

『巡り合わせによっては、現在・過去・未来における最強の二天龍同士が相見えていた訳か。……それはそれでまた面白い筈なんだがな』

 

 口でそう語る割に余り乗り気でなさそうなドライグに対し、アルビオンもそれに同意する言葉を口にした。

 

『一誠という存在を知ってしまった以上、宿敵もしくは好敵手としては少々魅力に欠けるな。お前の方も相棒としては少々物足りないと言った所だろう、ドライグ。……どうやらお互い、かなり贅沢になってしまった様だな』

 

 明らかに苦笑交じりであろうアルビオンの言葉に対し、ドライグはいかにも困っている様な口ぶりで返す。しかし、ドライグが全く困っていない、それどころか何処か面白可笑しく感じている事はその声色から明らかだった。

 

『全く、お互いに困ったものだな。アルビオン。だが、それも悪くない』

 

 こうした会話を重ねていく中で、一誠は感動の親子の再会を果たした二人に歩み寄って静かに声を掛ける。

 

「そろそろよろしいですか?」

 

 カテレアがクローズだけに向けていた視線を一誠に向けると、何者かを尋ねた。

 

「貴方は……?」

 

 この問い掛けに対し、一誠は己の名を名乗った上で現状についてカテレアに説明する。

 

「今代の赤龍帝である兵藤一誠です。そして、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)に宿っていた貴方の子供であるクローズの残留思念、というよりはもはや分霊と言った方がいいかもしれませんが、その子に霊力を凝縮して霊体を実体化させる陽神の術を施した者でもあります。ただ陽神の術ではもって三時間程しか実体を維持できませんが、貴女とクローズが話をするには十分だと思いました」

 

 ここで、一誠が陽神の術を改良した赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)をあえて使わなかったのは、実体化の媒体として己の悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を使用する事からクローズを何らかの契約で縛りつけているのではないかとカテレアに誤解される恐れがあった為だ。その為、準備の時間が掛かる上に霊力を大量に使用する為に消耗も激しく、更に実体化の時間も数時間程度とデメリットが多い中、一切の媒体が不要というメリットから実体化させただけという証を立てられる陽神の術を一誠は選択したのだ。ただ、ここでドライグから訂正が入る。

 

『一誠、一部訂正しろ。実は初代のアリスについては、赤龍帝の籠手が未完成だった事もあって本人の魂が取り込まれている。その影響だろうな、未覚醒のまま死んだ者については本人の魂がそのまま宿る様になってしまったらしい。つまり、未覚醒のまま殺されたクローズもまた、アリスと同様に残留思念などではなく本人だ』

 

「……との事です」

 

 ドライグの訂正を含めての説明が終わると、カテレアは己のやるべき事と見定めた事が何を引き起こすのかを理解した。

 

「そうですか。つまり、もし私があらゆる神器を排除してしまったら、この子もまた……」

 

「そういう事になります」

 

 カテレアの頭に浮かんだ仮定が正しい事を一誠が伝えると、カテレアは体中の力が抜けてしまい、クローズを抱き締めたまま腰が抜けた様に座り込んでしまう。

 

「あの人とクローズの悲劇を繰り返させない様にする為には神器を排除しなければならないと思い、その為に行動してきたのに、それがかえって神器に残っていたこの子の魂を消し去る事に繋がっていたなんて。……とんだ笑い話ですね」

 

 何処までも母親であるカテレアにとって、この事実は正に皮肉以外の何物でもなかった。その様な母親の憔悴した表情を見たクローズは、声をかけようとした。

 

「ねぇ。お母さん」

 

 しかし、続く言葉が容易に想像できたカテレアはクローズの言葉を遮り、それは不可能である事を伝える。

 

「ゴメンなさい、クローズ。……本当なら、私もクローズと一緒に生きていきたいのだけど、ケジメはちゃんとつけないといけないの」

 

 カテレアには、自分は既に冥界に反旗を翻し、三大勢力の首脳陣が集まる首脳会談の会場を襲撃している以上はその責任を負わなければならないという上に立つ者としての責任感があった。皮肉にも、魔王の末裔に相応しくあれと施された帝王学がカテレアを死地へと追いやろうとしていた。

 だが、クローズはその様な事を認められる筈がなく、カテレアにしっかりと抱き付くと一緒にいたいと我儘を言い始める。

 

「嫌だ。……嫌だ、嫌だよ! 折角また逢えたのに、今度はお母さんが死んじゃうなんて! お母さん! お願いだから、そんな事言わないで! ボクが先に死んじゃったから、その後どうなったのかは知らなかったけど、お父さんも死んじゃったんでしょ? だったら、せめてお母さんだけでもずっとボクの側にいてよ!」

 

 ……だが、これはまだ十歳にも満たず、親に甘えたい盛りである子供にとっては、極自然で当たり前の願いだった。

 

「クローズ……」

 

 もう離さないと言わんばかりにドレスにしがみ付く息子の姿に、その頭を優しく撫でるカテレアの心は確かに揺れていた。……死んだ息子が魂だけとはいえこの世界に残っていた事で、彼女もまた己の生に未練が生じていたのだ。

 

「だったら、今すぐ死ね。この出来損ないが」

 

 第三者の声がこの場に響いたのは、正にその時だった。

 

「そうは……!」

 

 すぐに異変に気付いた一誠は、すぐさまカテレアとクローズを覆う形の防御魔法を使用しようとする。しかし、その前にカテレアが動いた。

 

「クローズ、危ない!」

 

「わっ!」

 

 自分にしがみ付いていたクローズを一誠の方へと突き飛ばしたのだ。これによって、一誠は突き飛ばされたクローズを反射的に受け止めてしまい、防御魔法の使用を中断せざるを得なくなってしまった。……そして、それが致命的な後れとなる。

 

「お母さん……?」

 

 クローズはその決定的な瞬間を目の当たりにしてしまい、呆然となった。

 

「クローズ。……怪我はない?」

 

 カテレアは何処までも優しい声と笑顔でクローズの安否を確認する。しかし、問われたクローズはそれどころではなかった。

 

「う、うん。ボクは大丈夫。だ、だけど、お母さん、お母さんの方が……!」

 

 何故なら、カテレアの背中から腹部にかけて、ドス黒いと表現するしかない色をした魔力の刃が貫いていたからだ。しかも、クローズは魔力の刃がカテレアを貫く一部始終を目撃してしまっている為、受けた衝撃は他の誰よりも大きい。やがて、カテレアはクローズに笑顔を見せながら、力尽きた様に地面に倒れ込んでしまった。

 

「フン。折角親子仲良く死なせてやろうと思ったのに、我が温情を袖にしおって。余計な手間を掛けさせるな、出来損ない」

 

 そのドス黒い魔力の刃を放ったと思われる声の主は、明らかにカテレアを見下していた。そうして姿を現したのは、カテレアと同様に褐色の肌を持つ壮年の男性悪魔だった。

 

「お前は誰だ?」

 

 アザゼルが突如現れた男性悪魔に対して何者かを問い質すと、男性悪魔は誇らしげに己の名と素性を明かす。

 

「俺か? 俺はアルベオ・レヴィアタン。そこの人間如きに絆される様な出来損ないとは違う、真のレヴィアタンだ。確かに無敵鱗に目覚めた様だが、所詮は出来損ない。真のレヴィアタンである俺の攻撃は防げなかった様だな」

 

 アルベオと名乗ったその男は、何処までもカテレアを見下していた。……彼の攻撃がカテレアの無敵鱗を抜いたのは、トンヌラが指摘した通り、レヴィアタンの力は無敵鱗の認識対象外である為だが、この男はその様には受け取らなかった。

 

 出来損ないの無敵鱗など所詮は紛い物であり、真のレヴィアタンである自分なら簡単に抜ける。そしてそれが今、確かに証明された。

 

 彼はそう思い込み、優越感に浸っていた。

 

「アルベオ? ……あぁ思い出した。本家の嫡子であるカテレアだけでなく、妾腹の庶子であるこの男も確かに禍の団にいたな。尤も、力の方は最上級悪魔と同等クラスであるカテレアには遠く及ばず、せいぜい上級の中位といった所でしかなかったんだが」

 

 そこで一時的に禍の団にいたヴァーリがアルベオについて思い出していたが、旧魔王の末裔らしからぬ立ち振る舞いからそれなりに注目していたカテレアとは異なり、旧魔王の末裔として驕り高ぶっている彼に対しては全く興味が湧かなかった。

 

「フン! それはこの力を見てから言うんだな!」

 

 ヴァーリの見下した物の言い様に腹を立てたアルベオは、ここで己の魔力を見せつける様に高めた。そのドス黒い魔力は確かに上級悪魔の域を遥かに超えており、リアス達では少々荷が重いものであった。……しかし。

 

「……なぁ、ヴァーリ」

 

 アザゼルが完全に呆れた様子でヴァーリに問い掛けると、ヴァーリの方もやはり呆れた様に答えを返す。

 

「言いたい事はよく解るよ、アザゼル。俺も、オーフィスから力を高める「蛇」を使っても最上級悪魔にかろうじて届く程度の分際で、よくカテレアの事を「出来損ない」なんて言えるなと思うよ。カテレアが自分の子供の身の安全を最優先したから攻撃を食らっただけで、真っ向勝負なら無敵鱗が使えなくてもカテレアがまず勝つだろう。あの二人の間には、それだけ地力に大きな差があるんだよ。……禍の団の中には確かに面白そうな奴がそれなりにいたし、何人かとはチームを組んでもいる。だが……」

 

 ここで一旦ヴァーリの言葉が途切れた。すると、アザゼルがその後を付け加える様に確認してくる。

 

「今となっては、こんな連中が大半な禍の団よりイッセーとイッセーの周りにいる奴等の方が余程面白そうだろ?」

 

 すると、ヴァーリはやや苦笑交じりの表情でそれを肯定した。

 

「まぁね。シモン・トンヌラといい、クローズといい、まるでビックリ箱だよ。しかも開ければ開ける程面白くなるなんて、本当に最高の気分だ。……それをこんなつまらない奴に台無しにされて、今はかなりムカついているんだよ」

 

 そう答えたヴァーリは、次第に苛立ちを隠し切れなくなっていた。そして、それはアザゼルも同様だった。

 

「奇遇だな。俺もな、今は虫の居所が悪いんだ。過去がカテレアと瓜二つのアイツも一緒にバカにされた様でな。それこそ、憂さ晴らしにあのゴミをプチっと潰したくなるくらいにな」

 

 しかし、アザゼルは激情に駆られる一方で、カテレアが魔力の刃で貫かれた時の状況についていくつか不審な点を見出しており、それについての考察を既に始めていた。

 

(それにしても、妙だな。イッセーや俺達三大勢力の首脳陣に加えて、武藤礼司やトンヌラといった実力のある奴までいたにも関わらず、誰も奴の気配や攻撃の前兆を感じ取れていなかったのはどういう事だ? それに、あの時の攻撃。俺の見間違いでなければ、魔力の刃がカテレアの真後ろに突然現れていた。あまりにも速過ぎて見えなかったとか、ギリギリまで透明にして隠していたとか、そんなんじゃねぇ。それなら、誰かが何らかの形で必ず察知しているからな。……魔力の大きさだけで奴の強さを判断していたら、案外酷い目に遭うかもしれねぇな)

 

 考察を重ねていく内に冷静さを取り戻したアザゼルは、眼の前にいるアルベオに対する認識を「取るに足らない雑魚」から「不気味な力を使う敵」へと改めていた。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

再会を果たした一組の母子の結末は如何に。

では、また次の話でお会いしましょう。
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